■■話「知り得ない視点」
「パーカーを来た中学生か高校生くらいの女の子が二人。身長は……どうだろ。1人は結構高くて、多分160後半くらいかな、もう1人はそれより低くて」
「何日も家に帰ってないのか服が泥で汚れてましたね。で、その……急に胸を見せられて、いや勿論断りましたよ!? 断ったんですけど、車に乗せてほしいってあんまりしつこく頼んでくるから怪しくって! 誓って変な事はしてませんから!!」
「二人組なんですけど、なんか身長高い方の子がずっと俯いて死ね死ね言ってたんですよ。不気味じゃないですか? アレ絶対まともじゃないって思いましたもん」
「あ、それ絶対殺人事件の犯人でしょ! その子ら! ネットの友達が言ってたんすよ、ソイツの学校でなんかウミハラ? ウナハラ? って人が階段から突き落とされて殺されたって話! 痴情のもつれって奴ですね、女ってこえー!」
「……ま、待ってくださいよ。俺はあの子供に刺されたんだ、病室にまで来て事情聴取とかおかしいでしょ!?」
*
「……いい加減しつこいっての」
長尾と別れ、家の方まで歩いていたら玄関先にパトカーが停っているのが見えた。
ランプは点灯していないけど車内は無人で、塀の向こうから男の人が私のお母さんと会話している声が聞こえてくる。
何の要件で警察がこんな所に来たのか、その理由についてはアテがあった。どうせ海原とか、間山と星宮の話でも訊きに来たのだろう
海原渚が学校の階段下で死んでいた。ただそれだけだったら事故死って事で捜査もテキトーに打ち切られていたと思う。でも、アイツが死んだ翌日から間山と星宮が姿を消したせいで、それが事故じゃなくて何らかの事件である可能性が高いなんて話になってしまった。
警察は三人と親交のあった生徒や先生、大人達に話を訊ねていった結果、私や長尾、横井があの三人と幼馴染であるという話を聞き付けて事情聴取するターゲットをこちらに絞ってきた。
私は最近のあの3人についての事は何も知らない。長尾も同様。
横井に関してはゲームの誘いで海原や星宮を家に招くことがあったらしいけど、途中から学校に行かなくなった横井の意見から得られる物はないと判断したのか警察が来る事はなかったらしい。
長尾も海原と星宮とは親交はあったけど、間山と話す機会はそれほどなかった。ので、最終的に3人平等に親交があった私の方にばかり警察が来るようになった。
何度来られても知らないものは知らないし、私は何にも関与してないのに変な疑いをかけられるのは嫌だ。警察に呼び止められる機会が多いせいで学校でもちょっと浮いてきちゃってるし、迷惑もいい所である。
海原が死んだって聞いた時はそれなりにショックを受けたけど、今となってはもう悲しいというより煩わしさが勝っている。中三だよ? 受験を控えてるんだよ? なのになんでこんな時期に変な問題を起こすかなぁ……。
…………いや、少なくとも星宮や間山が海原を突き落としたって話は有り得ないか。何度も何度も同じ話をされて、そんな噂が流れてるせいで思考がそっちに寄っちゃった。
星宮は馬鹿ではあるけど人を殺すような度胸なんて無い奴だし、間山も馬鹿だし短気だけど殺人なんて罪を犯すタイプとは思えない。
てか、あの2人はどんな事があっても悪いことに手を染めるような人間じゃないと思う。それなりに関わってきたから分かる、あの2人が殺人犯だとかいう噂は絶対に的外れなんだ。
最近疎遠になってはいるものの、それなりに長い期間付き合っていた私には分かる。どうせ大した事は無い……いや、当人達にとっては大変な目に遭ってるんだろうけど在り来りな事件に過ぎないんだ。きっと。
不審者が学校に侵入してきて、星宮か間山を襲おうとした。それを庇った海原が階段を滑落して死亡、2人は逃げられずに誘拐されてどこかへ。そんな所だろう。
……。胸糞の悪い想像だし、胸も痛くなるけど現実的に考えたらそれくらいしか考えつかない。警察を見る度にこんな想像が頭をよぎってしまうから、最近は警察を避けるように動くようになってしまった。その結果、家まで来たってことか……。
「……鬱陶しい」
ボソッと呟いたタイミングで玄関から警察が出てきた。塀の前で目が合う。会釈してそそくさと家の中に入ろうとしたら「あ、君」と声を掛けられた。
はあ、とわざと大きくため息を吐き呼び止めた警察の方へと体を向ける。
「なんですか。またアイツらの話ですよね。何度も言ってますけど私、最近のアイツらの事とかなんにも」
「そうじゃなくて」
苛立つ私の声を遮る警察に舌打ちが零れる。遅れて現れたお母さんが「こら!」と怒気を孕んだ声で私の態度を注意してくるが、そんなの関係ない。私は不愉快さ全開で警察を睨む。
「伊藤純夏さん、だったよね」
「今更なんで名前なんて聞いてくるんですか。学生証見せた方がいいんですか」
「いや、大丈夫。……君は、星宮憂君と間山桃果さん、2人の親しい友人だったんだよね?」
「くんじゃなくて今はちゃんです。事情聴取してた割に星宮の事知らないんですか? もう何年も前に女になってるし、役所にそういう届け出を出してるはずでしょ」
「いや、正式にはまだ男性という事になってるらしいから。一応ね」
何が一応なのだろうか。よく分からない。色んな人に話を聞いて回ってる時は普通に『星宮憂さん』って呼んでたでしょ、ここに来てなんで呼び方を変える必要がある?
「で、何なんですか。要件は? 私暇じゃないんですけど」
「純夏! す、すみませんうちの子が」
「いえ。……その、今回は今までと違って、とある報告をしに来ただけなんだ」
「報告?」
お話を聞かせてもらうために来たわけじゃなく、一方的に何かを伝えに来たらしい。警察官が私に一体なんの報告をするというのだろう。ただの一介の女子中学生に報告する事なんて…………!
「ま、まさか! 見つかったんですか!? アイツら!」
「あ、あぁ。鋭いね。幼馴染で特に親しくしてたと聞いていたから、何度も話を伺わせて頂いた事だしそれくらいの報告はしておこうかなと」
「良かったああぁ〜〜〜っ」
安堵で一気に体の力が抜けて肩を落としたら鞄が地面に落ちた。見つかったんだ、星宮も間山も。突然居なくなるから他の国に売られちゃったりしたのかなって心配してたんだ。良かった良かった、生きてたんだね。
「ふぅー……。まあ、最近は別にそんなでもないけどアイツらのせいで割食ったわけだし、文句の1つでも言ってやろうかな。今はどこにいるんです? 警察署? アイツらの家?」
「その事なんだけど」
「まだるっこしい話はもう沢山です、本人らから直接聞くし! で? どこ行けば会えるの?」
「……」
警察が押し黙る。なんだ? まさか人と会うのを禁止されてるとか?
「……市民病院に行けば、事のあらましは理解出来るよ」
「病院? なにそれ、怪我でもしてるの?」
「……とりあえず今は外部との接触は厳しい状況だから、来月辺りにでも」
「待って。なにそれ、なんで不穏な事を急に言い始めたの? なんなのそれ、2人は無事なの?」
「……これ以上は私の口からは」
「ふざけないでよ」
「やめなさい純夏!!! お巡りさんになんてことを言うのこの子は!」
それまで黙っていたお母さんが私の頭を押さえて無理やり頭を下げさせてきた。警察官に向かってお母さんが何度も平謝りすると、警察官も小さく一礼してその場を去っていった。
「なんなのアレ。気になる事だけ言って消えるとかまじでメーワクなんだけど」
警察が居なくなったのを確認しそう愚痴るも、お母さんは何も返してこずに黙って家に入るよう促してきた。
……? いつもならこの愚痴にさえ噛み付いてきそうなものなのに、なんで何も言わなかったんだろう? なんかいつもと様子が違うお母さんを気持ち悪く感じる。
「ねえ、お母さん」
「ふ、2人とも見つかったんだって。良かったわね! ささ、ご飯の準備するから着替えてきな!」
「お母さんも警察の人と話してたよね、それも結構長い時間。なに話してたの?」
「子供が気にすることじゃありません。純夏、着替えてきて」
「……なにか隠してる?」
「純夏!!!!」
ビクッ。突然大きな声を出されて身が震えた。
お母さんは私の方を見ないまま、感情を押し殺した声音で慎重に言葉を紡いだ。
「……今は、受験の事に集中しなさい。大丈夫だから」
「? 大丈夫ってなにが」
そう訊ねるもやはり答えは返ってこなかった。
結局が何が何だか分からないまま、いつも通り晩御飯を食べて今日という日常が変わり映えなく終わる。
布団に潜り、釈然としない違和感の正体に気付かないまま目を閉じる。
……なんか色々気になるけど、来月病院に行けば一応あの2人のお見舞いには行けるって話だったしまあいいか。
久しぶりに会うんだし、何かお菓子でも買っていこうかな。間山の家は駄菓子屋だから普通のお菓子は食べ慣れてるだろうし、コンビニでちょっと高めのお菓子でも買ってくか。
星宮は甘いもの大好きだったけど、間山はどうだっけ。
うーん……まあ、星宮と同じものを渡したら喜んで食べるか。あの子、いつまで経っても星宮に片思い拗らせ続けてたし。
*
目を開けて初めに感じたのは、眠さだった。
極限まで疲弊して、心も体も限界を迎えた状態で、外傷も沢山ある状態で目が覚めたのだから体が休息を求めるのは当然の事。
それに加えて、病室の明るい照明と天井の白さで眩しさを感じるのもあって中々瞼を開けられず、そのまま目を閉じてしばらく意識の覚醒を待つ事にした。
長い夢を見ていたように思えた。
友達と2人で旅して、自分らを売ってお金を稼いで、知らない人の車に乗って、どことも知らない道を延々と進んでいく夢。
この人だけは絶対に守る、そう決意したはずなのに何度も喧嘩して、罵りあって、傷つけあって。離れ離れになろうとしたけどそれでも結局離れられなくて。どちらともなく身を寄せあって、毎日毎日夜空の下で眠って。
近付いてきていた台風はいつの間にかどこかへ消えていて、例年続いた雨が止んで綺麗な天の川を2人で眺めた。それも今となっては現実かどうかと怪しい。もしかしたらあの時見た綺麗な星空は、現実に疲れた脳が見せた幻想風景だったのかもしれない。
「……」
傷、いてぇ〜。変に意識が覚醒するもんだから手の甲にある傷とかお腹の傷とかズキズキして不快感を覚える。
てか……はあ。やっばい。現実を意識したら急に気分が重くなった。
妊娠なぁ、子供いるんだもんなぁ。産みたくないなぁ。
まあ、現段階なら中絶できるから産むって選択肢は無いけど、でもそれもなんか嫌だなぁ。はあ、考え無しにあんな行動を取った過去の自分を呪いたい。
「はあ……」
全身が軋むような感覚がしてため息が零れる。
……あの子は、元気にやっているだろうか。裸足で川遊びなんかするものだから足の裏とかすっごい傷ついてたし、今頃痛い痛いって泣き喚いて無いだろうか。変な虫に足を食われてたりしたら可哀想だ、グログロ〜。
「……っ」
いたっ。口の中から鋭い痛みがした。舌がちょっと切れてるんだっけ。すっかり忘れてたや。痛みで涙が出てきちゃった。
「ぐ……っ、うっ……うぅっ……」
痛い痛い。痛い痛い痛い痛い痛い。胸の刺し傷がズキズキして涙がどんどん溢れてくる。股がヌルヌルして気持ち悪い。早くシャワーを浴びて、普通の女の子としてまた日常に戻りたい。早く戻りたい。はあ、痛い痛い。
視界の端で影が揺れた。誰かこの病室に居たんだ、全く気付かなかった。
「■■! ■■■■■■■■■!」
「……まあ、はい」
看護師さんらしき人と、それと知らない男の人が2人。彼らは何かを話し合った後、こちらに声を掛けてきたので簡単に返事をする。
「大丈夫ですか? お話を伺いたいのですが、日を改めた方が」
ふむ。涙を流してるのを見てナイーブになっているのだと誤解されたのだろうか。実際少しナイーブになってはいるけど、そんな状態から立ち直れるとっておきのおまじないを知っているのでここは毅然とした態度で応対しましょう。
ボクは強い子、だから大丈夫。
うん、これでよしだ。明るい女の子ムーブを出来る心構えができた。
「別に日を改めなくても大丈夫です。暇なんで、お話しましょう」
「……そうですか」
淡白な言葉を返すと、ポロシャツを着た方の男が小さな手帳らしきものを見せてきた後に言葉を続けた。奥にいる小太りの男はハンカチを取り出し汗を拭っていた。この部屋、冷房効いてるからそこまで暑くなくない? 外で待ってたのかな。
ズキズキと煩わしい胸の痛みを抱えながら、男の話に応対していたら窓の外からセミの鳴き声が聞こえてきた。夏、か。……せっかくの夏休みなのに、ほとんど無駄にしちゃったな。
永遠に続くと思っていた短かった日々で目にしてきた星空を思い浮かべながら、口を動かす。はあ、こんな所で油売ってないで早くあの子に会いたいな。
またあの綺麗な天の川を見れたらいいなって思うけど、もう雨が降らないのもこれっきりなんだろうなって気がした。
*
「変にファッション界隈を気取ってるけどお前が働いてるのってただの古着屋なわけで。有名ブランドの店員でもないのにグチグチグチグチ興味もない服の話ばっかで嫌になるんだよねー」
「えー。よく分からない話をし続けるのは確かにウザいけど結構ちゃんとオシャレだと思うけどなー彼」
「分かるけど! 転売用の服を探す為に古着屋働いてる癖に一丁前にプライド引っ提げてるのがなんか痛いなーって。それで稼いでよく分からないブランドの高い服買うんだよ? もう呪われてるよ、服に取り憑かれてる」
「ギャンブルにお金を溶かす私のボケ彼氏に比べたらずーっと健全だと思うけどね〜。星宮はいいよねぇ、彼氏さんが真面目そうで」
「ずずっ。んぇ? ごめん、何の話? 聞いてなかったや」
「彼氏の話ー、てかさっきからずっと何見てるわけ? スマホにお熱みたいだけど」
「来期アニメの予習をしてました」
「まじか。友達とマクド来たのにアニメ見るまじか。あんた彼氏に毒されすぎ、どんどんオタク化してない?」
「元からそれなりにオタクではあったよ。てか! 彼氏って何の話!?」
「リアクションおそっ。星宮さ、池上と付き合ってるっしょ?」
「何を根拠にそんな事。てか他クラスじゃん、ボク彼と交流ないんですけど」
「嘘つけー。自転車二人乗りしてる所を目撃してるのでそれは厳しいぞー」
「それだけで付き合ってると申すか。ヤダヤダ、女子のこういうところボク苦手だわー。すーぐ男女に妙な関係値を見出してくる、色ボケどもめ」
「同じ性を持って生まれた自分にもブーメランが刺さる事を考慮して発言しましょうね」
「実はボク男の娘なんだよね」
「じゃあその胸は作り物か? チェックしてやろう」
「あっ、こら! 揉むなー! 母乳が出たらどうする、一大事だぞー!」
「ボク達が付き合ってる事、バレちゃってたみたいです。てへっ」
「あれま」
いつもの集合場所。自然公園の木陰のベンチに腰かけてよく分からない古い小説を読んでいたら星宮さんがやってきた。星宮さんは僕に目を合わせるなり、胸の前で手を合わせてニヘラニヘラとだらしない笑顔を作った。可愛い。
「てかまーたこんな所で読書? 風強いし虫が降ってきそうなのによく読めるね?」
「星宮さんが来るまでスマホを眺めてるのもなんだか退屈に思えてね」
「わ。遠回しに人の事遅刻魔扱いした。生意気だ」
「してないしてない」
星宮さんにメガネを奪われて視界がボヤける。彼女は僕のメガネを勝手にかけて「ぐわー! 眼球潰れるー!」とおどけながら言って隣に腰掛けてきた。
ピタッと身を寄せてきたので隙をついてメガネを奪い返す。視界に輪郭が戻ると至近距離に彼女の白い太ももが映って反射的に身を引く。
「おっ。童貞じゃないのに童貞みたいな反応。なんだなんだ、ミニスカマニアかー? JKの太ももは眉唾物ですか? エロ男め」
「相変わらず布面積の少ないスカートを履きおってからに」
「触るのは家まで我慢ね! どこに監視の目があるか分からぬので!」
「人を太もも好きみたいに言わないでよ」
「嫌いなの?」
「好きだけど」
「触りたい?」
「触りたい」
「触ってもいいよ」
「監視の目はぁ??? 家まで我慢じゃなかったの」
「そうだったそうだった」
タハーッと明るい声を上げて星宮さんが快活に笑う。幼さの残る綺麗な顔をしてる割にノリが男子みたいで変に笑えてしまった。なんというか、本当に毎日楽しそうだよなぁ星宮さんって。
「ちなみに星宮さん」
「なにー?」
「ずっと気になってはいたんだけど、なんで付き合ってる事隠してるの?」
「なんでって? わざわざ声を大にして公表するのも違くない? なんかキモめのバカップルみたいじゃん」
「それは……確かにそうだけど。でもさ、もう付き合って結構経つんだし、変に隠す必要なくない?」
「言うタイミングを逃したよね、完全に」
「誤魔化す必要あるかな? 星宮さんは、僕と付き合ってるか聞かれるといつも首を横に振るじゃん」
「いやー、それは……」
ジッと彼女の目を見つめると、星宮さんは気まずそうに視線を下に落とした。
「……やっぱり、僕じゃ君と釣り合わないかな。顔良くないし」
「ち、違う違う! そういう事じゃなくって! ボクは池上くんの顔好きだし!」
「ありがとうございます。じゃあなんで隠すのさ?」
「そ〜れは〜……」
星宮さんは膝の上に置いた手の指同士を絡めて目を泳がせると、意を決した様子で口を開いた。
「ボク、中学時代とか結構終わってるイメージが付いてるので! 付き合ってる事が知られると、中学時代を知ってる人に池上くんまで馬鹿にされちゃうかなって思って」
「終わってるイメージ?」
「ほら。ボク元々いじめられっ子だし。巨乳だし」
「巨乳だしという補足はよく分からないんだけど、なるほど。そんな理由か……」
「そんな理由て。そこそこの覚悟を持って打ち明けたのになんでそう軽く流すかね」
「だって僕は何を言われても君が居るなら気にしないし、いじめられてたとかどうでもいいしな。何を言われた所で星宮さんを好きな気持ちは揺るがないし」
「……あはは。うれしー」
「本気なんですけど」
「疑ってないよ。そういう事言ってくれるとは思ってないから意外に思っただけ。サブカル男子が真っ直ぐ愛情表現してくるとこう、バグるんだよね。脳が」
「僕はサブカル男子では無いのですが」
「ならマッシュやめなよ」
「それはちょっと」
「なんでさー短髪見てみたいー! ちんこヘアーやめろー!」
「やめてね、その蔑称普通に効くから」
「大将、今日やってるー?」
「暖簾みたいに前髪上げるのやめてね」
星宮さんは僕の前髪を指で持ち上げると顔をグッと近付けてきた。綺麗な瞳が眼前に迫り、彼女が上機嫌な声で「んふふっ」って笑うと更に顔を近付けてきた。
「ボクも池上くんの事ちゃんと好きだし、両想いが成立してるんだから言いふらす必要ないでしょ? 2人だけで完結すればいいじゃないか、むしろ話が広まるとボクの女友達が池上くんと交流を持ってしまう可能性があるので好ましくありません」
「それを言うなら、星宮さんがフリーだって公言してるせいで男子に言い寄られてるじゃないか。彼氏としてはかなり好ましくない状況なのですが」
「ボクは昔っから一途な女の子なので。心配ご無用!」
「不安だなぁ」
「彼女の事を信用出来ないと? ふむ。この一連の会話、NTR作品の導入部分みたいだね。チャラ男に僕が口説かれてたら気を付けた方がいいよ」
「それを未然に防ぐために隠すのを辞めるよう提案しているのですが?」
「甘いね。竿役という生き物にとって彼氏持ちや既婚者なんて肩書きは障害にはならないんだよ。むしろやる気を滾らせる着火剤まである」
「……浮気しないでくださいね」
「するわけないでしょ! 言っとくけど僕結構重めな愛を持ってるタイプなので! 嫌われたくないから明るい女の子を演じてますけど、ずーっと池上くんのことを考えてるからね!!」
「そりゃ嬉しい」
「信じてないでしょ!」
「信じてるよ。星宮さんが重い女なのも理解してるし」
「……言い方なんかヤダな、それ」
「勝手にスマホを見る子って結構嫌われるタイプだからね? 世間的には」
「む。むー……」
「そこまでしてるのに付き合ってる事は隠すんだからもうよく分からないよね。なんて、思ってしまうわけですよ」
「むぅ。分かったよ。じゃあこれからは付き合ってるでしょって言われたら素直に肯定する」
「よっしゃ! あ、男に言い寄られても同じように言ってね? そこが一番不安なので」
「分かってるよ。心配性だなぁ、池上くんは」
「あはは。彼女が可愛いとどうしてもね」
2人で小さく笑い合うと同時に風が吹いて星宮さんの長い髪が揺れた。髪を手で押さえる彼女の姿に見蕩れてしまう。
「……池上くんはさ」
「うん?」
「ずっとボクの事、好きでいてくれる?」
「当たり前じゃない? それは」
「ほんと? どこにもいかない?」
「?? どこにも行かないとは。一緒の大学行くっしょ?」
「そうだけど、ほら。大学に行ったらボクより可愛い女の子がいるかもしれないし、出会いの場が広がるじゃん。お酒とか覚えてワンナイトとかしちゃうかもだし」
「不安なんだ?」
「……」
彼女は何も言わずに頷いた。
「そんな事したら、星宮さんに好かれる為に一生懸命だった僕の努力が水の泡になるだろ。だからしないよ、僕は星宮さんしか見ない」
「……じゃあ眼球1個潰しとく」
「なんで!?」
「じょーだん。でも、好きな人がボクを残してどこかに行っちゃうのは耐えきれないので、約束してほしいな。ずっとボクの事を好きでいてくれるって」
「約束するよ。僕は星宮さんの事が好きだ、これからもずっとね」
「……ん、嬉しい」
そう言って小さく微笑むと、星宮さんの手が僕の手に重なった。
彼女が若干体をこちらに傾け、二度目のキスをした。星宮さんは唇を離した後、いつもの天真爛漫な笑顔とは違う気恥しそうな表情をした後、紅潮した顔でにへらと笑った。
「こういう話をする時って、選択肢間違えたら別れ話になっちゃったりするじゃん? だからちょっと怖かった。池上くん、ちょっぴり顔が怒ってたし」
「和やかな雰囲気なのに別れ話なんかしたくないなぁ。……あ。あとさ、星宮さん」
「なあに?」
「隠す隠さないもそうだけどさ。そろそろ僕ら、名前で呼び合わない? いつまでも名字にさん付けだとなんか他人行儀だし」
「! それっ、ずっとボクも同じ事考えてた! でも池上くんがいつまで経っても名字で呼んでくるから言い出せなかったやつだ!」
「あら。僕が一歩勇気を踏み出すべきだったか。学び学び」
「ちょっと。そこで学ばれると次の女に使うテクニックを蓄えてるように感じますけど」
すぐに星宮さんはムッとした顔をしてボクの手の甲を抓ってきた。外なのにここまで素の感情を赤裸々にしてくるのも珍しいな。
星宮さんが緊張した様子で僕の名前を口にする。同様にボクも彼女の名前を口にすると、星宮さんは嬉しそうにはにかみ僕に抱き着いてきた。
「えへへ。よし、司くんからの名前呼びを引き出せたので早速父さんに紹介しよっと」
「えっ」
「土曜日空いてるよねっ!」
「あ、空いてますけども」
「ボクの実家にご招待します!! 赤飯炊いてもらおっか」
「赤飯!?」
なんだか話が急発進している気がするが、星宮さんが目をキラキラ輝かせ始めたらもう止められないしここは覚悟を決めるしかない。
彼女の父親との対面か……うわっ、実際自分が体験するってなるとめちゃくちゃ怖いな。殴られたりしないだろうか?
「ちなみに父さんはかなりボクの事を溺愛してる典型的な過保護過干渉親なので、殴られる覚悟はしておいた方がいいと思うよ!」
「あ、終わった。まじかー殴られるの確定かぁ……」