6話『やっぱり変わらない』
朝起きると身体に違和感があった。胸が少し張っていて、お腹の下にあるアレがズキズキ? チクチクする。皮膚もなんだかヒリヒリするし、全身の動きがちょっとだけ重いような気もする。
今まで感じたことの無い違和感だったけど、それらの違和感は特段酷いものでも無かった。少し体を動かせば誤魔化せる程度の小さな物だったから風邪の線は薄い。ボクは身体に出た違和感を気にすることなく、いつも通り学校へ向かった。
*
「星宮、昨日のアレってさ」
「凄かったよね! まんまと予想を裏切られたよ! 間山さんの考察が当たってたよねー!」
「そうだけど、星宮が考えてた線もちょっと掠ってたよね」
「今後の展開どうなると思う?」
「間山さんの考察通りだとしたら多分……」
最近、星宮と間山がやけに仲良い。今までそんなに接点がなかったはずなのに。間山の奴、人の友達を奪うとかまじで性格悪いわ。それに星宮も、調子乗りやがって。
「海原〜、なにしてんの? こっち混ざれよ〜」
「……おーう」
横井達がプロレスやってる所に俺も呼ばれる。星宮はもうずっと前から間山とばっか話してるから横井達は星宮を誘わなくなった。今までずっと遊んできたのは俺らなのに、間山との会話を優先させてる。
意味が分からない、横井達も、星宮も。ずっと一緒に居たのに新しい知り合いが出来たらそっちに意識向くのかよ? 男の友情ってそんなもん? 女と居ても楽しくねえだろ。
放課後になっても星宮は俺達の輪に加わらない。時々話して一緒に帰ることもあるが、大体は間山やその周りの女子と一緒に帰っている。気持ち悪いオカマ野郎、でもアイツは話すと良い奴だから責める気にはなれなかった。
「なあ、星宮」
「うん?」
「お前、間山なんかとつるむのやめろよ」
「なんで?」
「なんでって……」
なんで? そんなの考えるまでもないだろ。女子とずっと一緒にいるとか気持ち悪いからだろ。俺らと一緒に居る方が楽しいだろ、そうだろ?
なんて、言ったら決まって「間山さんと話すのも楽しいよ!」と意味の分からない事を言う。何度話してもそう、だからもうアイツに訴えかけるのは辞めた。馬鹿馬鹿しいし。
アイツと間山が話してるのを見てると無性にイライラする。
なんでかは分からない。他にも俺らの輪から外れてった奴らはいるけど、それこそ長尾とも最近はつるまなくなったけど、そっちは何故かどうでもいい。星宮の場合だけ、理由も分からずイライラする。
「星宮〜」
間山が星宮を呼ぶ。星宮が俺の席の横を通る時、わざと足を出して星宮を転ばせてやった。
「いった〜!? 何すんのさ海原くん!」
「いや、席立とうとしたら偶然当たっただけだし」
「そうなの? ならしょうがないか!」
そう言って星宮は間山の方へ向かう。そんなわけないのに、明らかに転ばせる為だけに足を伸ばしたのをアイツだって分かってるはずなのに俺に怒ったりはしなかった。意味わかんねぇ。アイツだって人を馬鹿にしたり怒ったりするのに、なんで今回は怒らなかったんだよ。
なんかむかつく。こっちの意図が透けてるみたいで、見下されてるみたいで腹が立つ。
間山に呼ばれて星宮が間山の方へ向かう。正面から歩いてくる星宮にわざと肩をぶつける。
彼はよろけるが特に気にした様子もなく、俺に一瞥することも無く「ごめんね!」とだけ言って歩いていく。
それだけかよ。前なら「邪魔だよー!」とか言ってただろ。そんで俺がムキになって、取っ組み合いとかしてただろ。なんでこっちを見ない?
「星宮ー」
「んー? どしたの、海原くっ」
俺の声に反応して振り向いた星宮の髪を数本ブチブチと引き抜く。彼はびっくりしたように俺から少し距離を置き、頭を抑えながら抗議してくる。
「なになに!? いきなり髪を引っこ抜くなんて事ある!? 痛いんだけど!?」
「虫がついてたから取ってやったんだよ」
「髪の毛ごといく!? 手で払ってくれれば」
「うるっせえ」
星宮の肩を押す。こうでもすればどんな優しい奴でも怒ると思った。怒ってさえくれればまた以前みたいに、取っ組み合いになると思っていた。
しかし星宮は俺に怒ることはせず、ただただ困惑した様子で離れていった。
*
最近海原くんの様子がおかしい、気がする。心無しかボクに当たりが強いような?
もしかしたら知らぬ間に何か失礼な事をして嫌われちゃったのかな〜? なんて思いながら、相手の真意を探る為に久しぶりにこちらから遊びに誘ってみたら海原くんは二つ返事で「良いぜ!」と言ってくれた。その言葉にも含みは無い感じだ、益々よく分からない。
夏祭りの日。ボクは海原くん、横井くん、辻くんと一緒に花火大会に遊びに行った。所々クラスメートの姿もあり、皆で射的をしたりサメ釣りをしたりして充実した一日を過ごせたと思う。
「あっ、なあ! この後花火あるだろ? 秘密基地で見ようぜ!」
「秘密基地?」
「この間見つけたんだよ。なっ! 横井、長尾!」
横井くんと、途中から合流した長尾くんが互いの顔を見合い「おー、あれな」「いーじゃん!」と言い合う。
「星宮と辻には案内したこと無かったよな!」
「そうだね、知らないかも」
「楽しそーじゃん! 食い物とか持ち込もうぜ!」
「「「「さんせーい!」」」」
辻くんの提案に全員が参戦し、ボク達は祭りの出店を周り大量に食べ物や飲み物を買い漁って祭りの会場から少しだけ離れた湖にある、廃墟になった山荘の侵入した。
「なにここ? 火事でもあったのかな、壁が焦げてる」
「知らね。けど一応心霊スポットになってるらしいぜ」
「まじかよ! うわ最悪っ、こわ!!」
怯えたように辻くんがそう言うと、背後を歩いていた長尾くんが彼の背中をドンッと押した。叫んだ辻くんが長尾くんに殴ったり蹴ったりし始める。賑やかだなぁ。
「あんまり暴れるなよ。崩れたら俺ら死ぬぞー」
「転ぶのも危なそうだね。ガラスとか割れてるし鉄骨? も剥き出しになってる」
「ここでコケたら映画みたいな死に方しそうだよな。背中からブスっと貫通!」
「あっぶね!? 押すなよ海原!!」
「後ろの壁には何も無いだろー! ビビりすぎなんだよ横井!」
「うぇいっ」
「どわああぁぁっ!? なんだよ星宮ァッ!」
「あははははっ!! 辻くんもしかしてオバケとか怖い系?」
「怖くねえわ!!!」
怖くないと言う割に、後ろから手のひらを見せただけなのに飛び上がってたけどね。いじりがいあるなあ辻くんって。
「花火を見るなら屋根の上登りたいよな〜」
「登れんの?」
「行けるだろ。先に登ってお前らを引っ張りあげるわ。よっと」
先陣を切っていた海原くんが錆びた手すりを足場にしてあまどいを掴み、屋根の上に登る。
「デブは最後な。ほら、横井」
屋根に登った海原くんが腕を伸ばし横井くん、辻くん、ボクの順番で上に登る。古い建物という事もあり屋根の上は不安定で、所々木が腐っているのか屋根が抜けそうな所もある。スリルだなぁ。
「ここに長尾くん持ってくるの危なくない? 穴空くでしょ」
「まー大丈夫じゃね? それよか星宮も手伝えよ、流石に長尾を1人で屋根に上げるのは無理だわ」
「おっけー。長尾くーん、手ぇ掴んでー」
3人を屋根に上げて疲労した海原くんが休んでいる間、彼の横に寝そべり下に向かって手を伸ばして長尾くんを呼ぶ。
腕を掴み、そのまま上に引っ張る。やっぱ重い……腕がプルプルする。
「長尾くん、柵を踏み台に出来る?」
「足が届かねえよー!」
「そこをなんとか頑張って! ちょっと腕の力だけじゃ上げるの厳しい!」
「手伝うわ。よいしょっと」
手の疲れを取った海原くんも寝そべり長尾くんの腕を掴む。二人がかりでようやく彼の体が持ち上がる。一度持ち上がればあとは踏ん張るだけだ!
「後ろの二人もボクらを支えれるー?」
「あぶねっ! 落ちる落ちる!」
なーにやってる??? 辻くんと横井くんは少し離れるところで度胸試し? をしていた。呑気すぎるよ、腕折れるって。
「うおおぉぉぉ踏ん張れええぇぇ!」
「ちょっ、暑い暑い暑い! 海原くんこっち寄りすぎ!」
「しゃーねぇだろ重いんだよコイツ! 少しくらい痩せろよお前!」
「お、お、おぉっ!? ちょっと待って二人とも! 怖い怖い怖い怖い!!」
「ちょっ、暴れないで!?」
急に長尾くんが暴れ始める。地に足がつかなくなって不安定な状態で身を支えられている状況に恐怖しているようだ。持ち上げられた経験も少ないだろうし余計に怖いのだろう。長尾くんの体重に引っ張られて足場にしている屋根がギシギシと音を立てる。
「落ち着いて長尾くんっ! あまり暴れると屋根がっ……!?」
ガコッ、という音が鳴って支えにしていたあまどいが外れボクの体が前方に押し込まれる。
長尾くんは屋根の端に手をかけることが出来た。その代わり、ボクの眼前に柵の向こうの地面が広がった。
「星宮っ!」
海原くんがボクの腰を掴む。すんでのところで体を止められる。危うく地面に落下しかけた。
「まじでありがとう海原くん! はあ、心臓縮んだ……」
「ぐ、おぉ……!? 安心してないでこっち戻って来いって星宮! お前もお前で、それなりに重い……!」
長尾くんのても借りて屋根の上に戻ったボクは「死にかけたわー!」と言いながら長尾くんにヘッドロックをかける。それを見た海原くんが「滑り落ちたりしたら今度は助けないからな!」と怒声を投げてきた。けれどその表情に怒りの感情は含まれておらず嬉々としていた。
「はぁ。ったく、横井も辻も使い物にならねぇし。なんなんだお前ら」
「なんだよ海原、喧嘩かー?」
「買うぞー!」
「まあまあ。全員無事に登れた事だし、空を見ようよ」
長尾くんの言葉を受けて全員が仰向けで屋根の上に寝そべる。すこし駄弁っていたら一発目の花火が空に上がった。
「おぉー……空が一望できる」
「すげぇだろ。ここなら大人の体で花火が見えないなんて事も無いし、うるさいガヤもいねぇ」
海原くんの言う通り、今年の花火は今まで見た中で一番見やすくて、綺麗だった。
遠くの方から聴こえる祭囃子と人々の声。それが花火が上がる毎にかき消されて、夜空に大輪が咲きほこる。
この場にいた全員がその幻想的な光景に息を飲んでいた。きっとこの光景はこれから先、大人になっても忘れないと思った。みんな同じ顔で花火を見上げていたから、きっと全員同じことを考えているに違いないと思った。
花火が全て打ち上がり、夜空にかかった白いモヤと火薬の匂いだけが残る。祭りの終わりを知らせるアナウンスが遠くの方から聴こえてきて初めて海原くんが身を起こす。
「どうだった」
「すっごい綺麗だった! ……本当に、すごかった。終わるのが惜しいよ、これは」
「だな。……お前、絵ぇ上手いんだし描いてみたら? 今日見た景色、とか」
「あははっ、記憶力にはあまり自信ないからなあ……来年来た時に写真でも撮ろうかな。それをモデルにして描いてみるよ」
「! 約束だぞ!」
「?」
「来年も必ずここに来るって約束! また絶対に、ここにいるメンツで集まること!」
「それいいな! 来年も同じ景色見られるのか!」
「来年までこの廃墟残ってんのかねぇ」
「昇り降りが大変だよ……」
「長尾は痩せろ! 残っていても残っていなくても、絶対にこのメンツで同じ場所に集まって花火見る! これ、男の誓いな!」
「男の誓い……かっこよ! 乗った!」
「言ったからな星宮! みんな、拳を突き出せ!」
屋根の上で全員が輪になって座り右の拳を中心に向けて突き出す。男の誓い、それを示すように全員が互いを見合い、合図もなしに全員が拳を頭上に掲げた。
最近の海原くんにはちょっと怖いと思う節もあったけど、そんな事も忘れてボクは海原くんと肩を組み合い笑いあった。
山荘の屋根から降りて帰り道を歩いている最中、先を行く三人の輪から離れてこちらに来た海原くんがボクの肩に肩をぶつけてきた。
「どうしたの?」
「お前だけ歩くの遅すぎだろ」
「最後に降りたんでね」
「あー、そうな」
納得した海原くんはそのままボクに並んで歩く。
「久しぶりに友情を確かめ合ったよな、俺ら」
「なんじゃそりゃ、漫画みたいなセリフ吐くねぇ」
「うるせえよ。お前、最近間山とばっかり居たじゃんか。裏切りもんが」
「裏切り者!? なにそれ、もしや寂しかった?」
「気持ち悪いこと言うなバーカ。そういうんじゃなくて、退屈だろって。アイツなんかと居ても」
「退屈じゃないって何度も言ってるでしょー。楽しいよ? 間山さんと話すのも」
他愛ない会話だった。でも、ボクが言った言葉を耳にして少し経った頃に海原くんの顔から笑みが消えた。
今の受け答えは不適切だったのだろうか? そう思って話しかけようとした瞬間、こちらの考えを察知したのか海原くんは「あっそ」とだけ淡白に返し、ボクから離れて前列に混ざった。
海原くんがこの時何を思ったのか、ボクになんて返してほしかったのか。どれだけ考えてもそれらの答えはボクの頭の中には浮かび上がらず、モヤモヤとした気持ちのままボクは皆と別れ一人で帰路を歩いた。