57話『歩調が合ってきてしまっている』
「……」
「……」
裸で、コインランドリーの奥の隅で縮こまって服が乾くのを待つ。
ゴウン、ゴウンと乾燥機の音だけが室内に響く。間山さんは先に服を乾かしてボクを隠しながら誰か来ないか見張ってくれている。
彼女は何を言わない。ボクも、何を言っていいのか分からない。
外は暗い。家に帰りたい。……家に、帰りたい。何でこんな事してるのか分からない。でも、ボクは海原くんを殺してしまったからもうあの家には帰れない。
沢山の人に迷惑をかけてしまった。……間山さんはボクに気付かれないように腫れた腕を庇って痛みに耐えている。
嫌われたくない。間山さんを怒らせてしまった。彼女は一生懸命いつも通りのおちゃらけた風を装っているけど、ボクを見る目が少し冷たい。
帰りたい。あの頃に戻りたい。……子供達に会いたい。また馬鹿やって、みんなと笑い合いたい。
「……服、乾いたみたい。取ってくる」
「あ、ありがとう」
「ん」
一日中動き回った疲労でなのか、それともやっぱりボクに対しての呆れからなのか。間山さんの反応は冷たく素っ気ない。
昔の頃のように軽口を叩き合いたいのに、唯一の味方である間山さんに対しても『怖い』という感情しか抱けなくなってきている。
でも、間山さんと離れるのは嫌だ。そっちの方がもっとずっと怖い。一人で、自分の犯した罪と向き合いながら逃げ続けるのなんて絶対無理だ。間山さんが居ないと、ボクはもうとっくに心が折れていたと思う。
服を着てパーキングエリアに停まっている車を物色するも、映画とかで見るような荷台が侵入できる車は停っていなかった。全部ちゃんと施錠されていて、とても隠れられるようには見えない。
今日はとりあえず車に忍び込むのを諦めて、間山さんと共に深夜にコンビニに来た。店員さんはやる気のなさそうな眠たげな目をしたおじいさんだ。ボーっとしてるし、ボクらが未成年だって分かっても怒ってこなさそうだから都合がいい。
「湿布……ない。熱さまシート買う?」
「ん、買う」
「分かった。……それと、なんか食べ物買おっか」
「どこで寝るの。今日」
「……」
「……虫が来るの嫌だから、あのコインランドリーの中で寝る?」
「人来ないかな。あと、防犯カメラあるから長居はしたくない」
「……じゃあどこで寝るの」
少し語気強めに間山さんが言う。……イライラしてる、当たり前だよね。ボクのせいでこんな事になってるんだもん。本当だったら文句の一つも言いたいだろうに、ボクが驚くからって言わないでおいてくれてるんだよね。
「……ごめんなさい」
「ごめんなさいじゃなくて。じゃあどこで寝るの」
「……コインランドリーの、中でいい」
「防犯カメラあるんでしょ」
「それは、でも……死角とか、あるかもだから」
「だったらついてる意味ないでしょ。馬鹿じゃないの」
「っ! ……ご、ごめん、なさい」
明確に責めるニュアンスを込めて罵倒を受けて、なにか思う前に勝手に涙が出そうになる。こんな事で泣いてたらダメだ、ボクが悪いんだから泣いたらダメ。ボクは強い子、泣く資格はない。だから泣かない。
「……ごめん。言い方が良くなかった。今のは気にしないでね、星宮」
「……うん」
つっかえる喉を必死に動かして声を絞り出すと、間山さんはボクを優しく抱きしめてくれた。
泣きそうになるのを我慢してたら喉の奥が痛くなった。帰りたい、戻りたい、そんな思いがいっそう強くなる。
コンビニを出て、買った漫画を二人で読みながらカップラーメンを啜る。買った漫画は今流行ってるバトル物で、普段なら没入しながら読めるのにキャラのセリフも描写も全然頭に入って来なかった。
ただ紙に描かれたイラストと文字を流し見する。適当な秒数経ったら無感情でページをめくる。間山さんも何も言わず、ボクに身を寄せるだけで漫画に意識を向けてるようには思えなかった。
パーキングエリアを通過したパトカーを怖がってボクはまた独断でその場から逃げてしまった。
追いかけてきた間山さんにかなり強めのビンタをされた。泣きながらビンタをされた。ボクも泣きながら謝った。泣いたらもっと強くビンタをされて、殴られた。殴られて、唇が切れた。
「ごめん、ごめんねっ星宮……ごめん……」
我に返った間山さんがボクに必死に謝ってきた。ボクしか悪くないのに、間山さんに謝らせてしまった。罪悪感で死にたくなる。
次の日、ボク達は勝手に車に乗り込むという作戦をやめにしてヒッチハイクを拾う事にした。でも現実はそう甘くない。素性の知れない子供二人を乗せてくれる気のいい運転手なんてそうそう居るはずも無かった。
次の日、歩き疲れて先に眠った間山さんを置いて、ボクは近くに止まっていたタクシーの運転手さんに声を掛けた。
自分が他の子より少しだけ顔が良い事は自覚していた。だから、その運転手さんの前で服を脱いだ。
運転手さんは悪い人だった。だから都合が良かった。舐めて、口に含んで、出されたものを飲み込んで。少しだけ好きにさせたら休憩時間の間だけボクらを運んでくれる事になった。
「……星宮。もしかして、変な事した?」
「な、何もしてないよ。なんで?」
「……臭いから」
そう言われて慌てて口を手で塞いだせいで、何をしたのかバレてしまった。でも間山さんはボクを罵倒したりはしなかった。
……軽蔑するような目を向けられたけど、それでも責められなかっただけマシだった。頭のおかしいことをしてるって自覚はしてる、でもこれが一番効率が良いからそうしてるだけ。……こんな事、ボクだってしたくないよ。
かなり進んだ。でも目的地はまだまだ遠い。ボクらはその日は物の試しでネットカフェに泊まろうとした。運良く身分証の提示は求められなかったけど、少しだけ店の治安が気になる。
「やだっ、やめてよ! お願い、やめてっ!」
「金がいるんだろ?」
「で、でもっ!」
「しーっ。連れの子、起きちゃうぞ」
……。
……。
……っ。
音が聴こえる。ボクはここ数日眠れていなかった。寝たフリをして、ずっと朝が来るのを待っていた。だから、間山さんがボクがしたように他のお客さんと性的な行為をすることでお金をもらおうとした事も、全部分かっていた。
本当は口でするだけのつもりだったのに、処女を散らしてしまったのも分かっていた。
分かって、泣いているのを聴いた上で、ボクは寝たフリを貫いた。
ボクが間山さんに隠れてそういうことをした時も、どうかバレませんようにって願ってたから。どんな事をされてもいいからバレるのだけは嫌だって強く願ったから。だから気付かないフリをする、その方がずっとマシだって分かってるから。
パチンコ屋さんから出てきた無精髭だらけのおじさんにお願いをして、車に少しだけ乗せてもらった。
カラオケから出てきたばかりの大学生複数人にお願いをして、車に少しだけ乗せてもらった。
みんな、少しだけしか乗せてくれなかった。ボクらが中学生だって分かると、途端にすぐ下ろしたがる。中学生相手に乱暴したってバレたら即捕まっちゃうから、そのリスクから逃げるために多めにお金もくれた。
お金なんて、家に帰れないボクらからするとすぐに無くなってしまう消耗品だ。お金なんかより車でそのまま目的地まで送ってほしい。でもそんな危ない橋を渡ってくれる人はやっぱり居なかった。漫画のようにはいかないものだ。
「お、短冊だ! なんか願い事書いてこーよ星宮!」
「懐かしいなぁ〜。なに書こっかなー!」
ふらりと立ち寄ったショッピングモールの一階で、沢山の短冊が飾られた笹の葉? 木?が置いてあるのを見つけた。久しぶりに間山さんがはしゃいだ様子でそこまで駆け寄ってペンで短冊に文字を書き始める。
「書けた! 星宮は〜?」
「描けたよ!」
「見して! ってイラスト! ドラえもん上手いな!?」
「願い事とかいまいちピンと来なかったからね〜。強いて言うならドラえもんがほしい! ドラえもんの四次元ポケットが欲しいよ」
「強欲だなぁ。あたしはちゃんと願い事書いたよ! 読んでみ」
「星宮姓を名乗る。なるほど、市役所に行けば変えられるんじゃないかな」
「ちっちっち。そういう事じゃないでしょー? 読んで字のごとく捉えるんじゃなくて、もっと秘められた乙女心を読み取るべきなんじゃない?」
「ちょっと散りばめられた謎が難解すぎてボクには解読できないかも」
「謎解きじゃないのよ。これで伝わらないなら一昔前のラノベの主人公張れるくらいニブチンだっての! まったく」
文句を垂れながら間山さんがボクの分の短冊も持って笹の葉に飾り付けてくれた。願い事、裏に書いてあるんだけど結局気付かなかったみたい。まあ、気付かれても照れくさいだけだからいいけどさ。
その日は沢山遊んで、沢山笑い合った。久しぶりに間山さんの笑顔を見た気がする。お腹を抱えて笑ったのなんて本当に久しぶりだ。楽しかった。いつまでも続けばいいなって思った時間は、今まで一番短く一瞬で終わってしまった。
後先考えずに使ったお金を回収したくて、間山さんを寝かしつけてまた男の人にお願いしようとしたら、ボクより先に間山さんがコンビニに止まっていた車に近付いていた。
少し休憩している際に居眠りしてしまったから、間山さんに嫌な役割を押し付けてしまった。参った、いよいよいつ寝ればいいのか分からなくなっちゃった。どうしよう、怪しい事が出来ない日中に眠るようにしようかな……。
「渡した分じゃ足りないってのか!? 勝手に金盗みやがって、このメスガキ!!」
今日も寝たフリをして間山さんの戻りを待っていたら車の方から荒々しい男の人の声が聞こえてきた。慌てて立ち上がり声の方へと向かうと、乱れた服装の間山さんが男に髪を掴み上げられてるのが見えた。
「間山さんっ!」
「!? ほ、星宮っ、なんで起きて!? こ、これは違うのっ! あの、あたし」
「あぁ? なんだよ、ツレもい……こっちの方が可愛いじゃん」
「! ほ、星宮は駄目! 分かった、な……生で、していいから。だから、手を出すのはあたしだけにして!」
「当たり前だろクソガキ! 勝手に金取ったんだから相応の事はしてもらわないとなぁ!」
な、生って!? そんなのダメだよ! 子供、出来ちゃうって……。
いや、てかそもそもこんな事を間山さんに強いる事が間違いなんだ。ボクが犯した過ちに付き合ってくれてる間山さんがそんな、身を削るようなことさせるわけにはいかない!
なんで今まで気付かないフリをしていた? なんで……間山さんは大切な友達なのに、彼女も同じ事をしてるのを知ってボクは『代わりにやってくれて都合がいい』なんて邪悪な事を考えた!?
こんなの、友達とは言えない。最低だ。最悪だ。ボクなんて死んじゃえばいい。
でもその前に、間山さんを襲っているこの人をどうにかしないといけない。
「ま、待ってください! 乱暴はやめて、店員さん呼びますよ!?」
「!? ま、待って!」
「えっ。間山さん……?」
「はっ。店員なんか呼ばれたらさっき撮った動画見せることになっちゃうかもな〜。お友達ちゃんよ、この子が男のちんこくわえてる動画、ネットにばらまかれたら嫌だろ?」
「ちょっ!? い、言わないでって……星宮、これはその……」
「…………と、とにかくその子に乱暴しないでください。ボクが、代わりに」
「星宮!」
「今日、安全日っ、ていうか……あの、言ってなかったけどボク、いま妊娠してるから」
「えっ……?」
「はあ!? ぶっ! あはははっ、なんだそりゃ! 今どきの中学生はそんなポンポン妊娠するもんなのか? 気持ち悪ぃ〜! そんな尻軽と友達やってるから自分から声掛けてきたんだな、乱れてんな〜」
「っ! 星宮、尻軽なんかじゃ」
「お前ら二人とも十分尻軽ビッチだろ。エロ本みたいな展開も起きるもんなんだな〜。あんま子供は趣味じゃないが、動画を売れば金になる」
「待ってよ!? 動画を売ればって、さっきの結局ばら撒くつもりなの!?」
「売りもしないのにお前みたいなちんちくりんとヤッた動画なんて撮らないだろ。あいにく俺の性癖はノーマルなんだよ。動画を見返したりはしねぇし、変態のロリコン親父に売り捌くよ」
「さ、最低っ!」
「金を出したんだからそのくらいの見返りはあってもいいだろ? もしかしてお前、自分の体に万単位の価値があるとでも思ってんの? 居るんだよな〜、大して上手くもないのにそういうのに自信持ってる子って。若いからって大金積む価値があるって思ったら大間違いだっての。そんなに金欲しいならロリコン捕まえてやり繰りしろや」
「こ、の……っ!」
「痛っ!? ってぇなこのクソガキが!!!」
間山さんが男に掴みかかり顔を爪で引っ掻く。それに対し怒った男が間山さんの顔を思い切り殴りつけた。
「金に困っててどうしてもってしつこく言ってきたから優しくしてやったのにこれかよ! 躾のなってねえ雌豚だなぁコラ! おい! 謝れ、あーやーまーれーよ! なに泣いてんだガキ!」
地面に倒れ込み啜り泣いている間山さんを男が何度も何度も蹴りつける。……自分だって、一円の価値も無さそうな小太りの気味悪い顔してるくせに何を偉そうに。
死ねばいいのに。
殺してやる。
どうせもう人間一人殺してしまってるんだから、何人殺そうが変わらない。
殺す。殺す。間山さんを泣かせる奴は全員殺す。殺してやる。
「あ? なんだよ嬢ちゃん、文句でもあんの? 言っとくけどこれは正当な行いだからな。俺、このガキに二万も……っ?」
殺す。それ以外の事を何も考えていなかった。
もしかしたら今後また道無き道を行くかもしれないって思って、ショッピングモールで和気あいあいとふざけながら購入した草花を狩るようの鎌の刃を思い切り男の腹に突き刺した。
深くまで手でグリグリと刺しこんでやると、男の顔が少しずつ青ざめていった。
「い、いって、いってええぇぇぇぇぇっ!!!?」
「間山さん、逃げるよ!」
「え! ほ、ほしみっ」
「名前呼ばないで!」
男の腹からおびただしい量の血が出て、ボクの手にも付着してしまった。指紋がついてるのも忘れて鎌を回収せずにボクは間山さんの手を引いて走り出す。
人なんて刺したら通報されるに決まってる。ボクらはまた人の来なさそうな草が生い茂った場所に入りしばらく走り続けた。
「はぁっ、はぁっ、星宮!」
体力の限界が来て立ち止まった間山さんがボクの手を払いのけてその場にしゃがみこんだ。荒く呼吸しながら彼女はボクを怖がるような目で見上げる。
「星宮、星宮……っ」
「……ボクは」
「あれは違うのっ! あたし、は……星宮が少しでも楽になれるように、楽しく過ごせるように、お金をっ、だから、あのっ」
「……」
「あたしは、あたしはぁ……っ」
ハッキリとした発言を出せないまま間山さんが泣き出す。ボクは彼女の体を抱き寄せて、今日はここで寝ようと提案した。
「あんな事、本当はしたくなかった……」
「……ボクは今日、何も見ていなかった。それでいいよ、気にしないで」
「じゃ、じゃあっあの人を刺したのはなんなのって話になるよ!?」
「ボクは頭がおかしいから。ずっと仲良かった友達を階段から突き落として殺せるような人間だから、きっとなにかあるとすぐにああいう事をしちゃうんだよ。……病気だからね」
「そ、そんなのっ」
「間山さん」
「……?」
「ボクね。多分、間山さんの事好きだったんだと思う」
「……へっ?」
ボクが愛の告白をすると、ずっと焦点の合わない目で誰に向けてるのかも分からない言い訳を繰り返していた間山さんの口が止まった。彼女は泣きそうな顔でボクを見てくる。
「好きだったから、変な事を言ったり変な事をしてくる間山さんと一緒に居れたんだと思う。だから、人を殺したんだって打ち明けた時にボクを救い出そうとしてくれたこと、ずっと感謝してるんだ」
「……そんな事、急に言われても。あたしは」
「だから。間山さんの事が好きだから、もうあんな事しないで。……ボクは今妊娠してるから、それをするのはボクの方が適任だよ。男の人にとって都合いいでしょ」
「……」
彼女が押し黙る。ボクもそれ以外は何も言わない。
……卑怯だという自覚はある。こう言えば間山さんは静かになってくれるって理解してるから、あえてこんな言い方をした。
好きって言葉を使えばきっと、間山さんだったら動揺して大人しくなってくれる。それを利用するボクは、さっきの男と同じかそれ以上に最低な奴なんだろう。
考え無しに人を刺してしまった。また罪を重ねてしまった。だと言うのに、不思議と今のボクには焦りがなかった。もう麻痺したのか、或いはさっきの行いが間違ってはないって確信してるから焦る事も出来なくなってしまったのだろう。
少しずつ心が壊れていくような気がする。人じゃなくなっていく、本来のボクからかけ離れていく。……いや、むしろ明るく振舞ってた方が偽物のボクだった。だとしたら今のボクが本来の性格なんだろうな。
「……星宮」
「なに」
「誰の子供、妊娠したの」
「聞いたら後悔するよ。絶対に」
「…………後悔しなかった時なんてないよ。星宮が酷い目に遭う時、あたしはずっと後悔してた。だからそんなの今更」
「海原くんの子供を妊娠してる」
「……」
「ね。後悔したでしょ?」
「…………今まで聞いた中で、一番後悔したかも」
小さな声でそう呟くと、間山さんは体をこちらに寄せてまだ血がついているボクの手に手を重ねてきた。
「いつ終わるんだろうね、これ」
「……車とか使わなかったら、まだ何日かかかりそうだよね」
「車はもう使わない。星宮も、もう変な事はしないで」
「……今月中におじいちゃん家に着けるかな」
「着けなくてもいい。星宮は、あたしが他の男とエッチするの嫌なんでしょ」
「……嫌だ」
「あたしも同じだから。星宮がそういう事をするの嫌。嫌い。だから、車はもう使わない」
「……」
「……でも、エッチするの少しだけ気持ちいいから。星宮としたい」
「ごめん。今まで聞いた中でダントツに気持ち悪かったかも、今の。かなり引いた」
「だって、嫌は嫌でも性感帯なんだもん。気持ちよくはあるじゃん」
「うえぇ……行為自体が気持ちいいかどうかって所には着眼してなかったけど、それはそれでキモい本音かも」
「だから星宮ともしたい」
「ボクもうちんちんついてませんけど」
「したい」
「……ついてたら、間山さんの事も孕ませられたのにな」
「あんたもキモい事言ってるじゃん」
いてっ。軽くほっぺ殴られた。
いいじゃん別に。童貞捨てたかったし、どうせ捨てるなら間山さんで捨てたかったんだもん。
「あたしと星宮の赤ちゃんとか、絶対に世界一可愛くて巨乳じゃん。産むべき存在すぎるんだけど」
「あ、話終わらないんだ。ボクらの遺伝子を持つ子なんて産まれたら性格どんなんになるのさ。絶対嫌な子だよそれ」
「どういう意味。確かに星宮はかなり変人ではあるけどさ」
「気に食わないとすぐ手が出るし。困るとすぐ体を売るし。お金を盗むし」
「……最後の一つ以外はブーメランだからね」
更に間山さんが身を寄せると肘や二の腕がピッタリとくっついた。夏の湿度のせいで仄かに間山さんの肌は湿っている。……いや、季節特有の感覚に紐付けて語ったけどこの汗は多分、そういう事をした直後だからかいてるものなんだろうな。テンション下がっちゃった。
「……明日、また服を買い替えなくちゃね」
「人を刺したんだもんね。馬鹿、考えなし。あの人が死んじゃったらどうするのよ」
「死んじゃえばいいよ。あんな奴」
「……流石にそれは、あたしでもちょっとって思うよ?」
「間山さんに酷いことをした。それだけで生きる価値なんてないでしょ」
「…………結婚する?」
「同性婚は難しいんじゃない」
「じゃあやっぱりあたしも性転換手術受ける。死ぬまで毎年妊娠してね」
「人はいつしか閉経するものですよ」
「それまで毎年あたしの子供産もっか」
「子供って産める数に限界があるんじゃないっけ。てかそんなに産んだら貧乏になっちゃうよ。あとシンプルに出産痛すぎるからもうしたくない」
「じゃあ海ば……今お腹にいる子は堕ろすの?」
「…………お金を出して堕ろすつもりは無いけど、自然に流産しちゃえばいいのにって思ってる」
「うわぁ」
「幻滅した?」
「正直な話すると結構前から幻滅はしてる」
「……」
「幻滅してるだけで、嫌いにはなってない」
それはもう嫌いになった方が自然なのでは。時々よく分からないんだよな、間山さんの言ってること。分からないフリじゃなくて本当に分からない、難解すぎる。
「星宮」
「なに?」
「星宮」
「なにさ」
「……もう、どこかにいなくなったりしないでね」
「……」
「星宮だけは、ずっとあたしのそばに居てね。死ぬまでずっと。絶対。約束」
「おじいちゃん家に着いたら自然と離れ離れになるけど」
「……じゃあ着きたくない。一生このままここに居よう?」
「仲良しこよしの腐乱死体が後日発見されるよ。その場合は」
今は夏です。それはそれは凄まじい臭気を漂わせる現場になるでしょうなあ。腐敗の進行エグそうだもんね。人間二人の腐乱死体は最早兵器ですよ。
「星宮、すっごい疲れた顔してる」
「間山さんはすっごい眠そうな顔してる」
「キスしていいよ」
「ボクからしたことなんてないでしょ」
「なんでしないのよ」
「難しい質問だな……」
「星宮はさ。子供の頃、どんな子だったの?」
「突拍子のなさエグくない? ハンドルねじ切れたでしょ今の」
「あたしと知り合ってない頃の星宮、どんな子だったの。教えてよ」
全く人の話聞いてないな。どれだけ眠たいんだ。
「……別に。普通の子供だったよ」
「そうよね。泣いてる子がいたら颯爽と助けてくれる男の子。よく知りもしないのに、助けてくれる男の子だよね」
「漫画だなぁ。そこまで正義感溢れる子供だった覚えはないんだけど」
「そっか。……ふふっ」
「?」
「なんでもない。あたしだけの思い出なんだ。やっぱり」
「含みあるね。この状況で伏線張るのどうなんだろう。ボクらの人生が漫画だとしたら今って結構な佳境だと思うけど」
「この後死ぬの? あたし達」
「そういう意味じゃなくて。多分一番の山場は今なんじゃない?」
「……だろうね。流石に受験とか就職とかって時期になっても、今ほど大変な思いはしないと思うし」
「これ以上の苦難が待ち受けてたら世の中の人たちは大分ドラマティックな人生歩んでるよね。そこら辺にいる人の人生を漫画にしたら一山儲けれそう」
「……」
「今寝るの? レスポンスなし? まじかぁ」
話の最中で間山さんは寝息を立て始めた。相変わらず寝落ちする速さに関してはのび太くんに匹敵するんだよなこの人。ある意味羨ましい、ボクにもそのスキルがあったらもう少し楽に生きられたかもしれないのに。
静かに眠る間山さんを少しだけ抱き寄せて、彼女の体温を感じながらボクも目を閉じる。
……さっきはまだまだ距離があるって言ったけど、車での移動時間を考えたら結構目的地まで近づいたはずだ。あと数日の辛抱、それまで頑張ろう。