55話『出口が見えてきた』
「無理だったね〜ネカフェ」
今日中に行ける所まで電車を乗り継ぎ至った街をとぼとぼ歩きながら間山さんが呟く。
「ま、ある程度予想はしてたけどね」
移動中にもう一度しっかりプランを組み直した結果、流石に女子中学生二人が野宿するというのは防犯という面で危うすぎるという結果に至ったので藁にもすがる思いで目に付いたネットカフェを転々としたが惨敗。どこの店舗でも年齢確認を求められ、無理を承知で学生証を提示してみるも当然の如く門前払いを食らってしまった。
どう足掻いても外泊は無理と悟り、その択は諦めて銭湯だけ利用し現在。ボクら二人は周囲を警戒しつつ敷地が大きい公園まで辿り着いた。
「やった! タコさん滑り台がある、あの中なら外から見られずに夜を過ごせそうだよ間山さん!」
「んふふっ、お風呂上がりの星宮良い匂い〜」
はぁ……。なんか、再会してからというものずっとこの人ボクに身体を密着させてくるんだよなぁ。最初こそ同年代の胸の大きな女の子にくっつかれる事に男らしい悦びを感じていたけど、いい加減鬱陶しさが勝ってきた。
わざわざ同行してくれてる立場だからボクの方から邪険にできない分、厄介だな〜なんて思いも湧いてきてしまう。
「てか二日連続同じ下着つける事になるのか、嫌だなあ。蒸れるし、折角なら安いパンツ買っとけばよかった」
「え。替えの下着ないの? 星宮は」
「誤算がなければストレートに目的地に着いていた計算なので」
「なるほどねぇ。ドンマイだ、寝てる間はノーパンで居たら?」
「……」
「なんでそんなジト目で見てくるのよ。あたし女だよ? 変な事しないって」
肉体的には同性であるはずなのに変な事を常にしてきた実績持ちだから信用できないよ。色々とタガが外れてるんだもんこの人。普通に考えたら友達の母乳なんて飲むわけないし股に指突っ込まないでしょ。異常者だよ。
「……寝たら襲われるから寝ないでおこっと」
「確かにここら辺少し治安悪そうだもんねー。大丈夫、あたしが守ったげる」
「隣を歩いている女の子が当面の脅威だから問題なわけなのだけれど」
「女の子? ……? 星宮の隣には誰も居ないけど……霊感でも持ってる?」
「霊感は持ってないよ。鏡を見たらその女の子の姿を視認出来るかもね」
「あたしに取り憑いてるのか。こわぁ、今度お祓い行こ〜」
「通じないかぁ」
自分が脅威扱いされてるとは微塵も思わないか、無敵だな〜この人。心臓に生えてる毛で編み物でも作れるんじゃないだろうか。羨ましいよその精神力。
「ねえねえ星宮、見て。ホームレスが寝てる」
「声に出して言わないの」
公園に侵入するとベンチの上に寝転がって上着を掛け布団のようにして寝ている髭モジャのおじさんが居た。それを見た間山さんが失礼極まりない言葉を連発する前に注意し黙らせ、早足で滑り台の方へ向かう。
タコさん滑り台の背面にあるコの字型の釘を打ち付けただけの梯子を登りタコの頭部にあたる空間に入る。外から見た限りではこじんまりしているように見えたが、入ってみると意外とボクら二人が寝転がれるだけのスペースがあった。
「めっちゃラクガキされてるよ」
「本当だ、ビッシリ落書きされてるね。耳なし芳一じゃん」
「……おー。当たり障りないことばかり書かれてるのかと思いきや、どこどこ小のなになにはヤリマンとか書かれてるわ。すっごいなーこれ、悪口掲示板だ」
「どこの誰とも知らぬ人達の噂を閲覧してるわけか。電話番号まであるし」
「掛けてみなよ星宮」
「掛けるかぁ。てか流石に番号変えてるでしょ、変えてなかったら個人情報抜き取り放題じゃんか」
「確かに。あたしらも書いとく? なんか」
「書かないよ。てかペンがないでしょ」
「確かに。小石で削ったりとか」
「器物破損じゃんか。ちゃんと犯罪だよ」
「それもそうね〜」
床にある砂を手で払い、鞄を枕にして間山さんが仰向けに寝転がる。間山さんは言葉にはしなかったけどかなりの大移動をしたから疲れたよね。なんていうか本当、世話になってばかりで申し訳ないや。
「あ、星宮がまーたごめんなさい言いそうな感じ出してる」
「こんな暗いのによく人の表情判断出来ますね!」
「顔はあんま見えないけど雰囲気で察するっつーの。あたしが好きで付き合ってんだから気にしないでって言ってるでしょー」
「……言い分は分かるけど、でもやっぱボクとしては」
「じゃあ胸揉まして〜」
「また胸。……はぁ、なにか言い合いになりかけたら脳死でセクハラして議論を煙に巻くのやめてよ。心遣いには感謝するけどさ」
「え。心遣いとかではなく純粋な願望を口にしてるだけなんだけど」
「じゃあそろそろ生理的に嫌だなってラインを超えそうだから自制してね」
「げ! それはまずい! ごめんて星宮〜! もうセクハラしないから許して!」
「誓える? もうセクハラしないって、約束できる?」
「出来るわけないよね。普通にまた星宮生乳飲みたいなって思ってるし」
「絶縁したいの?」
「冗談だって!」
冗談にしても本気で鳥肌立つくらい気持ち悪い発言を飛ばしてくるのはどうなのだろう。相手がボクだからまだ許せてるけど、これが普通の女の子だったら間違いなく絶交されてるでしょ。こんな人と友達関係続けられないよ。
「星宮も寝転がりなよ。立ちっぱの時間長かったじゃん、背中とか足腰とか疲れてるでしょ」
「そうする。変な事しないでね」
「しないしない。てかもうこのまま寝ちゃおう、徹夜で疲労回復しないまま明日を迎えるのはハードすぎるし」
「それもそっか。髪留めだけ外しとこ」
「確かに。服は……外だからなぁ。うーん、脱ぎたいわ……」
「わあ。露出狂みたいな発言」
「ブラつけてると寝苦しくない? 服も着てるから余計に」
「それは認めるけど流石にすっぽんぽんにはなれないよ。我慢でしょ」
「だねぇ」
ため息混じりに納得すると、ボクに合わせて間山さんも髪留めを解き髪を下ろして再び仰向けの状態に戻った。
狭い空間で間山さんと二人、明かりのない暗い天井を見上げる。
「今日は疲れたね、星宮」
「うん。めっちゃ疲れた。今までで1番の大移動だったし」
「修学旅行とかあったじゃん。あれに比べたら移動距離はそんなでもないけどな」
「ボク修学旅行行ってないんだよなぁ」
「そうじゃんごめん。……あ、でも宿泊学習? は行ったよね」
「行ったねぇ。やっぱ夜行バスが正解だったのかなぁ、乗ったら着くまで座りっぱなしだろうし」
「予約の仕方とか色々意味分かんなかったからなぁ。1日くらいあたしんちに泊まっていけばもっと賢い選択肢を選べたのかもね」
「…………そんな余裕ないよ。あの後だもん」
「くしゃみ出そうぶひゅんっ!」
会話の流れぶった切られちゃった。出そうって言って間髪入れずに炸裂してたな。ぶれすゆー。
「……てか間山さん、スマホどうしたの?」
「っ、え!? スマホ? スマホがなに?」
「全然触ってないから珍しいな〜って」
単純に気になったから話を振ってみたんだけど間山さんは明らかに動揺した様子を見せた。なんで? スマホの話が何かしらの地雷になってたりするの?
「い、いやー。星宮と一緒に居れるから退屈さとか感じないし? 自分でも気付かなかったや確かにあたしスマホ触ってないねー!」
「調べ物をする時やたらボクに調べさせてなかった?」
「あ、の、あれよ! 充電切れたから!」
「なるほど。あ、ボクもスマホの充電50%切ってるんだった。電源落としとこうかな」
朝っぱらから外に出てそこから1度も充電せずに調べ物しっぱなしで無駄に電力消費しちゃったからな〜。日が変わって使えなくなったら取っていたメモも見れなくなっちゃうから温存しなくちゃ。
スマホの電源を長押しする前に一応明日の動きを確認しておこうとメモを開こうとしたら、LINEの通知と電話の通知が普段見ないくらい溜まっていることに気づいた。
「……はぁ」
まあ、LINEの通知の方はなんとなく察しがつく。結局父さんには何も言わずに家を出てるから心配してメッセージを連投してきているのだろう。そっちは目的地に着いて一息吐いてから返信するとしよう、絶対怒られるし。
でも電話の方の通知はなんだろう? ボク、父さんのスマホにボクの番号入ってたっけ? てか電話帳とか使わないし誰も登録してないと思うけど……。
「初めて見る番号だ」
「どうしたの?」
「ん、なんか見覚えのない電話番号から鬼電かかってきてたっぽい」
「えー?」
「かけ直した方がいいのかな……?」
「こんな時間なのに? 無視でよくない?」
「でもめっちゃ来てるよ?」
「無視でいいって。そんな鬼電かかってきてるならどうせ明日もかかってくるでしょ。気になるならその時に出ればー?」
「うーん……」
「てか気になるなら番号で検索してみれば? 個人のスマホからじゃない限りヒットするんじゃない」
「! 頭良いな、その手があったか!」
「その手しかないでしょ。どうせエロサイトからの支払い催促の詐欺電話だろーけど」
「見てないし! ……え、払わないとダメなのあれ? タスクキルしたらセーフかなって思ってたんだけど!?」
「さあ? てか星宮でもそういうサイト見るんだ。エロー」
「み、見てないって言ってるじゃん!」
「なら不安がる理由もないでしょうに」
「ううぅぅ……」
間山さんの正論攻撃に返す手札がなかったので聞かなかった事にし、着信履歴にある番号を打ち込み検索をかける。WiFiがない環境での検索だからか数秒間画面が白くフリーズした後、表示された文字に目を滑らしてつい「え」と声が出てしまった。
一気に頭の後ろ、うなじにかけての範囲が冷たくなる。気付けば指が震えている、口の中が急激に乾いていってゾワゾワとした嫌な感覚が両腕の軸を伝うようにして手先が冷えていく。
表示された画面にはハッキリと『警察署』と記載されていた。見間違いかと思ってその電話番号と、ボクのスマホに届いた電話番号を見比べてみるも数字は完全に一致していて。つまりボクに対し直接電話をかけてコンタクトを図ろうとしていたのは警察という事になるわけで……。
バレた。ついにバレた。バレてしまった。ボクが海原くんを殺してしまった事、その後捕まりたくなくて逃げてしまった事。それらが警察にバレて、本格的にボクを逮捕しようと探し回っている。手元の電子機器がその事実を嫌という程知らしめてくる。
怖い。現実を受け止めたくなくて、でもどこまでボクの考えが合っているのかを確認したくて、理性と感情が真反対に分離していく中でボクは感情が必死に否定し辞めさせようとする行動を選び取った。
通知の溜まったLINEを開く。予想に反し父さんから送られてきてるメッセージは20件ほど。それ以上にクラスメートや担任の先生からの連絡が多く占めていて、中には会話をあまりしたことが無い生徒の名前すらあった。
まず最初に父さんのメッセージを開こうとしたが指が止まる。開けない、恐怖がボクの行動を抑制してきた。
警察から電話がかかってくるという事は父さんにも話が伝わっているわけで。
怒られるにしても、失望されるにしても、励まされるにしても、哀れまれるにしても。どんな風に言われようと差異はない、等しく恐怖と罪悪感と、どう表現したらいいのか分からない冷たく痛い気持ちしか抱く事ができない。
途中で家族の形が崩壊した我が家だけど、父さんは自分のしでかした事に向き合い元に戻ろうと頑張っていた。もう一度ボクの親として、そして産まれたボクの子供達を含めた四人全員で新しく家族をやり直そうと奮闘していた。
なのに、その努力を今度はボクが阻害してしまった。このまま順調に進んでいけばきっと……また妊娠をしてしまったボクが言うのも変な話だけど、きっといつかは割と普通な家族になれると信じていたに違いない父さんの希望を、殺人なんていう取り返しのつかない罪を犯すことで実現不可能にしてしまった。しかもボクは、それを家族に打ち明けないまま逃げてしまった。
それらを踏まえた上で考えたら、父さんがどういう言葉をかけてきたとしてもボクにそれを受け止められる筈がないに決まっている。
ごめんなさい、ごめんなさい、返す言葉を考えても浮かんでくるのは謝罪の言葉だけ。もっと言えば怖い、その一言だけだ。
ボクは何も確認せずに父さんのトークルームを削除しそのままLINEを閉じた。
「星宮?」
「っ!? な、に。どぅ、あ、うしたの? 間山さん」
「噛みすぎでしょ。どうしたの? 落ち着かない様子だけど」
「ななわ、ん、なんでもっ、ない」
「その割には息荒くない? ……本当に大丈夫?」
「だっ! い、じょうぶっ、だからっ」
犯した罪が警察に、父さんにバレた事。LINEの送信相手的に学校の人達にもそれがバレて、広まってしまっているに違いないと気付いてしまった事。それらによって心臓が今までにないくらい激しく動き息苦しくなり彼女の指摘した通り荒い息遣いをしてしまう。走った訳でもないのに肩を上下して、必死に酸素を肺に取り込もうとする。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ!」
「え? 星宮? 媚薬でも飲んだ?」
「飲んでなっ! い、わっ!! はぁっ、はぁっ、うぅっ、あふっ、ち、ちょっと気持ち悪いだけ! あるぃすぎて疲れっ、だけ! だから」
「そ、そう? なんか毒ガス吸ったみたいになってるよ?」
「泡吹いてるよその場合は! はぁっ、ふぅーっ……はぁっ、へはぁっ」
「いやいや。若干豚みたいな声出てるけど、なにそれ? ハスキーすぎない? 喉風邪?」
「ちがっ」
「違うならいいや。星宮、肩の力抜いて」
そう言いながら間山さんが優しくボクの背中を摩ってくれた。そこで初めてボクの身体が震えていた事に気付いたのか、間山さんは「怖い怖いか。大変だねぇ」と優しく言いながらボクの身を倒させた。
頭の下に間山さんの太ももがある。膝枕だ。
「間山ひゃっ」
「無理に喋んなくていいよ。メンタルしんどみレベル90越えでしょ今。何も考えないで、あたしの事も気にせずリラックスする事に集中しな。必要とあらばパンツも見せるよ」
「……いら、ない」
「紐だよ?」
「見、せたがってぅじゃん……」
「他の男どもはこぞって見ようとしてくるんだけどなー。自分的にもスタイルに自信ありなんだけど、なんで星宮には刺さらないんだろ。納得できないな〜」
「……」
「黙っちゃった。えいっ」
「!?」
間山さんと話していたら少しだけ息苦しさが取れたから呼吸を正常に戻すのに集中していたら急に布が頭の上に覆いかぶさった。間山さんがスカートを捲りあげてボクの顔をすっぽり包み込んだっぽい。
……って、さっきもある程度は生脚膝枕だったけど今のボクの頬や耳に触れてるってちゃんと間山さんの生太ももでは!? そうなると後頭部側にはそのまま間山さんの下着がっ!?
「てか甘える時はそっぽ向かずこっち向きなよ。よいしょ」
「!? こらこらこら!?」
勝手に間山さんがボクの頭を掴みグリンと回してくるものだから、首が折れないように体ごと向きを転換したけどこれ目の前にパンツ来てない!? 来てるよね、真っ暗で何も見えないけどそうだよね!?
「やばいって間山さん!?」
「なにが? ツルツルにしてるから汚くないはずだよ?」
「何の話!? いやごめんあまり深く聞きたくない話だそれ!」
「そう。まあまあ、今ならあたしからも顔見えないんだし、頑張らなくてもいいよ星宮」
「またしても何の話!? これ今どういう構図になってるか理解出来てる!? 間山さん今、ボッ、ボクのすぐ目の前にパンツある状態だよ!? 男だぞボクは!!」
「星宮」
「あとスカートで頭包まれてるからかちょっとぬくい! 生々しいよこれ! 色々駄目だって!」
「星宮聞いて。もう夜だし、周りに誰もいないし、今ぐらいは素直になってもいいんだって」
「素直にって何が!? お、男のそういうノリを期待してるならごめんだけど」
「今日ずっと泣きそうな顔してたよ。心配をかけさせないよう頑張ってたでしょ、ずっと」
「っ!」
寄り添うような慈愛に満ちた声音で、間山さんがそっと呟いた言葉に静まりかけていた胸が再び痛くなる。
「あたしは倫理観とかないし、善悪の判断とか快、不快を基準に考える人間だから軽く言い放つけど、星宮は悪くないよ。全然悪くない。だからあんまり無理しないで」
「……なに、それ。人を殺す事が、悪くないわけないじゃん」
「価値観によるでしょそんなの。あたしは星宮の味方だから、星宮がどんな事をしたとしても悪くないって言うし心からそう思うよ」
「……そんな励まし」
「励ましてはないんだけど。本当の事を言っただけ。星宮がさ、あたしにまで気を使うのは意味分からないじゃん。こんなキモくて頭のおかしい奴なのに」
「……」
「泣きたい時は泣けばいいし弱音を吐きたいとか甘えたいとかあればあたしを頼ればいいじゃん。負担に思わないし、望むなら何も喋らずにそれを受け入れるよ」
「海原くんは、間山さんの幼馴染でしょ。……やっぱり変だよ、なんでそんな割り切れるの」
「それ、よくあるオタクの勘違いなんだけどさ。別に幼馴染だからって互いを特別視してるとは限らないし、ただ単に幼少期に交流があっただけの赤の他人だからね? あたしにとっては星宮の方が遥かに大事だし、崖から助け出さなきゃって問題を出されたら迷いなく海原の方を突き落とすよあたしは」
「……なんで、そこまで」
「なんでだろうねー」
はぐらかすように間山さんが笑う。喉が震える、瞼が熱くなる。いつの間にか呼吸の乱れは収まっていたけど、代わりに嗚咽が漏れそうになっている。
今にも泣き出しそうなのを耐える為にボクは重ねて質問する。
「実際の所、なんで着いてきたの」
「実際の所ガチで百合エッチする為に着いてきた」
「ふざけないでよ」
「ダメ? おふざけで返すのは」
「ダメに決まってるじゃん」
「でも本音で答えた方が都合悪くならない? 星宮視点だと」
「……」
「仮にあたしがここで、『星宮だけが大切な人だからほっとけなくて着いてきた』なんて言ったら心底困るでしょ。それこそなんでとか、意味分からないとか、そういう疑問で頭がいっぱいになるんじゃないの」
「……」
「あたしに迷惑かけてるって、そんな誤った認識を持たれても困るし。大切な人の為に身を削るのが迷惑をかけられてるって認識になる人なんて居ないって、誰でも分かる筈なのに星宮は自覚できないタチだもん。だからあたしはふざけた事しか言わないよ?」
「…………そういう話をしたいから、こんな間抜けなエロ漫画みたいな膝枕をさせたわけ?」
「間抜けな状態にした方が、星宮はあたしに引いたり呆れられる分気を使ったりしなくて済むでしょ?」
「……なんっ、なの、さっきから……馬鹿じゃ、ないの……っ」
「一応昔の星宮をエミュってるつもりなんだけどなー」
やり方はヘンテコだけど、それは間山さんの優しさだった。彼女はボクが遠慮なく接せられるよう道化を演じていた、そんな風な事を言った。
後から考えた設定だろうとか、雰囲気を利用して無理やりエモくしようとしてるだけでしょとか、言いたい事はポンポンと浮かんできたけどそれらを彼女に伝える事は叶わなかった。
涙が堪えきれなくなり、喉奥の呻きを我慢出来なくなる。間山さんの服をギュッと掴み、振り絞るような無様な泣き声を漏らす。
ごめんなさい、怖い、唯に会いたい、家に帰りたい、数日前に戻りたい、そんな言葉がグシャグシャに潰れた状態で口から吐き出され、口にする度に後悔が背中を撫でて次の後悔を捻り出そうとする。
苦しみにもがくボクの背を間山さんが優しく撫で、その次に頭を撫でてきた。
知らない街の公園の遊具の中で、子供のように情けなく縋りながら泣き続ける。それで何かが変わるわけではないけれど、この瞬間だけは多少救われて胸が軽くなった気がした。
「時に星宮」
「……まだ完全には泣き止んでないんですけど。なんでお尻触るの」
「手の届く位置にあったから。でさ星宮、提案があるんだけど」
「なに」
間山さんがモニモニとボクの尻を揉みながら言葉を続ける。その手を強めに叩いて身を起こしつつ間山さんを睨む。
「なんで睨むー。そこはさ、素直に甘えられた事で憑き物が落ちたような朗らかな笑顔を向けるべきじゃない? ヒロイン力足りてなくない?」
「過呼吸は収まったけど憑き物自体は落ちてないし。それで? 提案っていうのは?」
「ん。実はだけどあたし、スマホを電車に置いてったんだよね」
「!?」
そうかどうりで! ずっとスマホを触っていなかった違和感が解消された! 新たな疑問はたった今生まれたけど!
「なんで? スマホを置いてくって何、やばくない?」
「やばい。まじでやばい、帰りどうしようってなってる今」
「馬鹿でしょ」
「言うねぇ。でもさ、スマホって位置情報を共有するアプリみたいなのあるじゃん?」
「……あ」
「ね? 気付いたっしょ。まあそんなにスマホに詳しくないからあまり知らないけど、もし第三者にスマホの位置を知らせるような機能があったとしたら、あたしらの行動ってスマホの存在によって筒抜けなわけじゃん? 少なくともあたしは星宮と行動を共にしてるから、必然的にスマホに位置情報の履歴を残すわけにもいかないしさ。苦渋の選択だよね」
「な、なるほど。だからあえて電車にスマホを置いてったの?」
「そゆこと。で、星宮もスマホをそこら辺に捨ててみたらどうかしらっていう提案」
「むぅ……」
「死ぬほど嫌って気持ちは分かるけどさ。現状、スマホがある事で居場所がバレるリスクと星宮の病みが加速するリスクが同居してるわけでしょ? いわば爆弾よ? それ」
「……それは確かに、そうかもだけど」
「目的地までの行き方は明日コンビニでペンを買って書き写しておこう。それで無事におじいちゃん宅に着いたら死ぬほどスマホをねだって、入手成功したら後日あたしがそっち行くからその時に連絡先交換しよう。という提案」
「なるほど……」
確かに位置情報に関しての警戒は怠っていたけど、第三者がスマホの位置を調べるなんてこと可能なのかな? ……出来ないとも限らないなぁ、サイバー犯罪? とかの取り締まりも強くなってるって聞くし、ネット上で行った犯罪の犯人を特定するとしたらそれこそパソコンとかスマホのアドレスを辿って逮捕に至るのが殆どだろうし。
「分かった。明日の朝、コンビニに直行だね」
「ニュースマホを手に入れるまでの間ほとんどの娯楽を失うわけだけど、そこは我慢ということで」
「そうだね……久しぶりに絵でも描こうかな。子供産まれてからしばらく描いてなかったし」
「いいじゃんいいじゃん。あたしも星宮に勧められてからメキメキ腕を上げてるからね! 今度見せてあげるよ、星宮とあたしの純愛18禁同人誌!」
「そんなおぞましいもの描いてたの? かなり引くんだけど」
「星宮から奪取したノートでまだ家に残ってるやつって禁断の書だけなんだもん。自動的に趣味の範囲がエロに寄るのは仕方なくない? 責任の所在は星宮の側にあるでしょ」
「なんでだよ!? そもそも禁断の書を返してくれなかったのは間山さんだったでしょ!」
「そうだっけ?」
「多分! 昔の事すぎて覚えてないけど、当時のボクは純粋に男子だったから絶対回収しようとするし! 女子にあんなもん見せられるかぁ!」
「テンション上がってる所申し訳ないけど声大きいよ星宮。そんな可愛い声でキャンキャン喚いたら悪漢がやってきちゃう。ガチで陵辱物みたいな惨事が起きかねないから静かに」
注意されて慌てて口を塞ぐ。こんな大声を出させてるのは間山さんでしょうが、と文句を言いたい。まったく、なんだよボクと間山さんの純愛18禁同人誌って。……18禁である必要ないでしょ別に。
「スマホの件は分かったよ。何時くらいに行動する? 早朝、始発の電車に合わせて移動したいよね?」
「明日中には着くだろうし無理して早め早めに行動しなくてもいいとは思うけどね。今日の所は疲労を取ることが最優先、身体がヘトヘトだとメンタルも病みやすくなるし」
「いや絶対早く行動した方がいいでしょ」
「星宮って自分が思ってるより大分メンタル弱いからね? 事ある毎に『ボクは強い子』って自己暗示かけなきゃ覚悟の一つも決められないような雑魚メンタルなんだから、事を急くより休息を重視しな」
「ピンポイントでぶっ刺さる事言ってくるね。やめてよ、自覚はあったんだからそれ」
「あったんだ。あははっ、そのセリフ聞くといかにも悲劇のヒロイン面してんなーって感じてたから無自覚だと思ってた!」
「ボクの事嫌いなの???」
「なわけないでしょ。あたしが男だったら星宮の第一子はあたしとの子供だったと確信してるよ?」
「しないでよそんな邪悪な確信」
「まあそこら辺はおいおい考えよう。夜は長いし」
そう言って寝に入るのかと思いきや、間山さんはぐーっと伸びをした後再びボクと顔を向かい合わせた。
「ちなみにあともう一つ提案があるんだけど」
「? なに?」
「キスしない?」
「……ん?」
「接吻しない?」
「聴こえてはいたんだよね。理解はできてないけど」
「キス、接吻っていうのはいわゆる唇同士の接触を表す言葉で」
「うんごめん言葉の意味を知りたいわけじゃなく。なんで今ここでキスをしないかって提案するんだろうって意味で理解不能を訴えているんだけれども」
「雰囲気良くない?」
「ロケーションの話? 真っ暗ですけど」
「いや、空気感的な意味で」
「謎が深まっちゃった。間山さん的には今、キスするのに適したシチュエーションだと感じているの?」
「えぇ」
「そっかぁ。難しいねぇ相互理解って。ボクには全く理解できなっ」
チュッ、と唇に柔らかいものが触れる感触がした。それがなんなのか、理解するのに大した秒数はかからなかったが理解した瞬間に訳が分からなくなり思い切り後退した勢いで壁に背中をぶつけた。
「なななななんで!? なんでした今!? まだツッコミ入れてる最中だったよねぇ!?」
「焦れったかったから」
「そんな理由で不意打ちキス!? 色々軽くない!? ファーストキスくらい大事にしなよ!」
「ファーストじゃないでしょ? 子供いるんだし」
「ボクの話じゃなくて間山さんの話ね!? ボクなんかで、しかもこんなよく分からない状況でファーストキス済ませていいの!? しかも女同士だよ!?」
「心は男なんでしょ? いつも言ってるじゃんね」
「そうだけど! な、なんなのさ本当に! なんなんだよぉ!?」
「じゃ、おやすみ」
「ここで寝るの!? 分からない分からない、情緒が謎すぎるって! 間山さん! ちょっ、ガチで寝てる……」
混乱するボクを他所に再び床に寝そべった間山さんは脅威の速度で寝息を立て始めた。全てにおいて置いてけぼりである、この人のマイペースさにはまるでついていけない。難しいなあまじでこの人!