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54話『大抵の問題はどうにかなる世の中」

 自転車が揺れる。その度に背負った学生鞄の肩ベルトが食いこんで少し痛みを感じる。



「あーあ、ママに嘘つきまくっちゃった。こりゃ帰ったら超怒られるな〜」



 ボクの前に座りペダルを漕ぐ間山さんがのんびりした口調で愚痴る。小さく「ごめん」と言うと、彼女は「星宮のせいではあるけど星宮は悪くな〜い」と返してきた。



「しっかし晴れて良かったね〜。しばらく雨って天気予報はどこに飛んでいったのやら」

「明日からまた雨らしいけどね」

「今日のうちに移動を終わらせないとねー」

「本当にごめんね間山さん。こんな事……」

「全然おっけー。星宮と旅行とかしてみたかったしー」



 明るい口調で間山さんが言う。あはは、こんなに明るく素直な反応を見せる間山さんなんてレア中のレアだ。なんで嬉しがってるのか分からないけど、ここまで嬉しそうにされるとこっちまで謎に笑けてしまう。



「おっ。星宮の声が嬉しそう。なにー? 女子が小学生の頃に着てた服着るの夢だったの? ロリコンってやつ?」

「違うよ! てか変装させるって言って昔の服無理やり着せてくれたのは間山さんの方でしょ! ちょっと服の趣味が幼くて恥ずかしいんだけど!」

「いいじゃん、サイズ合ってるし」

「サイズは合ってるけど中3にもなってこんな」

「今の星宮の体格が小学生の頃のあたしとほぼ同じなんだもん。若いねー」

「ずんぐりむっくりで悪かったね!」

「あたしがスタイル良いだけだから。気にしない気にしない」



 煽られてるなぁ。天然で言ってるんだろうな、尚更タチ悪いわ。ボクだって小柄な子に比べたら女って感じのスタイルしてるってのに、比較対象が間山さんなせいでスタイル悪く見えるよ……。



「って、誰が女だ! 女扱いするな!」

「びっくりした〜。急になに?」

「いや。今の会話からどことなくボクを女扱いしてる気配を感じたので」

「扱いというか、女じゃん」

「10年間男やってましたけど!」

「まーだその話擦ってるんだ。色褪せないものだね〜」



 茶化すように間山さんが言う。色褪せるわけないでしょそりゃ。肉体こそ女体になってはいるけれど心は1ミリたりとも男の頃のままなんだもん。毎日が違和感と自己嫌悪に塗れてるっての!



「というかさ、赤ちゃん達は置いていっても良かったわけ?」



 む。……むぅ、あまり考えないようにしていたことを突いてきたな。まあでも、ボクが実家を離れて祖父の家にお世話になるとして、ボクが産んだ唯と凪の事が頭に浮かぶのは当然か。



「……勿論一緒に居たいけど、ボクのしでかした事が事だからさ。連れて行けないよ」

「お父さん1人で大丈夫なの?」

「…………大丈夫、だよ。お酒さえなければ父さんはマトモだから」

「不安しかないけど。んー……でも星宮的には、もう地元には帰れないって結論付けてるんだよね?」

「……」

「ごめん」

「だぬぁっ!?」



 謝罪の言葉が聴こえたと同時に自転車がガタッと音を鳴らした。道路の段差を踏み、その振動で自転車の荷台に股がぶつかる。痛打。ジンジンとした痛みが股に響く。



「身に覚えのある一撃……! 間山さん、地面ちゃんと見て!」

「ん〜?」

「自転車ガッタンなると股に鈍い一撃が入るの! 平らな地面走ってよ!」

「気にしてなかったや。ごめんごめん」

「ぐあっ!?」



 痛い!! また自転車が揺れた。今のはかなり痛かった、股の硬い所と荷台の硬い所が丁度の角度でクリーンヒットした!



「痛いってぇ!」

「ここら辺の道路、地盤が緩いのかバキバキなんだもん。避けられないわよ」

「くぅ〜……!」

「まあさ、女になって良かったじゃん。男の人って股間蹴られたくらいで動けなくなるじゃん? 防御力アップだ」

「全然痛いって! 避けられないのは仕方ないけどじゃあ減速して!」

「えー? 次の電車間に合わなくなるわよ? これ逃したら1時間以上駅で待ちぼうけなんだからねー?」

「間山さんがお寝坊だからでしょ! 人の手首縛っておいてなに眠りこけてるのさ!」

「抱き枕星宮が気持ちよすぎたんだもん。あたしに罪はないね」

「ごふっ!? だからぁっ!」



 3度目の痛打に最早怒りを込めて間山さんの背中に頭突きをする。絶対わざとでしょ!!!



「この坂を下りきって次の角曲がったらすぐに駅だから。怒らないでよ、時間もまだまだ余裕あるし」

「余裕あるんかい! ならシャカリキに漕ぐ必要なかったなぁ!」

「うそうそ、今のなし。今の発言をなかったことにした」



 間山さんがハンドルから片手を離し指パッチンをする。なんだそれ、おちょくっているのだろうか。



「あっ」



 坂を下り角を曲がったレンガの道を走っていたら交番が目に入った。慌ててフードを被り顔を隠す。



「マスクしてるしフード被らなくても良くない?」

「か、髪型とかでバレちゃうかもだし」

「顔の特徴まで出回ってたら本格的に指名手配犯じゃん」

「……そこまでの大事になるくらいやばいのは確かでしょ。ボクは…………ころ」

「はいストップ。折角セクハラしまくっていつもの星宮に調整してあげたのになんで病み直そうとするのよ。やめて? そういうねちょついた雰囲気大っ嫌いだから」

「……セクハラの域超えてましたけど」

「とりあえずフードは脱いでよ。背丈子供でフードでマスクって格好で日中出歩いてるってなったらそれこそ声掛けの対象だっての。風邪を引いてるって思われるぐらいの方が目につかないって」



 確かに悪目立ちするという点においては一理あるか。にしても髪型変えるとかしておかないと不安は拭えないよ……。



「間山さん、髪留めとか持ってない?」

「持ってきてなーい。なに、髪縛るの? 余計顔が目立っちゃうけど」

「少しでも普段のボクから乖離した容姿になりたいので……」

「そんな髪が長いわけでもないのに縛るのも変だけどね。じゃあそうだな……乗り換えの駅の近くで髪留め買ってく?」

「そうしよ」

「お揃いの髪留めを買おう! 可愛いやつ!」

「めちゃくちゃ呑気だな!」



 やばっ。あまりにも平常運転すぎるからつい大声でツッコミしてしまった。



「駐輪場は……まだこんな時間なのに無料の所埋まっちゃってるや。帰ってくるまで日を跨ぐの確定してるからあまり有料の所使いたくないんだけどなぁ」

「奥まで押し込まずロックの手前で車輪を止めておけばお金はかからないよ」

「わお。当然のように犯罪行為を推奨してくるね星宮」

「今のなしで」

「当たり前でしょ。流石にそんな違反行為はしないっつーの」



 言いつつ、間山さんは有料の立体駐輪場には入らずその脇の自販機の影に隠すように自転車を停めた。



「いや。こんな所に自転車を停めておくのもそれはそれで違反行為の内に入ると思いますけど」

「誰にも迷惑かかってなくない? いいじゃん」

「駅の人からしたら迷惑なんじゃないかな……」

「なんでよ?」

「なんとなくそんな気がする。怒られるのはボクじゃないからいいけどさ」



 自転車を停め、改札を抜け駅の階段を歩く。今まで来たことがない上に何故か駅の中にも警察らしき人がいて緊張しまくりで切符を落としたが、間山さんがメンタルケアしてくれたおかげでなんとかホームまで辿り着くことが出来た。



「こんな田舎なのに駅だけは立派だよね〜。場所によっては無人駅とかもあるらしいし。どうせ逃避行するなら無人駅がよかったよね」

「本当にね……」

「でもまっ、次の乗り換えの駅はここよりも人が多いだろうからあたしらが目立つ事はないし到着すればひとまず安心だ。ほぼ勝ち確」

「……」

「なんで希望に満ちた意見を口にしてるのに暗くなるのよ?」

「勝ち確ってことは無いでしょ。……さ、殺人、だよ? 犯した罪が大きすぎるし、たかだか数駅分離れた程度で逃れられるとも思えないよ」

「またそんな事気にして〜」

「…………気にしないわけ、ないだろ。昨日の今日だよ!? 何言ってんの、なんでそんな感じなのずっと!!! ボクは、ボクはっ、ボクはっ!! ボ、ボクのせいでっ、うぁっ、う、なばらくんがぁああっ!」

「ストップストップ」



 ボロボロと涙が勝手にこぼれてきて、その涙を間山さんが手のひらを押し付けるようにして拭う。気にかけての行いだったのにボクは感情的にその手から逃れるように顔を振り、俯いたまま言葉を続ける。



「な、なんでそんな飄々とした態度で茶化すんだよ!? なんで平然としてるの!? ふざけるなよ、人が死んっ、でるんだよ!?」

「あー……ご、ごめん」

「昨日話した時から思ってたけど間山さんはボクの話を聞いてどう思ったの!? ちゃんと聞いてた!? 信じてくれてる!? 絶対冗談かなんかだと思ってるよね!? じゃなきゃおかしいよ、色々とっ!」

「ちょちょちょっ、怒らないでよ! べ、別に事態を軽く見てるわけじゃないよ、星宮ずっと震えてるし。……あたしが何を思った所でって前提があるから流してる、風に装ってはいるけど……あたしだって海原の事に関しては思う所はあるよ」



 話しているうちに間山さんの声が低く、僅かに感情を孕んだものに変わっていた事に気付く。


 ハッとして間山さんの目を見る。彼女はボクと目が合いそうになった瞬間に視線を横にズラして口を動かす。



「……星宮の言ってることは理解出来るけど、そういうのを気にして暗い雰囲気に呑まれるのは嫌いだから。不謹慎だって文句をつけてくれても構わないけど、やる事も終わっていないのに自粛ムードになるとか意味わかんないし。順序違うじゃん。今後悔するのは不毛だよ」



 ボクを鎮めるように、落ち着き払った口調で間山さんが言葉を返してきた。


 ……謝罪の言葉を口にし、考える。


 今日の間山さんはいつもより明るい。同行者が人殺しだと思えないくらい普段通りの調子で会話を仕掛けてくる。違和感しか感じないくらい、間山さんは後ろ向きなを言葉を吐かなかった。


 自分の事を考えるあまりその違和感にまるで意識が向いていなかった。


 間山さんの考えていることは分からないけど、もしかしたらボクの不安を抑制させるためにあえてそう振舞っていたのかもしれない。もしそうなら……うーん、やっぱり軽率な事ばかり言ってる印象は拭えないけど怒るのは違うのかもしれない。



「……ごめん、なさい」

「なさいはいらないかも」

「っ。ご、ごめん。こうなったのはボクのせいなのに、そのボクが不安を煽るような事を言うのは」

「星宮のせいってかあたしの我欲なんだけどね。星宮は別に1人でおじいちゃん家まで行けるだろうし。それに付き合ってんのは完全に性欲だから気にしないで」

「う、うん。…………え? 性欲?」

「ほら、目的地に着いたらベッドか布団はあるだろうし」

「待って待って。話が見えない」

「あ、電車来たよ」



 会話の途中で電車が駅に着き扉が開く。間山さんは浮ついた足取りで電車に乗り込んで行ったので、その後ろをついて歩きボクも電車に乗り込んだ。




 *




「眠かったら寝てもいいからね星宮。あたしが肩を貸してあげよう」

「眠くないので」

「やーん。寝ないと堂々と抱きつけないじゃん」

「電車内でセクハラするのはやめて? ガチの痴漢じゃんそれは」

「うずうず」

「怒るからね?」



 隣に座る星宮から思い切り睨まれてしまったのでワキワキと動かしていた手を止めて膝の上に置く。ちぇっ、つれないのー。


 それにしても、やっちゃったな〜逃避行。どんなフィクションよ、友達が知り合いを殺してそれに付き合って遠くへ逃げるとか。

 ノリと勢いで『逃げよう』なんて口にしてはみたけどさ、まさかここまで自分にも星宮にも行動力があるとは思わなかった。やれば出来るもんなんだなー。


 さて。現実問題このまま星宮を彼女の祖父の家まで送り届けて全部丸く解決するのだろうか?


 星宮が寝た後に見ていたニュース報道では海原の件らしき記事は取り上げられていなかった。今朝はまだ確認してないけど、でも星宮の証言を鵜呑みにするならその事が報道されるのも時間の問題だよね。

 今日中、なんなら昼までにニュースが広まることだってあるだろうし学校に通う生徒やその父兄の人ら、そこから街や村の人にもとっくに噂が広まってる頃合いだろうし。


 やばいなこれ。遅効性で効いてくる毒みたいに焦りと不安があたしの中にも芽生え始めて強くなってきている。海原の死が事故で処理されなかった場合、星宮の立ち位置って傍から見てもきっと怪しさ満点だろうしな……。


 この事がバレて星宮が少年院に行く羽目になったらどうしよう。……その末路だとあたしが星宮を守れたって事にはならない。


 それならあたしが星宮の身代わりに自首してみるとか? ……いや無理か。番号時刻的にあたしにはアリバイがありすぎる。駄菓子屋の近くを通った人、客として来た子、生徒や通行人だってあたしの姿は見てるだろうし。


 てか今日から姿をくらますってなったら益々怪しくない? というかほぼ犯行を自供しているようなものなんじゃない?


 うわっ、うわー……どうしよう。どんな過程で逮捕されるのかみたいなフローチャートが頭の中にどんどん浮かんでくるや。



「……やっぱりあたしも」

「? なんか言った? 間山さん」

「ん、星宮の髪からあたしと同じシャンプーの匂いしてエロいなって」

「そうですか」



 呆れてため息を吐く星宮。よかった、今の呟きは彼女の耳には届いていなかったらしい。



 これ、この先どう行動したらいいんだろう。星宮を無事に目的地に送り届けたとしてその後は? 星宮と行動を共にしてることはママに知られてるから事情聴取を受けるのは確実だろう。


 星宮の犯行を完全に否定したり無実を証明するのはあたしの頭じゃ難しいし、知らぬ存ぜぬを貫いたとして星宮の行き先をしつこく問われるだろうし……。


 星宮が捕まるまで、延々と事情聴取を受け続けるのだろうか? もしそうなった場合意見の一貫性を欠いた瞬間黒判定されて尋問に変わっちゃいそうよね。


 尋問って、何されるんだろ。夜遅くまで監禁されて高圧的に話しかけられたり叩かれたりするのだろうか?


 スマホ……位置情報アプリとか入ってるんだっけ。位置情報の履歴って残るのかな?


 心底嫌だけど、死ぬほど嫌だけど。位置情報とか知られたら全部が水の泡になる可能性高いしここにスマホ置いていこう。あたしが原因で星宮の足がつくのは嫌だし。


 でもまあ、家に帰ったらママにまた嘘を重ねてスマホを買い換えて貰えばいいか。

 ママ視点、余計な出費がかさむよなぁ。この長旅の資金の為にママが溜め込んでたあたしのお年玉を無断で持ち出した件もあるし。どれくらい怒られるんだろ、嫌だなぁ……。



「…………はぁ」

「ま、間山さん?」

「っ!? な、なに? なになに!?」

「えっと……」

「今のはため息じゃないからね! あのー、あれよ。星宮柔らかいなぁって! 揉みたいなぁって全身!」

「セクハラしか言えなくなっちゃったの?」

「あはは。星宮が女になったようにあたしも頭ん中男になっちゃってるのかもー!」

「別に男はそんなエロい事ばっかり考えてる訳じゃないからね?」

「それは過言じゃない? 辻褄合わないよそれは。生物学的に有り得ない、エロ猿じゃない場合染色体バグ起きてる、男として不能すぎる」

「もう素直に男嫌いって言った方がいいと思うな、間山さんは」

「普通の事を口にしただけだよ? 赤は赤いし青は青い、海は水で出来てるし生き物は生きてる、そして男はエロ」

「何があったらそんな捻くれた思想を常識に組み込めるんだろう」



 意味分からんと言いながら星宮はスマホを取り出し画面を見ながら指を動かし始めた。いつも通りの反応だ、普段のキャラ作りがここで活きたわね。


 時間が経つほどにあたしの中で迷いが増幅していってる。上手く平静を保ててるか分からなかったけど、簡単に誤魔化せる術があってよかった。


 今の星宮は必死にあたしの調子に合わせてくれているけど手の震えまでは誤魔化しきれていないし、どこで情緒が崩れてもおかしくない状態だ。そんな彼女の前であたしが弱気な態度を見せたらそれこそ終わりだろう。


 大丈夫、どうせ今回もなんとかなる。悪い予想なんかしてもほとんど杞憂に終わる。そんな根拠のない気休めでいい、とにかくあたしは余裕を気取って星宮を支えないと。この子が安心して頼れるように立ち振る舞わないとだ!




 30分近く電車に乗り、乗り換えの駅に到着するとあたし達は地下鉄駅に向かうより先に駅を出てすぐ近くにあったディスカウントストアに来ていた。理由は星宮の言っていた髪留めを入手する為である。



「星宮! これにしよ! このハートのやつ!」

「ハート!? い、いや、普通のでいいよ……」

「可愛くなーい」

「可愛さは求めてないので!」

「えー。やだ。折角女子小学生ルックで街ブラしてるんだから髪留めも可愛いやつにしないと!」

「間山さんの企てでこんな格好してるんだからね!? ボクの趣味じゃないから! お金に余裕あるから服も買い換えるよ!」

「ダメだよ?」

「なんでさ!?」

「お金は有事の際に備えて多めに持っておかないと。それにあたしのあげた服なんだから大事にしてよ!」

「捨てようと思ってたってくれる直前に言ってなかったっけ!?」

「言ってないね。記憶違いだ」

「言ったよねぇ!? 都合よく記憶を書き換えないで!?」

「いい? 星宮。言葉ってね、後で言った方が正しいんだよ。これは言ってる事がコロコロ変わるとかそういう意味じゃなく、この世の真理ね」

「筋も誠意も存在しないなぁこの世の真理!」

「あっはっは。現実を受け入れなさいな。言葉は後出しこそが正しいし、言い訳なんて存在しなくてそれも立派な説明なの。分かった?」

「ちゃんと社会が成立するのだろうか、そんな世界」

「とにかく髪留めは可愛いやつにして! あ、星宮だから星のやつとかどう? 似合うと思う!」

「名字ネタじゃん、今まで散々擦られてるって星系は。安直だよ」

「いいじゃん似合うじゃんキキララっぽい顔してるんだし」

「キキララっぽい顔ってなに??? 丸二つに線で構成されてない? どうなってんのボクの顔のパーツ」

「ごめんテキトー言った」

「だろうね!」



 目を見開いてつっこむ星宮の手に星の飾りがついた髪留めを置く。



「それと……まあ上着くらいは買っておいてもいいかもね。全身着替えるのは資金的にバッテンだけど変装の効果は望めるし」

「やったぁ上着ゲット! 暑い季節なのに!」

「そこは我慢で。薄いカーディガンかなんかでも効果は十分あるでしょ。服屋は……」

「あ、じゃあ間山さんこそこのハートの髪留めにしなよ」

「え?」



 レジに向かい歩こうとしたら星宮があたしに髪留めを手渡してきた。中3のあたしが付けるにはちょっと幼すぎる、ラメが入ったハートの飾りがついた髪留めだ。



「お揃いの髪留め買おうってさっき言ってたよね?」

「えぇ。でもなんか小学生すぎない? これは」

「ボクもそう思う。それを間山さんは買わせようとしてるわけ」

「いいじゃん。今の星宮、見た目小学生じゃん」

「服がね!? 着てる人の容姿はそこまで幼くないでしょ!」

「別に似合ってると思うよ?」

「嬉しくないよ! 間山さんしか比較対象がいないから相対的に幼く見えるだけで別にボク童顔でもなければ幼児体型でもないから!」

「身体はそうだけど顔面は割とガキっぽくはあるよ」

「そうなの!?」

「ショック受けてるのウケるー」

「バカにしおって……とにかく、ボクがこれ買うならそれもついでに買うからつけてよ! あげる! お揃いね!」



 そう言ってあたしの手から髪留めを奪うと、星宮はそそくさとレジの方まで歩いて行った。



「はい、間山さん!」



 星宮と共にUFOキャッチャーやガチャガチャの並ぶ空間に来ると、彼女から精算の終わったハートの髪留めを渡された。



「今つけるの?」

「つけなきゃ変装の意味ないでしょ!」



 変装って言ってるけど、多少髪型を変えて上着を羽織るだけなんだけどね。なんでそれで自信満々に鼻息をフンスと出せるのだろう。



「……でも、お揃いかぁ」

「? どうしたの、髪留めなんか見つめて。絶対につけてもらうよ?」

「なんでもない。……てか絶対にからの言い方こわ」



 星宮の監視の目で穴が空きそうなので、彼女の要求通りあたしも髪にゴムを通し1つ結びにしてみる。



「おー。相変わらず髪サラサラだね」

「触ってもいいよ」

「やったー! おぉー、サラサラうるつやだ!」

「華奢だな〜星宮。腰のクビレとお尻の境界線めちゃえっちだ」

「腰にしがみつくのが目的かい!」

「当たり前でしょ! あ、てか折角だし記念撮影しよーよ!」

「記念撮影???」

「お揃いのキッズ髪留めを買った記念! あたしは普通の服を着てるのに星宮だけ小学生ルックなのも合わせて面白いし、写真撮ろう!」

「今の言葉を聞いて誰が撮りたがる?」

「ほら星宮、こっち鏡になってる。スマホ出して!」

「え、えぇ〜?」



 星宮にスマホを出させ、気が乗らない様子の彼女を結ばれた髪を指でつまんで持ち上げてポーズを取る。星宮もあたしの真似をして髪を持ち上げた後、スマホで写真を撮った。



「わ、この写真あたし盛れてるじゃん。これ送ってよ!」

「ボクが半目なのですが!? こっちの方がいいよ!」

「通行人が写っている。肖像権を侵害しちゃダメだよ星宮」

「ネットにアップするわけじゃないんだからいいでしょ! LINEの方に送るからね!」



 プンスコする星宮の頬を指でつつくと、彼女は「やめなさい!」と言ってあたしから距離を取りながらもあたしのトークルームに写真を添付してくれた。まあこの場で保存は出来ないんだけど。

 後日駅までスマホを取りに行くか、データの移行が成功したらその時保存しよう。てかデータが蘇らなくても後から星宮とまた会ってLINE交換してその時に写真も貰えばいっか。



「さて。どうする星宮、すぐに移動を始める? 地下鉄乗ってまた乗り換えて電車、さらに乗り換えてってルートだけど」

「む。すぐに移動を始めない選択肢があるのでしょうか」

「んー、移動時間の合計だけ見てプラン立てて移動を始めたけどさ? 考えてみると最終便? 最終列車? の時間を考慮せずにプランを立てていたって事についさっき気付いてね。どう考えても日を跨ぐ計算になると言いますか」

「なっ!? さ、最終列車!? 日を跨ぐって……電車って、二十四時間走ってるんじゃないの?」

「さっきの駅の時刻表を見た感じ、一番下と一番上の時間に何時間か開きあったから二十四時間走ってるわけじゃないっぽいねー。完全に誤算よね」

「大誤算だよそれは〜! ま、前情報が足りなかったか……!」

「ね。て事で、まあぶっ続けで移動する事は出来ないって考えたら必然的に時間にゆとりが生まれるわけで。ちょっと遊べる余白が生まれるじゃん?」

「遊ぶって、ここのゲーセンで遊ぶの?」

「や、ゲーセンとかは補導されがちなイメージあるからリスク考えたら避けたい。映画館とかはどう?」

「映画! ふむ!」

「前向きに検討している様子だね。よし! じゃあ何本か映画観て時間潰そう!」

「何本か? ……何本も見るの? 劇場で?」

「ある程度移動するとは言っても今日中にゴールまでは行けないじゃん? 夜暇じゃん? これから先の駅チカに映画館があるとも限らないじゃん? 極力ここで時間を潰したいじゃん? 連続で映画観るじゃん」

「…………もしや、その為にさっきお金を温存させた?」



 口笛を吹いて誤魔化す。



「吹けてないよ! そういう事か! いいけどさっ、気付いたことがあったら先に言ってね!? 完全にプランの組み直しじゃんか!」

「組み直しと言っても行く路線はもう決まってるし。決めなきゃ行けないことって言うと夜どこでどう過ごすかくらいじゃない?」

「めちゃくちゃ大事じゃないそれ!? ネカフェとか泊まれるのかなぁ」

「年齢確認必須だろうねぇ。学生証出した瞬間に親に連絡だろうね」

「うーん……じゃあカラオケ夜のフリータイムとか」

「流石にそれも年齢確認いるんじゃない? てかお店の深夜営業って年齢確認要りそうなイメージ」

「詰んでるじゃんか!」

「まあ中学生が身一つで外泊ってのがまず現実味ないしね。どこかの廃墟に不法侵入するとか公園の遊具に隠れるかくらいしか浮かんでこないや」

「公園探すかぁ……」

「あ、お風呂も入りたい……銭湯とか行ってみる?」

「お風呂も大事だなぁ。って考えたら映画なんて行く余裕ないよ! 銭湯の値段設定分かんないし! 先にある程度移動して、銭湯探して、そこで今後の動き方を決めてから自由時間しないと!」

「あ、洗濯はどうしよう。コインランドリー……下着姿でコインランドリー行くのは流石にまずいよね?」

「問題が山積みじゃんかー!!!」



 過去一くらいの大声がフロア内に響いた。朝とか電車に乗る前はどうなる事かと思っていたけど、どうやらこんな大きな声を出せるくらいには調子を取り戻してくれたらしい。よかった。


 明日、おじいちゃん家に着いたらしばらく星宮と接触出来なくなるのか。寂しくなるし、嫌だ。でも星宮にとってあの村は毒でしかない環境だったし、仕方ないか。


 ……結局、今回もあたしは星宮にちゃんと気持ちを伝えられなさそうだ。いっか、どうせ元から失恋していたようなものだし。この想いは本人に伝えず、あたしの中に封じ込めておこう。



「むむむ……てか銭湯に行くとしても女湯に入るのか……ぐぅ、あまり人の体は見ないようにしないと!」

「ぎゅー」

「? どうしたのまやっ、間山さん! 胸! 何故揉む!」

「疲れたので癒しのホシニウム摂取タイム〜」

「なんですかホシニウムって! ここ公衆の面前ではあるからね!? 常識の範囲内でくっついてくれると助かるかな!」

「ぎゅー」

「聞いてる???」



 まあ、想いを伝えなくても今はどれだけくっついても星宮は怒ってこないし。それで我慢しよう、あたしは多くは望まない堅実な女なのだ。

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― 新着の感想 ―
逃亡中のデート、最高だね。 次回、間山の死!(嘘です)
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