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53話「短所は運もそこまで良くない所」

「あ、ママー? 雨降ってきたよー」

「もう? 予報より早いな〜、まだお風呂掃除終わってないのに……」

「先にシャッター閉めてくる?」

「おねがーい」



 ママの言葉を聞き家を出て、外階段を降りてお店のシャッターを降ろす。台風前の強い横風のせいで大したことがない雨でも当たると冷たくて痛い。3日間雨が降りっぱなしなんだっけ? 途中弱まったりするみたいだけどこの調子だと営業はしばらくお休みだな。



「植木鉢も上に持ってかないと……って、きゃー!」



 店の横に置いていた植木鉢を持ち上げようとしゃがんだらサンダルが片方脱げて風に流されてコロコロ転がっていく。地面に素足がつかないようけんけんでサンダルを追い掛け。危ない危ない、田んぼにポチャンするルートだったけどなんとか滑落を防ぐことが出来た。ナイスあたし!



「びゃっ!? ちょっ、いきなり雨強くなるじゃん! もう!!!」



 家の方へ戻ろうとしたらゴウっと一層強くなった風が吹いてあたしの顔に大量の雨粒が直撃した。あちゃー、体操服がびしょ濡れになっちゃった。また着替えないとだ、洗濯物乾かせないから出来るだけ服を着回したかったんだけどなぁ。



「ふぅ…………ん?」



 植木鉢を階段上に避難させ、最後に戸締りチェックをしていたら全身びしょ濡れの少女が角を曲がってこちらへ歩いてきた。


 え、なに? 怪異? 怖い怖い。なんでこんなしっかりと雨が降ってるのに傘を持たずに外をぶらついてるの? うちの制服……今日部活なかったよね?


 濡れた黒髪が激しくなびいているせいで顔が見えないから余計不気味に思える。……あれ? こっち方面に住んでる女子ってあたし以外には星宮しか知らないような?



「……星宮?」

「……っ。間山、さん」



 試しに呼びかけてみると、ずぶ濡れの少女が足を止めて俯いていた顔を上げてあたしを見た。やはり想像した通り、その少女は星宮だった。


 ……星宮、か。あたし、星宮に拒絶されてるんだよな。この子からしたらあたしって邪魔者でしかないみたいだし、あたしももうこれ以上この子と関わってると傷つくだけだってわかったし、出来る事ならあまり関わりたくないんだけど……ずぶ濡れだしなぁ。



「星宮。なに、してるの?」

「……」



 星宮は何も言葉を返さない。やはりあたしとは会話する気にならないか。


 ……っ。話し続けたくなる気持ちをグッと堪え、そのまま階段の方へ体を向ける。



「……けて」

「え?」



 階段を上がろうとした時、背後から小さな声を掛けられた。なんて言ったのか聞き返そうとした瞬間、背後から星宮が抱き着いてきてちゃんと聞こえるようにもう一度同じ言葉を繰り返した。



「助けて」

「星宮? ……と、とりあえず上がっていきなよ」



 雨風が強くなっていく中で会話なんて続行できるはずもない。とりあえずあたしは星宮を連れて家まで戻り、彼女にシャワーを浴びさせた。



「着替え。あたしのジャージでいい?」

「うん。ありがとう」

「星宮があたしんちでシャワー浴びてる……ごくり」

「………………一緒に入る?」

「えっ」



 む? 星宮がすごく落ち込んだ様子だったからふざけて前の調子で声を掛けてみただけだったのに、星宮の方からあたしの悪ノリに乗ってきた。むむむ……星宮って、あたしの事嫌いなんじゃなかったっけ?



「……はは。ごめん、冗だ」

「え? あたしもう脱いじゃった」

「っ!? あ、そ、そう。……ご、ごめん」

「……えぇ?」



 とりあえずすっぽんぽんになって浴室の扉を開けたら星宮があたしの裸を見て顔を真っ赤にした。以前なら『なななっ、なんで本気にするの!? 冗談だよ! 出てってください!』とでも言いそうなものだが、すぐに星宮は暗い顔になりあたし分のスペースを開けた。



「……えーと。とりあえず、星宮の胸揉んでもいい?」

「なんで」

「エロいから」

「……」

「……ごめん、冗談」

「よかった」

「あ、あはは……」

「……」



 き、き、気まずっ! そりゃあんな言い合いをした後しばらく干渉せずに距離を置いていた間柄だからいきなり鉢合わせて一緒にシャワーを浴びたとして仲良く会話なんて出来るはずもないんだけど! 息苦しいなぁなんか!



「……。えと、タオルとか」

「ん、もう出てくの?」

「え、うん。シャワーありがとう。服が乾くまで隅で……いや、外で待っとくよ」

「なんで!? 普通に家の中に居ればいいじゃん?」

「邪魔でしょ。もう晩御飯の時間だろうし」

「邪魔じゃないし。てかお風呂入りなよ? 体冷えてるでしょ」

「……浴槽に入りなって意味?」

「しかないと思うけど。日本語難しいねぇ」

「……」

「…………あー。別に、強制してるわけではない、から……」



 あたしが言い終えるより先に星宮が湯の張られた浴槽に入った。前からなんだかんだ言いつつも無抵抗な事が多かった星宮だったけど、今日は特に素直だな。ていうか、会った時もそうだけど全体的に鬱屈とした雰囲気があるというか……何かしら嫌な事があったのは明白だよなぁ。


 ……あたしの事を疎ましく思っているのは分かってるけど、でも、今の星宮を見てると胸がザワザワするから放置は出来ない。打ち明けてくれるとは思えないけど、何があったのか一応聞いてみようかな。



「ちょっと隣に失礼するね」

「……」



 返事は無いがあたしが入る分のスペースを開けるために星宮が少しだけ体を浴槽の壁面に寄せる。2人で入るには手狭な浴槽なのであたしも壁面に身を寄せる形になる。



「ねえ星宮。なんかあった?」

「……」



 言葉はないが、彼女は静かにコクンと頷いた。そして少しの間何も言わずに目線を落とした後、ボソッと一言「ごめんなさい」と口にした。



「何に対してのごめんなさい? あたし、星宮に何もされてなくない?」

「……間山さんにもか。そうだね、忘れてた。ごめんなさい、間山さん」

「??? いやだから、あたし何もされてないって」

「ずぶ濡れの状態で助けなんか求めちゃったから。迷惑だよね」

「全然? むしろあのままどこかに立ち去られる方がモヤモヤするし。どうしたのよ星宮?」

「……」

「学校でなにかあったんでしょ。……てか、あたしの方こそごめんだ。しつこく付きまとってたくせに、星宮が苦しんでるのを知っておきながら何もしてこなかったから」

「それは別にどうでもいい。もう、どうでもいい」

「そ、そう」



 もう、というのは? 引っかかる言い方だがそれに言及するのはやめておく。今の星宮に質問攻めなんてしたら泣き出しそうだし。



「……ボク、もうここに居られない」

「えっ。……ひ、引っ越すの?」

「……」

「いつ引っ越すの? あ、あのっ、星宮からしたら迷惑かもしれないけど、連絡とか」

「引っ越さない。ボクの家族は変わらずここで暮らしてくって」

「え? じゃあ星宮は? ここに居られないって言ったよね?」

「……か、母さんの、お父さんとお母さんの暮らす家にお世話になる事に、なったんだけど、それも難しくって……ボクは、どうしたらっ、どうしよう……っ」

「ん、ん? えーと、おじいちゃんおばあちゃんと連絡着いたんだ? それで、どうしようと言うのは……?」

「駄目、だ……行けない……迷惑、かけちゃうっ……怖い、捕まっちゃう……駄目、絶対駄目っ! あ、あぁっ、怖い、やだっ、ごめんなさい、ごめんなさいっ!!」



 えぇー? ど、どうしたんだろう。星宮がなにかに怯え始めて俯いてうわ言のように謝罪を繰り返し始めた。とりあえず落ち着かせる為に背中を撫でる。



「どうしたの、鬼気迫る表情してるよ? 狼狽えすぎでしょ、人を殺したわけでもあるまいし」

「っ!!! うっ、あああぁぁっ!!! うわああぁぁぁっ!!! ごめんなさいっ、ごめんなさいっ!!!」

「なになになに!?」



 突如星宮が頭を押えてガクガクと震えながら声を大にして謝り始めた。膝を折り曲げて小さくなりながら狂うように泣きながら同じ言葉を口にする星宮の様子を不審に思ったのか、ママが脱衣場まで来て「どうしたの? 大丈夫ー?」と声を掛けてきた。大丈夫だよと返事をし、星宮が落ち着くまで黙って背中を撫で続ける。


 流石にこの状態の星宮を帰らせるわけにもいかず、強引に彼女にもうちの晩御飯を食べさせた後にあたしの部屋まで引っ張る。あたしの部屋に入った星宮はいつまで経っても座る気配がなかったのでベッドの前に立たせて肩を押してそこに座らせる。



「落ち着いた?」

「……落ち着いた」

「もう泣き出さない?」

「……泣かない。ボクは強い子だから」

「えぇー……っと、そうだね。星宮は強い子だ、強い子強い子」



 テキトーに言わないでよー的なツッコミを期待して言ったのだが星宮からの反応は無かった。しばらく話さない内に暗い性格になってしまったのだろうか。



「…………そ、そろそろボク」

「帰るの? まだ雨ザブザブに降ってるけど」

「大丈夫だよ! ありがとう!」

「いやいや、まだ居なよ。どのみち今外に出たら豪雨で前なんてロクに見れないでしょ。せめて雨が多少収まってから帰りな」

「駄目だよ、もう帰る」

「危ないって。風の音聴こえないの? 吹っ飛ぶよ?」

「……で、でも……ここに居たら間山さん達に迷惑かかるから」

「迷惑じゃないって。星宮の場合はどれだけ居着かれても無問題だから」

「問題あるよ! ボクがここに居ると!」

「居ると?」

「いっ……あ、えと……」



 自分の口を手で抑えるなんて大袈裟なアクションまで取って星宮は言いかけてた言葉を強引に覆い隠した。そのまま彼女はズリズリとベッドの上を後退し、逃げるように壁際まで移動すると自分の身を抱きながらまた震え始めた。



「どうしよう、どうしようっ……帰れないっ……どこにも行けない……どこに……やだ……ごめんなさい……っ」

「ほ、本当にどうしたのよ? 今日の星宮、大分変だよ?」

「い、言えない!」

「言えない? ……そりゃ、星宮には人に言えないような秘密があるのならあたしも理解してるけど、ある程度知ってはいるから打ち明けてもくれても……この期に及んでって感じかもしれないけど、力になれる事があれば手を貸すし」

「ちがっ……これは本当に間山さんが困る事になるかも、だし」

「あたしが? 困る事になるって、具体的にどうなるの?」

「……それも、言えな」

「それは言おうよ。聞いた上で考えるから、あたしなりに出来ること」

「駄目だよ! 間山さんは巻き込めない! 誰も、巻き込んじゃ駄目な事だから!」



 きっぱり駄目と言われるとむしろ意地になってしまう。星宮があたしの身を案じて口を噤んでいるのは様子から理解出来るけど、しでかしたことを考えればそんな気を使われる相手では無いのは明らかだろうあたしは。星宮にとってあたしはきっと、人生で一二を争うくらい嫌悪してる対象だろうし。



「星宮、話して。あたしはどんな目に遭っても大丈夫だから」

「大丈夫じゃないよ!」

「お願い星宮。今更だけど、今度こそちゃんと星宮の力になりたいの」

「ち、力になるとかそういう次元じゃなくなってるから!」

「? それってどういう?」

「言わない……もう、聞かないで。帰るから!」

「帰さないよ?」



 立ち上がろうとする星宮を見て即座にドアの前に立つ。それを見て星宮は絶望に塗れた表情をした後、俯いて、その場で両手を前に投げ出して頭をベッドに擦り付けるような姿勢を取った。



「もう、帰らせて」

「……帰れないってさっき自分で言ってたよね。どこに帰るの」

「だ、だからおじいちゃんの家にっ」

「他所から引っ越してきたよね、星宮家は。この豪雨で駅まで行くの? 車で? 無理じゃないかな」

「……」

「車がって意味じゃなくて、運休になってるよって意味で今日は無理だと思うよ。そもそも村出れないでしょ。毎年台風が来ると交通規制かけるじゃん。駅まで行けないよ」

「じゃあもう何処かで雨宿りするから! とにかくここに居るのはっ」

「そこは家に帰るんじゃないんだ。普通なら家に戻って日を改めて駅に行くもんだと思うけど」

「っ! い、言い間違えた!」

「言い間違えようがないでしょ。明らかに不自然だよ。なに雨宿りって? 家に帰らずに夜逃げする人じゃないとそんな言葉は出てこないんじゃない?」

「ち、ちがっ」

「……てか、逃げようともしてないじゃん。口では帰るって言っておきながら、星宮はここから離れようとしてなくない?」

「!? どこが!? どう見てもどう考えても今すぐ帰ろうとしてるじゃん!」

「うーん」



 そんな顔を上げてクワッと目を見開かれましても。今までの星宮を見てきたあたしとしてはその言動と行動が噛み合ってないのは明らかなわけで。どう説明したら納得してくれるか考えてみる。



「星宮って意外と強引じゃん? 本当に嫌で帰りたいってなった時、言い合いの途中で我慢出来なくなって無理やり部屋から出ていこうとするくない?」

「そ、それは、間山さんがそこにいるから……」

「あたしが居ても関係ないよ。星宮って実はあんまり他の人を気にせず行動してるもん。人の目は気にするけど人の事を考えてってのはあまりなくない? 人がいるとかお構い無しに出ていこうとするよ」

「……」

「ほら黙った。図星じゃん。そんな風に俯いて押し黙るの、図星を突かれた時の反応だよね。分かりやすい」



 そう言うと星宮は髪を手でぐしゃぐしゃと乱暴に掻き乱し、自らの両肘を指で強くつまみ始めた。

 爪が食い込むくらい強くつままれた肘から血が出て、その状態のままボタボタと星宮の目から涙がこぼれる。精神的に参ってるのは明らかだ。


 すぐにティッシュを取って星宮の自傷行為を辞めさせて肘に当てる。また星宮が「ごめんなさい」と繰り返し始めたので、どうすべきか考えるより先に彼女の頭を抱き締める。



「ボクはっ……ボクはっ!」

「うん。なに? 聞くから話して」

「……」

「……星宮に、初めて『助けて』って言われたの」

「え……?」



 話すよう促すと黙りこくった星宮に自分の胸中を口にする。それで星宮が心を開いてくれたらという企みもあるが、それより先に遠慮している星宮に知ってほしかった。あたしの気持ちとか、心配とか、そういったものを。



「子供の頃に星宮に救われたから今のあたしがある。なのに、あたしは星宮に対して何も出来てないし頭が悪いからいつも空回ってばっかり。……だからこそ、ちゃんと星宮の口から救いを求められた今、あたしは心の底から星宮を助けたいと思ってる。自分がどんな目に遭うとかはどうでもいいの。嫌な目に遭ったとしても、それは今まで星宮を苦しませてきたバチだと思って受け入れるから」

「そんなのボクは求めてない!」

「んーん、助けてって言ったよ。確かに」

「そうじゃなくて! 苦しませてきたからバチが当たってほしいだなんて考えてないって意味だよ! 確かに間山さんの事は嫌だなって思ってたけど! それでも大切な友達なのは変わりないから……!」

「え、ありがとう。まじで嬉しいそれは」

「だ、だから……」

「だったら余計に無視は出来ないよ。助けてって言われたんだから」

「……」

「星宮。教えてよ、何があったの?」



 諭すようにそう言うと、星宮の体を支配していた震えが少しずつ弱まっていった。それでも指先は未だに震えているが、ある程度まで心が落ち着くと星宮は目元の涙を乱暴に拭ってその手を下ろした。


 あたしの目は見ずに、俯いたまま星宮の口が動く。けれど彼女の口から声は出ず、しばらく待っていたら再び星宮の口が動いた。



「……殺した」



 その言葉を聞いた瞬間、時間が止まったような感覚がした。


 星宮が口にした『殺した』という言葉。そこには『なにを』っていう具体的な説明が欠けていたが、彼女の様子を見ていれば一瞬で察しは着く。多分、星宮は"人間"を殺してしまったのだ。


 星宮が脅える理由がわかった。あたしにかかる迷惑っていうのも、ここに居てはいけないっていう言い分も理解出来た。答えが開示されればそれらの発言の意図を汲み取るようなあまりにも容易だ。



「……誰を?」



 今までの星宮の行動の意味を理解したあたしは、続ける言葉に悩んだ末にそんな質問を投げてしまった。その質問に対し、星宮の回答は思ったよりあっさりと開示された。



「海原、くん」

「う、海原っ!? なんでっ」

「……」

「いや、いい。答えなくても! そっ……か……」



 好奇心に負けて殺人の動機を尋ねてしまったが、それを星宮に訊くのは残酷に過ぎると判断し質問を取り下げた。あたしからすると何故星宮が海原を殺してしまうのか、その理由について全く見当もつかないが細かい事まで訊くのは絶対に良くないのでやめておく。



「ボク、は、人殺しになっちゃった。だからここには居れない……どこにも居られないよ」

「……これからどうするの」

「分かんないよっ! わ、分かんない……人を殺したら、どうするかなんて考えたこともない! どうしよう、どうしようっ……! 怖い……!」



 頭を抱えながらまた星宮が震え始める。ごめんなさいって言葉は海原に対して発されたものでもあるけど、それ以上に今彼女が抱いている恐怖から逃げたくて、救われたいという思いで現実逃避する為に口にしていたものだったのだろう。


 声を震わせて泣いている星宮をまた抱きしめる。これが救いになるわけではないが、今の星宮にはこういうのが必要だと思った。きっと今彼女は誰にも頼れず、誰もが敵になって自分を捕まえに来ると思い込み恐怖に囚われているのだろう。


 あたしが抱きしめたり背中を撫でたりしたら星宮はなんとか落ち着いてくれる。この行為が彼女の不安を和らげる手段だというのはもう実証済みだ。

 でも……落ち着いたとして彼女とどんな事を言えばいいのかはあたしにも分からない。何が正解で、どうすれば彼女を守れるのか。殺人という罪を犯した相手に対して、どう手を差し伸べられるのか考えて、考えて、考える。




 ……いや、無理か。どう考えても人を殺してしまうだなんて取り返しがつかなすぎる。そんな事をしといてお咎めから逃れられるわけが無い。どう立ち回っても星宮は警察の手から逃れられるわけが無いし、殺人の罪に問われて少年院に行くのはもう既定路線だろう。


 結末はもう決まっていた。全てはもう終わった事なのだ。今から出来ることなんて何も無い。それが現実、目を背けた所で避けようのない運命だ。



「……逃げよう。星宮」

「え……?」



 どうあがいたって結末は1つしかないって分かりきっているけど、それはあたしが星宮を見捨てる理由にはならなかった。


 星宮からすればあたしは赤の他人だ。それはもう重々理解している。けど、あたしにとっては違う。星宮はあたしにとって大切な友達で、初恋の人で、ヒーローなんだから。そんな相手が助けを求めてるのに手を差し伸べない理由なんてあるはずがなかった。



「逃げまくろう。海原を殺したって言ったけど、誰かに見られたりしたの?」

「……見られては、無いと思う」

「どこで殺したの」

「学校」

「うわーお。の? どこで?」

「階段から突き落としちゃった。……言い合いをしてたらつい、わ、わざとじゃなくてっ、じ、こで……」

「うん、うん。……それなら、もしかしたら階段を滑り落ちちゃっただけってなるかもしれない」

「それは無理だよ! 多分指紋とか着いてるしっ!」

「目撃者はいないんでしょ? 指紋と言ったって、普段から海原と触れ合ってるだろうし誤魔化せるんじゃないかな」

「む、無理だよ。きっと全部バレる! そうに決まってるよ!」

「……考えたんだけど、今日は行けないにしても明日とかにそのおじいちゃん家とやらに身を置いておけば誤魔化しは効くんじゃない?」

「ど、どういう意味?」

「星宮だって分からないように変装して、電車乗っておじいちゃん家まで行って、警察は指紋以外に証拠は無いから犯人が星宮だって当たりをつけるのは時間がかかるだろうし、後から警察がおじいちゃん家に乗り込んできても『その日は既にここに居ましたよ』って言えばアリバイになるんじゃないかな。ほら、老人って記憶力とかそこまで無いしさ」

「そんなに上手くいくわけっ」

「上手くいかないにしてもこれが現状出来る1番マシな手段だと思うな。姿を隠して生活するったってホームレスになるのは不可避じゃん。無理でしょ、体を売って生計立てるつもり?」

「…………それを考えてた。どこか遠くの街に行って、売春して、ネカフェで生活、みたいな」

「売春って響きだとちょっと悪すぎるからもっとプルみ持たせてパパ活って言おう」

「……そんなふざける余裕ないよ」

「ごめん。でも、案外これでなんとかなるかもよ? 実際目撃者いなくて、武器を使ってなくて、犯行現場は事故が起きやすい場所だってなったら殺人に結びつけるより事故として処理した方が自然だもん」

「……上手くいかないよ」

「どうしてそう思うの」

「常識的に考えて、無理があるよ」

「そんな事ないって。あたしを信じてよ」



 実際、あたしの言っている言葉には無理があるし、こんなの気休めの為に言っているに過ぎないしあたし自身上手くいくとも思ってない。でも、この絶望を抱えたままこの村から逃げて売春婦として隠れて生活しようとした所で、上手くいかずにまた自傷行為に走って最悪自殺してしまう確率の方が高いと思った。

 だからあたしはこの提案が馬鹿げてると思っていても言わない。まだ希望があるって、そう星宮が思いこんでくれるだけで良い。



「……なんで間山さんはボクの肩を持つの」

「うん?」

「幼馴染だったんでしょ、海原くんと。……そんな彼を殺したんだよ? おかしいよ。普通なら怒るとか、憎むとか、そういうのをボクに向けるでしょ」

「あたしが異常者なのは誰よりも星宮が分かってる事でしょ?」

「……海原くんの事、殺したいほど嫌ってたわけじゃないでしょ」

「そうね、そこまでは嫌ってない。けど、その直前ぐらいまで大っ嫌いだった。だから特段海原を殺したって話を聞いて、星宮が憎いだなんて思わなかったよ」

「………………それはそれで、海原くんが可哀想だよ」

「……渚だって、逆の立場なら同じ事を思うよ」



 アイツの事はあまり考えたくないので、それだけ言うとあたしは無理やり星宮をベッドに寝かせ、照明を消して星宮と添い寝の姿勢になりながら掛け布団を被った。



「んふふっ。星宮と添い寝だ」

「な、なんで嬉しそうなの。人殺しだよ、ボク。……てか、やっぱり迷惑かけちゃうから」

「迷惑にならないって。なんなら明日、今からでも。星宮の事を犯したおっさん誰かしらをあたしが殺してこよっか? 同じ罪を被れば心配事も無いよね」

「それは本当に駄目! 自分の人生を大切にしてよ!」

「そっくりそのままじゃない? その言葉は」

「ボクの人生は、海原くんの件がなかっとしても元からどうしようもないよ。……どうも出来ないでしょ、今更真っ当に生きるとか絶対に無理、だったし」

「星宮」

「……ごめん。こんな話、聞きたくないよね」

「ディープキスしていい?」

「…………ん? ごめん間山さん、今なんて?」

「口の中にベロ突っ込んでいい? あたしの」

「なんで!?」

「いや、今の星宮エロいな〜って思って」

「えぇ……今、結構ボクいっぱいいっぱいなんだけど……」

「レズセックスってやつやってみない?」

「どうしたの間山さん頭打ったの? ねえ大丈夫? なんで今の話の流れでそうなるの?」

「だって星宮ずーっと死にそうな顔してるし、不安なのは分かるけど正直そこまでの事かなーって思うし。テンション下がるから暗い話とか有耶無耶にしたいのと、あとは素直に性欲」

「ぜ、前半は申し訳なかったなとは思うけど、後半に関しては自分でなんとかしてよ……」

「え。ここでオナニーしていいの?」

「ハッキリ口にしないで!? と、隣でやるの!? ボクどこかに移動してよっか!?」

「んーん、駄目。移動って言っても1人になったらまた勝手に病んで暴走して外に飛び出していくでしょ? とりあえず夜中はこうやって……縛っておくから」

「え?」



 掛け布団で隠れた腕を星宮の腕に近づけ、片手同士にタコ糸を巻き付けてぐるぐる巻きにする。よし、これで寝てる間に星宮がどこかに行く心配もなくなった。



「ちょっ!? いつの間に!?」

「ふはは。下ネタを話してたのは意識をこっちに向けさせるためだったのだー」

「巧妙な罠すぎるよ! 普段から似たような事言ってるからまんまと騙された!」

「騙すなんて人聞きが悪い。とりあえず星宮、服脱いでよ」

「待って。そこは冗談だったはずだよね。嘘でしょ?」

「んーん」

「え?」

「逃げられないからね」

「待って。分かった、逃げないから1回トイレ行かせて? その間にパパっと……ね? 部屋入る時ちゃんとノックするから!」

「とりあえず明日の段取りだけど」

「聞いて!?」



 動揺する星宮を無視して、とりあえず星宮の逃亡劇にあたしも勝手に着いていくと想定して朝からの動きを纏めつつスマホのメモにそれらを打ち込んでいく。電車は始発に乗りたいのと、変装を考えてあまり姿を見られないようにして移動したいから外を出るのは深夜になるな……睡眠時間はめちゃくちゃ短いけど仕方ないか。



「間山さんっ! 指やめて!? ねぇ!!」

「今色々考えてるから待ってね。んー、何時起きにしよう」

「ねぇっ!? ちょっ!? 考え事なら指止めてお願いだから!!! こ、の……っ、なんでこんな力強いんだよ!!!」

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― 新着の感想 ―
ううう、今作は救いがない……絶望に落ちるための仮の上昇しかない…… あまりに重たいので読み始めるのに凄く心の準備がいるのに、読みだしたら止まらないくらい面白いの(という表現が適切かわからないですけど)…
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