50話『親友』
変な噂が流れてそれが周りの人達に浸透していって、これかどうなるのかなぁまたいじめられるのかなぁと思っていたが別にそこまで酷い状況に陥ることは無かった。
わざわざボクに嫌がらせをするのではなく、クラスメート達はボクを"無視"する事でボクに対する嫌悪感を示した。
朝の挨拶をしても誰もボクには挨拶を返さない。人の横を通ろうとしたら少し空間を空けられる。垣田くんをいじめていたという谷岡くんもボクに直接話しかけることはない。裏で何か言っていることはなんとなく想像つくが、表向きは無関心を貫いていた。
間山さんは学校に来ていない。海原くんもボクと親しく出来ないから特に何も言わない。以前話していた人達はボクと会話すると自分も無視されると思ったのか、申し訳ない顔をしながらもボクから距離を置いている。
「これ、先生が再提出って」
「あ、星宮さん……ど、どうも」
こちらから話しかけたら今みたいな最低限の会話は一応してくれるものの、そこから会話が広がる事は無いし相手も早く何処かへ行ってくれという目を向けてくる。
小6の頃に比べたら辛いって感情はあまり大きくならないが、それでも居心地が悪い。次第にボクは教室に居る時間が苦痛に感じるようになり、休憩時間は1人で廊下やトイレで過ごすようになり放課後もすぐに教室を出るようになった。
「はぁ……」
部活に向かうまでの廊下で立ち止まりため息をこぼす。
部活動中の顧問がいる間は何事もなく過ごせるんだけど、顧問が居なくなると男子から性的な行為を強要してくるから行きたくない。でも行かないと撮られた動画を拡散されるから逃げる事も出来ない。
立ち止まった後の一歩目があまりにも重い。今日は何をさせられるんだろう。初めてレイプされた時に色々と諦めがついたはずなのに、何事もなく過ごせた期間が長かったばかりに今更そういう事をするのに抵抗を抱いてしまう。
誰も助けてはくれない。助けを求めるとしてもボクの惨状を説明する必要がある、そんなの他人に話せるはずがない。だから今は耐えるしかない。
運が良ければ3年生が卒業するまででこの地獄が終わってくれるかもしれない。……上がアレだもんな、同級生の部員達が先輩の悪い所を引き継いで来年まで地獄が続く可能性もあるか。どの道2年、2年耐えて勉強頑張ってどこか遠い高校通おう。未来予想図を立てて嫌な気持ちを誤魔化し足を動かす。
年上のイカつい連中と付き合いを持っている、そんな噂が流れているせいで同級生はボクを避けている。みんなが無視するようになってからもボクのネガキャンを広めていた谷岡くんも今はもう何も話さない。
誰でもいいから助けてほしかった。だから谷岡くんに声をかけた。
人間誰しも良い所と悪い所がある。谷岡くんは明らかにボクの事を目の敵にしていたし、ボクが不幸になっていくのを愉しんで眺めていた。なのにボクが真剣に「助けてほしい」と頼んだら、彼も不快そうな顔をやめて「何をすればいい?」と聞いてくれた。助ける姿勢を見せてくれたのだ。
彼を唆して野球部で起きている問題行為に先生を立ち会わせようとした。そうなれば絶対に彼は野球部員の人達に恨みを買う、そこでボクは素知らぬフリをして谷岡くん1人に彼らの怒りを押し付けようとした。
罪悪感が胸を刺した。
ボクにとって谷岡くんは嫌な人間でしかないと思っていた。だから利用しようとした。そんなボクの企みを彼だって理解していたのに、たかが真剣な目で頼み込んだだけで言う事を聞いてくれるなんて。そんな善性は見せてほしくなかった。
そんな善性を見せてくるものだから、相談をした日の夜に野球部員にリンチされた谷岡くんの姿をビデオ通話越しに見せられた時は余計に悲しくなった。谷岡くん相手に本気で『ごめんなさい』と胸の中で謝ってしまった。
ただボクが犯されてる現場に先生を呼び込んできたらそれでよかった。本人も分かったと承諾したのに、ボクが犯される前に勝手に行動しようとしたらしい。ボクがリーダー格の名前しか言わなかったから、相手は1人だけだと思い込んだのだろう。
「もうゴム付けなくていいか」
「……え?」
「いつも結局足りなくなるもんな。金の無駄だしいらないんじゃね。おい星宮、お前病気持ってないよね?」
「え、あの、でも、妊娠したら……」
「今更じゃね? もう既に1人産んでるんだろ? もう1人くらい産めよ」
は?
「ガキ産ませたら一生分使える弱みが出来るもんな。作っちまおーぜ」
「え、あたまおかっ!?」
「お前が住んでる方ってガキ少ないんだろー? 慈善事業っしょ」
「ん゛っ!? んっ、ぐっ……!!」
「つぅか中出し自体先週からやってんだしもう妊娠してるんじゃね? どうせ付けようが付けまいが変わらんよな」
「誰が父親かなんて分からねぇし孕んでくれた方が都合いいよな。大人になってからも長い付き合い出来そうじゃん?」
「誘って断られたらガキにこの話バラすぞって脅せばいいしな」
「めっちゃ頭良いなそれ。愛を持って育ててやれよ〜星宮〜?」
「ゔんんん゛んんっ!!!!」
必死に頭を振ってボクを犯している先輩に嫌だという感情を訴えるも彼は無視して腰を持ち上げてゴリっと奥にねじ込んできた。痛くて涙が出る、内臓を押し上げられたような感覚に吐き気を覚え、最悪なタイミングで咥えさせられていたものを押し込まれ胃液が逆流する。
「うわっ!? 吐いてんじゃねえよ汚ねえなぁ!」
「あん? 今のが気持ちよかったんか?」
「うわ〜、変態じゃん。Mなんだ星宮って。そういうのが好きなんだな〜」
「? どうしたお前、バットなんか持って」
「苦しいのが好きなんやろ? ケツにねじ込もうぜ」
「いや汚ぇよ。したら帰りに木の棒でも折って詰めた方がいいだろ」
「お前らこわぁ」
「そういう激しめのやつってなんか興奮しねぇ?」
「それは分かるが。うーん……まあそういう事して動画でも撮ったら流石にコイツももう助けてなんて言えなくなるよな」
「だなだな。全裸にして間抜けなダンスでも踊らせようぜ!」
「黒歴史は多い方が縛れるよなー。小便でも飲ませる?」
「アリアリ。でも保存する時に見直す事になるからグロすぎるのはNGな」
「考えつく限りのエロネタをコイツで試そう。弱みを作りまくるぞー」
「てかゲロ臭ぇんだが……」
「換気しろ」
「わーい!」
「歓喜じゃねえよ小ボケやめろ。窓開けろ窓」
その日からボクに対する性虐待は更にエスカレートしていった。過去にレイプされた経験から多少そういう行為には耐性が出来ていたが、流石に内容が内容すぎてボクの精神は急激に消耗していった。
本当に奴隷のような扱いを受けるようになってからボクの心は荒んでいった。何故こんな目に遭わなければならないのか、そのきっかけは何だったのか、そういった事ばかり日々考えるようになった。
「……海原くん」
雨の日、急遽他校との合同練習が組まれてボクはその日は家が遠いから等々の理由で顧問から来なくても大丈夫と呼ばれた日。買い物の為に家を出たら相合傘をして歩いていた海原くんと冷泉さんを見かけた。
「……」
楽しそうに笑う冷泉さん。そんな彼女の頭を優しく海原くんが撫で、雨に当たらないよう身に寄せた。彼らの仲睦まじい様子を見ていたら何故かボクの心が燻った。
いいな、あの2人は。ボクとは真反対だ、今が幸せの絶頂期にいるんだろうな。初めは冷泉さんが好き好き言って海原くんがそれを程々に受け止めているように見えたのに、今はもう互いに互いを好き合っているようだ。……狡いなぁ。
そうだ。そもそも海原くんがボクを野球部に入れたりするからこんな目に遭っているんじゃないか。冷泉さんが海原くんと付き合ったりするから誰もボクを守ってくれなくなったんじゃないか。
あの2人はボクを不幸にして、ボクを踏み台にして幸せを謳歌しているんじゃないか。そんな黒い考えが立ち込めた辺りでボクは2人から目を逸らし考え事をやめにする。
よりによって彼らにそんな邪悪な考えを持つのは駄目だ。彼らに迷惑がかからないように精一杯我慢してきたのに、ここまで来てその努力を自分で否定しちゃいけない。今まで耐えてこれたんだから、これからだって耐えれるだろ。ボクは強い子なんだから、他人に嫉妬して責任を押し付けるなんてこと絶対にしてはいけない。
……でも事実として、ボクを襲っている人間は全員海原くんさえいなければ出会わなかった相手じゃないか?
彼がいたおかげで彼らはボクに対してセクハラしてこなかった。でも彼がいなくなったからセクハラが度を越して性行為をされるに至ってしまった。その責任って、途中でボクを投げ出した海原くんにあるんじゃないか?
谷岡くんや垣田くんに嫌な事をされたのだって、元はと言えば間山さんが変な所で谷岡くんの告白に口を出してきたからあそこまで拗れたんだ。間山さんがそんな風にボクに対して独占的な意思を持つようになったのも、海原くんがボクに嫌がらせをしていたからなんじゃないか?
整合性が破綻していた、根拠の欠けた荒唐無稽な噂を鵜呑みにしてボクをいじめた海原くんは、なんで中学生になってからいきなりあんな良い奴になった? ボクがいいよって言ったからって、それで自分の罪を精算したつもりでいたの? 自責の念とかないの? 平気な顔してボクの隣に立ってたけど、どんな気持ちでボクと接していたの?
……無責任だよ。何もかも。親友だと言ってくれたのに、ボクが困った時には何もしてくれないしボクに嫌な事ばかり押し付けてくるし。
「……何考えてるんだろ。馬鹿みたい」
考え事はもうやめようって決めたのに未練がましく責任逃れを始める自分に対し自嘲的な笑いが漏れる。ストレスを誤魔化す為に海原くんを悪役にしてるんだろうけど、そんな事をした所で状況は何も変わらないのに。
本当に馬鹿馬鹿しい。叶う事なら昔に戻って今度こそ彼と仲良く、なんて妄想するとかマジで笑える。間抜けすぎる。
どれだけ明るい世界を思い浮かべても、海原くんの隣に冷泉さんじゃなくボクの姿を投影しても、そんなのなんの意味もない。そうはならなかったんだから、自分が傷つくだけなんだからそういう無駄な妄想に脳のリソースを割くのは辞める事にした。
*
夏休みに入る前、冷泉が襲われたという話を聞いた。
彼女の家に行って話を聞くとどうやら冷泉は俺の先輩、野球部の3年生のとある男子生徒に夜道で襲撃され、危うく犯されてしまうところだったらしい。
「怖かったな……ごめんな、彼氏なのに守ってやれなくて」
「海原さんは何も悪くないです! 私がもっと気をつけていれば……」
いつもなら俺の顔を見るとすぐに笑顔になっていたのに、その日の冷泉は見てるこっちが苦しくなるくらい元気を失っていて話をしていても途中で泣き出してしまうくらい精神が弱っていた。
その3年生は警察に捕まったが、どうやら捕まる直前に「話が違う! 誰でもヤラセてくれるビッチだって聞いたぞ! だから呼び出したし、それに応じるってことはっ」などと言い訳がましく叫んでいたらしい。その話を聞いた時、黙っていられずに壁を本気で殴ってしまった。
呼び出したのではなく夜道急に襲いかかったんだろうが。そんな付け焼き刃の嘘に警察が騙せると思っているのか。そんな言い訳を口にして罪を軽く出来ると思ってるのかよ。
その話を聞き怒りに震える俺を冷泉は優しく抱きしめ「心配をかけてごめんなさい」と言ってきた。冷泉が謝る事なんて何一つない、悪いのはレイプ犯だ。それなのに献身的に俺の怒りを収めようとしてくれた冷泉に対し、何も出来なかった自分の不甲斐なさを思い涙が溢れた。
それから少しして夏休み中に、俺は再び冷泉の事件に関する話を彼女の親から共有してもらった。その話によると、冷泉を犯そうとした男は『とある女生徒に冷泉の事を教えてもらった。もう呼び出してある。何時に指定の場所に行けばすぐ分かる』と言われたと供述していたらしい。
その話が本当なのか、その男が考えた出任せなのかは正直分からない。でももしそれが本当なら、今後も冷泉を狙う何者かが現れるかもしれないと彼女の親は話していた。
俺は彼らから『どうか娘を守ってほしい』と頼まれた。勿論頷いた。
その日から俺は毎日冷泉の元に通い、彼女が断らない限り常に冷泉の傍に居続けた。急にそんなことをし始めたから冷泉も初めは困惑した様子だったが、俺と一緒に居れる時間が増えたのが嬉しいようですぐに調子を取り戻し元の明るい冷泉に戻った。
夏休み中、冷泉と2人で色んな所へ遊びに行った。彼氏彼女として最大限多くの思い出を作った。家族ぐるみで旅行にも行ったし、冷泉は俺と結婚する気満々なようで将来の夢なんかも語り合った。
楽しかった。初めは、変な噂が出回って星宮が嫌な思いをしたりいじめられたりしないようにと彼女から距離を置く為に付き合っていたのだが、いつの間にか俺は冷泉の事を愛おしく思えるようになった。
「綺麗ですね、花火」
「あぁ」
2人で花火大会に行った時、いつしか長尾や横井、星宮と行った廃墟に冷泉を連れ出した。そんな場所に来る事なんて無かっただろう冷泉は初めは俺の提案に戸惑いを見せていたが、すぐに頭を振って「登ります!」と言って俺の後を着いてきてくれた。
他のどこよりも花火が綺麗に見える場所に2人で座り、同じ空を見上げる。花火に彩られた冷泉の顔は今まで見た中で1番綺麗だった。
「冷泉」
「……?」
冷泉がゆっくりとこちらを向く。可憐な微笑を浮かべながら俺を見つめる冷泉に、少しずつ顔を近付ける。
こちらの意図を察し冷泉が瞼を閉じる。そのまま俺は、生まれて初めて自分から女性に対しキスをした。
唇を離すと、冷泉とキスをするのはこれが初めてという訳でもないのに彼女は頬を赤らめて微笑んでいた。今まで俺の方からキスした事なんて無かったから心底嬉しかった、と彼女は言った。
「あのさ」
「?」
「好きだ」
「……ふふっ。私の方が好きですよ、海原さんの事」
「それは無いなぁ。好きの度合いでは俺が圧勝してる」
「違います。私の方が常に海原さんの事を好きでした! 今まで私の方からキスをしていたので!」
「じゃあ今に関しては俺の好きの方が最大瞬間風速的に勝ってた」
「駄目です。私の方が好き好きです!」
「可愛すぎんだろ」
「っ! ……もう、急にそんな事言わないでください」
「冷泉」
「はい」
「マジで可愛いね、お前」
「!?」
冷泉が顔を真っ赤にして俯く。その様が面白くて頭を撫でると、彼女は「からかわないでくださいよ〜!」と言ってきた。からかってない、本気だという旨を伝えるとまた彼女は俯いた。
その後、これまで互いに話すのを避けていた初夜を迎えて冷泉と体を重ね合わせた。冷泉の裸を見たのはそれが初めてで上手く出来るか自信がなく緊張したが、やり始めてみると彼女への思いが自然と強まり、互いに満足できる夜を過ごせたと思う。
心の底から好きだと自信を持って会える女の子を抱いて眠る。その時の俺は間違いなく今までの人生で1番多幸感に満ちていた。
その後、夏休みが終わった後も俺は冷泉と共に居続けた。常に彼女の横に居るようにして、変な奴が近寄らないようにした。
バレンタインの日に冷泉から手作りチョコを渡され、クリスマスは冷泉と過ごした。あまりにも一緒に居すぎるせいか妹が冷泉の家に突撃し「私のお兄ちゃんだぞ!」などと冷泉に文句を言いに来た事もあったが、彼女は「つまり私の妹でもありますね!」と斜め上の返しをして妹を見事撃退していた。
そこから冷泉は妹の事を懐柔したらしく、むしろ俺に「お姉ちゃんは私のだ!」などと言うようになった。ふざけた事を抜かしよるわ、まったく。
そんな幸せに満ちた時間は、ある日突然終わりを告げた。
1月10日。誕生日を控えた彼女の為に珍しく1人で色んな店を巡りプレゼントを考えていた時に、彼女はまた襲われた。
今度の襲撃犯は同じクラスの谷岡だった。奴は冷泉を背後から襲い怪我を負わせた後、家に帰らずに1人ネットカフェに隠れ潜んでいた。
俺は血眼になって奴を探し、何とか見つけ出すと谷岡を何度も殴打した。途中で警察を呼ばれ止められるまで、延々に彼と揉み合いの殴り合いをした。
暴行事件の実行犯として逮捕されると思っていたが、事情を全て説明すると警察は俺に厳重注意をするだけで解放してくれた。
谷岡に怪我を負わされた冷泉は外に出るのが怖くなり、家に引きこもるようになった。
学校がない時間帯なら彼女に会いに行ける。しかし、色が抜け落ちた学校生活はあまりにも退屈で、行っている意味すら分からなくなった。
そんな中で初めて俺は、長らく話していなかった星宮の変化と違和感に気付いた。
これまで明るく振舞っていた彼女は常に下を向いていて、誰も星宮と話そうとしない。何かあったのかと気になり、俺は星宮に声を掛けた。
「あー、冷泉さんの件でしょ。あれ、仕組んだのボクだよ」
「……は?」
星宮は俺と2人で話せる場所に行きたいと言ってきた。だから俺は彼女を連れて特別教室棟の屋上へ登る階まで行き、その廊下で改めて彼女の方を向いた瞬間に彼女の方から口を開いた。
星宮の言葉の意味を瞬時には理解できなかった。だから「どういう事だ」と尋ねると、彼女は教室に居た時と同じ感情の薄い目で俺を見ながら言葉を続けた。
「去年の夏頃に先輩を唆して冷泉さんを襲わせたのはボク。谷岡くんについてもそう。君がリンチされたのは、冷泉さんが情報をリークしたからだよって言った」
「待て待て。お前……本気で言ってるのか?」
「本気だよ?」
「………………お前」
反射的に怒りに支配されそうな頭を必死に押さえつけ、理性的に会話を続けようとする。
「お前がそんな事をするとは思えない」
「でもボクがやった」
「……やる理由が無いだろ。冷泉が酷い事をされて何の利点がある」
そう問うと、少しだけ星宮は目線をズラし何かを考える。目の動き的に、過去の事を思い出そうとしているようだった。
「1回目の時はそれをやって1人ずつ嫌いな奴を消そうとした。でも海原くんが冷泉さんを守るようになったからそれも出来なくなった。だから間が空いて……2回目は、なんだろ。憂さ晴らしかな」
「憂さ晴らし……?」
「うん。海原くんはボクを見捨てたのに、冷泉さんは海原くんに守られて、愛されてる。それが気に食わなかった。憎かった。殺してやりたかった。……だから谷岡くんを使った」
「……本気か?」
「なにが」
「本気でそんな事を言ったのかって聞いてるんだよ」
「どうだろうね。ボクにも分からないや。でも結果的に海原くんと2人で会話出来るようになったから、後悔はしてなっ」
思い切り壁を殴り付ける。星宮がそれを見てビクッと体を揺らし驚いた顔を作るも、すぐに無表情に戻して言葉を続けた。
「ボクに酷い事をしたら痛い目見るよ。ボク、先輩達に気に入られてるから。それでもいいのならどうぞ、殴れば?」
「……殴りたいよ。でも殴れるわけないだろ、相手がお前なんだから」
「は? なにそれ? ボクが相手だとなんで殴れないのさ」
「そんな事をしたらまた昔と同じになる」
「ならないよ。今回は明確にボクに非があった。悪意を持って冷泉さんを傷つけた。その制裁をするのは妥当だと思うけど」
「……暴力で解決していい話じゃない」
「じゃあどう落とし前をつけさせるのか聞いてもいい?」
「…………この事を説明しろ。冷泉に。そんで謝れ。謝って、アイツが許すのならもう二度とこんな事をせずに友達でいてやってくれ。許さないのなら、もう金輪際俺達には」
「ぷっ! あはははははははっ!!!!」
言っている最中に星宮が吹き出し笑い出す。心底可笑しそうに腹を抱えて笑った後、目元の涙を拭いながら煽るような顔で俺を見た。
「なんだよそれっ! 謝る? 謝って許してくれるとか許してくれないとか、馬鹿じゃねえの!? あはははっ!! 冷泉さんの性格知ってんだろ、あの子が心の中で許せないことだとしてもそれを堪えて許してくれるに決まってんじゃん! お前彼氏なのに冷泉さんの事何一つ分かってないね! くっくくくくっ! てか昔はそんな生ぬるい方法で他人を許すかどうかなんて決めてなかったじゃん! ボクに対してはあんなクソみたいな対応してきた癖にさっ、中学生になってから随分と丸くなったよねぇ! あははははっ! クソ気持ち悪い! 大人ぶって優越感浸ってんじゃねえよ童貞野郎が!!!」
そう言って星宮が制服を捲りあげ、自身の腹を見せる。……その腹は僅かに丸く膨らんでいた。
「お前、それ……っ!」
「妊娠したんだァ、先輩の子供! ボク愛されてるからさ、中学卒業したら先輩と一緒に暮らすの! でも彼と付き合ってから昔の事を許してた自分が途端に馬鹿らしくなってさ、だから海原くんに縁のある人間全員に加害することにした! 海原くん、常々ボクからの制裁を求めてる節あったもんね。お望み通りにあの時の復讐をしてやるよ! 冷泉さんや妹ちゃんに嫌な思いをさせてやる! それくらいやらなきゃ対等じゃないもんねぇボクら!」
「や、やめろ! 復讐するってんなら俺にやれよ! なんで周りを巻き込む!?」
「周りを巻き込まなきゃ面白くないもん。辛くないでしょ? 自分1人で済む辛さなんて大した事ないじゃん。ボクは海原くんにね、心の底から後悔してほしいんだ!」
拳を震わせながら、笑ってる癖に涙を流しながら星宮がそう言う。彼女は乱暴に涙を拭い取ると、俺に対して強く睨みながら口を開いた。
「もうこの際ぶっちゃけるけど、唯の父親は海原くんのお父さんだよ」
「っ!? う、嘘だ! そんな訳ないだろ!?」
「本当だよ。海原くんのお父さんもボクの家に来てボクを犯した。何度も何度も、自分の息子の友達だって分かっておきながら! 証拠だってあるよ?」
「そ、そんな……」
唯が……星宮の子供が、親父の子供……? んだよそれ、そんなの認められるわけない。唯は俺の腹違いの妹で、母親は俺の友達で……やばい、頭がグルグルしてきた。気持ち悪い、全身の鳥肌が立つ。
「この事、海原くんのお母さんに教えてやろうか?」
「っ、はぁ!?」
「しっかりとDNA検査した証拠の書類とかも併せて教えてやったら、お母さんどんな反応するかなぁ。合意ではなくレイプで出来た子供って知ったらどうなるかなぁ? 家庭崩壊しそうだね、あははっ、それも面白い! ボクと同じような地獄に落ちちゃうね! 本当の意味で友達になれるじゃん、そうしようそうしよう!!」
「待っ、お前、何言って」
「見下してたんだろ」
動揺する俺に対し、星宮が急に冷たい声をかける。
「中学に入ってから仲良くしてくれた理由って、妊娠してた僕を見下してたからだろ。自分より明確に下の人間がいる事で、いじめをしていたなんて汚名を被った自分が少しでも上だと思えるから一緒にいたんだろ」
「ち、違うっ! そんな事は」
「分からないとでも思ったのかよ。お前、ボクの事を昔から馬鹿だって思ってるだろ。その時点で見下してんだよ」
星宮の指摘に息を飲む。……正直に言えば、図星だった。俺は確かに星宮の事を見下していた、というより自分より下の人間だと思っていた。
俺の言う事は何でも聞くし、俺のする事は肯定してくれる。だから無意識の内に星宮の事を家来のように思っていたってのが、昔仲良くしてた理由なのは間違いなかった。
中学以降もそうだ。何も返す言葉がない。返答を出せない俺に対し、星宮は段々と表情を歪めて無理して笑顔を作り上げる。
「気にしなくていいよ、ボクもお前の事なんか見下してたし。でもお前に良いように使われたのが今になってムカつくからさ、沢山嫌な目に遭わせてやる。そこに深い理由はない、特段語れる背景もない。ただの憂さ晴らし、面白そうだから、軽い気持ちで他人の人生を終わらせたら気持ちよくなるのかならないのか、それを試したいだけ。要はお前のしてきた事をなぞろうとしてるだけ。だから怒らないでね? これは正しい、正義の行いだから」
「お、俺は、そんな事を考えてお前とつるんでた訳じゃない」
「そうなんだ。でもそれじゃ都合悪いな。ボクの考えに即した意思で動いてたって事にしてくれない? じゃないとまるでボクが悪者みたいになっちゃう」
「……星宮」
「やだ」
先出しで星宮がこちらの言葉を拒絶する。
「そんな事はやめてくれ、でしょ? 嫌だ。お前には自殺したくなるくらい悲しい思いをさせてやる。これはもう決定してる、絶対に覆せない」
「他の人は」
「うるさい」
「……ほしみ」
「黙れ」
「星宮!」
「うるっせえええぇぇえぇぇぇ!!!!」
聞く耳を持たない星宮につい怒鳴りつけるも、それよりも大きな声で星宮が叫んだ。叫び終えると、肩で息をしながら星宮がおぞましい形相で俺を睨みつけてきた。
「ボクは悪くない何も間違ってないお前が悪い全部悪い! 近付くなよ! い、今近付いたら、ほら! スマホをワンタップするだけで冷泉さんちに人を送らせられるから! あはははっ! お前には何も出来ない! あははははっ、ざまあみろ!!」
「なん、で、こんな事するんだよ……!」
「お前のせいでボクの人生がぶっ壊れたからだよ! 安心しなよ、お前が変な事をしなきゃ今日は誰にも何もしない。てか、子供がいるから先輩も下手な事は出来ないし直接会わない限り人を使うなんて出来ない。…………そう、野球部の人達と直接会わない限り海原くんは安泰。安心だよ、なら分かるよね。今後の関わり方」
「……俺に対して怒っていたのはわかった、当たり前だよな。でも、他の人を巻き込むだなんて……失望したぞ、星宮」
「…………そんな事今は関係ない。ボクが言いたいのは、今後ボクの傍にいて監視すれば誰も」
「やめてくれ、もう分かったよ。……お前の事、正直不気味に思ってたんだ。怖かった。そう思ってた理由が今ハッキリした。お前は明るくて素直な良い奴なんかじゃない、俺と同じ、ドロドロに腐った人間だったんだな」
「……っ!?」
油断した星宮の手からスマホを奪い、それを窓の外へ投げる。4階から地上に落下したスマホはもう壊れているだろう。驚いた顔をした星宮の髪を掴み、殴ろうとしてくる腕を拘束する。
「こ、の……っ!」
「……お前もう学校来んな。来たらまたいじめる。し、お腹の子に何かあったら嫌だろ。家でひきこもってろ、クソ女」
「女扱いするなぁああああぁぁ! クソがっ! クソがっ、あああぁぁぁぁっ!!!」
半狂乱になった星宮が俺を突き飛ばす。その際に髪が数本ブチブチと抜けるが、そんなのお構い無しに星宮が俺の首を絞めてきた。
蹴ろうとしたが腹の事を考え踏みとどまり、星宮の腕を掴み引き離させる。星宮の罵声を黙って浴びていたら教師がやってきて、星宮はどこかへと連れて行かれた。
……もう二度と人をいじめたりしないと心に決めていた。けれど、星宮が俺に対し抱いていた本音や底知れぬ悪意に触れてしまった今、むしろ彼女をいじめて転校させたり引きこもらせた方が互いにとって平穏に過ごせるんじゃないかという考えが頭に浮かんだ。
また同じ事を繰り返す。その愚かさを理解しておきながら俺はこの決断を疑わない。いじめなんて馬鹿らしいし、他人を害するのなんて嫌に決まっているが、でもそうしないと周りの人を守れないのなら喜んで憎まれ役になってやる。星宮には申し訳ないが、アイツがああなってしまった以上もう後戻りはできない。
この時、どうして星宮がこんな風になってしまったのか。俺を糾弾する際に何故自分の傍にいるよう提案してきたのかって事に頭を回せていたら、未来は変わっていたのかもしれない。けれど、その違和感に気付けるほど俺は星宮に目を向けていなかった。
俺達はこの時点で、既に何もかもが破滅していた。