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5話『少し気になる』

「お邪魔しまーす!」



 間山さんの家に着き敷居を跨ぐ。間山さんちはエアコンが効いてて快適だ。ボクの部屋にもエアコン欲しい、扇風機しかないからなぁ……。



「星宮」

「ん?」

「……絵、描いた。見る?」

「! 見たい!」

「笑わないでよ」

「笑わないよ! 何を描いたの?」

「当ててみて」



 部屋に入ってから何をモジモジしているんだろうと思っていたけど、後ろに絵を隠していたらしい。彼女は少しだけ時間を置いた後、自信なさげに隠していた紙を開いてボクに見せてくれた。



「おぉ、猫だ! 可愛い!」

「……」

「あれっ、猫だよね? ハズレ?」

「……せ、正解。どう、これ。才能あると思う?」

「あると思う! 一目で猫だってわかったし可愛いし上手いよ!」

「う、上手くはないでしょ。気を遣わないでもいいよ」

「気なんか遣ってないよ! 本当に上手い。初めて描いたの?」

「……鉛筆で絵を描くのは初めて」

「凄いじゃん!? ボクなんかより全然才能あるよ!」

「それは嘘じゃん! 星宮の方が上手いし!」

「練習すればボクより絶対上手くなるよ!」



 思ったことをそのまま言う。デフォルメされた猫とかは落書きで描く人も多いけど、本物っぽく? 描いてそれっぽく形にできるってすごい才能だ。これで初めてだったらそれこそ絵心ありまくりなのは疑いようがない。やっぱりボクなんかが教えるよりちゃんとした人の説明とか見て練習した方がいいと思うなあこれは。



「でもこれ、見ながら描いたから。カンニングしたって考えたらそんなにでしょ」

「絵の練習は何かをお手本にして見ながら描く物だよ? というわけで、すごい!」

「や、やめてよ。恥ずかしい……」

「あははっ、間山さんの声が小さくなってる。なんか可愛い〜」

「かわっ!? な、何言ってんの馬鹿っ! 馬鹿星宮!」

「あはははっ、怒った怒った、いつもの間山さんだ」

「いつものって、あたし別にそんな短気じゃないんですけど!? 男子が馬鹿だから呆れてるだけだし!」

「馬鹿でごめんね〜。ていうか間山さんって猫飼ってるの?」

「飼ってはない。そこの窓、駄菓子屋の屋根見えるでしょ。よくそこに野良の猫ちゃんが登ってくるからそれ描いた」

「間山さんって猫の事猫ちゃんって呼ぶんだ」

「悪い!? 呼び方なんてなんでもいいでしょ!」

「ボクも猫ちゃんって呼ぼうかな〜」

「馬鹿にしてんの!?」

「いやいやっ、馬鹿にはしてないよ〜!」



 間山さんは鼻を鳴らすと椅子から立ち上がって部屋を出ていった。怒らせてしまったみたいだ。軽口が過ぎたかな、謝らないと!



「間山さっ」



 勇気を出して間山さんを追いかけようと閉められた扉を開けようとしたら向こうから勢いよく開いてドアに思い切り顔をぶつけた。鼻を押さえて床にしゃがみこむ。



「くぅっ」

「え、星宮!? 何やってるの!?」

「傷つけちゃったかなって思って、謝ろうとしたら、鼻が凹んだ……」

「傷付けちゃった? 何の話、てか大丈夫?」

「だ、大丈夫!」

「そう。はい、麦茶」

「どうも、ありがとう」



 どうやら怒らせてしまった訳ではなく、単に飲み物を持ってきてくれただけだったらしい。早とちりだった。


 麦茶を飲む。駄菓子屋のおばちゃんから渡されるのと同じ味だ。ある程度親しみのある味なのに持ってきてくれたのが間山さんっていうので不思議な気分になる。



「星宮の絵も見せて。ノート、ちゃんと約束通り持ってきた?」

「持ってきたよ!」



 ランドセルを開いて中からノートを一冊出す。



「置いてった三冊と交換ね!」

「ん。……ねえ」

「うん?」

「禁断の書も返さないとダメ?」

「一番返してほしいのがそれなんだけど……」

「そ、そうなの? そっか、そっかぁ……」



 間山さんはボクに二冊のノートを重ねて返す。二冊?



「あれ? 禁断の書は?」

「な、失くした」

「失くしたの?」

「……ごめんなさい」

「全然いいよ! 元々海原くん達に頼まれて描いてたってだけで、そこまで大切にしてた訳でもないし」



 そう言うと間山さんは安心したように胸を撫で下ろした。……禁断の書だけを失くしたって事は、それを見ながら家の中を歩き回ったって事なのかな。意外とむっつりなのだろうか、間山さんって。




 その後、間山さんと一緒に絵を描いたりドラマの感想を言い合ったり、ボクの方からアニメの話を振ったりしていたらいつの間にか時刻は18時を回っていた。おばちゃんの「そろそろ遅いし帰りなよー」と言う声で時間に気付いたボクは間山さんに帰ることを伝え、ランドセルを背負って立ち上がる。



「明日も来れる?」

「うん!」

「じゃあ明日も来て! 勧められたアニメ見とく」

「ホント!? やったー! 楽しみにしてる!」

「っ。あ、あたしも楽しみにしてる」

「またゆっくりと語り明かそう! それじゃっ、またね! 間山さん!」

「うん。また」



 間山さんと手を振り合い帰路につく。アニメを布教できたし、今度漫画とか貸してみよっかな! 同じ趣味で語り合う仲間が欲しかったんだ、こっちの世界に引きずり込めたらいいな〜!




「星宮!」



 間山さんと交流出来て少し経った頃、休み時間中に間山さんから話し掛けられた。男子数人で集まって臨んでいた消しゴム飛ばしから離脱して彼女の方を向く。



「どうしたの?」

「今日星宮の家行ってもいい?」

「ボクの家? いいけどなんで?」

「借りてた漫画返す」

「そういうことね。うーん、でも漫画本ならボクが帰りに貰うよ? ランドセルの中身ほぼ空っぽだし」

「い、いい! あたし、星宮の家見た事ないし、どんな所に住んでるのか気になる」

「この村の中でも相当田舎な所だよ〜? 周りにあるの自販機くらいだし」

「山の方?」

「山の方! 途中でガードレールが途切れてたりする感じ!」

「あー……場所は何となく分かるかも。竹林に向かう方の所でしょ」

「の、手前だね。でもどのみち重いから漫画本はボクが貰っとくよ! 歩くの大変だろうし」

「あ、ありがと」

「あれ〜?」



 消しゴム飛ばしの戦場である教壇から離れて間山さんの机の近くで話していたら海原くんも戦いを離脱してこちらへ歩いてきた。どうしたんだろ?



「なになに、お前ら結構仲良いの? てかもしかして星宮、コイツの事好きなん〜?」

「海原ッ、こっち来ないでよ!」



 肩に肩をぶつけられながら海原くんに意図の分からない質問をされた。いつもの感じで考えたら馬鹿にする風な感じの発言だけど、なにかおかしなことでもしたのかな? ボク。



「好きだよ? 間山さんと話してると楽しいし」

「なっ!?」

「そんなわけねぇか! あはははっ……は? え、お前コイツの事好きなん?」

「? うん! 好きだよ、海原くん達と同じくらい面白い友達だなーって思ってる!」

「……あ、あぁ。そういう感じ、そういう感じね。なんだっ、ビビらすなよお前、星宮の癖に〜!」

「ちょちょっ、突然何〜!? 髪くしゃくしゃするのやめて〜!」



 よく分からないけど海原くんはどこか安心した様子でボクの髪を乱暴に触る。それに追従して横井くんや長尾くんといった他の男子もこちらに集まってくる。



「星宮、間山の事好きなの?」

「友達として好きなんだってよ〜! だとしても有り得ないけどな、こんなゴリラブス! 関わってもロクなこと無いし!」

「誰がゴリラブスよ! 知らない子に水かけられて大泣きしてた弱虫が調子乗りすぎ!」

「いつの話してんだよ!? ほんっとお前昔の話するの好きだよな! 人の事ガキガキ言っといて自分が1番ガキじゃん!」

「あたしのどこがガキだって言うわけ! 身長低い、勉強もできない、つまんない遊びばっかしてる! どう考えてもそっちの方がガキじゃん!」

「うっせーゴリラ!! 身長なんてすぐに抜かすし! てかつまんないのはお前ら女子の方だろ! 意味わかんねー事で一々盛り上がるし! きもっ!!!」

「意味わかんないことで盛り上がるのは男子も同じだから!」

「うわっ、きもきもきもっ! こっち来ないでくださーい! 女子菌が付くっ、長尾タッチ!」

「やめてよ海原! くそーっ、星宮タッチ!」

「あっ、待て! 待てーっ! 横井くん止まれー!」

「かーぞーえーろーよー! 10秒ストップだろー!」

「長尾くんも数えてないから数えませーん! 横井くんタッチ!!!」

「んなっ!? くそっ、待てー長尾ー!」

「なんで俺!? 順番的に菅原(すがわら)(つじ)の方行けよー!」



 いつの間にか遊びは消しゴム飛ばしから鬼ごっこに変更されていた。廊下を全力で走り抜け、先生に見つかり怒られているうちに授業のチャイムが鳴った。とりあえずみんなで最初に10秒数えなかった長尾くんを睨む。お前のせいだ、という視線で長尾くんを睨み続け、先生が教室に向かい始めた所で海原くんの蹴りが長尾くんの尻に命中した。




 放課後になる。ボクの家に来るならと間山さんを誘って一緒に帰ろうと思ったら彼女は女子と帰るという事で誘いを断られた。とりあえず漫画本だけ回収し、海原くん達の所に合流する。



「なあ、星宮」

「うん?」

「さっきも間山ん所に話しかけに行ってたけど、どういう関係なん?」

「今日うち来るんだって」

「え、お前今日、横井んち行かねーの?」

「んー、今週はもしかしたらあんま行けないかも? 土日遊ぼうよ!」

「それはいいけど、なに。放課後、間山といんの?」

「うん! 最近仲良くなったんだー。趣味の話が合ってさ」

「趣味って?」

「ドラマとかアニメとか漫画とか。ドラマは間山さんに勧められてハマったんだけどね」

「うげぇ。どーせアレだろ、恋愛系?」

「そうそう。そういうのあの子好きだよね」

「わっかんねぇよなあマジ。恋愛とか意味不すぎ。何がおもろいのかねー」

「やった事ないから分かんないよねー、恋愛してる人の感じって」

「なー」



 今日のランドセルジャンケンの敗者は長尾くんなので、長尾くんにランドセルを持たせてボク、海原くん、横井くんは彼の少し先を歩く。横井くんは少し離れた場所に落ちていた棒を拾った後、ボクらの所へ戻ってきた。



「何の話してんの?」

「おー横井。いやー、恋愛の何がいいんだかって話しよ。意味分からんよな」

「なんじゃそりゃ。大人じゃん」

「大人かー? まあ子供はやらないもんな、それじゃ大人か」

「ボクらには分からないよねって話だから別に大人ではなくない?」

「でも俺はアレにハマる女子よりかは大人な自信あるけどな。アイツら気持ち悪い声でキャーキャー言うし。猿かっての!」

「あはははっ! なんか男子にはよく分からないツボあるよね!」

「あるなー。でもなんとなく彼女っての作ってみたい気はするわ」

「げぇ。横井に彼女ー? 出来んのかね」

「中学になったら出来るんじゃねーの? したらエロいことし放題だしな」

「確かに。なるほど、そういう目的で彼女を作るのか……」

「そういう目的で作るんだとしたら、エロい事に飽きたら要らなくなりそうじゃない? 彼女って」

「だな。したらどうするんだろ、邪魔じゃないのかな?」

「お前らって時々めっちゃ冷めたこと言うよな。飽きたからで邪魔はやばいだろ」



 横井くんがドン引きした目でそう言う。そんな事言われても、実感のない話だし一緒にいる理由があまり想像できないからそう考えてしまうのは自然じゃ無いだろうか? 友達でさえずっと一緒にいると疲れるんだし。



「長尾には彼女出来なさそうだよな。デブだし」

「あー。デブだしな」

「デブが好きな子も中には居るんじゃない?」

「いねぇだろそんな奴。いや、女の考える事はわかんないな……意外とかも?」



 後ろを歩く長尾くんの事をちらりと見て、海原くんが鼻を鳴らし笑って言葉を続けた。



「いや、アレには無理か。流石に」

「それよか見ろよこの棒。形状まじ刀すぎないか?」

「いやそれずっと思ってた! めっちゃ綺麗な枝だよね!」

「よくぞ来たな、勇者よ」



 横井くんの持ってきた棒に話題が移った瞬間、海原くんの声が一段階下がる。彼は走って少し先の電柱の横で止まると、不敵な笑みを浮かべて腕を組み仁王立ちした。



「出たなスライムめ! 俺の剣を受けて絶命するがいい!」

「違う違う俺魔王だから! なんでスライム如きが偉そうなセリフ吐くんだよおかしいだろ!」

「ザキ!」

「はやぶさ斬り!」

「おーかーしーいーだーろー! 魔王と話し合いもせずいきなり攻撃する勇者はいないだろー! あと星宮っ、魔法使ってるのにランドセル投げるのはおかしいだろ!」

「魔法は遠距離攻撃なので」

「物理攻撃すぎるだろ! 拾ってまた投げるのは何!? せめて魔法唱えてから攻撃しろー!」



 とりあえず駄菓子屋まで到着し、Tシャツが透けるくらいの汗をかいて息を切らしている長尾くんからランドセルを受け取る。100円ジュースを買って体力を整える。



「あっ、星宮! ……と、バカ達」



 これから横井くんちに行くぞ、とボクを除く二人がベンチから立ち上がったタイミングで上から間山さんが降りてきた。ボクを除く全員が一瞬で嫌な顔を作る。



「こっち来んなよブス!」

「あんたに用ないから。星宮、行くよ」

「うわっ!?」



 海原くんの罵倒に関わらないように彼の横を通り過ぎた間山さんがボクのランドセルの紐を掴み引っ張る。危うく転びそうになるがなんとか踏ん張り、ボクは彼女に引っ張られながら道を歩く。相変わらず仲が悪いこと。



「……わり、今日俺パスで」

「? なんだよ海原、用事でも思い出した?」

「おう」



 海原くんと横井くんがなにやらやり取りを交わした後、海原くんは少し遅れてこちらに歩いてきてボク達の隣に並んだ。



「そ、そういえばさ星宮」

「なんであんたがこっち来るわけ?」

「お前に話しかけてねーから! 黙ってろブス!」

「うざっ! 死ねクソ海原!」

「はぁ!?」

「ちょっとちょっと、ボクを挟んで喧嘩しないでって! なんで二人共すぐに口喧嘩を始めちゃうんだよー!」

「だってコイツが!」

「お前が口挟んでこなきゃいい話だろ!」

「うっさい邪魔者! あっち行け!」

「お前の方が邪魔者だから!」

「だーかーらー! 挟まれて喧嘩されると暑苦しいから! 間山さんは一旦黙って!」

「えっ、あたしなの!? あたし悪くないし!」

「悪いとは言ってないけどストップ! 話が進まないでしょ!」

「星宮はどっちの味方なわけ!」

「えぇ!? この場合はどっちの味方でもなくない!? とりあえずお互いに話してから! 喧嘩はダメ!」



 ボクがそう言うと間山さんは小さく何かを呟いた後そっぽを向いた。とりあえずまずは海原くんの話を聞こう。



「で、海原くん。話ってなんだった?」

「ちっ。ボケ女が」

「海原くん!」



 相手が静かにしてくれたのに悪態をつく海原くんを怒る。言い返そうとした間山さんの口に人差し指を当てて「しー!」と彼女にも注意する。……? 何故か間山さんはボクから少し離れて口を押えて俯いた。そんなに強く当てたつもりは無いんだけど……?



「海原くん、話は? ボクがなに?」

「……なんか、漫画貸して」

「漫画?」

「沢山持ってたろ? 最近暇だから、貸してくれ。なんか」

「おっけー! そういう事か。でも良かったの? 横井くんち行かなくて。ボクのオススメでいいなら海原くんちに持って行っておばさんに渡せば良くない?」

「そ、そこは俺が選ばないとだろ! 趣味が合うか分かんないしさ! ほら、お前色んな種類の漫画持ってるし!」

「確かに。あ、でもそうなると間山さんと海原くんが同じ空間にいることになるな……」

「最悪! まじ無理だから!」

「俺の方が無理だから! 帰れお前!」

「いやそれはどう考えてもおかしいから! あたしの方が約束したの先だし! 帰るのは海原の方でしょ!」

「知らねー俺の方が星宮と仲良いし! 俺ら親友だし! 親友の輪に入ってくるなよ部外者が!」



 ほらこうなる。なんて言うんだっけ、水と油? 絶対この二人を同じ空間に居させたくないもんね、うるさすぎる。



「落ち着いてよ二人とも! お互いに言い過ぎだから!」

「俺のどこが言い過ぎなんだよ事実だろ!」

「どこが事実だ! そいつの方が全体的に酷いこと言ってる!」

「ブスとか部外者とか言っちゃダメでしょ海原くん!」

「はっ、はあ? いや、だってそうじゃん! てかお前間山の味方すんのかよ!」

「味方とかじゃなくてっ! 間山さんはいきなり『なんでいるわけ?』って睨みながら言ったらダメ! 海原くん傷付くでしょ! 拒絶しすぎ!」

「傷付いてねーし!?」

「邪魔なのは事実だし。こんな奴!」

「こんな奴って言い方も良くないよ! 二人の間に何があってそんな仲悪くなったのか知らないけど、ボクの家では騒がないで! 母さんそういう厳しいからね!」

「それはそうだけどよ……」

「なんか想像つくかも……」



 海原くんは既にボクの家に来たことがあり、以前うるさくしてド叱られた経験があるから経験則からボクの言葉に納得した。間山さんは母さんに会ったことは無いはずだが、ボクの姿を見ると何故か納得した。



「とりあえず二人とも、ボクの家では喧嘩しないで! 友達の頼み、聞いてくれるよね?」

「……仕方ない。嫌々だけど聞いてやる」

「あたしは嫌。コイツと居るのは無理」

「はぁてめっ、俺だっ」「間山さん!」

「ッ!? わ、分かったから、怒らないでよ星宮。ふんっ、気分わる!」



 強めに間山さんの名前を呼んだら彼女は一瞬ビクッとした後、渋々こちらの要望を承諾してくれた。案外話が分かるんだな、今までのイメージにある間山さんだと逆ギレしてきそうなのに。イメージを更新しておこう。



「海原くん、喧嘩は厳禁だよ。言い返すのも駄目!」

「言い返すのはいいだろ!」

「したら収拾つかないでしょ! お互いに悪態つくの禁止! 普通に過ごして! じゃなきゃ家に入れないから!」

「……了解」

「……はぁ。はーい」



 ようやく二人とも大人しくなってくれた。まったく、人を怒るなんて慣れないことをしたからどっと疲れたよ。二人ともとっても面白くて良い友達だけど、二人一緒にいる場には極力居合わせたくないなコレ。


 はぁ。なーにがラッキーマンなんだか。この最悪の組み合わせと共に居ることが増えてきているのにラッキーもクソもないよ。うちのクラスで1番アンラッキーまであるでしょ……。




「次に読みたい漫画とかある? 何か気になるのとか」

「んー、前と同じような漫画読んでみたいかも」

「前と同じような、ね。それだと〜」

「……」



 玄関前で再度二人に喧嘩しないよう注意し、家に入れて自分の部屋に案内する。


 海原くんはボクの家の構造を既に知っているので迷うことなくボクの部屋に入りクッションを枕にして寝転がり漫画を読み始める。

 間山さんは普段より控えめな感じを出しながら家に入った。二人を残して飲み物を取りに行ったらどうせまた喧嘩になるので、間山さんと一緒にリビングまで行ってお茶を入れ、海原くんの分のグラスも持って部屋まで上がった。


 間山さんと二人で漫画を選ぶ。傍ら、一人で漫画を読んでいる海原くんは一向に借りる漫画を決めずにそこに居座っていた。一緒に居るのは嫌なんじゃないの……?



「……暑い。海原、扇風機こっちに傾けてよ」

「……」

「無視すんな」

「ストップ」



 目に見えて間山さんがイライラし始めたので制止させ、扇風機を三人全員に風が当たる位置に動かす。



「ヤな奴」

「黙れ。気が散る」

「ちっ!」

「少しくらい仲良く出来ないの……?」

「だってコイツの態度が」「帰れよお前」

「あんたが帰れ!」

「ストップストーップ!」



 ギスギスすぎるって、空気。息苦しすぎる。今後二人がボクの家に偶然集まるみたいな事あっても絶対家に入れないようにしよう。あと、修学旅行とかでも絶対同じ班にならないようにしよう。じゃないと保たない、精神崩壊するってこんなの。



「……ふんっ! 星宮、これ読んでもいい?」

「いいよ。あとこれもオススメかも。間山さん好きそう」

「うんうん」

「お前、漫画返すだけじゃなかったの?」

「……」

「無視すんな、よ」



 海原くんが間山さんに向けて落ちてたポケットティッシュを投げる。それを見て間山さんが驚いて頭を手で庇うも、ボクが手でキャッチしたので彼女に当たることは無かった。はぁ、ため息が出る。



「物を投げるのは駄目でしょ、海原くん」

「だってソイツが無視したじゃんか」

「はぁ……こんな事言いたくないけど、帰って。海原くん」

「は? なんで」

「物投げるじゃん……」

「も、もう投げねえし」

「もう投げちゃってるし。このまま二人を一緒にしたら殴り合い始まりそうだし。今読んでるやつ、全巻持ってってくれていいからさ」

「……」

「今からなら横井くん達とも合流出来るでしょ?」

「お前らはなにすんの」

「あたしらは」

「間山さんは黙ってて」

「!?」

「ボクらはこのまま漫画読んだりしてるよ。元々遊ぶ約束してたし」

「……あっそ! きも! そんな女と仲良くしてるのきもー! 帰るわ!」

「なーんで拗ねるのさ。途中まで漫画持ってくの手伝おっか?」

「いらねーし!」



 読んでいた漫画をその場に捨てるように置くと、海原くんは自分のランドセルを乱暴に取って部屋から出ていった。玄関を開けて外に出た音もした、なんでか拗ねてたな〜。最近一緒に遊べてないから怒ってるのだろうか?



「……守ってくれてありがと」

「ん?」

「ティッシュのやつ」

「気にしなくていいよ。こんなのでも間山さんに当たってたらボクが嫌な気持ちになるし」

「…………優しいね、星宮は」

「そう? 優しいのって伊藤さんとか辻くん辺りじゃない? ボクはよく女子に怒られてるし」

「……そうだね、学校にいる時は馬鹿の一員かも。ヤな男子の一人だ」

「嫌な奴かー。ボクも海原くん達と一緒に騒いでるもんね〜」

「ね。……あんな奴らと関わるのやめたら?」

「ボクからしたら良い人達だからそれは出来ないかも。ごめんね」

「冗談だよ。……まぁ、あたしと仲良くしてくれる時の星宮は優しいし、ちょっとかっこいいから、そこまでヤな奴でもないけど」

「ありがとう! でもかっこいいはちょっと照れくさいなー」

「……」

「うん?」



 ボクの言葉に被せるように間山さんが何かを言った。声が重なっていた為、なんて言ったのかもう一度聞くことにした。



「ごめん、聞き取れなかったや。今なんて?」

「なんでもない」

「えー? なにー?」

「なんでもない!」

「絶対なんか言ったじゃんか〜!」

「な、何も言って」

「憂〜? 入ってもいい?」



 あ、母さんだ。どうしたんだろう? 扉を開けたらブロック状に切られたスイカが乗った大皿を持っている母さんがいた。



「暑いでしょ〜? これでも食べて……あれ? 二人だけ?」

「海原くんならもう帰ったよ〜。間山さん、スイカだスイカ! 食べよー!」

「う、うん。ありがとうございます」



 間山さんが母さんに頭を下げる。母さんは「ごゆっくり〜」とニヤニヤした顔で言って扉を閉めた。部屋の真ん中のミニテーブルに大皿を置き、切られたスイカを二人で食べる。



「ん、美味しい」

「美味しいね!」

「うんっ」



 っ。間山さんは今まで見せたことがないような綺麗な笑顔を見せて返事をした。


 なんでだろ、胸がドキドキしてる。不思議な感覚だ。生まれて初めての感覚、ついつい間山さんの顔をボーッと見てしまう。



「な、なに人の顔ジロジロ見てんのよ」

「綺麗だなぁって」

「!? 初めて言われたわそんな事!」

「そうなの? あー、でも普段は確かに可愛いって感じだもんね。綺麗って思ったのは今のが初めてかも。美人さんではあるんだけどね」

「ちょちょっ、やめて!? 星宮!」

「んー?」

「それわざとやってる!? 分かっててやってるよね絶対!」

「……?」

「本当に分かってなさそうな顔してる……」



 何の話をしてるのかよく分からなかったけど、そこから先は何を聞いても答えてくれなかったのでこの話はここで終わりとなった。

 その後、彼女が気になるといった漫画を入れたランドセルを近くまで迎えに来たおばちゃんの車まで運び、間山さんとはそこでお別れとなった。


 なんだか、海原くん達と同じくらい良い友達だなって思っていたんだけど、ずっと一緒に居たいっていう海原くん達に対する気持ちともちょっと違う事を思った。これは一体どういう感情なんだろう? 間山さんが良かったら、もっともっと長く話したいな。でももう遅いしな……。



『間山さん』

『なにー?』



 寝る前、メッセージを送るとやはりすぐに返信が来た。ボクは意を決して、彼女に提案してみる。



『話さない?』

『こんな時間に?』



 ぐ。そ、そうだよね。流石にもう遅いか、他の人達も寝る時間だよね。



『いいよ。なに話す?』



 いいんだ。間山さんって実は結構夜更かし? 今何してるんだろ。



『通話してもいい?』



 間が空く。流石に急すぎたかな?



『髪乾かしてた。いいよ!』

『じゃあかけるね』

『うん!』



 了承を得たのでLINE通話を発信する。すぐに通話が繋がり、スマホ越しに間山さんの声が聴こえてくる。



『どうしたの? 珍しいね、そっちからかけてくるの』

「もっと沢山話したいなって思って」

『……あたしと?』

「勿論! だからかけたんだよ」

『だ、だよね! それはそっか。……でももう時間も遅いよ? 寝る時間を考えたらそんなに話せないんじゃない?』

「あ、えっと…………恥ずかしいんだけどさ」

『? なにー?』

「つ、繋げながら寝たいな、みたいな」

『えっ』

「間山さんと話すの楽しくて、それ以上になんか、安心するというか。だから、寝るまで一緒に話してみたくて。迷惑だったら切るけど」

『め、迷惑じゃない! いいよ、話そ!』

「本当? 無理しなくても」

『本当だから! あ、あたしももっと星宮と話したい!』

「嬉しい! そう言ってくれてありがとう、間山さん」

『……うん』



 通話越しでも笑っているのがわかる声音で間山さんは「うん」と言ってくれた。釣られてこっちも笑顔になる。よかった、断られなくて。


 でも結局話せたのはほんの数十分で、返答が少し遅くなったなと思ったらいつの間にか通話の向こうから間山さんの静かな寝息が聴こえてきた。それが聴こえる頃にはボクも目を瞑りながら喋っていたので、通話を切る事もなくそのままボクも眠りについた。


 翌日。起きても未だ通話は繋がっていて、ボクが起きたすぐ後に間山さんも「……んぅ」という可愛い声で起床したのが聴こえた。それ以上は聴いちゃいけない気がしたので、ボクはそっと通話を切った。

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