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48話『不実』

「俺、今日は部活行かねぇ」

「え?」



 学校に復帰した日の放課後。海原くんに声を掛けて一緒にグラウンドに向かおうとしたら予想していなかった言葉を返された。あんなに野球に対して情熱向けてたのにどうしたんだろう?



「なにか予定でもあるの?」

「垣田のバット食らったおかげで肩がいかれちゃったからよ。しばらく練習には顔出さないことにしたわ」

「そんなっ!?」



 つい彼の方に近付こうとしたら海原くんが顔の前に手のひらを突き出してそれを制してきた。咄嗟の事だったので驚き立ち止まる。



「それと、申し訳ないんだがしばらく俺に関わらないでいてくれると助かる」

「……えっ? な、なんで!?」

「最近彼女出来てさ。ほら、お前ってみてくれは間違いなく女子じゃん? 彼女いるのに他の女子とベタベタしてたらおかしいだろ?」

「っ! れ、冷泉さんと付き合ったんだっけ」

「聞いてたのか? なら話が早いよな。冷泉さんの事悲しませたくないからさ、理解してくれな」

「……」



 そう言われちゃこっちの立場が弱い。けど、そんないきなり親交を断絶してくる事ある? ほんの少しだけショックなんだけれど!?



「で、でもボク冷泉さんとも仲良いし! 別に悲しむなんて事はないんじゃないかなぁ!?」

「分からないだろ? 俺達の中では勿論変な事をする気なんてないって分かるけどさ、それを見る周りの連中ってすぐ何かあるって妄想するじゃんか。実際そうでないにしても噂が立ったら冷泉さんも心配するだろうし。分かってくれよ、頼む」



 海原くんがボクに向けて頭を下げる。そこまでされたらもうこちらから何も言える筈もないので、ボクは仕方なしにそれを受け入れた。


 冷泉さんの恋は応援していた。それが成就したのだからボクは素直に喜ぶべきなのに、何故か心の内がモヤモヤする。なんだか大切な物を失ったような喪失感に駆られてしまう。なんだろ、この気持ち。ボクは一体何を抱いてるんだろうか。



 今日の冷泉さんの素っ気なさもボクと海原くんの関係性に由来するものなのだろうか。もしそうなら、海原くんの言うように彼と直接話したりするのは悪手なのかもしれない。友達は友達だけど恋愛という場に関してはある意味敵同士、そう感じているのかな。うーん、乙女心って難しい。



 ……海原くんと冷泉さんは、いつまで付き合うのだろうか。これから高校生になって、大学生になって、社会人になるまで付き合って、結婚したりするのだろうか。話の流れが流れだったので詳しく聞くことが出来なかったが、肩が不調になった海原くんはもう一度野球部に戻ってきてくれるのだろうか? もしこのまま戻らなかったら……ボクは、もう二度と海原くんと話せないのかな。



 考え事が進むにつれ胸のモヤモヤが大きくなる。何に対してか分からない焦燥感や、後悔や、不安が頭の中で少しずつ累積していく。


 全身に重荷を背負ったような気分でグラウンドに1人で向かう。こんなに足取りが重く感じたのは小6の時以来だ。気分的には最悪に近い、他人に愛想良く接する事ができる自信が無い。



「よっ。聞いたぜ〜星宮ちゃん! 海原の奴、女出来たんだってな」



 グラウンドに着くといの一番に先輩がそんな話を振ってきた。なんでわざわざボクの方に来てそれを言うのか、理解したくなくて唇を噛む。



「アイツも馬鹿だよなー。こんなに可愛い子と仲良くしてるのに付き合わないとか。マジ見る目ないよな?」

「……準備運動してください。ボクはやる事あるので」




 耳障りな声から解放されたくて、少し強い口調で先輩に向かってそう言ってしまった。でも彼はボクの感情なんか気付く様子もなく、いつも通り軽い口調で「へいへい」と言いながらのんびりとグラウンドの方へと歩いていった。


 ……先輩に組まれた肩をギュッと握る。見る目ないって何さ、ボクはただの友達で元々男だったんだよ? そんなの、そんな奴、相手にしないのが普通じゃん。事情を知らないから不思議に思うだけで、何も変な事じゃないんだよ。よく知りもしないくせにボクらの関係に口を出さないでほしい。



「……馬鹿馬鹿しい」



 画面をつけてない状態のスマホの液晶に映る自分の顔を見て、憎々しげにそう呟く。何が可愛いだよ、海原くんはボクがちょけてそう言えって言ったから口にしただけで、本心からボクの事を可愛いだなんて思ったこと一度もないだろ。


 見る目ない? ……そんなに風に言われるほど可愛くないよ、ボクは。可愛かったのなら先輩の言う通り、あそこまで質素な絡み方するはずないもん。若干舞い上がってた自分が馬鹿みたいだ。


 思えば、元々男だった頃に男友達として付き合ってた相手とそういう関わり方をしてた事がまさに黒歴史じゃないか。気持ち悪い、馬鹿なんじゃないか本当に。



 海原くんが居ないと、野球部の部員達からのセクハラはエスカレートする。彼は自分で『大した事出来なくて本当にごめんな』なんて言っていたけど、彼が思う以上に彼の存在はボクを守る抑止力になっていた。それが失われた今、ボクは部員の人達に強く言えずただ黙ってそのセクハラを耐えるしか出来なかった。


 実の所、ボクはレイプされた日以降うっすらと男に対して常に恐怖心のような物を抱いている。今までは間山さんや海原くんといった『ボクを守ってくれる人』がいたからそこら辺の感情も大きく膨れ上がることはなかった。



「ただいまぁ」

「おー。おかえり憂。なんか疲れた顔してるな」

「部活でちょっと、ね」

「もう夏始まってるし、大会前とかだもんな。野球部の練習も厳しくなってくる頃合だし、マネージャーもタスクが増えてくるだろうしなぁ」

「あはは……」



 別に、マネージャー業が大変になった訳じゃないんだけどね。でもそっか、この時期に部活を辞めるってのも顧問の先生の負担が一気に増えるから無理だよなぁ。はぁ……辞めるにしても夏休み明けとかが1番最適な時期か。嫌だなぁ、気が重いなぁ……。



「あ、唯。……ふふっ、お尻振ってる。かわい〜」



 カバンを置いてリビングの椅子にもたれかかったら、対面にあるソファーの下の部分に手をつけて一生懸命お尻を振りながら横歩きしようとしてる唯が見えて心が和んだ。体がすくすくと育ってる、流石にまだ二足歩行するのは無理だろうけど、もう足腰を支える程度には体がしっかりしてきたんだなぁ。



 次の日。廊下を歩いていたらボクを指してヒソヒソ声で喋る人と何人もすれ違った。またボクの知らない所で変な噂でも流れているのだろう。まったく、この学校の人達はそういう人のスキャンダル本っ当に大好きだな。教室に着くまでに着々と苛立ちが募っていく。



「あ、星宮さんだ」

「ねえねえ星宮さん。星宮さんって子供いるんでしょ?」

「……はっ?」



 教室に着いたら雑談していた女子のうち数人がこちらに集まりとんでもない事を言い出した。子供……つまり唯の事!?



「なっ、なんの事かな。子供なんているわけないじゃん!? まだ中二だよ!?」

「えー? 去年産んだんじゃないの?」

「は、なっ、いやっ」



 時期まで知られてる? ボクは勢いで間山さんの方を向く。彼女はボクと目が合うと、少し眉を寄せて悩んだように視線を泳がせた後、『自分では無い』とでも言うような表情と仕草を取った。



「出産ってどれくらい痛いの?」

「てかなんで産もうって思ったわけ? レイプで出来た子なんでしょ?」

「可愛いの? そんな子が」

「ま、待ってよ! 誰がそんな事言ってるのさ!?」

「さあ? 私らも又聞きで知った事だし言い出したのは誰か知らない」

「でもそれが本当なのか気になった男子が星宮さんちまで行って覗いたらガチで赤ちゃん居たって言ってたよ?」

「あ、そうなんだ!? じゃあ本当なんだ!? 星宮さん、一児の母?」

「ち、違う違う違う!! 一児の母なんかじゃないよ! てかその人誰!? 誰がボクの家に来たって!?」

「それも知らない。でも星宮さんの家を知ってる人って結構限られるくない? 同小の連中しか知らないでしょ」

「それこそ海原くんなんじゃないの?」

「う、海原くんはそんな噂っ」

「でもあの人、小6の頃星宮さんのこといじめてたんでしょ?」

「……っ」



 それについては事実なので反論できず息が詰まる。でもっ、海原くんは今更ボクが困るような噂なんて……。


 で、でも、確かに女子の言う通りボクの家を知る人間なんてほんの一部しかいない。それは間違ってない、だって唯の存在がバレたら人生詰むって思ってたから。基本的に小学校が同じメンツ、それもボクの家に来たことがある人達なんてごく一部だ。


 ボクの家を覗ける人間なんて、間山さんか海原くんぐらいしか思い当たらない。でも、それは何がなんでもおかしい。だって、2人ともボクの子供の事はもうだいぶ前から知っている事だし、今更噂として流布させる理由がないし……!


 ……可能性を考えるのなら、海原くんが間山さんが他の誰かにボクの家を教えたくらいだよな。でもこっちの事情を知っててそんなことする……? 会話の流れでついポロッと出す可能性は、無きにしも非ず……なのかな? 海原くんはかなり友達が多いし、もしかしたらどこかで情報を漏らしてたとしてもそこに違和感は無い、か……?


 いやだとしたら戦犯すぎる。流石に一言言ってやらなきゃの事象すぎるよそれは。まだそうと決まったわけではないけど、もしA級戦犯並みのやらかしを海原くんがしてたらマジでしばき倒さないといけないなこれは。



 とりあえずこの場は唯の事を誤魔化さないとだ。このままボクの経産婦説が流布されたら流石にまずい、何としても身近な所から噂を絶っていかなければ!



「い、いや〜。あの赤ちゃんは父さんがどこかの女の人と作った子供なんだよ! あははー、だからボクの口から細かい事は言えないんだよね。なんせ腹違い? 種違い? の姉妹だからさ〜!」

「それは無理じゃない? まだ乳児なのに母親が蒸発するってハイペースすぎない?」

「えっと、蒸発したというか死亡したというかなので、そうなるべくしてそうなったというか……」

「その子のお母さんは何やってた人なの?」

「えっ?」

「星宮さんが住んでる方ってほとんど老人しか居なくない? 子供を産めるような年齢の女の人がいたら結構分かりやすいというか、目立つよね。そんな人が若くして亡くなったってなったら村的には割と強めの衝撃走らない? 町内会とかで共有されてそう」

「……えぇーと、村とかじゃなくて遠くの方で子作りをされた女性なので……」

「星宮さんのお父さんって作業服着てる人だよね? そんな関係持つほど長い間遠くに仕事しに行くものなの? 村内の人らの仕事って村内で完結してるのがほとんどだと思うけど」

「それに関してはどうだろうねぇ!? 出張とかは多いんじゃないかなぁ!?」

「星宮さん、去年結構長い間学校休んでたべ?」



 盛り上がりつつあったボクらの会話に、少し離れた位置にある机に座っていた男子が言葉を差し込んできた。その言葉を皮切りに、その男子と談笑していた他の男子も言葉を投げてくる。



「夏から冬まで休んでたよな。結構長いよな」

「そうなんだ。……怪しくない?」

「怪しいってか、そこが妊娠中期から出産までの期間だったとかじゃないの?」

「ちっ、違う違う!! 病気してたんだよ! 入院してたの! 妊娠とかでは無いから本当にっ!」

「えー?」

「調べられないの?」

「調べようと思えば調べられるんじゃない?」

「てか病気してたんなら診断書とか貰ってる筈だよな」



 それまで黙っていた谷岡くんが余計な一言を添えてきた。彼を睨むと、彼はボクの視線から逃れるように目を明後日の方向に逸らした。



「星宮さん。明日、診断書とやらを持ってきてよ」

「待ってよ!? なんでさもボクが子供産んだみたいなのが前提になって話進んでるの!? おかしくない!?」

「おかしいかー? 実際不登校し始めた時期とか謎だったくね? お前、中学に入ってからは普通に悩み事なさそうな顔して通ってたじゃんね」

「っ、だから病気してたんだって! 悩み事とかストレスで引きこもってたわけじゃないから! 馬鹿は黙っててよ!!!」

「……は? なんであんま話した事ないのに喧嘩売られたの俺」

「診断書さえ持ってくれば身の潔白を証明出来るくない? 逆に持って来れなかったら噂を否定する材料が無くなっちゃうね」

「てか去年谷岡と垣田をボロクソに言ってた時に診断書云々を得意げに口にしてたよな。持ってこれなかったら結構やばくね? 大見得切って嘘ついて人を追い詰めてたってことになるよな」

「ちがっ!? あれはそもそもその2人が間抜けな事したから悪いのであって、ボクは別にっ」

「今思えば不必要な事まで言って立場が悪くなるように仕向けてた節あるよな。そりゃ垣田も復讐したくもなるわ」

「あの発言のおかげで俺も酷い目にあったからなぁ……俺はただ、垣田が憐れなんで助け舟を出しただけなのに」

「谷岡に関してはガチのとばっちりだったよな! ぎゃははっ、まじでおもれ〜」

「ぶん殴るぞお前」



 おいおいおいおい、なんかどんどん窮地に立たされてないかボク。なんたってこんなピンチに陥らなきゃならないんだよ、やっぱり狭い村で子持ちなのを隠すことって不可能なの? ドラマとか映画とかだと隠し子って頻繁に出てくるじゃん! 大体隠し子がいる作品の舞台って田舎じゃん! ここまで筒抜けな事ある!?



 クラスメートから星宮子持ち説の噂について質問責めをされた日の夜。ボクは元々使っていた2階の自分の部屋を漁りなんとか大昔の、ボクが男だった頃の診断書を探し出して上手い具合に改竄しようと思ったのだが、そんな古い診断書は当然見つからなかった。代わりに、赤子に関する書類ばかり出てきて一晩中頭を抱える羽目になった。


 書類の管理をおざなりにしていたツケがここに来てやってきた。というか、なんでもないただの診断書を将来使う事になるだなんて思い至るはずもない。きっといつかの大掃除の時に捨てちゃったんだろうな……。




「やっぱり持ってないんじゃん?」

「ち、違くて。失くしちゃった……昔の書類なので」

「昔って言っても貰っても数ヶ月前でしょ?」

「うぐっ、そ、そうなんだけど! 大掃除の日に一緒に捨てちゃったんだよ!」



 翌日。ないものは持って来れないのでなんとか口先で誤魔化そうと意気込んで学校に来たものの、クラス中がその話題で持ち切りになりクラスメートほぼ全員から囲まれているせいで自分が思ったように立ち回ることが出来なかった。



「つまり星宮さんが必死に否定してた子持ち説も信ぴょう性が増したわけだ」

「増してないよ! こっ、子供は赤ちゃんなんて産んじゃダメでしょ! ボクもその例に漏れないので!」

「いや別に私らくらいの歳で産む人も中に入るでしょ」

「早い子なら小4くらいから生理来てるしね」

「待って? 去年産んだって事は着床したのって小6の頃じゃない?」

「あれっ。小6の頃って海原からいじめられてたんじゃなかったっけ」

「やっぱレイプじゃん。海原and星宮のベイビーじゃん?」

「それは絶対に違うからっ!!!!!!」



 自分でも驚くくらいの大声を出して周りの人間を黙らされる。この場に間山さんは居ない、海原くんも居ない。彼らは揃ってどこかに出てしまったため、ボクがピンチに陥っても助け舟を出してくれる人は誰一人いなかった。


 だからここはボク1人で耐えきらなきゃならなかった。ボクの事は……最悪どうなってもいい。でも今の海原くんは冷泉さんと付き合ってきっと平和な幸せを謳歌しているんだ。そんな彼も巻き込んで爆散するだなんて絶対に嫌だ、あの2人の邪魔は誰にもさせたくない。



「な、なんなの。私別に、あんたをバカにしてるわけじゃないんだけど。むしろあんたを庇ってやろうとしてんのにその態度なくない?」

「海原くんは、レイプなんかしないから。バカにしてるよ、みんなの発言は……!」

「いやだから、あんたには酷い事言ってなくないって」

「……」



 前に出て発言してきた女子を強く睨むと、彼女は不快感を顕にした顔で「はぁ?」と威圧を掛けてきた。


 一触即発の雰囲気で場の空気が張りつめる。その沈黙を1人の男子が破る。しかしそれは、ボクにとって立場が悪くなるような言葉を伴って。



「誰が父親なのかとかは知りようもないしどうでもいいが。診断書が持ってこれないってなると去年お前は俺と垣田に対して嘘を言ったことになるよな?」

「……ちっ」



 谷岡くんだ。鬱陶しくていい加減舌打ちが出る。



「あの時お前は診断書を持ってこれるみたいに言ってたよな。でも現実は違った、そんなもん持ってこれなかった」

「だから言ってんじゃん。大掃除の時に失くしたんだって」

「お前が学校に復帰したの冬休み前だろ」

「っ! い、いつ大掃除するかはご家庭によって様々でしょ……!」

「無理あるな。それなら先にそう言えよ」

「指摘なかったら言う必要なくない?」

「この場に関しては言うべきだろ。怪しまれる芽を先に摘もうと考えないのか? あんなに口喧嘩が達者なお前が?」



 やけに強気な言い方に少し怯んでしまう。クソッ、そもそもこんな言い合いに発展するとは思ってなかったから全然理論武装してないんだよ今日は! アドリブ口喧嘩なんて苦手に決まってるだろ、ボクはラッパーでもなんでもないんだからさ……!



「あれがお前の口から出た出任せだったんてんなら、あの時否定されたお前が垣田を嵌めたって話も信ぴょう性が増すと思わないか?」

「い、いつの話してるんだよ! てかなんでそうなる!? それとこれとは関係なくない!?」

「関係はあるだろ。あの話し合い、最初の話題って診断書云々じゃなかったっけ? その時点でお前は嘘をついてんだから、それ以降も嘘をつかないって信じ込む方が無理があるだろ」

「話の本筋が全く違うじゃん!?」

「話題の内容が違うだけで、お前が嘘をつく奴かつかない奴かって方で考えたら何も違くないが?」

「そ、れは……っ」



 ここに来て谷岡くんに対してぐうの音も出ないなんて思うとは……。あーもう、本当にこの人が関わるとロクなことにならないな! なんで2年連続で同じクラスになるんだよ! 先生のクラス分けどういう基準で行ってんの!?



「てかさ、谷岡が垣田をいじめてるのを見ても星宮さん何もしてあげなかったよね?」

「!? い、いやっ、それに関してはみんなも同じでしょ!? ボクだけ悪いにはならなくない!?」

「うーわ。なんか急にこっちにも責任なすってきたぞ」

「真っ先に垣田から狙われてる時点で罪の重さ全然違うでしょ何言ってんの?」

「てか普通なら谷岡に報復しに行くところを先に星宮に行ったってことはさ? やっぱ去年のやつって星宮がアイツをいじめようとしたって事になるんじゃないか?」

「だからなんでそうなるんだよっ!!!? みんな馬鹿なの!? お願いだから落ち着いて考えてよ!!! あれはどう考えても垣田くんが独断で行った事でボクが唆したとかあるわけないじゃん!!! 自分から下着姿なんて男子に見せるかよ!!!!」

「でもレイプで出来た子供を産んだんだろ?」

「なっ!!?」

「男に下着見せんのとレイプで出来た子供を産むの、おかしさで言ったら後者の方がおかしくね?」

「い、いや……違っ……あの、き、気付かない間に降ろせない期間に入ってて、だからっ!」

「別に物理的に降ろせるやん。腹から落下すればどう足掻いても死ぬくね?」

「うわ、グロ〜……」

「グロいけど確かにそうよな。てかレイプしてきた相手の子供とか憎さしかないだろ普通。産むとか頭おかしいんじゃねえの? ガイジでしょ」

「分かる。普通の感性してないよね。私だったらそんな子産まれる前に絶対殺すわ」

「ね〜」



 妊娠した事もないくせに、勝手な事ばかり言う周りに段々と無視できないほどの苛立ちを募らせる。苛立ちすぎて目の前がじわっと滲む。コイツら……なんなんだ本当に。ボクの事、どれだけ大変だったかどれだけ悲しかったか何も知らないくせに好き勝手に言いやがって……!



「何してるのあんたら〜? なにか楽しい話?」



 我慢出来なくなって口から思いの丈を吐き出そうとした刹那、何故か教室に理科の教科担任の先生がやってきた。彼女は2つ隣のクラスの担任だから本来はこの教室に来る用事などないはずだが、どうして急に来たのだろう。周りの生徒も同じような疑問を口にしている。



「そこで女生徒がなんか騒々しくなってて勉強に集中出来ないって言うから来たのだけど。何の話?」

「い、いや……」



 輪の1番外側にいた男子が説明に困っていたら急に誰かに腕を引っ張られた。みんなの注目が集まってる隙に輪から脱出する。ボクの腕を引っ張ったのは……後ろ姿から察するに間山さんだった。



「ま、間山さん?」



 彼女と共にしばらく走って人気のない特別教室横の廊下に来ると、間山さんは立ち止まりボクの方を向いた。彼女は今にも泣き出しそうな顔をしながら、ボクをギュッと抱きしめた。



「ごめんっ、星宮! 守って誓ったのに、また怖くなって逃げちゃった……ごめん、ごめんなさいっ」

「え!? いや、むしろ助かったからいいんだけど……」

「どうしよう、もう取り返しつかないくらい噂が浸透しちゃってる! 星宮、他のクラスの連中にも悪いイメージ付いてるよ……?」

「終わりかな」

「終わりだよぉ! あたし、星宮はそんな事しないよってそれとなくみんなに伝えたんだけど全然意味なかった! また力になれなかった! うわああぁぁんっ!!!」

「ちょちょっ!? 大丈夫だよ! 噂なんて慣れっこだし、どうせそういう噂はすぐに風化するって!」

「分からないじゃん! もしこのまま卒業まで星宮のイメージが悪いままだとどうしよう! 星宮はなんにも悪くないのにっ!!」

「いやー……悪い事をしたつもりは無いけど、何があれって割と真実だから困り物だよね、あの噂……」



 どこからリークされたのか、まさか結の事が知られてるだなんて。びっくり仰天どころの騒ぎではない。でもこの様子を見るとやっぱり間山さんは白のようだ。少なくとも結の噂について流したのは彼女じゃない、それを知れただけでも儲けものですね。



「うぅ……確かに星宮と唯ちゃんは姉妹くらいの年齢差ではあるから、そこで現実的に『そんな事ないかぁ』って思ってくれると安心しきってたのに! なんでみんな噂の方を信じるんだよぉポルノに脳みそ汚染されてるよぉ!」

「う、うーん……嘆いてる所申し訳ないけど割とボクにもグサグサ来てるかな。そのセリフは」

「星宮もポルノに汚染されてるの……? ……毎日シてるタイプ?」

「うん何を訊いてる?」

「自慰頻度……」

「毎日はしてないかな……」



 どさくさに紛れてなんて事を聞いているんだ。そこじゃなくて年齢差の下りにグサグサ来てるんだよ。別にポルノの話を広げようとはしてないのよ、おかしいでしょそこを深掘りするのは。



「はぁ……結局また小学生の頃と同じになっちゃった。星宮ってなんでこう、変な噂を流されやすいのかなぁ」

「本当にね」

「…………ねぇ、星宮」

「はい?」

「もう今更どうにもならない状況ってのは分かるんだけど、それでも星宮は知っとくべきだと思うから言うね」

「何を? 噂を流した張本人を知ってるとか?」

「そう」



 そんなわけないだろうと思って冗談半分で言ってみたところ、思ったよりもすんなりと間山さんはそれを肯定した。


 彼女はボクと横並びになったまま、床を見た状態で口を開く。



「……これからあたしが言うこと、これは真実だから。信じられないと思っても信じて。お願い。……それと、これも信じて。あたしは何があっても絶対に星宮の味方」

「う、うん。分かった」



 後者については何度も聞いたから今更驚きはしなかったけど、前者の言い回しが少し気になった。信じられないと思うような人物が犯人、とそう言いたいのだろうか? 先が気になりすぎてチラッと彼女の方を見る。



「……悪いのは全部、海原なの」



 うん、だよね。そう言うと思った。想像通りだ。何も意外な事はなかった。


 彼女がこの場で改まってそういう風に言うって事は、きっとボクが立てていた憶測も的外れでは無いのだろう。こちらに向けて話している筈なのに、目線をずーっと床に固定して聞かせる気があるのか分からない声音で呟いた間山さんを見てある種の確信を持てた。


 さて……。気は乗らないが、相手がきっかけを作ったのだからこちらも発言する為の心の準備をしよう。先程は準備のなかったアドリブ劇になったが、ここからは前もって考えていた話し合いの始まりだ。


 ボクは小さく息を吸い、心を落ち着かせて間山さんの肩を掴みボクと顔を向き合うように立たせる。彼女は気まずそうに目を逸らす。ボクは一言、「こっちを見て」と言った。

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