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47話『恋の成就』

 垣田との1件で俺はバットで滅多打ちにされたにも関わらず、命に別状はなく内臓を損傷したり骨折したりといった大きな負傷を負うことはなかった。俺と同じくバットで打たれた冷泉さんも軽い怪我で済んだようで、俺達は共に学校に復帰することが出来た。


 垣田と星宮は停学中である。というか、襲われた報復として垣田を殴った星宮はまだしも恐らく垣田はこのまま学校に戻ってくることは無いんじゃないかと思う。

 女子2人を呼び出し、逃げ場のない場所まで追い詰めて鈍器を使って襲撃したんだ、法律的に見ても少年院に送られるルートには入っているだろう。そうならないにしても、あんな事をしておいておめおめと学校に通い直す事なんて普通の神経持ってたらできない。


 なんであの2人があんな目に遭わされたのかは分からない。問題も未解決ではあるが、当面はあの2人に危険が迫る事も無いだろう。そこに関しては良かったなと溜飲を下ろせる。



「海原、お前その肩……」



 部活に復帰し、遠投練習をした時に異常に気付く。中距離程度のキャッチボールなら難なく投げる事が出来るが、距離が一定以上開くと球がブレて狙った所に投げられなくなっていた。


 内臓や骨に異常はない。けれど強い力で肩を叩かれた結果、俺の右肩は球が投げられない状態になってしまったらしい。


 一応、完全に神経が壊れた訳でもないので回復の可能性はあるし、無理なら左手で投げればいい。そう考え野球部に残り続けてはいるが、今年のレギュラー落ちは確定だろう。2年生の夏、ここから一気にエンジンをかけて行くつもりだったのだが、そうなってしまった以上は受け入れるしかない。


 ……後悔はない。あそこで俺が身を呈してなかったら多分、星宮はあのまま頭を打たれていただろう。当たり所が悪ければ死ぬような攻撃だ、自分の肩か星宮かっていう二択を天秤にかけるのなら、自分の肩を犠牲にした方がいいと決断するのは当然の事だ。



 星宮は今、何をしているのだろうか。停学中の生徒に接触するのは駄目だと教師が言っていたが、俺と星宮は学区の端の方に住んでいるのでひっそり様子を見に行ってもバレないかな?



「なあ、海原くん」

「?」



 ある日、クラスメートの谷岡が俺に声をかけてきた。


 この男の事はよくは知らない。俺が知り得る谷岡の情報は垣田をいじめていた、いつ偉そうにしている、星宮が近付くと避ける傾向があり、といった程度だ。


 1年の頃は星宮と同じクラスだったんだっけ。アイツとなにかトラブルがあったんだろうな。そこは想像に容易い。星宮って一見明るいけど、結構心にぶっ刺さるような言葉をポンポン吐き出してくるもんな。



「海原くんって、星宮さんと仲がいいんだっけ?」

「あぁ。そうだね、大親友よ」

「でも小学生の頃、彼女の事をいじめてたんだろ?」



 ……またそれか。


 中学に入ってから俺は定期的に星宮に対するいじめの話を言及される事がある。それについては何も間違っていないし、責められるべき事柄だと俺自身認識はしているが、無関係な赤の他人にズケズケと話されるのは正直言って心象が悪い。


 少しだけ不愉快な気分になりながらも、それは抑えて言葉を返す。



「そうだね。まじあの頃の俺、何やってんだって感じ」

「とある女子を妊娠させたって噂は本当なん?」

「は? ……ちっ。本当なわけないだろ」



 それに関しては一体どこから発生した噂なんだよ。俺が女子を妊娠? 馬鹿言え。そういう行為すらまだした事ないっつの。



「何を信じるかは本人の自由だけど、常識的に物事を考えてみなよ。人をレイプして妊娠させておきながら普通に学校に通えるわけないだろ」

「妊娠して通えなくなるのは女側の都合で、男はそうでもないんじゃないか? ただヤり逃げするのと変わらないだろ」

「お前終わってんな倫理観。俺なんかよりよっぽど女孕ませてそうだ」

「別に海原くんを責めようってわけじゃないからそう睨むなよ。俺は単に、辻褄が合うなあって話がしたいんだ」

「辻褄だぁ……?」



 なにそれらしい言葉使ってるんだコイツ。変に賢ぶって話すせいで周りが静かになっちまっただろ。勘弁してくれよ。



「お前は星宮さんをいじめていた。当時のお前はそれはそれは酷い性格をしてたそうじゃないの。それがなんで急に、中学に上がった途端に性格が丸くなって星宮と仲良くするようになった? この時点だと意味分からないだろ」

「知らねぇよ。別に性格が丸くなったとも思ってねぇし。そんなん他人の感じ方次第だろ」

「当時と精神的には何も変わってないと?」

「少なくとも当時と同じ思考回路使って生きてんだから変わったつもりは無い」

「じゃあなんでいじめてた相手と仲良くしてんだよ?」

「……後ろめたいからだよ」

「? なんて?」

「なんでもねぇ。話はそれだけか?」

「答えをまだ聞いてないが」

「なんでお前の問いかけに答えなきゃならねぇんだよ。誰だお前、いつの間に仲良くなったんだ俺らは」



 どことなく谷岡の物言いに腹が立ち、席から立って1歩前に出てみたら谷岡は気圧された様子で半歩後ろに下がった。ビビってるのか? 自分から喧嘩売ってるくせに? よく分からんやつだな。



「話は終わりでいいよな?」

「……お前がいいならこれで終わりにするが」

「なんだよ俺がいいならって。何様視点なんお前」

「お前知らないのか? 今学校でな、お前が孕ませた女が星宮なんじゃないかって話になってるんだぞ?」

「は?」



 なんでそこで星宮の名が出てくる? 意味が分からん。



「どういう事だよ、説明しろ」

「お、お前がいじめてた星宮をそのまま流れでレイプして、妊娠させて、罪悪感に駆られて優しくなったってのが噂の通説なんだが」

「どこの馬鹿が流してんだそれ。教えなきゃお前の顔面を殴るぞ」

「し、知らねぇよ! 俺は単にその噂の真相を知りたいから話しかけただけでっ」

「なんで部外者のお前がそんなん気にする? 興味本位か? もしそうならどのみちムカつくから殴るが?」

「っ! い、いいのかよ! ここで手を出したら図星って事にならないか!?」

「…………はぁ。人がイラついてる時に更にイラつく話題引っ提げて話しかけてくんなよ、雑魚が。垣田って玩具が居なくなったから退屈してんのか? 誰かをいじめてなきゃ満足出来ないのかお前。もう死んどけよ気持ち悪ぃな」

「はぁ? 言いがかりはよせよ」

「違うのか? 垣田が来なくなってから色んな奴にちょっかいかけてるだろお前」

「……」

「全員が全員垣田みてぇに何もしてこないと思ったら大間違いだから。お前みたいな雑魚、弱みを握らなきゃ誰にも勝てねーんだよ。分かったらとっとと失せろ」

「後悔するぞ」

「そうかよ。俺が後悔するような事が起きればお前を殴りゃいいんだな。了解」



 そう言ってやると谷岡は何かを言いかけたがグッと堪え、鼻を鳴らし離れていった。



 谷岡を脅しつけた次の日から、学校で『俺が星宮を妊娠させた』という噂が流れ始めた。あの捨てセリフを吐いた後にそうなるとは流石に予見できていなかったので面を食らったが、谷岡をとっ捕まえて尋問した所噂を強固にしたのはどうやら谷岡では無かったらしい。


 ともすれば容疑者はあの日現場に居たクラスメートの誰かという事になる。……怪しいのはやはり間山だが、俺が嫌いと言っても星宮まで巻き添えを食らうような噂をアイツが流すことは無いだろうと思い容疑者のリストから一応除名した。


 つまり、誰が噂を流したのかは全く分からなかった。間山を除けば全員変わらないくらいの印象しか持ってなかった上に、中学生という多感な時期なのを考慮すると単に悪意ではなく『そういう噂がある方が面白いから』という理由で周りに流布しててもおかしくないと思ったからだ。


 中学に入ってから、やたらと周りの人間がスキャンダルや噂を好んでいる傾向があるなと思っていた。だから容疑者を絞れず、俺個人の力では噂を終息させる事は叶わなかった。




「あの、海原さん!」

「? おぉ、冷泉さん」



 冷泉さんが廊下で声を掛けてきた。どうやら放課後に話したい事があるらしい。なんの事か予想を立てる事もせずに放課後彼女に指定された場所に足を運ぶ。呼び出されたのは図書室の奥の四角いスペースだった。



「どうしたの」

「星宮さんとの噂、聞きました」

「あー……」

「あれって……その……本当なのですか?」

「冷泉さんはどう思う?」

「私は……分からないです。実の所、お2人の関係をよく知らないので」

「そっか。まあ、噂については半分本当。で、本当は真っ赤な嘘だよ」

「半分……?」

「そう。妊娠云々は嘘。でも残り半分……アイツをいじめてたってのは本当だ」



 正直に答えると、冷泉さんは俯き少しの間無言になった。このままお開きかなって思った辺りで彼女は顔を上げ、僅かに怒りを滲ませた目で俺を見てきた。



「……謝ったんですか?」

「え?」

「いじめていたのが本当だと言うのなら。その罪に対する謝罪を行ったのかと訊いてるんです。……星宮さんは嫌な事をされても、困るのが自分だけなら感情を我慢して、平気なフリをする方だと私は思ってるんです。その優しさに、海原さんは甘えているんじゃないですか?」



 おぉ、冷泉さんも星宮の事をよく見ているんだな。

 そうだ。星宮はある時から自分がされた嫌なことを相手にも返すという当たり前の行動をしなくなった。話し合いで解決出来ないってなった時、アイツは諦めるようになった。それは間違いじゃない、事実俺はそれを見てきたんだし。



「謝りはした。アイツが心の底でそれをどう感じたのかは分からない、でもアイツは口では許すと言っていた。許すって言われて、昔のように仲良くしてと頼まれたのなら、それを全うするのが誠意なんじゃないかって思ってる。……甘えてるんじゃないかって言われたら、事実甘えてるんだろうな」

「そうですか。……ちなみに、どんないじめを行ったのか聞いても?」

「嫌な気分になると思うぞ」

「聞かせてください」



 冷泉さんがそう言うので、俺は星宮に行った残酷で下らないいじめの一部始終を言って聞かせた。それを冷泉さんは黙って聞き、話し終えると少ししてから口を開いた。



「何故、そのような事を?」

「きっかけは劣等感だったかな」

「劣等感……」

「俺とは仲良くできない人種と簡単に仲良くなれる事に嫉妬した。羨ましかったんだ、みんなに慕われてる星宮が。それプラス、俺の存在が星宮の中で小さくなってると感じて周りに対しても嫉妬した。1番に仲良くしていたのは俺なのに、星宮にとって俺は沢山いる話し相手の1人に過ぎないって考えるようになって、相手に向ける感情の天秤が傾いてるように感じて、不公平だって思えて。……そういう思いを言語化する際に裏切り者って単語を当て嵌めた。アイツは俺を裏切った、俺の知らない先のステージへと進んでしまった。許せない。でもアイツを俺と同じ所まで引きずり下ろせばまた対等で居られると思った。やり返してくれればなんでもいい、それで嫌がらせをするようになった」

「……寂しかったんですね」

「ギュッと圧縮したね」



 まあつまるところそういう事になるけどさ。よく今の話を聞いて一言に縮められたな。



「では初めから、星宮さんの事は嫌いではなかった?」

「途中途中でムカつくとか嫌いとか勢いで思う事はあったけど、本気で嫌いになったことは1度も無いと思う。今となっては分からないけどさ」

「本当はずっと仲直り出来たらいいなって思ってたって事ですもんね」

「いや、それは違うかな」

「違うのですか?」



 冷泉さんが意外そうな顔をする。



「身近な人に対する負の感情ってさ、その相手と離れると段々冷静になって弱まったりするじゃん? 俺とか正しくそのパターンで、別の事に打ち込んでたら頭が冷えて自分の仕出かした事がどれだけくだらないかって気づいちまってさ。謝罪は勿論必要な事だけど、それを済ませたらもう関わらないでおこうって決めてた。それがお互いのためだと思った」

「お互いのため……?」

「星宮は俺からの嫌がらせで心に傷を負ってる。俺は星宮と居たら異常な独占欲を抱いてしまう事が実証済み。これって、疎遠になって客観視出来るようになってやっと気付ける事だろ? また付き合いだしたら同じ事になる、そう考えるのは自然じゃないか」

「……それでは何故、今また星宮さんと仲良くしてるんですか?」

「仲直りするようアイツから提案されたから。っていうのが表向きの理由だけど……うーん」



 言い淀む。これを他人に話すのは初めてだから、言っていいものなのかと熟考する。冷泉さんはただ黙って俺からの言葉を待っているが、そんな真摯な目で見られてもなぁ……。



「……この話、星宮には言わないでね?」

「勿論です!」

「そ、そっか。うーん。アレよ、多分更にもう一段階俺に対して引くと思うんだけど」

「大丈夫です。現状かなりドン引きしてるので!」

「何が大丈夫なんだろう。アレかな、今日限りで俺とはえんがちょする感じかな」

「いえ。海原さんとは今後も関わっていきたいです!」



 変な人〜。ドン引きするような相手と関わりたいとはならんくない?


 全く意味の分からん状態で話が進むけど、相手は真剣そのものって目をしてるしな。星宮には言わないって断言してくれたし、言うか……。



「その……いじめってさ、受けた本人じゃないとその罪の重さって分からないだろ? 謝るだけで過去の事を水の泡に出来るとは思えない、でもどれほどの贖罪をすればいいかも分からない。星宮もそこら辺は特に言及しないし、指標を提示してくれる訳でもない」

「……」

「俺を許せる人間がいるとしたらアイツだけ、そのアイツが何もしてない状態で許すと言ってきた。本来ならそこで終わりの話なのかもしれないけど、俺自身が自分に対してすっきり出来ないんだよ。だから、アイツに求められる役割に従事したり、アイツの為になると俺目線で思った行動を取ることを贖罪とする事にしたんだ。あくまで自己満足でしかないんだけどね」

「……ちょっと難しいです」

「簡単に言うと、アイツが俺を拒絶するまでお節介焼いて自己満でスッキリしようとしてるって話」

「なるほど?」

「身勝手の極意よな、マジで。引くでしょ」

「……当事者じゃないのでよく分からないです」



 そう返せるのは相当優しいな。聞く人が聞いたら非難轟々だろうに、こんなもん。


 結局の所素でアイツと仲良くやってるかって聞かれたら肯定は出来ないって事だからな。打算的に仲良くしてるに過ぎないんだから、大親友と言ってるけどシンプルに友達失格だもん。



「まあ、今後は星宮とも距離を置こうと考えてるんだけどね」

「!? そ、そうなんですか!? ……何故?」

「何故ってそりゃ、冷泉さんですら俺と星宮の噂を知っているんだぜ? 一緒に居たらそれこそ怪しまれるだろ」

「……で、でも。そんな噂が流れた状態で放置してたらそれこそ星宮さん、傷ついてしまうのでは」

「かもしれないけど、一緒に居ることの都合の悪さの比重がデカすぎるんだよ。ほら、アイツって一時期不登校になってたろ?」

「……そ、うですね。確か去年の夏頃から」

「だよな。時系列を並べると俺からのいじめがあり、中学に入り、不登校になり、学校再開直後から俺と仲良くし始めてるって感じになる。怪しむには十分すぎるくらい状況証拠が出来上がってるわけよ」

「でも、星宮さんが不登校になったのって病気だからと聞きましたが……」



 病気というか、それこそ妊娠というか。噂がちゃんとニア当たりしてるから厄介な所なんだよな、これ。火のないところに煙は立たないと言うが、まさしくそんな感じで根拠ありきの噂だから俺も手を出せないでいる訳だし。


 そう。いじめの件も妊娠の件も紛れもない事実だからこそ俺はアイツと距離を置かなくてはならない。俺がどうなろうとそこは良いのだが、その噂が真実としてみんなに認められた場合星宮は『いじめた相手の事も庇い、子供を産まされる程のことしても許してくれる都合の良い女』として見られる可能性が高いわけだからな。


 アイツの事を邪な目で見る男はこの学校に沢山いる。野球部連中を始め、クラスメートも元クラスメートもみんながそんな目でアイツを見ている。彼らの理性が留まっているのはあくまでこれがまだ噂の域を出ていないからで、確信を持たれてしまうとアイツがどんな目に遭うかは火を見るより明らかなのだ。



「なんにせよ俺はしばらく、噂が終息するまではアイツとは距離を置くよ。冷泉さんは引き続きアイツと仲良くしてあげてくれ」



 そう言って責任を立とうとしたら、冷泉さんから「待ってください」と呼び止められた。まだ何かあるらしい。



「なんでしょう。これ以上の隠し事は無いつもりなんだけど」

「そうじゃなくて……私が海原さんを呼んだのは、実は別の理由だったんです」

「ほう?」

「今の話の流れでこんな事を言うのも変だと思うのですが……海原さんは、好きな方っていますか?」

「好きな方?」



 星宮だな、普通に。まあ今は世情的に絶対外に漏れてはいけない情報なので言わないが。



「居ないよ。それがどうしたの?」

「……私は、いるんです。好きな方」

「ほー。それは俺が聞いてもいいやつ? 恋バナ?」

「恋バナ、というか……告白というか」

「告白? ふむ」

「……」

「……」

「……え?」

「?」

「いやあの、ですから」

「うん」



 何故かそこで冷泉さんが吃る。どうした? そんなしどろもどろな目をして。



「顔赤くない? 大丈夫?」

「えと、キャッチボール! とか、突然私と一緒にやる事になって、なにか気付くこととか、ありませんでしたか?」

「え? ……えーと、ボール追っかけてる姿が可愛いなぁ、とか?」

「そ、そういうのじゃなくてですね!」

「ふむ? 運動苦手ってのは伝わってるよ。今度からなにか別の遊びする?」

「…………デ、デート、行きたいです」

「でえと?」

「……だ、だからっ」



 ガタンと音を鳴らして冷泉さんが立ち上がる。あまりにも勢いよく立つもんだから長いサラサラの髪が揺れている。どうしたんだろう、トイレにでも行きたいのかな。



「わ、私、はっ、海原さんの事が、好きなんっ、です!」

「…………うん!?」

「わ、わわわ私とおっ付き合いしてっ、頂けませんか!?」



 冷泉さんが勢いよく頭を下げて両手をこちらに差し向けてきた。なるほど、確かに今の話の流れを完全にぶっちぎった展開が発生したな。


 マジで? 好きなの? 俺の事? 冷泉さんが? あの深窓の令嬢ポジションの冷泉さんが? なんで!?



「わっ、私じゃ不足、でしょうか……?」

「ふ、不足とは?」

「魅力に、欠けますか……?」

「いや!? 俺から見ても冷泉さんはめちゃくちゃ可愛いと思うし全然嬉しいんだけれども! えっと……本気なんすか?」

「ほっ、本気です……! 実はずっと告白の練習、してました! 一緒に話すようになってからずっと、です!」



 の割に緊張しすぎて噛み噛みになってますが。



「お付き合い、していただけるなら! 手を、とってほしい、です!」

「えっとな? 俺と付き合うってことは、あの、状況的に俺は星宮と距離を置かなくてはいけないので、必然的に冷泉さんにもそれを強いてしまうことになるのだが……いいの?」

「…………本音を言うとそれは嫌、ですけどっ! でも……恋愛くらい、他人の目を気にせずに自分の意志に従って、勇気を出して、胸を張ってしてみたいんです!」



 うん。星宮の事を気にかけてあえて距離を置くって誰よりも周りの目を気にしてる行動だと思うのだが。もう目がグルグル回ってハイになってるんだろうなぁ冷泉さん。両手の微振動が凄いことになってるし。


 というか、好きな人はいないって言ったけどそれはあくまで星宮を避けなきゃいけないからって状態だから言っただけであって。正直な所アイツの事が好きなのは変わらないからここで告白を受けるのもなんていうか、なぁ。


 ……俺は決して善人では無いし、多分世界中の人類の平均値を取っても悪の側に分類されるであろう人種だ。だから、例えばここで手を取って、冷泉さんを俺の彼女とする事で噂の信ぴょう性を揺るがし尚且つアイツとも正当な理由を以て距離を置けるって考えに至っても、自然な事ではあるよな?


 うわぁ。そんな最悪な判断で人の告白を受け入れたくは無いが……でも状況を整理したらあまりにも都合がいいんだもんなぁ。



「えっと……俺と付き合いだしたら俺の嫌な部分とか悪い側面とか今よりもっと目にすると思うんだが。それでもいいの? 理想と現実の差に失望するかもよ?」

「今日聞いた話は割とそんな感じの内容でしたよね。でも、それを聞いても私の気持ちは少しも揺るぎませんでした!」

「鋼の女すぎる」

「はい! 私、こう見えても鋼の女なんです! だから平気です! なのでっ、どうか私と……!」



 逆になんでそこまで俺の事を好いてくれるのか分からない。そんなイケメンムーブしたっけ? この人に。冷泉さんと付き合うことでまた劣等感を抱いて暴走しないか心配なんだが……。


 ……でも、そうだな。総合的にはやはり、ここで冷泉さんの告白を受け入れることが全てにおいて都合がいい。最低な決定の仕方ではあるものの、自分が悪人だということはもう嫌という程自覚しているんだ。今更そこを気にするのも変な話だろう。


 俺は冷泉さんの震える手の平にそっと手を重ねる。



「! う、海原さん……っ!」

「おぉ。手ぇちっちゃいね、冷泉さん」



 茶化すつもりは無かったのだがつい手の大きさについて感想を述べてしまった。しかし彼女はそんなのも気にせず、俺の手を掴んで体を引っ張ってきた。


 机の側面に太ももが当たる。俺と冷泉さんは手と手を合わせた状態で机の天板に手を置き、互いに少し前のめりになった状態で顔を見合わせる。


 ……星宮を見慣れてたせいで意識してなかったけど、冷泉さんも美少女ではあるんだよな。なんだろうな? この星宮、間山、冷泉さんの美少女ライン。直接見た事は無いがこの3人って1年の頃仲良かったんだろ? 美形は美形と群れる習性でもあるのだろうか。



「……あのっ、私と、付き合っていただける、という事で、大丈夫ですか?」

「そっ……すねー……よろしくお願いします、といったところですね」

「〜〜〜!! あ、あのっ!」

「?」

「キッ、キス、してもいいですか!」

「キス!?」

「はいっ! 生まれて初めての恋人、なのでっ!」



 生まれて初めての恋人なのでキス? そういう文脈になるの? 分からない分からない、こんな付き合いたてホヤホヤの告白数秒後にキスってするもんなの!?



「えーーーっと、ですね。俺、キスとかした事ないので、下手くそな可能性多々ありなんですが……」

「! う、嬉しいですっ!」

「嬉しい……?」

「私もファーストキスなんです! ファーストキスを一緒に交換出来るだなんてっ!」

「交換……?」



 交換で合っているのかそれ。どちらかと言うと消費では。交換とは言わなくないか?



「う、海原さん!」

「えっと……口だけゆすいできても?」

「大丈夫です! 目を瞑ってください!」

「り、了解です」



 今は放課後であり、給食を食い終わった後なのだから出来ることなら口をめちゃくちゃ綺麗にゆすぎたい所だったのだが。そんな事許してもらえず、俺はその場で目を瞑らされた。


 視界が真っ暗になると、少しして唇に柔らかい感触が当たった。冷泉さんはチュッと俺の唇にキスをすると、すぐに顔を離した。


 目を開けると、照れやら嬉しさやらが複雑に入り交じったにやけ顔で冷泉さんが「えへへ」と笑っていた。リンゴのように顔を真っ赤にして笑っている冷泉さんに、俺の心臓もつい鼓動を高鳴らせてしまう。



「……えっと」

「あ、あの!」

「はいっ」

「あの、後でもう1回キスしても、いいですか? 次はちゃんと、上手くやれると思うので……」

「次はちゃんと……? キスに上手い下手ってあるの……?」

「今のは先っぽしか合わせなったので! 次はしっかりキスします!」

「…………その前に歯磨きをしても?」



 キスをした事はないけれど、スマホの普及でアダルトが身近にある現代においてはそこら辺の教育も既に小学校時代で修了している。冷泉さんが言う『しっかりしたキス』がどういうものなのかも察しがついた俺画像確認を取ると、彼女もそこで俺が考えてる事を理解したようで一層ボンッと顔を赤くした。

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