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46話『運の良さ下降気味』

 思えば、ボクは垣田くんに対し酷い仕打ちをしていたのかもしれない。彼が言うように、確かにボクは垣田くんと対話をしているようで、その実全く彼の言葉に耳を傾けていなかったと思う。


 垣田くんからしてみれば、ボクという存在は憎く思えて仕方ないような人間なのだろう。それは分かる。けれど、冷泉さんまで巻き添えにされる意味は分からない。


 走りながら考える。冷泉さんだけでもどこかに逃がして、ボクが目の前に現れれば囮になれるはずだと。でも、呼び出された場所が場所だから分かれ道はおろか隠れられそうな所も見当たらない。与能本さんの家へ続く石段の階段はとっくに通り過ぎている。



「はぁっ、はぁっ! ほ、星宮さんっ」

「疲れるよね、ごめんっ! でもまだ追っかけてきてるから!」

「ひぃ〜!」



 激しく肩を上下する冷泉さんを引っ張り、ボクらはユンボやダンプ車が止められているゴミ山の広場に辿り着いた。参った、これ行き止まりか? どこかに別の出口がないか見渡してみるけど、フェンスはいつの間にか白い石のような壁に変わっていて出られそうな所は見当たらない。


 作業員の人達が管理していそうな小屋は遠目に見えるけど、冷泉さんの状態を見るにあそこまで走るのは無理そうだ。



「冷泉さん。あの白いショベルカーの裏とかに隠れてて!」

「い、一緒に隠れましょう!」

「したらどうせ見つかっちゃうよ! ボクが囮になってるからその間にどこかに逃げて」

「駄目ですよそんなの!?」

「でもあれ、絶対ボク狙いでしょ!」



 広場の入り口を曲がって垣田くんがボクらを見つけると、彼も息が上がった様子でバットを地面に引きずりながらこちらにやってくる。



「き、来ちゃった! 星宮さん、来ちゃいましたぁ!」

「早く隠れて! ボクは大丈夫だから!」

「大丈夫なわけないでしょう!? 相手金属バット持ってますよ!? こ、殺されちゃいますよ!」

「殺されるかなぁ!? 流石に殺しはしないんじゃないかなぁ!」

「本心からそう言えます!? ここまで追いかけてきたんですよ、バットを持って!」

「そうなんだよね殺気に満ち溢れてるよねあれ! だから早く隠れて!」

「星宮さんも一緒に隠れないと嫌です! 囮になるなんて許せませんよ!?」

「もうボクら姿見られちゃってるからね!? ここから一緒に隠れんぼするってなっても見つかるのがオチだよ!」



 言ってる間にも垣田くんはグングンこちらに近付いてくる。あーもう! こんな事になるんだったら冷泉さんも誘って部活行っておけばよかった! なんでバカ正直に怪しい紙の内容に従ったんだろうなぁボクらは! 防犯意識低すぎるなぁ!!



「ス、ストップストップ! それ以上近付かないで垣田くん!」

「……」



 いや止まるんかい。立ち止まるんかい。ここまで追いかけてきておいてボクの静止命令は聞いてくれるのか、精神状態がよく分からんな今の垣田くんの。



「谷岡が、俺が投げたボールを避けたんだよ」

「……えっ?」

「したいって言ったわけじゃないのに、強引にキャッチボールさせられて。何かと思えばアイツは俺からのパスを避けて女に投げつけたとか言って罪をなすった。……違う、擦り付けたんじゃなく初めからそういう風に周りを扇動して、俺が責めたてられる様を見て笑おうとしたんだ」



 ボクらから一定の距離を保って立ち止まると、敵意に満ちた目をしたまま垣田くんが口を開く。彼が口にしたそれは、達海さんを泣かしたという事件のボクが知らない真相だった。



「谷岡も、その周りも奴らも、俺の家が少し金を持ってるからって言って友達料金と称して金を持ってこさせるようにしていた。自分の金が無くなると、アイツらは親から盗めとか言ってきた! 盗んだよ、もう何万円分も! 親にバレて叱られた! 蔑んだ目で見られた! なのにアイツらはまた盗んでこいと言ってきた! それを断ったらああいう事をされたんだ!!!」

「そ、そうだったの? 知らなかった……」

「知らなかった?」



 垣田くんが地面をバットで殴りつける。怒りと悲しみの入り交じった彼の目がボクに罪悪感を抱かせ、胸を強く締め付けてきた。



「知らなかっただろうな、関心すら無かった! お前らはいつも俺がどんな事をされてるか見ておきながら放置していた! みんなと一緒になって俺が悪いと断定して責め立ててきた! 聞く耳すら持たなかったよなァ星宮は!!!」

「ご、ごめん」

「もう全部遅いんだよ!!!!」



 大きく踏み込んできた垣田くんのスイングが当たりそうになって腰を抜かす。彼のバットは冷泉さんの持っていた折りたたみ傘に当たり、ひしゃげた傘が地面に強く叩きつけられた。


 慌てて冷泉さんの前に出て、彼女を尻で押しながら後退する。垣田くんは地面に落ちた傘に何度も何度もバットを振り下ろし、その度に枯れるくらいの大声で鬱憤を吐き出した。



「金を持ってこないとまた辱められるから金を盗もうとした! でも財布は見つからなかった!! どれだけ探しても見つからなくて、探している最中に親が家に帰ってきて何もかもがバレた!!! いじめられてるって言えば報復されるっ、だから何も言わずに俺が欲しいものがあるって言った! 万単位の欲しい物ってなんだよって親に言われたよ! 金があるっつっても金持ちじゃねえんだよウチは!!! ……そんなに欲しいものがあるからと、親は愛用してた高いバッグを質に預けてそれを俺に渡してきた。その金も全部徴収され、少ねぇよってガムを吐きかけられた!!! 俺の親がどんな顔してたと思う!? なぁ! 盗みまで働いたのに、そんなに欲しいものがあるならって説教した後に優しく言ってきたんだよ!!! 俺はどんな気持ちでその金をアイツらに渡したと思ってんだよ!!!!」



 めっちゃ痛ましいエピソードですが。そんな事ボクに言われましても……というのが本音だ。


 確かにそういう裏話があったのなら、ボクが垣田くんに謝るように言ったのは間違いだったかもしれない。でも、怒りをぶつける対象って本来は谷岡くんじゃないの? なんでそこでいの一番にボクが標的にならないといけないんだ……?



「と、とにかく! 垣田くんの口から言えないならボクから先生に言ってみるからさ! あの、暴力はやめようよ? 取り返しつかない事になっちゃう……」

「そもそもお前がっ! 谷岡はフッたりしなければ、その憂さ晴らしを受ける事なんて無かったんだよ!」

「え……」

「中学に入ってからずっと仲良くしてた癖に! そもそもモテるアイツが全然振り向く素振りないからって、柄にもなく告ったのにツレの女にそれを邪魔させて! 噂を広めさせて後日人前で普通にフッたりするから! アイツの評判に泥を塗ってプライドを傷つけたからこうなったんだ! 全部お前から始まった事なんだよ!!」



 えええぇぇぇ〜〜〜??? そ、そんな事で人をいじめたりする??? 女にフられた程度でむしゃくしゃしていじめをするような人間、多少恥かいた方が妥当だと思うんですけど!?



「ボ、ボクを狙う理由は分かったけど冷泉さんは関係なくない!? 彼女だけでも逃がしてあげてよ!」

「そんな、駄目ですよ星宮さん! 逃げるなら一緒に!」

「ソイツは俺の立場が危うくなるようにした! 同罪だァ!!!!」

「ど、同罪らしいです! なので逃げないです!」

「言ってる事めちゃくちゃだよ!!?」



 ボクの知らない所でなにかあったのかなぁ!? そうでも無ければ冷泉さんが狙われてる理由ってスカート捲りの時か宿泊学習の時くらいしか思い当たるものないんだけど!? もしその2つのいずれかなら責任転嫁甚だしくない!? 被害者なのはボクらでしょアレは!



「お、落ち着こうよ! 分かった、ボクが全部悪かったごめんなさい! とりあえず今後なんとか汚名返上できるように出来ることはするから! とりあえずバットは捨てよ!? ね? ね!?」

「だから手遅れだっつってんだろ!! 誰もが俺の事を見下してる、もう学校に居場所は無いんだよ!!!」

「そ、そんな事ないよ! ボクは見下してなんか」

「見下してんだろ!!! お前あの時言ったよなぁ、普段の行いがどーたらこーたら!! 偉そうに人に説教垂れやがって、事情を何も知らないくせに!!! すぐ決めつけんだろ!!! そもそもお前の言い方がクソなせいで余計俺は周りから避けられてんだよ!! 今更引き返せるわけないだろ!!!!」

「わあっ!?」



 バットを大きく振りかぶった垣田くんがユンボのガラスを割る。間一髪で何とか避けられたけど今の確実に頭に直撃するコースだったよ!? 頭おかしいのこの人!?



「待ってよ! そんなので殴られたら本当に死んじゃうって!」

「殺してやるんだよ! お前らを殺して谷岡の家に火をつけてやる!! そんでムカつく奴ら全員殴り殺してやる!!!」

「マジで死刑になるよそれは!? お願いだから落ち着いて! 人殺しなんかしちゃダメだよ!!」

「うるさいうるさい死んじまえこの野郎っ!!!」

「まずっ!? いぎっ……!?」



 逃げようとしたのに足が震えて動けなかった。目の前には既にバットが迫っていて、頭を庇ったらそのバットが思い切り後頭部に乗ったボクの手の甲に降ってきた。



「星宮さん!!?」



 鈍痛でいつまでも手の甲が痺れて、頭にも衝撃を食らって目の奥が痛くなった所で垣田くんに横っ腹を蹴られる。やばい、父さんから虐待を受けてた時の恐怖と同じ感情が湧き上がってきた。怖い怖い、怖い! 涙が出てくる。



「死ねえぇぇっ!!」

「や、星宮さんっ、助けてっ!!」

「!?」



 ちょいちょいちょい!? 冷泉さんにまで今の振り下ろし攻撃する気なの!? 冷泉さんはなんで頭を庇わない!? それだと流石にスイカ割りになっちゃうって頭!!!


 DVの恐怖がフラッシュバックしてるってのに目の前で惨劇が起きそうになったと考えた瞬間、ボクは足を震わせた状態のまま冷泉さんの方に飛びつき、彼女の制服を思いっきり引っ張ってこちら側に倒れ込ませた。


 バットはなんとか空を切り、バランスを崩した垣田くんがよろけた。その隙に彼に背中から体当たりをして転ばせて、冷泉さんを連れて逃げようとしたが足がもつれてボクまで転んでしまった。



「星宮さんっ!?」

「さきっ、先に逃げて!」

「駄目、ころされちゃっ」

「そうかもしれないけど死にたくないでしょ!? 早く行ってよお願いだから!!」

「嫌です!!」

「あ、あぁぁっ! 待ってお願い待ってください垣田くんごめんなさいごめんなさい! お願いだから冷泉さんは許してあげてお願いお願い!!!」

「知るかぁあ!!!」

「がはっ!!?」

「やめてえぇぇぇ!!!」



 転んだボクを守ろうとして覆い被さった冷泉さんの背中にバットが降った。苦しそうに彼女がもがくも、立て続けにもう一度バットが持ち上がる。彼女の頭を守ろうと腕を回し抱き寄せるも、再びバットは無防備な背中を叩き付けてきた。


 4回バットで背中を叩かれた冷泉さんが苦しそうに呻き嘔吐く。これ以上は絶対に危険だからなんとか彼女を守ろうと体を横に倒して代わりに覆い被さろうとする。



「はぁ、はぁ……ここまでやっちゃったらもう後戻り出来ない……後戻り、できない……殺す、殺す、殺す……!」

「後戻り出来るから! もうやめよ!? ね!? な、なんだってするから! 垣田くんの言うことなんでも聞くからもうやめてください!!!」

「ならもう死んでくれよ!! 殺すしかないんだよ、もう殺すしかないんだよォ!!」



 駄目だ、全然言うことを聞いてくれない。悪い方向にハイになってるせいで垣田くんの暴走は止まりそうにない。


 し、死にたくない。腫れ上がった右手の甲を見て余計にその思いが強まる。けれど、ここで逃げたら本当に冷泉さんが殺されちゃう!


 ボ、ボクは強い子、だからボクは逃げない。大丈夫、大丈夫、強い子だから死なない、死なない、死なない!


 ……誰か、助けて! お願いだから、誰か……っ!



「うああぁぁぁぁ死ねぇぇぇぇっ……っ!?」



 叫びながら振るわれた垣田くんのバットがボクの頭を思い切り打ち抜く直前、誰かが横から突っ込んできてボクの頭の代わりにその人の肩にバットが命中する。



「ぐぅっ!?」

「う、海原くん!?」



 突っ込んできたのは海原くんだった。実は先程、彼に助けを求めるLINEを送った所なのだが想定よりもずっと早く来てくれたらしい。けど、タイミングが最悪だった。正しくボクが殴られる直前に居合わせた物だから、後先考えずに身を呈してボクを庇ったせいで大切にするべき右肩を思い切り打ちつけられてしまった。



「辞めろ垣田! もう既にせんせっ!? ……くそっ!」



 説得を試みた海原くんだったが、正気とは思えない垣田くんを見て説得からボクと冷泉さんを守るのに行動を切り替えた。


 足元に倒れている冷泉さん、足が震えて動けないボクを抱いて守る海原くんの背中にバットが何度も降り注ぐ。海原くんの口から息が漏れる、抱き寄せられている影響で彼が受ける威力が肉体越しにボクにも伝わる。



「ぐっ……! う、動くなよ2人とも……っ」

「う、海原くんっ! やだ、やめて垣田くんっ! もうやめてよ!!」



 こんな滅多打ちに遭ったらもう野球なんて出来なくなってしまう。それどころか死んでしまうかもしれない。垣田くんを辞めさせようと必死に訴えるも、彼は一向に止まる様子を見せない。


 目の前で苦しそうに呻く海原くんを見ていたらまた涙がこぼれ落ちてきた。



「ちょっ、やばっ、まじ死ぬこれ……!」

「も、もういいから! 手を離してよ海原くん!」

「いやそんな鼻水ズビズビな声で言われても……」

「死んじゃうよ!!?」

「まじっ、なんでこうなっ……おぇっ、なんなんこれ……っ」



 痛そうに顔を顰めてるのに呑気な事を言う海原くん。余裕そうに見せてるのはボクを心配させない為だろう。その懸命さが伝わってくるせいで全くの逆効果だって事に本人は気付かないのだろうか?


 いやでも本当に、なんでこんな事になる? 初めは垣田くんの話を聞いて確かに胸を痛めたけどさ、それって人を殺すような理由になるの? ……ボクが標的になるのはわかるけど、冷泉さんや海原くんまで巻き込むようなこと? 違うよね、おかしいよ。こんなの間違ってる。


 2人はボクを庇ったせいで何度も滅多打ちにされてしまった。ボクじゃないのに垣田くんは何度も滅多打ちにした。それはいくら何でもおかしい、なんで2人がこんな目に遭わされないといけないんだ。



「こ、の……っ!」

「星宮っ!?」



 ボクは海原くんの腕から抜け出し、バットを振り上げた垣田くんの胴体に思い切り体当たりをした。同時にバットの柄の部分が脇の下に当たって痛みを伴うが、そんなの無視して倒れた垣田くんの上に馬乗りになる。



「星宮ァ! 離れっ」

「うるさいっ! このっ! よくもっ!!!」



 力いっぱいに拳を握り、それを全力で振り下ろす。垣田くんの顔面を何度も何度も殴りつける。


 そこからバットを離した垣田くんとの殴り合いになった。殴り合いと言ってもよく青春漫画にあるような爽やかな物ではなく、憎しみを込めて悪意ある拳のぶつけ合いだった。


 殴られる回数は位置関係の問題で垣田くんの方が多かった。彼は鼻が折れてしまったのか、不格好に歪んだ鼻から夥しい血を流していた。

 ボクは鼻は無事だったけど目の上とか頬とか殴られたせいで若干晴れ上がり視界が見えにくくなる。



 バットで数回殴られた海原くんと冷泉さんはボクらを止める事ができず、この殴り合いは海原くんが呼んだ学年指導の先生が来るまで続いた。


 現場に到着した先生はパッと見でボクが暴行事件を起こした主犯格だと思ったようで、先にボクが学校に連れて行かれてその後に2人の訴えで垣田くんが学校に連行された。


 海原くんと冷泉さんは共に学校の保健室に連れられ、その後病院の方に向かったらしい。


 ボクも手の甲と顔に受けた怪我の件で病院に行ったが、その後に学校に呼び出され状況の説明を命じられた。諸々を終えて帰宅する頃にはもう20時を回っていて、ボクは先生の運転する車で家まで送ってもらった。


 その後、垣田くんがどのような処分を受けたかは分からない。ボクは過剰な暴行を行ったという事で2週間の停学処分を受けた。正直2週間程度いいのだろうかって思いもあったんだけど、相手がバットを持って攻撃をしていた事とか相手に明確な悪意があったという点も踏まえて期間が決定されたらしい。



「暴行沙汰に巻き込まれるとは……学校で何があったんだ? 憂」

「なんでもない」

「なんでもないわけないだろ……」



 停学期間中、唯の世話に時間を割いていたが父さんから質問責めを食らった。学校から帰った父さんへの連絡はなかったのだろうか? 面倒だから代わりに説明してほしかったんだけどな……。



「しかし骨折とかしてなくてよかったな。バットで殴られたんだっけか?」

「不幸中の幸いだねぇ。有り得ん腫れ上がってるし顔もボコボコだしで全然嬉しくないけど……」

「そうだなぁ……相手の子はどうなったんだ?」

「知らないよ。同じく停学でしょ」

「停学で済むかぁ? バットで人を殴るとか立派な殺人未遂だろ」

「少年院ってやつなのかな。そうなってたらいいなー、ざまあみろって感じ」

「……まあ、そうだな。所で憂、ご飯食べにくくないか? 箸持ちにくいだろ」

「唇切れてるし頬が腫れてる方が気になるかも。箸は意外とそんなでもない」

「そうか」

「そう。だから手助けいらないので。間違ってもあーんとかしないでね」



 先んじてそう言うと父さんは少しだけシュンとなった。やるつもりだったな? お見通しじゃボケめ、気持ち悪いなぁもう。



「ばぶ、ばっ!」

「いたっ!? 唯、顔叩くのダメ!」



 唯を抱っこしながらご飯を食べさせてたらスプーンに乗ったご飯をベチャってひっくり返した上にボクの頬を手のひらで叩いてきた。ジーンと痛みが響いて涙がちょちょぎれる。



「怪我してるんだから無理せず唯は俺に任せてくれていいんだぞ?」

「いいよ、いつも代わりに世話してくれてるんだし。あーっ! 唯! なんでお皿の方もひっくり返すのー!」

「きゃはは!」

「めちゃくちゃ笑うじゃん!? アイムママぞ!? ママを馬鹿にするなー!」

「先が思いやられるな……」



 ボクと唯のやり取りを見て父さんが呟く。ぐぬぬぬ、なぜボクがこんな目に。おのれ垣田くん、次会った時は覚えてろ〜……! めちゃくちゃ文句言ってやる! それでまた報復受けたら号泣しながら逃げ惑うけどさ!



 といった感じで家で2週間過ごした後、7月に入る直前に学校に復帰した。



「ほ、星宮さん。お久しぶりです……」

「久しぶり、冷泉さん。あの後大丈夫だった?」

「はい」

「2週間で治るとは。超人だねぇ」

「あ、あはは。星宮さんも、元気になったようでよかったです!」

「まだちょっと痛いけどねー」



 学校に復帰してまずボクは真っ先に冷泉さんのクラスの方へと向かった。ボクを見つけると冷泉さんはこちらに来て話しかけてくれた。話しかけてはくれたんだけど、うーん? なんかよそよそしい? 気の所為かな。



「海原くんは大丈夫そう? 結構殴られてたよね」

「は、はい。海原さんも、怪我は治ってます」

「そっか。よかった!」

「あ、あの。えと、一応これだけは星宮さんに言っておかないとなって事があるんですけどっ!」

「うん?」

「……海原さんと、交際を始めました」

「えっ?」



 ……ふむ? ボクが停学している間に、海原くんと、冷泉さんが? 付き合った? まじ? 良かったじゃん。


 ……お、おめでたいなぁ! それはよかった、なぁ〜!!!



「えっと、ボクそろそろ行くよ」

「あ、はい。では……」



 何故かよそよそしい冷泉さんの元から離れ、早足で教室まで向かう。うーーーん、付き合ったんだあの2人! ふーん、へぇー! 教室で会うの、き、気まずいなぁ!

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