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45話『視点で変わる加害者』

「ねえ。海原が女子妊娠させたって本当?」

「本人は否定してるらしいけどどうなんだろうね? 小学生の頃は不良だったみたいだし」

「こわ〜」



 朝練を終えて、提出期限を過ぎていた課題を出しに職員室に行った帰り。教室に向かう廊下の途中で女子生徒達が話している声に意識が向く。


 なんだか、海原くんに対する噂が更に拡大してとんでもない話に飛躍してるな……。女子を妊娠させた、それってつまりボクと関連付けてそう噂されているのだろうか?


 うーむ、どうしたものか。とりあえずボクが声を掛けられる範囲の人にはボクとの交際説は否定して回ってはいるが、ボクじゃ追いつけないほどに噂の手が回るのが早い。まるで感染症みたいだ。本当に時間が解決してくれるのかなぁ、どんどん事態が悪化しているように思える。


 というか、もしボクと関連付けられてるんだとしたらボクの妊娠事情を知った人物が噂を話してる張本人って事にならない? もしそうなった場合、容疑者候補って1人しかいないんだけど……。



「なあ海原、噂ってホントなん?」

「言ってんだろ。俺は童貞だっつの!」



 教室に戻ると男子に囲まれている海原くんの声が聞こえてきた。やっぱり教室じゃその話題は持ち切りだわな。しかし、潔白を証明する為のセリフが童貞宣言なのか。思ったよりも当人は深刻に捉えてもないみたいだね。傷ついてないか心配してたからそこはよかったや。



「星宮は否定してたけど、アイツと付き合ってるって噂もあったしな〜」

「なーんか女関係の噂ばっか流れるよね、お前」

「モテるんだなぁ」

「モテてねえよ! モテるんならもっとストレートにモテたいんだが!? ったくどこの誰だよ、俺を女遊び盛んなやりちんに仕立て上げてる奴!」

「まあ色々と無理はあるよな。お前、1年の頃から部活漬けだったし小学生の頃は女嫌い患ってたし。ヤリチンになるのは違和感あるわ」

「だろ!? クソが〜! なればなら俺だってヤリチンなりてぇわ〜!」



 平和か。大声で何を嘆いてるんだよ、周りで話を盗み聞きしてた女子達が引いてるよ。そんな事を言うもんだから噂は根も葉もない本当にただの噂だってみんな思ってくれてるみたいだけど、むしろ逆に『男子サイテー』的な印象に天秤傾いてるよ。以前まで女子からも好印象だったのに、自分から印象下げてどうするのさ。



「実際問題星宮とはどうなん? 部活同じじゃんね、仲良いの?」

「友達としてな。あくまで友達として仲良いだけ。なんならお前らと過ごした時間の方が長い間であるぞ、中学入ってからは」

「ほーん」

「星宮さんいいよな〜。胸でかいし、顔可愛いし。あの子と友達やれてるのまじ尊敬だわ」

「そうか? アイツ、お前が思ってるより多分大分ちょろいぞ? ちょっと優しくしたらコロって落ちるぞ」



 ん?



「まじで?」

「まじで。落とした消しゴム拾うだけで落ちるぞ多分。今度どんぐりでもあげてみろよ、喜んで口に詰め込むと思うぜ」

「だーれがリスじゃ」

「いでっ」

「おぉっ!? 星宮さん!?」



 なにやら失礼な事を言われていたので男子を割って海原くんの頭に鉄槌を下す。誰がどんぐりなんか渡されて喜ぶか、人を舐めるのも大概にせい。



「来てたのか星宮。一声かけろよ」

「男子に囲まれてるからそれ所じゃないかなって気を使ったんだよ。なんだよどんぐりって。消しゴム拾った程度で落ちるかぁ」

「星宮。靴紐ほどけてるぜ」

「うんありがとう松田(まつだ)くん。上靴だから靴紐は無いね。鼻っ面蹴り上げられたいの?」



 早速海原くんから聞いたアドバイスを試そうとしたクラスメートの松田くんがボクの前に跪いてきたので弱い力で顔を蹴り上げてやった。何故かそこで周りの男子から「おー」という声が上がる。



「なるほど、そういう楽しみ方もありか……」

「海原くんが余計なこと言うから男子の心にドMの芽が出ちゃってるじゃん。どうするのさ」

「それより聞いてくれよ星宮。俺、なんか女子を妊娠させた事になってるらしいんだが」

「聞いた。ちんちん使った事ない万年童貞なのに酷い言い分だよね」

「万年? 待って待って、勝手に一生童貞であり続ける定めを見出さないで?」

「使う予定の相手いるの?」

「いないけど」

「万年じゃん」

「俺中学卒業前に寿命迎えるの? 海原家の命運は妹にかかってるの?」

「そう言っても過言じゃないかもしれない」

「過言であれよ。まだ俺行きてぇよ。生きてデカパイ美女と夜の営みしてぇよ」

「高望みだなぁ」

「そんなに俺って不細工かなぁ!?」



 動揺した海原くんを見て周りの男子が笑う。ナイスリアクション、雲行きの怪しい話題から一気にギャグパートに以降出来たね。よかったよかった。



 お昼休憩になり、ボクはまた冷泉さんと今後の活動方針を固めに行った帰り。教室の中がいつもと違って騒々しい様子に気付く。


 見ると、とある女子生徒が席に座ったまま顔を押えて泣いているのが見えた。その女子は同じ小学校出身で数少ないボクの事を避けたりしなかった子であり、一時期前後の席になり趣味の話で盛り上がったことがあるから結構仲良いと自負している相手だった。


 彼女の正面には垣田くんがいて、彼女の机にはガムテープを丸めて作られたボールが落ちていた。



「達海さん? どうしたの?」

「垣田が達海にこのボール投げて泣かせたんだよ!」

「えっ!?」



 達海さんの周囲に居た、彼女を励ましていた女子の1人がボクに説明をしてくれた。実際の現場は見ていないけど、状況的に彼女の言い分に間違いはないっぽい。


 ていうか、また垣田くん女子相手にそんな事してるのか。本当に呆れるな……。


 垣田くんを強く睨むと、垣田くんも及び腰ながらもボクを睨み返してきた。ボクが睨まれるのは筋違いだろ、という怒りが込み上げるのをなんとか抑えつつ口を開く。



「垣田くん、これどういう事」

「み、見てもないのになんだよ。首突っ込んでくんなよ!」

「このボール投げて達海さんを泣かせたんでしょ?」

「ちがっ」

「そうなんだよまじでひでぇよな〜。俺らとキャッチボールしてたのに急に達海さんに標的変えて投げやがったんだよコイツ」

「っ!」



 垣田くんのいる位置から横の机に腰掛けた谷岡くんが説明を補足してくる。



「谷岡くんが居た背後に達海さんがいたって感じなの?」

「そうそう。ガムテープボールなんて空気抵抗モロに受けるから、本来なら取り損なうなんて事は有り得ないだろ? 星宮さんも野球部のマネやってんなら分かるよね」

「いや、ガムテープボールなんて投げた事ないから分からないけど。でも立ち位置的にはそうだね、達海さんに悪意を持ってボールを投げるとしたら垣田くんしか有り得ないわけだ」

「!? ち、ちがうわ! 悪意なんてっ」

「女子に謎のコンプレックス抱いてるもんなー垣田って。達海さんと隣の席になった事あるんだけど、達海さんにダル絡みしてちょっと嫌われてたんだよソイツ」

「き、嫌ってないよ……っ」



 谷岡くんの言葉に続けるように泣きべそをかいた達海さんが言葉を投げた。



「嫌ってない、けどっ、帰りとか付き纏われたことあって……怖いなって、思ってた」

「はぁ!? なにそれ!? あんたストーカーなんてやってたの!?」

「キモっ!? まじでキモすぎるんですけど!?」



 達海さんの告白を聞いた周りの女子が口々に垣田くんを責め立てる。垣田くんは垣田くんでなにか反論があるみたいだったけど、捲り立てる女子の圧に負けてそれを口に出せてなかったみたいだ。


 ……ボクも、達海さんとは深い関係では無いけどそこそこ長い付き合いでもある。そんな子がストーカー被害にあって、こんな風に泣かされてるって思ったら穏やかにいられる筈もなかった。



「……誰かから嫌な事されるのには文句を垂れるくせに、自分はそういう嫌がらせをするんだ。本当に終わってるね、垣田くんって」



 達海さんの机に置かれていたガムテープボールを拾い、それを感情のままに垣田くんに投げつける。顔に当たったボールが地面に落ちる。垣田くんはボールを投げつけられたことでイラついたのか、ボクをより一層強く睨んだ。



「なんだよその顔。自分がやった事だろ。棚に上げてんじゃねーよ」

「だからっ、俺は別にわざとこんな事してなっ」

「今の飛び方みて思ったけど、人に当てるとしたらわざと強めに投げつけるしか無理じゃんそれ。言い訳が苦しいんだよ、そんなんで誰がお前の言う事なんて信じてくれる? 馬鹿にするんじゃねえよ」

「っ」



 別にそこまで真剣に怒るつもりはなかったけど、いじめに対してなにか思うことがあるのか口を開いた瞬間に加速度的にボクの中の怒りが増幅され、声に怒気が乗ってしまった。辺りがシンと静かになる。


 谷岡くんも、垣田くんも、離れた位置でただ見ていただけの間山さんも何も言わない。この場に海原くんがいたらボクを止めてくれたかもしれないけど、彼は別のクラスにいる横井くん達と話しに行っているからこの場には居ない。



「おーこわ。ガチギレじゃん星宮。お前、やったな」



 傍で見ていた谷岡くんがからかうように垣田くんにそう言う。少しムカついたので彼を睨むと、谷岡くんは一瞬ひくつきながらも笑いを止めずに友達を連れてどこかへ去って行った。



「なっ、なんでお前はいつもいつも俺の話をちゃんと聞いてくれないんだよ!?」



 この期に及んでまだ自分の保身の為に垣田くんが口を開く。その様子が見るに耐えなくて、つい舌打ちが出てしまった。


 コイツは一体なんなんだ? 自分の意思で他人を、それも自分より弱い女子相手に嫌がらせをしてる癖にいざ相手が泣いたりしたら自分は悪くないの一点張りで言い訳ばかり。嫌いなタイプとか考えた事ないけど、この人を見てると無性にイライラする。多分、ボクにとっての1番嫌いな人間って垣田くんみたいな奴なんだろうな。



「ちゃんと話を聞くってなに? 弁明出来ないくらい普段から他人に嫌がらせをしてるのは垣田くんでしょ? なんでこんな時になって話を聞いてもらおうとするの。相手の気持ちを考える程度の事も出来ないのに、なんで自分の気持ちは考えてもらおうとするの? 気色悪いよ、まじで」

「だからそれはっ」

「垣田くんの考えてる事なんてどうせ、自分は悪くない、悪者になりたくない。無理な言い分でもなんでもいいからとにかく脳死で言い分を信じて自分を責めないでほしいとかそんなんでしょ。生憎だけどお前を中心に世界が回ってるわけじゃないんだよ。悪い事をして素直に謝れないんなら嫌われて当然だろ。とっくにお前は全員の敵になってんだよ、喋る前にまず謝れよ!」



 ボクがそう言うとつられて周りも「そうだそうだ!」、「謝れ!」といったコールが始まる。完全に孤立した垣田くんが強く拳を握りボクを睨む。が、ボクは自分の発言は間違っていないと胸を張って言えるのでそれを思い切り睨み返す。



「お前ら、全員敵だ……!」

「敵になりに行ってるのは自分だろ。馬鹿じゃないの、責任を押しつけないでくれる?」

「っ!」

「谷岡くんにいじめられてるのもそういう性格だからなんじゃないの。自分でも気付かないうちに相手に嫌な思いをさせて、それが積み重なってそういう風になってるんでしょ」

「んだとっ!?」

「人の事ジロジロ見てんじゃねえよ気持ち悪い!! 体よく被害者ぶって責任から逃れたいだけの卑怯者が! 人に怒りをぶつける前にまず悲しませた相手に謝れっつってんだよ!! 謝れよ! 達海さんに謝れ!!!」

「このっ!」

「なにやってんのお前ら!?」



 ボクの言葉に耐えかねて垣田くんが殴りかかろうとしてきた。でもここで逃げたらボクの後ろにいる達海さんや、彼女を励ましてくれてる女子に被害が及ぶかもしれない。だからその攻撃をボクが受け止めようとしたら、間山さんが席を立ったと同時に横から海原くんが割って入ってきた。


 海原くんはボクを腕で抱くようにして庇うと、身を捻った回転をそのまま利用して垣田くんに回し蹴りを食らわせた。垣田くんはその場で横向きに倒れ、女子の悲鳴が上がった。



「どういう状況!? なんでお前垣田と喧嘩してんの!? これなに!?」

「海原くん。や、達海さんがアイツに嫌がらせを受けたらしくて」

「で、お前が達海に代わってお説教してたのか? 慣れない事するなよ、心臓止まるかと思ったわ……」

「心臓? なんで?」

「なんでって。お前今殴られかけてたぞ。逃げろよ」

「逃げたら後ろの子達が殴られちゃってたでしょ」

「そりゃそうだが、はぁ……お人好しすぎだろお前」



 呆れながら言う海原くん。それはいいんだけど、あの……い、いつまでボクの事抱き寄せてるつもりなんだろう? 守られたせいで急激に怒りが冷めて、恥ずかしいのですが……。



「……まあ、星宮がお人好しなのは今に始まった事じゃないからいいとして。おい垣田」

「な、なんだよ。お前も俺を責めるのかよ!? ロクに話も聞かないで、そう見えるってだけで俺が悪いって言うのかよ!?」

「知らねーよ」



 ボクを離した海原くんが起き上がった垣田くんの肩を蹴った。



「海原くん! やり過ぎないで!」

「どんな流れだったのか知らんが、お前今本気で星宮の事殴ろうとしたべ」

「海原くん!」



 そのまま顔面をガスガス蹴りそうな雰囲気を感じ取ったので、ボクは慌てて海原くんの腰に腕を回しこれ以上暴力を振るわないように押さえる。そうすると海原くんは「おいっ!? しがみつくな!?」と動揺した様子でボクの引っ張る力に合わせて垣田くんから距離を取ってくれた。



「暴力にすぐ頼っちゃ駄目だよ! 垣田くんのせいで海原くんの方が悪人になっちゃうでしょ!」

「分かったから離してくれ! その姿勢、胸が押し付けられてんだわ!」

「っ!? こ、こんな時にそんな事言う!?」

「言うだろそりゃ。ビビったわ……」

「童貞極まってるなまじで」

「童貞ネタで刺してくるのやめてね。はぁ……おい垣田」

「……っ」

「今回は星宮が止めたから勘弁してやるけど、次は無いからな。普通に殺すぞ、お前」

「殺人予告はまずいなぁ……」

「言っておかないと調子乗るだろ……。あと、達海にはちゃんと誠心誠意謝れ。コイツ一応俺の昔馴染みのダチでもあるから。同小メンツ泣かせたって時点でボコ殴り決定してたのを止めてやったんだから、誠意くらい見せろやヒョロガリ」

「……なんで、俺ばっかり」

「あ?」



 垣田くんが呟いた言葉に海原くんが反応する。しかし、流石にこの状況でまだ言い訳を続けようとする彼に対して周りも本心からの軽蔑を抱いたのか、周囲の生徒も1歩こちらに踏み込んで「お前流石に今のはないぞ」とか「空気読めないってレベルじゃなくない?」といった声を投げつけた。


 今度こそ、垣田くんを除く全員の意志が1つになって彼を思い思いの言葉で責め立てる。ただ短絡的に同じ言葉を吐き出す人もいれば、ボクや海原くんみたいにちょっとした文章を口にする人もいる。それらはやがて謝罪を求める声に代わり、全員の声が少しずつ重なっていてクラス中からの『謝れ』コールへと収束していった。



 大多数の声に責められた垣田くんはもう反論をする気力も失ったのか、誰かに言われずとも達海さんの前に土下座になって「ごめんなさい」と言った。その声は震えていて、涙を流しているのも察せられる声音だったが誰一人として同情している者はいなかった。



「……もう、私に関わらないで。話しかけないで、近付かないで」



 垣田くんの謝罪に対して、達海さんから出た返答は彼への拒絶の言葉だった。それを受けた垣田くんが土下座の状態のままただ震えていたら、達海さんは「……気持ち悪い。どこか行ってよ」と続けて口にした。


 義憤に駆られた男子生徒3人が土下座の姿勢のまま泣いている垣田くんの腕やベルトに手をかけ、彼をズルズルと引っ張り自分の席への投げつける。最早人として扱ってるかも怪しい対処だったが、それを指摘する声は1つも上がらない。


 ざまあみろと思った。日頃の行いが悪いからそんな目に遭うんだ。ボクだって被害を受けた、冷泉さんだって、与能本さんだって、間山さんだってそうだ。やっていい事と悪い事の区別もつけられずに人に嫌な事をしてきたからバチが当たったに過ぎない。


 垣田くんが離れると、クラスの大半の人間が達海さんの元に集まり彼女に「もう大丈夫?」、「怖かったね」と声を掛けた。そこに男女の垣根はなかった。全員が彼女を心配し、寄り添おうとしていた。クラスが一丸になってるなと、ボクの目には映った。



「達海さん、ボール当てられたんだっけ? どこか怪我はない?」

「大丈だよ。ありがとうね星宮、海原くんも」

「おう。またアイツに何かされたら言えよ」

「うん、言う。……てか、小学生の頃海原くんって女子の事嫌ってたよね。あんな風に庇ってくれるとは思わなかったよ」

「嫌ってたわけじゃないんだけどな。まあ、あんま話した事はなかったけど一緒に行動する事はそこそこあったし、変な事されたならそりゃムカつきもするだろ」

「どちらかと言うと当時は垣田くん側だったもんね。海原くんって」

「私もそう思う。だからダチって言ってくれたのには驚いたよ」

「あ、待って。それめちゃくちゃ恥ずかしいかもな。ダチ発言なかったことにしてもらっていいか?」

「え〜? それは無理だよ、私と海原くんはダチなんでしょ?」

「ガチで勘弁してくれ達海……」



 達海さんからのいじりを受けて海原くんがタジタジになる。そんな様子を見て達海さんがケラケラ笑う。よかった、もうすっかり達海さんも元気になったっぽい。周囲のクラスメート達も安心した表情になっている。



「ていうか最近話せてなかったけど、小学生の頃に比べて随分とおっぱい育ったよね〜。私も結構育ったんだよ!」

「おっと? ……ふむ?」

「初めてカップサイズ測りに行った時、私も居たもんね〜。覚えてる?」

「覚えてますけど……」

「久しぶりに測ってもいい? また一緒の個室入ろうよ?」

「個室?」「一緒のってなんだ?」「達海さんも胸ある方だもんな……」「一緒の個室……!」

「ダメに決まってるでしょ!?」



 達海さんの思い出トークを耳にしたクラスメート達が口々に言葉を復唱し合い、ボクと達海さんを交互に見る。そして、男子勢が唾を飲んだ音がした。ボクの胸と達海さんの胸を交互に見て何か考えているようだった。そしてそれは海原くんも例外ではなかった。



「……間に挟まりたいな」

「誰だ今言ったの! とんでもない性癖の持ち主がいたなぁ!?」

「あはははっ! 昔はお互いぺったんこだったから隙間が空いてたけど、今一緒に個室入ったらギューギューだもんね!」

「なんでノリよくそんな事言うの? 達海さんは」



 言いながら自信ありげに達海さんが胸を張る。おーおー男子達がそっち見てるわ。女子達がそれに対して「こらー!」と怒っているけど、この場合真に怒るべきなのは達海さんに対してだと思うよ。不可抗力だと思う、男子の場合は。



「星宮と達海のサンドイッチか……アリだな」

「海原くん。流石に海原くんの声は判断つくからね、ボク」

「間山も一緒に詰め込んだら凄そうだ……」

「海原くん!」



 人混みに紛れればセーフとかないから。聴こえてきてんのよボクまで。

 まったく、ここぞとばかり口から発露させるとか割と本気めの欲望じゃないか。いつもそんな事考えながら生きてるの? バカ者すぎるでしょ。



「ねーねー星宮って今何カップなの? 教えてよ!」

「教えないよ!? 教えるにしても人が避けてからでしょ!?」

「別に大きさ知られるくらいなら良くない? 私はD! 星宮は?」

「教えないって!?」



 まだ人が捌け切ってないのにとんでもない話をする達海さんにツッコミを入れる。なんならボクの右斜め後ろに海原くんがいるんだよ。達海さんの方から見えてるはずなのになんで話を続行するかね。




「って事があったんだよ〜。まったく」

「垣田さんがそんな事を……」



 翌日の放課後。冷泉がボクに用があると教室にやってきたので目的地に向かう途中、昨日の出来事について話していた。

 垣田くんの嫌がらせの件には冷泉さんだって苦い思い出がある。彼女は表情を曇らせながらも、自分は無関係なのでと一応垣田くんに対して酷い物言いはしないように気を使って耳を傾けていた。



「垣田さん、何故そこまで女子に拘るんでしょうね……?」

「さぁね。女の子の事嫌いか、もしくはやっぱり自分より弱い相手にしか強く出られないとかじゃない?」

「嫌いにしても強く出るにしても、わざわざ他人を困らせるような事をする理由が見当たらないですよね。無関心でいればいいのに」

「ボクもそう思う。まあ学校って嫌でも異性と関わらなきゃならない側面もあるし、それでフラストレーションが溜まってるのかな?」

「八つ当たり、という事なのでしょうか」

「かもね。迷惑な話だけどさ。それで、用ってなに?」

「はい。今朝、靴箱にこんなものが入っていまして」



 廊下を歩きながら冷泉さんがとあるものを出す。それは何回かに折りたたまれたノートの切れ端だった。



「こ、これはっ……! ラブレター!? この時代に!?」

「私もそう思ってウキウキしてたのですが、どうも内容がそれっぽくなくてですね」

「む。ウキウキしてたんだ。海原くんへの恋は冷めてしまった?」

「さ、冷めてないですよ! 変わらず海原さんの事は好きです! それはそれとしてっ、ラブレターなんて貰ったら嬉しいじゃないですか!」

「それは確かにそうかもしれない。中身を拝見しても?」

「どうぞ」



 冷泉さんの許可を得て紙を受け取り広げて中身を見る。



「放課後、星宮と一緒に線路下のトンネルに来い……? なんで命令形? というかなんでボクも?」

「なんなんでしょうね、これ」

「うーん? 分からない……果たし状?」

「果たし状って、時刻と共に河川敷にて待つ! みたいな感じで書いてるイメージあります」

「ボクもそのイメージが強いかも。でも書かれてる内容的にラブレターよりもそっちの方が近そうじゃない? 命令口調だし」

「ですよね」

「……怪しくない? これ。誰かの恨み買った?」

「買ってないと思います。私視点では少なくとも……」

「ボクも全く同意見なんだけど、なんでよりによってボクと、あと靴箱に入ってたって事情から鑑みるに冷泉さんもだよね? この2人なんだろう?」

「さあ。与能本さんか間山さんのイタズラだったり?」

「めちゃくちゃありそうそれ。特に与能本さんはこんな感じでイタズラとか仕掛けてきそうだもん」



 以前にも『あんのうん』ってユーザー名に改名した与能本さんからどこどこに来いって指令を送られた事あったもんな。普通に以前のメッセージ履歴が残ってたから悪ノリしてるのは見え見えだったけど。今度は頭を使って、履歴として残らない紙媒体での呼び出しって事なのだろうか?



「ていうか線路下のトンネルってどこの話? 場所分かる?」

「分かりますよ。この学校を出て少し歩いたら線路があるんです、星宮さんの家とは逆方向ですね。その線路沿いに少し行ったところに坂があって、トンネルがあるんですよ」

「へぇ。ボクんちから逆方向か。益々与能本さんっぽさがあるな」

「確か与能本さんの家へと向かう近道にそのトンネルを使ったと思います。自転車で下るのは楽しいんですけど、登るのが大変で……」

「確定で与能本さんやないかい。また水鉄砲で奇襲されるか? どうしよ、折りたたみ傘出しとこうか」

「そうですね」



 あっさりと手紙の置き主が特定出来てしまった。詰めが甘すぎるでしょ、せめて来させるなら自分の家を紐付けられないような所を指定しなよ。手抜きでイタズラする気満々じゃないか。



「こっちです」



 冷泉さんが先導しつつフェンスで囲まれた薄暗い狭い道に入る。無茶言って部活を抜けてきたのに何があるのかと思えばイタズラかぁ。折りたたみ傘裏返して、水を貯めて与能本さんに浴びせ返す準備しておくか。


 トンネルの下は灯りが点滅してて更に薄暗くなっていた。端には虫の死骸なんかが落ちていて、いつのものか分からない雑誌の切れ端なんかも落ちている。あまり通りたくないなぁこういう場所……。



「ここでしばらく待ちますか」

「そうだね」



 冷泉さんの意見に賛成し、トンネルの中心地点で立ち止まる。スマホを見ると、海原くんから『お前部活は?』と送られてきていた。人に呼び出されたので今日はおやすみ、とだけ返す。


 カツンッ。



「ん?」

「人ですね? ……? 何か持ってる?」



 変な金属音が聴こえたのでそちらに目をやると、何やら長いものを持った人影がこちらに向けて歩いてきてるのが見えた。なんだあれ? ……バット?



「……冷泉さん、逃げよう」

「え?」

「いいから!」



 冷泉さんの手を掴みバットを持った人間が来たのとは逆方向、学校からは遠ざかる方へと彼女を引っ張り走る。


 バットを持って現れたのは、垣田くんだった。


 彼がなんでバットを手に持っていたのか、それを考える必要なんて無い。

 彼は明らかにボクらに対して悪意に満ちた顔をしていた。そんな顔をしておきながら手に凶器を持っているのだから、冷泉さんを使いボクを呼び出した目的も何をしようとしたのかも理解するのに時間を要することはなかった。

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