44話『アイツばっかり人に恵まれてる』
海原くんと行った水族館擬似デート。その本来の目的は、海原くんにくじ引券を渡して冷泉さんと一緒に行く動機を作る為と、冷泉さんをリードさせられるよう場馴れさせておく為っていうものだった。
ところがどっこい、海原くんはボクが渡した券をそのままその日に使っちゃうから困りものである。いや〜、まさか彼があんな行動に取るとは思わなかったなー……。
だってさ? 普段ならさ? ボクがどれだけしょげていようとボクの為にくじ引いてぬいぐるみを当てようだなんてしないじゃんか。海原くんはさ。あの日明らかにイレギュラーな行動に出てたじゃんね。予測できないよーそれは。
「困ったなぁ……」
ベッドに横になり、貰ったぬいぐるみを抱きしめながら考える。これからどうしようかな。くじ券作戦は潰えたけど、変わらず2人には水族館に向かってもらうか? 一応、巡りはしたから場馴れというミッションは達成してるもんね。
うーん……。でも、どうせなら今日ボクがしてもらったようなイベントをこなしてグッと距離を縮めてほしいんだよなあ。また何処かで事前にチケットやら券やら手に入れて同じ行動を取ってみようかな……?
「……嬉しかったな」
まさか、ボクの為にあんな行動を取るだなんて思わなかった。何度も何度も助けてくれたし。駄目だ、まだ少し胸がドキドキしている。はぁ。こんな筈じゃなかったのに、海原くんに対してなにか特別な感情が芽生えてきている気がしてならない。まずいなぁ……。
「ば、ぶぁっ!」
「? 唯、起きちゃったか」
ベビーベッドの方から声がしたので、見たら唯がボクの柵を持ちボクの方を向いて口を動かしていた。ベビーベッドから出してベッドに置くと、唯はその場でハイハイをしながら縦横無尽にベッド上を動き回る。
我が子の成長も著しいなあ。もう自分で体を支えて動けるようになったんだもん。おかげで目につく所に小物を置かないようにしたり、倒れるものを固定しなくちゃならないから大変だよ。その分可愛さが増してるからそれもまた困りもの。マタニティブルー的な精神状態からは解放されたけど、その分毎日心配で心配で堪らないもんね。
「唯〜。こっちおいで」
「あばばび、ばぶ」
それと、最近唯は名前を呼ぶとこちらを振り向きハイハイで近づいてくれるようになったなった。まだ言葉は喋れないけど声を出す頻度も増えてきたし、唯と会話出来る日も近いかもしれない。
唯を抱き、くすぐったり指を掴ませたりして遊ばせる。父さんは今日はリビングで内職をしているので付きっきりで唯のお世話だ。普段父さんに任せっぱなしだから、たまには母親としてしっかりお世話しないとね。
「母親、かぁ……」
ついつい忘れがちになるけど、ボク、経産婦なんだよなぁ。
海原くんに対して特別な気持ちが芽生えたのはボクとしても不本意な事だったけど、ボクが元から女で本意だったとしてもそれって茨の道だよなぁって思う。だって、どう考えても海原くんとは、というより誰とも恋愛なんて出来るはずないからね。
中一で子供を産んだ一児の母。シングルマザーの中学生。うーん、グロい。この子が産まれるきっかけとなった出来事も決して人には話せないような内容だったし、女としては詰んでいるよね。ボクって。
……というか、出産の時の痛みを思い出すともう子供は産みたくないなって思っちゃうし。妊娠期間の時点で苦痛すぎたもん。それなのに誰かと関係を持つとか無理すぎる。まあ、心が男だから別にこれ以上誰かの子供を産みたいとも思わないんだけどさ。
「でも、冷泉さんと海原くんがくっつくの、少し……ほんのちょっとだけ、嫌だな……」
「ばぶ?」
こちらの言葉なんて分かるはずもない唯に呟く。言葉にしないと、その気持ちをずっと引き摺って生活しなきゃいけないと思ったからこれは仕方ない。ガス抜きって大事だもんね。
6月中旬。中学入って初の夏がやって参りました。というより女の子になってから初の夏の授業体験です。
「こ、これを着るのか……」
プール脇の女子更衣室にて。初めて手にする女子用のスクール水着を見て呟きが漏れる。
すごいなぁ。エグいなぁ。これ、全体的にピチピチ過ぎない? ボディーラインがどうとか以上に股が際どすぎるのですが。ブルマが廃止されてなんでこれは生き残ってるんだろう。不思議でならないや。
でも周りの女子は当然のようにそれに着替えてるんだもんな。郷に入っては郷に従え、か……。
「うぅ……」
「どうしたの? 星宮さん」
「は、恥ずかしい……」
スクール水着に着替えプールに行くと、プールを挟んだ向こう岸のプールサイドには水着姿の男子達が居た。
ただでさえ恥ずかしい姿だって言うのに、男女共同の授業なんだもんなぁ。プールの数に限りがあるから仕方ないっていうのは分かるけど、こんなん公開処刑でしょ……。
「すっげぇ……間山とか星宮の胸見ろよ。バルンバルンしてる」
「揺れてんな……」
「揉みてぇ〜……!」
聴こえていますが。普通そういう話はこそこそ話でするものではなくて?
勘弁してくれよ本当に。準備運動してるだけなのに男子の視線集まってるって。間山さんが近くにいるせいで余計に視線が集中してるって。きちぃ〜……。
「海原の奴、あの胸を堪能してんのか……」
「いいなぁ。俺も味わいてぇ〜」
「どんな味するんだろう。甘いのかな?」
む? なにやらこちらを見て下劣な話をしている男子連中から気になるワードが聴こえてきた。海原くん? 海原くんがボクの胸を堪能?
あー……野球部で流れてた噂が外部に漏れちゃったのかな。やっばいなぁ、ついにって感じか。面倒な事になる前に火消ししないとだな。……てか甘いって何さ、人の皮膚が甘いわけないでしょ。女の体にファンタジー抱きすぎてるわ流石に。
というか最近めっきり間山さんから話しかけられなくなった。まあ当然か、ボクの方から拒絶したんだもんな。
……あの時は確かに強めに拒絶はしたけど、話しかけられないならないで少し寂しい気もする。ボクも間山さんも他に話すクラスメートはいるから孤立するなんて事にはなってないけど、あんなにずっと一緒に居たから疎遠になった寂しさがやけに強調されるなぁ。
「よぉ星宮」
「海原くん。あまり近づかないでください」
「なんでやねん」
「水着だからね。肌面積多いので。恥ずかしいので」
「あーね。エロいよな、水着」
「わー。海原くんもそういう目で見てくるんだぁ……」
クロールの授業でろくすっぽ泳げず溺れかけたボクが壁際で休んでいたら海原くんがこっちに来て話しかけてきた。こっちに来る際、海原くんの視線が胸から床、腹から床、などとしきりにボクの体と床を行き来していたのでジト目をしながら話す。
「まったく。男子って本当に変態だよね」
「仕方ないだろ。そういう生き物だもん。お前だって気持ちは理解出来るだろ?」
「出来るけどさ。女子まじでエロいよね。目が釘付けになっちゃうよ」
「さっきからずっと女子の下半身ばっか目ぇ向けてるもんな。言っとくがお前の方が変態っぽいぞ」
「合法なので。役得ですわ」
「いいなぁ」
「ちんこちょん切ろうか?」
「だからそれは結構ですって。ちょん切った所で性別は変わらねえっつの」
言いながら海原くんはボクの隣に座った。暖かいもんねここ、水で冷えた体には丁度いいよ。
「なんかさ、俺ら変な噂流されてね?」
「ね。海原くんはボクの胸を堪能しているらしいね」
「事実無根過ぎるんだよな。言ってた奴しばき倒したわ」
「シバいてたね〜。でもあの人をどつき回した所で噂は止まらないだろうね」
「誰が流してるんだろうな」
「十中八九野球部の人達でしょ。それしかない」
「だよなぁ……」
海原くんが深いため息を吐く。うちの野球部は年功序列が凄まじいもんなぁ。先輩に対して後輩は強く出られないんだよね。だから事実上、流れてる噂を止めることってほぼ無理に近いんだよね。
「どうしような。まじで」
「まあ噂は噂だし。実際何も無いんだから、最悪気にしなくてもいいんじゃないかな。解ける所は誤解を解くようにするけどさ」
「それが一番か。時間が解決してくれるかなぁ」
「こんな噂定期的に流れるし、すぐに風化するよ。それよりも、こんな近くで話してるとそれこそ噂に信ぴょう性が増しちゃうんじゃない?」
「噂に左右されてお前との関わり方を変えたくはねぇな」
「胸見たいだけでしょ」
「何故わかった」
「当たりかい。男友達相手にどんな目線向けてんだよ気持ち悪いなぁ」
「肉体が女だからなぁ」
「サイテー」
相変わらずボクに対してはそういう下心的な話もフルオープンだな。言う割には何もしてこないからいいけどさ。にしても、ここまで素直だとむしろ笑えて少しくらいならいいかなって気にもなっちゃうや。
「揉む? ボクの胸」
「……は?」
「揉まないか」
「揉むわけないだろ。頭イカれてんのかお前」
「なんだよ。人が親切に性欲発散させてあげようと思ったのに」
「ホモなん?」
「ちげーーーよ」
「ははっ。馬鹿なこと言ってんじゃねえよ。…………揉みてぇ〜〜」
「揉みたいんかい」
「そりゃ揉みてえよ。男としてのプライドで強がりはしたが、揉みてぇよ。俺童貞だし」
「ウケる」
「どっかに無償で胸揉ませてくれる、俺と仲良い美少女いないかなー」
「間山さんとかどう?」
「仲良いって言ったんだけどな。ちゃんと鼓膜修理しとけよ、生活に支障来たすぞ」
「あははっ」
馬鹿みたいなやり取りに笑いが漏れる。仲が良くないって言っても一応幼馴染なんだし、同人誌パワーでひょんな事から揉めるかもしれないよ? 希望は持っておいて損はないんじゃないかな。
「……海原くんって、巨乳派? 貧乳派?」
「あ? いきなりなんだお前」
「雑談しようよ」
「テーマが胸の派閥かよ。バリバリ巨乳派だけど」
「欲望の塊だね」
「そういうお前は?」
「巨乳派」
「同じじゃねえか。自分の胸見たらやっぱ興奮すんの?」
「するかぁ。他人の胸じゃないと興奮しないよ。ちなみに間山さんの胸はかなりドストライクサイズ。ちんちん挟んでほしい」
「無いだろ」
「無いけども」
「下らねぇ〜。まじで何の話してんだ俺ら。終わってんな」
「ね。海原くんは胸にちんこ挟みたい?」
「どんな質問???」
「素朴な質問。あ、ボクの胸で童貞捨てる?」
「……お前な。若干ライン越えてんぞ。女が男にそんな事言うなよ」
「勃ったね」
「っ!? 見んなや!」
「そっちだって胸ジロジロ見た癖に」
「それはいいだろ」
「良くないが???」
相手がボクだから感覚が麻痺してるんだろうけど、女子の胸を見るのって本来なら勃起したちんこ見られるくらいあってはならない事ですからね? 棚上げするのやめてください、迷惑です。ボクの胸は見せ物では無いので。
「クソッ。ざけんなよてめぇ、動けねぇじゃん」
「股間膨らませて動けなくなるのおもしろ。授業終わりまで誘惑してやろうかな」
「やめろまじで。あっち行けや」
「やだね。ここが1番日光の入りが良いからボクの空間に決定しました。離れたいならそちらから離れてくださいね〜」
「動けねぇっつってんの」
「抜いてあげようか?」
「そろそろ本気で殴るぞ」
「こわー。殴られる前にもう1回チャレンジしてこよ〜」
「いってらー」
もう少し日向ぼっこしていたかったが、海原くんが大変そうなのと間山さんがこちらをじーっと見ているのを察してボクの方から離れる事にした。
授業終わり。冷水シャワーを浴びて更衣室に入りタオルで体を拭き、いざセーラー服に着替えようってなった所でロッカーの中の異変に気付く。
「……制服が、ない!?」
なんということでしょう。タオルの向こう側に入っているはずのセーラー服の姿がどこにも見当たらないのです。そんな事ある?
海原くんが移動した後、また日向ぼっこをしていたらいつの間にか昼寝していたせいで寝ぼけて動きがボーッとしていたからまるで気付かなかった。別のロッカーを開けてみるけどそこにもない。どこにもない。
困った、困ったぞ。これはかなり困った。着るものがない。つまり、校舎内を歩けないから教室に戻れない!
スク水姿で廊下を歩くとか変態の汚名を甘んじて受けるしかなくなるからそれだけは避けたい。しかし、ここには着替えられる服がない上にスマホも教室に置きっぱだから助けを呼ぶ手段もない。やばい、え、これガチでヤバくない!? いわゆる詰みではない!?
ボクが制服を探しているうちに他の生徒はみんな着替えて更衣室を出ていっちゃったし、呑気に過ごしてるうちに完全に更衣室に監禁された状態になってしまった。
誰かボクの制服が入った袋を間違えて持って帰ってない!? だとしたら気付いてくれ〜! じゃないとボク、更衣室に潜む妖怪になってしまう〜!
「ない……」
諦めずに調べた所を二周三周調べたがやはり無いものは無かった。ボクの見間違えなんてこともなく、やはりボクの制服は忽然と姿を消していた。
途方に暮れる。どうしたもんかね?
次の授業が始まったタイミングで廊下を徘徊すれば、とりあえず生徒に遭遇する確率は格段に減るだろう。でも廊下を巡回してる教師に見つかる可能性はあるし、そもそも教室に入った時点で水着姿なのは確定してるからどのみち変態のレッテルからは逃れられないんだよな……。
絶望に明け暮れて天井を見上げて三角座りしていたら、不意に外から更衣室のドアがコンコンとノックされた。
「あのー。ここに星宮っていますー?」
「! いますいます! てかボクですー!」
「……今1人?」
「1人ですー!」
「じゃあ入るね」
外からドアをノックした女子生徒がそう言って、ドアを開けて更衣室に入ってくる。
「ひ、久しぶり。星宮」
「伊藤さん!」
声の主は伊藤さんだった。小6ぶりの再会だ。
「どうしたの? 伊藤さん」
「ん。あんたの制服さ、なんか男子が校庭の茂みに隠そうとしてたよ」
「え?」
彼女がそう言うと、丁寧に畳まれたボクのセーラー服をこちらに渡してきた。刺繍を見ると確かに『星宮』と名前がついていた。一応匂いを確認してみる……うむ、ボクのだ。間違いない。
「あ、ありがとう。って、男子が茂みにってなんで? それ誰?」
「いや知らん。見た事ない男子。普通に夏服着た男子だった」
「髪型は?」
「髪型? んー……普通の、学校指定くらいの髪型」
「野球部勢ではないか」
誰だろう? その男子がボクの制服を盗んで隠そうとしたってことだよね。なんで? そんな恨まれるような事したかなぁボク。
とりあえずスク水から制服に着替えるか。そう思い、伊藤さんがいる場ではあるが水着を脱いで裸になってパンツを掴む。
「伊藤〜。もう渡しっ」
「えっ」「あ」
「すまっ、いやなんで着替えてんのに鍵閉めてなっ、違うなごめんなさい!!!」
今一瞬男子が少し開いた更衣室の扉から顔を出してこちらを覗き込んできていた。てか、バッチリ裸の全てを見られてしまった。
「……死のう」
「ストップストップ星宮! おまっ、長尾ぉ!! なんでいきなり覗き込んでくるのよ頭おかしいの!?」
「いやだって! ドア半開きになってたら見ても大丈夫かなって思うじゃんかぁ!?」
「長尾くんなんだ、今の。よし、死のう」
「死ぬ前に服着よう服! 長尾! 今見た事は絶対今すぐ忘れて!!!」
「なんの事かな!? 何も見てないなぁ!?」
「いいから忘れろぉ!」
制服に着替え、気持ちを落ち着けて更衣室を出る。出た瞬間、伊藤さんにボコ殴りにされている長尾くんの姿が見えた。
「やあ。変態覗き魔の長尾くん」
「違うんだ聞いてくれ星宮。俺は何も見ていない」
「無理があるかな。角度的に」
「あれは事故だったろ!? 仕方ないだろ!?」
「うん、仕方ないと思う。けど、下着姿とかじゃないもんね。ボク全裸だったよね」
「それはそうだけども! あの、ほら! 大昔は男だったじゃんお前!? という事で、ここは1つ容赦を……」
「無理」
「ぎいやああぁぁっ!?」
うつ伏せに倒れている長尾くんの顎下に手を置き引っ張る。メキメキメキという手応えと共に長尾くんは鳥のような悲鳴を上げた。
「酷い目に遭った……」
「それはこっちのセリフね?」
「てか星宮、何したのさ? 制服を隠されるとか相当じゃない?」
「身に覚えないよ。というかよくそんなの発見出来たよね」
「ボーッと体育サボってたら偶然ね」
「伊藤のやつ、それを見に行って星宮のだって気付いた瞬間『届けに行かないと!』って急に走り出したんだぜ? 星宮が困ってるだろうって相当焦った感じで」
「余計な事言うな」
追加補足をした長尾くんの腹に伊藤さんがパンチした。その後、彼女は前髪をいじりながら小さな声で「……変な勘違いしないでよ? 女子の制服を隠すとか、そんな行為が許せなかっただけだから」と言った。多分照れ隠しなんだろうな、行動を見ただけで彼女の本心は見え見えだ。
「ありがとうね、伊藤さん。長尾くんはなんで来たのか分からないけど」
「つれないこと言うなよ「裸を見られてるので」そうですねごめんなさい。いや、恨みあっての行動だったら星宮や伊藤が件の男子になにかされるかもだろ? 心配だから来てやったんだぞ」
「そうだったんだ。ありがとう。裸の事は絶対今日中に忘れてね?」
「だからアレは事故で……わかったわかった忘れるから構えないでください本当にわかりましたごめんなさい」
関節技をかけようとしたらすぐに長尾くんはボクから距離を取り土下座をした。昔以上に屈強なガタイに進化しているのに中身は当時のままらしい。なんか懐かしいな、裸を見られたのは許せないけど。
それから教室に戻るまでの間、ボクらは久しぶりに会ったということで他愛もない日常会話を少し交わした。そこで知った事なのだが、どうやら伊藤さんと海原くんは交際をしているらしい。ちゃんとガチのカップルだ。
ついでに言うと、伊藤さんは小6の頃のボクの境遇について思う所があったらしく、歩いている最中に「あの時はごめん。いじめに加担してごめんなさい」と謝ってきた。全然気にしてないよと言ったが、それでも謝らないとだからとさらに深々と頭を下げられた。
やっぱり伊藤さんって良い人だよなぁって思う。いじめに加担したと言うが、伊藤さん視点ボクって他人の事を見下してる嫌な奴っていう風にしか見えないポジションだっただろうに。そんな人を相手に過去を反省して真剣に頭を下げられるだなんて簡単に出来ることじゃないよ。
ボクの方こそ傷つけた部分はあるしちゃんと説明もできていなかったからと謝る。すると彼女も謝罪を重ね、謎の謝罪合戦になってしまった。
「仲直りしたんならまたみんなで遊んだりしようぜ。このメンバーに海原、横井辺りも集めてさ。星宮、そこら辺とは最近どうよ」
「仲直りしたよ!」
「だよな。横井からその辺の話聞いたわ」
「えっ、じゃあ私だけずーっといつまでも謝罪出来ずにいたってこと!? 最悪だー! まじごめん星宮……!」
「あははっ、だからいいって! これ以上謝ったらこの中で唯一ボクの裸を見たのに謝っていない長尾くんが余計浮き彫りになるでしょー?」
「謝っていますが!? 誠心誠意謝罪してますが!?」
「言葉だけじゃ軽いよ。コブラツイスト受けないと帳消しにはならない」
「まじで勘弁して!? お前の関節技ガチでキツイから! 人から受ける攻撃の中で最もしんどいんだってまじで!」
「だからやるんだよ? 仕置きに手は抜かないよ」
「伊藤。彼女として俺を庇ってくれ、頼む」
「彼女としても他の女の裸を見るのはご法度だから全然ゴーサインだけど」
「この世に神はいないのか!?」
「あはははっ! という冗談はおいといて。まあそうだね、昔つるんでたメンツ全員と仲直り出来たし、また夏祭りとか行こう!」
「おー! また廃屋登って特等席で花火見よう!」
「廃屋って。そんな所を長尾が登ったら倒壊するんじゃないの」
「するだろうね。いい加減そのミートテック脱ぎなよ」
「脱げねえよ」
久々のボクのデブいじりに長尾くんがツッコみ伊藤さんが笑う。なんだか小学生の頃に戻ったみたいで和やかな空気が流れる。
「あっ。星宮……」
長尾くん、伊藤さんと話しながら歩いている最中、正面の階段から声を掛けられた。見ると、そこにはこちらに向かって歩いてきていたであろう間山さんが立っていてボクら3人の姿を呆然と見つめていた。
「なんだ? ……間山か?」
「間山じゃない? 間山ー、久しぶり! 元気してた?」
「ま、まあ。……星宮は、何してたの?」
「ボク?」
間山さんは話しかけていた伊藤さんではなく、ボクの方に声を掛けた。中々帰ってこないから心配して見に来たとか? でも、まだ授業始まってないし言うてそこまで時間経ってないよね?
「星宮は着替えを男子に」
「あーえっと! この2人と話してた! 伊藤さんと長尾くんと! そこで偶然会ってさ!」
「……そう」
咄嗟にボクは嘘を吐いた。男子に制服を隠された、なんて間山さんに知られたらまた教室内で暴走して魔女裁判ごっこを始めかねなかったので、厄介事は起きないようにこちらから先手を打つ。
でも多分、これが嘘だっていうのも見抜かれているだろうな。間山さんの瞳はボクの嘘を見抜く時と同じ風に揺れていた。若干悲しそうな表情を見せていたが、それでも間山さんは「わかった」とだけ言って翻し階段を登って行った。
……罪悪感が胸をチクリと刺す。
「正直に言わなくてよかったの? 着替えを隠されたって」
「んー。出来れば面倒事を起こしたくないからなぁ」
「起こすっつーか、星宮は被害者だから巻き込まれた側じゃねぇか?」
「それはそうだけど、間山さんはほら、ボクの事になると若干暴走するから」
「そうなの?」
「暴走ねぇ。色々あるのな。まあ、また誰かに嫌な事されたら言えよ? 出来る限り助力するわ」
「その前にボクの裸を見た記憶を忘れる事に尽力してほしいかも」
「精進致します」
珍しく頼もしい事を言う長尾くんに牽制球を投げると彼は敬礼をしてボクに言葉を投げ返してきた。騒ぎはしなかったけどあの瞬間ボクが受けたショックは計り知れなかったからね。冗談ではなくちゃんと忘れてくれることを願いたい。
伊藤さん、長尾くんと別れて廊下を歩いている最中に予鈴のチャイムが鳴った。2人のおかげで何とか次の授業には間に合うことが出来た、後でまた感謝しないとな。
「星宮っ!? なんで……!」
教室に入ると、どこからか男子の声がボクの名を呟いた。どうやら、件の出来事の犯人はクラス内にいるらしい。
……誰だか知らないけど、誰かしらは明確にボクに対して悪意を持っていると来たか。それに加えて海原くんとの関係を噂する何者かもいるし。なんだか、常にボクの周りでは何かしらが起きてるんだなぁ。呆れのため息が漏れる。
とりあえず今は犯人の特定が難しいから、通常通りに日常を過ごしてゆっくり犯人探しをするとしよう。犯人を特定したら糾弾するための材料も探さないとな。
はぁ。子育てとマネージャー業でただでさえ忙しいのに、また1つタスクが増えてしまった。中学生って大変だなぁ……。