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41話「乙女の恋は止まらない」

 星宮は毒されている。


 当たり前だよね。まだ子供なのに嫌いな子供にレイプされて子供を産まされるなんて、マトモな脳みそしてたら耐えきれなくて自殺してもおかしくないもん。


 星宮は自分を守る為に狂ったフリをしている。正常じゃない判断を行う事で心の安寧を図っている。


 海原が自分の悪事をバラされないように、自分の存在を正当化する為に、星宮が自分に恋愛感情を抱いていたと洗脳したのならそれに従うのは逆に当然だったんだ。


 あたしを拒絶したのもそれの一環。だからあれは星宮の本心じゃない。あそこであたしの言葉を受け入れたら今の星宮は心が壊れてしまうんだ。だからあたしを拒絶した、そうに違いない。



「可哀想な星宮……」



 あたしの家を出て帰路を歩く星宮を見下ろしながら呟く。さっきは危うく心が折れかけたけど、でも彼女の本心に気付けたから持ち直せた。


 こんな事でへこたれてちゃ駄目だ、あたしは星宮を守るって誓った。星宮は今不幸の真っ只中にいる、あたしだけが星宮の味方で居続けられるんだからしっかりしないと!


 自分の頬を叩き、涙を拭く。情けない姿を見せてしまったけど、もうあんな失態は犯さない。今はまだ詰める時じゃなかった、星宮にコンタクトを取るのはしばらく後に取っておいて、今はその周りの邪魔者達に手を回してどうにか上手い具合に働きかけないとっ!




「海原の様子? ん〜、最近あんま喋ってないから分からねえや」



 あたしは学校に着くと、廊下で遭遇した横井を呼び止めて海原の話を聞き出していた。久しぶりに顔を合わせたからか最初は誰だか分からなかったみたいだけど、話していたらすぐに「その自分が納得できる言い分しか耳に入れなさそうな感じの話し方、間山か?」と気付いてくれた。思い切り腹をぶん殴ってやった。



「じゃあ去年は? なにか怪しい事とか、悪い噂とか、なかった?」

「無いなぁ。あ、最初期の頃星宮いじめの件が少しだけ話題に上がったっけ。まあ、うちのクラスはそれに関わってた人間が多かったからすぐに鎮火されてたけど」

「海原本人は何か言ってたの、それに対しての言い訳とか」

「言ってたな」

「! どんな事言ってたの!」



 あたしはすぐにポケットに手を入れてスマホの録音機能を立ち上げる。急に距離を詰めてきたからか横井は「ちかっ、胸当たってんぞ」などと関係の無い事を言ってきた。もう一度殴ろうとしたら後退り平謝りされる。ほんっと男子って気持ち悪いわ。



「言い訳っつーかなんつうか。後になって考えてみたらあれ、俺が暴走してただけなんだよなって悔いてる感じで呟いてたぞ。それが原因で噂は本当なんだってなったんだけど、本人のしおらしい様子を見るに誰もアイツを責められなかったな」

「そんな話はどうでもいいのよ。それより前にさ、星宮に対して何か言ってなかったの?」

「バツが悪そうに名前を呟いてたな。で、すぐに悔いてた。他は特になにも、機会があったらちゃんと謝りたいって言ってたくらいか?」

「嘘」

「嘘じゃねえよ。アイツだって反省くらい出来るだろ。その後無事に仲直り出来たみたいだし、よかったじゃん。嬉しいぜ俺、アイツらが昔みたいに仲良しに戻れ」

「よくない!!!!」



 横井が呑気な事を言い出して大声でそれをかき消す。周りを歩いていた生徒達がこちらを見てくるが、あたしがそちらを睨むとみんな他所の方を向いて去っていった。ビビるなら初めから人の事不躾にジロジロ見てんじゃねえわよ小心者共が。小動物は小動物らしく地べた這って額を地面にこすりつけながら惨めに控えめに生きてろっつーの。



「な、なにかちキレてんだよお前。大丈夫か……?」

「……よく考えてよ横井。海原は、星宮を、いじめてたんだよ? 仲良くなっていいわけないじゃん、星宮が可哀想だよ」

「……? 可哀想なのか? 星宮は嫌々付き合ってやってると?」

「あたしにはそう見える」

「俺にはそう見えないが。先日久しぶりにアイツら俺ん家に来たんだけど、ふつーに仲良くゲームしてたぞ。昔と全く同じ感じに2人にボコ殴りにされたし。アイツらの横暴クソムーブ復活してるし、て事は心を許しあって」

「いじめてた張本人が自然体になるよう脅したに決まってんじゃん! 心から和解できると思ってんの!? いじめられるような奴が!? そんな割り切り良かったら初めからいじめられたりなんかしないわよ!」

「なーに言ってんのお前。知らん所で貶されてる星宮哀れすぎるだろ」

「普通に考えたら1回でもいじめられたら死ぬまで憎むに決まってるじゃん!? そうでしょ!? いじめなんかしてる奴なんて一生恨まれるべきだし、ソイツの家族皆殺しにして死後も永遠にソイツを冒涜し続けるのがいじめられっ子のあるべき心情でしょ!? 過去を水に流して仲良くするなんて絶対有り得ないから!!!」

「お前いじめられた事でもあんの? 物凄い事言ってんぞ。いじめた側にも一応尊厳とかあるからな?」

「星宮はそうするべきなのよ! あの子、どんな事をされてもずっと耐えてきたんだから! そうじゃないと報われないでしょ!!!」

「あー……いやぁ、それについて俺から言える事はないなぁ。俺もいじめに加担してたし……」

「そうね、お前も屑だから分からないか! 人をいじめるような奴に意見を求めたのが間違いだった!」

「んー……強く反論は出来ないが、でもよ? いじめられた側の視点に立って考えてみたらさ、多分いじめを見てて何もしてこなかった連中も同類的な見方するんじゃねえかな」

「は? だからなに?」

「だからつまり、間山だって俺らと悪の比率は違えど大差ないように思われてんじゃないかなって。だからお前がアイツらの事をとやかく言う資格は」

「あたしはお前らとは違う! あたしは星宮の事を守ろうって誓ったし、あの時は勇気が出なかったけど、でも、あたしだけは星宮の事を常に心配してたし!!!」

「星宮にそれが伝わってればいいな」

「つ、伝わってるわよ! だってっ」



 間山さんは親切のつもりかもしれないけど、ボクにはそれが負担にしかなってないから!



「……っ。あ、たしは……」

「…………? よく分からんが、アイツらの関係が気に入らないからって余計なチャチャとか入れてやるなよ。今いい感じみたいだし」

「! いい感じって、なに!」

「同じクラスなんだから分かるだろ。お前の主張も分からん事もないけど、事実として『なんにせよあの2人は仲直り出来た』んだから、ほっといてやりなよ。関わるべきじゃないってお節介を赤の他人が言うもんじゃないぜ」

「……あたしは、赤の他人なんかじゃない」

「そうな。でもあんま首突っ込みすぎるとそれこそ嫌われるからな。星宮と仲良くしたいのなら、友人として適切な距離感を保てよ」

「黙れ」



 一言、黙れと言うと横井は溜息を吐いて「お前は変わらないな」と呆れたように言って去っていった。横井に何があたしの何が分かる。

 アイツは嫌いだ。邪魔者だ。憎たらしい、海原の次ぐらいに嫌いだ!




「でさ〜、そのVC入れっぱの外人が流暢な日本語で『ロリが好きなのに、折角ニホン来たのに全然いない! 理想と違う!』とか言い出して。どんなロリが理想なんすかって訊いたらめっちゃ発音良く『Miyu!! Fate!!!』とか言ってて。調べてみたら趣味が犯罪者すぎて笑っ」

「ちょっといい?」

「? どうしたの間山さん?」



 近くの席で話していた男子3人の輪に強引に入る。彼らとは交流が無かったため怪訝な顔をされたが、そんなの関係ないしどうでもいい。コイツらは海原とも仲が良かったはずだし、いじめ云々の話は知らないだろうからきっとフラットな目線で海原との会話記録を思い出してくれるはずた。



「海原と普段どんな話するの」

「海原と? うーん」

「好きなAV女優語ったな」

「お前やば。女子相手に包み隠さないやん」

「他にもあるだろ。あれ語ったよな、一昔前のカードゲームの熱い戦い方みたいなの」

「あったあった。後はなんだろ、ランクの話とか?」

「女子関係の話とかしないの?」

「女子関係の話? 誰々が可愛いとかそういうの?」

「それはどうでもいい」

「ムズいな」

「あの子で抜いて」

「お前黙れよ? マジで黙っとけ。女子系の話っつーと、可愛い子の話とか恋愛系の話とかはしたな。それ以外だとあんまピンと来ない」

「……星宮の話とか、アイツの口から出てこなかった?」

「星宮さんの?」

「ばり抜けゴフッ!」

「間山さんの前で言うとかお前死ぬ気なん???」



 男子1が男子2の頬を思い切り殴っていた。痛そう。よく分からないけど、あたしの問いかけに対して残りの2人はうーんと腕を組み考える。



「海原発信の話で言うと、なんてことは無い会話しかしてこなかったな。ゲームめっちゃ上手いとか底抜けに良い奴だよな〜みたいな」

「モテそうだよなって言ったら笑われたわ。顔は良いけど中身はわんぱく小僧だぞって。そんなん普通に可愛くねって話だよな?」

「なー。明るい女子とかいっちゃん男子ウケいいだろって。あ、間山さんみたいな美人も勿論ウケ良いと思うけどさ」

「どうでもいい。……それ以外は?」

「それ以外……? 似通った話しかしてないな」

「何回かふざけて『星宮さんの事好きなんか〜?』っていじったことはあるな。『大親友だわ』って返されてひっくり返ったけど。そうじゃねえよってな」

「その場に星宮さんも居たんだけどあの子も青春アミーゴのサビ歌い始めたし。世代じゃないだろってな。急にガッガッて拳合わせて『いぇーい』って言い合ってたし』

「あの2人、なんか期待してる感じと違うよな」

「な。昭和生まれだったら殴り合いした後に河川敷で語り合ってそうな感じある」

「間違いない。ノリはまじでそれ」



 なんだその話。どうでもよすぎる。あたしが欲しい答えじゃないわそれは。


 駄目だな、海原の他人への見せ方が上手すぎて誰に聞いても有力情報が集まらない。これは、本人に詰めないと駄目みたい。


 はぁ……。アイツの事大っ嫌いだし気は乗らないけど。でも何もしないで放置するのは星宮を見捨てることにもなるから避けては通れない、か。ウザいなぁ……。




「単刀直入に訊くけど。お前、星宮とどういう関係なの」

「人の行動制限しといていきなり何の話だよ……」



 放課後。野球部に向かおうとする海原を強引に連れ出し、帰り道の途中で海原の胸ぐらを掴んで問いを投げた。彼は頭をポリポリとかいた後、思いついた単語をそのまま口にした。



「友達じゃね。ふつーに」

「セックスフレンドか」

「頭沸いてんの? 医者に連れてった方がいいのか?」

「いらないわよ。お前の気持ちはよく分かった、星宮は都合の良い女友達か。そんな事だと思ったわクズ!」

「医者を連れてきた方がいいか。連れてこうとしても抵抗しそうだもんなお前」

「あたしはどこもおかしくない。おかしいのはお前の方だろ。星宮をいじめといて、この期に及んでまだあの子を解放しないし」

「解放しないって何の話だよ。別にアイツに拒絶されたら黙って身ぃ引くつもりだが」

「よく言うわ。あの子を洗脳して都合の良い女にした癖に」

「洗脳? 出来ると思ってんの? 俺に」

「事実してるじゃん」

「してないだろ。五円玉の振り子でも見せてると思い込んでる? メルヘンチックだなお前」

「! 馬鹿にしてるの!?」

「馬鹿にしてるよ。相変わらず何言ってるのかわからん。第一声でアクセルベタ踏みするのやめてくれ」



 海原は明らかにあたしの話を小馬鹿にするような態度を見せる。あくまで知らんぷりを貫き通すつもりみたいだ。イラつく。



「よく分からんが、勝手に俺らの関係を邪推するのやめろ。迷惑だ」

「っ、こ、こっちだって好きでやってるわけじゃないから! 死ねよマジで! うざっ!!!」

「はいはいごめんな。死にたくはないからしばらく生き長らえるけどそれくらいは許してくれ」

「無理! 星宮と作った子供と一緒にいる所あたし見てるから! この目でちゃんと見ちゃってるから! 言い逃れは出来ないから! 諦めてさっさと認めてくんない!?」

「何をだよ。なんかおかしいぞお前。子供に関しては俺との子じゃねえし」

「嘘つけ! 初詣の日、星宮と仲良く赤ちゃんの世話してたじゃん!」

「偶然鉢合わせたんだよ。てかその話、誰にもするなよ? アイツの立場が危うくなるからな」

「! そうやって星宮の事も脅迫したんでしょ!」

「してねぇよ。どうしてそうお前の頭はすぐホームランかっ飛ばすわけ? 昔っからそうだけど、お前妄想癖すごい癖にブレーキぶっ壊れてるから扱いづらいんだよな……」



 その無神経な言葉に頭の中で何かがプッツンと切れたような気がした。あたしは海原の胸ぐらを掴みあげると、そのままの勢いで思い切り彼の頬を殴りつけた。


 黙ってされるがままになっていた海原は、あたしが攻撃の手を緩めると「いてぇ〜」と言いながらあたしの腕を払った。



「あ、あたしが女だからって何もしてこないと思った? 残念だったわね、星宮を守るためだったら何だってするから!」

「このパンチはあいつを守ることに繋がるのか。アンパンマンじゃん、かっけーな」

「まだ馬鹿にする余裕があるわけ!?」

「これ以上の暴力はやめとけ。ここ屋外だぞ、人に見られたら間山の立場が危うくなる。今ならまだカップルの痴話喧嘩くらいに思われるだろ」

「だ、誰がカップルよ!」

「そう見えた方が都合いいって話だわ。それにこれ以上殴られたら流石に学校で誤魔化し効かなくなる。俺に誤魔化せって言うんならそれこそお前が言う口封じになるぞ」

「っ! と、とにかくもう星宮に近付くな! あんたといるとあの子は不幸になる!!」

「いつの間に占い師になったんだよ。稼げるのか? 今度飯奢れよ」

「真面目に聞いてよ!」

「真面目に聞ける話をしてくれよ」



 最初からずっと余裕な態度を貫き続ける海原に苛立ちが抑えられない。もう一度殴ろうとしたらその腕を掴まれた。海原はあたしの腕を掴んだまま、呆れを通り越し少し怒ったような表情で口を開く。



「さっき、星宮の子供は俺との子っていう風に言ってよな。訂正しろ」

「な、なによ。やっと本性さらけ出したってわけ? 言っとくけどあたし暴力には屈しないから!」

「ちげーわアホ。そういう風に見るのはアイツに失礼って話だよ」

「はあ? 事実でしょうが!」

「事実じゃなかった場合どうするんだよ。お前が言う通り、俺は星宮の事をいじめてた。その頃の怒りはまだ残ってる筈だし、だからこそ友達になった今でも星宮とは程々の距離を保とうとしてんの。人にいじめられ過去ってのは消せないし、心に大きな傷だって残すだろうしな」

「っ、わ、分かってんならもうアイツに付きまとうな!」

「付き纏ってねーよ。ちゃんと考えろ間山。星宮の子の父親が俺じゃなかった場合、アイツは仲のいいお前に『自分をいじめていた相手と子供を作った女というレッテルを貼られた』って考えてまた新たに傷つくぞ。疑うのは良いが、それを誰かに話そうとするな。自分の中に留めとけ」

「だか、ら、お前も星宮も必死に隠してるけどどう考えてもそうでしょって! 他にいた!? アイツと子供を作るような関係値の人間! ……いや、いたけど! でも相手は大人だし分別つくでしょそこら辺は! お前らはまだガキでどうせ子供なんてできないって思い込んでたから妊娠しちゃった、そうでしょ!?」

「あのな……まじで頭冷やせ、お前」

「話を逸らさないでよ!」

「逸らさせろよ。聞くに耐えないわ、お前の妄想官能小説」

「馬鹿にするな!!! あんたなんてっ」

「また昔みたいに俺に泣かされるぞー。そろそろやめとけ、マジで。限度越えかかってるからなお前」



 海原の足を蹴るも腕を離してくれないから、最終手段としてあたしの腕を掴む海原の手首を噛んでやった。最初は耐えていたが、あまりにも強く噛みすぎた事で海原が痛みを訴え腕を離した。


 あたしは自分のカバンを海原に向かって思い切り投げた。海原の体に当たりカバンが地面に落ちるが、彼はそれを拾って土埃を払った後にこちらに差し出してきた。



「今日生理か? ヒスりすぎだぞお前」

「きもちわるっ! 星宮を奴隷みたいに扱ってるから女の体の事にも詳しいんだ!」

「生理知らない中学生いるかな。無知すぎるな流石に」



 海原からカバンをひったくり睨む。彼はため息を吐くと、近くにあったポールに腰を下ろして膝に肘を置いて頬杖をつきつつあたしに目線を向けた。



「あのさ。俺ら中二だぜ? 小学生時代の事引きずるのもういい加減やめようや」

「なにそれ、あんた自分の仕出かした事分かってるの? 現実逃避して許されるとでも思ってんの!!?」

「はあ……これだけは言っとくが、俺は誓ってレイプなんかしてねえよ。まだ童貞。だから、アイツと子を作ったって話は100パーセント有り得ない」

「男は女と違って、未経験かどうかなんて分からないし!」

「そうだなぁ……じゃあいいや。俺の事はどう思ってくれても構わない。ただ星宮には酷い事言わないでやってくれ。可哀想だろ」

「そ、それをお前が言うのか!? あたしに!? 意味分かんないわ!!!」

「意味分かんないか。そりゃ困ったなー」



 また大きなため息を吐き、海原は首をゴキゴキと鳴らして伸びをすると腕を組んであたしを見据えた。



「アイツは気丈に振舞ってはいるが昔よりも大分弱ってる。俺からのいじめもそうだし、望まぬ妊娠で生まれた子供の世話、男から女に変わってしまうっていう環境の変化もあってストレスは他の奴らの比じゃない筈だ。だから余計なストレスはかけたくない。これ以上星宮の心を傷つけるようなことはしないでくれ。頼む」



 そう言うと、海原は膝に手をついて何故かあたしに頭を下げてきた。


 星宮の心が弱ってるだなんて、そんなの1番近くで見てきたあたしが知らないはずがない。だからこういう行動を取ったのだ、海原と一緒にいてもしコイツの事を好きになりでもしたら、裏切られた時のダメージが大きくなるから。それを食い止めるために行動してるというのに、何故海原はあたしに『酷い事をしないでくれ』って懇願する?


 ふざけるな、お門違いだ。あたしは星宮を傷つけない、あたしが星宮を助ける立場だってのに!


 ……というか、あたししか知らないと思っていた星宮の機微をよりによってコイツも気付いていた事がイラつく。なんでお前が星宮に寄り添ってる風な態度を取る。傷つけたくないなら今すぐ死んでしまえ、そんな思いが濁流のように頭の中を満たしていく。



「……あたしは星宮を守ってるだけ。お前が言っていることはよく分からない」

「間山はなんでそんなにアイツに固執するんだよ」

「は?」



 あたしの言葉を聞くと、頭を上げた海原があたしの目を真っ直ぐ見て問い掛けてきた。



「なんでそこまでアイツを独占しようとする」

「ど、独占? そんな事してないでしょ!」

「いーやしてる。アイツを守る為って言いながらアイツの人間関係をコントロールしようとしてる。いつになったら星宮はお前の束縛から解放されるんだ?」

「っ、縛ってるのはお前だろ! 解放するのは海原の方でしょ!? 売り言葉に買い言葉で言い返してやったってわけ!? ミラーリングのつもり!?」

「なあ間山。アイツはお前に守られるほど弱くはねえよ。だからもういいだろ」



 これ以上は会話したくない、そんな拒絶の感情を滲ませた瞳であたしを数秒間見つめた海原は、立ち上がってあたしから背を向けた。


 拒絶の目に対して敏感になっているのか、あたしはつい海原の腕を掴んでしまった。その事に気付き、鳥肌が立って手を離すと彼は面倒くさそうにこちら側に振り向いた。



「まだなんかあるのか?」

「……もういいって、何。なんでそんな、昔みたいな事言うの」

「? 昔にも同じ事言ったっけ? いつ頃だろ、仲良くしてた頃か?」

「……お前は、あたしの気持ちを知ってたでしょ。星宮に対するあたしの気持ち。なのに、邪魔をした」

「えっ。どうしよ、まるで知らん話されてる気がする」

「とぼけないでよ! あたしはまだ1回もっ! ……1回も、星宮に何も言えてないのに。何も始まっていないのに邪魔された。お前らが邪魔をした。お前らさえいなければあたしは…………それなのに、なんでそんな事言われなきゃならないわけ!?」

「えぇー……? いや、どうあれ人が傷つくことするのは、ダメじゃね?」

「小さい頃からあたしの事ずっと傷つけてきたのになんで今更になってそんな事言うのよ!!! 大っ嫌い!!!!!」



 海原に向けて感情の丈を吐き散らし、怒鳴りつけて走って彼を追い越して家まで逃げるようにして帰る。悲しくて、悔しくて、憎悪でこれ以上話していたら本当に殺してしまいそうだったからきっとこうするのが正解だった。


 今の海原は確かに星宮の言う通り大人な性格をしているのかもしれない。昔みたいに暴力を振るったりしてこなかったし。でも、本質は何も変わってない。海原はやり方を変えただけ、穏やかな言葉で相手を傷つけている! そんなの昔と何一つ変わらない、やっぱり星宮の傍にいちゃいけない人種だ!!!


 ……海原の事を好きになったら酷く傷つく。あたしがそうだったから。星宮にも同じ思いはしてほしくない、ただそれだけなのに。


 あたし以外の世界の全てがあたしの事を悪者に仕立てあげているみたいで涙が出てくる。



「う、ぐ……っ、うわああぁぁぁんっ!!!」



 まだ家に着いてもないのに感情が堪えきれなくて、走るのをやめてあたしは大きな声で泣いてしまった。その場にしゃがみこみ、眼球が痛くなるくらい強く目を拳で押さえるも涙は全然止まってくれなくて。心配して声をかけてくれた人はいたけど、それに対応することすら出来ずにあたしはただ嗚咽を出し続けた。



 海原は大人だった。星宮も大人だ。横井も大人になっていた。成長してないのはあたしだけ。あたしだけ、いつまで経っても過去に囚われて、過去のトラウマを抱えて過去の出来事に脅えている。


 もしかしたら、星宮を取られたらまた弱虫のあたしに戻るのが怖いだけなのかもしれない。海原の言う事を鵜呑みにして、ちょっとした事ですぐ泣いて、馬鹿やれる勇気もなくて自分よがりな感情を相手に受け入れてもらおうとして、受け入れてもらえなくて、逆恨みするような。そんな弱虫の自分に戻るのが嫌で、星宮を自分と同じ所まで引きずり下ろそうとしているだけなのかもしれない。


 自分に対する嫌悪感と、周りに対する悪意と、海原に対する嫉妬。それらに支配される事であたしの中から悲しみが引いていって、代わりに同量の憎悪が増幅していくのがわかった。


 あたしのしている事がたとえ間違ってるとしても。それでもきっと最終的には星宮にも良い結果を残せる筈だから。ハッピーエンドを迎える為なら、その過程が暗くても、星宮なら許してくれる。そう信じ込むことで、あたしは泣きやみまた1歩足を踏み出すことが出来た。


 絶対に諦めない。今度こそあたしは星宮を守り抜く。たとえ、他の人が犠牲になっても。あたしは家に着くと、スマートホンを取り出し青いアイコンのアプリを開いた。

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