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40話『あたしが先に好きだったのに』

「喉ガラガラ……」

「当たり前だよ〜。途中からずっとがなり声で歌ってたんだもん。喉潰れない方がおかしいでしょ」

「叫ぶのがいっちばん気持ちいいじゃん」

「気持ちよさそうだったねぇ」



 カラオケの帰り、か細いおばあちゃんのような声になってしまった間山さんが自転車を漕ぎながらボクに話しかけてくる。満足そうなのは良いんだけど、変な風に声質が変わったりしたらって不安にならないのかな?



「風つよ」

「……っ!」



 建物が減って開けた道路に出た瞬間、物凄い向かい風が吹き込んできて間山さんの長い髪がボクの顔にめちゃくちゃアタックしてきた。間山さんらしさと甘い香りが混じった匂いが鼻をくすぐって一瞬ドキッとしたが、すぐにそれは顔を打ち付けてくる髪の毛への不快感で払拭されてしまう。



「間山さんっ、ボクが運転しようか!」

「? なんでー?」

「間山さんの髪が凄いことになってる! ぶわ〜ってなってる!」

「まじか。食べないでねー」

「食べないよっ!? それよりちょっと、髪が邪魔すぎるから! 交代しよう交代!」

「ふぅ……こっから緩やかな下り坂だから、それ下ったら交代しよっか」

「今代わって欲しいかも!」

「やだー。もっと星宮の胸を背中に感じたいー」

「きもちわるっ……って、ちょおぉい!!」



 代わってほしいって言ってるのにこちらの願いを無視して間山さんは地を蹴り下り坂を勝手に下り始めた。ぐおわああぁぁぁっ!!? 自転車の加速と共に髪の毛のベチベチも強くなった! 口開けてたら入ってきそうだから閉じる! ぐわああぁぁっ!!



「おわっと」

「ぬがっ!?」



 車輪が下り坂と土道の境界線にあたる突出したコンクリートの割れ目に乗り上げ、一瞬上方向に対して強い力が加わる。間山さんはこの荒れた路面の存在を忘れてしまっていたらしく、ガタンと自転車が跳ね上がった瞬間に驚きの声を上げた。


 そして、ボクは跨っている荷台の硬い部分に股間を強打した。流石に痛すぎたので、相手は女の子だとかそういう事情を全く考慮せずギューッとしがみついて「止めて! 止めて!」と背中を叩いた。



「なになに? なんか落とした?」

「ちがっ、股がっ! 砕けたっ!!」

「じゃあのたうち回ってなきゃおかしいでしょ。ここはまだ車道だから、もうすこっ」



 言いかけていた間山さんの言葉が途中で止まり、ガチャンという音が鳴って自転車のチェーンがから回るような音が聴こえた。


 見ると車輪の回り方とペダルの動きが連動していなかった。チェーンが外れたようだ。間山さんは「なにこれ!?」と言った後、自転車に残った推進力のみで道の脇まで移動し自転車を停めた。



「ぐ、おぉ……!」

「こら星宮。女の子がそんな所押さえないの。羞恥心を持ちなさい」

「そんな余裕ないわぁ……! めちゃくちゃ勢いよく股間強打したんだよ、絶対骨盤砕けた音したよ……!!」

「そんなんで砕けるなら骨粗鬆症疑った方がいいよ。処女膜なくて良かったじゃん、流血沙汰は回避出来たね」

「うるさいわ! もう〜! 押すと痛いんだけど!」

「ふむ? 変な所に股の肉挟んだのかな。打撲か内出血はしてるかも、冷えピタでも貼る?」

「こんな所に貼れるかぁ!?」

「貼れるでしょ。平面だし」

「こんな所に冷えピタ貼るとか一生の恥だよ! くぅ〜……ジンジンするけど触らなければまだ……でもこれ、サドルすら座れない可能性高いな」

「立ち漕ぎか〜。星宮のパンツあたしから丸見えになるね。可愛いの履いてきた?」

「履いてきてないよ! パンツなんか見るな! てか、チェーン外れたんだからまずは直さないとでしょ」

「ノーパンはやめた方がいいと思うよ? 屋外だし」

「パンツは履いてるから!? そんな話はどうでもよくて! 自転車! 直すよ!」

「直すって、あたし自転車の直し方なんて知らないし……」

「ふむぅ」



 仕方ない。間山さんに「自転車いじってもいい?」と訊ね、了承を得たので自転車を倒した。



「なに? あたしの自転車になにか恨みでもある?」

「無いよ。チェーン外れたんでしょ、はめ直すよ」

「そんなこと出来るの?」

「昔海原くん達と遊んでた頃によく直していたので」



 田舎は何も無いから遊び場まで行くのに自転車を使い潰すなんてよくある事だしね。チェーンが外れる、カゴが外れる、ハンドルのネジが緩くなるなんてよくあった事だ。海原くんや長尾くん辺りもこれくらいなら手間をかけずに直せる。



「よいしょ。よーし」



 後輪のギザギザにチェーンを引っ掛けてペダルを踏み込んだらガチャン! という音を立ててチェーンが元の位置に戻った。……まあ、チェーンが元より少し垂れ下がっちゃった所はあるが動くのならこれくらいは多目に見てくれるだろう。



「おぉー。自転車屋さんじゃん。すごいね星宮」

「これくらい簡単だよ。直し方教えようか?」

「いい。手に油着くの嫌だし。星宮、その手ちゃんと拭いてね?」



 そりゃそう。チェーンの油が手について黒く汚れてしまった。ボクはそのまま制服で手を拭おうとしたら間山さんが「こら!」と言ってハンカチを出してくれた。……ハンカチを借りて油を拭い取るくらいなら自分の持ち物で拭き取りたいんだけどな。まあ厚意は受け取っておこう。



「ここからは運転交代ね。ボクが運転するよ」

「えー」

「こっからは登り坂が増えてくるから、ここはボクに任せておくれ」

「星宮じゃ頼りないからあたしが漕ぐよ?」

「なんだと! 元男だったボクの方が絶対体力あるし筋肉もあるから! 頼りないなんて言うもんじゃないよ!」

「それはどうだろうね」

「絶対ボクの方が強者だから! はい! 後ろ乗って!」



 怪訝な顔をする間山さんを無視してさっさとサドルに腰を下ろし、荷台を叩き間山さんを座らせる。



「股間砕けたんじゃないの?」

「休んだら痛みが引いたよ。変な所触らないでね!」

「触るけど」

「降りれる?」

「あたしの自転車ね。これ」

「うん。分かってるけど。前カゴに入ろうか間山さん」

「入らないわよ」

「おしり大きいんだね」



 ドスッと背中を叩かれた。痛い。



「あ、やっぱ痛いかも。漕げないやこれ」

「おー。今日は白か」

「間山さん!」



 立ち漕ぎをしながら何とか坂を登り、平坦な道を行く。足に乳酸が溜まりすぎて爆発しそうな思いをした辺りで間山さんちの駄菓子屋さんが見えてきた。立ち漕ぎをやめて、車輪の回転に任せてそこまで敷地まで行く。



「着いたよ」

「……いや、色の加減で白に見えてたけどうっすら水色」

「人のパンツの色を真面目に考察しないで? 何色でもいいでしょそんなもん。車が無いってことは今日はおばちゃん家に居ないの?」

「や、夕食の買い物行ってるだけだと思うけど。まだ帰ってないんだね」

「お店開けっ放しでよく行けるなぁ」

「ここら辺もすっかり子供が少なくなったからね。あたしらより下の世代ってあまりいないんじゃない?」

「そうだねぇ」



 みんな街側に住んでるから山の方は年齢層が高い人達しか基本住んでないもんなぁ。我が家が平均年齢をぐっと下げてるからあれだけど、それを除いたらここに住んでる小学生って海原くんの妹ちゃんとその友達数人くらいか。ボクらの代の引越しが多かっただけで、本来はあまり人が住まない地域だったのかな。


 間山さんちに置いていったカバンを取るために階段を上る。……間山さん、また後ろから着いていってボクのスカートの中を覗き込んでるな。間山さんと遊ぶ時だけ短パン下に履いた方か良さそうだな、これからは。



「やっぱ水色か」

「やめてね。よいしょ。それじゃ、ボクはもう帰るから。テスト頑張ろうね」

「え? あがってかないの?」

「まだなにかするの? てっきりカラオケが終わったらそのまま解散だと思ってたんだけど」

「少しくらい休んでいきなよ。自転車漕ぐの疲れたでしょ」

「んー。じゃあお言葉に甘えて」



 玄関の段差で座って休もうと思ったけど、間山さんが「部屋来なよ」と言ってきたので部屋にあがらせてもらった。


 間山さんが来るまでしばし待つ。おぉ〜、最近オタク趣味に傾倒してきたなってのは話す内容から察してはいたけど小学生の頃と比べるとその差が著しいな。本棚が増えて漫画本が増えてる。……薄い漫画本もあるな。どうやって手に入れたんだろう、アニメショップとかで買うにしても年齢確認とかされないのかな?



「おまたせ〜。って、なに勝手に人の本棚漁ってるのよ」

「漁ってないよ〜。どんな漫画が好きなんだろーって見てるだけだよ」

「同人誌棚から出して見てるじゃん。漁ってるじゃないのそれは」

「薄いから背表紙見えないんだもん。てか間山さん、こういうジャンルの本は隠さなくていいの? おばちゃんに見られない?」

「ママは勝手にあたしの部屋入らないし」

「家に居ない時に掃除しに来たりしないの?」

「掃除ならあたしがちゃんとやってるし。来ないよ」

「先んじて部屋に侵入する理由を潰しておくと。頭が良すぎる……」

「苦い経験がありそうな独白だ」



 湯気の立ったマグカップを持った間山さんが部屋に入ってきた。中身はホットのレモネードかな? ちょっと酸っぱくて顔が梅干しみたいになる。



「すごい口すぼめてる。星宮って酸っぱいの苦手だっけ?」

「好き寄りだけど表情筋は騙せないのです」

「アヒルみたいだね」

「むぅー!」



 唇の上下の皮膚を摘まれ口を開けなくなる。間山さんはボクを摘みながらあははと笑っている、意地悪しないでさっさと離してほしい!


 2人で今日楽しかった話とか語り合い、最近の学校の情勢やら友達の話やら交わしながら、まったりとした時の流れに身を任せる。



「てか陸上部やめたと思ったらいつの間にか野球部入ったよね。野球好きだっけ? 星宮は」

「んー? 別に好きってわけじゃないけど。てかあくまでマネージャーだし」

「へぇ。マネージャーってどんな事するの?」

「雑用?」

「雑用て」

「部活の準備したり片付けしたり、部員の人らの調子を見たりストレッチ手伝ったりとかだからまあほぼ雑用だよ」

「いいじゃん、野球部のマネージャーとか男子にめっちゃモテそう」

「間山さんもそういう話するんだ」

「なにが? モテそうとかそういう話?」

「うん」

「そりゃするでしょ。あたしだって女子なんですけど」

「ボクも女子だけど、そういう話全く興味ないので共感出来ないなぁ」

「素でモテるだろうし興味持たなくても話に事欠かなそう」

「ボクがモテている場面を見た事あります?」

「男子の方から話しかけられてる場面に立ち会ったこと何度もあるけど」

「サブカルの話でウマが合うってだけだよ」

「それだけかなぁ? 顔とか体目的だと思うけどな〜?」

「それに関しては間山さんに言われても。間山さんこそ誰かと付き合ったりしないの?」

「付き合わないよ。別に好きな相手とかいないし」

「でも興味はある?」

「無いこともない」

「ほう。てっきり男嫌いなのかと」

「馬鹿でキモい男が嫌いなだけで男自体は嫌いじゃないよ」

「馬鹿でキモい男……今まで出会ってきた人の中で嫌いじゃないタイプの人いた?」

「居た」

「意外すぎる」

「それ、海原に対しての態度しか印象残ってないだけでしょ」

「ボクや横井くんに対しても同じような態度してたから男子みんなに対して敵意向けてたと思ってたよ」

「あんたらが特別ガキすぎるだけだから」

「心外だなぁ」



 あはは、と笑いつつ時計を見る。あんまり遅くなると父さんが唯の世話で疲れきっちゃうから、そろそろお暇しとこうかな。



「星宮」

「? はい」



 立ち上がろうとした瞬間に間山さんに声を掛けられる。長くなりそうならLINEで話そうって伝えよう、そう思い返事をすると間山さんが真剣な面持ちをしているのに気付いた。なんだ? 穏やかな話じゃなさそう、逃げようかな。



「星宮は、海原と付き合ってるの?」



 全然穏やかじゃなかった。てかそういう話前にもしなかったっけ? そういう会話になって否定した気がするんだけど記憶違いか気の所為なのかも、じゃあここで改めてちゃんと否定しとくか。



「付き合ってないよ」

「……」



 間山さんが目をじーっと見てくる。ガッツリ疑われてる。なんでぇ……?


 あれか、海原くんが野球部でボクも後から野球部のマネージャーし始めたから疑いを掛けてるのか。


 うーん、間山さん以外にも似たような流れで疑われたやつだな。なんでそう短絡的に恋愛と絡めようとするんだろう?



「星宮と海原、最近また仲良くなったよね」

「うーん、まあ。友達としてね」

「海原の家に行ったり、逆に海原を呼んだりもしてるでしょ」

「なんでそんな事知ってるのさ!?」

「この家って2人の家の中継地点みたいなもんじゃん。偶然目にしてもおかしくないでしょ」

「そ、そっか」

「で? 付き合ってるの?」

「だから付き合ってないって。有り得ないでしょ、元男のボクが男の子を好きになるとか」

「そうだよね」



 ボクの言葉に肯定しつつ、しかし未だに疑いが晴れない様子で間山さんは言葉を続ける。



「海原って最近大人っぽくなったよね。体でかくなってるし、顔つきもなんか男らしくなったし」

「そうだね。羨ましい限りだ」

「……あんな感じになりたかったの? 星宮は」

「そりゃね。筋肉がついてて男らしいって割と理想系じゃない?」

「そう。理想とか憧れって感情はさ、自分がそれになれないって気付くと恋心に変わったりするよね」

「そうかなぁ!? 嫉妬とかに変わるならまだわかるかもなぁ、恋にはならないんじゃない!?」

「そんな事ないよ」

「そんな事あるでしょ。あるスポーツ選手が好きな少年が挫折したとして、そのスポーツ選手に恋を抱くかと言われたらそれは明確にノーじゃない!?」

「身近にいないじゃんそのケースだと」

「身近にいても同じだと思うけど」

「でも星宮、アイツに対してボディータッチ多いよね」

「マインド的には同じ性別なのでね! 海原くんもそれに対して一々文句言わないし!」

「その関係性がまず怪しいよね。頭の中身が同じ性別だったとして、異性じゃん。普通気を使って距離空けるじゃん。ベタベタするのは違くない?」

「じゃあこれから距離空ければいい!?」

「わざわざ距離取ってるのに縁が切れなかったらそれこそ執着してるって証明になるね」

「めんどくさっ」



 面倒くさすぎてつい口から本音が漏れてしまった。間山さんの眉がピクっと動く。今のはボク、悪くないよね!?



「最近の海原、紳士的だもんね。星宮に歩くスピード合わせるし、星宮が角とか壁とかにぶつかりそうになると手で庇ってくれるし、明らかに星宮の事狙ってそうな奴見かけたら星宮引っ張って背中で隠してくれるもんね」

「観察しすぎじゃない??? 怖いんだけど」

「茶化さないで。真面目に答えて。そこら辺は星宮的にはどう感じてるわけ」

「どうって……」



 困る質問だなそれは……。確かに、間山さんが言っていた事は一通りしてくれた事だし。でも海原くん、それに対して感謝を述べても特に気にもしてない様子で「おー」としか言わないんだよな。


 どうなんだろうか。海原くん本人としては別に気を使ってるわけじゃないって分かりきってて、だから紳士的な対応をされても特別何か抱くようなものでも無いと考えていたけど。後から思い返してみると、確かにかっこいいなって風には思ってしまうかもしれない。


 でも、海原くんだしなぁ……。その一言に尽きるんだよな、本当に。この一言がある限り感情的な一線を越えることはきっと永遠にないし、だから疑われてもしょうがないんだよなぁ。否定するしかないというか。


 あ、でも。学校帰りに街の方寄ってた時にしつこくナンパされた時は、コンビニに行ってた海原くんが颯爽と戻ってきて高校生のお兄さん達に真っ向から立ち向かってた時は不覚にもドキッとはしたかもしれない。


 喧嘩にはならなかったから幸いだったけど、相手が悪かったら殴られたりしてもおかしくない場面だもんね。その後お礼言ったら「ガリガリ君早食いチャレンジしろよ」って無茶振りしてきたから一気に気持ちも冷めたけど。それがなかったら少しは印象変わってたのかな?



「……ほら。ちょっと顔赤くなった」

「え!? いやいや! そういうのじゃないから!」

「でも海原は星宮の事好きだって言ってたよ?」

「えっ」



 ……えっ!? え、はぁ!? まじ? …………まじ?


 いや何その急展開。ビビるって! 海原くんがボクの事……えぇ? 信じがたすぎる。てかそういう感情持ってるの? 女の子相手に? 女はくだらないとかつまらないとか言ってた人が?



「好きだからまた仲良くなれてよかったんだって。マネージャーに誘ったのもそういう理由だったらしいよ。もっと一緒にいたいだとか、そんな感じの」

「え、あ、ぅ……。そ、そうなの……? ……冗談とかではなく……?」

「うん」

「そ、そうなんだ……」



 本気、なんだ? へぇー……ふぅーん……変なの。変わってる人だな、まじで。絶対ボクなんかより他の女の子好きになった方が色々お得だろうに。素で可愛いし、女の子らしいし。こんな不完全な女擬き、付き合っても楽しくないだろうに。海原くんが求めるような女の子らしさなんて、ボク、対応できる自信ないんだけど……。



「告られたらどうするの?」

「えっ。……どうしよう」

「付き合わないの?」

「そ、そりゃ、海原くんはとっても良い人だし、かっこいいし、頼りがいあるし……ちょっと無愛想気味だけど、優しいし、まだ何考えてるか分からない所あるけど、聞いたら答えてくれるから、そこもいいなって思うけど……でも、ボクは、本当の女の子じゃないし……」

「付き合わないの?」

「つっ、付き合うとか付き合わないとかはその時にならないと分からなくない!?」

「でも告るまで秒読みだと思うよ? 今のうちに決心つけたら? その時になってテンパる方が色々駄目じゃない?」

「……そうなの?」

「うん。海原の勇気を水の泡にするわけにはいかなくない?」

「……」



 それは、確かにそうだけど。ボクがテンパって時間置いて考えてたら、それこそ海原くんは悶々とした日々を過ごすだろうし。でも……。



「シンプルに考えればいいじゃん。深く考えるんじゃなく」

「シンプルに……?」

「うん。ただ漠然と、付き合ったとしての世界線を考えた結果からそれを受け入れるかどうかだけ考えたらいいじゃん。自分が本物か偽物かなんて後回しでいいでしょ。てか、あんたの素性を知ってる時点で海原はそこら辺の都合も加味して好きなんだと思うし」

「……」

「で、告られたら付き合うの? 付き合わないの? どっち?」

「………………もし、告白されたなら。つ……つ、付き合う。き、気持ち的には、嬉しいし」

「嘘だけど」

「…………!? 間山さん!?」

「嘘だけど。海原が星宮の事好きって話」

「なんでそんな嘘つく!? 考えうる限り最悪に近い嘘なのですが!?」



 あんまりな言葉に声を荒らげてしまう。間山さんのやってる事、ちゃんと終わりすぎてて驚いてしまった。ちょっと怒りも抱いてしまう。他人の気持ちを踏みにじるんじゃないよ!



「でも今のでハッキリした。やっぱり星宮の側は、アイツの事好きなんじゃん」

「そうはならないよね!? 告られたらどうするかって話だったよ!」

「でも告白されたら受け入れるんでしょ?」

「うっ、それは、そうだけど!」

「嬉しいって言ったじゃん。アイツに好きになられたら嬉しいんじゃん。それをどうして好きじゃないなんて言い方できるわけ? 興味無い相手から好意向けられるのって正直気持ち悪いな、ウザいな〜としか思わなくない?」

「いやそこまでは思わないんじゃない!? てか友達だから、興味ないって訳でもないし……」

「へえ。友達はまた別と。じゃあなに、横井とか長尾に告られても付き合うって言えるの?」

「付き合わないけども!」

「谷岡の事はフッてたよね、相当仲良くしてたのに。あんなに一緒に楽しそうにしてたのに、海原と谷岡じゃ何が違うわけ?」

「た、谷岡くんは……だって、出会って間もなかったし」

「海原は一時期あんたをいじめてた相手だよ? 普通悪印象しか残らないよね」

「いじめてたって言っても海原くんだってボクのせいで傷ついてたらしいし! 一方的に憎むのは違くない!?」

「論点が逸れるからその話はいいや。あんたが何を言おうと、あんたは海原の告白を受け入れるって言ったんだよ。それは少なくとも本心でしょ」

「……っ、もう帰る!!」



 話にならないのでさっさと会話を切り上げようと立ち上がったら腕を間山さんに掴まれた。その手を振りほどいたら、間山さんは一瞬悲しげな顔を浮かべた。


 罪悪感で足が止まる。けど、先に最低な事をしてきたのは間山さんなんだしボクがそこで申し訳なさを抱く理由はない。そのまま帰ろうとしたら、今度は間山さんにカバンを取られた。



「返してよ!」

「……やだ」

「なんなの!? なんでそんなに海原くんとの関係に探りを入れようとするわけ!? 意味わかんないんだよ昔っから! ずっと意味分かんなかった!! むしろ間山さんの方が海原くんの事好きなんじゃないの!?」

「は?」



 間山さんが奪ったカバンを取り返そうとしていたら、急に間山さんが冷たい声を出してボクの髪を掴み引っ張ってきた。


 中腰になっていたせいでそのまま床に倒れ込む。すぐに立ち上がろうと体を反転させたら間山さんがボクの腰の上に乗ってきて、マウントを取られた状態になった。



「なんであたしがあんな奴を好きにならないといけないわけ? 意味分かんないんだけど」

「ボクの方こそ意味わかんないよ! ボクらの関係性にっ、一々間山さんが口出しする資格ないよね!? なんなの!?」

「っ! あたしは、ただ、星宮が大切だから……あ、あんな奴と一緒にいても、不幸になるだけだから! だから引き離そうとしてるだけで」

「何の根拠があって海原くんと一緒にいたら不幸になるって言ってるのさ!」

「わ、分かるんだよあたしには! 幼馴染だし、アイツの事ずっと見てきたから! アイツはあんたが思うような立派な人間なんかじゃないから!」

「なんか過去にあったんだね! 分かった! でもそんなのボクには関係ない、これも分かって!? ボクは間山さんじゃないから!」

「なにそれ。あたしとあんたは違うって言いたいの?」

「どう考えても全然違くない!? てか海原くんだってもう成長して立派な人になってるじゃん!」

「だから、恋は盲目ってやつだから! それは!」

「恋なんかしてないって!」

「嘘! あんたの目、恋してる目だったもん! あたしは誤魔化されないから!」

「目だけで感情読み取れるなら心理カウンセラーにでもなれば!? 勝手に憶測で話されても正直迷惑なだけなんだよ! 間山さんは親切のつもりかもしれないけど、ボクにはそれが負担にしかなってないから! 申し訳ないけどボクは間山さんの操り人形にはなれないし、思い通りにもなれないから! だからもう関わらないでよ!!!」



 つい、口が滑って絶対に言ってはいけない言葉を放ってしまった。


 間山さんの動きが止まる。同時に、ボクの背筋に嫌な感触が立ち上って急激に頭が冷えていく。


 もう関わらないでほしい。それは、最近ひた隠しにしていたボクの悪意だった。


 間山さんにも恩義はある。助けてくれようとした、心配もしてくれた。ずっと友達でいてくれた。だからこれはボクの中で留めるべきエゴで、沢山気にかけてくれた間山さんに対しては絶対に言ってはいけない禁句の言葉だった。



「……なん、でっ……そんな事言うの……?」



 間山さんの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。ボクの服に涙がぽたぽたと落ちてくる。今まで感じたこともないほどの後悔が胸をズキズキと痛めつけてくる。


 間山さんに声をかけるべきなのに、泣いている間山さんを見ていたらこっちまで悲しくなってきて、涙が出そうになった。傷つけたのは自分なのだから、ボクが泣いては意味が分からなくなる。ボクがグッと泣くのを堪えていたら、先に間山さんの口が動いた。



「……あたしは、ただ……星宮に傷ついてほしくないだけ、なの……っ、迷惑に思われてるのは、薄々分かってたけど……そんな風に、拒絶しないでよ……っ」

「……で、でも、ボクは」

「アイツとはっ」



 ボクの声を遮って間山さんが声を発する。



「お願いだから、海原とは……付き合わないで……っ」

「…………わ、分かんないよ。そんなの。今のボクには、何も分からない」

「分からなくてもいいから、お願いだから、海原の事を好きにならないで! ……きっと、後悔するから」



 そう言うと、間山さんはボクの上から退いてカバンを床に置き壁の方を向いて静かに泣いていた。ボクは何も声をかけず、カバンを取って部屋を後にした。

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