39話『恋の芽吹き』
最近、星宮と海原は一緒にいる事が多い。今日も二人一緒のタイミングで教室に入ってきたし。
星宮と一緒に登校できなくなった。その理由は星宮が野球部のマネージャーになったから。朝早くに学校に行かなくてはならないので時間が合わないと言われた。
野球部。海原も野球部だ。そして星宮はマネージャーをやる前から海原の練習する姿を見に行っていた。その流れがあってのマネージャー入り。
……やはり、二人はそういう仲なのだろうか。ずっと根拠の無い否定を繰り返してきたけど、やっぱり二人は同意の上で子供を作ったのだろうか。
「うっ! ……ぐ、う…………おぇっ!!!」
トイレに駆け込む。二人の関係性を考える度にあたしは何度も嘔吐する。
なんで? なんでなんで有り得ない有り得ない。海原は星宮をいじめていたのに、なんで仲良くするの? 意味が分からない。悔しい、憎い、海原なんて居なくなればいいのに。そんな考えが頭の中身を埋め尽くす。
「星宮、今日の放課後……」
「今日も野球部の練習あるから放課後に遊ぶのは無理かな。ごめん」
「……っ」
教室に入れば星宮はあたしとも会話をしてくれはする。海原は基本男連中と固まってるから自然と星宮を独占できる。けど、遊びの予定や一緒に帰ろうと提案すると決まって星宮は同じような定型文で誘いを断ってくる。
……少しくらい、あたしの事を優先してくれてもいいじゃん。今まで星宮を支えてきたじゃん。何があっても味方だって言ったじゃん。
星宮はあたしを選んでくれない。またあたし以外の人間にうつつを抜かしている。なんで? どうしてここまで空回るの? いつもいつも、小3の頃からずっと空回ってばかり。なんでみんな邪魔をするの? ムカつく、許せない。
「海原くんと星宮さん、付き合ってるんだって」
「それ本当?」
「最近仲良いもんね。美男美女だし。一軍カップルって感じでお似合いだ」
「海原が美男? 丸坊主だけど」
「顔普通に整ってない?」
「あー」
「でも教室ではあまり話してる姿見かけないけどな」
「部活中とか放課後とかずっと一緒にいるっぽいよ?」
「いいな〜。私も彼氏欲しい」
「もうキスとかしたのかな〜?」
近くの席で女子達が固まり二人の噂話をしていた。でも、本人達から『付き合っている』と明言された事は無いからあくまで噂だ。
……噂だけど、赤ちゃんの存在を知らない人達すらそう見えるってことは、よほど二人はカップル然とした行動を取っているって事だ。あたしの知らないところで。
気分が悪い。教室が居心地悪い。星宮と会話出来るのに全然楽しくない。……悔しい。
テスト週間に入った。テスト週間中は部活動が禁止にされており、この時期になってようやく星宮はあたしと一緒に登校してくれるようになった。でも放課後の誘いに関しては相変わらず。それとない感じで断られる。
星宮は誘いを断る時、その理由を明確には話してくれない。彼女はその場で考えたような言い訳を口にして、あたしからの言及をのらりくらりを躱すばかりで本当の事を教えてくれなかった。
避けられている。そう感じてから一層、あたしの心の闇は深くなっていった。
「星宮。今日さ」
「あ、ごめん。今日は外せない用事があるんだ。家族系のやつ。だから……」
「……星宮」
「間山さんとももちろん遊びたいし勉強も一緒にしたいんだけど、家族の事情だからどうしても」
「赤ちゃんの話っ」
この手は使いたくなかったけど、使わないとまた逃げられてしまうと思ったからあたしは禁忌の単語を口にした。
星宮の顔が曇る。その視線から目を背けて言葉を続ける。
「家に来て」
「……っ」
星宮の顔が更に不快そうに歪んだ。けれど彼女はすぐにその表情を隠すと、下手な作り笑いをして優しい口調で言った。
「……わかった。間山さんちだね。おっけー」
若干声が震えていた。感情を押し殺し、無理にそう言っているのが分かった。それを言い終えると星宮はあたしの元から離れて、俯いて、スマホを取り出し何かを打ち込み始めた。
髪が垂れて表情は見えなかったが、きっと不快感を露わにしていた顔をしているに違いなかった。姿勢からそれは読み取れる。
胸が痛くなる。悲しさと悔しさが心臓を握り込んでくる。
家に着くまでの帰路、あたし達は途切れ途切れの会話を交わした。歯車の噛み合わない会話、盛り上がらない会話、全然楽しくない世間話。……表向き友達をやっているからこなしているだけの、間を埋めるためだけの言葉のやり取り。
星宮はきっと海原と帰りたかったのだろう。教室から出る直前の様子から分かる。また胸が苦しくなる。
「おじゃまします」
家に着くと星宮は以前と変わらない声音でそう言って靴を脱いだ。退屈な帰宅時間中にメンタルを整えたらしい。あたしは先に自分の部屋に星宮を通し、飲み物を持って部屋に入る。
「……」
目が合うと、星宮は諦めたような暗い目をして自分からセーラーを脱ごうとした。あたしは星宮の腕を掴み、それを止めさせた。
*
どうせ今日もボクの母乳を飲むとかいう頭のおかしい行為をするために呼んだのだろう。そう思って自分から服を脱ごうとしたら間山さんにその手を止められた。
「……?」
「今日はそういうのじゃないから。てか、もうそれ辞めるよ」
「え? やめるって……変態授乳プレイ?」
「言い方。……よくよく考えてみればやってる事頭おかしいし、星宮の指摘通り母乳飲みすぎるとお腹壊すし。だからもう辞める」
「本当?」
「本当」
間山さんはボクから目を逸らしつつそう言った。……この頭のおかしい行為を辞めてくれるって話ならめっちゃ嬉しいし。でもボクの目を見て言ってくれてないからイマイチ信用に欠ける。
まあしかし、そんな事を言い出すって事はとりあえず今日は母乳あげなくてもいいって事だよね。それはとてもありがたい、胃の中を混ぜっ返すような嫌悪感が一気に引いた。あわよくばこのまま永遠にその捻れ切った性癖を封印してほしい。
「でもおっぱいあげるんじゃないんだったらなにさ? 勉強一緒にしようとか?」
「それも違う。あたしは別に困ってる所とかないし、星宮だって赤点取るような頭の悪さではないでしょ?」
「いや? 英語と国語は赤点必至かなと推察しているけれど」
「勉強しなさいよ」
「いやー。なんか文法って多種多様すぎて覚えるのがめんどくさいんだよね〜。もっと象形文字みたいに単純だったなら勉強する気も起きるんだけどさ〜」
「あんた象形文字読めるの? 古代人じゃん」
「読めないけど」
「よく胸張れるわね」
「胸はいつでも張ってるよ。まだ授乳期なので」
「……煽ってる?」
「煽ってはないけど、まだ言葉も喋れない赤ちゃんと同じものを摂取しててプライドとかないのかなぁってぇあいだだだだだっ!?」
間山さんの顎下に手を置いて唯が喜ぶくすぐりをやってあげようとしたら手を噛まれた。くっきり歯型がついている。痛い。
「次は胸噛むからね。中身噛み搾る」
「!る 母乳への執着残ってるじゃんか! 鬼! 悪魔! 変態! 倒錯的異常性癖保持者!」
「誰が変態よ! 乳牛の分際で!!!」
「乳牛呼ばわりはあんまりすぎない!? ごめんって! 噛まないでよ!」
「牛なら生食もいけるでしょ!」
「人だよボクは! 生食なんてしたらもれなくクールー病発症だよ! てか牛だったとしてもリスク高すぎるでしょ! ユッケかなんかだと思ってるのボクのこと!?」
「乳出るし肉も美味しそうだし非常食ではあるかもしれない」
「ゾンビパニックとか起きたらまず間違いなく間山さんと一緒には行動しない!!!」
少しの時間間山さんと噛まれて逃げてのやり取りを繰り広げた後、両者体力切れで膝に手を付き食人パーティーは一旦お開きとなった。良かった、危うくあだ名がエマージェンシー・フードちゃんになる所だった。
「よいしょっと。ほら星宮、後ろ乗って」
「むむ。デジャブだ」
飲み物で喉を湿して一息ついた後、間山さんに「行くよ」と言われて後ろを着いて行ったら下の駄菓子屋まで降りて彼女は塀の横に停めてあった自転車を引いてやってきた。女の子になりたての頃にも同じようなことがあったなぁ、女子の自転車の後ろに乗るってイベント。
「では失礼します」
「ん。……? ねえ星宮」
「はい」
「ちゃんと掴まってる? バランス取らないと、転んだら危ないでしょ。あたしの腰に手ぇ回しなよ」
「ですよね。そうなりますよね」
「なに?」
「いや……その、こんなんですけどボクまだまだ心は男のままなので。女子の体に密着するというのはちょっと」
「何言ってんの? 今更じゃない?」
「そりゃ間山さんに限っては今更ではあるけど。でもボクの方からしがみついた事はそんなに無いじゃんか。緊張するよ」
「童貞なの?」
「童貞だろ! 童貞喪失する前に陰茎消失してんだよこちとら!」
「下品だなぁ」
「普段もっと下品な話してるじゃん女子同士集まって……はあ。し、失礼します」
「変な所触らないでよ?」
「ねえ。これから勇気出してしがみつこうって時にそんな忠告しないでよ」
「冗談だって。別にどこ触ってもいいよ。なんならあたしの胸掴んどく?」
「結構です!」
「星宮よりでかいよ? 母乳パン詰まりで膨れ上がってる星宮よりボリューミーぞ? カモンカモン」
「結構って言ってるでしょ!」
間山さんの勧めを無視して普通に腰に手を回す。彼女は残念そうな声で「なんだぁ」って言い出した。触られたかったの? もう本当にただの変態じゃん。怖いって、この人。
間山さんの漕ぐ自転車に乗ってゆるやかな坂を下る。行き先は街だろうか?
ガタガタの土道を抜けて舗装されたコンクリートに道路が変わる。揺れがなくなった事でお尻が痛くなくなった。というか、街まで出てきたの久しぶりだなー。
「おっ。やっと来た、遅いぞ〜巨乳コンビ!」
「? 与能本さんだ」
自転車の行き先は隣町の、大きな洋風の建物だった。駐輪場には制服姿のままの与能本さんと冷泉さんがいる。
「こ、ここは……ラブホテル!?」
「ちゃうわ」
「あいてっ」
「カラオケだよ。看板に書いてあるでしょ」
カラオケか。こんな立派な建物なんだなぁ。ちょっとしたお城みたいだ。
「って、カラオケ? ボク来た事ないんだけど……」
「そうなんだ。初?」
「初」
「遅れてるねー。箱入り娘の冷泉に先越されてんじゃん」
「なら私が先輩ですね! 手取り足取りなんでも教えてあげますよ星宮さん!」
「おぉ、これまでにないくらい嬉しそうだ。先輩風を吹かしたくてウズウズしてる。じゃあボク歌にあんまり自信ないんだけど、どうすれば上手くなりますか?」
「歌ですか? ……熱意があればいいと思います! 熱唱ですよ!」
「バラードを熱唱する人いたら引くけどな。あたし」
「逆に聴いてみたいなそれ」
「そもそもボク歌詞とか覚えてないしなぁ」
「あ、それは大丈夫ですよ! 画面に歌詞が出てくるので!」
「へぇ〜」
そうなんだ。てっきり曲に合わせて歌詞カードみたいなのを渡されるのかと思った。
「よいしょっ。ちなみにみんなは歌上手いの? 声綺麗だもんね、歌唱力おばけ?」
「何を以て上手いとするかだな」
「ちなみに冷泉は音痴寄りだよ」
「与能本さん!? こ、後輩の前でそんな事言わないでください〜!」
「仲間が1人いてよかった。頼れる先輩だね冷泉さん」
「嬉しくないです!」
ひーんと冷泉さんが声を上げる。久々に冷泉さんで癒された。可愛いなぁ、抱きつきたくなる衝動を必死に抑える。
「あれ? てか冷泉さんの家ってここから結構近いよね? 服着替えてこなかったの?」
「学生服姿のままお友達と遊ぶ! それこそが青春ですよ星宮さん!」
「そ、そうなんだ。……ちょっと見ないうちにキャラ変わった?」
冷泉さんはボクの両手を握りキラキラした目で力説してきた。顔近いよ冷泉さん、びっくりしちゃった。ちょっと髪の毛ボクの顔に当たったし。以前はこんな感じのキャラじゃなかったよね?
「冷泉〜。ちょっと背中押してもいい?」
「? どうしてですか与能本さん?」
「もうちょっと顔を近づけたら唇くっつきそうだな〜って思って」
「!? だだだっ、駄目に決まってるでしょう!? ファーストキスもまだなんですよ私!」
「いいじゃん。女子同士ならノーカンじゃない?」
「じゃないですっ! 初めては好きな殿方とがいいです!」
「処女くさ〜い」
「ヴァージンなので!!! 純潔は守り通したいです!」
「たかがキスで大袈裟だなぁ」
「ね〜。間山もそう思うよね〜。少しちょんってするくらい別にいいでしょうに」
「待って。あたし、与能本とはキスしたくない」
「なんでよー!?」
言いながら笑いあっていた間山さんと与能本さんだったが、与能本さんの顔がぐわっと間山さんに近づいた瞬間に手で口を押さえられていた。ふごふご音を出しながら与能本さんが抗議する。
この2人、タイプが似てるしお似合いだよね。どっちも少しキツい性格してるというか、間山さんの方がより暗い雰囲気してるけどどっちも気が強くて強引な所あるし。
間山さんの異常性癖、なんとかして矛先を与能本さんへと仕向けられないだろうか。与能本さんなら胸に吸い付かれてもあまり気にしなさそうだし。
「あ、また星宮レズの発作か〜? 1年経っても治らないんだなぁそれ」
「あたしはレズじゃないって言ってるでしょうが」
「いやレズでしょ」
「なに? 星宮」
「なんでもないです」
慌てて口を噤む。危ない危ない、ついつい口を挟んでしまった。でも間山さん、日々の行いを少しくらいは省みてほしいかな。
いよいよカラオケ屋さんの店内に侵入する。おー、パッと見すごい豪華……に見えるエントランスだ。プチな噴水にミニなスフィンクスがお出迎えしてくれた。オシャレ〜。
「おー……お、お? あれ、思ったより狭いんだね」
「大部屋は空いてないっぽいね」
予想していたよりこじんまりとした部屋に通されて1つのソファに4人とも座る。
「間山、デュエットしよ!」
「いーよー。2人も合いの手入れてね」
「はい!」
「合いの手? はぁどっこい! あぁよいしょっ! みたいな?」
「いやいや。その曲特有の合いの手ってあるじゃん。星宮はこの曲知らないの? CMソングだよ?」
「最近テレビ見ないからなぁ」
「YouTubeとかでも流れるよ?」
「サロン系の広告ばっかり流れるからなぁ」
「それあんたが美容脱毛とか調べてるからじゃないの」
「!? し、調べてないよ! そんなっ、女の子みたいな事する訳ないじゃん!!」
「? 女の子みたいって女の子じゃないですか」
「あっ。それはそう、なのだけれども……」
「曲始まるよー」
与能本さんの声と同時にスピーカーから伴奏が流れてきて間山さんが歌い始める。続いて与能本さんのパート。めっちゃ歌上手いじゃんこの人達。この後で歌わされるの? 拷問かな?
「星宮さんも合いの手入れましょっ!」
「えっ、この歌知らない……」
「ノリでいけますよ!」
「ノリ!? 冷泉さんの口からノリ!?」
ノリでとかいうタイプだっけ。てかマイク持ってる2人よりもテンション高いや。腕を交互に振り上げてるもん、お嬢様モードの時と振り幅すごいな。
「星宮さんっ!」
「ええぅえっ!!?」
いやだからこの曲知らないんだって! という理屈も通じないくらいノリノリになっちゃってるのでもうテキトーに声を出す。ご丁寧にどんな合いの手なのか括弧書きで画面に表示されてるから何を言えばいいのかは分かるけどタイミングがっ! 拍がズレてる、リズム感終わっちゃってるなボク。
「次、星宮が入れなよ」
間山さん、冷泉さんが歌い終えるとボクに番が振られた。
「と言われても、歌える曲なぁ……」
「アニメの曲とかは? アニメ好きじゃん」
「飛ばす派なんだよねぇオープニングエンディング」
「お店で流れる曲は?」
「あんまり意識して聴かないしそもそもあんまりお店とか入らないし……あ。間山さんちの駄菓子屋で流してる演歌なら歌えるかも」
「演歌」
「選曲渋いな星宮」
「だって本当に歌とかあんまり興味無いんだもん!」
「いいじゃないですか演歌! 聴いてみたいです! 興味あります!」
「子供の頃から通ってたから覚えたってだけで、上手さとかは期待しないでよ……?」
曲を入れる機械をポチポチと操作し、曲を検索して送信ボタンを押す。わあ、演奏が流れてきた。マイクを持つ。なんか緊張する……。
「あぁあ〜〜〜、津軽海峡っ、ふぅ〜ゆげ〜しぃきいぃ〜〜〜」
「いや。さっきの感じで上手いのなんなん……?」
歌い終えた後、隣で与能本さんが褒めてくれた。冷泉さんはぱちぱち拍手してくれたし、間山さんも「おー」と声を上げている。
最初は緊張で顎がガクガク喉がヒクヒクしていたけど、歌い始めたら自分の声と演奏の音がいい感じに中和して緊張も解けて気持ちよく歌い上げることが出来た。
なるほど、これは確かに楽しい。カラオケに行きたがる人の気持ちもちょっと分かるかも?
「星宮って案外低音系の声質してるんだね。快活に喋るし物腰柔らかいから声自体高いイメージあったわ」
「ふむ? そうなの?」
「めっちゃ芯があったよ声。だから演歌しっくり来たわ」
「お〜」
「高い声でオーバーリアクションするからなぁ。落ち着いて話す印象ないよね、星宮って」
「ちょっと棘がある言い方かもな。与能本さん」
「ふふっ。確かに落ち着きはないですけど、星宮さんってとっても明るくて素敵な事を言ってくださるので話してて楽しいですよ! 時々ちょっとうるさいかなって思うくらいです!」
「うるさいって思ってるんじゃん。ボクそんな騒ぐタイプかなぁ!? 間山さんの方がドス効いたがなり声よく出すじゃん!」
「ドブボって言いたい? あたしの事」
「言ってない!? そういう意味ではなくてぇ!」
「むしろ間山は声質高いのにドス効かせられるのすごいよね。デスボとか超上手いし」
「デスボ? 死者なの? 呪怨的な声ってこと?」
「違うよ、安直か。よし、間山。いっつも入れてるきりんぐみーって曲入れな!」
「どの立場なのよあんた。仕方ない、鼓膜ぶち抜いてやろう」
「いいね〜!」
「やったー!」
「ん、なんで2人とも喜んでるんだろう。鼓膜ぶち抜いてやるって言われてるんだよ? マゾヒストなのかな」
そして流れる伴奏。なるほど、凄まじい曲だな。間山さんの唸り声もすごいや、恐竜みたいな声出すじゃん。喉痛くならないのかな? いつもの平坦ボイスが嘘みたいだ。なんで普段は声張らない喋り方してるんだろ。
「あ、飲み物なくなっちゃった」
「ボクが入れてくるよ。みんな何がいい?」
「私も行きます! お花も摘みに行きたいのでついでに」
間山さんと与能本さんの要求を聞き、全員分のグラスを持って冷泉さんと共に部屋を出る。先に冷泉さんは小走りでドリンクバーの所に行くと、空になったグラスを置いてパタパタとトイレの方へと駆けていった。結構我慢してたっぽいな、言ってくれれば退くのに。
「さて。与能本さんがコーラで、間山さんはメロンソーダだっけ」
新しいグラスにまずコーラを注ぎ入れ、続いて間山さんの分のメロンソーダを入れる。でもただ飲み物を持っていくだけじゃ遊びが足りないかな。
2つのグラスに飲み物を半分くらい入れた所でボタンを離し、ドリンクの種類を吟味する。ふむふむ。
コーラにはアイスコーヒーを入れて、メロンソーダにはアイス緑茶をぶち込む。色の違和感はあまりないな。よーし。
「おまたせしましたぁ」
「冷泉さん。おかえり」
自分の分の飲み物を入れて冷泉さんを待っていたら少しして彼女がトイレから戻ってきた。
「星宮さん。聞いてもいいですか?」
「うん? なんでしょう」
部屋に戻ろうかってタイミングで冷泉さんが珍しく改まった態度で声を掛けてきた。
「星宮さんって野球部のあの方……えと、海原さんと、仲がいいですよね?」
「む? 意外な名前が出てきたな」
冷泉さんの口から海原くんの名前が出てくるとは思わなかった。関わりあったんだ? 小学校違うしクラス被りもしてないのに意外な繋がりだな。
「海原くんがどうしたの?」
「その……なんと言えばいいのでしょう」
「? 穏やかじゃない感じの話?」
「や、そういうわけではないのですが……そのぉ……他の方のプライベートを詮索するのは如何なものかと」
「プライベート? 別にいいんじゃない? 海原くんあんまりそういうの気にしないタイプだし」
「そうなんですか?」
「うん」
昔ならまだしも、今の海原くんは人が変わったと思うくらい性格が丸くなってるからな。だし、悪口を言わない限り怒る理由も特にないって考えそうだし。冷泉さんは他人の悪口とか言うタイプでもないしね。
「では……あの、海原さんって、誰かとお付き合いしてたり」
「うん?」
「単刀直入に言いますと、海原さんって彼女さんとかいらっしゃるのかな〜と。そう、気になりまして」
「うーん? 居ないと思うけど……」
彼女、か。居たとしたら放課後あまりにもその彼女さんに時間使って無さすぎるしなぁ。だし、よくボクと休日に遊んだりするから普通の女の子なら怒るだろうし。そういう話も聞いたことないから多分彼女はいないと思う。
「ほ、本当ですか?」
「うん。ボクが知る限り海原くんはフリーだよ。童貞だって言ってたし」
「そそっ、そんな事まで教えてくれなくてもっ! でも、お付き合いするならってお話でよく海原さんの名前を聞く気が……」
「確かに、結構モテるよね彼。ボクからしたら不思議で仕方ないけど」
「星宮さんは」
「うん?」
「星宮さんは、海原さんの事、どう思っています……?」
「え。……ノリが合う友達?」
「お友達、ですか?」
「うん。友達だよ。一緒に居ると楽しいしね!」
「! そ、それじゃあもしかして、海原さんの事……」
「?」
「……好き、とか。そんな感じです?」
「………………えぇ?」
冷泉さんが口にした言葉をゆっくりゆっくり咀嚼して考える。好き? ボクが? 海原くんの事を?
そりゃ話す分には楽しいし、一生懸命何かしてる時はかっこいいなって思うし、落ち着くから割と一緒に居るし、事情を知ってるから気を使う必要も無いし。
「……うん、無いな。海原くんは無い、好きではないっ!」
「え。ちょっと顔赤いですよ?」
「照明がオレンジ色だからでしょ。長々と審議した結果、ボクの中で海原くんは『どう考えてもどこまで行っても気の良い友達でしかない』という結論に至ったよ。だから冷泉さん」
「はい」
「……冷泉さんの恋、応援するよっ」
「!?」
グッと親指を立てて頼もしさ満点の表情を作ってあげたら冷泉さんこそ顔を真っ赤にして手で顔を覆い隠した。分かりやすいな〜。見てるこっちがなんか照れくさくなるくらい可愛い。
「し、知ってたんですか? 私が海原さんのこと……」
「今知ったよ。てか分かりやすすぎるでしょ、あんな質問されたら誰だって察しつくよ?」
「そうなんですか!?」
「うん。あの2人に言ったら間山さんからは猛反発食らうし与能本さんからは茶化し冷やかしを受けるだろうから話さない方がいいと思うな」
「私もそう思い至り最初に星宮さんに相談をしようと……でも、そうなんだ。恋人いないんだぁ……」
嬉しさが隠し切れていない声で冷泉さんが呟く。すっかり恋する乙女の声音だ。この調子じゃ口に出さなくても丸分かりだよ。隠し事とか苦手そうだしな〜この人。
「ボクは冷泉さんの恋を応援するよ。全力でサポートもしよう。冷泉さんはきっと海原くん相手に人見知りを発揮しちゃうだろうし」
「そんなっ、星宮さんの手を煩わせるわけにはっ」
「いいっていいって〜、大切な友達の恋の分岐点、素敵じゃないか! 是非とも成就してほしいよ! 必ず成就出来るようサポートするから、お姉さんに任せなさいっ!」
「……ふふっ。お姉さんって、私達同い年ですよ? それに星宮さん、そんなにお姉さんっぽい容姿してませんし」
「なんだと。冷泉さんよりは身長高いだろ! 胸も大きい!」
「でも性格の面では私の方が遥かにお姉さんです!」
「いーやそんな事ないね。ボクは頼れるお姉さんだよ、そう自負しています」
「星宮さんはどちらかというと小さな男の子って感じがします!」
「なぬっ!?」
そんな馬鹿な。急に本質をぶっ刺されてビクッとしてしまった。観察眼鋭いな、冷泉さん。本人に直接昔のことを話した事がないのに中身が小学生男子なのを見抜いてきてる!
「ふふっ、あははっ! ……星宮さんに相談して良かったですっ!」
少し間を置いた後、冷泉さんが声を上げて笑い嬉しそうな笑顔を向けながらそう言った。これまで冷泉さんの事は控えめで小さなお嬢様って感じに思っていたけれど、今の冷泉さんは初めて恋を自覚して意中の相手を想う素敵な女の子って風に感じた。
今まで見てきた中で1番可憐な顔で笑う冷泉さん。ふむ。なんか胸がドキッとした。この感情は……。
「やべ。今ときめいちゃった。ごめん冷泉さん、応援するって言ったけどやっぱりボクと付き合わない?」
「!? なんでそうなるんですか!?」
「や、あまりにも可愛すぎたので。大丈夫、女の子同士でも恋愛は出来るよ」
「星宮さんも素敵な方だとは思いますが! 同時に2人のお相手を好きになる事なんて出来ませんよっ!」
「であるならば仕方ない。寝取ろう。海原くんから冷泉さんを」
「? ねとろう? ってなんです?」
「恋人を奪う事を指すかな」
「私まだ海原さんと付き合ってないのですが!?」
「うん。先にボクと誓いのキスをしよう、冷泉さん。病める時も健やかなる時もだよ」
「え、あ、あの、星宮さん? ほ、本気なのですか!?」
「本気だよ?」
「っ!? こ、こ、困りますぅーっ!!」
あ。逃げちゃった。あらら、冗談だったんだけど伝わらなかった感じかな? 冷泉さんもまだまだ箱入り娘だねぇ。なんというか、本当に付き合って綺麗なまま大人になるまで育てたくなってしまった。庇護欲そそられるなぁ。