38話『睡眠は大事』
女子マネージャーの朝は早い。朝練が始まる前、7時少し前に登校して部室の鍵開けやら備品の準備、石灰で白線引きをして野球部のみんなが登校するのを待つ。練習開始は7時20分、人が集まるまで待ちぼうけだ。
「ふわぁ……」
眠い。ただひたすらに眠い。野球部入る以前から1時間以上早く学校に来なきゃならない想定外だった。
はぁ、暇だ。眠い。唯が夜泣きする度に起きなくちゃならないし、その上でこんなに早くから学校に来なきゃならないなんてちょっとした拷問だな……。
「おはようございます星宮さん」
「おぁようごじゃいます……」
備品を出し終えて部室内のベンチでうつらうつらと船を漕いでいたら同級生の野球部男子がゾロゾロ部室に入ってきた。要件もないのにどうしてこっちに来るんだろうって思ったけど、ご丁寧に挨拶をしに来てくれたらしい。眠たい目を擦りながら挨拶に応じる。
「今日も眠たそうっすね。あんま寝れてないんすか?」
「はぁい……夜行性なもので……」
「へぇ〜。あれっすか? ゲームとか好きなタイプ?」
「まぁ……」
「どんなゲームやるんすか? あれやってます? スマブラ」
「モンハンとかは?」
「FPS系はやるの?」
「……」
いや。明らか眠そうにしてるボクを相手にそんな質問攻めするかね普通? 正直会話したくないくらい眠たいんだけど……。
「……スマブラは、やります」
「お! じゃあ今度対戦しません? 俺らめっちゃ強いっすよ!」
「まじまじ! 刈谷めっちゃ強いんよ! 戦ったら絶対プレイスキル上がるからやろうよ!」
「……あはは。いいね〜、楽しそう」
「いつ来る? 俺ん家」
楽しそうって言っただけで家に行くとまでは言ってないんだけど。なんかマネージャーやってみて分かったんだけど、野球部の人みんなグイグイ会話振ってくるから気遅れするんだよな。酷い言い方はするなら、少し鬱陶しい。一昨日なんか来ないでって言ってるのにしつこく着いてこようとするし。はあ……。
今日も海原くんは時間ギリギリに来るのかな。彼、いつも集合するの遅めだって言ってたもんなぁ。まあ学校から家までの距離が部員の中で最も遠いから仕方ないのかもしれないけど。
てか、同じくらい遠い所から来てるのにこんなに早くに学校に来なきゃならないとか本当意味分からないよね。海原くんの無法が許されてるならボクだって集合時間ギリギリに……いや、そしたらマネージャーの仕事無くなるか。意味無いかぁ。くそー……。
「お前ら何してんの、学校来たらさっさとアップしろよ」
「「「……うぃーっす」」」
少し経ってから三年生の先輩方もやって来て同級生の人らを部室から追っ払った。入れ違いに先輩方のうち数人が部室に入ってきて、謎にベンチに座り始める。……1人、めっちゃ近くに座ってくる人がいる。この人、いっつも距離近いから苦手なんだよな……。
「はよ、星宮ちゃん。元気?」
「元気です……」
ボーッと地面を見ながら答えたら無遠慮に頭に手を乗せられた。くしゃくしゃっと荒く頭を撫でられる。……この謎の行動もまるで意味分からない。何度かされてるけど、どういう意図があってこんな事してくるのだろう。
不快だ。不愉快だ。
海原くんと違ってこの人に撫でられるのは全然気持ちよくないし気分が悪くなるから遠慮して頂きたいんだけど、先輩だからそんな事強く言えないしなぁ……。
「星宮ちゃんってさー、やっぱ彼氏とかいるの?」
「……いないって昨日言いませんでしたっけ」
「言ってたけど、マジ? そんな可愛いのに? そんな事あるかなぁ、恋愛とか興味無いの?」
「ぜんっぜんないです」
「なんで? 昔の彼氏になんかされたとか?」
「彼氏いた事ないです」
「それは嘘でしょ〜。告られた事は何度もあるっしょ? それ全部断ってきたの?」
「……」
何度もって、谷岡くんからしか告られたことないよ。勝手にボクを美人扱いしてくれるのは嬉しいけど、過大評価だからあんまりお世辞を言わないでほしい。嬉しくないし。しつこく女扱いされてもイラつくだけだ。
……イラつく。話題云々よりもボクにしつこくこの人自体にイラついているのかもしれない。ベタベタ体を触ってくるし、どうでもいい話振ってくるし。話長いし、暑苦しいし、しつこく連絡してくるし。
「へー。それなら何? 星宮って処女?」
「……は?」
「……おいおい。いきなりなにぶっ込んでんだよお前〜、キモいぞ〜」
ボクの隣にぴったり座って無駄な長話をしていた先輩が口を止めて少し間が空いた後、正面に座っていた別の先輩が突然ボクに処女かどうか聞いてきた。それに対して隣に座る先輩がわざとらしく注意する。……庇ってくれるのは嬉しいけど出来れば触れてほしくなかった。そうやって触れるとどうせ誰かが話題広げてくるし。
「女子にそういう事言うのはマナー違反だろ。なあ星宮ちゃん? 引くよな〜こういう奴」
「……まあ」
「だよな〜。謝れよお前、星宮ちゃん怒ってんぞ」
「マジ? えーごめん。でも女の下ネタってエグいんでしょ? これくらいなんてことは無いだろ」
……いや、ただ謝るだけ謝ってもう黙っててよ。反省してないじゃん、別に怒ってはいないからいいけどさ。
「女子の下ネタな〜。実際どうなんだろ。ねえ星宮ちゃん、実際女子ってどんな下ネタ話すん?」
「え……んー……」
「あ、答えにくかったらいいよ! 俺はただ星宮ちゃんと交流を深めたいだけだからさ。別に女子にがっついてるとか、そういう話をどうしても聞きたいってわけじゃないから!」
「はあ」
「うん! で、どうなの? どんな話するの?」
興味無いんじゃなかったのか。結局話題を続行してるじゃないか。
「……話したくない?」
「はい。そういう話はちょっと」
「そっかー。ほら見ろ、星宮ちゃんお前に引いてるぞ。キモい事言うから〜。部活辞めたらお前のせいだぞ〜」
うるさ。声がガンガン頭に響く。頼むからすぐ隣で大袈裟な口調で話さないでほしい。不愉快だ。
てか会話の文脈的に今のはこの部室内にいる人両方に対してドン引いてるつもりで言った言葉だったんだけど。どちらがとかではなく両方平等にキモいんだけどな。なんか当たり前のように自分を省いてるけど、ボクからしたらどっちも大差ないよ。
「げっ。もうこんな時間だ。行こうぜ星宮ちゃん、顧問が来る」
「……はい」
練習開始1分前になってようやく二人が動き出す。練習開始前に部員全員集合して、ボクが点呼確認する流れになってるからこの二人と一緒に顧問の元へ行かないといけない。うーん、嫌だなぁ。距離近いし、歩くとぶつかりそうになるし。
「っぶねぇ〜! セーフ!」
「遅刻だよ海原ァ。ったく、いつになったらそのルーズな行動を改めてくれるんだお前は」
「いたたたっ!? いやコンマ数秒間に合ってましたよね今日は!? 痛ぇ〜!!!」
顧問の前に集合し、点呼確認しながら名簿にチェックを入れていたらようやく海原くんがやってきた。海原くんは顧問にこめかみをグリグリされ悲鳴を上げる。もう見飽きた光景だ。
折檻を受ける海原くんを見てみんなが笑う。ボクもみんなに流されて笑うが、別に特段面白くもない。仲良くもない男子と腕同士がくっつくくらい近付かれてるからそれに対する嫌悪感が勝ってる。もうちょっと間隔開けて並べないものなのかな〜。
「いってぇ〜」
「相変わらずだな海原。もう少し早起きしろよ」
「無茶言うなよ〜。家が遠いんだから遅れるのも当然だろって」
イラッ。海原くんはボクに一瞥もせずに仲の良い男子の隣に並び小さな声で雑談する。その声はボクの元まで届いていて、彼の物言いに少しイラついてしまった。
同じくらい遠くから登校してるボクはみんなよりずっと早起きしてますが? てかボクだって仲いい友達なんだから、チラッと見るくらいしてくれてもいいじゃん。野球部入ったらみんな喜ぶって言ってくれたのに、肝心の海原くんは前とあんま変わりない関わり方しかして来ないし。……はぁ。なんか、損してるような気分だ。
点呼が終わって顧問からの連絡事項を伝えられた後、部員は運動前のアップを始める。偶数でグループを作って軽い準備運動をするのだが、部員の人数がボクを除くと奇数になる為、必然的にボクは誰かのアップを手伝う事になる。
「今日もよろしく頼むね、星宮ちゃん」
「はぁい」
ボクは、海原くんとではなく三年生の誰かのアップの手伝いをすることが多い。特に多いのはボクにベタベタしてくる先輩だ。自分よりもずっと大きな体を持つ相手の背中を押したりする。筋肉があるからこっちに対する反動が強くて、ちょっと面倒くさいんだよな……。
「ふぅ。あんがと、星宮ちゃん」
「いえ」
「あ、てかさ。前々から思ってたんだけど星宮ちゃんもアップしとく?」
「はい?」
「マネージャーとはいえ長時間動いたり立ちっぱだったりするから足腰疲れるっしょ? 準備運動した方が良くない?」
「……まあ。確かに」
「でしょ? 手伝うよ。ほら、前屈から」
ボクが理解を示すとすぐに先輩はボクの背後に回った。うーん、言ってる理屈は分かるけど別にして欲しいわけじゃないんだよな。断る理由が見当たらないから何も言えないけどさ。男の人に体を触られるの、嫌な記憶が思い起こされるから出来れば敬遠したい……。
「痛くない?」
「……んっ。だい、じょうぶです」
「体固いね〜。風呂上がりに柔軟とかした方がいいんじゃない? 体が固いと怪我しやすくなるぞ」
「そう、ですね。一考の余地、ありけり」
「あははっ。言い回しおもしれ〜。星宮ちゃんって何時くらいに風呂入ってるの?」
「え? んー……8時とか? あ、時々夜に入るのめんどくさくて、朝とかに入ったりもします」
「朝シャンか。どうりでシャンプーの匂いが強いわけだ。今日も朝シャンっしょ?」
「は、い……ふっ!? い、痛いです」
「ごめんごめん。ここが限界か。じゃあ次は開脚な〜」
前屈を終えると先輩はボクの目の前に腰を下ろした。足を若干広げると、先輩はボクの靴の側面に自分の靴の裏を当てて足を開き両手首を握ってきた。
「おっ。こっちは案外柔らかいんだ」
「あの、先輩?」
「うん?」
「腕の引っ張り方が……そういう風に手首がくっつく感じで引っ張られると、胸が圧迫されるので……」
「胸? あぁ、気にしなくていいよ。俺そういうのあんま興味ないしさ」
いや知らんよ? そっちの興味がどうとか聞いてないよ? 腕を交差するように引っ張られると胸がぐにぐに圧迫させられて、ちょっと迫り上がって目立つ感じになるから恥ずかしいしやめてほしいって言いたいんだけど。伝わらない?
てか興味ないって言いつつめっちゃ胸見てるし。どこに視点を置いてるのさ、そりゃ対面だし目を置き所どこにしようか迷うのは分かるけどよりによってそこ? 普通に地面を見ていてほしいんですけど。
「てか星宮ちゃん結構胸でかいよね。何カップ?」
「えぇ? ……Fカップです」
「Fってどんくらい?」
「どんな質問ですか。FはFでしょ。ABCDEFのFですよ」
「俺男だからよく分からないんだよね。大きさ的に何が近いとか、重さ的に何が近いとか」
「気になるんですか? そんなの」
「興味は無いけど気になりはするかな」
どっちだよ。気になるなら興味あるでいいじゃん。興味なかったらカップサイズなんて聞いてこないでしょ。なんなのこの人、ムッツリおっぱい星人なの?
「見た目は見ればわかるでしょ。重さは……なんだろ。肩とか疲れるくらいです」
「おー。見ればわかるでしょって、その状態じゃよくわかんないや。手を離すからよく見せてよ」
「はい?」
「胸張ったら分かるくない? 体操着なんだし」
いや、どう見せるのかって聞いてる訳ではなく。なんでわざわざそんな事しないといけないのって意味で聞き返したんだけど。この人が年上じゃなかったら普通に顔面に膝蹴り入れてたよ?
「……これでいいですか?」
「いやー分かりづらいな。腰に手を回して、こう、体操着引っ張るみたいな感じにしてくれない?」
「はあ」
この人、普通に胸みたいだけでしょ。正直に言えよ、回りくどいな。なんで男ってこう、胸なんかに興味津々なんだろ。その自分は無関心ですよ〜みたいな顔するし。意味分かんない、無駄なプライドだなって思う。
「おぉー。でかいな」
「……あの。これやるとブラの形が浮いちゃうんで。もういいですか?」
「いいよ。ごめんね星宮ちゃん」
「はあ」
胸を張って形を見せつけるとかいうよく分からない行為を取ったら先輩は満足して練習に参加しに行った。
「はぁ……」
「よっ。おつかれー」
朝練終わり。またベタベタしてくる先輩が話しかけてきて一緒に校舎行こうという誘いをやんわり断りセーラーに着替えてから下駄箱で靴を替えていたら海原くんが話しかけてきた。ボクは海原くんにパンチを入れる。
「いてっ。不意打ちはやめろと言っておろうが」
「マネージャーつまらん! つまらーん!」
「まさかのセリフ!? つまらなかったか? まあ作業内容的に雑用だもんなー……」
「それはどうでもいいんだけど! 部活入った途端海原くんの事全然見れなくなった! 部員の人ら話しかけてきすぎ!」
「あー。ちょっとしたアイドルみたいな扱い受けてるもんなお前。人気殺到か」
「人気とかどうでもいいし! てかみんな汗臭い! 汗臭いのになんでくっついてくるのさ! 距離近いよみんな!!」
「そんなもんだろ〜運動部なんだし。距離近いのもまあ、一緒に活動してる以上しょうがなくね?」
「分かってるけど! てか海原くんボクに全然話しかけてこないじゃん!」
「む。なんだお前、寂しがってるの? 彼女みたいだな」
「別に寂しがっては無いけど! てか彼女みたいとかきっしょい事言わないでよ。まったく」
上靴に履き替えて廊下を歩く。少し遅れて海原くんが隣を歩いてきたのですかさず腰に2、3発パンチを入れる。
「しゅっ! しゅっ!」
「だから不意打ちやめーい。お前のヘナチョコパンチでも痛いには痛いぞー」
「そのまま遺体になってしまえ!」
「痛いだけにってか。ちょっとオモロイな」
「うるさい! まったくもう。……てか海原くん、今日ちょっと投げ方変じゃなかった?」
「お。嫌がりながらもちゃんとマネージャーっぽい事言ってきたな」
「一応入ったからには真面目に責務は果たしますけども。真面目なので。で? どうしたのさ、肩痛めてる? 変な癖ついてたよ」
「おー。実は昨日家の階段滑り落ちちまって。その時に強打してからずっと肩の感覚変なんだよな」
「うぇ。まじで? 一大事じゃん」
「一大事か? フォームは確かに崩れてたかもだけど、感覚的に球速はそんな落ちてなかったと思うぞ?」
「遅効性の毒だったらどうするのさ。後から肩がぶっ壊れるかもって不安にならないの? 仮にも野球部員なのに」
「仮ではないんだが」
「普通野球やってる人はもっと肩の異常には敏感になるべきでしょ。選手生命絶たれるかもって不安になるべきだよ」
「確かに。どうしような、湿布くらいは貼った方がいいんだろうか」
「何もしてないの?」
「何もしてない」
「馬鹿すぎて心配より呆れが勝つな。じゃあ教室行く前に保健室寄ろっか」
「保健室?」
「湿布貼るよ。そのまま放置は野球少年としてあってはならない状態すぎる」
「でも今日って保健室の先生いる日だっけ? 多分入っても無人だろ」
「ボクが貼るよ」
「……げぇっ!?」
何故か海原くんがボクからサッと身を引き目をかっぴらいて見つめてきた。どういう反応? ボクおかしな事言ったかな。
「じ、自分で出来るよそれくらい。お前の手は煩わせない」
「利き手じゃない方の腕で上手く貼れる?」
「俺に出来ないことは無い」
「じゃあ怪我してるのが不思議でならないけども。階段で足を踏み外しても無傷で着地するくらい造作もないでしょ」
「俺にも出来ないことだってあるさ」
「1分経たずして矛盾を口にするじゃん。ボクに上裸姿を見られるのが嫌だって言うなら流石にギャグだよ? 童貞力高めだよ?」
「童貞言うな。……まあその、なんだ。お前が星宮だって分かってはいるけど、女子に上裸を見せるのはちょっと……」
「プールの授業の時どうしてたの?」
「それとこれとは別だろ」
「別かなぁ。てかマネージャーである以上これからも同じような事する機会あるだろうし、そこは割り切りなよ」
「割り切るって……お前はいいのかよ? 男の上裸なんか見れるの? 恥ずかしくならん?」
「なんでボクが恥ずかしくなるのさ。元男だよ、心も全然男のままだし。ボク視点同性の体なんて見ても何も思わないよ」
「そうか……視点の問題か……」
「そそっ。というわけで」
渋る海原くんの腕を掴み、強引に保健室まで引っ張って行く。海原くんの言っていた通り、保健室に鍵はかかっていなかったけど中は無人だった。管理者がいないのに空きっぱなしの部屋があるっていうのはどうなのだろう?
「はい脱いで」
「分かってるよ。はー、なんか変な気分だわ」
海原くんをキャスターが着いた椅子に座らせてその間に勝手に棚を漁り湿布を探す。はえー、痛み止めとかあるんだ。生理の時とかに使えそう、いくつか盗んで行こっかな。
「あったあった」
湿布の箱を発見し、一枚拝借し振り返ると海原くんは椅子に座ったままクルクルと回転して遊んでいた。子供か。
「それでコケてまた肩を打ったりしたら、呆れ通り越して怒るよ?」
「この椅子いいな。教室まで持っていこうかな」
「没収されるでしょ。馬鹿な事言ってないで背中向けて」
「はいはい」
面倒くさそうに返事すると海原くんは背中の方をボクに向けた。おー、筋肉のおかげででっかい背中してるなぁ。いいなぁ〜、喧嘩強そうに見える。かっこよい。
「打ったのはどこらへん? ここ?」
「いでぇっ!? 指で押すなよ!」
「触診しないと患部が分からないじゃん。今の所がだいたい痛みの中心?」
「お、おう。押すなよ? 絶対に押すなよ?」
「フリね。おっけー」
「いだだだっ!? 馬鹿なんか!? 押すなっつってるだろボケ!!!」
「明らかに押すフリだったじゃん、押されたくないなら黙ってなよ。貼るから動かないでね」
「ういー……」
海原くんの肩に手を触れ、ズレないように慎重に湿布を貼る。ふむ、我ながら綺麗に貼れたな。将来医者を目指してもいいほどの美しさだ。将来の夢が1つ決まりましたね。
「よーしこれでおっけいだ。さっ、教室向かおうか」
「おう。ありがとな、星宮」
「うん。……んっ!?」
学ランを着直した海原くんが立ち上がると、彼はお礼を言いながら不意にボクの頭に触れて撫でてきた。予想していなかった事態に間抜けな声を上げてしまった。
「……男子って、女子の頭を撫でる習性でもあるわけ?」
「ないだろそんなもん」
「じゃあなんでそんないきなり撫でてくるのさ! びっくりするわ!」
「えらいえらーいって褒めてやってんだろ。妹はこれで喜ぶ」
「それは妹ちゃんだからでしょ!」
「不快だったか?」
「え、いや、不快ではないけど……」
「ならいいじゃん」
「……なんか、別に不快ではないんだけど、何の感情もなしに作業的に頭撫でられるのはムカつくな!」
「作業的には撫でてねーよ。感謝のつもりで撫でてんだよ」
本当かなぁ? 感謝の気持ち入ってた? あまりにも自然に撫でてくるから機械的に感じたんだけど!
「他人の頭を撫でるのってそんな軽い気持ちで出来るものかな。海原くん、女子に見境なく頭撫でてない? いつか刺されるよ?」
「なんでだよ。てか見境なく撫でたりしないわ。お前くらいだぞ、妹以外で頭撫でる相手なのは」
「めっちゃ特別扱いじゃん」
「そりゃな」
そりゃな? ……さも当然のように行ってきたな。またもやびっくりしてしまった。海原くん、無意識のうちにそんなタラシみたいな発言を口にしてるの? 人を照れさせて悶え殺すつもりなのだろうか。怖いよ、もはや。
「なんでボクが特別扱いなのさ」
「はあ? そりゃお前……」
「……なんでそこで閉口する。ボクがなに?」
いつまでも頭に乗っている海原くんの手を退けて彼の顔を見上げると、海原くんは一瞬ボクと目が合いふいっと視線を横にズラした。おちょくられてる気がしたので視線が逃げた先にひょこっと顔を移動させたら、海原くんは驚いたように目を見開いて顔ごと別の方に向いた。それをまた追って海原くんを正面から見上げる。
「何故目を逸らす! 後ろめたい事でも考えてるのか!」
「……あー。まあ、アレだわ。星宮はなんか、小動物感あるから」
「小動物感? 平均身長だって言ってるだろ」
「見た目で言ってるわけじゃねーよアホか」
「アホだと!?」
「突っかかるなよ……」
「小動物感という言葉の意味を問う! ボクが何の動物に似てると言うんだ!」
「そういう意味ではいってねえのよ。……似てる動物で言ったら、子犬かな」
「子犬? ふむ。ゴールデンレトリバー的な?」
「いや。ブルドッグ」
「食らえっ!」
「ゴフッ!?」
舐めた事を言ってきたので思い切り腹に正拳突きしてやった。いや、ブルドッグも可愛いけどね? でも求めてた答えと違うわ、流石に我慢出来ないわ今のは。海原くんも海原くんで絶対可愛いなんて感想を持たずして今の答え出したもん。表情見てたから分かる、馬鹿にしてた今のは。
「お前……男から明るい女の子になったかと思えば、暴力振るう系女になっちまってないか? 最近……」
「安心しなよ。どんな失礼な事されたとしても、海原くんにしかこんな事しないからさ」
「どこに安心できる要素ある? 全然嬉しくないよ? お前からの暴力」
「人を馬鹿にするからだよ。ほら、行くよ。いつまでお腹を抱えてるつもりだよ、朝の会始まっちゃうでしょ」
「殴った張本人が言うなよ……」
海原くんと共に保健室を出る。そしたら廊下で丁度野球部の先輩方とすれ違ったから今起きた出来事を簡単に説明した。先輩方はやはりボクらに対し『カップルかよ、熱いねえ』などととんでもない事を言ってきたのでそれを否定する為にもう一度海原くんを殴り、教室に向かった。
海原くんは『絶対お前いつかやり返すからな』と言っていたが、果たしてそんな日はくるのか疑問である。今の海原くん、丸くなりすぎて一々された嫌な事とか覚えてなさそうだしね。