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35話『ただの友達じゃ嫌だ』

「質問するのはあたしだから。星宮からの質問とか意見とか、そういうのは禁止」



 正面に座る間山さんが厳しい口調で言う。


 息を飲む。間山さんが今なにを考えているのか、ボクから何を聞き出したいのかっていうのは表情を見ればすぐにわかった。


 きっと、海原くんについてだろう。


 確かにボクと海原くんは小学校の最後の方、完全に仲違いしていた。そこからまた話すようになるまでの流れを間山さんは知るはずもないし、クリスマスパーティーの日とか始業式でいきなり仲良くしてるものだから疑問に思ったのだろう。


 間山さんが表情をキツくする。責められてる気がしてボクは口元を隠す。何を言われるのだろう、緊張で喉が鳴った。



「……6年生の頃さ、海原に嫌がらせ受けてたよね。それで、星宮はアイツと距離を取ってた。それは人前でだけ? それとも、人の目がない場所では普通に話してた?」



 考える。


 そりゃ勿論、裏でだって海原くんとの交流は絶っていたさ。いや、下校時はよく荷物持ちをさせられてたから会ってはいなかったって言い方が出来るのかは怪しいけど、でも隠れてわざわざ会ったりはしていなかった。


 でも1度だけ、海原くんと一緒に過ごしたことはあった。家に帰るのが嫌で、停留所で時間を潰してた時に偶然会って。その時は会って話して遊んで、一瞬また仲直り出来るかなって思ったけど、出来なかった。


 まあアレは流石に例外かな。結局溝が深まっただけだったし。



「隠れて話したりって事は、なかったよ」

「嘘でしょ」

「え? いやホントだよ! 裏で海原くんと仲良くしてたことは無い!」

「あたしは人の目のない場所で話してたかどうかを聞いてるんだよ。仲良くしてたかどうかは聞いてない」

「っ……じゃあ、ある。話した事自体は」

「どんな話をしたの」

「ただの世間話だよ」

「どんな話をしたのかって聞いてる」

「…………家帰らないの、とか。暇ならゲームでもするか、みたいな。それだけの話だよ」

「行ったの? どっちかの家」

「……」

「答えて」

「……海原くんの家に行った。で、でもっ、確かに遊びはしたけどそれ以降は会ってないし遊ばなかった!」

「そこまでは聞いてない。わざわざいらない情報をつけ加えないで。信じられないでしょ、そんな取ってつけたような事言われると」



 冷たい口調で間山さんが言う。怖いなあ、しっかり尋問じゃないか。間山さんが注意深くボクの目を観察してくる。



「いつぐらいの話? それは」

「……春、だったと思う。詳しくは覚えてない」

「春? ふーん。……それからは?」

「そ、それからは何も無いよ。中学生になって、あとは間山さんが知ってる通りの生活しか送ってない」

「隠し事とかしてなかった?」

「な、ないよ」

「……」

「……な、何を疑ってるのさ!」

「あたし、見ちゃったんだよね」



 間山さんが1歩分ボクの方に近付く。後ろに下がろうとしたら腕を持たれた、間山さんはボクを逃がしてはくれないようだ。



「初詣の日。どこの神社で何してた?」

「えっ? は、初詣?」

「うん」

「……市外の神社で初詣行ってた」

「なんで? わざわざ市外の神社に行く理由ある?」

「し、親戚の家で過ごしてたから」

「何で嘘をつくの?」



 間山さんが瞬時にそれを嘘と断じる。更に目が鋭くなる。



「星宮のママは実家から勘当されてた、母方の親戚とは縁が切れてる。星宮のパパは身寄りのないヤクザの人。でもその組からは足抜けしてるから深い関わりはもう持ってない。だから親戚なんていない、そうだよね?」

「!? な、なんでそんなことっ」

「こんな狭い村なんだよ? お父さんが誰かに話した事は全部筒抜けだよ。少し興味を持てばいくらでも知れるよ、そんな情報」



 うげぇ、嫌だなあそれ。母さんが募らせていた不満や閉塞感を理解する。こっちは相手の事を知らないのに相手にはこっちの事を知られてる、そんな事が何度もあったんだろうな……。


 ボクも母さんも、他人の過去とかどうでもいいタイプだった。自分は詮索しないから貴方達も詮索しないでくれ、そんなスタンスで人と関わっている。でもそれは、この村の人達とは相容れない価値観なんだろうな。



「だから親戚は嘘。星宮はわざわざあたしに嘘を吐いて、地元の神社に行かなかった理由を隠そうとした。それはなんで?」

「か、隠そうとなんか……」

「それじゃ、わざわざ嘘を吐く理由はなに? あたしがその嘘を信じて納得してくれないと、都合が悪いんじゃないの?」

「……」

「……初詣の日、海原と一緒に居たんじゃないの?」

「!? えっ、あ、いやぁ……」



 名探偵かな? なんで今の嘘1つで正解を引き当てられてしまうのかな? 凄すぎるでしょ、どんなロジックを組めばそんな答えに行き着くんだろう。


 う、うーん。間山さんが突然言い当てるものだから普通に動揺してしまった。これじゃ誤魔化しても通用しないだろうな。ここは素直に……会っていたこと自体は本当だよって白状しよう。



「ま、まあ。一緒に居たというか、偶然鉢合わせて」

「偶然? ……市外の神社に行ったんだよね? それで偶然鉢合わせるの?」

「こ、これは本当だよ! マジのガチ! 嘘じゃない!」

「ちなみに、海原のおじいちゃんが神主さんやってるんだけど。その事は知ってた?」

「それも初詣の日に知った! これも本当! だから前もって情報があって行ったわけじゃないよ!!」



 間山さんがボクの膝に手を置いて、それを左右に開かせるように手で押してきた。



「……あの? ボク、今ちょっと恥ずかしいポーズさせられてるんですけど」

「ね。エロい事する時みたいになってるね」

「手、離せる!?」



 はっきり明言はしなかったけど間山さんも同じようなことが頭に浮かんでいたらしい。正常位だっけ? そんな感じの事をする時のポジショニングだもんね、これ。



「話を続けるけど」

「この姿勢で!? これだとボクのパンツ丸見えだよね!?」

「タイツ履いてんじゃん」

「履いてるけども! 恥ずかしいよ!」



 間山さんが手を離してくれたので両膝を下ろして正座に近い姿勢を取る。



「星宮、海原のおじいちゃんが神主してるのを知っててその神社に行ったわけではない。それで合ってるの?」

「合ってる、けど」

「海原家と特別親しくしてる訳でも無い?」



 海原家と、親しく……。


 むしろ逆だ。ボクは海原くんとは仲良くしたいとは思ってるし妹ちゃんとも同じように思っているけど、彼のお父さんに関しては……正直な所、良い印象を持っていない。


 だって、ボクを犯した大人達の1人で、ボクに赤ちゃんを産ませた張本人だし。そんな事をしといてボクや唯に関しては知らんぷりをカマしてて家族にもその事を隠している、良い印象なんて持てるわけがない。



「星宮。なにか隠してるよね」



 間山さんはボクの表情の変化を察知したのか、新たな問いを投げてきた。



「……特に、何も隠してない、よ」



 海原くん周りの話で言ったら、本当にもう隠し事はない。仲直りする要因を話せと言われればそれを話したっていい。休学中に偶然会って話したから。嘘偽りなくそう言えばいい。


 ただ、海原くん自身とは何の関係もない隠し事、つまり唯の存在を指しているのだとしたら? ……いや、間山さんはそれを知っているはずがない。唯を連れて外出をしたのは初詣に行ったっきり。

 父さんが買い物に連れて行ってたと話されれば、それはボクらが作った設定をそのまま話せばいいしボクの家庭事情を知っているのならその設定だって知ってるはずだ。


 これ以上後ろめたいことは無い。相手の出方を待つ。



「……星宮は、中学に入ってから急に太り始めてた。覚えてるよね、あたしが星宮のお腹を指摘した事」

「お、覚えてる」

「宿泊学習の時、星宮のお腹を見た。不自然なくらい下の方が盛り上がってた」

「ま、間山さんっ」

「ねえ、星宮」



 ボクの言葉を遮るように、間山さんがボクの名を口にする。そして、一拍置いた後に口を開いた。



「……最後に生理きたの、いつ?」



 冷たい目をして彼女が言う。ボクが用意していた言い訳を話すより先に、間山さんは確証を持ってボクに問いを投げかけてきた。



「……せ、生理は。毎月、来てるよ」

「嘘。星宮は生理、重いタイプだったよね。見てれば分かるから」

「生理不順なんだよっ」

「それも嘘。違う。生理不順なんかじゃない。確実に別の要因があって星宮は生理が来てなかった。でしょ?」

「そ、そんな事」

「中学に入ってから1回も星宮は生理が来てなかった。そうだよね」

「ち、違うよっ!」

「……休学してた理由って」

「違うって!!!」



 声を荒らげてしまう。涙が出そうになる。震えるボクを落ち着かせるように、少しだけ同情するような表情をした間山さんがボクの頭をよしよしと撫でてきて、落ち着きかけていた所でボクのお腹に手を置いてきた。



「小さくなったね、お腹。産まれたんだ」

「ちが、うって。ボクは……」

「いつから妊娠してたの?」

「ちがっ」

「前々から気になってたの。なんで星宮のお父さんは、奥さんと離婚して女の人との浮ついた話もないのに赤ちゃんを連れて買い物なんかに来てるんだろうって」

「……」

「初詣の日にね。あたし見てたんだよ。星宮と海原が居て、そこに赤ちゃんがいた事。2人とも、とっても仲良くしてたよね。あの時の星宮、子供を産んだお母さんみたいに穏やかな顔してた」

「間山さんっ! あれは違くてっ! ほ、本当にあれは偶然でっ、赤ちゃんは、その……あの、ひ、拾ったんだよ! 拾った!」

「それは無理だよ星宮」

「ボクのじゃないっ! ボクが子供を産むだなんて、そんなの、し、信じられないでしょ!!」

「……でも不可能ではないよね。あたしら、もうとっくに子供産める歳だよ」

「そ、そうだけど!」

「痛かった?」



 間山さんはもう確証したといった感じの表情でボクを見つめている。憐れむように優しく頭とお腹を撫でてくる。


 嫌だ、そんな事信じないでくれ。そんな風に思わないで。そう嘆願するように、ボクの目から涙が溢れてくる。



「違う、ちがっ……お願いだから……気持ち悪がらないで、哀れまないでよっ……」

「気持ち悪く思うはずないでしょ。あたしは星宮の味方だって言ってるじゃん」



 知られたくなかった。少なくとも、間山さんにだけは絶対に。見下されると思っていた、避けられると思っていた。だけど、間山さんはそんな不安で泣いてしまったボクを優しく抱き締めてくれた。


 しばらく泣き続けた後、ボクが落ち着いた後に間山さんはまたボクへの質問を始めた。



「あの赤ちゃんはボクの子。でも、父親は誰か分からない」

「え? 誰か分からない? ……本当?」

「ほ、本当」



 観念して唯の事は話した。妊娠中に海原くんと偶然会い、話をした事も。それを間山さんは疑わずに聞いてくれたが、父親の話については予想通り疑うような目でボクを見てきた。



「本当に分からないの? それは何故?」

「……小6の頃、ボクは沢山の人に犯された。それは間山さんも知ってるよね」

「知ってる。けど、相手を特定出来ないなんてそんな事ある? 病院に行って調べれば解決じゃないの?」

「……」

「本当は知ってて、それをあたしに知られたくないってだけじゃないの?」

「……」

「……海原が」

「海原くんじゃないっ! それだけは信じて! お願い、お願いだから……っ」



 必死に懇願する。顔を見られたくなかったから土下座をした。顔を見られたら、海原くんでは無いにしても海原くんの父親ではある、そんな風に見抜かれてしまうと思ったから。


 間山さんはまるで超能力者だ。ボクが考えている事を逐一当ててくるし、何を考えてるか分かってる前提で話を進める。だから顔を見られるわけにはいかなかった。



「……この村ってさ。大人もそうだけど、子供もどこかおかしいよね。ムカつくって理由だけで、平気でレイプしたりするし。そんなニュースよく聞くよね」

「違う、違う、海原くんはそんな事しない!」

「……学校に復帰した時期的にさ、受精したのっていじめられてた頃くらいだよね」

「ちがっ」



 違くはなかった。時期的には確かにそう。だけど、海原くんもその周りも人たちもボクにそういう手出しはしてこなかった。そう言えばいいだけなのに、何故かボクは息を詰まらせてしまった。



「……分かった」

「! わ、分かってない! 違うって間山さん!」

「大丈夫、もう十分だよ。ごめんね、辛い事を思い出させて」

「間山さん!」



 土下座を解いて間山さんに縋り付き「違う」と繰り返し訴えるが、彼女はもう聞く耳を持たずただボクを抱き締めて頭を撫でてきた。今はそういう慰めはいらない、とにかくボクの話を聞いてほしい! その願いは叶わず、有耶無耶になったまま間山さんはボクを押し倒して「あたしも星宮にエロい事しちゃうぞ〜」などとおどけて言って無理やり空気を入れ替えようとした。



「聞いてよ間山さん、ボクの話!」

「星宮ってまだ母乳出るの?」

「出るけど! そんな事どうでもよくて!」

「飲みたーい」

「!? え、何言ってんのマジで!? 頭おかしいんじゃないの!?」

「ふむ? 星宮が勧めてくれたエロ同人誌にもそういうジャンルあったよね?」

「一般性癖では無いからねそれ!? てか勧めてないよ! そういうのを調べるようになったのって間山さんが勝手にやってる事だよね!?」

「あたしは出ないからさ〜。実際どんな味するのか気になりはするよね」

「ならないよ!」

「ちょっとだけでいいから飲ませてよ」

「嫌だわ! 結構ドン引くレベルの事言ってるよ!? てか赤ちゃん以外が飲んだらお腹壊すから飲んだらダメだよ!!」

「そうなんだ? え〜、でも気になる」

「友達の母乳飲みたいとか中々いないレベルのド変態だよ!?」

「いいじゃん。減るもんでもなし」

「減りはするだろ!」

「搾乳器とか使ってんの?」

「い、いや……てかそんな話したくないんだけど!」

「命令。ちゃんと隠さず教えて?」

「関わる相手間違えたかなぁ!?」

「そんな事ないでしょ。そもそもあんたがあたしに禁断の書なんて見せなければこんな風にならなかったわけだし」

「ぐ、ぐぅ」

「というわけなのでとりあえず脱ごっか。口付けて吸えばいい?」

「嫌だって! あんまり言いたかないけど本当に気持ち悪いよ!? ボクを犯してきた男共と同列くらいにはキモいよ今!」

「! お、男には飲ませた事あるの!?」

「答えられるかぁ!!!」



 あるけども。無理やり飲まれた事。でもそんなこと言えるわけないよね。馬鹿すぎる。なんなのこの村の人たち、男女問わずみんな鬼畜変態じゃん。さっさと滅べよこんな村。



「はあ。あたしにもちんこ生えてたらなぁ。星宮に子供産ませられたのに」

「ねえ。普通ボクみたいな目に遭った人に対してそんなこと言えるかな。心の傷に塩塗り込んでくるのやめてよ」

「あたしと子供作るのは嫌なの?」

「それはどう答えるのが正解!? 微妙に答えづらい事言わないでよ!」

「って返しをするって事は満更でもないんだ。星宮と同じようにあたしも性転換病にならないかなぁ」

「そんな望んでなれるならボクだって男に性転換し直すよ!」



 間山さんは良い友達だけど今回ばかりは流石に気持ち悪いって感想が勝った。この人は無敵なのか? 出産の件をあまり気にしてないようなのは助かるけど、母乳を飲みたがるのは流石に1周回ってる。終わってる。



「……レイプしてきた相手の子供を産む決断をしたのも、そんな奴と仲良くしてるのも。あたしからすれば同じくらい気持ち悪い事だと思うけどね」

「え? えっと、ごめん。今なにか言った? 声が小さくて聴こえなかったや」

「そう。よかった」



 ? 間山さんからそっぽを向いていたから小声で話されるとあまり声が聴こえない。改めて彼女の方に向き直ると、間山さんは仄暗い表情をしたままボクではなく少し下の方を見ていた。



「……んで、邪魔者ばっか……ほし……とそういう事……」

「??? あの、間山さん? めちゃくちゃ声小さい……」



 彼女の方を向いたら今度は信じられないくらいボソボソと話されて何を言っているのか耳に入らなかった。彼女はどこか悔しそうな表情をしたまま、親指で人差し指の側面を擦るように拳を握っている。



「……そうだよね。同じくらい気持ち悪い。ならあたしだって……」

「? なにやら不穏な事を言っていますが」

「その赤ちゃん、名前はなんて言うの?」

「え。……唯、だけど」

「うわっ。しかもあんたとほぼ同じ名前なんだ。無いわ〜」



 やっぱりそういう反応になるか。例に漏れないなぁ。



「子供が産まれてから、海原と以前よりずっと仲良くなったよね。昔以上に心の距離が近くなった。自分でおかしい事だなぁって思わないの?」

「お、思わないよ。ボクと海原くんは元々友達だったんだし、すれ違いが無くなればまた仲良くなるのも当然でしょ」

「妊娠中に会って話したからって、それだけの事であれほど開いてた心の溝が埋まるとも思えないけど」



 そんなことも無いでしょ。男同士の仲違いなんてちょっとした話し合いで解消したりするものだ。女の子には分からないかもしれないけど、男ってそこら辺単純だから過去の遺恨とか割とどうでもいいんだよ。



「星宮は、あたしと同じように溝が出来てもちょっと話した程度でその溝が埋まると思う?」

「思うよ。少なくともボクは過去の事を気にしないもん。また仲良くなれるかどうかは間山さん次第じゃないかな」

「なるほど。よし、脱いで」

「文脈。バグみたいな挙動で話をすっ飛ばさないでよ」

「いいから。今日はあたしの言う事を聞く日でしょ?」

「いやいやいやいや!? どうしたの間山さん。も、もしかして、そういうフェチなの!?」

「こんな事、星宮にしか言わないんだからね?」

「嬉しくないよ! ドキッともしない!」

「むぅ。ドキッとしなさいよ! ラブコメの山場っぽいセリフ言ったつもりなんだけど!」

「コメディになってないよ」

「いいから! スカートはそのままでいいから上脱いで!」

「まだ諦めてなかったの!? いやですって! な、なんで友達に母乳飲まれなきゃならないの!? 明日からどんな顔して間山さんと話せばいいのさ!」

「普通の顔して話せばいいんじゃないかな」

「無理かなぁ!」



 間山さんの馬鹿げた提案を全力で拒否し続けていたら間山さんに強めの力でドンッと肩を押された。バランスを崩して後ろ向きに倒れる。頭をベッドの木の部分に当て、痛みが走った。



「いたたっ、なにするんだよ……?」

「動かないで」

「っ!? ちょっ、間山さんっ!?」



 ボクの腰の上に間山さんが座り、カーディガンを捲りあげ、リボンを解いてセーラー服のチャックを下げる。


 初めは当然冗談のつもりだと思っていた。ていうかそうじゃなかったら流石に有り得ないと思っていた。確かに間山さんはボクの胸を揉んだり足を触ったりはしてけるけど、それとこれはやっている事のレベルが違いすぎる。


 普通に考えて、他人の母乳なんて飲みたいわけが無い。同い年の、仲のいい友達相手とはいえそれは変わらない。ていうかむしろ仲良い友達だから有り得ないと思っていた。


 間山さんは冷たい目で、不気味な顔をしてセーラー服の前部分を開け、布を左右に広げてきた。抵抗しようと思ったけど「動くなっつったよね」と言われ、背筋が凍るような思いをして腕が止まった。



「ど、どうかしてるよ」

「……星宮だって、どうかしてると思うよ。普通は産まないし、仲良くしないもん」



 その言葉には批難する感情が滲んでいた。それに、ボク自身産まれてくる直前までなんとかして堕胎しようとしてたから、間山さんの言葉に反論する事は出来なかった。



「海原とか、あんたをレイプしたお父さんの例に則るならさ。あんたと深く関わるには、頭がおかしくなる必要があると思うんだよね」

「ち、違うよ。そんな事ない。頭がおかしいだなんて、そんな」

「無理に庇うのはやめなよ。あんたがなんと言おうと関係ない、海原もあんたのお父さんも頭おかしいもん。だからあたしも頭おかしくならないと駄目」



 中に着ていたヒートテックも上に捲りあげられ、露出したブラジャーを外される。



「変わったブラだね」

「……」



 ボクのブラジャーを取った間山さんがそれを観察するように見て、ベッドの上に畳んで置いた。今起きていることが現実なのか分からなくなって、ボクは顔を逸らして目を瞑る。



「……なんでそんなに嫌がるの?」

「嫌がらない人はいないんじゃないでしょうか!」

「あたしの事、拒絶するの?」

「間山さんというか! 誰が相手でも嫌ですが!」

「でも、海原やお父さんとは普通に仲良くしてる。……あたしは、あんな奴らに負けたくないだけなんだよ」



 負けるとは!? 一体何の話をしてるのでしょうか!?



「お願い。あたしは星宮の味方で居続けたいの。だから、あたしを拒絶しないで。……星宮があたしの事を友達として思ってくれてるって、信じさせてよ」



 その証明の為にこんな事を!? どうしてそうなる!? 死ぬほど嫌ですが!!!


 ……でも、間山さんは極めて真面目なトーンで言ってるんだよなぁ。何をそんなに思い詰めてるのか分からないけど、もうなりふり構っていられないって感じがする。


 いやどんな事情があるにせよボクがそれでド変態行為を受け入れる道理にはなりませんが!? と心の中で叫ぶ。


 間山さんは少しだけボクの胸を触ると、顔を近付けるも1度動きを止める。そして、胸の近くに来ていた吐息が離れた事で、やっぱり思い直してくれたのかと思い目を開けると暗い顔をした間山さんがボクを見ていた。



「……無理やりやっても、それはレイプと変わらない」

「うん。全く同じ事だとボクも思います」

「…………あたしじゃ駄目なの?」

「え?」

「あたしは……っ、星宮の傍にいちゃいけないの……? いつも、いつも、星宮に酷い事をする奴ばっか傍に居るのに……どうして……っ」



 えぇ……? 間山さんはボクに跨ったまま泣き出してしまった。彼女は両手で顔を覆い、静かに嗚咽を漏らす。間山さんの泣いている姿なんて見慣れなさすぎて心がズキリと痛くなる。



「えっと。そんなに飲みたいんですか?」

「……別に。正直言うとそこまで飲みたくない。てか、気持ち悪い」

「なら飲まなくても良いのでは!?」

「でも……あたしは女だから、星宮に出来る酷いことなんて限られてる。し、母乳は赤ちゃんにあげる特別なものでしょ? だから……」



 だから? だから何!? バブみでも求めてるの!? ボクに!? 1番そういうのから縁遠い存在だと自負していますが!?


 それとも幼児退行欲求でも持っているのだろうか、間山さん。度し難いなあそれは。多分今後生きていても欲求を満たしてくれる人は中々現れないでしょうね。



「そ、そんな泣くほどなら。別にいいよ、少しくらいなら」

「……星宮は、嫌でしょ? 誰かにそんな事されるの」



 当たり前でしょ。したくもないし、こんな事してるって誰かに思われたら生きていけなくなる。自殺したくなる。



「……間山さんなら、いいよ。他の人だったら絶対嫌だったけど」



 間山さんならきっとこの事を他の人にバラさないし、気持ち悪いって思ってるのならこれで最初で最後にしてくれるだろう。それならまだマシだ、消去法でまだマシだと思える。という考えの元そう口にすると、間山さんは顔を覆っていた手を退かして驚いた顔でボクを見た。



「……あたしなら、いいんだ。言ったからね、他の人にも同じことしたら駄目だよ」

「するわけないでしょ」

「分かった」



 何故かそこで間山さんが微笑んだ。怖すぎる、どんだけ母乳飲みたいのこの人。狂気的すぎる。



「じゃあ、口付けるけど。……なにかコツとかある? これの」

「知らないよ! テキトーに吸えばいいんじゃないの!」

「そっか」



 なーんで1人だけそんなボソボソと厳かな空気を醸し出して囁くように言ってくるのか。言っとくけど、これ全然エモくないからね? どことなく雰囲気に浸ってる感じあるけどボクはずっと間山さんにドン引いてるからね? 無理だよ、声音だけで良い風の雰囲気にしようとしても。



 そんな事を考えてる間に間山さんの唇がボクの胸に吸い付いた。終わった。終わりすぎてる。その行為は永遠とも思えるくらい長い間行われた。吸われてる最中、ボクは『もうどうにでもなれ〜』って投げやりになって天井をボーッと眺めていた。



「……っ、ふぅ」

「少しだけって言ったよね」

「どんどん出てくるから。まだちょっと溢れてるし」

「死にたいかも」

「冷えてないからそんなに美味しくないね」

「なんでそんなにきもい事言えるの? もう黙っててよ」

「……もっかい飲んでもいい?」

「お腹壊したいの?」

「……」



 間山さんは言葉を返さずにまたボクの胸に口をつけた。なんなのこの人。ボクを自殺に追い込みたいの?


 ……はぁ。最悪だ。なんなんだろ、この人生。普通だと思ってた友達までイカれた変態だった。何が楽しくてこんな事してるんだろうこの人。


 同い年の女子に乳を飲まれている。そんな現実から逃避したくて、ボクは間山さんをただの赤ちゃんと思い込むことで嫌悪感を抑えようとした。

 間山さんの頭を撫でる。頭、でっかいなぁ。随分大きな赤ちゃんだ、甘えたがりなのは唯とそこまで大差ないから赤ちゃんと思い込む事も出来る。うん、現実を直視しないでおこう。



「……ボクは、強い子。だから大丈夫……」

「……? っ、なに?」

「なんでもないです」

「そう?」



 気にせずまた行為が再開される。いい加減やめてくれよ、そう思うもボクはそれを間山さんに伝えられなかった。


 明日から、どんな顔して学校に行けばいいんだろう。今日、間山さんと別れた後、自然に間山さんと会話できるのだろうか。転校したいなあ。ていうか引っ越したいなあ。もうこの村に居たくない、こんなクソみたいな場所で大人になるまで暮らし続けるとか嫌すぎる。


 滅んじゃえばいいのに、こんな村。神様でも核兵器でもなんでもいい、一夜の内になんでもいいからこの村を滅ぼしてくれ。ボーッとそんな事を考えながら、ボクはただ黙って間山さんの奇行を受け入れ続けた。

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― 新着の感想 ―
 間山マジ最悪。  尋問する振りをして憂ちゃんの言葉には一切耳を傾けず、結局自分が欲しい回答を無理やり引き言わせるだけ。  「星宮の味方」と言いつつやってることは自分の欲求のまま憂ちゃんが嫌がる事ばか…
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