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34話『疑いのフェーズ』

 冬休み明けの始業式の日。駄菓子屋の前のベンチに座って星宮が来るのを待つ。



「お、黒タイツだ」

「おはよ〜間山さん! いいよねこれ、めっちゃ暖かい!」

「足の形綺麗だな〜やっぱ。エローい。触ってもいい?」

「返事する前に触ってるね」



 真っ黒いタイツを履いた星宮の脚線美が背景の白さのせいで余計際立っていて、触るのを我慢できなかった。必死に「やめてよ〜!」って言うだけで逃げようとしないからされるがままで、やっぱ星宮は弄り甲斐がある。キュートアグレッションめきめきに芽生えさせてくるよな〜星宮って。



「間山さん!」

「もうちょっとだけ、もうちょっとだけ〜」

「って言って全然辞める気ないじゃん! あんまり人の体ベタベタ触らないで!」

「駄目なの?」

「駄目! うひゃっ!? く、くすぐったいんだよぉ!」

「うひゃっ、だって。声可愛い〜」

「〜〜〜っ!!? もうっ!」



 顔を赤くして恥ずかしがった星宮があたしの手を引き剥がして塀までバタバタと逃走する。立ち上がって追いかけようとしたら目をキッと鋭くして、学生鞄を顔の前に突き出してバリアを張っている。



「無駄な足掻き〜」

「ぎゃー! しがみついてこないでよ〜!」



 腕をガバッと開いてそのまま星宮をハグしてやる。あたしよりも背が小さいから捕まえるのは容易だ。じたばたと無駄に暴れてる、でも壁際まで体を密着させたら暴れられなくなって、星宮は必死に声だけで「ち、近いよー! 離れてよー!」と言っている。可愛い。


 しばらく密着して満足して離れたら星宮は顔を赤くしたままあたしに怒ってきた。「女子なのにくっついてくるなー!」とかなんとか。自分も同じ女なのに、何を気にしてるんだか。いつまで経っても頭の中は男のままなのかねぇ。難儀だこと。



「これあげる」

「ん?」

「年末年始、村離れてたから。こっちにないお菓子買った」

「わ! ありがと!」



 星宮はあたしが上げたチョコを嬉しそうに剥いてそのまま食べ始めた。ここで食べるの? 放課後の方がお腹減るでしょ。


 ……初詣の話、星宮に何かしら聞き出したかったけど対面した途端にその気持ちが失せてしまった。あんまりにもいつも通りを装う星宮に対し、今の朗らかな空気を壊すのが嫌で勇気が出なかった。


 星宮と2人で会話する。本来それは今のあたしにとっていちばん楽しい時間の筈なのに、イマイチテンションが上がらない。


 星宮は海原に向けていた笑顔と同じ笑顔をあたしに向ける。与能本に対しても、冷泉に対してもそう。みんなに分け隔てなく、裏表のない素直な行為をぶつけてくれる。それは勿論良い事だけど、同時に自分が特別扱いされていないって知らしめられるから少し複雑な気分にもなる。


 星宮から特別扱いされるほどのことをしていないってのは分かってるけど、それでも、少しくらいあたしの事を特別視してくれてもいいじゃないか。あたしは何があっても星宮の味方だし、あたしが感情を動かされるのなんて星宮絡みの時だけだし。なんて、本人が知り得ない事ばっか考えて自己中心的な思いが膨れ上がっていく。



「……星宮」

「なに?」

「あの、初詣はさ。どこのじん」

「お、星宮に間山だ。はよ〜」

「……ちっ」



 少し歩き出した先でうなばらと遭遇してしまった。奴はこっちの気も知らずにあたしの方に歩いてきた。空気読めよ、馬鹿。



「海原くんだ! おはよ!」

「おう。てか制服姿のお前初めて見たわ」

「似合ってるだろ!」

「馬子にも衣装って感じ。めっちゃ可愛いじゃん」

「ホント!? やったー!」



 褒められてないから。純粋に喜んでんじゃないわよ、子供か。海原もなに慣れた感じで軽口に皮肉織りまぜてんだよきもちわる、女慣れしてるつもりか。身の丈に合わない態度してんじゃないわよボケ。



「間山はなんでムスッとしてんだ? なんかあったのか?」

「別に」

「? 俺なんかしたっけ」

「別に。話しかけんな」

「こわっ」



 なにかされてなくてもあんたなんて大っ嫌いだっつーの。自分の過去を振り返るとかしないわけ? 頭の中スッカラカンなんだね。誰があんたなんかと仲良くしようって思えるのさ。


 ……いや、現に星宮と仲良くしてるか。星宮のせいで勘違いしちゃってるんだな、普通に話しかけてもみんな反応くれるって。はた迷惑な話だ。星宮が海原に無駄に優しくしたりするから……。



「おぇ」



 危ない、また吐きかけた。この2人をセットで考えたら駄目だ、初詣の事を思い出して吐きそうになる。


 あたしが吐きそうになった音は2人には聴こえていなかったようだ。何事も無かったかのようにそっぽを向いて歩く。



「海原くん部活は?」

「今日はない。明日から再開だな」

「明日からなんだ。大変だね〜」

「大変だけどまあ、今は耐えだな。そろそろもう1ヶ月もすれば雪解けだろ? 外でまた練習出来るようになりゃ辛さより楽しさが勝つし。早く外練してぇ〜」

「かっこよ。すっかり野球少年じゃん」

「スポーツに打ち込むと世界変わるわ。過去の自分マジでしょうもない事に脳みそ使ってたな〜ってなる」

「女の子に対して無駄に敵意向けてたところとか、思い込んだら話聞けなくなる所以外は根本的に熱血少年っぽい感じあったけどね。漢の約束とか恥ずかしげもなく口にしてたし」

「夏祭りの時に言ったやつか! 黒歴史だわ〜それ!」

「あははっ! 結局今年あの約束果たせなかったね〜。来年は行く? 廃墟からの花火観測」

「あ〜……行けないこともないけど時期的に県大会と被るからな。しんどいかもしれん」

「まじか。ふーん、じゃあその県大会とやらに応援しに行くか、練習見に行ってあげてその後ボクが連れて行ってやろう」

「久しぶりにニケツするか。お前が前な」

「女の子ですが?」

「男だろ、中身」

「中身はね! 女の体持ってる相手を馬車馬にすると申すか!」

「だって星宮じゃん。他の女みたいに気ぃ使う必要もねえじゃん?」

「ふむ。それもそうか」

「なぜ納得出来たんだ今ので」



 星宮と海原が楽しく談笑している。あたしがこの場にいるのに。まるであたしの事なんか見えてないかのように、2人は自分らの世界を勝手に展開して楽しんでいた。



「あ、てかさ。先日借りた漫画いつ返せばいい? もう読み終わっちゃったんだけど」

「えっ」



 漫画? 先日? 先日、冬休みの間、初詣出会った日以降に2人は会って話して、漫画の貸し借りを行っていたの?


 なに、それ。当たり前のように家に行く仲なの? 小6の出来事があった後なのに? まだあの嫌がらせ事件が終わって時間が経ってもないのに家に上げるまで仲が良くなっ……。


 考えるのを辞める。また赤ちゃんの存在が頭の中にフラッシュバックしてきた。子供を作った間柄なら家に出入りしててもおかしくないでしょ、なんて考えてしまう。


 そもそもなんで子供を作った!? 時期的にどう考えても嫌がらせをしてて2人の中が最悪になってる頃に出来た子供でしょ!?


 てかなんで漫画なの? 子供の頃も貸し借りしてた仲なのは知ってたけど、あたしの前でそんなやり取りしないでよ。あたしは、星宮に勧められたからそういうのを趣味にして、好きになって、どっぷりハマっていってる所なのに。海原とも趣味が共通してるってなったらそんなの、心の底から楽しめなくなる。



「間山さん?」

「……なんでもない。あたし先に学校行くね」

「え? 一緒に行こうよ」



 あたしの背中に投げ掛けられる言葉を振り切ってあたしは走って学校に向かう。星宮とは一緒に居たい、でも海原が着いてくるなんて聞いてないし。




 学校に着いたあと、あたしはしばらく星宮の様子を離れて観察していた。


 素直で幼稚な言葉を吐いて、感情表現を精一杯して周りに明るく振る舞っている。その仕草はまさに子供で、男子からも女子からも人気が高く、アイツはクラスの輪の中心人物に近い感じだった。


 星宮は一時期このクラスの人間から疎まれていた。でもその原因を解消した後は、休学する以前よりもずっと早く周りとの関係が修復され、今のクラスに馴染んでいった。

 多分、自分を悪く言う噂について、それを流した張本人達と言い合いをした際の毅然たる態度やハッキリとした物言いが普段と大きく離れたことにギャップを感じ、それが余計に星宮を可愛く魅せているのだろう。


 勿論、星宮に対して『実は腹黒だよな』とか『一番性格悪いんじゃねーの。明確に垣田の事陥れようとしたよな』等という意見を持つ生徒も僅かながら存在する。けどそんな意見を持ってる連中は少数派で、ソイツらは星宮周りの連中が詰めたりしたせいで今は何も言わなくなっていた。



 いつも傍にいるから意識してなかったけど、今の星宮って見方を変えると普通に怖い人だなって思った。



 過激な友達……いや、友達というよりファンとか、親衛隊? みたいな連中が周りに居る。星宮に言いたい事やしたい事が出来れば積極的に支援するし、星宮を悪く言うような奴がいればしっぺ返しをしに行く。そんな連中が。

 親衛隊のする事には大局的に見たバランスとか善悪の概念はなくて、星宮がそれを望んでいるから、と思い込んで勝手にそんな行動を取ってるようにしか見えない。


 親衛隊の行動に対して、星宮はどんな事をしているのか普通に認識した上で特に何も言わない。そのせいで他人が迷惑していても、あんまり気にしてない様子だ。受けた親切は有難く受け取るし、楽しいって思えないことは放置する。そんな感じ。

 第三者から『護られるのが当然だと思ってる』って言われても仕方ない様なのに、それすら口にしたら攻撃されるから誰も何も言えない。悪意のない独裁者、みたいな立ち位置に星宮は立っているように思える。


 あたしは星宮とよく話すから分かるけど、星宮は本当に悪い事は何も考えていない。学校生活を楽しくマイペースに生きられたらそれでいい。それしか考えてない。だから自分がきっかけとなって誰かが攻撃を受けたりしても、楽しい事では無いから干渉しない。ただそれだけなんだ。



「何してるの間山。星宮の横に居ないとか珍しいね」

「与能本か。星宮観察をしてるとこ。俯瞰した位置から学びを得てる最中よ」

「離れてても星宮なんだ。筋金入りのレズビアンだな本当に」

「レズではない」

「本当かなぁ」



 本当だよ。あたしはレズではない、単に星宮はあたしのものだから傍に置いてるだけ。独占欲があるのはあたしのだから、執着心があるのもあたしのだから。それだけです。



「わーい! 間山さん、見て!」

「うん」

「胸触ってとは言ってない!? 見て、髪! 設楽(したら)さんに結んでもらったの!」

「可愛いねぇ」

「揉まないでよ!?」



 純粋にニコニコした顔で嬉しそうにあたしの射程圏内に星宮が飛び込んでくるもんだから、両乳に手を置いてモミモミしたら星宮が悲鳴をあげた。いい加減慣れてほしいものだ。


 人にしてもらったことをあたしに共有して無邪気に喜ぶ、言ってしまえば子犬みたいな子なのに。真面目に敵対した相手の事は徹底的に、徹底的すぎるくらいに言い負かすような性格の悪さも持ってるんだもんなぁ。


 学校復帰直後の言い合いの時を思い出す。

 あの時の星宮は噂の粗をただ口にすればよかった。でも星宮はそれらに加えて明らかに垣田の今後の立場が危ぶまれるような言葉をいくつもいくつも積み上げていた。

 口を挟んだ谷岡も同様、明確に彼を"悪人"に仕立て上げるような言葉が含まれた言い方で反論していた。あたかもそう捉えるのが当然と思えるような話術で、上手くみんなの印象を操作していた。


 その結果、星宮の言葉が起因してあの2人はこのクラスで腫れ物のような扱いを受けるようになった。

 彼らが腫れ物になったのは彼らの自己責任、そこに違いはない。けれど、2人の立場が以前に比べると大分弱くなったのは星宮にも責任の一端があるのも間違いないわけで。なのに星宮はそこに関してなんの責任も、自分との関連性すら感じてはいなかった。


 2人が避けられるようになってから少し経った頃に星宮は「あの2人、最近元気ないね。どうしたんだろ? ちょっと心配だな……」なんて言っていた。その時は流石のあたしでも少し引いた。



 そんな事をする奴がもし星宮じゃなかったら、あたしは仲良くしようとは思わない。地雷すぎる。


 本人には絶対的に悪意とかはないんだけど、それでもあたしみたいな元から仲良かった人を除いた周りの人間を自分に都合が良くなるように操っているのは怖すぎる。関わった相手の精神を著しく引っ掻き回してるし、引っ掻き回された相手はその事に無自覚っぽいし。一種の洗脳だよなあって。


 可愛がられてる星宮を見ると時々得体の知れない不気味な感情を抱く事もあった。そんな時はあたしが率先して星宮を可愛がるようにしてる。そうしないと、星宮への信仰じみた可愛がりが暴走しそうな気がするから。



「間山さんも髪結ばせてよ! ヘアアレンジ研究してんだー私!」

「え、あたし? あたしはいいよ、星宮みたいに可愛くないし」

「えー? 可愛くねー? 普通に顔整ってるでしょ」

「でもこういう髪型似合うのって子供でしょ? あたし、星宮みたいなガキっぽいのとは真逆じゃない?」

「ガキ!? そんな風に思ってたの間山さん!」

「うん。ほっぺ柔らかいし」

「んぎゃっ!? いひゃい〜!!!」



 星宮の頬をつねると柔らかい餅のような感触で引っ張るとにょ〜んって少し伸びた。ひんやりしていてモチモチで押しつぶしたり、また伸ばしたり。そんな事をしているうちに「こらー!」と怒られたので、指を離して設楽の方に行き椅子に座った。


 別に何も言ってないけど、あたしが背を向けたら設楽が勝手に髪を触り始めた。髪をいじらせた人なんてママくらいしか居なかったから、同級生に髪を触られるのがなんか新鮮だ。


 設楽が髪を触る間、何をしようものかと考えていたら目の前に星宮が来た。星宮は立っているからあたしよりも顔の位置が高い、ここからじゃ頬に触れないな。



「さっきはよくもやったな!」



 そう言って星宮はあたしの頬をつまんできた。あたしがしたように頬で遊ばれる。なるほど、仕返しをするつもりだったのか。ふーん?



「ほひみや、女の子の顔にそんな事するんだ〜」

「えっ!?」

「やーんブスになっちゃう〜」

「ご、ごめんごめんっ! 大丈夫だよ、間山さんはちゃんとまだ可愛いから!」



 星宮はすぐに手を離してあたしに謝ってきた。手元をワタワタさせて焦った様子で「お、怒った?」と聞いてくる。やっぱり根本的にメンタルが小学生男児の頃から変わってないんだな〜。



「怒った」

「そ、そんな。ごめん……」

「てか、また約束を破ってるって所で既に怒ってる。怒ってた」

「約束? 約束って?」

「ヒントは初詣の日。第二のヒントはLINE。第三のヒントはくじ引き。第四のヒントは」

「思い出したよ! 運勢対決の話ね!」

「運勢対決? ってなんですか?」

「それはね〜冷泉」

「あっ! ちょっと間山さん、頭動かさないでよ!」

「えぇ〜ごめん」



 冷泉が話しかけてきたからそっちの方を向こうとしたら強めの口調で設楽に怒られた。結構凝った結び方をしてるみたいだ。



「初詣の日に星宮とLINE送りあって、引いたおみくじの運勢の強さで勝負したんだよ。負けた方は1日勝った方の言いなりになるって勝負」

「おー。いいねその勝負、ウチらも来年やりたいわ」

「ですね!」



 冷泉や与能本以外の子らも同じく参加を望む声を上げ始めた。とりあえずそっちについてはテキトーに「やろうね〜」とだけ返し、改めて星宮の方を向く。



「というわけで星宮。今日1日あたしの奴隷ね」

「奴隷!? 不穏なんですけど!?」

「とりあえずきょーつけ」

「え!? あ! また胸揉む気でしょ!」

「喋る前にまずきょーつけじゃない? どうしたの?」

「権力が1番持っちゃいけない人に渡ってしまった!」



 言いながら星宮は渋々両手を体の横に置き気をつけの姿勢をとる。ノータイムで胸を鷲掴みにする。



「ほらやっぱり!」

「抵抗しない!」



 胸を揉もうとしたら気をつけの姿勢のまま体をくねらせあたしの腕から逃れようとした。



「休めの姿勢に変更! それともうちょっとこっち来て!」

「嫌すぎる!?」

「公然セクハラするのに一切迷いがないよね、間山さんって」

「無いよ? 当たり前じゃない?」

「逮捕状出るよそのうち」

「星宮はあたしのだよ? それで逮捕状が出たら辻褄合わないでしょ」

「ボクは物じゃない!!! ぬぎゃっ!?」



 言う通り休めの姿勢で両手を背中側に繋いだ星宮が1歩前に出てきたタイミングで両胸をぐわしと掴んだ。ふっふっふ、毎回なんだかんだ言ってすぐに星宮が逃げるからじっくり揉めた機会ってあまりなかったんだ。今まで逃した分今ここで存分に揉んでやる。



「はい、間山さん出来たよ〜」

「うわああん設楽さん助けてぇ!」

「逃げないって事は星宮さんも実は楽しんでる癖に〜」

「楽しんでないよ! 命令だから仕方なくだよ!!」

「おぉ〜、その髪型可愛い! 似合ってるね間山!」

「どんな髪型?」

「なんて言うんだろ? お団子なんだけど後ろが跳ねてるみたいな。韓流ドラマとかに出てくるお姉さんっぽい感じ!」

「大人っぽくてとてもお似合いです!」

「へぇ〜。鏡で見たいな。星宮、鏡とか」

「持ってないよ! 言いながら揉まないでよ、なんで誰も助けてくれないの!? 普通に会話を進めないで!」



 というやり取りをしている最中にチャイムが鳴り、給食終わりの休憩時間が終わった。みんながぞろぞろと自分の席に戻っていく中、あたしは星宮を呼び止める。



「星宮」

「うん? ……変な命令しないでよ?」

「するよ?」

「鬼かな」

「今日、うち来て。予定あったらそれも全キャンで」

「え? いいけど、なんかあるの? 大事な用事っぽい感じだけど」

「大事な用事ってわけじゃないよ。絶対命令権があるうちに家に呼んどきたいってだけ」

「俄然行きたくなくなったかも」

「でも行かなくてはならないなんて。可哀想な星宮」

「行きたくないかも!」



 吐き捨てるようにそう言って星宮は自分の席へと逃げていった。



 放課後。素早く帰り支度をしていた星宮を当然の如くとっ捕まえ、我が家まで連れ帰った。


 さて。今日1日頑張って目を逸らしていた事から焦点を合わせ直そう。星宮は必死に「いやだー! 何をする気だー! ボクは奴隷なんかじゃないぞー!」としきりに暴れていた。


 星宮のこんな姿を見ると余計に彼女の事を『経産婦、なのかもしれない』って考えてしまった自分が嫌になる。でもこの目で見た光景がその意思を否定するから、あたしはどうしても事の真相を星宮自身の口から聞き出す必要があった。


 あたしはもう二度と間違えない。何があっても星宮の味方で居続ける。でも海原と関係を持ってたとしたら?


 ……少なくとも、あたしが星宮の味方で居続けるために出来ることはあると思う。それを模索するために情報を1つでも多く知っておきたかった。胸をモヤつかせる疑問をいち早く解消させたかった。



「はいあがってー」

「お邪魔します! しました!」



 扉を開けて玄関に入ってすぐに踵を返した星宮をキャッチ。強引に出ていこうとしたので足と足の間にあたしの足を突っ込み股を膝で押したら「いっ!?」と素っ頓狂な声を出して後ろに下がった。変な所に膝を当てちゃったっぽい。ごめんね。



「逃げたら罰ゲームの期間が一日から一生に変わるよ? だいじょぶそ?」

「だいじょばないよ! 普通そういうのって段階を経るものでしょ!? せめて次は一週間とかではなく!?」

「段階を経てるじゃん」

「1度目のペナルティで一気に取り返しつかなくなるのはシビアすぎませんか」

「取り返しつかない事した人の後悔って他のどんな後悔よりもずっと深くて強烈じゃん? 楽しいじゃんね、人にそういう後悔を負わせるの」

「ボクら友達だよね!?」

「親友でしょ」

「親友相手に言う言葉ではなかったよ!」

「いや〜。一生奴隷になってくれたら星宮があたしと一生一緒にいてくれるという担保になるから都合がいいな〜って」

「怖いよ。シンプルに」



 怯えた声で言いながら星宮は靴を脱ぎ家の中に上がり込んだ。やんややんや言う割に素直に従ってくれるんだな、えらいえらい。


 星宮はあたしの部屋に入ると何も言わずに床に腰を下ろした。別にベッドに座ってくれてもいいのになって考えながら星宮の頭を撫でる。



「なにさ」

「星宮は可愛いなあって」

「またペット扱いだ」

「不満?」

「不満じゃない筈がないよね」



 星宮が上目遣いであたしを見ながら不満そうに頬を膨らませる。さすがに幼女すぎて笑えた。するとまた星宮が不満そうに「バカにし過ぎだよ!」と文句を垂れてきた。



「星宮、もうちょいこっち。ベッドに背中つけて」

「? わかった」

「よいしょ」

「おいおいおーい」



 片足を大きく上げて、何も分からないままベッドに背中を密着させた星宮の肩に膝裏が乗るように足を下ろした。膝の間に星宮の顔を挟み、頭を抱き締める。



「なにこのポジショニング。ボク、今から首でも折られる感じ?」

「そこに頭があったもんで。挟みたくなっちゃって」

「ある? そんな事。てかせめて靴下脱いでよ」

「え、素足の方がなんか嫌じゃない? 汗とか臭いとかさ」

「どっちも変わんないよ。とりあえずくすぐりが効きやすそうだから靴下脱いでね」

「くすぐる気じゃん。じゃあ脱がないよ」

「なら今くらえっ!」

「ちょっ!? こらっ、あひゃはははっ! 星宮っ、うははははっ、あっははははっ!!!」



 星宮があたしの足首を掴み足の裏に指を当ててくすぐり始める。右足だけ重点的にくすぐられてるから全然振り解けなくてしばらく笑かされた。観念してごめんと連呼すると星宮はくすぐるのをやめてくれた。



「まったく。これに懲りたらあんまりボクを舐めない事だよ! ボクだってやる時はやる……間山さん? どうしっ」



 立ち上がって胸を張りながら偉そうに口を動かしていた星宮の腰に腕を回し、何事かと疑問符を浮かべた川西顔であたしを見た呑気な星宮をベッドの上に引っ張り倒した。



「何するんだよー!」

「タイツは脱がしにくい、冬服だから脇も効かなそう……ならお腹か脇腹だな」

「!? 舌の根も乾かぬうちにっ!」



 ベッドの上で第2ラウンド開始。星宮の制服を捲りあげて腹や脇腹に指を立ててくすぐる。すぐに星宮は抵抗する力を失くし声を上げて笑い始める。



「あははははははっ!! まって、ごめっ、ごめんなしゃいっ!! あはははははっ!!!」

「あたしに逆らうとこうなるぞってもっともっと教えてやらないとね」

「もう分かった! じゅうぶっ、あはははははっ!! ごめんなひゃい! ボクが悪かったから! あははははっ!! 息がっ、死ぬぅ!!」

「……お腹が普通体型に戻ってる。不自然な痩せ方。やっぱり……」

「なんのはなっ、あははははっ!!!」



 くすぐっているうちに星宮の体型の変化に気付く。やっぱりこれ、出産したって事だよね。……くすぐるのをやめて、星宮を落ち着かせてからあたしと向かい合うように座らせる。



「ボク、女の子座り苦手なんだけど……」

「そうなの。楽な姿勢でいいよ」

「じゃあ」

「胡座は可愛くないな〜」

「えぇ? じゃあ……」



 星宮はベッドの上でちょこんと三角座りになる。



「な、なんか。こうして2人で向かい合って話すのってあんまなかったよね。ちょっと緊張する」



 あたしと向かい合った星宮が照れくさそうに目を逸らして呟いた。目を見たら余計星宮は恥ずかしそうにし、抱えている膝に口元を寄せて困ったように眉を顰めた。そんなに? 確かにこんな距離感で見つめ合うのなんてそうそうなかったけどさ。



「あたし、星宮に聞きたい事があるんだよね」

「聞きたいこと?」

「うん。で、今日の星宮はあたしの言う事何でも絶対に聞く日でしょ? だから、これからあたしは星宮を質問攻めにするけど誤魔化したり、嘘をついたり、関係ない話をしたり、論点をズラしたりするのは禁止ね。必ずあたしが出した問いに対して、求めてる事だけを簡潔に答えて。約束」

「……」

「星宮、やくそっ」



 約束させようと小指を差し向けた所で、反応がなかった星宮の顔を見てあることに気付いた。


 照れて目を逸らしていた星宮があたしの瞳をじっと見ている。あたしの真意を探るように、それかもしくはあたしの言いたい事に気付いている? どんな風に考えて見つめてきているのかは口元が隠れてて表情が分からないため判断はつかなかった。



「……いいよ。分かった。なに?」



 星宮がこんな目をしたのは初めてだ。でも、今の星宮の声の感じには覚えがあった。学校復帰直後、垣田と言い合いをしている時の声音だ。


 星宮は口元を隠したまま、目を少しだけ鋭くする。



「いいけどその前にひとつ、言っておきたいことが」

「却下」



 星宮が何かを言いかけるがあたしは焦って、何か考える前にそれを中断させた。流石にそうされるのは予想外だったのか、星宮の目が見開かれていた。



「し、質問するのはあたしだから。星宮からの質問とか、意見とか……そういうのは、禁止」

「……」



 星宮の目が鋭くなる。目だけじゃ表情は分からないと思ってたけど、案外目だけでも相手がどんな感情になっているのか分かるんだな。……でも、怖い。いつもニコニコしてる星宮が顔のほとんどを隠して、目元で睨んできてるから普段の柔らかい雰囲気を感じられなくなっている。


 覚悟を決める。

 何を言われても、どんな答えが返ってきたとしても。最後まで聞き出したいことを全部聞き出そう。まずはそれから。色々考えたりこっちの意思や頼みを伝えるのはその後だ。

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