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33話『初詣裏』

 与能本と冷泉は住んでる地区が違うから今年こそは星宮と2人で初詣に行けると思ったのに、今年もあたしはおじいちゃんの住む家で年末年始を過ごすことになった。


 はぁ、億劫だ。この時期になると幼馴染の海原もこっちの家に移動するし、うちのおじいちゃん家と海原のおじいちゃん、神主さんの邸宅も近くなるから街ブラしてたらアイツと鉢合わせるリスクが高くなる。


 ちっ。村の方で駄菓子屋を営んでるママの家に引っ越せば海原(アイツ)と離れ離れになれると思ってたのに、タイミング悪くアイツも転居しやがって。


 まじきもい、ストーカーじゃん。なんで行く先いく先にアイツがいるのだろう、神様がいるのならアイツを連れて行け天国に。いや地獄がいいや、地獄に連れていけ切実にだわ。



「あんた、おしるこ食べる?」

「いらな〜い。もうお腹入らない」

「そんなに食べてないでしょ。ミカンも途中で食べるの辞めてるじゃない」

「あたしの胃袋はママみたいに大きくないんだもん」



 コタツに下半身を突っ込んだままアニメを垂れ流すスマホを見つめる。

 この頃、ドラマや映画よりもアニメを見る頻度が多くなった。星宮から勧められた趣味だけど、絵を練習するようになってからアニメの絵の描き方とかに目が行くようになって完全に趣味が塗り替えられてしまっている。アニメや漫画の話題の方が星宮も盛り上がってくれるし、このままあたしもオタク方面に趣味が移行していきそうだ。



『星宮いまなにしてんの』

『うんち中ですよ』

『トイレ出たあとに返信してよそれは』



 退屈すぎてアニメをバックグラウンドで流しながら星宮にメッセージを送ったらノータイムで返ってきて、何かと思えばトイレ中との事だった。便座に座りながら返信なんてしなくても大丈夫だっての。



『今日なにかするの?』

『今から手を洗ってご飯食べるよ!』

『手を洗ってから返信してって。なんで即時返信してくるのよ』



 まだトイレの中にいるのかよ。大分難航してますね。こんなに早く返信してくるって事は星宮も大分退屈してるっぽい。年末年始ってやる事ないよねー。宿題の量も夏休みに比べると少ないし。まあ星宮は夏休みの膨大な宿題を経験してないだろうけどさ。


 星宮は今からご飯か。じゃあしばらく返信も来なくなるな。どうしよ、何しよう。スマホを置いてうつ伏せになって考える。


 ……なんか、最初は胸が大きくなることにそれなりに嬉しいって感情あるけど、段々と巨乳と呼ばれる程度の大きさから逸脱し始めてるからむしろ鬱陶しくなってきた。程よい大きさで成長が止まってくれれば良かったのに、胸って贅肉でしょ? いらないよもう。これが大きくなるってことはあたしデブって事じゃん、体重も重くなるし。はぁ……。



「よっこいしょ」

「こーら。おじさんみたいな事言いながら立たないの」

「はいはい。暇だから少しだけ外出てくる」

「こんな時間に? もうちょっと家に居なさいよ、折角なら年越しの瞬間に初詣にでも行けばいいんじゃない?」

「興味無いし。おじいちゃん、海原ん所の神主さんと話に行くじゃん」

「いいじゃないの、あんなに懐いてたじゃない」

「昔の話だし」

「どのみち日が変わる前には家出て神社に向かうんだから、もう少しゆっくりしてなさい」

「……はーい」



 実の所、そのご近所付き合いが死ぬほど嫌だから外に出てどこかで時間を潰したいのだけど。毎年毎年他所の家の人と交流するとか面倒臭いし嫌すぎる。


 ……はあ。本当嫌だ、こんな田舎。おじいちゃんも親戚の人達も1年ぶりに会うと毎回あたしの成長を喜んでくれるけど、その目線が小5ぐらいから胸とか尻とか、そういう女性的な所に集まってるのこっちにバレてるから嫌なんだよ。子供相手に向ける目じゃない嫌らしい、汚らわしい目線を無遠慮に向けてくるのが嫌だから交流したくないんだ。


 本当、男って馬鹿な生き物だ。気持ち悪い。ママはあたしがそういう目で見られてる事に気付いてる癖に何も言ってくれないし。女は男の後ろを歩くべきみたいな時代遅れな価値観を是としているんだよな。令和にもなってそんな埃かぶった価値観を持ってるとかまじで終わっている。この時期に限ってはママも気持ち悪い。みんな気持ち悪い。



 リビングに居たらおじいちゃんがやってきて背中や足のマッサージを頼んでくるので、それだけは回避しようとあたしは2階の使われていない一室に移動した。おじいちゃんちの埃臭さが更に濃くなって気分が悪くなるが、今は我慢。あの品定めをするような目に晒されるくらいなら、埃に塗れた空間で雑魚寝した方がまだ全然マシだった。



『冷泉、今なにやってんの?』



 星宮は多分返信してこない時間帯なので冷泉にメッセージを送る。……返ってこない。アイツも今は忙しい時間帯かな。金持ちだもんね、家族とどこか外食に行っててもおかしくない。


 冷泉の家は羨ましいなぁ。綺麗なお母さんと誠実そうなお父さん、下半身が不自由で車椅子で生活しているけど優しそうなおじいちゃんに何故かいつも着物姿だけど上品さがまだまだ現在のおばあちゃん。まさに理想の家族、うちの汚らわしい親戚とは大違い。


 どこもかしこも掃除が行き届いていて埃の臭いなんてしないし、あたしの胸を見ても嫌らしい顔をしないし、きっと生理の話とか彼氏の話とか振ってこないし。根本的な人間としての格の違いを感じる。


 与能本は今何やっているんだろう? アイツんちには行ったことないから実は結構謎なんだよな、与能本の家族構成。メッセージを送ってみるか。



『与能本今なにやってんの』

『間山じゃん。どしたー? ウチは普通にテレビ見てるよ』

『暇じゃない?』

『そういうもんでしょ正月は。ダラダラ過ごして食べ物テキトーにつまむみたいな』



 それはそうなんだけど。この様子だと与能本は普通に正月を満喫してるみたいだな。家族仲は良好っぽい、いいなぁ。やっぱりうちが異質なんだろうな、男の親戚からエロい目で見られない正常な家庭なんだろう。羨ましい。


 少しだけ与能本と会話をして、区切りがついたのでトークルームを閉じる。


 さて、暇だ。年越しまでまだ時間ある、自由に出来る時間は1時間くらい。23時になったらおじいちゃんが呼びに来て外に駆り出されて親戚や近所の人にあたしを自慢する下りがくる。


 せめて他の兄弟とかいればもう少し扱いも変わってたかもしれないのに、なんであたしって一人っ子なんだろ。そのせいであたしだけ割食ってる、ママに『もう一人分頑張ってくれても良かったじゃん』って文句を言いたくなる。





「間山さん所の娘っ子ちゃんも随分大きくなったねぇ」

「中学生になったんだっけ? 制服姿も見てみたいねぇ」

「お母さんに似て立派に育ったなぁ。もうすっかり美人や」



 おじいちゃんに呼ばれて神社の邸宅に入るとこの地域の大人達にジロジロと体を見られながら口々に話しかけられる。直接触っては来ないからマシだけど、前年よりも欲望が滲み出ている目で見てくるから気分は最悪だ。



「最近ウチの孫とはどうなん? 仲良くやっとるかね」

「あ〜……まあ。そこそこに」



 海原のおじいちゃんにアイツとの関係を聞かせたのでそれとなーく誤魔化す。小3の頃に仲違いしてから随分長い間嫌い合っているから仲良くやってるわけはないんだけど、おじいちゃん相手にそんな事言えるわけもないしね。仲良くはないけど敵対もしてない、そもそも関わりを持ってないから、まあそこそこにって答え方も嘘ではないだろう。多分。



「昔はアイツと結婚するとか言っとったもんな〜」

「それは、まあ。昔の話なので今は……」

「そうかそうか。アイツには勿体ないくらい美人さんだもんなぁ」

「あはは……」



 どうでもいい。そんな話をしつこくしてくる時点でまだあたしと海原(アイツ)をくっつけたがってるんだろう。目を見れば分かる。


 馬鹿馬鹿しい。偶然近くの家で生まれたから幼い頃から一緒に遊んでただけで、性格の相性が良いわけでもなければアイツにかっこいいと思った事なんて一度もないのに、なんで客観的に見てそういう関係になると思えるのだろう。目が節穴なのだろうか。自分の孫だからって身内贔屓して良いように思いすぎだ。



「あの……あたし、ちょっと外を歩いてきてもいいですか?」

「おぉ、行ってきぃ行ってきぃ。うちの馬鹿孫も境内をぶらついとるやろし、こんな老人の相手せんと若者は若者と過ごすがえぃわ」

「はぁい」



 アイツと話す気なんかサラサラないけど、海原のおじいちゃんが言うように老人達の相手なんかしてる方がメンタルがすり減る。海原と鉢合わせしないよう、神社の隅の方に行ってボーっとしていよう。1時くらいになったらママも帰ろうって言ってくれるだろうし、それまでしばしの我慢だ。


 ……てか、中学生の子供が深夜に外を歩くって言ってるのに誰も心配しないあたりやっぱり田舎だなぁって思う。普通は不審者に襲われないかとかそういう心配をするもんじゃないだろうか。人が行方不明になったりする村なのに平和ボケしすぎてるよね。


 そういう所もなんか嫌だ。高校生になったら絶対こんな田舎から離れて都会に住んでやる。



「はぁー……」



 神社の隅の木の影に隠れた所に座り、スマホで動画を見ながら過ごす。毎年これだ、だから年末年始は好きになれない。楽しんでるのは大人だけで、子供は何をするでもなく待たされる。大人に振り回されながら過ごすだけの期間のどこが好きになれるのか理解できない。冬休み前はみんな正月の話題で盛り上がってたけど、あたしだけ盛り上がれなかったのはそういう理由だ。



「そろそろ星宮も時間空いたかな……」



 あまりにも暇すぎて星宮との会話が恋しくなってきた。LINEを開きツイツイと文字を打ち込んで星宮に送信すると、少しだけ間が空いてからメッセージが返ってきた。



『星宮はいま何してるの。ご飯食べ終わった?』

『今は初詣に来てるよ! 駐車場なう!』

『おー。いいね〜』



 丁度星宮も初詣に来てるのか。住んでる所の神社かな、山登った所の。あそこ、離れた所にボロい社とか壊れた地蔵とかあるから少し雰囲気が不気味なんだよな。


 星宮と初詣に行くってなったらあのちっこい神社に行くことになってただろうし、ちょっとした心霊スポット探索になってたのかも。まあ、それも今の状況に比べたらずっとマシだけど。有害性のあるじじい共の接待するより無害なおばけに怯えてた方がいい、星宮がそばに居るしね。



『間山さんは何してるの?』

『私も初詣来てる。まじ暇』

『暇なの? おみくじとか引かないの?』

『引かない。アホっぽいし。そんなので一喜一憂しないよ』

『えー! 引こうよ! くじの強さで競おう!』

『強さってなに? 吉とか凶とかで勝ち負け決めるの?』

『そう!』



 相変わらず子供っぽい、星宮らしい提案だ。うーん、普段なら興味無いから引かないけど星宮が言うんだしその勝負に乗ってみようかな。



『じゃあくじ引きに行く』

『おっけー! 結果出たら教えて! 僕はもう既に引いたよ!』

『何吉?』

『まだ秘密。一緒にせーので言い合お!』

『いいけど。その勝負を提案してくる時点で凶や大凶でないことは確かだよね』

『分からないよ? もしかしたら僕は負け戦を仕掛けてきてるのかもしれない』

『それは真面目に意味わからないでしょ』



 送信した後、少し手を止めてからメッセージをつけ加える。



『ちなみに文字で結果を開示するんじゃなくて写真撮って共有しようね。実は凶だったけど負けたくないから大吉にする、みたいのは無しね』



 と送信すると、星宮の方も少しだけ間を置いてから返信してきた。



『もう1回引いてきてもいい?』

『イカサマ前提かい! ダメに決まってるでしょ! 星宮の結果は今手に持ってるやつで確定ね!』

『やだ!』

『駄目! 今すぐ写真撮って、その写真を時間がわかるようにスクショしといて。イカサマしたら絶交ね』

『待ってよ間山さん、この勝負は公平じゃない。やめにしよう』

『ちなみに勝った方は1日相手を自由にできることね』

『やだ!!!!! 駄目だよ間山さん!! 後出しでそんなの禁止に決まってるでしょ!!!』

『じゃあくじ引いてくるから。今すぐに写真撮ってね。ズルしたら絶交だからね』

『間山さん!!!』



 ポン、ポンポン、と通知が連続で鳴るのを無視してあたしはスマホをポケットに仕舞いくじ引きを売ってる所に行く。ガラガラガラ。木の筒を振って中身を出し、紙を広げる。



「……いや、凶かい」



 勝ち確の勝負だと思ったのにこれじゃ2分の1で引き分けじゃないか。星宮はあたしの約束を守ってきっと今写真を撮ってるだろうし、あたしだけ反則するのも酷いよなぁ。


 しーらないっ。もう1回引く。星宮を1日自由に出来るとか最高じゃん、引き直さない択は無いね。普通に。



「吉かい」



 なんで雑魚くじしか引けないんだよ、このくじ引きマシンおかしいんじゃないの? それともあたしの引き運が悪いだけ? 今年の運勢イカれてるの? あたし。


 まあいいや。吉ならまだ勝ちの目が見える、これをあたしの手として提示しよう。


 吉と書かれた紙の写真を撮り、星宮に『準備はいい?』と送る。彼女はすぐに『いいよ』と返してきた。覚悟が決まったようだ、イカサマしてるかどうかは上の時間を見ればわかるからね。


 ふっふっふ、何を命令してやろうかな〜。1日あたしの言う事をなんでも聞く、かぁ。とりあえずあたしがどこをどう触っても抵抗しないってのは確定で命令するとして、他に何を命じようかな。



『じゃあ行くよ。せーの』

『待って間山さん』

『なに?』

『なんでも命令できるって話だけど、ラインは正確に決めておこう? なんでもありで犯罪行為とかさせられたらたまらないからさ』

『じゃあ行くよ。せーの』

『間山さん!!!』



 星宮のメッセージを無視して写真を添付する。送信が完了するまでに時間があり、その間に彼女も諦めたのか写真が添付される。


 星宮のくじは大凶だった。あたしは吉、当然あたしの勝ちである。



『まじで勝ち目ないじゃん。なんでこれで勝負しかけてきたの』

『末吉の方が雑魚って話をどこかで聞いたことがあって。末吉を出したら煽りまくって、それ以外だったら嘘つこうとしてました』

『星宮の負けね。とりあえず始業式の日、エロい下着履いてきてね』

『ねえ間山さん!!! 何をするつもりなの!? 変な事しないでよ!?』

『するよ? 当たり前じゃない?』

『やだ!!!』



 またしてもポンポンと返信が来るが無視する。とりあえずうちに連れていこうか。あたしの部屋で沢山星宮に恥ずかしい格好させて、それを写真撮って絵に描いて後日星宮に見せてやろう。確定しました、その日の星宮の運命が。



 さて。することも無くなったし適当になにか食べながら過ごそうかな。夏祭りでもないのに焼きそばを売っていた、というより配っていた? ので、それを貰って先程潜伏していた木の影まで移動して同じ位置で座り割り箸を割る。



「きゃっきゃ! たやぅ!! ぱゃ!!!」



 む。どこかから赤ちゃん? の笑い声が聴こえる。子連れで初詣に来たのかな? こんな時間帯に赤ちゃんを外に連れ出していいのだろうか、眠たくならないのかな? まあどうでもいいけど。焼きそばを啜る。



「勝負負けたー! 何されるか分かったもんじゃないよ、怖いー!」



 うるさ。今度は地元の女の子の声が聴こえてきた。時間帯も考えずに大声で喋って馬鹿みたい。しかもアニメ声だから耳に通るせいで余計キンキンする。星宮も同じような珍しい声質してるからある種こういう声には耐性はあるけど、初詣に来てる他の大人達からしたら迷惑だろうな。



「紛らわしいよ海原くん!」



 海原? げっ、近くで声が聴こえてきたと思ったら海原の知り合いかよ。しかも海原はすぐ近くまで来ていると。最悪だ、気分わる。場所移動しよ。


 立ち上がり、移動しようとした所で丁度海原とアニメ声の女の子があたしの隠れているすぐ近く、社の床板に腰を下ろしたのが聞こえた。


 ……? 赤ちゃんの声もする。てっきりアニメ声の人物は子供なのかと思ってたけど、赤ちゃんと一緒にいるのなら大人の女の人なのかな。随分変わった声だな〜、声優とかしてそう。



「こ、壊れる前に早く取り返してくれ星宮!」

「えっ? ……星宮?」



 床板に座って海原と女の人が会話している声が僅かに聞こえていたが、急に海原が声を荒らげて『星宮』という単語を口にした事であたしの口が止まった。


 今、確かに星宮って言ったよね? それに、思い返すと女の人の声は星宮そっくりだったし。え? じゃああたしの傍で会話していたあの女の人は星宮なの?


 ……星宮は今、海原と一緒に居るの?


 胸の中がザワザワし始める。あたしは木の後ろにいる男女を見る前にスマホを開き星宮にメッセージを送る。……いくら待てども返信は来ない。更に胸がザワザワし始める。



「……」



 信じたくなくて、あたしはそっと木の影から顔を出して社に座っている男女を覗き見る。



「……なんで」



 嫌な予想が的中した。そこには海原と、彼と親しそうに会話している星宮の姿があった。


 なんで、なんで、なんで? なんでアイツと星宮が一緒に居るの? 星宮の住んでいる場所はここから車で何十分もかかるよ? どう考えてもこの場に星宮がいるのはおかしいよ。それなのになんでっ。


 ……海原と一緒に行動するためにわざわざここまで来たの? 海原んちに泊まってる……?


 嫌な考えがどんどん湧いてきて頭の中が埋め尽くされる。なんで、という疑問を星宮に向けて抱く毎に海原に対しての悪意が増していく。お前、あんな事しといてなんでまた星宮と仲良くしてるんだよ。ふざけるなよ、疫病神! そう言ってしまいたくなるのを必死に抑えつつ彼らを見守る。



「……待って。なに、あの赤ちゃん」



 二人を注意深く監視していたら、海原が赤ちゃんを抱いているのに気付いた。赤ちゃんは海原を実の父親だと思っているかのように両手をわきわきさせながら海原にしがみついている。

 海原は焦りながらも、その様子を心から可愛がるように柔和な顔をしていた。


 星宮はその2人の様子を微笑ましく眺めながら、赤ちゃんの頬をつついたりしている。海原が星宮に何かを言い、星宮は頬を膨らませて海原の肩をパンチした。……本気で怒ってる感じじゃなくて、照れ隠し? 違うな、なんかムキになってる感じ? その本心は分からないが、あの2人は傍から見る分には随分仲睦まじく見えた。



「……っ」



 なにやら赤ちゃんが泣き出したと思ったら海原の手から星宮が赤ちゃんを受け取り、慣れた手つきで赤ちゃんをあやして泣き止ませると海原は感心したように星宮に話しかける。


 えっ、えっ? ……星宮のお父さんはお母さんと離婚している。星宮家の女周りの話はそれ以来パッタリ聞いた事ないし、多分あれってお父さんの子供じゃ……ない? いや、いやいやいや、でもそれならあれは誰の子? 海原んちの赤ちゃん? 星宮んちの赤ちゃん? 分からない、頭の中がぐちゃぐちゃになる。


 ……てか、こうして見る分には海原と星宮が親のようにしか見えない。星宮のお父さんの姿は近くに見えないし。でも、そんなの有り得ないでしょ。そんなわけが…………。


 ……やっ、待って? そういえば星宮、中学に入ってから原因不明の長期休みを取っていたよね? 入院したって話は休んでから入ったって先生に来たらしいし、考えてみたらそれはおかしな事だよね? じゃあ……それって……。


 いや。馬鹿かあたしは。そんなわけないでしょ。7月辺りまで星宮は来ていたんだよ? 受精してから出産するまで10ヶ月くらいかかるんでしょ? もし星宮が妊娠したから休んだって話ならまだ妊娠中でしょ。時系列が合わないじゃん、不安になりすぎて嫌な考えが頭に浮かぶ。



「……あっ。あ、あ、ああぁぁぁあっ!!!?」



 記憶を遡っていたら違和感が引っかかり、あたしの口から勝手に声が漏れた。


 宿泊学習の時、星宮のお腹は少し大きく膨らんでいた。あの頃は太ったのかなって思ったけど、太ったにしては部位が局所的すぎて太ってるにしては違和感があった。


 それに、それ以前も。普通に太るよりも早いペースでお腹が膨らんでいたような気がする。あれが妊娠特有のお腹の膨らみ方だったのだとしたら、中学に入った時点で星宮は既に妊娠していたことになってもおかしくは……。



「……あ!」



 赤ちゃんを親のように可愛がる星宮と海原の近くに星宮のお父さんが現れた。よ、よかった! このまま女の人が現れればその人とお父さんの子供っていう風に解釈することが出来る! お願い、お願いだから誰か。誰でもいいから星宮以外の女の人、現れて……!



 いくら待っても星宮以外の女の人はあそこの集団に混ざることは無かった。楽しそうに何かを言い合っていた星宮と海原は、お父さんが合流すると同時にお父さんを指さして何かを言い合い、互いに顔を見合せてにししと笑い合っていた。


 星宮が赤ちゃんを抱いた状態のまま海原は赤ちゃんの頬を触り、星宮は赤ちゃんの腕をつまんで海原と握手させて仲良さげに話している。


 星宮のお父さんは星宮と、何故か海原にも紙コップを渡して離れた所でタバコを吸い始めた。戻ってくる間、海原は赤ちゃんの頭に手を当ててヨシヨシと撫でていた。星宮はそれを嬉しそうに、愛でるような慈愛に満ちた目で眺めていた。


 お父さんが戻ってきて星宮と海原が別れるまで、ずっとあの2人は傍に居続けた。赤ちゃんは眠そうにしていたにも関わらず星宮が立ち上がると名残惜しそうに海原の方へと手を伸ばしていた。てか、離れるとぐずり始めてまた星宮が海原に赤ちゃんを抱かせた。


 星宮の見様見真似だろうけど、彼女から手ほどきを受けた海原がそれを実践するとすんなりと赤ちゃんは泣き止み、海原の親指を掴んで口に入れ始めた。普通ならそんなの、他人の赤ちゃんなら気持ち悪くて当たり前なのに海原は特に不快がる様子もなく黙ってされるがままになっていた。



「海原と、星宮の……子供……?」



 そんなわけが無い。そう思えるのは、あたしが常識に囚われてるからだ。


 星宮と海原は一時期互いを避け合っていた。でも星宮は別に海原の事を嫌いになった訳じゃないし、今の様子を見るに海原も星宮の事はもう嫌っていない。むしろ……むしろ、男同士だった頃よりも仲良くなっていてその姿はどう見ても『男女の恋人』のようにしか思えなかった。そんな距離感だった。


 未成年が子供を作るなんて普通の事じゃないけど、だからといって法律で禁止にされてる訳では無い。海原と星宮が同い年なんだから、その関係を裁く法律はない。


 いくら頭の中で条件を並べても、今の光景と赤ちゃんの存在を見てしまってからはどう考えてもあの2人の結び付きを否定することが出来なかった。



「……ふざけんなよ」



 なんなの。なんなんだよ。伊藤との一件があって、失敗して。中学でも変な噂が流れて、それは星宮が何とかして、今回は全部が上手く行ったと思ったのに。


 今度こそ、星宮と2人でずっと仲良くできると思ったのに。なんでまた海原(アイツ)が現れるんだよ。なんなんだよ、なんでいっつも邪魔してくるんだよ!


 鬱陶しい。鬱陶しい、鬱陶しい鬱陶しい!! ガ、ガキの癖に、なに子供なんか作って……っ。



「うっ! ゔ、おぇっ」



 吐き気を催して境内に吐瀉物を撒き散らす。最悪だ。なんでこんな気分にならなきゃいけないんだ、あたしばっかり。なんで海原(アイツ)は、あんな事しといてまだ星宮と一緒にいれるんだよ!


 ……男同士なのに子供作ったの? いじめていた時期にセックスしたってことかよ。気持ち悪すぎるだろ、なんなのそれ。星宮も星宮で、なんでそんなの受け入れて産んでるんだよ。有り得ないでしょ。有り得ない、頭おかしいでしょ。常識無いのかよ!!



 このままではそこら辺の物に当たって壊してしまいそうなので、あたしは口をゆすぐと何も考えないようにママの車に入り後部座席に寝転がった。駄菓子屋の方の家に戻ったら星宮を遊びに誘おうと思ってたのに、それが出来なくなった。



「……邪魔者。どいつもこいつも、邪魔。邪魔、死ね。死ね、死ね!」



 我慢出来なくて前の座席を数発蹴って、またうつ伏せに倒れる。もう嫌だ、何も考えたくない。何もしたくない。こんな田舎、もう嫌だ。早く、出ていきたい……。

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