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32話『初詣』

 多くの赤子は生後から3、4ヶ月程経ってから首がすわるというが、唯は12月の終わり頃の時点で既に首がすわっていてベビーベッドの上で頻繁に寝返りを打つようになった。


 健康状態、体重に恵まれまくってる頑強赤ちゃんだなぁと思っていたが、まさか成長の面でもバフがかかっているとは。母体が若いほど強い赤ちゃんを産めるってことなのだろうか、パンチ力も強いしなんかそのうち勝手にベッドから脱出してハイハイしだしそうだ。



「というわけで!初詣に行きたい! 唯と! 3人で!」

「まーじか〜〜〜」



 12月31日の夜。スーパーで買った緑のたぬきを年越しそば扱いに、麺をズルズル啜りながらテレビを見て歓談していた中に突然ボクは爆弾を投下する。



「いいじゃんか〜。唯、もう首ぐでんぐでんじゃないじゃん? 外出れるでしょ。行こうよ!」

「いや。唯がどうこうよりお前が……」

「ボクが何さ、父さんが他の女と作った子供って設定でしょ? 問題ないじゃん」

「それはそうなんだが……」

「折角の年越しだよ〜? 生まれて初の年末年始なんだよ唯は。最初の外出が初詣とか超めでたいじゃん。ね〜、唯〜」

「あだふっ」



 唯に話を振りつつ人差し指を唇にぷにぷに突っつかせていたら指先を咥えられてしまった。乳歯すらないふにゃふにゃの歯茎が心地よい、必死にハムハムしておるわ。頑張って噛み付いてみせよがはは。



「うーむ。だが知り合いに会う可能性は潰しておきたくないか? 変な風に噂が立つかもしれん」

「噂ね〜。ま、実際ボク長期間学校休んでたから結び付けられるかぁ」

「そうなんだよ。学校の友達に見られたらそういう風に推理されてもおかしくないだろ。危なくないか?」

「まあ確かにそうだけど。それなら普通に隣町の初詣に行けば良くない?」

「隣町か。ふむ」

「中学の学区は市ごとに別れてるでしょ? 市を跨げば問題ないでしょ」

「市ごとに別れてるかどうかは地域によると思うが、まあこの村だとそうだな。ふむ」

「なんなら隣の隣町まで行ってもいいじゃん。車出してよ父さん、唯に外の世界を見せてあげるんだ!」

「そうだなぁ。まあ学区から離れた神社に行くのはアリか」

「おみくじを引く! 行こう!」

「ふわぁ……正直もう眠いんだが、まあそうだな。行くか、初詣」

「やったー!」



 両手を上げてバンザーイと喜ぶ。父さんは買い物とかで既に唯と外に出てるんだろうけど、ボクは初めてだから嬉しい!



「じゃあ早速外出る準備をしよう!」

「まだ出ねぇよ。年越しの瞬間に着いてればいいだろ。しばらくコタツでぬくぬくしてるぞ」

「眠くなっちゃうよ!」

「ランニングでもしてきたらいいんじゃないか」

「嫌だよ寒いじゃん! もう。じゃあもし寝たら外出る前に起こしてね」

「寝るならコタツじゃなくてベッドに行けよ。風邪ひくぞ」

「嫌だね。父さん、いっつも唯を独り占めしようとするんだもん。ズルいので。監視します」

「独り占めなんかしてないだろ。なあ唯? 唯はパパの方が好きだもんな〜」

「たゃうっ! ちゃははっ!」

「なんで笑うの! 唯、駄目だよこのおっさんに懐いちゃ。近親相姦終わりおじさんだよコイツは。目を覚まして!」

「憂。なあ憂」



 父さんが何か言いたげにボクの名を呼ぶが無視する。事実でしょうが。ボクに何かしら言う前に自分の立場を弁えて1歩後ろでボクと唯のイチャつきを眺めてなさい。




 夜も更けた頃にボクら3人を乗せた車が発進し、少しだけ時間をかけて神社まで移動する。


 ベビーシートに雁字搦めになった唯が不快そうにしているのがとてつもなく可愛くて、ほっぺをつんつんしていたら唯が鬱陶しそうに泣き出してしまった。焦り焦りっ、後部座席であやしていたら父さんが「こらこら」と呆れた声を掛けてきた。


 ちなみにベビーカーは車のサイズの都合で載せていない。抱きながら歩くのは絶対疲れるだろうなって思ったけど、父さんは普段から唯を抱いた状態で買い物をしているらしくそこは慣れっこで問題ないらしい。だから最近腰に湿布つけてるんでしょって突っ込みたかったけど、ボクも唯を抱っこした状態で歩きたいから言わなかった。



「よいしょっ」

「途中で抱くの交代するよ。父さん」

「む、大丈夫だぞ。1時間くらいは余裕で抱いとける、父さんの筋力を甘く見ないでくれ」

「甘く見てないけど。ボクも唯を抱きたいの!」

「疲れるぞ?」

「知ってるよ!」

「大分疲れるぞ? 足腰と肩周りのコリがやばくなるぞ。爆発するぞ?」

「するかぁ。しんどくなったらすぐ父さんを呼び付けるからそこは問題なし!」

「父さんちょっと飲み歩きたいなぁ」

「飲酒運転? 車乗る前に殺すよ?」

「冗談やがな。そうだな、年越しの瞬間に抱かせてやろう」



 父さんの場合は本当に帰りの事を考えずに酒を飲みだしそうだから冗談にならないんだよ。まったく、少しでも怪しい動きを見せたらすぐに耳たぶ引っ張ってやる。


 境内を歩くと人がごった返していてどこを向かうにも障害があるからあまり移動できず、ボクらは長い時間を掛けて神社の本殿? なんて言うんだろ、鈴と賽銭箱がついている所までたどり着き鈴を鳴らして五円玉を賽銭箱に投げ入れる。


 とりあえず願い事も特にないので頭の中で『大した努力もせずにビックリ金持ちになれますように』と呟き、父さんと唯を伴って境内の脇道に逸れる。



「父さん! 唯抱きたい! チェンジ!」

「おー。唯〜、愛しのパパと離れ離れだ。悲しいな〜」

「あゃたゃっ」

「悲しくないでしょ。喜ばしいでしょ。唯、やったーって言ってみ」

「でゅぶぶっ」

「唾はいたぞ」

「吐いてないです。舌噛みながら声出してるだけだから」



 失礼な事を言う父さんから唯をひったくり抱き上げる。

 家の中で唯を抱き上げるのに慣れてたから、学校の保健体育での赤ちゃん抱き体験では慣れすぎてて先生に大褒めを授かったボクだ。心地良さも父さんなんかより段違いだろう。唯、もっと喜んだっていいんだよ???



「ふぅ。じゃ、父さんは甘酒でも飲んでこようかな」

「ねえ! お酒飲まないって約束でしょ!」

「馬鹿め。甘酒にはアルコールが入っていない。子供でも飲めるお酒なんだぞ、それくらい飲んだって構わないだろ」

「いーや信用ならないね。どうせおじさん達と親しくなって缶ビール貰ってグイッと行くに決まってる。見張るからね」

「貰わないって」



 まったく。油断も隙もないなこの人は。身が軽くなってすぐにお酒に目が眩むとか、アル中抜けてないじゃんか。ここはしっかり監視して、妙な事をしようものならすぐにでも殴って止めないとだ。



「あれ? 星宮じゃん」

「!?」

「なっ、やばい隠れろ憂!」



 境内を横断している最中に声を掛けられ、咄嗟に父さんがボクの姿を背中に隠してくれた。……いや、姿を確認されたから声を掛けられたんだし、今更隠れても意味ないと思うんだけど。



「……? 何してるんすか?」

「! う、海原くん?」

「おう。どうしたー、親父さんの後ろに隠れて。お忍びか?」

「お、お忍びではある。他に誰かいる?」

「いや。ここの神主さん、うちの叔父さんだからな。親戚で、つっても母ちゃんと俺が泊まりに着てるだけで他には誰もいないぞ」

「そうなの!?」



 叔父さん、という事は海原くんのお父さんかお母さんの兄弟って事かな? 親戚に神職の人いるんだ、なんかかっこいいな。



「ゆ、憂」

「大丈夫だよ父さん、海原くんはボクとこの子の事知ってる」

「!? 知ってるって……!?」



 声を大きくする父さんの袖を引っ張り姿勢を低くさせ、耳打ちで言葉を吹き込む。



「海原くんは、お父さんとボクの事情については知らないはず。少し前、妊娠してる時に偶然鉢合わせたんだよ」

「ま、まじか。やばくないかそれ!?」

「やばくない。多分様子的に海原くん父も海原くんには話さないつもりだろうし、海原くん本人も唯の父親については興味無いと思う」

「いや……じゃなくて、お前が彼と話すのは、大丈夫なのか? しんどくならないか?」

「ならないよ。大丈夫、意識しないようにする」

「そ、そうか」



 ボクの答えを聞いて安心した様子で父さんが姿勢を正す。父さんの背中越しに見る海原くんは頭にはてなマークを浮かべたような顔でそれらの光景をただ漠然と眺めていた。



「どしたー? 俺、またなんかお前が傷つくようなことしたか?」

「い、いやいや! なんでもないよ」

「おっ。その子が噂の星宮ベイビーか」

「「噂!?」」

「おわっ!? な、なんすか二人揃って。赤ちゃんビックリしてますよ」

「う、噂って。噂になっているのか!?」

「え? いや。別に噂にはなってないっすけど。星宮が子供産んだって話、隠してるんすよね?」

「か、隠してるというか……隠してるが……」

「でしょ。そんなん分かりきってるし噂になんかしないっすよ。さっきのは単なる言葉の綾でしょ」

「そ、そうかい」

「紛らわしいよ海原くん!」

「いてっ。なーんで殴るんだよ。子供の目の前で暴力振るうとろくな子に育たねえぞー」



 海原くんの腕を軽くポコッて殴る。まったく、心臓止まるかと思ったよ!



「海原くんは唯の事知ってたんだね。……その、一応この子は俺と他所の女との間で出来た子ってなってるから。そういう事でよろしく頼みたいんだが……」

「誤魔化すにしてもその設定じゃ、どっかの女が子供を産んだ途端に蒸発したって話になりません? その噂が流れるにしても印象悪いでしょ」

「そうなんだが、現状これが一番自然なもんで……」

「へぇ〜。にしてもやっぱ顔面が星宮とどこかしら似てるんすね〜。今の星宮に似てるの意外だな、てっきり男の頃の姿に似ると思ってたわ」



 ボクらの警戒が解かれたのを察して、海原くんが紙コップに入った飲み物を飲んでその紙コップを近くにあるゴミ袋に捨ててから近付いてきた。


 父さんはその様子を心配そうな目で見つめているが、まあ今の海原くんなら変な事はしないだろうし心配することも無し。父さんに「ボクは大丈夫だから。お酒、飲まないでよ?」とだけ声を掛け、この場を離れさせる。



「親父さんと一緒に居なくていいのか?」

「甘酒飲むんだって。甘酒ってアルコール入ってないの?」

「物によるが、こういう場面で出される甘酒には入ってないんじゃないか? 入ってたとしても1%にも満たないアルコール濃度じゃなかったっけ」

「1%でも入ってたらアウトだよ」

「酔っ払って返ってきたら酔い覚めるまでパンチだな」

「んむ」



 する事もないので神社の床板に腰を下ろして太ももの上に唯を座らせる。すると隣に少し距離を空けて海原くんも座ってきて、唯は海原くんを見つめながら両手を伸ばした。



「お〜。唯が海原くんに握手を求めている」

「まじで? 凄いな、生物じゃん」

「生物ではあるでしょ。ほら、海原くん」



 手を離したら唯が地面にベチャって落っこちそうだから、左手で唯のお腹を持ちつつ右手で小さな腕をつまみ海原くんの方にヒラヒラと揺らしてみる。


 海原くんは少し戸惑いながら控えめに人差し指を唯の手の前に出した。唯はそれを嬉しそうに握り、上下に振り回した。



「おぉ〜。意外と力あるのな」

「ね。意外とパワー系。成長したら良いレスラーになれそうだ」

「レスラーなん? この子男?」

「女の子だよ。唯って言ったじゃん、名前」

「いやー昨今の名付け的に男か女か判断つかないのよな。お前も憂って名前の癖に男だし」

「今は女だけどね」

「な。どっちにしろ自然な名前なの凄いよな。タケルとかサトシみたいな名前で女になってたら馬鹿おもろいやん」

「その場合は流石に改名するんじゃないの」

「出来んの? 名前変えるとか」

「出来るんじゃない? 犯罪者とかよく偽名使ってるじゃん」

「偽造パスポートとかな。捕まるだろそれは」

「捕まるか。まあ奇跡的というか、誂えられたような名前だよなぁとは思ったよ。女体化した当時」

「ほーん」



 無関心そうに相槌を打ち、海原くんは唯と握手する指を二本に増やしてしっかりと指を曲げて握手を返していた。嬉しそうに唯がキャッキャと笑う。無邪気だなぁ。



「なんかやけに懐かれてね? 俺」

「ね。やめてよ、うちの子を誘惑しないで」

「してね〜よ。握手で惚れられたとしたら惚れる側に問題あるだろ」

「唯に問題があると申すか」

「お前の頭が問題だらけではある」

「叩くよ」

「子供産まれてから気が強くなったよな。こわ」



 笑いながら海原くんが言う。確かに、唯が産まれてから少し他人に対して攻撃的になったなと自分でも思っていた。長いこと妊娠で 期間でストレスを溜め込んでたからそれが一気に解放されてるのだろう。



「眼球周りと頬のもったり感、マジでお前に似てるよな」

「ボクの事デブって言いたいの?」

「言ってないだろ。どちらかと言えば痩せ型……でもないか。肉はある方だなお前」

「どこを見て言ってるんだよ変態」



 彼の視線がボクの胸から腰周りに移動していたのを見逃さなかったので指摘する。気付かれてるとは思わなかったのか、海原くんはバツが悪そうな顔をして視線を人混みの方に逸らした。


 ……別に、こちとら心は男のままだから見られてもなんとも思わないんだけど。変に女扱いされるのも気持ち悪いっての。



「学校の連中にはこの事隠してるのか?」

「唯の事? 隠してるに決まってるでしょ。言えるわけないじゃん」

「そっか。じゃあ現状この事知ってるの俺だけ?」

「海原くんだけ。やめてよ? 変な噂流すの」

「流さないって。てか俺に利点ねぇだろ、お前が子持ちだって噂を流しても」

「どうだかなぁ。前科あるしなぁ」

「あれは……まあ、そうだな。前科なのは間違いないか」



 小6の時の事を思い出す。海原くんはボクが悪い事をしているみたいな噂をクラスの人達に流布した過去がある。その時の事を指しているのか分からないが、海原くんはあさっての方向を見たまま「あの時は悪かったな」と言った。



「別に。今は仲良くしてくれてるし。それでチャラだよ」

「器でかいな。普通あんな事されたら一生憎むだろ」

「そんな憎むほどの事でもないでしょ。海原くんだって、あの時はボクの発言で傷付いたり怒ったりしてたんでしょ。言っちゃえばボクら、罪の度合いは同じくらいなんじゃない」

「そう思えるんならお前は聖人かなんかになれるよ。マザーテレサの後釜狙える」

「大袈裟だなぁ」



 馬鹿馬鹿しい話をして笑い合う。穏やかな時間が流れる。



「結局、真相はなんだったんだろうな」

「うん?」

「お前が俺の愚痴を言ってたって話。後から思い返してみたんだけどよ、あれどう考えても嘘だろ」

「……」

「そりゃお前だって人間だし、何かの拍子に相手を傷つけるような事を言ってもおかしくはない。けどさ、影で他人の事をネガキャンするような性質ではないだろ」

「……どうだろうね?」

「含みを持たせてるけど。どーせそれも当時のアイツら、間山とか伊藤とか……勅使河原だっけ? そこら辺を庇っての発言だろ」

「んー。まあ」

「考えりゃわかる事なのにな。お前を信じるって事をしなかった。どう考えても俺の罪だよな。殴らなくていいのか?」

「殴られたいの? いいよ、殴ろうか」



 なんか湿っぽい空気になりそうだったから話の流れで海原くんの肩をパンチした。海原くんはびっくりした顔で「いや結構強めに殴ったな!?」と言ってきた。自分でも思ったより強めに殴っちゃったなって思った。どうやら心の底では腑に落ちない怒りがまだ燻っていたらしい。



「これで本当のチャラになったね」

「そうかい。スッキリしたか?」

「結構した。こんなんでも足りなくてボコボコにしなきゃいけないなんて事態にならなくて良かったよ」

「今の、てか素を見せてる状態のお前なら平気でボコってくるよな。それどころか関節技してくるし。あれさ、子供同士のじゃれあいの域超えてるよね。骨折の危険と隣り合わせすぎるわ」

「主に練習台が長尾くんだったからね〜。太ってる人は殴っても効果薄かったから関節技に行き着いたよね、最終」

「明確に痛めつけようって意思があるんだもんな。怖いわ。ナチュラルにサイコなんだよお前」

「えへへ」

「褒めてねえわ」



 ニコニコしてたらドン引かれた。なんだよー、小さい頃は海原くんだって横井くんだって殴るのに加減してこなかっただろー。やってる事の度合いは一緒じゃんか、ボクだけ悪いみたいな言い方しないでよ。



「たゃうっ」

「ん。そうなんだよ唯、コイツ平気で人の腕とか折りに来るんだよ。やべえんだよ、お前の母ちゃんは」

「やめてね? 唯に変な事を吹き込まないで」

「事実無根じゃないから余計に都合悪いよな」

「唯〜。この人の言葉は聞かなくてもいいからね〜。ゴミの情報はポイしましょうね〜」

「だうっ!」

「おーーーい。だーれがゴミだーー」



 そう言いながら昔のように海原くんの手がボクの頭をガシッと掴み、そのまま頭を振り回されるのかと思いきや海原くんの手が離れた。



「うん? 振り回す流れじゃないの? 今のは」

「あー……まぁ、今までならそうしてたけど。流石に今は。お前女だし、子供の前だしな」

「んー。そりゃ実際そうだけど、別に無理にボクの事を女扱いしなくてもいいよ?」

「あん?」

「むしろ海原くんからそうやって女扱いされると鳥肌立つよ。気持ち悪い。普通に男友達として接してよ」

「おー。考えとくわ」

「空返事だなぁ」



 ケラケラと海原くんが笑って、そのまま流れるように欠伸をした。リラックスしたように背中を壁にくっつけ、片膝を立ててそこに肘を置いて目の前の人混みを眺める。



「お前、みるみるうちに女っぽくなってくよな」

「そう?」

「あぁ。顔もなんか、真っ当な美人になってるし。身長はいつまでもひっくいままだし、凹凸出てきてるし」

「身長に関しては低くないはずなんだけど」

「女の中だとな。男から見たらチビもいい所だろ。立った状態でお前と目を合わせるってなると少し下向かなきゃだし」

「それは海原くんが過剰に成長してるからでしょ。中学入ってから急に背ぇ伸びすぎなんだよ」

「これからもっと伸びるぞ。成長期だからな」

「竹かよ。いいなぁ〜、ボクも身長伸ばしたいな」

「羨め羨め。つってもまだ170越えたばっかだからな、俺も言うてでかくねーよ」

「でかいよ! 筋肉もついてるし。はぁ、ボクは贅肉ばっかぷくぷくついてる。悔しい」

「どーんまい」



 どうでもよさそうに言われる。ボクとしては結構切実な悩みなんだけどな。父さんが屈強な体してる分、ボクも同じように成長すると思ってたし。


 海原くんのお父さんは逆にお肉たっぷりな中年おじさんなのになんで海原くんばっかり…………おぇっ。あの人の話は考えないようにしとこ、ちょっと体調悪くなったや。



「どうした? 気分でも悪いのか?」

「ううん、そんな事ないよ」

「本当か? 水でも貰ってこようか」

「大丈夫、気にしないで」

「そうか」



 リラックスした様子でもたれかかる海原くんにずっと興味津々な様子を見せる唯。ふむ、何がそんなに気になるのか分からないけど、本人がご所望なら少しだけ海原くんに預けちゃってもいいかな? どうだろう、海原くんに聞いてみるか。



「ねえ、海原くん」

「はいよ」

「どうにも唯が海原くんに興味津々だからさ。少しだけこの子預けてもいい?」

「はあ? なに、預けるって。うちに子育てさせんの?」

「違う違う。この場でちょっとだけこの子の事抱いてみない?」

「………………はぁ? 俺が?」

「うん」

「赤子を?」

「うん。赤子って言い方おもろいな」

「いや。やめとくよ。流石に怖い。こんな小さな人間、下手な事したらぶっ壊しかねない」

「大丈夫大丈夫。首はすわってるし」

「ちょちょっ、まじで!?」



 だらけきった海原くんの太ももに唯を座らせる。彼は焦った様子ながらも腕で転倒防止の防護壁を作る。唯の体に直接触らないようにというか、強い力を加えないように少しだけ隙間を作って唯の姿勢を固定させている。面白いな。



「ちょいっ!? 俺赤ちゃんの抱き方なんか知らないんだけど!?」

「習ったでしょー」

「習ったけど! 実践はしてない! 見てた!」

「じゃあね〜。まずここに腕を回して……」

「おいっ!?」



 アニメだったら絶対に汗を飛ばしているような焦り方をする海原くんの腕を掴み、ボクがよくする抱き方を海原くんにやらせてやる。控えめに唯に触れる海原くんに対して、唯は無遠慮に体に手をベチベチと当てまくっている。


 おぉー、胸板に頭をグリグリやってる。大懐きしてるじゃん唯の方もベストポジションに座れたようで、一定の角度に姿勢を保った状態でボクの方を見て今度はボクに対して手を伸ばし指を開閉している。



「小さき命がっ! 俺の手中に小さき命が! こ、壊れる前に早く取り返してくれ星宮!」

「雪だるまかなんかだと思ってる? 多分人間の赤ちゃんってそこら辺の小動物よりも丈夫だと思うよ」

「そうかなぁ!? このままこてんって転んで頭打ったら即死しないか!? 怖いんだが!?」

「あははっ! なんかアレだね。海原くん、若くして避妊せずに子供を作ってしまった人みたいだ。おもしろーい」

「それお前だからね!? 自分の子供が危機に瀕してるのに笑ってんじゃねーよ馬鹿親が!」

「瀕してないでしょって。あ、ちなみに唯時々ゲロ吐くから。その服が汚れたらドンマイだね」

「流石にそれされたらお前をぶっ殺すが!? ドンマイで済まない事なんだが!?」

「けぷっ」

「っ!? 星宮! バトンタッチ!! バトンタッチ!!!」

「大丈夫。ただのゲップだよ。気持ち悪いね〜唯。よーしよしよし」



 流石に海原くんが抱いてる状態で吐き戻しをしたら可哀想なので唯を抱いて、頭と胸を支えながらトントンと軽く背中を叩く。後発のゲップは出てこなかった。



「はー怖かった! お前な、心臓に悪いわ! 自分の赤ちゃん大切にしろ!」

「ちょっと抱かせただけじゃんか。何ビクビクしてるのさ、情けないのー」

「そりゃお前っ、こんな脆弱な生物を抱かされて! 生殺与奪の権握らされる気持ちになれ!? まともな倫理観持ってたらそりゃ怖いだろ!」

「あはははっ! 大袈裟すぎ! バカみたーい。ねー唯、面白いね〜このお兄ちゃん」



 あれ、面白い場面だなって思ったけどなんか唯がぐずり始めちゃった。爆音泣き声をあげちゃった、ひえー! お腹がすいたのだろうか? オムツは膨らんでない。ふむ……?


 抱き方を変えてあやしたら泣き止んでくれた。暑かったのかな? 今は冬だから寒いはずなんだけど、防寒着フル装備で固めてるから体の密着度合いで暑さに不快感を覚えたか。学びだね。



「おー。慣れてんな、赤ちゃん泣き止ませるの」

「親なんでね。学校休んでた頃に色々試行錯誤してたからある程度は慣れたよ」

「すげーな。世の中には最後の方まで泣いてる原因が分からずお手上げ状態になる親だっているって聞くぜ」

「子育ての大部分は父さんが担ってるから実の所そこまで負担が無いんだよね」

「へぇ〜」

「あとこの子がめちゃくちゃ聞き分けがいいってか、機嫌の変化が分かりやすい子だからトライアンドエラーしやすいんだよね。泣き止ませようって考えずに色々試せたからってのも、早くに慣れれた理由になるのかな」

「泣き止ませようって考えずに色々試したってやばすぎるな。人体実験みたいな扱いしてんじゃん」

「実際そうじゃない? 自分の思う通りになってくれないのなんて分かりきってるし、ならハナっから泣き止んでくれればなんでもいいって掛かるんじゃなくて実験的に色々やった方が効率的じゃん。学びをストックしなきゃ慣れるなんて無理でしょ」

「変な所で研究家気質だよな。関節技を覚えたのもそういう側面が作用したんだろうな。普通見ただけの真似っ子で使える代物じゃないし」

「絵を描くのにも通じる所はあるよ。性に合うって事ですな」

「ふーん。の割に、スマブラじゃ横井には勝てないんだよな」

「アレは横井くんの習熟度がイカれてるでしょ」



 てかゲーム全般に駈ける彼の熱意が頭何個も飛び抜けてるんだよ。全てのゲームで圧倒的実力を見せつけてくるじゃん。もうプロゲーマーになった方がいいもんね。



「あ、そうだ。海原くん今度さ、ボクんち遊びに来なよ」

「え?」

「もう長い事友達を家に呼んで遊んでないからさ、暇なんだよね。特に長期休み。久しぶりに何かで対戦しよう?」

「……いいのか?」

「うん?」

「なんでもない。そうだな、年始の予定どうなってんの? お前は」

「全部休み! 外出予定なし!」

「そっか。それじゃ、まあどっかでテキトーに遊びに行くわ。なんなら間山ん所の駄菓子屋寄って菓子でも買ってきてやるよ」

「やったー!」



 前々から考えていた遊びの誘いを快く受け入れてもらい、嬉しくて片腕を上げて喜ぶ。そんなボクを見て海原くんがプッと吹き出し、噛み殺し切れてない笑みを零しながら口を開いた。



「やったーって。相変わらず子供っぽいのな。そういう所変わってなくて安心したわ。やっぱいいなー、お前」

「む。いいって何がさ。馬鹿にしてる?」

「してないしてない! いやー、お前のそういう所好きだなーって」

「え? 好き?」

「うん違うから。そういう好きじゃねえから。お前ホモなん? やめろ? マジで。ネタ抜きで」



 割とガチめに拒否られる。嫌がりすぎだろ、ボクだって嫌だっつーの! そっちが変な事言うから反応しただけなのにあんまりだ! 意地悪してやる。



「ボクの事好きなんだ、海原くん。へー? ほー?」

「あれ、耳付いてるよな? 違うぞー? 恋愛的な好きではないぞー」

「子供いるのに好きだなんて、罪な男だなぁ。よくボクなんかに好きとか言えるよなー」

「違うって言ってるだろ!」

「でも言ったのは事実だよ?」

「意味を取り違えてるんだよ! 男同士だった頃も言い合っただろこの程度の事は!」

「えっ!? ガ、ガキホモじゃん! ぎゃー! 海原くんってホモだったんだ!?」

「ぶん殴るぞ!? どちらかと言うとお前の方がホモっぽかっただろ! 距離近いしなよついてるし喋り方もなんか柔らかいし! ホモ!!」

「ボクはホモじゃない! なよついてる相手に関節技決められて叫んでたんか海原くんは!? 喋り方なんかでホモとか決めつけるな!」

「じゃあお前は言葉一つでホモと決めつけるな!? 俺は普通に異性愛者だ!」

「いーやホモだね間違いない。男の頃、ボクとばっかつるんでたし」

「それは果たしてホモなのか!? 単に友達だからつるんでるってだけだろ! お前がホモだろ!」

「ボクはホモじゃなーい!!!」

「なーに言い合ってるんだお前達は」



 言い合いが白熱してきた所で父さんが戻ってきた。手には紙コップを二つ持っている。ボクは父さんを指さし口を開く。



「じゃあ間を取って父さんがホモね!」

「は?」

「良い落とし所だな。星宮の親父さん、ホモつかれさまです!!」

「はい? なんで戻ってきて早々同性愛者扱いされてるんだ俺。そういう趣向だった場合憂は産まれてないだろそもそも」

「体外受精だよ」

「ドナーかもしれん。子宮移植」

「ぐえっ! きもー!」

「なに? 中学生の間で大人をいじめる遊びでも流行ってんの? お父さんあんまり言われると泣いちゃうけど大丈夫そうか?」



 そう言いながら父さんはボクらに紙コップを渡してきた。中身は甘酒で、折角初詣に来たんだから記念に飲んでみろって言われて飲んだ。……ふむ、甘い。美味しいな、これ。



 甘酒を飲んですぐにボクらの会合はお開きとなり、車に乗って帰路に着く。唯はもうお眠なようで、運転中首を何度もカクンカクンと揺らしていて可愛かった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 唯が健康に成長することを願っています…本当に可能でしょうか? 少なくとも今のところ、唯がいる限り、忧は黒化しないし、海原君との関係も良好です。
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