31話『歴の長い嫌いは滅多に覆らない』
『ふー…………くっ……んぅー……』
「いびき、ではないか。結構音出るタイプの寝方するんだな、星宮の奴……」
通話越しに星宮の寝息? 寝言? が聴こえる。時々息を吹きかけるようなボフッて音がするから口のすぐ近くにスマホを置いてるんだろう。
なんか……相手は星宮だって分かっているんだけど変にきまずい。純粋に女子の寝息として聴いてしまってる。
「あまり関わらない方がいい、か」
親父に言われた言葉を思い出し、少しだけ過去の出来事を思い返す。
星宮と再会して、数ヶ月程日数が経ったある日。ふと夜中に目が覚めた俺は飲み物が欲しくて階段を降りていた。
「その件はですね……」
「……?」
深夜1時、母ちゃんも妹もすっかり眠っている時間帯だ。そんな時間なのに親父が台所に居て、誰かとスマホ越しに会話している? 聞き耳を立てるつもりは無いのでそのまま冷蔵庫のある方まで歩いていこうとしたら、ある単語が耳に入った。
「星宮さんの、娘さんが……」
「星宮?」
口に出すとその声は親父の耳に届いていたらしく、彼は俺の方を向き『しまった』とでも言い出しそうな顔をした。
俺としては別に親父が何話してるかとかどうでもよかったが、目が合った以上なにか話した方がいいのかなと思って、すぐに通話を切った親父に向けて声をかけた。
「星宮になんかあったのか?」
「あー……学校に復帰したらしい」
「へえ。そりゃよかったね」
「そう、だな」
歯切れの悪い調子で親父が言う。なにか思うところがあって話を濁してるのは明らかだが、俺は親父が何を隠しているのか知っている。多分、妊娠の件を隠しているのだろう。
もう直接会って知り得た情報だったし、俺個人としてはアイツが誰と子供を作ったのか、少しばかり興味はあるが超絶気になるというわけでもないので親父の心配も杞憂だぞって事で特に気にせずにスマホを取り出した。
深い意味はなく、単純に学校復帰を祝えるような会話を出来るよう星宮に『学校復帰したの?』という旨のメッセージをその場で送り、スマホを仕舞って冷蔵庫を開ける。
麦茶が切れてる。ジュースを飲むような気分でもないので、仕方なくコップに水道水を注いでそれを仰いだ。
流しにコップを置き、そのまま部屋に戻ろうとしたら親父に呼び止められる。
「なんだよ? 親父」
「さっき、憂ちゃんにLINE送ってたか?」
「憂ちゃん?」
親父が急に星宮の事をちゃん付けした事にギョッとした。そんな風に呼んでいなかったよな? 以前は普通に憂"くん"って呼んでなかったっけ? てか、星宮が女になったって話を知ってるのも変じゃね? 直接会って話すような仲でもないだろうに。
若干の違和感を抱きつつ、俺は親父に「そうだけど」と返した。
「今も仲良いのか?」
「え? うーん、どうだろうな。一応仲直りはしたかな。あっ、俺、星宮とは一時期折り合いが悪かったんだ。だから遊びに来なくなってた」
「そ、そうなのか」
「ん。それが?」
「……あまりあの子と関わらない方がいいぞ」
「? なんで」
そう訊ねるも、すぐには言葉が帰ってこなかった。親父が俺の「なんで」という問いに対し、慎重に言葉を選ぶように逡巡しているのが見て取れる。
そりゃ、世間一般的に見れば12歳そこらで子供を産むなんて事は非常事態だろう。もう令和に入ってかなり経つし、そういうアングラな事件は過去のものとして捉えるのは当然かもしれない。
でもこの村は都会から大きく離れた山間の寒村で、都会に比べると何もかもが二世代くらい遅れてるって側面もある。人間の質が総じて少し古いのは紛れもない事実だ。
だから別にやむを得ない事情で子供が妊娠したりしても不思議とは思わないし、そもそもこの時代に神隠しじみた失踪事件が何件か起きてるんだ。大袈裟に捉える必要も無いと思うんだが。
それに、最新のゲームや漫画なんかはこの村でも持ってる奴はそれなりにいるけどカラオケとかスポッチャとかそういう遊び場所がない分性的なやり取りが娯楽になってるって話も耳にする。星宮がそういう仄暗い趣味を持ってるって考えるのは少し怖気が立つが、それでも何かきっかけがあれば人間性なんて易々と傾くんだから有り得ないと断じるまでもないだろう。
元男だったって事情は置いといて。フラットな目で純粋な女として見た場合、アイツの容姿はかなり整ってる。顔も良いし、性格も人モテするタイプだし、胸もあるし。
そんな女が娯楽の少ない田舎に住んでたとしたら、まあ、性的な経験を若いうちからしてるってのは自然だし求められるのは嬉しいだろうから娯楽になるのだって無理ある話ではない。
「別に、アイツが何してようが気にすることでもないと思うけど。そもそも俺、アイツとは若干疎遠になってるし」
「疎遠に。クラスは同じじゃないのか?」
「同じじゃない。だから星宮が復帰したって話に驚いたんだろ」
「確かに。そうか。……これからは、仲良くする予定とかないのか?」
「予定って何、そんな義務付けてやるもんじゃないだろ、人との関わり合いって」
「そうなんだが……」
「何をそんなに気にしてるんだよ。星宮について、なんかヤバそうな話でも握ってんの?」
「いや」
「アイツになにか事情があるとかじゃないと不自然な態度してるよ、親父。なんか俺からアイツを避けさせようとしてるみたいだ」
言葉を言い終えると同時に親父が俺から目を逸らしまた考えを巡らせた。図星だったらしい。何かしら思う所があって俺から星宮を引き剥がそうとしている。そもそもくっついていないのだから、引き剥がすも何も無いのだが。
「……あの子の家には、行かない方がいい」
「アイツの家に? そもそも呼ばれないだろ。親父は知ってるか分からんけど、アイツ実は女だったんだよ? 男なんか家に呼ばないでしょ」
一応、男から女になったと伝えても親父は不審がると思ったから言い方を変えて『実は女だった』という事にした。まあ、下の名前にちゃん付けで呼んでる時点でそこら辺の話は既知だと思うけど。
「呼ばない、とも限らないだろ。昔は仲良かったんだし」
「呼ばれないと思うぞ、ほぼ確定レベルで。仲直りはしたが、多分俺はまだアイツに好かれてはいないと思うし。嫌われて当然な立場だしな」
「何があったんだ?」
「別に。ちょっとしたすれ違いで仲違いしてただけだよ。……ガキの頃にはよくある話だろ」
「でも仲直りはしたんだろ?」
「……まあ」
「いつだ」
「え? ……最近?」
「!? 最近っていつだ!? 直接会ったのか!?」
急に親父が血相を変えて、俺に掴み掛るくらいの勢いで質問してきた。なんだなんだ、直接会ったって知られるとまずい感じの雰囲気じゃないか? 誤魔化すか。
「ち、直接には会ってない。LINE上のやり取りでな……」
「LINE? どっちから飛ばしたんだ?」
「あー……俺から?」
「なんて送った?」
「久しぶりーって。で、まあ……当たり前だけど返事が返ってこなかったから、当時の事を謝って。みたいな感じ」
少々無理のある言い分だったかもしれないが、俺の話を聞くと親父は「そうか」とだけ言って納得はしてくれた。
「……あの子とはあまり関わるな。LINE上でも、あまり話さない方がいい」
「さっき聞いたな。それはなんで? アイツ、なんかしたの?」
「……子供の頃、一時期仲が悪かったんだろ? そういう禍根は大人になっても消えないものだし、またちょっとした事で大きな喧嘩に発展するかもしれん」
「喧嘩になる時は大抵俺が変な思い違いをして酷い事をするケースが多いからな。アイツから何か仕掛けてくる事は無いし、もう中学生なんだから俺も自制するよ」
昔の俺は何もしてこないアイツに執拗に腹を立てて、どうにかアイツの怒りを引き出そうとしてたけど結局最後までアイツは俺を殴っては来なかった。
我慢強いのもあるが、それ以上に優しい奴なんだろう。俺が怖かったのならそもそも最初から仲良くなってはいない、自制心が育ち切ってない頃から対等に仲良くやれてたって事はどっちが上とか下とかは考えてなかったはず。それなのに反抗せず耐えてた奴が、かつての俺のように急に相手を蔑ろにするように態度を変えたりはしないはずだ。
「親父が思ってるより良い奴だぞ、アイツ。バカバカしく思うくらい裏表がないし、こっちが好意的に接すればそれに応えてくれるし」
「…………星宮さんちは暴力団と間接的に繋がってる。あそこの父親は昔、暴行で少年院に送られてたって話も聞く。関わるだけ損だ」
「よく星宮んちの親父さんと麻雀してるじゃん。普通に仲良いんじゃないの?」
「っ、あ、あの人は飲みの延長で遊んでるだけなのに金を賭けたりする! 親しくしてる連中もほとんどが工場、造園屋のチンピラ連中だ! 俺は過去の恩義があるから関わってはいるが、そこまで親しくはないぞ!」
「恩義?」
「こ、子供には分からない話だ。気にするな」
気になるわ。恩義ってなんだよ、ただの豆腐屋だろ。なんでヤクザ系の人に恩を感じてるんだ、親父も元々そっち系の人だったとか半グレだったみたいな疑いをかけちまうぞ。
「蛙の子は蛙と言うだろ。星宮さんは腕っ節が強くてすぐに手を出す男だ。あの人はこの村の新参者の癖に、ガラの悪い連中を傍に置いてるせいで一丁前に地位を持ってると勘違いして威張ってる! その人の娘なんだ、同じような性悪だとしてもおかしくはない!」
めちゃくちゃ言うな、親父。少し気ぃ悪いぞ。
てか星宮の親父さんってそんな小悪党丸出しな人間だったっけ? アイツんちで見る分には奥さんの尻に敷かれてる男、村で見掛けた時はご近所付き合いを大切にする大人しい男、街で仕事場の人と歩いてる時も口調は穏やかだしマナーとかちゃんとしてる立派な大人って印象しかなかったぞ。
……まあ、確かに顔は強面だし握った時の拳がでこぼこしすぎてるのは気になる所ではあったが。あと謎に耳が変形してたし。何だこのミュータントって思ったこともあったけど、今の親父と比較したら他人の粗とか口にしない良い大人だと思うけどな。
「あの子自身、何度も不登校になってるだろ。悪い連中と関わってるに違いない。……あの子に関わるとお前まで不幸になる。嫌な気持ちになるのは確実だ。下手するとうちの家族まで巻き添えを食うかもしれないんだ」
「考えすぎじゃねーの」
俺が知る限りアイツの不登校は女体化病の時と妊娠の時だけ。登校できなくなるのに相応しい理由が付属してる。違和感はないし裏も感じない。てか、アイツの人格的に悪い奴と関わって他人に迷惑をかけるようにも思えない。ほぼほぼ親父の妄想だ、星宮は俺なんかよりずっと立派だし、アイツのせいで不幸が起きるなんて有り得ないって。
「だから……」
「わかったわかった。そこまで言うなら、こっちから積極的に関わるのは辞めておくよ。でも相手から話しかけられたら応対はするからな。それくらいは良いだろ」
「……あまり、深入りはしないようにな」
「へいへい」
テキトーに流しつつ部屋に戻る。星宮からの返信はない、まあこんな時間だしもう寝てるわな。
部屋に戻る途中、親父が震えた声で「なんでこんなことに」と言っていたのが僅かに耳に入ってきた。星宮がどうこうというより、親父自身に何かしらの問題があるように思えたが、まあそこは深く考えないでおく。
どうせ星宮の親父さんと個人間で何かトラブったとかそんな感じだろ。口ぶり的に、親父側に非がある感じだったしそれでボコられても仕方ない事だ。
指が何本かなくなっていたら流石に星宮との関わり方も考えるが、無事でいる間は今まで通り普通に接する事にしよう。
「星宮と、悪い繋がり……うーん。想像しづらいな……」
どれだけ考えてもイマイチ実感が湧かない。判断は次、星宮自身と関わった時のアイツの様子を見て考える事にしよう。もし怪しい素振りを見せたら関わり方を変えて、そんな素振りもなかったら普通に接する。そうしよう。
なんて事を思い出して、考える。うん、やっぱどう考えても親父の考えすぎだな。確かに昔に比べたら若干感情表現が乏しくはなっていたが、言ってる内容的になんの違和感もなかったし。
てか、星宮って声可愛いな。俺に声かっこいいとか言ってきてたけど、星宮の方だってなんか透き通った声していて男に人気出そうな声質してると思う。寝息だけでアニメのキャラクターみたいだもん。こんな声してる奴が悪い事してたらキャラ崩壊もいい所だ。
「……素振り行くか」
もう少しだけ、星宮の寝息を聞いていたかったけど時間が時間なのでジャージに着替える。通話は切らないでねと言われたのでスマホは持たず、そのまま部屋を出た。
てか星宮、学校に復帰したってことは子供も産まれてるだろうにこんな時間帯に眠りこけていていいのだろうか? 流石に赤子の子育てはアイツの手に余るってことで父親に一任してるとか? それはそれで、親父さんが苦労しまくってると思うんだが……。
*
12月25日。クリスマスですって。ここ1週間くらいテレビではイルミネーションに彩られた街並みが昭和の香りするラブソングと共に紹介されるなんて光景を何度も目にした。
いいな〜、街中がイルミネーションで彩られてクリスマス一色か。うちの村でも時々気合いが入った人が自分ちの庭や壁に装飾を施したりするけど、大体そういう飾りは冬が終わっても放置しっぱなしだからね。夏頃になって生い茂った植物が光を覆い隠してくれるまでそこら一帯だけネオン街だよ。家屋が古いネオン街、世界観の崩壊だね。
「集まるなら冷泉の家が良かったー!」
「ごめんなさい。今日はお父様が親戚を集めてパーティーをしていて……」
「素敵だよね〜。大きなお屋敷に親戚一同集まってクリスマスパーティー。羨ましい。良かったの? 冷泉さんも混ざらなくて」
「毎年やっていますから。今年くらいお友達と一緒に過ごしたいです!」
「あははっ。今年くらい、ね。来年も再来年も同じように集まったら家族の人に怒られそうだ」
「怒られはしませんよ。お父様もお母様も、私に学校のお友達が出来たのを心より喜んでいましたから」
「しっかし間山んちか〜。初めてくるな。駄菓子屋なんだっけ? ウチなんか買ってこうかな」
「いいね! お菓子系は駄菓子屋さんで揃えよう! でもジュースとかは買いに行かないとだ」
「私買い出し行ってきますよ!」
「ややっ、この辺の地理はボクが1番詳しいからボクが行くよ! 二人は寝坊助さんな間山さんを起こしてね。あの子、学校の日以外ぜんっぜん起きないから! ほっぺつつくくらいじゃ絶対起きないよ!」
「鼻と口をつまめば1発でしょ」
「死んじゃいません? それは」
「死ぬ前に飛び起きるでしょー」
「やー。起きるかなぁ。不安だなあ」
「命の危機より睡眠を優先するの? 筋金入りの寝坊助だな……」
そうなんです。間山さんの眠りを覚ますのはかなりの難関なんです。かと思えば起きる瞬間はバッて目を覚ますからね。ちょっとしたホラーだよ、その驚きを二人にもプレゼントしてやろう。
「ここの2階が間山さんち。階段登った先の壁にインターホンがあるからそれ押してね。ボクは急いで買い出し行ってくる! あ、階段ツルツルになってるかもだから気を付けてね!」
「はーい」
「冷泉は運動音痴だからなあ。ウチがしっかり支えてあげるよ」
「きゃんっ!?」
与能本さんが背後から冷泉さんをキュッと抱きしめる。ついでに冷泉さんの小ぶりな胸を下から指で持ち上げるように手を添えた事で冷泉さんが可愛らしい声を上げた。
冷泉さんが顔を赤くして「もう! 変態さんです!」と言いながら与能本さんをポコポコ殴る。小動物みたいで可愛い、与能本さんも同じ事を考えているのかほわほわした顔でその攻撃を受けている。
「そんなに怒るなよースキンシップだろー? ほら、行くよ冷泉。滑らないように慎重にね〜」
「きゃっ!? なんでまた胸を触るんですかあ!」
「滑らないようにだよ〜」
「そこに手を置かなくてもいいですよね!? あんっ」
「指先でつまむと丁度いいサイズだ。ブラしてる? やけにやわやわだけど?」
「してますよ! もう!」
「あはは。転ばないようにね〜」
楽しそうに階段を上る2人を見送り、ジュースを買うためにスーパーへ向かう。飲み物以外にも何か買っていこうかな、冷泉さんがお金を出して出前を頼みましょうとか言ってたけど、彼女だけにお金を払わせるのも悪いし。
「重い〜……」
とりあえず細々とした食べ物と大容量のペットボトルを2本買った。最初はそこまで重くもないかなって思ったけどスーパーから間山さんちまで距離があるから長時間運ぶとなると手が疲れて余計重く感じる。
ちょっと休憩しよ。このままだと指が千切れてしまう。ボクは畑沿いの精米機に袋を下ろして大きめの石に座り込む。
「ふぅー……」
「早く冬終わんねーかな〜」
「なー。いつまでも廊下で筋トレとか退屈すぎるマジで。別に雪があってもキャッチボールくらいは出来るだろってのに」
む。休憩していたらボクの通う中学校の指定のジャージを着た男子が4人くらい歩いてきた。上だけヴィンドブレーカー着てるけどそれ寒くない? 下も履けばいいのに。
「あれ? 星宮じゃん」
「んー……?」
男子達が目の前を通過する中、1人の男子が足を止めてボクの名を呼んだ。それに合わせて先を歩いていた男子達も足を止める。みんなお揃いの坊主頭だ、ダグトリオみたいだね。
「海原くんだ。こんにちは。久しぶりー」
「おう。何してんの? こんな時間にこんな所で」
「買い出しー」
「買い出し?」
「うん。間山さんちでクリスマスパーティーするの。ここら辺の地理に詳しいボクは買い出し係なのです」
「ふーん。その袋を1人で?」
「1人で」
「あたまわる。もっと荷物減らせよ、重いだろ」
「いけると思ったんだもん」
「遠いのに……すんません先輩方、今日のゲームはパスでもいっすか?」
「構わねぇけど、なにその子。彼女?」
「「!?」」
海原くんの先輩、つまり野球部の2年生かな。の内の1人が『彼女』などという単語をボクを見ながら発する。突拍子のない言葉に驚くと、ほぼ同タイミングで海原くんも驚愕したように喉を鳴らした。そして、どちらともなくボクらは先輩さんに弁明するように言葉を投げつけた。
「か、彼女じゃないです! 海原くんが彼氏とかグロすぎ!」
「彼女じゃないっすよ!! 星宮が彼女とか、奇々怪々すぎる!」
互いに言葉を発した後、互いに目を見合って「グロいってなんだよ」、「奇々怪々ってなにさ」と言い合う。そこまでの一連の流れが全て息の呼吸合いすぎてて、先輩はボク達に「怪しいな〜」とにやけ顔で言い放った。
他の先輩方も海原くんに「隅に置けない奴だな〜」とか「1年のくせに彼女なんか作りやがって」などと口々に言い始める。それを一身に受けながら必死に海原くんが抵抗する。頑張れ、負けるな海原くん! ボクの名誉の為にも必ずや勝利してくれ!
「まったく! こういう話題が上がるとすーぐテンション上げやがって! 違うって言ってんのに!」
「信じてもらえなかったねー。対面して話すこと自体数ヶ月ぶりなのにさ」
数分程粘り強く戦ってくれたが、結局先輩方は海原くんの言葉を信じてくれず「避妊しろよ〜」なんて最低極まる捨て台詞を吐いて去っていった。よりによって海原くんとセットでそういう2人だと思われるとは。タイプ全然違うじゃんボクら、どう考えても彼氏彼女の関係じゃないでしょ……。
先輩方が消えた後、海原くんは家の方向が一緒ということで荷物を半分持ってくれている。
さっきの言い合いで照れくさい思いをしたのは間違いないが、手伝ってくれたおかげで大分ボクにかかる負荷も減った。通りがかったのが海原くんである意味良かったなって思った。
「所で星宮よ。なんでシュークリーム5つも入ってるんだ? 5人もいるの? クリスマスパーティーに来る人」
「んーん。全員で4人だよ。おばちゃんは店番してるから混ざらないみたいだし」
「1個余るじゃん」
「シュークリーム好きなので。余った物は全部ボクのものです」
「なるほど。シュークリーム好きなんだ」
「好きー。てか子供の頃一緒に遊んだ時にそういう話しなかった?」
「してたな。してたけど、お前シュークリーム食べるのヘッタクソで毎回中身をブリュって出してたじゃん。その記憶が邪魔してたわ」
「ブリュってやめて? 音が汚いよ」
「給食でピーナッツクリームが出た時に『うんこだ!』ってお前俺に言ってきたよね? ガチめに注意したのにやめなかったよな、お前」
「見た目うんこじゃん」
「女になって長い事経ってるだろ。そのクソガキマインド貫いてんじゃねえよ」
事実見た目そう見えるじゃん。女になろうが変わらないよ。海原くんの言うようにボクはボクなので、うんこに見える物はうんこって言うよ。直す気はないね。
「てかいつの間に学校復帰してたんだなー」
「んー。外出ても大丈夫になったからね。義務教育はちゃんと受けなきゃ」
「そうな。じゃあ腹の……」
そこで会話が止まった。はらの? 原野? ……ああ、腹の、か。腹の子って言いかけたのかな。で、それを直接ボクに訊くのはデリカシーがないって気付いて言い留まったのか。
相手がボクだからつい口が滑りそうになるよね、分かる。ボクが逆の立場で、相手が海原くんだったとしてもそうなると思う。多分ボクは言い留まらず、言い切った後に『やってしまった!』って後悔するだろうし。
「お腹の子は無事に産まれたよ。ボクなんかのお腹に居たのにびっくりするくらい健康児。元気すぎてギャン泣きされると鼓膜いかれるくらい」
「へ、へぇ。おめでとう……?」
探り探りに海原くんが祝ってくれた。なんか変な気分だな。同い年の友達に出産報告してそれを祝われる、成人していたら普通の事なんだろうけど成人してないからなぁ……。
「なんて名前なの」
「唯」
「ゆい? ほぼお前じゃん。2分の1お前じゃん」
「ね。父さんが名前つけてくれたんだけど、シンプルにネーミングセンス無いよね」
「ネーミングセンス的には変とか思わないけど、呼び間違えそうじゃね? 憂と唯、ほぼ同じ音だし」
「そうなんだよ! 父さん、ボクと唯の事しょっちゅう呼び間違えるの! 前なんか『唯〜、憂のおしめ替えてやってくれ〜』なんて言われて! 逆! 親はボクなのに! おしめなんか履かないっつーの!」
「ぶふっ! 星宮が……っ、おしめ……っ! ぐっ、ふっ、だっははははっ!!!」
「いや笑いすぎでしょ!?」
「いやイメージしたら面白すぎるっ! グロすぎっ、くくくっ!!! ぶはははっ!!!」
「ぶん殴るよ!?」
頭の中でおしめを履いたボクをイメージしたらしく海原くんが弾けたように大爆笑する。1人で爆笑の人数を担うくらいの大笑いをして、腹に手を当てて苦しそうに「ひー! ひーっ!」と息遣いをする。まじで殴ってやろうかな、人の事馬鹿にして!!!
「……一昨日も、『唯。憂に母乳を』なんて言い出してさ。乳児が母乳出すわけないでしょ。ボクが母乳なんか飲むわけないでしょってね」
「だはははははっ、かかかかっ! 母乳っ、チューチューって!? だっははははははは!!!!」
「笑いすぎだって! 引き笑いやめて!?」
「いや燃料投下したのお前ね!? くひひっ、くくくっ……はぁっ。そういう時どうすんの? ちゃんと指摘すんの?」
「んーん。『父さん、ボクは母乳なんて飲まないよ』って回りくどい言い方で言う」
「あっはははははっ!!!」
なんで今ので笑える? 腹立たしいな。海原くん、苦しそうな声で「おしめは? おしめバージョンはなんて言う?」って期待したような顔で言ってくるし。そんなに笑えることですか、釣られてボクまで面白くなっちゃうからせめて引き笑いだけはやめてほしい。
「間山んち到着。よし、上まで運ぶぞ」
「えっ。いいよいいよ、ここまで手伝ってもらったんだしあとは自分で……」
「チビの細腕女が1人でこの荷物持って上まで登れるかっての。しんどいだろ」
「なんじゃそりゃ。海原くんってツンデレなの?」
「誰がお前なんかにデレるかばーか。自惚れんなブス」
「ブス!? 初めて言われた! 酷い!」
「思ってないから安心しろ。ただの軽口だから気にすんな」
「にしても言葉選んでよ!」
性格は丸くなったけど言葉選びは相変わらずだな! 精神面が成長して、昔とは違ってなんでもない顔でサラッと酷いこと言うからより厄介になってるよ!
「なんだお前、可愛いって言われたいのか? 元々男だったくせに」
「ブ、ブスって言われるよりもマシだよ!」
「分かった。さっさと来いや可愛いやつ、トロくさいんだよ可愛いやつ、足ついてないんかクソボケ可愛いやつ」
「呼び方変えただけで言葉の内容が伴ってないなぁ!? あと最後、クソボケいらないでしょ!」
「てかもう俺だけで持つか。お前先登れよ、階段ツルツルだし」
「えっ。そこまでしなくてもいいって」
「可愛いブス、はよ行けや」
「可愛いブスはもう矛盾の権化なのよ」
酷いのか酷くないのか分からない言葉を吐きかけてくる海原くんがボクの荷物を預かってくれたので、彼の好意を受け取って先に階段に登る。登った先で海原くんから荷物を受け取ろうとしたが、「中にいる奴らにパスするまで持っといてやるよ」と言ってくれた。
なに? 海原くんとは思えないくらい優しいな、もしかして本物の彼女できた?
とりあえず海原くんが登りきるまで待ってからインターホンを押す。中から歩いてくる音がして、少しすると扉が開き寝起きの間山さんが扉を開けてくれた。
「おかえり、星宮。……ってあれ? 買い出し行ってたんじゃないの? 袋は?」
「海原くんに持ってもらってる」
「は?」
「久しぶりだな、ゴリラ女」
間山さんが扉の可動域を広げてボクの隣に立つ海原くんを見つける。彼女は一瞬で不機嫌そうな顔になるが、そんな視線も軽く受け流した海原くんが軽い口調で悪口を放ちつつボクの片手と間山さんの片手に袋の持ち手を持たせて踵を返した。
「ほんじゃ。クリスマスパーティー楽しめよゴリラ、それとブスかわ星宮〜」
「ブスいらない! ブスかわは最早可愛くないでしょー!!!」
まったく。最後の最後まで態度を曲げないなあ海原くんは。まあ、ある意味昔に戻ったみたいで楽しく会話出来たけどさ! にしてもこう、一応ボクも女の子になったってのを考慮した上で会話してほしいんだけど!
「……一緒に買い出し行ってたの?」
「え?」
「海原と」
扉を締めると、冷たい声で間山さんが質問をしてきた。そっか、今でも彼女は海原くんの事が嫌いなんだっけ。
……あれ? 以前ボクの話を間山さんから聞いたって、海原くん言ってなかったっけ? 気の所為かな? うーん?
「一緒には行ってないよ。帰り道偶然鉢合わせして、袋を持つの手伝ってくれたんだ」
「そう」
家に入ってからは間山さんが袋を持ってくれて、ボクの先を歩く。間山さんの背中しか見えないが、その冷たい声音から何となく、間山さんが怖い顔をしているのは想像出来た。
「……星宮は、もう、あんな奴と関わらなくていいからね」
「あんな奴?」
「海原みたいな奴。関わっても良い事ないから。……あたし、友達として忠告してあげてるの。分かるよね」
「わ、わかるよ。うん」
昔だったら『なんで?』とか言っていた所だろうが、あまりにも凄みを感じたのでボクは言いかけた言葉をグッと飲み込みこの場では彼女に従う事にした。
間山さんと海原くんの確執は根深い。海原くん視点ではそんなに意識してないみたいだけど、間山さんの彼への怨恨は相当なようだ。
……海原くんは、話すととっても楽しいしこれからも仲良くしたいけど、間山さんのいる所で関わり合いになるのは止した方が良さそうだ。学校じゃ交流を持てないかな。
うーん。ボクから彼の家に行くのは絶対に嫌だけど、勇気出してうちに呼んでみようか? 唯と海原くん父との繋がりは知らないっぽいし、そこを除けば秘密がない状態だから気を使う必要も無いだろうし。久しぶりに一緒にゲームしたい、誘ってみよう。
まあ唯の世話も同時にやらなきゃだからちょい大変だけど、せっかく仲直り出来たんだ。友達として、かつてのように親交を深めたいしね。