3話『交流』
「ノート見して!」
クラスメートの間山さんの部屋で、カーペットの上に座らされて早々に間山さんが手を伸ばしながら言ってきた。「ん、ん!」と指を開閉しながら早くと急かしてきている。
「そういえばそんなことも言ってたね……」
「言ってた! 見して!」
「えぇ〜……やだ」
「なんで! 海原には見せたんでしょ!」
「見せたというか見られたというか」
「アイツだけ見てんのにあたしには見せないとか狡い! 差別だからそれ!」
「差別!?」
そうかなぁ!? そ、そんなに重い事……? 誰かに見せた物ってみんなにも見せてないと差別扱いされるの!?
「で、でも間山さんあんまりアニメとか見ないでしょ……?」
「そんなガキっぽいの、小二の頃に卒業したけど」
「なら見ても面白くないと思うよ……? ボクの絵って、そういう系だから」
「そうなの?」
「うん。海原くんが上手いって言ってくれたのは、見てるアニメのモンスターを描いたからだと思う……」
「へぇー、そうなんだ」
「だから見ても面白くないと思うよ?」
「星宮ってオタクなの?」
「うん。かなりのオタクだよ! 古いネットの知識も豊富なんだ。父さんがねらー? ってやつだからね!」
「なにそれ? 変なの。自信満々に言う事じゃないでしょ」
「なんと言われようとボクはこの趣味を誇りに思うよ!」
「ふぅ〜ん」
間山さんは興味なさげに相槌を打つと、「そんなのどうでもいいから」と言って再びボクの方に手を伸ばした。
「見せろ」
「えぇ……そ、そんなに見たいの?」
「…………だってあたしだけ見た事ないんだもん。覗き見しようとすると君、ノート隠すじゃん」
「そりゃ隠すよ、ボク全然絵上手くないし」
「今、自分の趣味には誇りを持ってるって言わなかった?」
「言ったけど……」
「じゃあ見せれるでしょ」
「そ、それとこれは」
「違くないから。なんにも違くない。見せれないなら偉そうに語らないでって話だし」
い、言ってくるなぁ……。そんな食い下がるほど見たい物なの? 絵が上手い女子なら他にもいるだろうに、なんでボクの絵をこんなに見たがるんだろう?
「えーと……ボクらってそんなに関わり無かったよね。初めて喋ったの今年からだし」
「は? 小三の頃に一回話したことあるし」
「そうだっけ? クラス違かったよね」
「…………なるほど。分かった、そういう感じね。ふーん!」
「間山さん?」
間山さんは立ち上がると、ボクのランドセルを勝手に開け始めた。
「間山さん!? ストップ! なに勝手に見ようとしてるの!?」
「こっち来たら蹴るから」
「蹴らないでよ!? ちょちょっ、間山さん〜!」
間山さんはボクのランドセルの中を漁るとノートをドサドサと三冊取り出した。その中の一冊を持ちページを開いて床に置く。
「あれ? アニメ系の絵を描いてるんじゃなかった? リアル猫じゃんこれ」
「それは、模写とかデッサン用の……」
「もしゃ? でっさん?」
「簡単に言うと、何かを見てそれをそっくりに描き写すみたいな感じかな」
「へぇー。上手いじゃん」
「そ、そうかなぁ。バランスとか色々崩れてるよ……?」
「そうなの? わかんない、あたし素人だし。見る分には上手だと思うけど」
「あ、ありがとう」
「こっちは?」
「そっちがオタク系の……だから間山さんは見ても面白くない方だよ」
「へぇ〜」
見るなぁ。お構い無しに見てくるな間山さん。間山さんはペラペラとページを捲り、何も言わずにそれをジッと眺めている。
「あ、漫画だ」
「! 間山さん間山さん!!!」
「なに?」
「そこは本当に恥ずかしいから読まないでお願い!」
「無理ー」
「なんっちょっ! 間山さんっ!」
「こっち来たらセクハラって叫ぶから。先生にも言う」
「そんなぁ!」
やばい。誰かに見せるつもりじゃなかった自作漫画まで読まれている。案の定間山さんはそれをつまんなそうに無表情で黙読しながらページをめくっている。つまらないなら読まないでよっ!
「……ふふっ」
あれ? 間山さん、今笑った? 信じられなくて彼女の顔を見たらすぐに間山さんは無表情に顔を直してまたペラペラとページをめくる。
「……ねぇ」
最後のページまで見終わった間山さんがボクに声をかけてきた。どんな罵倒が飛んでくるのかと身構える。
「絵描くのって、楽しいの?」
「え?」
「うん、絵。楽しい?」
いや、今の『え』っていうのは絵のことを指してるんじゃなくて疑問形の"え"だったわけなのだけど。
「絵を描くのは楽しいよ」
「どれくらい楽しい?」
「えっ。どれくらい……? どうだろう、ボクの中では結構、友達と遊ぶくらい楽しいけど……」
「ふーん」
間山さんはまたボクのノートの、漫画が描かれているページを初めから読み始める。
「……これ、自分で考えたの?」
「うん、自分で考えたよ。オタクだからいつも妄想ばかりしてるからね!」
「人と話してる時以外ぼーっとしてるもんね」
「あははっ。まあねー、てか恥ずかしいなー! 見ないでよ!」
「はっ、はぁ!? 見てないから! 何勘違いしてるのきも!」
「ごめんごめんっ! 急に怒らないでよ……」
「怒ってないし」
そうは言うけどすごい目が鋭かったよ、間山さん。ずっと無表情か不機嫌顔だし。イライラしてるなー今日、まあボクの対応が失礼だったせいだろうからそこは仕方ないけども。
ていうか、あれだけの事をしたら普通嫌われてもおかしくないと思うんだけど、よく家になんか入れてくれたなー。それ程ノートが気になってたんだ。海原くんが見てて自分が見てないのはムカつくって、凄まじいライバル心だよなぁ。
「ボクも前々から聞きたかったことがあるんだけど、聞いてもいい?」
「君があたしに? なに?」
「んーとね。間山さんって、海原くん絡みになるといつもイライラしてるよね。嫌いなの?」
「当たり前じゃん。あんな奴大っ嫌いだし」
「なんで? 幼馴染なんでしょ?」
「……それ、アイツから聞いたの?」
「うん! 昔は良い奴だったって言ってたよ!」
「アイツは昔からヤな奴だったけどね!」
「そ、そうなんだ」
泣き虫がどうとかって言ってたもんなぁ。小さい頃はいじめてたみたいな感じなのかな? 今はパワーバランス的に対等なライバルって感じだから、いじめ云々とかは無さそうだけど。
「絵って難しい?」
「難しい! 思った通り描くの本っ当に難しいよ! 自分の絵を見てすっごい恥ずかしくなるもん!」
「そうなの? なのに描き続けてるんだ、変なの」
「それはだって、やり始めた頃はみんな下手だって言うしさ。地道に続けてたらいつかすっごい上手くなれるかもしれないじゃん!」
「……将来漫画家にでもなりたいの?」
「なりたい! かっこいい能力でバッタバッタ敵を倒してくみたいなやつ!」
「そういうの好きだよねー、男子」
「間山さんはそういうの憧れない?」
「憧れなーい。能力とかそんなのあるわけないし? そんなのより恋愛ドラマ観てた方が楽しいもん」
「ドラマが好きなんだ! なんてやつ?」
「えっ……観るの?」
「好きなんでしょ? って事は面白いって事じゃん、気になる!」
「男子には分かんないよ。海原に勧めた時は『恋愛とかくだらねー、つまんねー』って言われたし」
「そうなんだ。ボクはくだらないとは思わないけどなーそういうのも。ドキドキするし!」
「ドキドキって、星宮って好きな子いるの?」
「ボクは恋愛とかまだよく分からないけど、そういう漫画を読んだりするのは好きだよ! 大人になったらこんな恋愛してみたいなーって思ったりもするし!」
「へぇ〜……」
「で、なんてドラマ? 教えてほしいな!」
ボクがそう言うと気が進まない様子ながらも間山さんはボクにオススメのドラマをいくつか教えてくれた。それをスマホにメモして、ピンをつけて忘れないようにしておく。
「…………試しになにか観る?」
「なにかって? ドラマ?」
「うん。うち録画してるから。……興味なければ別にいいけど」
「見たい! 折角だし見せてよ!」
「! わ、分かった。来て!」
来てと言われたので間山さんの後ろに着いて行くとリビングに案内された。間山さんが座ったソファーの隣に失礼し、間山さんはソワソワした様子でリモコンをポチポチと操作する。
「クラスの人と一緒に観るの初めて。話が合う子とは学校で話すし、勧めた子らは途中で観るの辞めるし」
「ありゃ。勿体ないなあそれ、どうせなら最後まで観ればいいのに」
「本当にね! こういうドラマって大体終盤が面白くなるのにー!」
「どんでん返しってやつだ! そういうの好きだなーボク! 今までの伏線? とかも回収されがちだし二週目三週目観たくなるよねー!」
「!! そう! そうなの! 分かってんじゃん星宮!」
「漫画でもよくある展開だからねー! 物語という点では同じだし意外とボクら趣味合うのかもね!」
「っ、そ、そうなの?」
「絶対そうだよ! 楽しみだなー!」
と、言っている間に録画されたドラマが始まった。恋を巡って起きたサスペンス系の作品かな? 三角関係とかそういう話みたいだ、大人な作品が好きなんだなー間山さんって。
ボクはアニメとかアニメ映画が好きなオタクではあるけど、やっぱり物語という点ではドラマもやっぱり惹き込まれるほど面白くて、無言で見入っている内に4話まで観てしまった。
「どう!?」
「めっちゃ面白い! このまま完走したい!」
「ふふっ! じゃあ次の話ね!」
間山さんが笑った後にリモコンを操作する。間山さんがボクに笑ったのってこれが初めてな気がする。やっぱり可愛いんだなあこの人。
「折角可愛いんだしいつも笑顔だったらいいのに」
「っ!?」
「? どうしたの?」
「い、いや、急になに?」
「なにが?」
「今の、誰に向けて言ったの? まだCMだよね?」
「? 誰にって、間山さんに言ったよ?」
「はあ!? な、は!?」
「間山さんってめっちゃめっちゃ可愛いじゃん? それなのにいつも怒ってくるから怖いなって思ってたんだ。でも笑ってる間山さん見たらやっぱ可愛いな〜って思ったからさ、折角ならいつも笑ってたらいいのにな〜って」
「〜〜っ!? 本当になに急に!? こわっ!」
「思ってる事言っただけだよ?」
「そんな事女子に言わなくない普通!? あたしらそんなに仲良くないしさ!」
「言わないの? 仲良いとか関係なくない? 思った事は思った事じゃんね」
そう答えたら間山さんは何故か俯いて、床を見たまま体の向きを直して無言でリモコンを操作した。綺麗な横顔がピンク色になってる。どうしたんだろ? 熱でもあるのかな。
ドラマを観続けていたらいつの間にか暗くなってしまっていたようで、店を締めたおばちゃんが上にあがってきた。
「あれ? 憂君まだ居たの。もう夜遅いけど大丈夫? 親御さん心配しない?」
「あ、こんばんはおばちゃん! 母さんは多分だいぶ怒ってます!」
「ダメじゃないの。何してたの?」
「ドラマ観てたー!」
「へぇーあんた達意外と仲良かったのね。あんまり会話してる印象なかったわ」
「う、うるさいよママ! 別に仲良くないし、あっち行ってて!」
「そういう訳には行かないでしょー。こんな時間だし家まで送ってくわよ、憂君」
「いいんですか!? やったー! あ、でも母さんに怒られる時間が早まるな……やだー!」
「やだーじゃありません。夜道を子供一人で歩かせるわけないでしょ。ほら、行くわよ」
「ぎゃー! ばいばい間山さん! あ、もしよかったらドラマの感想話そ! 次の月曜にでも!」
「! う、うんっ。今度は今日の話忘れないでね! 約束!」
「約束ね! おっけ! じゃーねえ!」
間山さんと別れの挨拶を交わしおばちゃんの車に乗せてもらう。おー、家の中もそうだったけどこの車の中も間山さんっぽい匂いする。新鮮だ、あんまり話したことないクラスメートの家にお邪魔して車に乗るだなんて。新世界だ……。
「憂君ってうちの子の事好きなの?」
「? 間山さんの事ですか? 好きですよ!」
「! そうだったの! へぇー、意外ね!」
「今まで話した事無かったからあんまりよく知らなかったんですけど、好きな事について話したらすっごく楽しそうにしてたので! 可愛いし! 友達になってくれたらな〜って思います!」
「あ、あ〜。なるほどね、そういう感じか」
「?」
そういう感じって、どういう感じなんだろう? 質問内容と違った答えを言っちゃった感じかな? でも少なくとも絶対嫌いなタイプじゃないって分かったし、普通って言うよりも興味湧いてるしな〜。
「ここで大丈夫?」
「はい、ありがと〜おばちゃん!」
「はーい。これからもうちの子と仲良くしてあげてね」
「勿論です! むしろ仲良くしてほしいですって間山さんに言っといてくれるとありがたいです!」
「あははっ、おっけーおっけー。言っとくよ! それじゃ、おやすみね憂君」
「おやすみなさーい!」
駄菓子屋のおばちゃんと別れ、田んぼ脇の道を歩いて我が家に到着する。想像通り母さんにめちゃくちゃ怒られたけど、新しい友達ができるかもって話をしたら怒るのも辞めてくれて「良かったわね〜」と褒めてくれた。
さて、明日から休みだし早速夜更かしして教えてもらったドラマを観よう! と、その前に……ドラマを観る為にはそれ用の配信アプリに登録しないとかな? 今までの放送分とかうちのテレビは録画してないだろうし。
母さんに課金していいか確認して、許可を取ってドラマ用の配信アプリを入れて登録し教えてもらったドラマを観る。やっぱり面白いなあ、好きの傾向的にちょっと暗め? なドラマが好きなのかな。
「……あっ。やばい、ノート置いてってる!」
ドラマをある程度見たあと、重大な事態に気付く。何も確認せずにランドセルをそのまま持ち帰ったから、間山さんに見られたノート三冊返してもらってない!
しかも、一冊はアレだ。海原くん達に言われて描くようになった、その、エロ系のイラストを描いてるノートがあったはずだ。
やばい、やばい、やばい! 絶対キモがられるし嫌われる! 絶望だ、この世の終わりだ……。
……ま、まあ、本人居ないしって事で勝手に中身を見ない可能性だってあるし。表紙には『禁断の書』って題名を書いてあるはずだから恐れを成して触れない可能性だってあるし。だ、大丈夫かな……。
とりあえず、ドラマ観よ。もしかしたら見られないかもしれないって可能性を信じて、感想を言う事に備えてちゃんと視聴しないと。お願い神様、ボクに微笑んでくれ神様〜!