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29話『大体円満に解決』

「女子4人が、好きでもない男の人に下着姿を見られた。なんでそうなったのかって言ったら、男の人が中の様子を確認したりせず、来客が来るとも思えない時間帯にノックもせずに突然扉を開けたから。その結果、下着を見られた女子が泣いてしまった。憶測を除いた事実を並べるとしたらこれが実際に起こったこと。そうだよね」



 早朝の教室、淡々と並べ立てたボクの言葉に空気が張りつめる。誰に明確な非があるかなんて話し合いは好きじゃないし普段なら絶対に傍から眺めるか茶化すかしかしないボクだけど、今回の件でのボクは渦中にいる人間なので少しばかり冷たい態度を見せながら男子勢、主に垣田くんを見据えて話す。


 入学してから休学するまでの3ヶ月程、ボクは小学生の頃の素直で明るくて馬鹿っぽい立ち振る舞いをそのまま女の子バージョンに改変した感じで学校生活を送っていた。

 そのせいもあってか、周りの生徒はボクが明るさを抑えて責め立てるような口調で言葉を並べている様子に驚いている。それは仲の良い女子3人も例外ではなかった。視界の端の方に、緊張した面持ちでボクを見る冷泉さんと与能本さんの顔が見える。



「大切な友達が誰かに傷つけられて泣かされたら誰だって怒るよね。それに加えて、ボクら3人だって男の人には絶対に見せられないような姿を見られてしまっている。予想外の事故だったとはいえ、そんな状況になったら誰だって怒るに決まってない?」

「……でもあそこまで」

「やりすぎって言いたいんでしょ。やりすぎかな? 自分の部屋に他人が不法侵入してきて恥ずかしい姿を見られてしまった。これって、日常に置き換えて考えたら立派な犯罪行為だよね」

「そりゃ、自分の家でそんなことが起きたらそれは確かに犯罪だけどさ! でもっ、あそこは生徒に貸し出された部屋であって自分の家では無いし、班が違う生徒間で部屋の移動があってもおかしくない、じゃん! 現に他にも部屋移動してる連中いたし!」

「ノックも声掛けもせずいきなり開けるから不法侵入だって言ってるんだよ? 男子同士ならいいのかもしれないけど、異性に対してそれをやってるって事のヤバさに気付けないの? それとも、薄々気付いてはいるけど認めたら自分が悪くなるから引き下がれなくなってるのかな。どっちにしろやってる事に代わりはないんだからどう垣田くんが言い訳を並べ立てようが印象なんて変わらないんだけど?」

「っ」

「ボクら、別に垣田くんと仲良くないよね? 仲良くない相手のプライベートな空間に無断で土足で入る人、それが今の垣田くん。相手の断りもなしに扉を開けて、叫んでる女の子がいるのに扉を開け続けて中をずっと覗いてたのが垣田くんだよ? 言い方を選ばずに言えば気持ち悪い覗き男だよ? それほどの事をしておいて、何事もなく学校に通っておきながらボクらに糾弾される事が"酷いこと"なんて、よく言えるよね。この世界には自業自得って言葉があるみたいだけど、どんな意味かまでは知らないよね、垣田くんは。悪い事をしたからそれ相応の報復を受けた、そんな意味なんだ。賢くなれてよかったね、垣田くん」



 責めに責めに責めまくる。本人のいない間に嘘の噂を流して印象操作してたのも癪に障るし、胸の奥底にある苛立ちを惜しみなく口に出して相手をコケ下ろしてやろうと思ったらスラスラと言葉が出てくる。



「でもこれはボクが君を唆さなった場合の話。ボクが君に事前に『うちの部屋に来てよ』って言った場合だと、垣田くんは仲良くもない筈のボクの言葉に何の疑いもかけずに馬鹿正直に部屋に来たって事になるよね。ここでまず普通に疑問なんだけど、なんでそんな素直に仲良くもない女子の部屋なんかに来れるわけ? 何の用があるんだろう、みたいな疑問は浮かばなかった?」

「! ……それは」



 ボクの問いかけに垣田くんが答えあぐねる。考えてみれば不思議な事だと自分で気付けたらしい。そこに、横から谷岡くんが口を挟む。



「疑問には思ってた、ぞ。星宮さんらの部屋に行く直前に俺に相談してきたから……」

「何時くらいに相談されたか覚えてる?」

「えっ。えーと……」

「谷岡くんは今"直前"って口にしたからね。垣田くんがボクらの部屋に来る直近の時間じゃないとそんな言葉は使わない筈だよ。で、谷岡くんの言った時間帯と実際に事件が起きた時間帯にズレがあったらその発言の信ぴょう性は下がるからね。怪しい行動を取った男友達を庇って被害を受けた女子を陥れる事を選択したっていう事実が付け足されるから慎重に思い出してね」



 ボクがそう言うと谷岡くんの体が半歩分後ろに下がった。詰められるまでは想定していただろうけど、自分まで立場が危ぶまれるとは思っていなかったのだろう。垣田くんに助力する人に対しては全然容赦なく同罪のレッテルを貼りに行くよ、保身の為に脳みそフル回転してるからね。知恵熱で倒れそうなんだよこちとら。



「で? 何時くらいにお話されたの、谷岡くん」

「……いや、時間とか見てねーし。そんなの覚えてないけど、たしか夜だったろ」

「そりゃ夜でしょ。自由時間なんて夜にしかなかったもん。じゃあ消灯時間前か入浴時間前後かカレー作り前後かくらいは分かるよね。垣田くんは何も言わないでね。谷岡くんだけ答えて」

「っ、お、覚えてねーよ! そんなの一々覚えてるわけないだろ!」

「そうなんだ。直近にどんな出来事があったのか思い出せないんだ。変なの。あんなにタイトな時間設定されてるのに」

「お、俺の事はいいだろ! 垣田と話せよ!」

「首を突っ込んできたのは谷岡くんだよ? 本人不在の中、真偽が曖昧な噂は流せるのに自分の事になると急に無責任な発言するんだね。ズルくない? それ」



 逃げに走った谷岡くんを執拗に追い詰める。……なんかボク、すっごく性格悪くなってるな。まあここ最近毎日のように精神をすり減らしていたから心に余裕が無いんだろう。その内罵声とか吐き出しそうだから少しくらいは抑えないと。でも言いたいことはあるのでそれだけ言って垣田くんにフォーカスを当て直そう。



「ていうかボクに唆されたのって垣田くんって事になってるんでしょ? それなのに谷岡くんが噂を流すなんて変だよね。何の関係もないじゃん。で、今の曖昧でかつボクが不利になるような発言。わざわざボクが垣田くんを対象にとる理由は分からないけど、垣田くんを陥れていじめるのがボクの目的って筋書きだっけか。こうして一つ一つ事実を並べ直してみるとさ、それってむしろ谷岡くんがボクを嵌めようとしているように見えるけどね」

「はっ、はぁ!? ちがっ、ちげーわ! なんで俺がそんな事っ」

「そう見えるだけって言ったじゃん。時間帯を答えられないって話なら、特に意味の無いただのヤジとして一旦保留にしておくね。でしゃばりのせいで本筋が逸れちゃった。あのさ、垣田くん」

「っ、な、なんだよ、星宮さん……!」



 垣田くんの方に視線を戻すと見るからに彼は狼狽した。どんな言葉を口にしても詰められるって分かって焦ってるのかな? もし垣田くん達の言っていることが嘘偽り真実なら焦る理由もないと思うけど。



「いつ、ボクからそんな話を振られたの?」

「えっ」

「もしも宿泊学習の前に話をされていたのなら同席した時に『何の用があるんだ?』って聞けるよね。普段全然話さない相手だけど、女子4人の中にぶち込まれて可哀想だなって思って何回も話しかけてたもんねボク」

「……と、当日に話された。気がする」

「気がする、か。まあいいや。じゃあそれはいつ? どのタイミングで? バスの中では無いよね、だってあの場には冷泉さんが居たもん。冷泉さんはずっと起きてボクと話していたし距離も近いから、そんな話をしたのなら冷泉さんの耳にも入ってるのは確実だもんね?」

「……」

「いつ話されたの? 思い出してよ。ボクは言わないよ? だってそんな話してないからね」



 キチンと自分のアリバイを置きつつ、垣田くんの答えを待つ。これだけ話しているのにまだ4分しか経っていない。意外と時間の流れって遅いんだね。もう30分くらい話したつもりになってたや。



「…………も、もういいだっ」

「当日のボクがいつどこでどんな行動していたか分からないから答えあぐねてるのかな。そうだよね。テキトーな時間を話してもしボクが他の誰かと一緒にいた時間と重なったらそれは嘘だってなっちゃうもんね」

「っ」

「ちなみに、宿泊学習2日目に先生に抗議に行ったんだよね、一応。そしたら先生、男女別行動の時に男子に『夜に緊急の班長会議がある。女子達にも共有しておいてくれ』って話してたらしいじゃん」

「あ……」

「垣田くんがボクらの部屋に来た時、班長会議って単語を出していたよね。班長の与能本さんのLINE分かりづらいもんね。LINEが分からないから直接ボクらの部屋に来たのかな?」

「ちがっ」

「男女別行動は現地に到着して最初のイベントだったよね。その後に山登りだった。ボクと個人的に話せるタイミングなんて山登りの後ぐらいだよね。その時に前もって『班長会議があるらしいがいつ部屋に行けばいい?』って訊くことは出来るよね? その場で班長会議があることを伝えられたよね。わざわざ部屋まで呼びに来る必要性、皆無だよね」

「星宮さん、待っ」

「事前に班長会議があるのなら流石に下着の見せ合いっこなんてしないよ。遅れたら先生に怒られるもん、実際怒られたし。そうなるとボクらは班長会議の存在を知らなかったのは確実だよね。一体どのタイミングでボクに唆されたんだろうね〜?」



 言葉を畳み掛ける事に垣田くんが何か言いかけるがそんなの関係ない。垣田くんに問い質すのも大事だけど、周りのみんなに話を聞かせて噂の再確認をさせるのも含まれてるからボクは口を止めない。



「遅刻したら怒られるって分かってるのに事前にボクに話さなかった理由は何? 垣田くんも怒られてたよね。遅刻程度で怒られるだなんて思ってなかった? "緊急の班長会議"なのに? 呼びに行くだけならそんなに時間がかからないね、でもアクシデントで下着を見てしまった。そう仮定すると、ボクに唆されて部屋に来たって言う説に違和感は抱かないの?」

「……じゃあ、あれはじ」

「ボクが、君に冷泉さん達の下着姿を見せて嵌めてやろうと企んで部屋に呼び付けたんだよね? あれが偶然起きた事故だったのだとしたら、ただの事故を利用してボクをいじめ主犯格に仕立てあげた事にならない?」

「! い、いや」

「本当にボクが唆してたんだとしても変。何かしらの用があって、どれくらい時間がかかるか分からないって状態なのに班長会議の事を伝えなかった時点で報連相が出来ない人すぎて不自然だよ。呼びに行くついでに用を済ませるかって考えるとしたらもっとゆとりを持って部屋に来るはずでしょ? 避けられる事態だったのにそれをその場で伝えず、時間ギリギリになって呼びに来るかな?」

「……」

「班長会議の後に部屋に行こうとしていたって考えるかもしれないけどそれも意味が分からない。班長会議の時間だってどれくらいかかるか分かっていない。放ったらかしにされたボクが怒ったり悲しんだりするかもしれない、みたいな事は垣田くんだって考えてくれるはずだよね。仲良くもない女子相手だよ? 時間の確認は、普通の神経してるまともな人間なら絶対にするよ」

「……」

「ボクが事前に先生や他の生徒から話を聞かされていたとしてもそう。与能本さんが遅刻で怒られるのなんて嫌だし、班員全員が怒られる事なんてほぼ確定してるからそんな話を聞いたら普通は垣田くんとコンタクトを取って時間をズラすように相談するよ。でもそうはならなかった。ボクらも垣田くん達も遅刻して、班員全員が怒られた」



 やんややんや言ったけど、重要な事をみんなの耳に入れてやりたいので一度言葉を途切れさせる。誰も口を挟んでこない、でもみんなボクを見ている。人前でこんなに捲し立てた事ないから別人と思われてるかもしれない。


 ボク、他人に見せてるよりもずっと暗くてねちっこくて性格悪い人間だからね。むしろこれが本性。友達に本性を晒す気なんて全くなかったけど、まあいいや。



「ボクら全員が怒られている時点で、事前に会話したという話に矛盾が生じる。矛盾してるってことはどちらかが嘘を吐いてるって事。ボクの証人はこのクラスに沢山いるよ。もし、ボクの言葉が真実だと証明された場合、ボクが垣田くんを唆したって話は真っ赤な嘘って事になる。そう思わない? 垣田くん」



 垣田くんは言葉を返さない。思考停止しているみたいだ。大分言葉を連射したからね、情報処理に時間がかかるのかな。今口にした言葉だけ脳みそに入れてくれればそれでいいんだけど。



「宿泊学習は終わるまでボクと垣田くんは会話していない。それもクラスメートが証人になってくれる。垣田くんはボクがなんの用で呼び出したのか分からずじまいだね。そこに疑問点はないの? 普通は聞きに来るよね? 宿泊学習の次の登校日は朝一番におはようって言い合ったよね。その時に聞けばいいんじゃないの?」

「……」

「……垣田くん達の流した噂、何一つとして辻褄合わないんだよ? で、もしそれが嘘だったってなった場合気になることがあるんだけど、なんでボクが垣田くんなんかをいじめなきゃならないの? いじめられたいの? そういう性癖? キモいね。って言われても、仕方ないことだと思うけどなにか反論ある?」

「おはよう……って、え? 何してるの? 君達」



 絶妙なタイミングで担任の先生が教室にやってきた。彼女は静まり返っていた教室に異質さを感じたのか、怪訝な目をしてボクと垣田くんを互いに見る。



「せんせーは知ってます? ボクの噂」

「噂?」

「っ!!! ちがっ、なんでもないですよ、なんでもっ!」



 垣田くんは噛み噛みになりながらも必死に先生になんでもないと主張した。ボクが先生に相談をするという想定をしていなかったのだろうか? 普通、身に覚えのない噂が流れてクラスで孤立するようなことになればストレートに先生に相談しに行くでしょ。頭悪いのかこの人は。


 というか、クラス全体が若干どよめきたっていた。先生に話したのがそんなに意外だったのだろうか?


 こんな話し合いになる前にボクを押さえつけるつもりだったのかな? その前に舌戦が始まったから押さえつける隙がなかった? 人を孤立させるにしても随分と手際が悪い人たちだな……。



「なんか、ボクが垣田くんを陥れていじめようとしてるって噂が流れてるらしいんですよ。先生は知らないんですか?」

「ちがっ」

「そんな事をしようとしたの? 星宮さんは」

「だとしたらこっちから先生に言わないでしょ。全然身に覚えにないです。だから今ここで、垣田くん本人と話し合いをして当時の状況を精査していたんですけど。なんか聞いてた話と事実が違いすぎててー」

「なんて聞いてたの?」

「なんでもないですから! う、噂もきっと何かの間違いで違う形で広まっただけだから!!」

「広めたのは垣田くんでしょ? それとたにお」

「もうそろそろ嘘を吐くのやめたらどうなんだよ、垣田!!」



 ビクッ。いきなり谷岡くんが大声を出すからびっくりしてしまった。



「た、谷岡……?」

「お前が星宮さん達の着替えを覗いてたことがバレて、それを正当化するために嘘を吐いたんだろ。相手を悪者にすることで責任から逃れようとしただけだろうが。女々しいんだよお前!!!」

「は、はぁ!?」



 なんだ? 谷岡くんがボクの代わりに垣田くんを攻撃し出した。ボクとしては自分の潔白が証明出来ればそれでいいからあとはどうでもいいんだけど、何が起こってるんだろ? 仲間割れ? トカゲの尻尾切り??



「違うだろっ、あれはただの事故だった! それをお前が利用し」

「事故だったっつったな!? 星宮さん、今コイツ認めたぞ!!!」

「え? あぁ…………こらー……?」



 いや急に話を振られましても。とりあえずこらーと言っておいた。なんて反応すればいいのか分からないし。



「こらって、そんなんでいいの? 星宮」

「え。……なんて返すのが正解なの?」

「ビンタでもしとく? ウチが羽交い締めにしようか?」

「こ、怖いです……」



 冷泉さんはボクが普段通りに戻って安心したのか縮こまって震えていた。久しぶりに会ったのに可愛らしさ全開だな。そっと抱きしめたくなるが我慢する、心の中の男のボクが悪さしてしまいそうなので。



「てかなんか、先生に来てから谷岡くんのペラが止まらないんだけど。垣田くんの余罪がどんどん足されてる。あれも絶対真実と違う事混ざってるよね……?」



 谷岡くんが先生に直接垣田くんがこれまでしてきた悪さの数々を列挙している。その勢いがあまりにも激しい為か、先生は困惑した様子で相槌を打っていた。


 味方から大砲を受けた垣田くんは最初こそ何かしら反論をしようとしていたが、もう既に意気消沈で俯いている。……わっ、屈んでどんな顔してるのか遠目に見てみたらすごい形相をしていた。こわぁ。



「星宮」

「なに? 間山さん」

「辛い役割をやらせてごめんね……」

「え? 辛い役割?」

「星宮って、さっきみたいな話し合いとか好きじゃないでしょ? それなのに矢面に立たせちゃった。あたしが星宮を守るって決めてたのに……」

「えー? ボクが発言しないと色々真偽が分からない内容だったしそこは仕方ないんじゃない? てか間山さんが話し合いなんてしたら先に手を出すでしょ。余計事態が悪化するよ」

「うぅ……自分が情けない……でも星宮が酷いこと言ってる、おしおき……」

「なんへっ!?」



 間山さんがボクの頬をグ二ーっと摘んできて引っ張られる。痛い痛い痛い、頬がちぎれるーっ!?



「てかさっきから思ってたんだけどさ」

「痛いっ! ほっぺヒリヒリだ……」

「なんか星宮、胸大きくなってない?」

「!? せ、成長期なので……」

「お、本当だー。星宮!」

「なんでしょうか……?」

「後で体育あるじゃん? また揉んでもいい?」

「!? きょ、今日はボク見学するつもりなので! 生理です!」

「でも体操服には着替えるでしょ?」

「冷泉さん助けて!」

「私も久しぶりに揉みたいです〜」

「絶対に駄目! 今はマジで駄目! やばいからっ、色々と……!」

「やばい? なにが」



 ぐっ。いや、答えられるわけがないね。揉まれると母乳が出るのでなんて誰が言えるか。出産を隠し通せたとしても母乳を出す面白中学生として晒し上げられるでしょ。終わりだよ学校生活、二度と顔を出せなくなってしまう。



「ま、まだ病み上がりだから! 体操服にも着替えない、ちゃんと事情説明して制服のまま見学する! だから服は脱がないよ!」

「えーなんでよ。まだ完治してないの?」

「完治は、してるけど……病み上がりなので……」

「そうですね。星宮さんは長い事入院していましたからあまり無茶を言ってはいけません、ここは素直に諦めましょう? 間山さん、与能本さん」

「冷泉さん……!」



 冷泉さんがあまりにも見事すぎる助け舟を出してくれた。ありがたすぎる! 先程遠慮していた気持ちをどこかへ追いやりボクはひしっと冷泉さんにハグをした。ああ……いい匂いする……。


「間山よ」

「なによ、与能本」

「何気に初めて星宮から進んで女子にハグしてるよ、今。しかも見てみ、めっちゃ癒されてるような顔してる」

「!!!」



 与能本さんが余計な事を言うせいで折角冷泉さんを抱き締めていたのに引き剥がされてしまった。冷泉さんも名残惜しそうに「あら……」って言っている。酷いよ間山さん、ボクの至福の時を奪わないでくれよ。



「星宮」

「はい?」

「きょーつけ」

「なんで?」

「名残惜しそうに冷泉に手を伸ばしてる! 駄目でしょ!」

「駄目なの……?」

「駄目! きゃーつけ!」

「えぇ……」



 きゃーつけってなんですか? 実在しない言葉を吐くほど目くじら立てる様なこと? いいじゃないかちょっとくらい、女体化してからもボクはこの女の体を利用して悪させずに真面目に生きてきたじゃないか。少しくらい女の体で他の女の子を堪能したってバチ当たらないでしょ。


 言われた通り気をつけの姿勢を取る。教室の前の方では今だに谷岡くんが垣田くんの悪評を垂れ流して先生がそれを聞くシリアスな場面が展開されてるのに、温度差にエラい違いが出ている。

 ここまで無関心でいられるものなのかね、人って。ボクはあっちの様子が気になって仕方ないんだけど。



「んー……ちょっと本人にも聞かないと判断は難しいわね……ちょっと、星宮さん?」

「! はーい!」



 先生に名前を呼ばれたのでそちらに行こうとしたら間山さんに睨まれた。なんで。動いちゃダメなの……?


 仕方ないのでその場に留まった状態で先生に目線を向ける。



「聞きたい事があるのだけれど、こっちに来てもらえる?」

「あ、わかりましたー。間山さん、ちょっと」

「駄目!」

「えっ」

「えっ」



 ボクも先生も、他の生徒も間山さんの言葉に疑問符が浮かぶ。クラス中を巻き込んで疑問符を頭に浮かばせた間山さんは、先生の方に体を向けて言った。



「話なら放課後でいいですよね。今、星宮はあたしのものなんで。後にしてください」

「えぇ……? わ、分かったけど」



 分かるなよ。なんで大人が女子中学生に気圧される。そこは押し勝ってくださいよ、担任なんですよあなた。


 先生の返事を聞き、間山さんがこちらに向き直す。あっちはあっちでシリアスな空気が再開され、こっちはこっちでよく分からないギャグなのかシリアスなのか分からない空気が流れ始めた。与能本さんに目線を向けると、彼女は「しーらね」とそっぽを向いた。こうなった元凶なんだから少しくらいボクに助け舟を出してもいいんじゃなかろうか。



「星宮、あたしは悲しいよ。どれだけ星宮を大切にしても見向きされないなんてさ」

「えっ。えぇーと……見向きはしてるよ?」

「でも星宮の方からあたしを抱いたことはないじゃない!!!」

「「「っ!?」」」



 おーーーーーーい!!! 言い方ァ!!! 抱いたことはないって言い方が悪すぎるなぁ! 抱きしめてくれたことが無いとか、もっと他の言い方があるよねぇ!!!


 みーんなこっち向いてる! 何事かとボクらの方を見てる! おいそこの男子、『百合か!?』なんて聴こえる声で言うんじゃない!! 勝手に尊ぶなぁ!!!



「いつ星宮に抱かれてもいいように美容院に通って、匂いにも気を使って、オシャレしてるのに! あたしはいつでも準備万端なのにぃ!!!」

「ハグの話だよね!? そうだと言って!」

「冷泉の事は抱いたのにあたしの事は抱いてくれないなんて酷いじゃない!!!」

「ハグって言って!!!!」



 新たな誤解が生まれてるって! ただハグするだけなら美容院とかあんまり関係ないでしょ! なんで誤解を招くような言い方をするの!? あとなんで冷泉さんは顔を赤らめてるの!? みんなの思い違いに拍車をかけるのやめてよ!!!



「……星宮って、男子みたいに結構情熱的に抱いてくるんだよな」

「体育での話ね与能本さん! 体育でね! みんなと一緒にね!」

「み、みんなと!? 与能本と冷泉とってコト!? 3P!? なんであたしを入れないのよ、なんであたしだけ仲間外れなの!!!」

「P!? Pってなに!? 間山さんだって一緒に喜びを分かち合うじゃん、いつ仲間外れにした!?」



 分かってやってるのかこの人たち。 少なくとも与能本さんと冷泉さんは確信犯で間違いないな、こっちを見てニヤニヤしてるし。悪ノリがすぎるよ、みんなこそこそ話してるじゃん。2人はそれでいいのか???



「酷い、酷いよ星宮……あたしはこんなに……」

「久しぶりに顔を出したからって猛り狂って暴走するのやめようね、間山さん。ボクらの間に爛れた関係性を邪推してくる輩が現れるよ。そろそろやめようこの下り」

「あたしは星宮と爛れたいよ……」

「何を言ってる? ねえ、なにを言っているの? 昔のテレビみたいに頭を叩けば直ってくれる?」

「……抱いて」

「え?」



 止まらない暴走機関車と化した間山さんが、何故か顔を真っ赤にしながらボクに強い眼差しを向けた。なんでさ。どういう流れを汲めばこんな雰囲気になる? 話し合いが終わって頭も冷えるのかと思いきや更にモーターが稼働して熱暴走を起こしそうになる。一体間山さんは何を言っているの……?



「この場であたしを抱いて。さもないと……」

「……さもないと?」

「…………ちんちん生やして星宮と既成事実を」

「何を言っている!? 頭おかしいのかな!? もう冬なのに熱で頭がおかしくなっちゃったのかな!? 早退しようね間山さん!」

「あたしは至って冷静だよ」

「だとしたら間山さんの基準値が相当馬鹿寄りだと言う事になるけど」

「誰が馬鹿だ!」

「ぬぎゃっ!? なんで乳を掴む!?」



 組んでいた腕を解くと間山さんがボクの右乳をガシッと鷲掴みにしてきた。そ、そんなに強く握らないで! ちょっ、やめっ……あっ!? 授乳ブラしてたからよかったけど、友達に掴まれて母乳……死にたい……。



「抱き締めないと、左乳も握るよ」

「!?」

「それはもう強く握りしめるよ。乳しぼりをするくらい強く。出るはずのない母乳が出るくらい丹念に握る」



 いや、出るんですよ母乳。というかもう既にピュルッといってる、おかげで死にたくなってますよこっちは。


 しかしこれ以上は本当にそれはまずい。このブラの貯蔵容積がどれだけのものか知らないから、間山さんが言うように真剣に搾られたら下手したらボッタボタにブラを貫通して外部にグロ体液が漏れ出てしまう恐れがある。それだけは避けなければ……!


 てかなんかこっちに興味を向けた男子が数人席を立って教室の後ろの方に移動してきてる。性欲に正直すぎるでしょ。

 その欲望をボクに向けるのは違うだろ。中身男だぞ? ガワは女だとしても男に興奮してるんだぞ君ら。自分の席に戻りなさいホモ共が。



「だ、抱き締めればいいんでしょ!」

「抱いてくれるの?」

「抱き"締める"と言った! 抱くとは違うから!」

「? 同じでしょ。何を言ってるのあんた。ムッツリ」

「女の子相手にこんな事したくないけど殴ってもいい?」



 ここまで事態を掻き乱しといておいて間山さんは『なんの事ですか?』とでも言いたげな目をボクに向けた。薄々勘づいてはいたけど楽しんでるだろ、ボクをいじること。


 さっきまで真面目に話していたから気を利かせてくれたんだろうね。そこはありがとう。それはそれとして話の進行があんまりなので憎ったらしいのは変わりませんが。



「じゃあ早く抱いてよ。星宮」

「なんでちょっと顔を上に傾けた? 目を瞑る必要ある? キスするわけじゃないからね?」

「したいの? ……いいよ、星宮なら」

「鼓膜は機能してるか。それじゃ頭かな、悪いのは」



 明らかにキス待ち姿勢で間山さんが胸の前に腕を組みボクを待つ。この人まじか、羞恥心とかないのか? 確定で変な人扱いされてるよ、周りの人達から。それでまた変な噂が立ってもボクは関与しないからね?


 このままじゃ埒が明かないので控えめに間山さんを抱き締める。……多数のギャラリーに見守られながら女の子を抱きしめるとか人生で初めての体験だし、なんか抱きしめた瞬間女子達から黄色い歓声のようなものが上がったせいで羞恥心が回りまくっている。少女漫画かなにかなの?



「……よし。これで星宮かけるあたしのカップリングが成立した。同人誌にしよう」

「待って間山さん。何の話してる?」

「星宮が漫画見てみたいって言ってたからあたし、そういうのも練習してるんだよ」

「それは素敵な事だね。それで? 同人誌って言わなかった?」

「? うん。あたしと星宮がくんずほぐれつする同人誌描くの。与能本と冷泉が興味あるって言ってたから見せるつもりだよ」

「本当にやめようね? 現実の人間を題材に同人誌、それもR指定がつくものを作るのはやめよう? その辺の加減は見定めよう? グロいこと言ってるよ、間山さん」

「でももう導入部分は固まってるし描き始めてる」

「なんで2人とも止めてくれないの!?」



 与能本さんと冷泉さんに正気かどうか確認を取ったら2人とも『面白そうだし』といった旨の言葉を吐いていた。イカれている。まさかオタク文化を布教したらこんな進化の仕方をするとは思わないじゃないか。尖った方向にスキルを伸ばしすぎだよ間山さん。


 その後、離れようとしたら間山さんがボクの背に腕を回してきて、強く抱き締めるせいで全然離れることができず朝のチャイムが鳴るまでずっと抱き合うことになった。


 ホームルームを始める前に先生が「……まだ中学生だから。程々にね?」と忠告をしてくれていたが、間山さんには恐らく微塵も響いてないと思う。ホクホク笑顔で元気よく「はーい」って返事してたもん。何も考えてないよあの人。怖すぎる。



 そんなこんなで、とりあえず噂の件については無事に片がついた。一旦これで無事に、穏当に学生生活は送れると思うが、その代わりに間山さんの狂気度合いが以前とは比べ物にならないくらい釣り上がり別の不安がボクの胸中に押し寄せてくる。


 ……てか、気付かれてはいなかったけど間接的に間山さんに乳絞りされてしまったせいでずっと悶々とした思いを抱くことになった。間山さんの存在がある限り毎日搾られるリスクを孕んでるってことに気付き項垂れる。母乳が出なくなる薬とか売ってないかな……いや、ダメか。唯に授乳してあげないとだし。いやでもそれは粉ミルクがあるから大丈夫か?


 もー分からん! 何も考えたくない! どんな事で悩んでるんだよボクは! アホらしー!!!

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