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27話『また会う日を楽しみに』

 妊娠している。そう父さんに告げられた翌日、ボクは学校を休んだ。


 この村の診療所に勤務している父さんの知人が家に来て、ボクの体が今どんな状態なのか調べてもらった。もしかしたら、妊娠ではなくなにか別の病かもしれない。その可能性だって否定はできないはず、父さんは焦った様子でそう言っていた。


 ……その知人のお医者さんも父さんの連れてきた大人の1人であり、同じ罪を背負った人間だ。勤務日にも関わらず無理を押して来てくれたのは、自分にも心当たりがあるからだろう。



 結論から言って、予想していた通りボクは妊娠していた。多くの質疑応答や体調の申告をして、検査も受けて。その結果、受精してから23週が経っている所謂『妊娠中期』にあたる状態なのだと説明された。



「なんで……生理が来てないって、言わなかったんだ……!」



 お医者さんの口から妊娠していることを確定する言葉が出たあと、重い口調で父さんが言った。ボクを責めてるといった風の口調ではなく、悔しさとか悲しさとかが入り交じった絶望に染まりきった声音だった。


 父さんからの問いになんて答えたかはよく覚えていない。てか多分、何も答えられなかったと思う。質問に受け答えする度、1歩ずつ、ボクの中にあったここ数ヶ月の違和感が解答に結びついていく度に、なぜあの時不思議に思わなかったのかと自分を苛む自責の念が頭の中に浮き上がってきて、まともな会話なんて出来なかった。



安田(やすだ)さん。中絶の費用って……いや、それよりも、診療所で人工中絶って行えるのでしょうか……?」

「……」

「安田さん?」



 父さんは青ざめた顔で縋るようにお医者さんに訊ねた。ボクからの受け答えがないまま、本人の意向を聞かないまま勝手に中絶の話を進めようとしていた。


 当たり前か。12歳の子供が子供を産むなんてどう考えても異常だし、父親がハッキリしないのに産んでも子供が可哀想だし。


 男手一つでまだ中学生の子供と赤ちゃんを育てるというのがどれだけ大変なのかというのも想像するまでもなく理解できる。それに、妻が居ないのに急に子供が出来たら近隣住民に疑問を抱かれるのは当然だし、そこから調べられてこの出来事がバレたらそれこそこの一家は終わり。村八分になってしまうだろう。産むメリットなんかひとつもなくて、数え切れないほどのデメリットがある。



 ……ボクだって、こんな歳で子供なんて産みたくない。

 この村の、自分より2倍3倍、下手したらそれ以上歳の離れた誰かの子供を産むなんて想像しただけで気持ち悪くなる。DNA検査を受ければ誰が父親なのかハッキリするかもしれないけど、そんな検査を受けられるほどのお金の余裕は無いだろうし、父さんはきっと『自分が父親かもしれない』と思って受けさせないと思う。


 母さんの家族から逃げて、自分の家族との関わりも断ち、こんな閉塞的な村に逃げてきた臆病者に責任を負う勇気なんてきっとない。すぐ逃げたくなるボクの性格は父さん譲りだからよく分かる、最初から知らない方がいいって思っているに違いなかった。



「中絶は……この段階では出来ません」

「えっ」



 間の抜けた声がボクの口から漏れた。父さんは何も声に出さずただ唖然とした顔で口を開けていた。


 人工中絶は妊娠22週を迎えた母体には行えないって、母体保護法とかいう法律で定められているらしい。


 その説明を聞いた時、初めてボクは誰にも向けてない呟きという形で自分の意思を口にした。唇が震えて上手く発声は出来ていなかったけど、病院でしてくれないのなら自分でどうにかする、絶対に産まない、産みたくない、そんな事を呟いた。



 本気でそうするつもりだった。赤ちゃんには罪はないってのは分かりきってる、それを踏まえた上でボクは自分のドス黒い感情を吐き出した。それほどまでに嫌なんだと、この場に居る大人二人に伝えるつもりで呟いた。



 ……胎児にも人権はある。意図的に流産しようとすれば殺人の罪に問われる、そう言われた。自己堕胎罪も同意堕胎罪も、人間の生命を脅かす罪になるから極めて重い罪に問われる、懲役は免れないと言われてしまった。



 ボクは未成年だ。だから許される、そんな軽い考えを口にしたら父さんに強く窘められた。未成年でも殺人なんて犯せば少年院に送られる、長い間外の世界から隔離され、院内でも今より酷い目に遭うかもしれない。そんな事を言われた。


 じゃあどうすればいいのか。そうボクは二人に向かって訴えた。


 こんな狭い村、法律なんて無視してもバレないし咎められないでしょ。事実そうだからボクみたいな子供に乱暴をしたんじゃないの!? そう二人に怒鳴り散らした。



 大人達は閉口し、ボクもそれ以上思いの丈をぶつける事は出来なかった。


 二人の考えていることは分かる。現状、誰が父親なのか調べる術が無いのだから、それが判明するまでは責任を負わなくてはならない人間を絞れない。だから彼らには都合がいい。

 ボクは子供だから、警察に頼ろうとした所でそれを止めるのは容易い。なら、ボクの意志なんて無視して産まれてしまった方が、最終的には丸く収まるだろうって考えてるに違いなかった。


 それに、中絶できない段階まで行ってしまった責任はボク自身にある。もっと早く異変に気付いて父さんを頼っていれば、中絶して全てを無かったことにできたはずだ。それをしなかったというボクの罪、というか無知を、お医者さんは閉口していたボクに容赦なく叩きつけてきた。



 その日の夜、久しぶりに父さんのこの村での知り合いが家に何人もやってきた。ボクが妊娠していた事、全員がボクをどこかのタイミングで犯していた事、もう中絶できない事。それらを説明すると、誰か一人が「いいんじゃないか」などと無責任な言葉を発した。


 この村は年々住民が減りつつある寒村で、このまま住む人が減り続ければ村自体が無くなってしまうかもしれない。この村は自然豊かで、この村にしかない良さがある、歴史がある、だからこの村は存続させていきたい。そんな事を口にすると、周りの人々もその意見に賛同し暗い顔をしているボクが異常みたいになってしまった。


 ……村を尊ぶのは良い事だけど、それを肯定する為にボクには犠牲になれって言っているようなものだった。というか、話の流れ的に大人達がボクを使ってポンポン子供を産ませてしまえばいい、みたいな事を言っているようにも聞こえる。


 この村の人はどこかおかしい、昔母さんがそう言っていたのを思い出す。父さんも長い事この村に居たせいか、狂気じみた村民の意見に呑まれる事を是としていた。





「憂ちゃん。すまんが、酒を買ってきてくれん? お釣りはやるでよ」



 子供を産む事が決定事項みたいになってから、現場の人達の仕事が落ち着き家に居着くようになった。こんなお腹で学校になんて行けるはずもなく、大人達の酒やツマミを用意する為に家にこもるようになって数ヶ月経ったある日、造園屋の永田さんからお使いを頼まれた。



「……子供。来月か再来月くらいに産まれるらしいんですけど」

「そうなんか。まあ〜酒屋まで距離はそう離れとらんし大丈夫だろ。なんならウチのモンに車を出させようか?」

「飲酒運転ですよ……分かりました。行ってきます」



 永田さんから1万円を渡され、サンダルを履いて外に出る。もう夏も終わりに近づいていて、夜になれば涼しい風が吹く。


 こんなにお腹が膨らんだ妊婦が1人で夜道を外出していいものなのだろうか。お使いに行かせるってことはって考えが一瞬頭をよぎったけど、アイツらは普通の人間では無いからその考えを当てにするのは良くないか。



「あら、憂ちゃん。久しぶ……」



 今年の初めくらいからお使いを頼まれる度に毎回足を運んでいた酒屋に着き、店に入り商品をレジに持っていったら、酒屋の店主さんがボクの腹を見て言葉を詰まらせた。妊娠してから出会うのは初めてだもんな、驚くに決まってるか。



「お会計お願いします」

「あ、あぁ。……えぇと、憂ちゃん?」

「なんですか」

「憂ちゃんって確か……中学校の制服、着てたよね?」



 ……? あれ、中学に通ってから一度もこの店には来ていなかった筈なんだけど、なんでそんな事知ってるんだろ? 日中ボクの知らない間に目撃されていたのかな。



「あなた、中学生よね? そのお腹……」

「……お会計してください」

「いや。あのね、それどうしたの? その歳で妊娠だなんて……」

「うるさいな」



 イラッときて吐き捨てるように言うと、店主さんは困惑したような顔で値段を提示してきた。ボクは黙って1万円札をトレーに置き、お釣りを貰って商品を受け取る。


 今更どうしようも出来ないところまで来ているのに、一丁前に心配するような顔を向けられると無性に腹が立つ。どうせ何もしないくせに、何も出来ないのに憐れまれても迷惑なだけだ。あくまで客と店員の関係性でしかないんだから、さっさと仕事だけやってくれればいい、余計な事を勘ぐらないでほしい。


 お腹の重みで疲労がたまったのも、このまま直帰してあのすえた匂いを鼻に入れるのが億劫なのもあって、ボクはバスの停留所にあったベンチに腰掛けた。



「はぁ……」



 深く座り込むとお腹の中の生物がドコドコお腹を叩いてくるのを感じた。なんだろ、本当に心の底から産まれてほしくないからお腹の子に全然気を使わずに生活していたはずだったのに、すくすく元気に育ってしまっている。家の中はタバコの臭いが充満してるってのに、なんで無事なわけ? 死んどけよ、そこは。


 死にたくなる。毎日毎日、大きくなるお腹を見ては自分で自分を加害したいという衝動に駆られる。その度に『ボクは強い子』という、母さんがくれた呪いの言葉を呟いて自制してきたけどもうそれも限界が近付いてるのだと心が訴えかけてくる。


 ……今までは、自分の体にも影響出るかもと思ってビビっていたけど。もうそんなのどうでもいい。目の前にある彼岸花畑にお腹の方からわざと転落して、赤ちゃんを潰してしまおう。


 袋を置いたまま立ち上がり、じゃり、じゃり、とサンダルを引きずるようにして歩く。サンダルが地面に引っかかって転ぶのも良い、このまま傾斜に躓いて転落するのも良い。とにかくこのお腹の中の子供が死んでくれればなんでもいい。そんな邪悪な考えに支配されて1歩、また1歩ボクの足が進む。



「そういえば父さん、あんなに産むことに反対してた癖にベビー用品買ってたな。あはは、まじ、気持ち悪い。気持ち悪い、気持ち悪い。死んでしまえ。あはは、ははっ……ざまあみろ」



 自分の子供に怨嗟の言葉を吐きながら、舗装されたコンクリートが途切れて雑草が生えている道路の縁が見えた。その縁から向こうを隔てるガードレールはなく、傾斜を降りた先には川と彼岸花畑がある。きっと、この傾斜を転がり落ちて川に落下すればいくらなんでもこの子は死んでくれるだろう。


 期待に胸を膨らませて片足を上げた瞬間、キキッ、と自転車のブレーキがかかる音がした。



「ちょっ、妊婦さん危ないっすよ!? 何してるんですかそんな所で!!!」



 声変わりをしたばかりの、中途半端に低い男の人の声がした。その男の人は自転車を止めて、こちらに駆けつけてこようとする。


 いい所で邪魔をされてしまった。興が削がれてしまった。ボクの頭の中を支配していたドス黒い考えが奥に引っ込む。


 一体誰だ、こんな時間に。声の感じ的に中学生……って事は、ボクと同じ中学に通ってる人か。知り合いじゃありませんようにと願いつつ、ボクは鬱陶しさを表情から取り除かないまま声の主の方へと顔を向けた。



「……海原くん?」

「お前っ、星宮か!?」



 目と目が合った瞬間、ほぼ同時に互いの名前を呼び合う。想定できる中で最悪に近い相手との遭遇に胸が痛む。なんで、こんな時に限って出会うのがコイツなんだよ……。




 *




 横井んちから帰っている最中、バスの停留所前の傾斜に突っ立っている妊婦を見かけた。


 何をしているのかはまるで分からなかったが、かなりお腹が大きく丸く膨れていてもし転んでしまったら子供が死んでしまう。そう思った俺は考えるよりも先に自転車を止め、その妊婦に話しかけていた。


 その妊婦は、かつて友達だった元男の星宮憂だった。


 中学に入る前のある日、俺は星宮から『大人とセックスしている』という旨の話を聞いた。それ以降会話する事は無くなって、中学に入ってからは別クラスになったこともあり疎遠になると信じて疑わなかった。


 中学に入って7月に差し掛かった頃、再びアイツの名前を耳にした。どうやら、1組の垣田ってやつが星宮に唆されて宿泊学習の日にアイツの所属する班の部屋に赴き、班員全員の下着姿を見てしまったらしい。


 その噂が広まったせいで1組では星宮が『意図的にいじめを起こしてクラスを掌握しようとしてる女』みたいな扱いになっているとも聞いた。


 正直、なんでアイツがそんな事をするのか俺には皆目見当もつかないし、多分なにかの間違いだろうと聞き流していた。


 だが、その噂が流れるのとほぼ同じ時期に星宮は不登校になったらしく、何かがおかしい、何かが起きている、そうとしか思えなかった俺は星宮の現状を確かめたくて連絡しようか迷っていた。


 結構長い間アイツと連絡を取ろうか悩んでいたが、結局アイツとは縁を切ったんだし、触れる必要も無いかって決断を下したつい先日の出来事。


 まさかのスマホ越しではなく、直接対面してしまった。日も落ちて鈴虫が鳴くような時間帯に。外で。


 数奇な運命もあったもんだなと思いつつ、彼女の名を口にすると星宮は俺から目を逸らし斜め下にある川の方に視線を向けた。



「ほ、星宮。お前、その腹……」



 最初目に付いた、大きく膨れた腹の事を俺は直接星宮に訊いてしまった。それを口にした瞬間、最後に会話をした時の記憶が頭を殴りつけてくる。



「妊娠した。まあ、なんでかは分かるよね。海原くんなら」

「…………あの噂って本当なのか?」

「噂?」



 妊娠から話を逸らそうと中学の噂について訊いてみたら、キョトンとした顔で星宮は俺の言葉を繰り返した。どうやら本人は、自分について語られている中学の噂について何も知らないようだった。


 ……何を話そう。最後に話した日以来、星宮の事はなるべく考えないようにしていたから言葉が見当たらない。


 星宮はボーッと俺の顔を見上げている。しばらく合わないうちに随分と小さくなった、いや俺が大きくなったのか? てか星宮は俺の事、憎んでたりしてないのか? あんな別れ方をしておいて、今こうして平然と顔を合わせられるのが不思議でしかない。しかも妊娠してるし……。



「海原くんは、何部に入ったの?」

「え? 野球部、だけど」

「あははっ、やっぱり! そんなツルッツルの丸坊主にしてるからそうだと思った!」

「ツルッツルって。別にスキンヘッドにはしてねぇだろ。僅かに生えてっから」

「えー? 本当に? 触ってもいい?」

「お、おう。いいぞ……?」



 その場にしゃがみこむと、星宮が遠慮がちに俺の頭に手を置いてきた。何も言わずにされるがままにしていたら、星宮は手のひらで髪の毛の感覚を楽しむように色んな触り方をしてくる。



「男の頭なんか撫でて楽しいか?」

「楽しくはないなー。でもチクチクするのちょっと気持ちいいかも」

「そうか。……星宮は何部入ったの」

「陸上部。まあもう学校行ってないけどね」

「……らしいな」

「うん。まあ行けるわけないしね。てか、らしいなって? ボクの話聞いてたの?」

「あ、あぁ。まあ……」

「間山さんから? 他に仲良い人、1組にはいなかったよね?」



 1組のメンバーに誰がいるのか知らんが、星宮の口ぶり的に俺と関わりのあった人間は間山以外にはいない感じなのか。

 別の人間から聞いたって言ったらなんで他クラスなのにっていう疑問を抱かれるかもしれないし、ここは話を合わせておくか? 間山とはもう長い事縁切り状態だから、アイツから聞いたって俺の口から言うのも変な感じだけどな。



「間山から聞いた」

「そうなんだ。中学入ってから仲良くなった?」

「まあ、そんな感じ」

「ふーん、良かったね」



 どこか突き放すような言い方で星宮は相槌を打った。


 意識しないようにはしているが、頭の横に彼女の膨らんだ腹があるのがどうしても気になってしまう。


 その腹、絶対子供産む気だよな。なんでそんな判断になったんだ? まだ中一だぞ、しかもお前元々男だったんだぞ? 頭の中に次々と疑問が生まれていく。



「間山さんと仲直り出来たのなら、ボクとも出来る?」

「えっ?」

「他人と性行為してるボクを、海原くんは気持ち悪いって言って突き放したよね。でも、間山さんには長い間キモッとかゴミ女とか呼んでたじゃん? だから、ボクとも仲良くなれたりするのかなって」

「……」

「……流石に、こんな歳で子供産むような奴とは仲良くなれないか。当たり前だよね」

「い、いやっ。そんな事は無い、だろ」



 別に、今更コイツと仲良くなっても何の得もないし遊ぶ人間は他にいるのに、何故か俺は星宮の自虐に対して異を唱えてしまった。


 自分の行動原理に疑問を抱く。なんでそんな事を口走ったのか理解できない。でも、理由は説明できないけどなんとなく、星宮が自分に対して酷く言っているのがどうしても許せなかった。



「あの時は性行為ってのがどんなのか知らなかったし、不純な事だとしか思ってなかった。だから反射的に、お前に酷いことを言ったんだと思う」

「……ボクは今でも不純な事だとしか思ってないけど」

「でも、その子供は産む事にしたんだろ? お前がそう判断したんなら、まあ、不純以外の性行為だって多分あるんじゃねーの」



 俺の言葉に、星宮はなんの相槌も打たなかった。彼女を直視出来ない俺は、ただ目の前の彼岸花畑にのみ視線を置く。



「……海原くんも童貞捨てたの?」

「は!? い、いや。てか何の話だよ急に!!」



 次に何を言い出すのかと思って相手の言葉を待っていたら、突拍子もない言葉が星宮の口から飛び出してきた。


 童貞捨てたのかって、捨ててるわけないだろ。絶賛童貞だよ! 彼女もいないし小学生の頃よりも女子との関わりが減ったわ! 泥臭い野球少年なんでな!!!


 ついムキになって言葉を返しかけるが、そんな憂さ晴らしをぶつけられた所で星宮には関わりのない事だし困るだろうなと思ってすんでのところで抑えが効いた。危ない危ない。横井の奴が彼女を作りやがるから若干嫉妬と焦りを抱いてるのがバレる所だった。自分のメンツを守りきる事に成功した、冷や汗かいたぜ。



「答えは? あーゆー童貞?」

「黙秘権を行使します」

「なんでさ。隠すような事?」

「……嘘をついてもいずれバレるし、本当の事を言ったらメンツが保たれないだろ。故に答えは差し控えさせてもらいます」

「じゃあ童貞じゃん」

「んなっ!? なんでそうなる!!!」

「うるさっ。いやだって、そんなの一々気にして隠すのなんて童貞さんくらいでしょ。非童貞の人って聞いてもないのにそういう経験の遍歴語ったりしない?」

「そ、そうなのか?」

「そうなのか、て。童貞である事の証左じゃんその反応は」

「ぐ……そうだよ童貞だよ。悪いかよ」

「悪かないでしょ。悪かないけど、小学生の頃でさえ童貞捨ててる人ちょこちょこ居たよね〜」

「それはソイツらが異常だろ! てかお前だって女に変わるその瞬間まで童貞であり続けてたじゃんか! 同類だろ俺ら!」

「同類?」

「同類!」

「同類…………いいねそれ。嬉しい」

「は?」



 嬉しい? 嬉しくはないだろ、童貞仲間だぜ俺ら〜っていきなり肩を組んで来てるんだぞ。なんでそれが嬉しいって返しになるのか分からん。誇りでもあるのか、童貞に対して。


 ……てか、星宮に対して童貞って言うのかおかしいのか。体は女だし、妊娠してるし。童貞と相関させるとしたら処女だよな。処女じゃないじゃん、同類じゃ無さすぎる。真反対逆位置の存在すぎる。



「最近学校どう? 楽しい?」

「楽しいよ。小学生の頃は何かとマウント取るのに必死だった気ぃするけど、人間関係が広がってそういうしょうもない事に知恵働かせることも無くなって気が楽だわ」

「ガキ大将って感じで威張り散らしてたもんね〜」

「お前もポジション的に取り巻きだからそれもまた同類だろ。俺がジャイアンならお前スネ夫じゃん」

「スネ夫は嫌だなー! 出木杉君がいい!」

「あんな天才タイプだったっけ? お前テストの点数そんなだろ」

「ビジュアル的には1番近いよね」

「ビジュアル的にもスネ夫だったよ。男の頃の星宮は」

「あんな顔だった!? 身長同じくらいだったよね!」

「いーや。俺のがデカかった」

「それは無い。まじでない」

「あるから。あとお前はチビ取り巻きその1が関の山だった。まじで」

「1番しょうもないポジじゃんか!」

「お前スネ夫に失礼だろ。彼奴、骨川財閥の御曹司様だぞ。控えおろう」

「海原くんはスネ夫のなんなの? 熱いファンボの片鱗を感じたんだけど」

「映画版ジャイアンより映画版スネ夫の方が好きなタイプだからな」

「いつにも増してダサさ増さない? 映画版のスネ夫は」

「はい喧嘩。まじ学校復帰したら喧嘩だからなお前」

「ぜんっぜん成長してないじゃんか!」



 かつての調子に若干戻って元気に声を張る星宮にくっくっくと笑いがこぼれる。


 話しかけてから今までずっと辛気臭い顔してたけど、そんな顔コイツには似合わないからな。今みたいにバカ正直な子供みたいにしてればいいんだ、星宮は。それが丁度いい。



「なに笑ってるのさ!」

「くくっ、別に。お前もお前で何も変わってなくて安心したな〜って」

「なにも変わってない? ……目、悪いの? ボクのお腹を見た上で言ってる?」

「性格面での話だよ。見た目での話なんてしてないだろ。それを言ったら俺だって背ぇ伸びてるし。見た目変わってなかったら何かしらの怪物だろ」

「……そういう事じゃないでしょ」

「あ?」



 そういう事じゃない? そういう事じゃないのか? 星宮が何を気にしているのかまるで分からん。



「別に子供産もうが星宮は星宮だろ。そこになんか違いはあるのか?」

「……なにそれ」

「言ってる意味分からなかったか? うーん、なんて伝えたらいいんだろ」

「子供産んだら、人の親になるんだよ? 子供なのに……そんなの普通じゃないよ」

「普通かどうかは知らんけど。別にお前が異常者だったとしてお前はお前だろ」

「ボクはボク……軽々しく言ってくれるじゃん」



 星宮の声が冷たくなる。今の受け答えで失礼な事を言ってしまったのだろうか? 別に俺は思ってる事を言っただけだ、その言葉の内容に星宮を責めるような内容は無かった。どこで怒りに触れたのか分からないので立ち上がって、彼女の方をちゃんと見て口を開く。



「俺の言った事おかしかったか? お前はお前、お前がどんな行動を取ろうがそれは変わらない。そうだろ」

「か、軽く言ってくれるけどさ。じゃあ、今までと変わらない態度でボクに接せられるの? この歳で、性行為をして、子供を産むような女の子だよ? 気持ち悪いだろ、気持ち悪かったんだろ! 変わらず話しかけられるのかよ!」

「話しかけられるだろって。何テンション上げてんだよビビるな……なんでそんな事俺が気にしなきゃならないんだよ。意味分からん」

「っ」



 急に睨まれて怒鳴りつけられたのが意味分からなかったが、別に星宮がどうなろうと俺には関係ない話だったので普通に返答した。


 俺にとってはなんてことは無いやり取りだったが、こちらの言葉を聞いた瞬間睨みつけてきていた星宮の表情が緩み、彼女の目が少し泳いだ。



「……まじで言ってんの?」

「? おう、まじで言ってる」



 星宮の唇が僅かに開き、歯と歯を合わせて何かを抑え込むような表情を作りながら段々と星宮の顔が紅潮していく。なんだ? 尿意でも我慢してるのか? 妊婦になったらトイレも楽には出来なさそうだもんな。



「……変なの。やっぱり海原くんって変な人だよね。昔から思ってた」

「一昔の俺ならぶん殴ってたぞ。今の俺でよかったな」

「変人で短気とか救えないよね、本当に」

「妊婦になると性格ウザくなるんか?」

「妊婦云々関係ないよ、この発言に関しては」

「お前が学校復帰した後に話しかけに行ったらめっちゃイライラしそうだなー」

「あははっ。手を出してきたら女子ファンネル使って集団攻撃するからね!」

「陰湿すぎるだろ。女子の結託を報復に利用するんじゃねーよ」



 中学で噂されてる通りなこと言ってるやんけ。あれ事実なのかよ。グレたのか? 嫌だな、身内がヤンキー女になるとか。



「……海原くん」

「ん? あっ、おい! その腹で屈むのは危ないだろ!」

「大丈夫だよ。……んしょっ」



 星宮はその場にしゃがみこみ、近くに咲いていた彼岸花を1本摘んで再び立ち上がり俺に向けて彼岸花を差し出してきた。



「仲直り。また仲良くしよ? 仲良くしてくれるなら、これを手に取ってよ」



 照明灯の灯りの下、仄かに赤くなった顔が彼岸花のせいで余計に赤く見えた。辺りの暗さで星宮の姿が際立って見える。


 儚げに微笑みながら、俺を試すような行動を取った星宮の顔が妖しく映る。互いに無言になると、周りで鳴く夜の虫の音が少しずつ大きくなるような錯覚に陥った。


 俺は星宮の手から彼岸花を受け取ると、星宮がいっそう嬉しそうに口の端を引き上げた。その顔があまりにも可憐で、不覚にも心臓の鼓動が大きくなる。



「……んふふっ! じゃ、ボクはそろそろ行くね! またね、海原くん!」

「おう、またな」



 上機嫌になった星宮が踵を返し帰路を歩いていく。


 星宮が居なくなった後も、彼岸花の茎にアイツの熱が残っているような気がした。貰った花が折れたりしないように慎重に手に摘んだまま、自転車に乗り直してペダルを漕ぐ。


 ……誰が、星宮を妊娠させたのだろう。ふとそんな疑問が頭をよぎる。アイツは、村の大人達とそういう行為をしていると言っていた。


 考え出したらずっとその事を意識してしまって胸がモヤつく。釈然としない思いが晴れないまま、自分の家に着く。



「お前帰り遅いぞー。晩飯もう出来てるんだ、さっさと食え」

「へいへーい」



 玄関の鍵を開けて中に入ると丁度廊下を歩いていた父親に声をかけられた。


 村の大人達……かぁ。



「なあ、親父」

「どした」

「親父から見て、俺と同い年くらいの女ってエロいか? ヤれる?」

「はあ?」

「なんでもない」



 自分の父親にどんな質問してるんだ俺は。自分の頬をぶっ叩く、更に父親に怪訝な顔をされてしまった。


 やばいな。流石にやばい。しばらくアイツ学校来れないだろうし、今日会ったことは忘れておこう。変な疑問ばっか頭に浮かんできて、それを解明したくなるあまり生活に支障出るわ。実際また面と合わせて会話するまで、アイツの事を考えるのは保留だな。

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