26話『立場の見方と芽』
「待て〜変態男〜!!!」
「止まれー!!!」
「ごめんって! あの時の事は謝るから! 許してくれって!!!」
宿泊学習が終わり6月。ボクは間山さん、与能本さんと共に廊下を歩いていた垣田くんを発見し三人で追いかけ回していた。
宿泊学習一日目の夜。ボク達の班は全員垣田くんに下着姿を見られてしまっている。しかもその下着というのが到底人様には見せられないようなエロに全振りした物であり、尚且つ与能本さんに至っては下着の下に隠されるべきものまでも見られているという事で全員垣田くんの記憶を抹消させるのに必死である。
まあ、与能本さんは分からないけれどボクに関してはあんな格好で鍵もかけずに居たんだから仕方ないよねって飲み込むことも出来た。ただ、その場には冷泉さんも居合わせており、彼女は垣田くんに下着姿を見られてしまったショックで泣いてしまった為いつも以上に心が熱く燃え上がっている。
垣田くんは本当に災難だったなって思う。心からそう思う、あれは不可抗力だし悪気もあったわけじゃないんだって理解も出来る。
それはそれとして、大切な冷泉さんを泣かせた罪は重い。ある程度痛い目見てもらわないと気が収まらないので久しぶりに全力に近い速度で垣田くんを追いかける。
現在、足が速いボクと与能本さんが垣田くんのすぐ後ろまで迫っており間山さんは結構後ろの方を追いかけてきている。手を伸ばせばもうすぐ届きそうな距離に垣田くんがいる、だがここからだとまだ捕縛は出来ない。腕をより強く振って走力にバフをかける。
「ボクらに捕まって仕置された方がマシだと思うよ! 間山さんに捕まったら本当に殺されるよ!」
「覗き魔! エロ猿! グズ、ゴミ、悪魔! 殺す、ぶっ殺すッッッ!!!」
「ほら!」
背後から凄まじい殺意と害意が押し寄せてくる。直接ソレに充てられていないボクすら怖気たつほどの熱量だ、その標的に向いている垣田くんの背中には計り知れない重圧がのしかかっているのだろう。
「ウチらは忘れるまで殴る程度で収めるけど、間山に捕まったら果たして生きてお家に帰れるかなっ!?」
「おおおお前らに捕まっても実質死刑宣告みたいなもんだろそれ! あんなん避けようがないじゃん!? どうすればよかったんだよおおぉぉ!!」
「やばいなって思ったら普通すぐにドアを閉めるでしょ! しばらく開けっ放しにしてこっちガン見してたじゃん!」
「そうだよ! そのせいであたしのまんっ……股も見られる羽目になった!!!」
「いやだって仕方ねえだろ!? お、男ならっ、男ならそうなるんだよぉっ!! 男は馬鹿な生き物なんだよ!!!」
分かる。きっとボクも同じ立場で同じような出来事に遭遇したらきっと目が釘付けになってたと思う。でもボクは見られた側の立場なのでそんなの関係ない、確実にぶっ叩く。ぶっ叩きまくる。脳みそシェイクして絶対に忘れさせてやる。
「てかてかっ、あんなんいきなり見せられても混乱するから実の所あんまり覚えてないんだって! だから許してくれよ!」
「毛ぇ剃ってなかったのに!!!」
「知るかよそんなぶほぁっ!?」
セリフと共に与能本さんが飛び蹴りを放ち、見事にそれが垣田くんの背中に命中し彼は前のめりに倒れ……るのかと思いきや受け身を取って転がりしっかり地面に足をつけると弾かれるように進行方向を変えて階段を駆け下っていく。
「アイツッ、意外と身体能力高いな!?」
「任せて!」
階段は折り返すようにして下の階に繋がっている。だからボクはそのまま跳躍し、手すりを足場にして仕切りの壁を跨ぎ折り返した先の階段の手すりに伝い、楽にショートカットして垣田くんの前に立ちはだかる。
「なっ!? 星宮さんって女子だよなぁ!?」
「女子でもこんくらいやろうと思えばできる、よっ!」
垣田くんと腕を掴み背中側に捻りあげる。よし、捕獲成功!
「捕まえた!」
「許してくれぇ!」
「星宮でかした! おいコラ垣田ァ!!」
「きゃああぁ!!!?」
与能本さんも合流できた。後は教室まで連行だ!
「ぜぇ……はぁ……垣田……垣田ァ……!!!」
「ぎゃあ! 間山さんが来た! 殺されるっ、殺されるぅ!!」
「落ち着くんだ垣田くん。大丈夫、逮捕に協力してくれたので身の安全を保証するよ」
「協力はしていない!? 無理やり掴まった! 威力制圧以外の何物でもない!」
「そんな言葉は存在しないよ! 威力偵察と混同してるね!」
「うるせー馬鹿にすんなー!」
「退いて、星宮。そいつ殺せない」
「待つんだ間山さん。殺す前にまず、冷泉さんに謝らせないと」
「おっ、俺が悪いのかなぁあれ!? 確かに泣かせちゃったけど、俺も被害者ではないかあの場合は!?」
「分かるけど、ここはウチらの条件を飲んで冷泉にごめんなさいして。じゃないとウチら、あんたを殺さなきゃなんなくなる」
「冷泉さんのセコムかなんかなの!? わ、分かったから離せよー!」
申し訳ないが拘束を解くことはできない。解いたらきっとまた逃げてしまうからね。足の速さには自信あるものの、やっぱり男子を追いかけるのは楽ではないのでこれ以上疲れる事はしたくない。厳重に拘束した上で連行させていただきます。
「何してるんだ君たちは?」
「! た、助けてください先生! 俺今からコイツらに殺されっ」
「ちょっとした遊びです〜。ボク達垣田くんと仲がいいので。ね〜垣田くん?」
教室に戻る最中国語の教科担任の先生にすれ違う。垣田くんは軽率に助けを求めようとしたので、その口にそっと手を添えて黙らせた後ボクの方から正確な情報を先生に伝えてそのまま横を通過してもらった。まったく、なんて事を言い出すんだよ垣田くん、殺すだなんてそんなそんな。
「さっ、教室に戻りましょ〜」
「り、理不尽だろ! は、離せよぉ!」
「垣田。今すぐ殺されたいの?」
「ひぃ!? ま、間山さんは隣を歩かないでくれ、怖い!」
「あ゛?」
「間山、脅すのはやめなよ。他の人に見られたら勘違いされちゃうでしょ。ウチらは垣田の仲良し女子三人組、それで通すんだ」
「ちっ。吐き気するわ」
「暴れないよー垣田くん。ほらっ、こうやって手首捻ると痛いよねー」
「いたたたた星宮のその逮捕術みたいな技術はなんなん!? どこで手に入れたんだよ!?」
それは企業秘密だよ。海原くん達と遊んでた時の経験が生きたねぇ。元わんぱく小僧の能力は女体化しても健在なのだ。
1年1組の教室まで垣田くんを連行し、本日は生理で元気の無い冷泉さんの前まで連れてきてそこに跪かせる。
なんか、周りの生徒がこっちをジロジロ見てるな? そんなに他人の謝罪シーンって気になるものなんだろうか? まあそちらは本題ではないので気にしないでおくとして、三人でしっかり退路を塞ぎつつ腕を組みプンスコ状態をアピールして垣田くんを見下ろす。
「さ、垣田くん。謝りなさい」
「す、すんませんした」
「土下座だろそこは」
ゲシッと与能本さんが垣田くんの背中を蹴る。穏やかそうに見えるけど相当怒ってるみたいだ、まああんなの見られたらそりゃ怒るか……。
「クソッ……どいつもこいつも……俺の事……っ」
「なにー? なんか言った聴こえないんだけど??」
「頭を踏むのはやりすぎだよ間山さん。なんて言ったの? もう一度言ってみて、垣田くん」
小さな声でボソボソ何か言っていたが、あまりにも小さすぎて立ってる状態では垣田くんの吐いた言葉が耳に届かなかった。しゃがみ、垣田くんの方に体を傾けてもう一度言葉を引き出させよう。
「な、なんでもない」
「? 何か言ってたじゃん。どいつもこいつも、みたいな。よく聴こえなかったんだけどさ」
「はあ? お前この期に及んでまだそんな生意気な口効いてんの? おい垣田、何とか言いなよ」
「もういいよ、コイツ殺そ? それでいいじゃん」
与能本さんと間山さんと口々に垣田くんに対する極刑宣言を口にする。確かに嫌な思いはしたけどそこまで怒る事かね。
まあボクはあんまり気にしてないってだけで、二人は生粋の女子だしボクとは感覚が違うんだからそこには触れないけどさ。ていうか、冷泉さんに謝ってくれさえすればそれでいいんだけど……。
「……冷泉さん。この度は、あのような事をしてしまい申し訳ございませんでした」
「…………っ、うっ」
「「「!」」」
垣田くんが謝罪を口にするも冷泉さんは嗚咽を漏らし再び泣き出してしまった。なんで泣き出したのかは分からないが、垣田くんの言い方に問題があったのではないかと解釈した与能本さんが垣田くんを蹴り始め、間山さんも罵声を浴びせる。
「ぶふっ! なんだあれ! 垣田お前、なんか悪い事でもしたのかよー!」
「女子の下着を覗いたんだってよ」
「うっわまじ? 最低じゃん」
教室に戻ってきた谷岡くんが垣田くんの現状に反応し吹き出して、彼の友達がそこに補足説明をしてそれを聞いた周りの何の関係もないクラスメートが垣田くんに対し『最低』という言葉を口にした。
垣田くんに対する悪意の言葉が周囲に伝搬していく。普段から女子のスカートを捲ったりパンツを覗くなんて事をしているせいで、誰も垣田くんを擁護する言葉は上げなかった。
ふーむ、これだと流石に垣田くんがアウェーすぎる。彼を捕まえたのはボクだけど、そこまで強く責める気もないので助言でもしておこうかな。
「垣田くん」
「……」
「みんなああ言ってるけど、普段の行いが悪かったからこんな事になるんだと思うよ。今後は、人が嫌な思いをするようなことは控えよ? ね?」
「……っ!!」
優しく言ったつもりだったのだが、ボクの言葉を聞いた垣田くんは急に立ち上がって僕を跳ね飛ばすようにして退かし教室の外へ逃げていった。
「あんのクソ猿ッ! 星宮にまで酷い事しやがった!」
「いいよ間山さん、ボクは大丈夫! 多分これに懲りたらもう悪い事とかしないと思うからさ。与能本さんも冷泉さんも、一旦はこれで許してあげよ?」
「うっ……うぅっ……わ、わかりました……星宮さんが言うならぁ……っ」
「ウチはまだ許さないけど。冷泉をまた泣かせやがったし」
「今度同じような事をしたら次こそちゃんと処刑しよう。これがきっかけになってイタズラをしなくなると信じてさ」
「なあに星宮、やけにアイツの肩持つじゃん?」
「肩持ってるつもりは無いよ。見られた日はずっとちんこ握り潰してやろうって考えてたし」
「それで良くない? あたしもっかい追いかけてくるよ」
「まあまあ。そろそろ授業始まるし席に着こ? 冷泉さんも元気出してね。また後で楽しくお話しようよ」
「はい……ありがとうございます、皆さん……っ」
そうこう話している内に予鈴のチャイムが鳴ったので席に着く。結局教室から逃げ出した垣田くんはその日は教室に現れず、無断で家に帰ったと先生が言っていた。
素直に謝ればここだけで済んだ話なのに、先生まで垣田くんに『不真面目な奴め』と言ってプンスコに怒ってしまっている。全部の選択肢を間違えてるなあ、垣田くん……。
帰りの時間になると、間山さんが『今日あたし店番しなきゃの日だから速攻帰る! また明日、星宮!』と言ってピューっと猛ダッシュして帰ってしまった。その為今日は間山さんを抜いた与能本さん、冷泉さんとの三人で帰る流れになった。
「あ、星宮さん。間山さんは?」
三人で廊下を歩いてる最中、教室から出てきた谷岡くんに話しかけられる。間山さんに何か用事かな?
「先に帰ったよ。店番しなきゃだって。なにか用事? 代わりに伝えとこっか、ボク家近いし」
「いや。間山さんには用事はない」
「ふむ?」
「あー……星宮さん、この後少し残れないか?」
ボクに用事? なんだろ。…………! 告白のくだりの続編か!? だとしたらかなり困る、二人っきりになると断りにくい雰囲気になるし、実は彼の告白を邪魔した間山さんには内心ありがたいって思ってたんだ!
他人に流されて人とは付き合いたくないし、その可能性も考慮して事 事前になんの用事なのかと訊いてみる事にした。
「あー、ごめん、この場で概要だけ話して頂けると」
「そ、そうか。その……以前話した、告白の件なんだけど」
「あっ……」
「返事がほしくて。どうなんだ? 俺、と……多分、俺と星宮さん、性格の相性良いと思うんだ! 係一緒だし、よく話すだろ? だからさ」
「ごめん! えーっと、谷岡くんとは付き合えない、です」
「……ほ、他に好きな人がいるのか?」
「居ないけど……」
「じゃ、じゃあなんでっ」
「なんでって言われても、まだ全然谷岡くんの事知らないし……その、なんて言えばいいのか分からないんだけど、そういう関係になる気になれないっていうか」
「っ」
「もう良くない? ごめんなさい、だって。今回は残念だったねって事で次にトライだよ、谷岡」
キッパリとした言葉で与能本さんが援護射撃をしてくれた。ボクは言葉選びとか得意じゃないしなんて言ったら最善なのか分からないからビシッと言ってくれる人がいてくれると非常に助かるよ! 友達の存在、ありがたいなぁ!
「そういうことだからごめんね。じゃあね、谷岡くん」
「……あ、あぁ」
谷岡くんは俯き、一応はボク達三人に手を振った後に踵を返して教室のほうへと戻っていった。胸がずきりと痛む、酷い事言って傷つけちゃったりしてないか心配だ。
「大丈夫ですよ、星宮さん」
「え? な、なにがかな、冷泉さん」
「星宮さんはちゃんと断っただけ、傷つけたかもって気にしなくてもいいと思います」
「む。冷泉さんもエスパータイプだったのか。なぜ思考盗聴されるんだボクは」
「あんた考えてる事すぐ顔に出るんだよ。分かりやすい性格〜、嘘つくのとか下手っしょ?」
「そ、そうかなぁ?」
「そうだと思いますよ! トランプ使ったゲームとか絶対不得意そうです。引かれたくないカードに指を合わせたらすごく嫌そうな顔しそう」
「そこまで如実に顔に出さないでしょ!?」
「や、割と考えてる事がなんとなく分かっちゃうくらいには顔に出るよ」
そんな馬鹿な。ポーカーフェイスが得意だと自負していたのに予想だのしない言葉をぶつけられてしまった。
考えてる事が顔に出る、だと? も、もし本当にそうなら海原くんに『俺の事見下してるだろ』なんて言われないよー! 完全に意図が伝わってないからあんな感じで仲違いしたんだよボク達! その解釈は間違っている!
「で、今は『絶対そんな事ないもん! 誤解してる!』って考えてるでしょ」
「当たってる!? えー! 本当に考えてること顔に出てるの!? そんな馬鹿なっ!」
「ふふふっ、良い事ではありませんか。表裏のない性格って事でしょ? 素敵だと思いますよ」
冷泉さんがくすくすと清楚な笑い方をしながらそう言う。なんか、深く関われば関わるほど冷泉さんに対する庇護欲が増していくな。抱きしめていいかな、この可愛い生き物。
「ちなみに今は『冷泉さん可愛いなあ。抱きしめたいなぁ』って考えてる」
「そこまで事細かに分かるもんなの!? 表情だけで!? ボクの顔面に文字でも浮かんでるのかな!?」
「うふふっ。いいですよ、ハグしましょう?」
「……可愛いっ!」
流石に辛抱たまらなくなったので両手を広げた冷泉さんを抱きしめる。あぁ〜、もう中身が男とかどうでもよくなっちゃった。
本当この子、守ってあげたくなるな〜。母親になったこともないのに母性が湧き出してくる、もし冷泉さんに彼氏が出来そうになったらどんな人なのか見定めないとだ。しっかりしてない人に冷泉さんは任せられないよ……!
日は進み、今日から体育の授業がバレーボールからプールの授業に切り替わった。今までは男女で種目が別れていたのに、プール授業は男子と女子合同で行われるらしく普段の体育に増して憂鬱である。
嫌だなぁ、男子の前で水着姿になるの。なんか最近胸が張って急にまた大きくなり始めてる気がするし、あんまり見られたくない……。
「はあ……」
「どしたー星宮。って、またお腹大きくなってる! デブ化が進んでるじゃん星宮!!」
「そうなんだよね〜。なんかお腹張るし、あと胸も大きくなってる……水着やだ〜!」
「ありゃりゃ。暴飲暴食が祟ってねえ」
暴飲暴食が原因なのかなぁ? なんか急激にお腹がぽっこりし始めてる気がするんだけど。そうなに急に太るものなの? 人って。初めての事だから分からないよ……。
「んー……今日は生理って事にして休もうかな……」
「ズル休みだ〜。てか、星宮って全然生理の日来なくない? あんた、生理は重い方じゃなかったっけ」
「うん、最近なんか来ないんだよね」
「健康的な食事取ってる? ホルモンバランス崩さないようにね」
「ありがとう間山さん。じゃ、ボク先生の所行ってくるね」
「はーい」
脱ぎかけた体操服を再び着て、先生の所に向かう。体重も増えてきたのかなーんか体も重いし、本格的にダイエットを視野に入れないとだなぁ。
……あと、なんか変なお腹の鳴り方もするし。なんだろ、今までのキューってなってちょっとお腹の中が空っぽだよ〜って知らせてくるような感覚じゃなくて、なんかお腹の中に魚が居てつんつん叩いてくるような不思議な感覚がする。
何かの病気なのかな? 性転換症の併発病とか? 冗談じゃないなあそのケースの場合は……。
その日は生理という事にして一旦体育の授業を見学し、いつも通り4人で下校した。
家に帰り、いつも通りの日常を過ごす。
宿題を早々に片付け、お腹が減るので父さんが帰ってくる前に軽めの軽食を作り、洗い物をして友達に通話をかけ駄弁る。話しながら絵を描いて、20時を回ったら通話から一度離脱して着替えを持って下の階に降り、お風呂に入る。
「ふーむ」
シャワーを浴びながら自分のお腹を見る。やっぱり大きい。不自然なくらいに大きい。
というか、よく考えたらお腹以外の部位は胸を除くと特に肉がついてる様子もないんだよなぁ。本当にこれ肥満化で合ってるのかな? 太ってる人ってもっとバランスよく肉着くよね? うーむ。
お風呂からあがり、最近は少しずつ夜も暑くなってきているのでタンクトップを着て脱衣場を出る。おにゅーで買ったボディミルクの匂い、これは今後も購入決定ですね。めちゃくちゃ体からいい匂いがする、今日からお気に入りです。
てかいい加減髪切らないとなぁ。前髪は整えてるけど、後ろ髪の長さが腰まで届いちゃってる。そろそろ縛っても校則違反に触れちゃいそうだし、夏になったらバッサリ斬って短髪にしてみようかな? 暑いしね。でも今のボクの顔で短髪って似合うのかなぁ?
まあ一人称は『ボク』なんだし、短くしたら活発系ボーイッシュ少女的なノリにキャラチェンジしてみようかな。見た目の齟齬を性格で誤魔化す作戦、アリだな。
「お、憂。風呂上がりか」
「帰ってたの? おかえりなさい」
「あぁ。…………あ? ちょっと待て、憂」
「?」
最近仕事が忙しくなってきたのか、めっきり顔を合わせる機会が減った父さんと久しぶりに会話を交わして部屋に戻ろうとしたら呼び止められた。どうしたんだろう?
「どうしたの?」
「お前こそ、その腹どうした」
「む。デリカシーないよ! 太ったんだよ、最近食べてばっかりいたせいでね!」
「い、いや……その腹、太ったって感じじゃなくないか?」
「はい?」
「えーと…………服、捲ってくれ」
「っ。な、なに。久しぶりに……するの?」
喉が狭くなるような感覚がして掠れた声が出る。中学に入ってからそういう事をしない環境に慣れて心が正常な状態に戻っていたから、突然去年の12月から1月頃の記憶を呼び起こされて動悸が激しくなる。
しかし、こっちの不安に対して父さんは「そうじゃなくて」と言ってその行為をするつもりは無いとボクの思考を否定してきた。
するつもりはない? でも服は捲れって、なんで? ……かけるの? 永田さんと同じ性癖に目覚めたって事? うわ……実の父親でも流石にドン引きだ。
「言っとくが、お前が今想像してる事とも違うからな。いいから服を捲って腹を見せてくれ」
「デブ専なの?」
「いい加減にしなさい」
少し厳しめな口調で言われた。なんなのさ、一体。
言われた通り服を捲り、腹部を父さんに見せる。父さんはそれをまじまじと見ている内に徐々に顔を青くしていった。
「な、なに? なんでそんな顔するんだよ!」
「お前、それ……妊娠してるぞ」
「……………………えっ?」
……ニンシン? 誰が? ボクが? ニンシンって…………妊娠?
「…………え?」