25話『バレかけた?』
「まったく!! ほとほとアイツには呆れるわまじで!!」
「ホントだよ! 冷泉さんの恩情に感謝しろって感じ!!」
宿泊学習一日目の班活動を終えた。ついでに冷泉さんが『そういえばさっき垣田さんの唇が私の額に当たったような。あれって、額にキスって事なんですかね……?』などと言い出したので垣田くんにもきついおしおきをし終え、ボクらは自分達に与えられた部屋に戻った。
ベッドや床に各々が腰を下ろす。疲れたぁ、まさか初日から登山プラス屋外活動をさせられるとは。ジャージについたくっつき虫を指で取りながら一息吐く。
「この後はなんだっけ? カレー作るんだっけ」
「だったね」
「その前に入浴時間じゃなかったですか? 1組が先頭だから……この時間だと15分後に大浴場集合ですよ」
「げ!」
うぅ、意識しないようにしてたけどそういえば、今回の宿泊学習でのお風呂はクラスの男女ごとにローテーションで入るんだったな……。
嫌だなぁ……自分の裸を見られるのも嫌だし、クラスメートの女子の裸を見るのも……。
果たして正気でいられるか分からない。どうにかコソコソ影の方で一人ひっそり浴槽に浸かりたいけど、多分間山さんはボクにくっついてくるよなぁ……。
「今丁度1組男子が入ってる時間か。なんで男子と女子で時間ズラすんだろ? 男湯と女湯とで別れてたよね?」
「なんででしょうね?」
「覗き対策とかじゃない?」
「その場合だと後のクラスの男子は見放題って事になるじゃん」
「ふーむ」
間山さん、冷泉さん、与能本さんが思考を馳せる。ボクも同じく思考しているように見せかけているが考えていることは全く別ごとだった。どうやって自分のお風呂タイムをやり過ごすか、そんな事しか頭にない。
「あ、それより見てよみんな! ウチも冷泉の真似してエロエロ下着買ったんだー」
考えている最中に思い出したかのように与能本さんがそう言うと、彼女は自身の鞄の中を漁って手にパンツをひっかけて広げて見せてきた。
「おぉー。冷泉とは違う趣向だ。紐だ……」
「こ、これは刺激的ですねっ!」
「ふふん。しかもここ、解いたらほら」
与能本さんがパンツの横の部分の結ばれている紐の両端を引っ張ると、その部分が解けてパンツの前面がはらりと垂れ下がった。
「おぉー! ガチでそれする用じゃん!? 勝負下着ってコト!?」
「まあそういう捉え方もできるかな」
「これを履いて……殿方の前に現れて……きゅぅ……っ」
「わー! 冷泉さんが倒れた! 与能本さん、なんて事をっ!」
「あらら。初心なお嬢様には刺激が強すぎたみたいだね」
与能本さんは紐パンをつまんだまま指を回し、遠心力で紐パンを指に巻き付かせるように纏めるとそれを手の中に握りこんで入浴セットの上に置いた。そんなスタイリッシュな纏め方あるんだ、ちょっとかっこいいな。ボクも自分のパンツでやってみようかな。
「うがぁ〜行きたくなーい!」
「そういうわけにはいかないでしょー! 風呂入らないと臭いでしょ!」
「やだー!」
入浴の時間がやってきた瞬間にボクはトイレに行くと行って部屋を出たのだが、それが嘘だと見抜かれた結果ボクは間山さん、冷泉さん、与能本さんの手によって強引に大浴場に連れてこられてしまっていた。
体育の更衣室で見る顔ぶれと人は変わらない。けれど、どこもかしこも全裸、全裸、全裸!
ぐわああぁぁぁっ!!! 同級生の女の子が生まれたままの姿で、素知らぬ顔をして過ごしているのを見て罪悪感と男としての喜びが同時にせめぎ合って心臓が弾け飛びそうになる。ぐわああぁぁぁっ!
「さっきみんなで見せあったじゃないですかー、一緒に買ったエッチな下着! 後で着けてみんなで見せ合うんでしょ? ちゃちゃっとお風呂に入っちゃいましょうよー!」
「それもボクはやるって了承してないよぉ!」
「でも持ってきてたべ? カゴに入れてるべ。星宮、ウチが勧めたベビードール持ってきてるべ」
「だ、だってあれは……あれは……あれはぁ!!」
「はいはい。ちょっと期待してたんでしょ。ムッツリだもんね〜星宮は」
「自分の体なのにムッツリもくそもなくない!? ぐ、偶然入ってたんだよぉ!!!」
「いいから入りましょー? 入浴時間限られてるんですよ? 私達は先に脱いで浴場に入っておくので、よろしくお願いしますね間山さん」
「あいわかりました。必ずや裸に剥いてみんなの前に連れ出してしんぜましょう」
「前に出る必要は無いよね!?」
冷泉さんと与能本さんもボクのすぐ近くで服を脱ぎ出し、近くのロッカーに服を入れて浴場に入っていった。……その後ろ姿をきちんと目で追ってしまったのは男として仕方ないだろう。うん、他の女子に対しては罪悪感が勝つけどあの二人に関しては普通に欲望が勝った。これは仕方の無いことです。
「結局見てるんじゃん。星宮、変に意地張るのやめたら?」
「な、なんの話かな間山さん」
「今の星宮、めっちゃ鼻の下伸びてたよ」
「ギクッ!?」
「ギクッて言ってんじゃん。折角合法で女子とお風呂入れるんだから謳歌すればいいじゃん? 何を誠実ぶって遠慮してるのさ」
「誠実ぶってるわけじゃないよ。心は男の子のままだからさ、裸の女の子に囲まれたら緊張するよ……」
「慣れないわね〜。男子ってそんなに面倒臭いの? 正直自分が女の体になったんならさっさと環境に適応するべきだと思うんだけど」
「それはボクも頭ではわかってるんだけどさぁ!」
「はいはい」
少しして間山さんもボクの隣で、ボクに背を向けて服を脱ぎ始めた。
小学生の、高学年からだけどずっと一緒の教室で過ごしてきた女子が服を脱いで肌を出し始める。……なんだか、背徳感は相変わらずあるんだけど間山さんの場合は知り合った年月が他の子とは違うから、他の子の裸を見てしまった時よりもずっと大きく心臓がドキドキしてしまう。
仲良くなった頃はボクよりも少し背が小さいくらいで、体も全体的にちっちゃかったのに今は成長して手とか足とかスラッとしてる。たった一年ちょっとでこんなにも人って変わるんだなぁ……。
「……な、なにジーッと見てんのよ!」
「っ!? ご、ごめん!」
背中越しにボクの方を向いた間山さんがボクの自然に気づき、顔を赤くして手で胸を隠しながら怒ってきた。しまった、流石に不躾にジロジロ見すぎてしまった。やってしまったよ、ボクのやってる事ってまんま性犯罪者だ! なに勝手に女友達の体に見蕩れてるんだよ〜馬鹿かボクは〜!!!
「み、見てもいいけどっ……そんなにジロジロ見ないでよ……!」
「もう見ない! もう見ないから!」
「見てもいいけど! ジロジロは見ないでって言ってるの!」
「だから見ないって!?」
「……だから、別に見てもいいって。てかそんなにジロジロ見てなんなの。あたしの体、なんか変?」
「変じゃないよ! むしろ逆だよ! あまりにも綺麗だったから……」
「き、綺麗? …………そう、なの? あたしの体、綺麗なの?」
「え? そりゃ綺麗だよ! すごく大人っぽくて素敵だと思う! だから見蕩れちゃってたんだし!」
「み、見蕩れ……? ふ、ふーん。そう」
「……間山さん?」
今の、なんか言葉尻に笑みが混じっていたような気がした。男に裸を見られたというのに笑える状況なのだろうか? 普通は激憤して殴りつける所じゃない? 間山さんは特にそういう事するタイプだろうに。
「……星宮。早く服脱いで。時間あんまりないんだし」
「ボ、ボクは後で合流するから! 先に入ってて」
「駄目」
そう言うと、間山さんはボクの肩を掴んで無理やり自分の体が見えるようボクの体の位置を変えさせてきた。
「あっ、間山さっ!?」
目の前に、何も身に纏わない間山さんの肉体が映る。先程よりも鮮明に、今まで隠されていた部位が全て網膜に焼き付き、顔が熱くなる。
間山さんは顔を真っ赤にしたまま、照れを押し殺したような顔で口を引き結んでいた。一瞬そのように自分の体を見せてきた後、「……ほら、女同士でしょ。脱ぎなよ」と言ってきた。
どういう意図の行動なのだろう? 露出狂的な感じなのだろうか? 間山さんの行動理由がわからず頭が混乱する。そうこうしていたら痺れを切らしたのか、間山さんはボクのジャージのチャックを下ろし、体操服を脱がせようとしてきた。
「じ、自分で出来るよっ」
「それなら早く脱いで。……裸のままここに居るの、寒いから。早くして」
寒いなんてことは無い、今は夏が始まりかけの時期だしすぐ近くに浴場もあるんだからその熱気で室温はどちらかといえば高い方だ。
間山さんが自分の身を使ってボクを急かしている。人の前で、女になった体を晒す勇気がないボクを支えているつもりなのだろうか? 勇気を出せるように背中を押してくれてるとか、そんな感じの行動なのか……?
彼女の本心は分からないけど、何かしらの気遣いであるのは間違いない。そこまでされたら、ボクだってワガママばっかり言って逃げる訳にもいかない。
羞恥心で破裂しそうな胸を押さえて、ボクも服を脱ぎ始める。
「……星宮」
「うぅ……分かってるよ。こんな体してて男を自称するとかどう考えてもおかしいって自分でもわかってるよぉ……」
「じゃなくて。いや、それもあるけど」
「な、なにさ。……ボクにジロジロ見ないでって言ったんだからあんまり見ないで……」
「あんた、太った?」
「え?」
「ちょっとお腹丸くない?」
え? 目線を下げて自分の腹を見る。……確かに、少しだけポコってなってる。
「あらら。言わんこっちゃない。あたしはちゃんと警告したのに」
「えぇ……? 女体化して体質まで変わっちゃったのかな」
「そりゃ変わるでしょ。男と女じゃ体の作りなんて全然違うんだし」
わぁ、ちょっとショックだな。父さんも母さんもどちらかといえば痩せ型だから自分も太ることは無いだろうって決めつけていた分余計にダメージが来るや。どうしよう、ダイエットしようかな? でも毎日食欲旺盛だから我慢できる気しないなあ……。
「とりあえず浴場向かうよ。いつまでもすっぽんぽんでこんな所いたら変態みたいじゃん」
「わわっ!? 間山さん……っ」
全裸のまま、同じく全裸の間山さんに手を掴まれ引っ張られる。体はこんなんでも中身は中学生男子ですよ!? 心臓が痛いよ〜!!!
「いや〜、まさか女子の裸を見ただけで鼻血を出すとは思わなかったよ! おもろいな〜星宮は!」
「ち、違うよ! そんな事で鼻血なんか出すか! 与能本さんと冷泉さんが抱き着いてくるからでしょ! その後何故か間山さんも抱き着いてきたし!!!」
「それで鼻血を出すんですか? 同じ性別なのに?」
「ぐっ……!」
入浴時間が終わり、再びジャージ姿に着替えてボクらは1度荷物を部屋に置きに戻ってから暗くなった外の坂道を歩いていた。これから夕食の、班ごとに別れてのカレー作りが実施される。そこに向かっている最中だ。
冷泉さんと与能本さんは知らないから仕方ないけどさ! 体を洗った直後に裸の女子に抱き着かれたりしたら普通の男子は気絶してもおかしくない事態なんだよ!? しかも二人! ボクを見掛けた瞬間『やっと来たー!』なんて言って両サイドから抱き着かれるなんて想像出来るわけないじゃん!
体が女の子になってて本当によかったよ! 男のままだったらもう、色々駄目になってた絶対!! そもそも男のままならあんな状況には陥らないだろってツッコミはさておいてさ!!!
あと『あたしのだぞ!』なんて言いながら背後から抱き着いてきた間山さんのインパクトも凄かった。何も身につけていない女子の大きな胸を背中に押し付けられる感覚、あれはもう一生モノですよ。その後にみんなが取り合うようにギューギュー体を密着させてきたのはもう絶命モノだったよ。だから鼻血出したんだよ、ボクは何も間違ってない!
む。これ、考えようによってはハーレムみたいだな。ボク、どこかの国の王様と全く同じ境遇を謳歌してたんじゃないか? そう考えたらなんかテンション上がってきた。だって裸の女の子に抱き着かれるなんてもう漫画だもんね、同人誌だもん。キング星宮の誕生じゃん!
「平伏せよ、我が民達……」
「うん? どうした星宮。頭でも打った?」
「ボク気付いちゃったんだよね。いつの間にかハーレムを作り上げてしまったことに。三人とも抱き着いてきてたもんね」
「ハーレムですか?」
「ウチは別に良いけど冷泉を下に見るのはやばいんじゃない? ガチ金持ちじゃん」
「てかあたし、いつも『あたしの星宮』って言ってんじゃん。星宮の方が所有物扱いなんだけど。王様とはちょっと違うんじゃない?」
「あれっ。所有物扱い? あれれ、王と市民以上に隔てた壁高くない? 人権すらない感じなの? ボクって」
「それに近いね」
「言ってる事やばいって」
間山さんのツッコミによってボクが作り上げた頭の中の王国が一夜にして瓦解してしまった。一夜すら保ってない、数秒間しか存在できなかった砂上の楼閣でした。悔しい。
「てか抱き着かれるのがハーレムだって言うんならバスの中での出来事は完全に間山のハーレムが出来上がってたことにならない?」
「だし、冷泉が嫌な事されたってなったらあたしら三人とも動くじゃん。冷泉主体のハーレムでもあるよね」
「体育の時間だと与能本さんに頼りっぱなしで、特典を取った時なんか与能本さんに抱き着きに行きますよね。与能本さんのハーレムでもあるんじゃ?」
「少しくらい夢見させてくれてもいいじゃんか! みんなで総否定しないでよ!!」
「まず星宮には王になる素質があるとは思えないしなあ。小市民って感じ」
「なんでそんなこと言うんだよぉ!?」
ボッコボコじゃないか。執拗な攻撃の応酬にボクは既に虫の息だよ。そんな結託して否定しないでよ……。
鍋、食材を調達して所定の位置までそれらを運搬する。薪に火を起こすなんて人生初めての経験だ、チャッカマンで本当に火がつくのか半信半疑ながらもカチカチとやってみる。
「あれ? つかない」
「太い木に直接火をつけるんじゃなくて、このホワホワに火をつけてから燃やすんじゃないっけ」
「そうなの?」
「ですね。先生が説明してました。貸してくださいな」
冷泉さんにチャッカマンを渡すと、彼女は慣れた手つきで火を起こしてボクらに感動をもたらした。お嬢様だからって侮っていたけど、この華麗な手さばきを見るにアウトドア系も結構遊んできてる口だな?まさかの頼れる伏兵に感服です。
「食材切るのは誰がやる?」
「私はあまり慣れてないです……」
「あたしも。星宮は料理出来るんだっけ」
「出来るよ! 日常的にご飯を作るので! 包丁の扱いも任せてほしい!」
父さんが飲んだくれてからちょこちょこ自炊を始めたのでここはボクの出番だ。火起こしで良い所を見せられなかった分頑張るぞ!
「火加減は私が見てるので、おふたりはどうします?」
「ごめん、ウチは料理はからっきしなんだよね」
「右に同じく」
「なのでウチらはこの殺虫剤で二人に接近する虫の殺害を仕事にしようと思います」
「うん絶対にいらないねその役回り。間山さんはご飯を炊く係、与能本さんはお鍋の管理はどうだろう?」
「あたしご飯なんか炊いたことないよ!」
「ウチおたますら持った事ない!」
「やってみれば簡単だって。折角の機会だし挑戦してみても」
「嫌だ! 美味しくないご飯食べたくない!」
「右に同じく!」
「……じゃあ、ごめんけど冷泉さんは飯盒でお米を炊いてくれるかな。カレー作りはボクがするよ」
「ふふっ。分かりました」
折角の4人班なのに実働部隊が2人とは一体どういうことなのか。流石に何もさせないというのは嫌なので二人にお水を持ってくる係をお願いし、野菜を切り終えたのでぱちぱちと燃える火を眺める冷泉さんの隣にしゃがみこむ。
「楽しいですね、星宮さん」
「うん。楽しい、みんなと一緒に登山したり釣りしたりもしたし。お風呂の時は死ぬかと思ったけどね」
「ふふっ。緊張してたんですよね」
「うーん。あははっ、まあそんな感じかな」
「分かります。私も元々体が弱くて、ずっと屋敷に閉じこもっていたので」
「そうなの?」
「えぇ。実は学校に通い始めたの、中学に入ってからなんです。だから私も星宮さんと同じで、皆さんと行動したりお風呂入ったりするのはすごく緊張したんです。でも、皆さんとても良くしてくれて……とても、とっても楽しいし、嬉しいんです」
知らなかった。病弱だったんだ、冷泉さんって。いつもエネルギッシュな与能本さんと一緒に居るからてっきり元気ハツラツ系のお嬢様なのかと思ってた。
そういえば冷泉さんって女の子として見ても圧倒的に肌が白いもんな。親がハーフだったりするのかなって思ってたけど、長い間屋内に居たからそういう肌色になったのかな?
……冷泉さんも元々男だったみたいなことは無いだろうか。ボクと同じような病気にかかってて、ボク以上にそれが深刻で長い間手術に踏み切れなかったとか。
人間の性転換なんて余程のレアケースだし同じ時代に同時に二人も発症するとは思えないけど、可能性は0では無いよね?
「ねえ、冷泉さん」
「はい?」
「その病気って……性別が入れ替わるとか、そういう系の病気だったりする?」
「えっ」
ボクの言葉を聞いた瞬間、冷泉さんの手からトングが滑り落ちた。彼女は驚いたような顔をしてボクを見る。
え、もしかしてビンゴ? ボクと同じ系統の病気だったりするの!? そんな奇跡ある!? だってあの病気、確か『雄性変体症』って、歴史上類を見ない奇病で発症事例が極端に少ないから謎な部分が多いって聞いたよ!?
「もっ、もしかして!」
「TSってやつですか!? ありますよね! 創作でそういうジャンル! 男性が女性に、または女性が男性に変わるといったもの! あれいいですよねぇ! 昔そういう小説を読んだことがあります! 仲睦まじい夫婦がいて、夫は戦争に出ていくんですけど殺されてしまい、復讐を誓った妻が夫の仇に挑戦するけどその相手は女性とは戦わないという誓いを立てていて! だから神に祈りを捧げて男性の肉体に変身し仇を打つみたいな! 結構古い小説なんですけどね! とてもドラマチックで、主人公である妻の夫への愛情深さと逞しさ、最後には倒した敵とも心で分かち合いその行いを赦す魂の強さに私も胸を打たれまして! それがきっかけとなって私も勇気を……」
違ったみたいです。何に反応したんだろうって思ったら自分が新しい治療に臨む勇気をくれた作品がそういう、性転換物だったんだっていうお話でした。うーん、早とちりっ!
「あの作品に出会ってから私結構TSジャンルの作品を読み漁るようになったんですよ。でも中々理想の作品に出会えないんです。供給量が少なくって……」
「ま、まあ、現実味ないしね……」
「ですよねぇ。もし現実に存在する身近な概念だったらきっとそのジャンルも一般化して供給量も増えるのに! まあ、性別が変わるなんて現実で起こり得たらちょっと恐ろしすぎますけどね……」
恐らく世界中見渡しても最も身近なレベルで現実に存在してるんだ、TS。現実で起こり得た実例として今まさに君の隣で一緒に火を眺めているよ。どうも、現実味のない存在です。
「もし仮に現実に存在したらTSした人って生活どうするんでしょうね? 戸籍情報の変更とか、免許証とか保険証とか、学校や職場への説明とか。特に職場なんて受け入れられるとは思えませんよね、全くの別人としてしか処理されなさそうです」
「本当にね。大人になる前で良かったと思うよ、 心から」
「え?」
「なんでもないです。あ、戻ってきた。二人を手伝ってくる!」
思わぬ失言をしかけたのでボクは冷泉さんから離れて間山さん与能本さんコンビが運んでいる袋に手を貸す。危ない危ない、あのまま会話を続けていたらきっと変な所でボロを出していたな。間一髪だ。
「おかえりなさい皆さん」
「疲れた〜! 冷泉、癒してぇ!」
「ふふふ。なでなでしてあげます。なでなで〜」
「あ〜癒される……」
「たまらん……」
ヘトヘトの間山さんと与能本さんが椅子に座り机に突っ伏すと冷泉さんが両手で二人の頭を優しく撫でた。二人とも脱力した声を出しながらだらーんとし始めた。水の運搬なんて重労働だもんね、お疲れ様だ。
「星宮さんもなでなでします?」
「ボクはそこまで疲れてないから大丈夫だよ。先にカレー作り始めちゃうね」
「分かりました。じゃあ私も飯盒の準備を。おふたりはどうします?」
「しばらく休憩〜」
「星宮に撫でられてない。断固抗議」
「冷泉さんに撫でてもらったでしょ。ボクは仕事があるので」
「や〜ん。じゃあ星宮嗅ぐ〜」
「ぎゃー!」
嗅ぐってなに!? って思った瞬間に間山さんがボクの胴体にしがみついてきて腰に顔をグリグリしながらすんすん鼻を鳴らし始めた。
「ちょっと間山さん! この服今日着っぱなしだよ!? 汗臭いから嗅ぐのはやめて!? てか人の匂い嗅ぐな!」
「濃厚……」
「ねえ!? たっ、助けてぇ!」
「あんたらはそれでいいよ。うん、いつも通りだ」
「ですね〜」
「放置はなくない!? っ、胸まで揉んできた! なんにも出来なくなるって!!!」
誰も助けてくれず、間山さんも離れてくれずくんくんくんけん鳴らし続けている。一瞬顔を離してくれる瞬間はあるけどそれは単なる息継ぎで、深く息を吐いてからまた腰に顔をつけて匂いを嗅ぎ始めるのでもう諦めてカレー制作に取り掛かる。背後からしがみついてくる間山さんに目を瞑れば、まあ、普通の行動できるし我慢かな……。
「星宮」
「なんですか」
「ちょっと鼻が鈍感になってきた。ジャージめくってもいい?」
「なんでですか」
「地肌嗅ごうかなって」
「きもいって!? 与能本さん! もういい加減助けて!? あっ、ちょっ、普通そういうのは冗談であるべきでしょ!? なんで本当にめくって、ひゃあぁ〜〜!?」
「うわぁ。服に顔突っ込んでる……」
「星宮さんと間山さんって、その内一線越えそうな雰囲気ありますよね」
「無いよ!!! まじでやめて間山さん! あっ、男子に見られてるって!!?」
「石鹸の匂いだ……」
「きもいって!!!?!?」
宣言通りボクの地肌に間山さんの顔が当たり、彼女はまたすんすんと匂いを嗅ぎ始めた。どうしてこうなった? いつから間山さんはこんな変態になってしまったの? 怖いって普通に。あんまり思い出したくないけど、家でボクに乱暴していた大人達とやってる事大差ないって! なんでみんな匂いなんか嗅いでくるわけ!? 意味分かんないんだけど!!?
ボクが間山さんに襲われていた事以外は無事にカレーを作り終え、味も出来栄えも大満足で夕食を終えた。途中、フラフラとそこら中にちょっかいを掛けていた男子にカレーを分けたり先生にも味見されたりって事も起きたが、みんなここの班のが1番美味しいと言ってくれたのでみんな大歓喜だった。まあ作ったのは主にボクと冷泉さんだったけれど。
「ただいま〜。あれ?」
全ての行事をやり終え、歯磨きを終えて部屋に戻ると照明が消されていて部屋が真っ暗だった。誰もいない? いや、でももう他にやる事なんて何も無いはずだよな。他の班の部屋に行ってるとか? 流石に眠ってるってことは無いよね、こんな早い時間に。
確実に眠っている事だけは有り得ないと決めつけ、ボクは照明のスイッチに触れる。スイッチを押した瞬間、パッと強い光が点灯し一瞬視界が白む。
「んなっ!?」
少しずつ鮮明さを取り戻していく視界の中に三人の姿があった。三人とも、パジャマを着ているのではなく何故か下着姿で畳の上に座っていた。
「ななななんて格好してるんだよ!?」
「ありゃ、予想外れた。てっきりまた鼻血出すと思ったのに」
「言ったでしょ。星宮は絶対顔を赤くして目を逸らすって。あたしの予想が的中だね」
「ふふっ。おかえりなさい星宮さん」
「何の話してるの!? なんで下着姿でスタンバイしてるの!? 急に先生が入ってきたらどうするつもりだったのさ!?」
「だから部屋を暗くしてたんじゃん? 部屋を暗くして、死角に隠れて、入ってきたのが星宮だって確信するまでは出ないつもりだったし」
「その格好は!?」
「さっきウチら、みんなで見せ合うって言ったじゃんねー」
「ボクはうんともやろうとも言ってないよ!」
「いいじゃないですか〜。ほら、星宮さんも着替えてくださいな」
そう言って小柄な冷泉さんが意外な高速移動でボクの懐まで潜り込んでくると、ガシッと腕を拘束して無理やり部屋の奥へとグイグイ引っ張ってくる。だ、か、ら、肌面積!! ボクに触れてる肌面積が広いよ!!!
「さっきからなんなの!? ボクはエロ同人の世界に迷い込んでしまったわけ!?」
「なーに言ってんの? 同性なんだからエロでは無いでしょ」
「エロいよ! エロいだろ!」
「まあまあ。星宮もそのエロい格好をするんだから俯瞰した立場には立てないぞって事で。はい。脱いで」
「脱ぐんだよねそんで! おかしくない!? 今日なんかおかしい!」
「よし、与能本! 冷泉!」
間山さんの号令と共にボクは一呼吸の間に床に組み敷かれ、身動きを取れなくされた後に服を剥かれてそのまま冷泉さん達と買った『二度と使わないであろう高級ランジェリー』を着させられてしまった。
「エグいなあ、中一なりたてのベビードール。ほぼ丸見えじゃん」
「着せておいてそんな事言わないでよ!?」
そりゃそうだよ際どいよ! 際どいから二度と着ないだろうなって思ってたんだよ! カバンに入ってたのは二度と着ないと決心してタンス以外の場所に仕舞って忘れようとした結果入れてたのをそのまま持ってきちゃったからなんだよ!!!
際どさで言ったら全員均等にヤバいけどね! 間山さんは布面積ミリだし、与能本さんは紐だし、冷泉さんは透けてるし! 全員勝負下着なんだもん、誰一人としてまともな格好の人がいないよこの空間!
「さて。4人揃ったわけだけど、やっぱトータルで見たら間山が1番エロくない?」
「そう? 星宮、冷泉の透け透け組も中々だと思うけど」
「ベビードールはなんか上品さがあるよね。衣装逆って感じする」
「あら。交換します? 星宮さん」
「1回着用したものをそのまま!? しないよ!?」
「そっかー。ウチの紐はどう?」
「エロいけど常用出来そうなオシャレさもあるからなぁ」
「こうしたら?」
「なんで解くの!? ちょっ、ちょっと見えたじゃん今! やばいじゃん!?」
「お風呂の時に全部見てるじゃん。何さ今更?」
「そうだけどぉ!」
てかこんな所もし巡回中の先生なんかに見られたら人生終わるでしょ!? なに平然とした顔で互いの格好を品評してるのこの人たち!?
「大丈夫だって。この時間帯は先生達が入浴する時間になってるから巡回には来ないよ。ねえ、冷泉?」
「はい。あと10分ほどは入浴時間みたいですね」
「織り込み済みかぁ……!」
「当然でしょ〜? ウチらだって流石にこんな格好、おいそれと人に見せられるわけないし。ここ4人だけの秘密の会合よ。でも一応人がドア開けてきたら怖いし、電気若干暗くしようか」
解いた紐を緩く結び、与能本さんが立ち上がって電気のスイッチがある入口付近に歩いていく。普段ボーイッシュな感じの与能本さんが女の子全開な格好してるの見ると変な気分になってくる……。
「オレンジ色の電気にするのって、このスイッチでよかったんだっけな〜?」
「ここの班長誰だ〜? なんか班長会議があ……」
「え?」
「……は?」
「…………き、」
きゃあああああぁぁぁ〜〜〜〜〜っ!!! という冷泉さんの絶叫が部屋中に響く。
ノックもなしに不意に扉が開けられ、垣田くんがボクらの部屋の中の惨状を見てしまったのだ。
固まる与能本さん。はらりと床に落ちる紐のパンツ。部屋の奥にいたボク達三人に釘付けになっていた垣田くんの視線が与能本さんの下半身に移動し、鼻から赤い液体が溢れた。
ほらね、鼻血出すでしょ? と、心のどこかで胸を張る思いをしつつ。通常授業に戻ったら垣田くんの記憶が無くなるまで殴り続けようと心に誓った。