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24話『決行されました』

 5月の終わり、心待ちにしていた宿泊学習の日がやってきました。


 向かう先は県内の広大な自然に包まれた宿泊施設でさ、先生が言うにはそこでウッドバーニング? 木を燃やして絵を描くみたいなやつをしたり山登りしたりカレー作ったりなんか色々するみたいです! 生き物の観察したり、なんかそういう行事もあるみたいでとにかくドキドキワクワクだ! 小学校の修学旅行に行けなかったの、結構根に持ってたんだよね〜!



「星宮! こっちこっち!」



 バスに乗った時に先に席を確保していた間山さんがボクに手招きをしてくる。まさかの1番後ろの席だ、みんな狭そうな感じで二人席に座ってるのにいいのだろうか? なんか申し訳ないな……。



「遅かったね。なにしてたの?」

「急な尿意に襲われまして。トイレ行ってるうちにクラス移動が始まってて焦ったよ〜」

「だから朝出る前にトイレ行っときなさいよってLINE送ったのに〜」

「あはは。今日が楽しみでいてもたってもいられなくてさ」

「ふふっ。昨夜もずっと話してましたもんね。楽しみだーって」

「夜更かししてちゃ意味無いってのに夜遅くまで付き合わされたよねー」



 間山さんと冷泉さんがクスクスと笑いながら昨日のボクの話をしている。それを聞いて冷泉さんの隣、窓際の席に座っていた与能本さんが不満そうな声を上げた。



「なんだよー、三人とも昨日通話してたの? ウチも誘えよー」

「誘おうと思ったけど与能本のLINEわかんなかったんだもん。絶対変な名前にしてるでしょ?」

「変だなんて失礼な。可愛いだろ!」



 与能本さんがスマホを開きLINEのプロフィール画面をボクたちに見せてきた。全員でその画面を覗き込み、全員が同じように困惑した表情を浮かべた。



「……『ぅにょぱんまん』? なにこれ、頭悪そうな名前」

「グループに居ましたっけ?」

「誘われてない! 誰からも! 酷いぞ!」

「酷いぞって、これじゃ誰か分からないからグループに入れられてないってだけじゃないかな……」



 名前がへんてこりんなのもあるし、アイコンもよく分からないぐにゃぐにゃしたデフォルメキャラの画像になってるからこれじゃ誰か分からないよ。与能本さん、本人のキャラに似合わない感じでSNSやってるんだなあ。



「だーれもLINE飛ばしてこないし。はぁーあ、ウチってハブられてるのかなぁ」

「名前変えなさいよ。それじゃ誰からも与能本だって気付かれないでしょ」

「この名前、元ネタとかあるんですか?」

「そりゃアンパンマンから取ってるよ」

「分かりにく。ほれ、グループに入れたよ」

「やったーありがとう間山! ……む、ここ4人のグループじゃん。クラスの方にも入れてよ」

「ちょっとこの正体不明すぎるアカウントを招待する勇気はないかな」

「なにをー!?」



 与能本さんはしばらく逡巡した後に渋々スマホをトントンと操作して名前とアイコンを変更した。これでグループに招待しても問題なくなったね、ここはボクが招待しておこう。あっ、LINE交換してなかったや。



「与能本さん、LINE交換しよ!」

「あれ、してなかったっけ?」

「友達欄に入ってなかったー」

「私もお願いします、与能本さん」

「ん。てかグループから登録すればよくない?」

「確かに」



 言われてみればそうだ。ここのお話グループに入ってるんだから別にQRを出してもらわなくても交換出来るんだった。



「ふいーたっくさん出たー」

「遅ぇよ垣田ぁ」

「いやー、中々尿が切れなくて不必要に時間を食っちまったぜ。って、席空いてなくね!?」

「もう二人席はみんな座っちゃってるからね〜。余ってる席というと……1番後ろの席しか空いてないかな?」

「げぇ!? あの女子4人のところぉ!?」



 バスの入口付近で担任の先生と遅れてやってきた垣田くんがなにやら話しているのが聞こえてきた。しばらく会話したあと、垣田くんは重い足取りでこちらまで歩いてきた。



「ちょっと。なんでこっち来るのよバカ猿。あっち行け!」

「い、いやー……あのですね、間山さん。どうやら他の席が埋まっちまってるみたいでして……」

「だから?」

「…………現状、空いてる席が。そこの……星宮さんの隣しかないという状況らしくてですね」

「あ、そうなの? どうぞー」

「!!! 駄目!」



 ボクの隣の窓際席しか空いてないとの事なので少し間山さんの方に詰めて隣を空けたら間山さんが目をかっぴらいて垣田くんを睨んだ。



「バカ猿垣田! お前っ、星宮の隣に座ってエロい事するつもりだろ!!」

「し、しないわ! 星宮さんに手を出したらお前に殺されんじゃん! 不発弾に誰が手ぇ出すかっての!」

「ボク不発弾って呼ばれてるの……?」

「星宮に失礼な事言ってんじゃねえよ童貞ちんこ脳エロ猿男!!!」

「星宮さんがどうとかじゃなくてお前が近くにいるからそう呼んでんの!」

「まあまあ、いいじゃない。あんまり意地悪言うと可哀想だよ間山さん。ほら、座っていいよ垣田くん」

「やっぱり天使なんだよなぁ星宮さんは……」

「星宮!? 駄目だよコイツは! 星宮は気付いてないだろうけどいっつもコイツ女子のスカート覗き見てんだから!! あたしらにはしないけど、未だにスカート捲りしてるに違いないよ!!」

「してねぇって! 初日にお前らにボコされて以降そういうのはっ」

「少し前に私、スカート捲られましたよ?」

「……」

「語るに落ちてんじゃん嘘つき猿!!!」

「ま、まあ。椅子に座ってる以上スカートを捲られる心配もないしさ。他のみんなも巻き込んで時間使わせてるんだしここは仕方なくって事で。ね? 間山さん」

「で、でもっ、星宮ぁ!」

「星宮さんが良いって言ってるからいいだろー! 隣失礼します!」

「はーい」



 プンスコしている間山さんを避けるように距離を空けながら慎重にボクの前を通り垣田くんが隣に腰を下ろす。間山さんはまだ何か言いたげだったけど、先生が喋り出しそうな雰囲気を出したので慌てて彼女の口を手で塞ぎ半ば強引に黙らせる。



 バスが発進し、20分頃になって与能本さんが寝息を立てて速攻眠りに落ちたので間山さんと冷泉さんと雑談を始める。冷泉さんはオシャレさんだから、話す内容はメイクの話とか服の話とかでボクらが話す分には退屈が紛れて丁度良かった。


 けど、隣に座ってる垣田くんは退屈そうにスマホをいじっている。うーん、折角の校外学習なのにこれじゃ可哀想だよなぁ。なんていうか、ボクらだけ楽しんでて彼が楽しめなかったら不公平だな。何か話しかけてみようか。



「ねーねー垣田くん」

「ん、なん」「なんでそこのバカ猿なんかに話しかけるのよ星宮」

「間山さん。何もされてないのにバカ猿呼ばわりはいくらなんでも酷いよ」

「だって……!」

「ごめんね垣田くん。えーっと、女の子しか居ないと退屈だよね……?」

「あ、えっと……まあ。星宮さんとも冷泉さんともあんま話したことないんで。退屈っちゃ退屈ですね」

「なんであたしを飛ばした?」

「間山さんは怖いんであんま交流したくないっす……」

「喧嘩売ってんの?」

「売ってないでしょ。すーぐプンスコするんだから……」

「確かにあまり会話した事ありませんでしたね。初めまして垣田さん、冷泉と申します」

「初めましてではないっすよ冷泉さん」

「ふふっ、そうですね。話したことは無いけどスカートは捲られましたし」

「! あ、あの時はまじですいませんした!」



 垣田くんが勢いよく頭を下げて冷泉さんに謝罪した。ボクと間山さんは初日に謝られてるからそこはいいとして、冷泉さんの方を向きながら頭を下げるとボクの膝に顔が近くなるから恥ずかしいので早く顔を上げてほしい。



「私は気にしてませんし謝らなくても大丈夫ですよ。頭をおあげください垣田さん」

「! 冷泉さんも天使の系譜か……!」

「あんたね。許してくれる女子に見境なく天使天使って言って回るのキモいからやめたら? まじ引くんですけど」

「あはは、確かに。気安く天使とか言われても反応に困るしね」

「いやー。間山さんが苛烈な分やっぱ他の女子の優しさは際立つんで……」

「あたしが悪いって言いたいのかよ」

「もう少し優しくしてくれると嬉しいなって」

「あたしは優しいよ? その証拠にお前、まだ生きてんじゃん」

「怖いって。優しいフェーズが過ぎたら殺されるって宣言じゃないですか今の。勘弁してくださいよ……」

「お前が女子に変なことしてるのが悪いんだろ。前から思ってたんだけど、なんで女子のスカート捲ったりするわけ? 小学生じゃあるまいし、そのノリ寒いよ? 普通に」



 それは確かに。小学生の頃ならまだギリ理解出来るけど、中学生にもなって女子を困らせてる男子って痛いよな〜ってボクも思う。他の男子は良くも悪くも一定の距離を保ってくれるから、余計に垣田くんの存在が悪目立ちするんだよな。なんでスカート捲りなんかしてるんだろ?



「あ、あれはー……」



 垣田くんは何故かボクらから1度視線を外し、バスの前の方に目をやった。何かを確認するかのようにキョロキョロと眼球を動かした後、少し間を置いてボクらに視線を戻した。



「……へへっ」

「え、なんで笑った? きもっ」



 誤魔化すように控えめに笑った垣田くんに対し間山さんが本気で気持ち悪がるような声音で罵倒した。


 うーん、ボクらに向けた行動だけ見れば確かに気持ち悪い変人としか捉えられないけど、今明らかに誰かの視線を気にして会話の流れを誤魔化してたよね? なにやら裏の事情がありげだけど、真相は果たして。


 あ、それはそれとして思い出した。垣田くん、冷泉さんが際どい下着を履いてる日にスカート捲りをしたんじゃなかったっけ。何かしら事情があるのは伺い知れるけど、それはそれとして処刑しないといけないんだった!



「垣田くん垣田くん」

「は、はい。なんでしょうか」

「今からボクは垣田くんに暴力を振るわなければならないんだけれど。ぐーがいい? ぱーがいい?」

「えっ!? なにゆえそんな急に!? 俺なんかしましたっけ!」

「なに? 星宮、なんかされたの? シャーペン出すわ」

「刺突は流石にまずいからやめようね間山さん。冷泉さんの件だよ。ボクら、垣田くんを処刑しないとじゃん?」

「処刑!?」

「あぁ、あの日の事か」

「!? あー! そ、そういえばあの日……か、垣田さんっ!」



 珍しく冷泉さんが取り乱した様子で身を乗り出して垣田くんの方に顔を寄せる。垣田くんは動揺した様子で「な、なんでしょうか!?」と上半身を後ろに引きつつ応対した。



「あのっ! あの日、わ、私のショーツ、見てしまったのでしょうか!?」

「しょ、しょーつ? ってなんすか」

「パンツの事だよ垣田くん」

「パンツ……み、見ましたね。捲っちゃったんで」

「〜〜〜っ!! おふたりとも、お願いします!」

「じゃああたしはグーで殴るわ」

「ならボクはパーだね」

「ぶえっ!?」



 垣田くんの腹に間山さんの拳が刺さり、ボクは手のひらで思い切り垣田くんの顔を押した。垣田くんはバスの壁に頭をぶつけ悶絶する。



「こらー。後ろの女子、なにしてるの。男子いじめはやめなさーい」



 前の方の席から担任の先生に注意される。口だけごめんなさーいと言いつつ、頭を抱えている垣田くんに話しかける。



「どう垣田くん。忘れられた? 冷泉さんのスカート捲った日の記憶」

「えぇ……? そんな物理的なアクションで記憶喪失ってなるもんなんですかね……?」

「忘れるまで殴る事になってるんだけど、それは覚てるっていう事でおっけ?」

「忘れました! 女子のスカートをめくるとかまじ有り得ないですよね! そんな事する奴がいるだなんて信じられないなぁ!?」

「張本人が何を言うか。どう、冷泉。許せる?」

「許してるけど、出来ればしっかり忘れてほしいです……」

「そっか。残念、ほら垣田。姿勢直して、もう1発行くよ」

「なんで!? 忘れましたって! ほんっとーにすいませんでした冷泉さん! 許してください! 勘弁してください!」



 必死に頭を何度も下げる垣田くん。水飲み鳥みたいで面白い。



「! お前謝るフリして星宮の匂い嗅いでるだろ! どこ嗅いでんだよ変態!!」

「ぐほぁっ!?」

「にょわっ!?」



 意味の分からない所で怒りのゲージをMAXまで引き上げた間山さんが頭を下げている垣田くんの後頭部をぶっ叩く。うん、その角度で叩かれたらボクの膝に垣田くんの頭が降ってくるのは当たり前だよね。変な声上げちゃったじゃんか。



「痛そう。大丈夫? 垣田くん」

「っ! すいませんっ!」

「?」



 ぶん殴られた垣田くんの後頭部をさすってあげたら彼はバッと上体を上げて壁際に身を寄せて謝ってきた。どうしたんだろ? 



「あ、あたしですら星宮に膝枕なんてされた事ないのに……殺してやる。殺してやるぞ垣田……!!」

「!? りっ、理不尽だろそれは!? 俺だって別に望んでこうなったわけじゃないんですけど!?」

「膝枕て。別にしてほしいなら言ってくれればいいのに」

「!? いいんすか!?」

「いや垣田くんじゃなくて。どう考えても違うでしょうよ」

「やっぱり殺す。星宮、邪魔しないで。星宮! 退いて!」



 シャーペンを持ち出してガチで刺そうとする間山さんから垣田くんをガードする。こんな所で流血沙汰になんてなったら大事だ、バスを降ろされてそのまま警察まで直行する羽目になってしまう。とりあえず間山さんが落ち着くまで垣田くんを庇わないとだ!




 *




「すー……すー……」



 つい今しがた俺の命を狙っていた間山さんが星宮さんの膝を枕にして静かに寝息を立てている。通路から思い切り見える位置だってのによくそんな事が出来るもんだと感心する。ホント、この二人のニコイチ感はなんなんだろうな。



「やっと落ち着きましたね」

「だね。ごめんね、垣田くん」

「えっ?」

「怖かったでしょ? 間山さん、怒ったら平気で手を出すからさ。ガチの殺意を向けられたの初めてじゃない?」

「ガチだったんだ。こわぁ……」



 星宮さんが自分の膝で眠っている間山さんの髪を退かして頬を指でくすぐるように優しく撫でる。……百合って言うんだっけ、こういうの。なんか見てるだけなのにドキドキするな……。


 先程女子達から『何故スカートを捲るのか』と質問を投げられたけど、俺はその問いに対して正直な答えを返せなかった。


 いじめられている、その一環で女子のスカートを捲らされている、なんて、言った所で本人達はきっと信じないし俺をいじめている谷岡や奴の取り巻きの耳に入るかもしれないと考えたら正直に答えられなかった。



「口を開かなければ可愛いのに、勿体ないなぁ」

「そんな事ありませんよ。間山さんはいつだってとっても可愛い女の子です!」

「あはは。そうだね。怒らなければねぇ〜」



 星宮さんと冷泉さんが穏やかな声音で会話をしている。星宮、間山、冷泉、与能本はうちのクラスで特に目立つ女子4人組であり、全員が美形で性格が全員別系統なのに仲良くしてるからってんで男女共に人気がある人達だった。


 俺をいじめている連中もこの4人に対しては友好的で、特に谷岡は星宮さんの事が好きだと公言している。告白まで行っていると聞いたが、星宮さんは明確な答えを出さないし聞き出そうとしたら間山さんが妨害してくるってんで谷岡はこの4人に対して少しずつフラストレーションを溜めている。


 初日にスカートを覗いたのは美人二人の反応を見てみたいって理由で転ばされたのがきっかけだったが、それ以降の冷泉さんや与能本さんに対するセクハラは完全に谷岡の憂さ晴らしだ。

 自分の存在を蔑ろにされてるのが許せないから彼女らを困らせてやろう、どうせそんな事を考えているのだろう。


 そんな具合に、奴らの尖兵として扱われている身の上だからこの4人と一緒の席に座るのは気が引けた。バスに乗る前にもどうにか誰かと席交換出来ないか担任に言ってみたのだが、谷岡が『ワガママ言うんじゃねえよ』などと言い出すせいでこの席に座ることになってしまった。


 はあ、男子と女子の板挟みで気が重い……。



「垣田さんって何部なんですか?」



 星宮さんと冷泉さんが話しているので窓の外をボーッと眺めていたら冷泉さんから話しかけられた。彼女の方を向こうとして体の角度を向けたら俺の膝が眠っている間山さんの頭にコツンと当たった。起きるか!? ……起きないか、よかった。



「俺は部活には所属してないよ。入ってすぐに辞めた」

「あら、そうなのですか? 毎朝登校すると一番に垣田さんの靴が靴箱にあったので、部活に所属してるのかと思っていました」



 それは、前日の帰りに谷岡とかが俺の机の中に詰めたゴミとかを片す為に早めに登校しているだけだ。早朝に学校に来てるの、気付いてる人いたんだな……。



「じゃあなんで早くに来てるの? 家が近いとか?」

「……まあ、そんな感じっす」

「へぇー」



 嘘だ。全然近くない、なんならギリ隣の中学の学区に食い込見そうな位置に俺の家がある。通学時間も自転車で30分オーバーだし、特徴的な鳴き声の鳥が鳴いている時間帯から家を出て学校に向かっている。



「垣田くんって谷岡くんと仲が良いよね?」

「っ」



 星宮さんの口から出てきた言葉に背筋がビクつく。谷岡と仲良い、傍からはそういう風に見えているのか。当人からしたら奴隷扱いもいい所だってのに……。



「ボクさ、前に彼から告白……されたんだけど。あんまり彼の事知らないからさ。垣田くんにとって谷岡くんって、どんな人なの?」

「……」



 どんな人って。格闘家の真似して腹に連続ラッシュを叩き込んできたり、シャーペンやシャー芯を借りパクされてそれを言及したら鼻をつまんできたり、親の財布から金抜いて持って来いって言ってきたり、そんな感じの人だよ。なんて、言えるわけない。星宮さんにそれを伝えたら、きっと谷岡本人にも伝わるだろうし。



「垣田くん?」

「……」

「おーい」

「……っ、あ。ごめん、なんのはなっ……!?」



 頭の中で谷岡に対する愚痴を吐いていたら横から学ランの袖をちょいちょいと引っ張られた。考え事をしていたせいで周りの音が入ってきていなかったことに気付きそちらに顔を向けたら星宮さんの顔がすぐ近くにあって驚いた。


 まつ毛、ながっ! パッチリとした目が俺を至近距離から怪訝そうに覗いていて心臓が止まりかけた。あ、改めて見ると本当に可愛いなこの人っ!? そりゃ谷岡も出会って早々に惚れるわけだわ……!



「大丈夫?」

「? どうしたんです?」



 星宮さんの後ろから冷泉さんもこちらのやり取りに気付き顔を覗かせる。

 普段接する女子の顔に慣れているせいで、この美形二人にジーッと見つめられて変に照れてしまう。視線を少し下げたら星宮さんの胸の膨らみが視界に飛び込んでくるので、更に視線を下に移動させたら膝枕の上でスヤスヤ眠っている間山さんの顔が映った。


 ……間山さんも美人なんだよな。普段は喚き散らしてるせいでその印象も薄れてたけど、安心しきって子供みたいな顔で寝ている間山さんの顔を見ると変な気持ちが湧いてくるのでいっその事俺は目をぎゅっと瞑った。



「どうしたの? 目にゴミでも入った?」

「そ、そんな所です! お気になさらず」

「えー? 垣田くん」



 星宮さんが俺の腕を引き、それに従っていたら顔を前に突き出すような姿勢になった。なんだ?



「目ぇ開けてみ」

「? わかりまし……っ!?」



 目を開けたらまたしてもすぐ近くに星宮さんの顔があった。それプラス冷泉さんも身を乗り出してこちらに顔を近づけている。同級生の女子二人がすぐ近くまで顔を近付けている状況が理解できなくて俺は再び目を瞑る。



「瞑ったらゴミの位置わかんないよ」

「じ、自分で取るんで!」

「ゴシゴシしたら眼球が傷ついてしまいますよ。私達に任せてください。ほら、目を開けて」

「そんな事言われても……」



 二人の声がすぐ前から聴こえてくる。どうやら俺の目のゴミを取る気満々でやる気に満ち溢れているらしい。


 渋々目を開ける。やはり二人の顔が視界に移る。二人とも俺の眼球を覗き込んでくるからどこに焦点を合わせたらいいのか分からなくて変な汗が出てくる。おわっ!? 眠っている間山さんの生暖かい吐息が手首にかかった!? スカート捲りなんかよりずっと際どい状況になってしまってる!!!?!?



「見える? 冷泉さん」

「見えないです。んー……垣田さん、もう少しこっちに顔を近づけてくれません?」

「こ、これ以上はっ、星宮さんの足に手が当たってしまいます!」

「いいよ」

「いいんすか!?」

「? 足でしょ? 別にいいよ。あ、でも間山さんの胸に触ったら怒るからね」

「じゃあ触るかもしれないんで近付けられないっす!」

「うーん。じゃあ私が近付いてみますね。よいしょ」



 そうなるのか!? 冷泉さんはさらに体を前傾姿勢にして俺の方に顔を近づける。ち、近い近い! 女子のいい匂いがもうダイレクトに鼻に入ってくるくらい近い! これ傍から見たらキスする寸前みたいになってない!? 絶対なってるよなこれ!



「あっ」



 椅子に置いていた冷泉さんの手が滑り、徐々に顔を近づけていた冷泉さんの顔が俺の顔の方に急接近する。


 ゴツンっと言う音が鳴り、俺の口に冷泉さんのデコが当たる。いったぁ!? 激痛が口に走って顔を引く。



「きゃあっ!?」

「ふぎゅっ!? なになに!? んぇ? 冷泉……?」

「おもーい!」



 俺の口をデコで打ち抜いた後も冷泉さんの勢いは留まることを知らず、彼女はそのまま眠っていた間山さんの上に胴体を落下させた。急に自分の上に人が降ってきたことで驚いて眠りから冷めた間山さんがギョッとした目で冷泉さんを見て、女子二人分の重みを受けた星宮さんが悲鳴をあげる。



「なーにやってるのよ君たちは……」



 担任が再び俺達の座る座席に目を向けて呆れたような声を上げる。女子三人の崩れたドミノを見て悩ましげにため息を吐いていた。三人は今だに思い思いのセリフを言っており、互いに人の話を聞いていなかった。愉快な人達だなぁ……。



「……んっ。もう着いたぁ? ……? 何やってるのか知らんけど、とりあえずウチもどーん」

「きゃあ!」

「なんで与能本も乗るのよ!?」

「重いってー! 潰れちゃうってー!」



 しばらくの間眠っていた与能本さんも起きて早々姦し山に飛び込むように乗っかり、三者三様の悲鳴をあげる。特に一番下に膝を置いている星宮さんが一番悲痛な叫びを上げていた。上二人は楽しそうに笑っていて中々降りようとしない。こりゃ、降りる頃には足が痺れてまともに動けないだろうな星宮さん……。



「垣田くん! 見てないで助けて! この人達降ろしてよ!」

「その状態の女子に触ると変な所に手を置いてしまいそうなんで……」

「いいよ、許す! ボクが許可する! だから退かして! 助けてぇ!」

「触るなよエロ猿。触ったら殺すからね」

「あ、すまん星宮さん。たった今触れなくなりました。諦めて」

「間山さんんんっ!!」



 必死な顔で助けを求める星宮さんから目を逸らし、俺はポケットを漁ってイヤホンを出し耳にはめた。


 さて、到着するまで音楽でも聴きながら優雅な時間を過ごそうか。隣から何度もボクの肩を殴りつけている何者かがいるが、きっと気の所為だろう。ボクは一人席に座っている、そのマインド大事。



 今日の出来事、刺激がやばかったな。視覚的にも嗅覚的にも青少年には刺激が強すぎる出来事が目白押しだった。最初は女子4人と同席するだなんてどんな災難だ、しかもよりによってこの人達かって思ってたけど、終わりよければすべてよしだな。


 ……てか、有耶無耶になったけど冷泉さんのデコにキスしちゃったんだよな俺。思い切り唇に頭突きされる形になったし。

 その事実に冷泉さんが気付かないように願おう。もしバレたら多分今度こそガチで殺される可能性高いもんね。どうか本人にバレて処刑とやらが決行されませんように。

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