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22話『中学生になった』

 海原くんとお別れをしてから、世界から色が失われた。


 彼からは散々嫌がらせを受けたり身に覚えのない噂を流されたりもしたけど、なんだかんだで最後にはボクと再び繋がりを持とうとしてくれたのに対し、ボクも少しずつ心を開いていた。でも、家で起こっている事を口にした瞬間、海原くんはボクを拒絶してしまった。


 ……小学生が、そういう事をしていたら気持ち悪く思うのが普通だ。海原くんは何も間違っていない。彼が間違ってないからこそ、自分がこの世界の異物のように思えて仕方なかった。


 その出来事はボクの心に大きなトラウマを残したようで、この所ストレスの影響か体調を崩しやすくなった。何も無いタイミングで吐き気を催すようになったし、生理も長らく来ていない。


 生理が来なくなったのは楽だからいいけど、この吐き気はいつになったら収まるのだろうか。もしかしたら永遠に付きまとってくるのだろうか、それは嫌だ。億劫な気分になる。



「やっぱりスカートなんだ……」



 父さんが用意してくれた中学の制服に袖を通し、鏡に映る自分を見る。元々男だったっていう面影もない、女の子らしい服装に身を包んだ顔だけ可愛らしい少女がそこにはいた。


 ……この姿が自分だなんて信じられない。伸ばしっぱなしの長い髪がボクの憂鬱を表してるように見える。胸も成長してその存在を布越しに主張してくるし、もう男の頃には戻れないんだなぁってマイナスの感嘆が口からこぼれた。



「はぁ……」

「お。おはよう、憂」

「おはよー。……ねえ父さん」

「うん?」

「変じゃない? ボクの格好」

「んー……女の子だなぁって感じ。別に変じゃないぞ」

「はぁ。自分の心と外見の乖離に吐きそうになるよ……」

「なっちまったものはしょうがないんだ。受け入れなさい、体の変化には逆らいようがないだろ」

「他人事だと思って軽く言うなぁ」



 父さんとの関係性は相変わらず良好だけれども、気安くなったぶん父さんから無神経な発言をされることが増えて苛立つ事が増した。というか、息子(むすめ)に性的な事をしてくる時点でよく思わないのは当たり前なんだけどね。


 ただ、ボクを嬲るようになってから父さんは酒を飲む頻度が少し減った気がする。元々ストレスが原因で酒に逃げていたから、そういう事をしてストレスを発散できるおかげでアルコールで頭を馬鹿にする必要性も薄くなったんだと思う。


 父さんに身を捧げて鎮めるか、父さんに酒を与えて何をするか分からない爆弾にするかの二択しかないって考えると、どうにも親ガチャ大失敗だなぁって思いが膨れ上がってくる。相手からしたら子ガチャ大失敗の大破産扱いしてるだろうし、そんな文句は言わないけどさ。



「朝飯は食わないのか?」

「いい。今日は食欲ない」

「そうか。まっ、今日から中学生なんだし心機一転で頑張れよー」

「はーい」



 ソファに寝転がってテレビを眺めながら言う父さんに軽く返事をし家を出る。仕事の開始が昼前だからって毎日父さんと顔を合わせるのもちょっと億劫なんだよなぁ。


 現場先で泊まりになる日なんて台風の時期か本当に時々あるくらいだし、いっその事村の外まで仕事しに行ってくれないだろうか。どんな理由でもいいから家を空けてほしい、父さんがいると他所の大人も家に来るから居心地悪いんだよな。


 歩き慣れた道を途中まで行き、駄菓子屋の方向で左折する。ボクが通う中学校は小学校とは方向が異なるから家が近所だった人達以外とは鉢合わせないけど、海原くんや間山さん辺りとはばったり出会ってもおかしくないので緊張する。



「あ、星宮……」



 予想していた通り、駄菓子屋の前まで来たところでボクと同じ制服を着た間山さんと遭遇した。


 ていうか彼女と会うの結構久しぶりだな。間山さん、学校に行く前に家に引き返していったっきり一度も学校に顔を出さなかったし。……いや、卒業式の日は居たっけな? 誰とも話さないようにしてたからよく覚えてないや。



「おはよう、間山さん」

「お、おはよ。……やっぱ女子の制服なんだ」

「ね。男子のやつ着たかったけど、服屋さん行ったら店主さんが何も言わずにこの制服出してきてさ。そんな感じだからこっちも何も言えないよね〜」

「そうなんだ」



 極力自然体で話すようにしているけど、間山さんの方はどこか歯切れが悪い。ボクに対して何か出来ることがあったかもしれない、なんて事を言ってた気がするけどまだそんな事気にしてるのかな? 何の関係もないのに負い目を感じさせてるんだとしら申し訳ない気持ちになるなぁ……。



「……てかこの制服、スカート短いよね。普通こんなもんなの?」

「えっ。ど、どうだろ。短いかな。膝は隠れてるよ?」

「風が吹いたらパンツ見えちゃわない?」

「見えるかもだけど……」

「もっとこう、くるぶし辺りまで長さがあるなら分かるけどさー。この長さを強制してくるのって、なんか、変な事考えてそうだよねー学校の人達」

「くるぶし辺りって。昭和のヤンキーじゃんそれは」

「そうなの? んー、普通の感性でこの長さなのだとしたら女の子って結構、露出? が好きな感じなのかなって邪推しちゃうけど」

「別にそこまで深く考えてないでしょ……」

「深く考えた方がいいよ絶対! こんなのすぐパンツ見えちゃうもん! てかズボンを履かせないのは絶対おかしい!」

「下に履いてくればいいじゃん」

「校則違反でしょそれは」

「そうだっけ? あんまり校則ちゃんと覚えてないけど……プリントにそんな事書かれてあったっけ?」

「制服の指定の所に書いてあったと思うよ」

「へぇ」



 間違いない、スカートの長さの指定と中に何も履いちゃダメってのは書いてあったはずだ。そのプリントを読んでわざわざ髪も結んでポニーテールにしたんだもん。自分で髪結ぶの難しくて苦労したよ、テキトーにやったら変な感じに髪の毛が膨らんじゃうし……。



「あとなんかブラジャーの色に指定があった気がする。変だよねー」

「そんな指定あるの?」

「うん。出来るだけ薄い色の物を身につけることって書いてあったよ! 白が好ましい、黒はダメー、みたいな」

「黒はダメなの……? なんでなんだろ」

「さあ? 靴下とか靴の色に合わせてるんじゃない? ブラジャーの指定はあるくせにパンツの色の指定がなかったのは謎だけどね」

「中学校って服装の検査とかあるらしいよね。見られるのかな……?」

「えっ。ブラとか?」

「うん。指定があるってことはそういう事じゃないの?」

「うわっ、なんか気持ち悪い……先生の前で制服脱いだりするのかなぁ」

「じゃなきゃ確認できなくない?」

「うぇー……なんか初日なのに学校行きたくなくなってきた」

「いくら閉塞的な村とはいえ、そんなよっぽど変な事なんてされないでしょ」

「信用出来ないよー。この村の大人達、変な人ばっかだもん」

「……」

「あっ」



 しまった、今のは失言だ。間山さん、ボクが大人とそういう事をしてるってもう知ってるんだった。嫌な事を思い出させちゃったかも、話を逸らさないと……。



「ま、間山さんは休んでる間何してたのっ?」

「あたし? あたし、は…………ちょっとだけ絵の練習とかしてた」

「! 本当に!? 見たい見たい!」

「み、見せれるほど上手くないよ! 教えてくれる人がいないから色々調べながらペンをガリガリしてるけど、一向に何も変わらないというか……」

「最初は永遠によく分からない絵しか描けないよね〜。でもね? ずっと練習してたら急にがががって描きたいイメージに具体性が増して、自分でも分かるくらい上達したな〜って瞬間が来るんだよ! 絵の成長のグラフは急に跳ね上がるんだよ!!」

「そんなもんなの?」

「そんなもんなの!」

「へぇ〜。毎日描いてはいるけど、そんな様子は全然無いけどな……」

「毎日練習してるの? すごいじゃん!」

「っ、や、やること無かったから! それだけだから。別に真剣に漫画家とかになりたいとか、そういうんじゃないからね……?」

「わ、漫画家かぁ。いーなぁ! 間山さんが描いた漫画とか読んでみたい!」

「なりたいわけじゃないって言ったばっかでしょ今!!」

「えー? 目指そうよー漫画家! ボクアシスタントするよ!」

「逆だろ普通に! 絵の上手さ的にどう考えても星宮が漫画家なるべきでしょ!」

「そんな事ないよ。ボクは最近めっきり絵を描かなくなったし、間山さんに追い抜かれていても何もおかしくないと思うな」

「描いてないの? そんなに熱く語れるのに」

「あはは。まあ、時間があんまりね〜」



 また失言しそうになったのでそれとなく時間を理由に誤魔化しておいた。家に来る大人が酒である程度酔うまでは家に帰りたくなくて外で時間潰して、大人に使われて、それからご飯食べて、また何かしらされてって生活の繰り返しだから自分の趣味に割けることなんてあまりないんだよね……。


 あんまり乱暴されるのも嫌だから大人がやる遊び、麻雀とかトランプのゲームとかも覚えて、半ば接待する感じで遊んでいるのもある。ボクに乱暴する時は決まって退屈してる時だから、みんなを楽しませればボクの負担も減る。給仕の真似事をして自衛しなければならないし、みんなが酔い潰れて眠る頃には深夜を回ってるから自分の時間なんてほとんどない。


 父さんは毎回早々に酔い潰れて寝ちゃうから使い物にならないし、そのせいで割を食ってる部分もあるんだよな。まあそのおかげで父さんは最近早寝早起きが出来て健康的な生活を送れているからいいんだけど、自分もいい歳したおじさんなんだから少しくらいおじさん達への接待に加わってほしいものだ。



「……じゃあ、星宮はドラマやアニメも最近はあまり見てない感じ?」

「見れてないなー。父さんと二人暮らしだからさ、家事とかやってたら時間無くなっちゃう」

「そっか。……そういうの、普通は親に全部やらせてればいいと思うけど」

「間山さんちは全部おばちゃんがやってくれてるの?」

「うん。手伝おうとしても『いいからくつろいでなさい』って言われる」

「あはは。イメージ湧くな。駄菓子屋のおばちゃん、なんでも自分でやってあげたいって思いながら行動してそうだもん」

「実際そうだよ。風邪引いた時もご飯自分で作ろうとしたし。その時は流石に怒って無理やり寝かせたけどさ」

「間山さんって料理作れるの?」

「…………目玉焼きくらいなら」

「美味しいよね目玉焼き! 何つける派?」

「マヨネーズ」

「マヨネッ、マヨネーズ!?」

「なに。変?」

「い、いやぁ〜」



 どうだろう。分からない。マヨネーズを目玉焼きにつけて食べたことないから……。でも変っていうのも押し付けだし良くないよね。うーん、ここは答えを控えさせてもらおうかな。



「……変?」

「変じゃないと思います」

「だよね。美味しいよね、マヨネーズ」

「美味しいね」

「ご飯にもマヨネーズかける。ふりかけ無くなった時とか」

「……」

「美味しいよね、マヨネーズ」

「美味しいね」



 かけないから知りません。でもきっと美味しいのだろう、美味しいからこんなに圧を出してくるんだろうし。うん。ボクは真似したくないけど。



「味噌汁には入れるよね」

「みそしっ、え?」

「美味しいよね?」

「……美味しいと思います」

「美味しいんだよ」

「美味しい! 美味しいね間違いない!!」



 怖い怖い怖い怖い。ちょっとそれはどうだろうって思いかけた瞬間に腕をギュッて握られた。生殺与奪の権握られた。一歩間違えたらそのまま腕を持っていかれてたに違いない。どんだけ過激派なのさ間山さんっ!



「星宮は目玉焼きになにかけるの?」

「え? ボクは醤油か塩かな。無難に美味しいし」

「へー。そっちなのね。ご飯は?」

「……ふりかけ?」

「それは当たり前じゃん。ふりかけがない時とかはなにかけるの」

「別に何もかけないよ。おかずと一緒に食べる」

「それも当たり前じゃん。米だけで食べる時の事を聞いてるんだけど」

「えぇ…………白米そのまんま食べるかな」

「えぇ!? そのまま!? 変わってるー!!!」



 変わってないよ。いるでしょ別に、白米そのまま食べる人も。美味しいじゃんか、炊きたてのお米。



「味噌汁にはなにかけるの!」

「……」

「星宮?」

「……なにも、かけない」

「変わってるー!!!」



 変わってないって。味噌汁に関しては味噌汁でもう完成されてるじゃん。味噌があるじゃん。味噌自体が調味料じゃん。なんでそこに何かを足すのさ。



「えっ。じゃあ星宮は豚汁に柚子胡椒とか入れないわけ?」

「柚子胡椒??? ……えーっと、そういう食べ方があるの? この地域だと珍しいよね。てか七味じゃなく?」

「七味でもいいけど」

「ボクは七味もかけないよ」

「えぇ!? 豚汁にすらなにもかけないの!?」

「はい……」

「うどんにもかけないの!?」

「うどんは七味かけるけど……」

「じゃあなんで豚汁にはかけないの!?」

「同一視されてるの? うどんと豚汁は」

「そういう事じゃなくて! なんか、これにこれをかけるのは必須ってものが世の中にはあるじゃん!」

「すき焼きに溶き卵みたいな?」

「え??? すき焼きにはマヨネーズだよ」



 分からない分からない。人の趣味趣向を否定するのはしたくないけど、絶対にそれはおかしいって。見た事ないよ、すき焼きが並んだ食卓にマヨネーズがでーんって置いてある所なんか。



「間山さんって、他にはどんなものにマヨネーズをかけるの?」

「基本なんにでもかけるよ? きゅうりとかトマトとかナスは苦手だけどかけたら食べられるし、唐揚げとかハンバーグとかカレーとか、炊き込みご飯にもかけるし、ワカメスープとは相性抜群だからどっさりかけるでしょ? ラーメン全種類当たり前だし、そばにもうどんにも、そうめんにもかけるかな。あ! これは我が家秘伝なんだけど、プリンにマヨネーズかけて混ぜてジュースみたいに飲むとめっちゃ」

「美味しそうだなー! ぜーんぶ美味しそう!!」



 吐きそうになったので強引に話を止めさせる。前半の野菜と、あと唐揚げとかも理解はできるなって思ったんだけどさ、頼りすぎだよマヨネーズに。ほとんどマヨネーズの味に侵食されてるでしょそのラインナップ。あと最後のやつはなに? プリンにマヨネーズをかけて混ぜて飲むってなに? グロいって、否定はしないけどグロすぎるってそれは。



「む。星宮はマヨネーズ嫌いなわけ?」

「き、嫌いってわけじゃないけど……」

「じゃあ何にかけるのよ」

「……きゅうりとか?」

「うんうん」

「………………お好み焼きとか」

「それは元からかかってるでしょ。あ、追いでってことか。うちと一緒だ」



 元からはかかってないよ。追いでってなにさ。間山さんの口ぶりから察するに、多分お好み焼きの上にマヨネーズで山でも作り上げるんだろうけどさ。



「あとたこ焼きとか」

「それも元からかかってる……あ〜、追いか! ごめんごめん、当たり前の事を言うからついつい反応しちゃうわ」



 元からはかかってないんだよ。後からかけてるんだよソースとマヨネーズ。焼き上がりと同時にたこ焼きの表面にマヨネーズが発生するとでも思っているのだろうか。追いという概念も全く理解できないし。



「他は?」

「……茹でたブロッコリーとかアスパラとか」

「うんうん」

「……」

「……他は?」

「……」

「他は?」

「っ。あー、えーと、あー! あ、あー、明太子っ! 明太子ほぐして明太マヨにしてパスタとかっ」

「あー明太子美味しいよね〜。焼き明太子にマヨネーズかけてかぶりつくのもいいし、ご飯のマヨネーズホールに明太子絞って食べるのもいい〜!」



 なあにマヨネーズホールって。ボクの知らない単語が出てきたぞお。



「でもピリ辛が足されるのは良いけどマヨネーズの風味を楽しみたいからなぁ。たまの気分転換にしか明太子はつけないかな」

「マヨネーズの風味」

「マヨネーズは何にでも合うからね〜。どの食材も引き立ててくれるMVPだよ。主食よね。白米の代わりにマヨネーズを採用してもいいと思う、日本は」



 大きく出たなあ。狂信者って呼ぶんだっけな、こういう人の事。あいにくボクはそこまでマヨネーズに狂った事がないからまるで分からないや。


 地動説とか万有引力を疑ってた人達って今のボクと同じ気持ちだったのかな。そのくらいの心持ちでいないと失礼だよな、だってボクマヨネーズの味自体あんまり覚えてないし。頭ごなしに否定するのは良くないもんね。



「間山さんはマヨラーと……」

「!!! 今なんて言った星宮!」

「あれっ、聴こえてた!? おかしいな、考えてる事がいつの間にか口に……!?」

「星宮もマヨラーって言うんだ! おかしいでしょ! みんな醤油とか塩とか使うくせにショユラーとかシオラーって言われないのに! なんでマヨネーズだけ変な奴扱いなのよ!!!」

「へ、変な奴とは思わないよ? いいと思う、ボクは」

「その気を使う感じの目! 思ってる事を言いなさいよ!!」

「なんにでもマヨネーズをかけるのは流石に変だと思います」

「なんだとー!」



 怒るじゃん。思ってる事を言ったら激怒(げきおこ)りするんじゃん。理不尽だよ。とりあえず命乞いをすればいいのかな。



「あ、間山さん。学校見えてきたよ」

「でっ、でもフルーツは全般マヨネーズスープにつけて食べるよね!? そこだけは確かめさせてっ」

「うんやめてね。新1年生はこっちかな……?」

「ちょっと! なんであしらうのよ! ねえ!」



 なるほどなるほど、直接教室に行くんじゃなくてピロティなる所に集まると。ピロティってなんだろ? どういう意味なんだろうね。


 集合場所とされる所で偉そうな先生のありがたいそこそこ長いお話を聞いた後、渡されたプリントに自分の名前と共にクラス情報が記載されていた。ふむ、ボクは1組らしい。



「星宮は何組だったの」



 ピロティに来てから別の女友達と話に行っていた間山さんが再びボクを発見し小走りでこっちにやってきてクラスを聞いてきた。


 わっ、人でギューギュー詰めなせいで誰かに背中を押されて間山さんの胸に腕が当たってしまった。……間山さん、しばらく見ない間に胸大きくなったなぁ!? 顔に出さないようにしないとっ。



「ボ、ボクは1組だったよ!」

「あたしも1組! 同じだね!」

「わわっ!?」



 組が一緒って分かった瞬間に間山さんの顔がパーッて明るくなって、かと思えば急に彼女が抱き着いてきたからその大きな胸がボクの胸に押し付けられる。中学生になるからって余程テンションが上がってるみたいだ。うーん、胸が……ボクの意識は胸にしかいかない。胸がぁ……。



「ちなみに海原は3組、伊藤も3組! 小6の時同じクラスだった人で1組の人全然居ないんだよ!」

「そうなの? すごい確率だね」

「やったね星宮!」

「やったね???」



 嬉しいの? ボクにとっては確かに嫌がらせをしてきた人達が居ないのは喜ばしい事かもしれないけど、間山さんも裏で何かされてたのかな?



「うわっ、すげえ。巨乳と巨乳が抱き合ってる……」

「!? ま、間山さんっ!」

「なによ?」

「ここは人目があるからくっつくのやめよう! というかボク男だから、くっつくこと自体やめよ!?」

「何言ってんの。今は女の子じゃん」

「だとしても! あの……あっちに固まってる男子が、巨乳がくっついてるみたいな事言ってるから……」

「なにぃ?」



 間山さんの目が鋭くなる。彼女は不機嫌そうな顔になると、知りもしない男子の集団の方へ歩いていく。やばい流れだ、止めないとっ!



「おい男ども。あたしら見てなにコソコソ言ってんの」

「な、なんだよ? 言いがかりだろ、別に何も言ってねえし」

「嘘つくなよボケ猿。あんた、あたしと星宮の胸見て」

「まあまあまあ間山さん! 落ち着いて落ち着いて! い、いきなり突っかかってごめんね!」

「は、はあ。まあ、いいっすけど……」

「! なに顔を赤くしてんだよお前! 星宮をお前みたいな芋頭ブサイクにやるわけないだろ!」

「間山さーん!?」



 1組の集合場所で早速トラブルが発生してしまいました。間山さんが坊主頭の男子の胸ぐらを掴み全力で凄んで脅しています。ボクはその間になんとかネジ入り、間山さんを押さえつつ背後の男子に「逃げて! ボクがどうにかするから!」と叫ぶ。中学生編初日からこれかぁ……。



「天使か、あの子……」

「胸めっちゃ揺れてたな……」

「巨乳ボクっ娘美少女……」

「このクソ男どもっ!!! 星宮に変な目を向けるなぁ!!!」

「なになにどうしたの!? なんで急に暴走するんだよ間山さんっ!!?」



 教室に着いてもやはり間山さんは突如暴走するので、ボクは新しい担任の先生に全力で頼み込み、出席番号順の席順にも関わらず間山さんの隣の席にしてもらった。

 間山さんは窓際の席に隔離するように設置しボクがそれを抑える。ライオンを使役するサーカスの人みたいになってしまった。



「あの一区画の顔面偏差値すごくね?」

「当たりクラス来たなこれ……」

「巨乳の美人が二人もいるとか神かよ」

「片やボクっ娘だしな」

「そっちはいいんだけどもう1人の方、性格キツくない?」

「あれがいいんだろ。滾るわ……」

「…………ねえ星宮。あたし思うんだけど、あの男ども1回痛い目に遭わせた方が良くない?」

「聴こえないフリしよ! 暴力沙汰はよくないよ、小学生の頃とは勝手が違うんだからさ」

「……!!! アイツッ、星宮の事見てる!」

「見てるだけでしょ!? そんな事で暴れないで!」



 牙を剥く間山さんをどうにか落ち着かせる。小6のクラスの人達とは離れたから一旦平和に学校生活を送れるかもって思った矢先にこれか。今後は思いやられるな……。



「星宮はあたしが守るんだからね。このクラスの男に好き勝手させてたまるものか……!」

「別に命を狙われてるわけじゃないから……頼むから暴力沙汰は起こさないでよ? ボクを守るためって言われても、場合によっては庇いきれないからね……?」

「暴力沙汰で済まさない。舐められたら終わりだから、刃傷沙汰にする」

「場合によらずとも庇いきれなくなっちゃった! 駄目に決まってるでしょ! 嫌だよ、間山さんと会話出来るのが窓越しなんて!」



 ギラついた目で周囲を睨む間山さんの視線の先にどうにかボクの顔が移るよう場所を微調整しつつ注意する。


 聞こえてるかなぁボクの言葉。音は耳に入って鼓膜を震わせてくれてるかもしれないけど、言語としてちゃんと脳が処理してくれてるかは不明だ。一向に間山さん、猛獣みたいな表情を崩さないし。周りの女子引いてるよ。それでいいの? 間山さん。


 ちょっとした心配はあるものの、家を出る前に抱いていた不安は取り除かれて中学生活への希望が見えたのは良い事だ。


 流石にクラスが違えば海原くんも身に覚えのない噂を流すことは無いだろうし、もし流されても新しく知り合った人にはちゃんと説明して誤解を解くことも可能だろう。間山さんもいるし、彼女の様子を見るに誤解を解く手伝いをしてくれそうだから良かった。とりあえず安泰だ。


 ……ただ、間山さんの言う通り同じクラスになった男子達からなーんか生暖かい目線というか。家に来る大人達がボクに向けるみたいな生々しい視線を感じるのが少し気になるけれど。でも相手は同い年で子供だから、倫理観がぶっ壊れてる大人とは違ってそこら辺の分別は考えて接してくれるだろう。


 大丈夫、今の学校はボクにとっての安全地帯で安心して腰を落ち着ける場所。そう思うようにしよう。



「む! なんか男が近付いてきた! 変態みたいな顔した猿が近付いてきてる星宮!」

「変態みたいな顔した猿って、人間ですらないじゃんか。単にこっちを経由してどこかに行くだけでしょ。敏感になりすぎだよ間山さっ」

「うおっと足が滑ったー!」



 背後で聞き慣れない男子の声がして、その直後に人が転倒するような音がした。足元を見ると、ボクの両足の間に初めて見る男子生徒が転んでいるのが見えた。


 その男子はムクリと起き上がると、間山さんのスカートの中を見た後にボクのスカートの中を覗き見てきた。



「……黒! 水色!」

「「〜〜〜〜〜っ!!?」」



 スカート覗きの確信犯でした。ボクは転んだ男子生徒の腰の上に座り込み、逃げられないようにしてから顎下に手を回し思い切り体を引っ張りあげる。海老反りになった男子が悲鳴を上げた瞬間、間山さんの蹴りが男子の横顔を打ち据えた。



「死ねこの変態野郎!!!」

「いでっ、いだいっ、ちょまっ、死ぬっ!!?」



 顔を赤くしてスカートを押えながらも何度も何度も男子の顔面を間山さんが蹴り抜く。ボクもボクでパンツを見られてしまったので、逃げようとする男子の体をガッチリ拘束し更に引っ張る力を増す。



「がああぁぁ折れるっ、折れるって!! じょうだっ」

「誰が水色だあぁああ!?」

「それは君のパンッ」

「死ねええぇぇぇ!!!」

「あ゜ああぁぁぁっ!!?!?」



 別に色の確認をしてるわけではないんだよ。とりあえず背骨へし折れて死んでくれ。甲高い声でガチ感ある悲鳴を上げているが関係ない、力は一切緩めない。


 その後、教室に戻ってきた新担任の先生にこの変態男子への攻撃を止めさせられ、ボクらは三人で生徒指導室なる部屋に連行されることとなった。


 小学校時代とは比べ物にならないほどの厳格な説教を受けた後、事の経緯を説明しろと言われたので男子生徒を指さしたら全く同じタイミングで間山さんも男子生徒を指さしていた。そして、これまた全く同じタイミングで「こいつにパンツを見られました」と同じセリフを吐いたことにより、男子生徒は居残りで全部の廊下を雑巾がけするという処罰が下された。


 うん、やっぱり今後の学生生活、不安でしかない。ボクは果たして、無事に中学生をやっていけるのだろうか。急に自信がなくなった、やっぱりスカートやめようよ。まじで……。

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― 新着の感想 ―
[一言] ``` > その出来事はボクの心に大きなトラウマを残したようで、この所ストレスの影響か体調を崩しやすくなった。何も無いタイミングで吐き気を催すようになったし、生理も長らく来ていない。 ```…
[一言] 受け入れて楽になったのはいいかもしれませんが、それで何もかも受け入れるような性格になったら心配ですね(^ω^) 今日も執筆お疲れ様です!
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