21話『再起を図ろう』
「おはよー!」
「おはよ! 久しぶりだなー」
「うへぇさっむー」
「まだまだ寒いのに登校とかイカれてるよな」
「ねぇー。どうせなら2月まで休みでいいのに……」
「2月もまだまだ寒くねぇ? どうせなら3月だろ」
「卒業式出るだけじゃないのそれ」
「あ、そっか」
教室の前の廊下、クラスメートが談笑する声が聞こえる。みんな楽しそうに話している中、ボクが教室に入ったらどんな反応になるんだろう。やっぱ、空気が凍ったりするのかなぁ……。
なんだか、女になった直後の登校日よりもずっと緊張する。どうか何事もありませんように、そう心の中で願い、ボクは教室の敷居を跨いだ。
「それでさー、……あ、星宮だ」
近くで談笑していた女子が会話を中断してボクの名を呟いた。予想通り、女子連中は話すのをやめてこっちを見る。男子も……一部はそんな感じ。大体は自分達の会話に夢中になっててこっちの存在には気付いていない。
「っ、な、なに。星宮」
「……あ、ごめん」
周りの視線が怖くて俯きながら歩いていたら伊藤さんが話していた所に一直線に歩いていたようだ。気まずそうに声を掛けてきた伊藤さんにぺこりと頭を下げて、進路を変えて自分の席へと向かう。
「うわっ、星宮だ。なんで来てんだよお前、帰れっ」
席に座ろうとした瞬間背後から何かを投げつけられた。床に落ちたそれを見ると上靴だった。投げたのは……海原くんか。海原くんは不快そうな顔をしているが、脇に控える二人の男子はニヤニヤと嫌らしい笑顔を浮かべている。
上靴を拾い、投げつけてきた海原くんの元まで歩く。
「なんだよ。やんのか?」
「はい」
「…………あ?」
投げられた上靴を普通に手渡そうと腕を組む海原くんに差し出したつもりだったのだが、反応がなかったため彼の足の向きに合わせて床に上靴を置く。
「んだそれ。拍子抜けだ、なっ!」
床に置くためにしゃがんでいたボクの肩に海原くんの足が当たる。そのまま蹴飛ばされて尻もちを着く。いてて。
「あれ? 何も言わないな。海原、手ぇ抜いた?」
「いや。……おい、星宮」
話しかけられたので、普通に立ち上がって小首を傾げる。
「なに?」
「っ。何余裕かましてんだよザコ、泣き虫のくせにっ!」
海原くんが思い切りボクの頬を叩く。痛いなあ、今日も苛立ってるみたいだ。うーん、どう反応を返そうか。できるだけ、海原くんの苛立ちを抑えられる反応を取らないとなぁ……。
*
「痛いなぁ。あはは。海原くん、力強いんだから少しくらい加減してよ」
俺から一方的な暴力を振られておきながら、星宮は困ったような笑顔を浮かべてそう言った。
さっきからコイツの反応が気味悪くてしょうがない。何をされても感情を押し殺している。今まではいじめたら小さな声でも抵抗をしてきたのに、今は甘んじてそれらを受け入れているような感じがする。
星宮の表情からは俺に対する憎悪が消えていた。その代わり、なにかされれば困ったように笑ってなにもされなければ不思議そうな目を向けてくる。
なんだコイツ? どんな感情でそんな表情を向けているんだ? 今までは、憎く思ってる筈なのに睨むだけ睨んで何もしてこないから見下されてる、軽蔑されているんだと思って憤っていた。でも今は?
軽蔑とかじゃなくて、純粋に困っていた。純粋に、「もう用はないの?」という顔でこちらを見てくる。
……なんなんだ一体。冬休み中になにがあった? どう考えても心ここにあらずって感じで、星宮は俺を遥か遠方から眺めているような感じがする。
「なんだお前? 殴られて文句のひとつも言えないのかよ?」
「ようやく自分の立場に気付いてたってか? おらおら」
他の男子に手を出されても星宮は『やめて』とか『何するんだよ』とかそういう言葉を強い口調で言ったりはしなかった。ただされるがまま、「うわー」だの「いたーい」だの、投げやりなトーンで繰り返すのみだった。
……今までのような爆発的な怒りは湧いてこない。でも、その態度はその態度でなんかどことなくムカついたので、俺は星宮が髪を括らせていたゴムを力ずくでひっぺがしそのまま窓の外に投げてやった。
「わあ。何するのさ」
「……何するのさって、なんでそんな言い方するんだよ。違うだろ」
「?」
一応は、窓の方を見て驚いたような顔をしてみせたがやはりその様子に必死さは見受けられなかった。ただ星宮は俺のする行動を黙って観察し、目で追うだけでそれ以上の事をしなかった。
「なんか従順じゃね? 調教成功した?」
「な。おい星宮」
「なに?」
「その場でうんこ座りしてわんって言ってみろよ」
「わかった」
わかった?
星宮は男子の言われる通りにその場でヤンキー座りをすると、手をグーにして「わん」と犬の泣き真似をしてみせた。
……っ、なんか、なんか嫌だ。流石に気持ち悪い。自分の意思を見せずに他人の言いなりになった星宮を見てると、胸の中がザワザワする。言いようのしれぬ嫌悪感に襲われた俺は、続いて服を脱ぐよう命令をした男子に向けて「それはやめとけよ」と制止の声を出した。
「……脱がなくていいの?」
「い、いいに決まってんだろ気持ち悪い」
「そっか。よかった。ありがとう海原くん」
「は? ありがとうって、なにが」
「え? いや、こんな場所で服を脱ぐのは恥ずかしいし。寒いしさ。庇ってくれてありがとう」
多少のぎこちなさはあれど、星宮は俺にニコッと笑ってお礼なんか言い始めた。
…………なんだこれ。もっとこう、不快感とか敵意とか、そういうのは持ち合わせてないのかコイツは? 今まで散々嫌がらせをしてきた相手に、何平然とお礼なんかしてるんだよ。どういう神経してるんだ?
「お前、マフラーはどうしたんだよ」
「マフラー?」
「……この寒い中、何もつけずに来たのかよ。買えばよかっただろ、新しいの」
俺はそこで、星宮のマフラーを千切った日の事を思い出してそう彼女に伝えた。
星宮は「あー」と小さな声で呟き、一度視線を右上に泳がせてから改めて俺の方を向いた。
「買ってないし前のは捨てちゃった。あっても邪魔だし」
「か、買えよ。寒いだろ……」
「いらないよ。別に、あってもなくても変わんないし」
「変わるだろ。お前馬鹿なんじゃねえの。雪も積もってるのに防寒具いらないとかイカれてんのか」
「……あはは」
星宮は感情のない目で笑う。俺の目を見つめる瞳の瞳孔が少しだけ揺れ動いた気がする。けど、その感情の動きは表情には適用されていなかった。
「買っても壊されるなら買わない方がマシ。お金の無駄でしょ?」
「……はっ、そうかよ」
悪意を顔に滲ませないまま嫌味を言う星宮に、どこか俺は安堵した。てっきり、冬休み中になにかが起きてコイツから感情がなくなっちまったんじゃないかって思ってたから。
……? 別に、コイツの感情がどうなろうと俺には関係ない事じゃないか? なんでそんなこと、俺が気にする必要があるんだ? 自分の考えに違和感を感じ、俺はそれを不快感に変換して星宮の肩を押した。
「きもちわる。行こうぜ、コイツと話してたら星宮菌が移るわ」
「へいへい」
これ以上星宮と話していたら調子が狂いそうだったから取り巻きを引き連れて離れる。少し様子に違和感があるが、まあ元からどこか鈍い性格してたしな。間の抜けた顔をしているのは何も今に始まったわけじゃない、気にすることでもないだろう。
冬休み明けの登校日から毎日、星宮は休む事なく学校に来た。もちろんアイツがいる以上はクラスでアイツを嫌ってる連中からの嫌がらせが発生する事になるのだが、冬休み以前のアイツとは違ってやはり星宮はどんな嫌がらせを受けても素知らぬ顔、というか平然な態度を取り続けた。
俺はしばらくその様子を離れた場所から静観していたのだが、客観的に見るとやはり星宮の様子がおかしい。一体何を考えているのか、生徒からのいじめに対して全然心を揺れ動かず様子がなかった。
流石に泥を食わされたり恥ずかしい格好をさせられた時は嫌がる素振りを見せるものの、結局最後には相手の言うことに従ってしまう。なんで? 前なら暴れて抵抗してたってのに、今の星宮からはまるで生きる気概というか、人間らしさがいくらか欠落しているように見える。そうとしか思えない。
なんだか、不気味と感じる一方でどこか不思議な感情が芽生える。もっと抵抗しろよ、とか嫌がれよ、とか。見方によってはアイツを応援しているかのようにも思える感情を抱いて、その度に俺は自分の感情を自分自身で否定する。
憐れに思っているのは間違いないだろう、そこは否定しない。アイツの事は嫌いだけど、今の星宮に対しては嫌いよりも、もっとちゃんとしろよって思うようになった。見ているだけでモヤモヤした思いが膨れ上がって、興味が無いはずなのについ目を向けてしまう。
「じゃーなー海原ぁ」
「おう。じゃあな〜」
卒業式練習が始まり、小学校卒業が近づいてきた3月中旬。この頃になってくるとリアクションが面白くないという理由からか星宮に対する嫌がらせの頻度が減ってきていた。周りの生徒は星宮への興味をなくし、中学への期待や卒業に対する思いに浸っている。
誰も星宮の話をしない。伊藤と長尾は以前のようにまたつるみだしたが、そこに星宮が加わる様子はない。星宮はただ1人で、淡々と卒業文集を書きあげて教室から出ていくのが見えた。
もしかしたら卒業文集にいじめに対するメッセージを書いているのかと思い席を移動するフリをしてアイツの手元を覗き込んだのだが、書かれていたのはなんてことは無い、普通の親に対する感謝とかこんな大人になりたいって文章だった。
父親に対する健康に気を使う文章、母親に対する感謝の文章、大人になったら普通のサラリーマンになるだろうとかいう予想。サラリーマンっていうかお前の場合はOLなんじゃねえの? とツッコミたくなったけどそれは自粛。教室内でアイツに話しかけるとかマジ勘弁だしな。
「……星宮?」
あれ。随分早くに帰ったはずなのに、星宮は水車小屋の向こうのバス停に座っているのが見えた。どこか遠出でもするつもりなのだろうか? この時間帯だと次のバスは4時間後に1本来るだけだぞ? 頭おかしいんじゃねえの。
……別にアイツに興味なんてないが。その行動が謎すぎるから何をする気なのか聞き出すだけ聞き出すことにした。水車小屋の道を曲がらず、そのまま先にいる星宮の方まで歩く。
「よお」
立ち止まる時に水溜まりを蹴って泥水を星宮にかけてやる。アイツは特に反応をせずに俺の顔を見て「あ、海原くんだ」とだけ言った。
「こんばんは。どうしたの?」
「なにやってんの」
「? ボク?」
「意外に誰がいるんだよ」
再び泥水をかけてやる。
「靴、濡れちゃうよ?」
「……お前はズボンが濡れてんぞ」
「ね。酷いことするなぁ」
軽々しい口調で言いながら、星宮は自分の座るベンチの隣の板を手でさすって土埃をどかした。
「座る?」
「……」
俺は、星宮が土埃を払った方ではなく手すりを挟んだ逆側のベンチに腰かけた。……なんで腰かけた? ゆっくり会話する気満々じゃん、きもいな俺。
「二人で話すの久しぶりだね」
「お前、なにやってんの。こんな所で」
星宮の言葉には返事をせず、こっちの聞きたい事のみをぶつける。
星宮は「ん〜っ」と伸びをした、何故かこのタイミングで。……胸がでかくて気持ち悪いから、出来るだけそういう事をして胸を強調するのやめて欲しい。直視できないだろお前の方。
「夜遅くまで家には帰れないんだよね」
「は? なんで」
「家の事情。早くに帰るとちょっと疲れるからさ……」
気だるそうに言いながらランドセルを抱き寄せる星宮。なんか、なんて言うんだっけ……色っぽい? 落ち着いた雰囲気で気だるそうにしている星宮が、どことなく妖しく見えてやっぱり直視できなくなる。俺は自分の足元に視線を固定する。
「毎日ここで暇つぶしてんの?」
「ん〜、マチマチかな。公園で暇を潰してたり、ここに居たり。水車小屋の中も落ち着くけど、春は虫が多いからあんまり居たくなくて」
「家で何があるんだよ」
「なんだと思う?」
「それが分からないから聞いてんだろ」
「……教えられないよ。ごめんね」
教えられない、とだけ言われたら『なんだてめぇ、言えや」と強く出られたかもしれない。けど、本当に申し訳なさそうに謝られるからそんな気も失せてしまった。
やっぱりなんか調子が狂うわ。今の星宮、苦手だ。男だった頃と同じ認識で接せられなくなっている。他の女と何も変わらないのに、他の女よりも強く出られない。なんなんだろう、この感覚。
「……海原くんは帰らなくていいの?」
「帰るよ。ゲームしてぇし」
「ゲームか〜。いいなぁ。もう長らく誰ともやってないもんな、久しぶりに対戦とかしてみたいや」
「へぇ。可哀想に」
そりゃ身内は誰もお前とはやらないだろうな。お前、関わりあった全員から嫌われてるだろうし。ざまあねえな、弱虫のザコ星宮の癖に調子乗ってるからそんな目に遭うんだよ。
……なんか、なんかなぁ。ザコ星宮め、ざまあみろ〜って気持ちはあるんだが、あんまり悪意とか抱けなくなってる。思えば今のコイツ、うざいこと何もしてこないしな。
この時間帯なら他の生徒も外をほっつき歩いてはいないよな。卒業文集のびりっけつはダントツで俺だったし。
「……スマブラ、とか。するか?」
ほんの思いつきで星宮に提案してみる。彼女は口の前に手を当てて、欠伸をした後にランドセルに頭を乗せた。
眠たそうに瞳を閉じて、肘で口元が見えないように穏やかな呼吸をする星宮を見てたら胸が少しだけ傷んだような気がした。鼻息混じりの声を出しながら頭を少しだけ動かし、髪が揺れるのを見た瞬間に妙な気恥しさを抱いて俺は声を荒らげてもう一度同じ事を言った。
「スマブラとか! やるか!」
「わっ、びっくりした。スマブラ?」
「久しぶりに、やりたいんだろ。対戦とかそういうの」
「やりたいけど……いいの?」
「なにがだよ」
「ボクと一緒に居たら迷惑しない? ボク、みんなに嫌われてるでしょ」
だらんとした状態のまま星宮が呟く。その態度やめろ、なんか胸が変になる。悔しいから本人には言えないけど、なんだか気持ち悪い!
「べ、別に。今だったら誰にも見られないだろ」
「ほんと?」
「誰がいるんだよこんな時間に」
「……」
俺の言葉を聞くと、星宮は少しだけ目を細めて視線を俺から俺の足元にズラした。なんだ、俺の家に来るのは嫌だってのかよ。そう言おうとした矢先、星宮の口がもごもごと動いて小声で喋り始める。
「……でも、ボク汚れてるから。友達の家に入るのは、ちょっと…………いでが、けがれ……うし」
「あ? 最後の方がよく聴こえなかったんだけど」
「なんでもない」
「汚れてるってなに。お前もう何もされてないだろ」
「……でも」
星宮の目にうっすらと涙が滲む。どこで泣いた? 泣くようなやり取りをしたか? バツが悪くなって彼女から目を逸らし、強い口調で言葉を続ける。
「ハッキリと言えやうぜぇな! 来たいの、来たくないの? どっちだよ!」
「……………………行きたい」
「なら初めからそう言えや、きっしょくわりぃ!!!」
半ば叫ぶようにそう言うと星宮が体をビクッと揺らした。彼女は暗い表情のまま俺にまた「いいの?」と聞いてきたので、イラついて頭を小突いてやった。
どこか足取りの重い星宮の腕を掴み、強引に引っ張って家に招き入れると星宮はやけに緊張した様子で「お邪魔します」と言った。そんな緊張した様子で言うのは星宮じゃないだろ、きもちわるっ。
「ふぅー。……あ? おい」
「な、なに?」
「なにモジモジしてんだよ。座れや」
「……わ、わかった。失礼、します」
「っ!?」
座れと言ったら俺のすぐ横に腰を下ろしてきやがった。ち、近いだろ! いや、男の頃はもっと不躾にくっついてきてたか? 今の肉体が女なせいで妙に心が落ち着かない。慣れない……。
「暑い……」
「は? 暑い? 暑くないだろ、何言ってんのお前」
「重ね着してるから暑いんだよ……ちょっと服脱いでいい?」
「勝手にしろ。そこら辺にテキトーに脱いだ服置いとけよ」
「ありがと」
俺がそう言うとそこでようやく星宮はランドセルを下ろした。背負ったままゲームする気だったのか? 馬鹿すぎるだろ、人との関わりが無くなったせいで脳が衰えたのか? まあ元から頭悪かったしさもありなんか。
「っ、ちょっと待て」
「うん?」
「お前脱ぐっつったけど、中に服着てるよな? 変態ではないよな?」
「え!? いやそれは当たり前でしょ! 誰が下着姿になんかなるか!」
「いや今の文脈的にそう思うだろ!?」
「いやいや、流石にボクでも女としての常識は持ってるから!」
「お前ふつーに犬の真似とかしてたじゃん! 脱ごうともしてたよな教室で!」
「あ、あれはっ……あれは……ほ、本気で脱ぐわけないし!」
「嘘つけ! お前目ぇがんぎめながら服に手をかけてただろ!」
「も、もうあんな事言われても聞かないから! あの時は、ちょっと、模索段階だったんだよ!!」
「模索段階ってなんだよ!? 何の話!?」
「みんなが酷いことしてくるから再起をかけて色々お試ししてたの!! いじめに対して効くのは無反応だってネットで見たから極力リアクションを取らないようにしてたの!!!」
「リアクション取らないのと言うこと聞くのは違うだろ!? お前があんな事するからっ、頭おかしい変態野郎がお前にっ」
「ちょっとうるさいわよあんた!!!」
隣に座る星宮と口論をしていたら母がノックもせずにドアを開けてきた。母はまず俺に目を向けた後、俺の横にちょこんと座っている星宮を見て目を丸くした。
「あんた、女の子の友達とか居たんだ?」
「い、いや。コイツは女っていうか、女とは言えないというか、なんというか……」
「なに意味のわからないこと言ってんのよぶっ叩かれたいの?」
「なんでだよ!?」
「こんな可愛い子に向かって女とは言えないなんて失礼な事をいう子は叩いてしつけないとでしょ。ほら、来なさい」
「は、は!? まじで殴るのかよ!? ふざけんなよっ、おいお前も何とか言えよ!」
「叩かれちゃえ」
「お前ー!?」
星宮はニヤニヤしながら俺を母に差し出しやがった。コイツやっぱり性格終わってる、何も反省してないし何も変わってない!!!
「はー楽しかった! 久々にゲームしたー!」
「あっそ。そりゃよかったな」
「所で海原くん」
「んだよ」
「ゲーム中全然こっち見なかったよね? 床を見ながら話しかけてなかった?」
「!? きっ、気の所為じゃねえの!」
「気の所為?」
そう、気の所為だ。決して、星宮の下の服の生地が薄いせいで胸の形とかがはっきりくっきり目立ってたから目を逸らしてたとか、タンクトップみたいな形してるせいで二の腕とか肩とかが見えて気まずかったとかそういう訳では無い。絶対にそう、決して違うから、そういうんじゃないから。
「えへへっ」
「うわっ。なんだよお前、急に笑うなよきもいな」
「なんだよー、なんでそんな事言うのさ?」
「いや……」
いや、だって。急にそんなかわ……きもい笑い方されたらそりゃ引きもするだろ。なんなんだ今日の俺、まじで頭おかしい。調子狂ってる、自分で自分の頭を殴る。
「どうしたの? 大丈夫?」
「う、うるせーよ! こっち見んな!」
「? 変なの」
星宮が楽しそうにくすくすと笑う。やめろ、そういうの。まじで調子狂うって……。
にしても星宮のやつ、今日遊んだ影響か随分と素を出して喋るようになったな。今なら家で何が起きてるか教えてくれるかもしれない。ちょっと気になってたんだよな、帰れない事情ってやつ。
「なあ、星宮」
「ん?」
少し前を歩いていた星宮がこちらを振り向き、まん丸とした目で俺を見てきた。
憎しみとか怒りとか、或いは無感情的な色を滲ませていない目で見つめられたのは久しぶりでまた妙にくすぐったい感情になる。目を逸らしたくなるのを抑え、小さく咳払いをしてから星宮に問う。
「家で何かやってて帰れないっつってたよな。それ、何やってんのか教えてくれよ」
「え……」
星宮の顔が見るからに暗くなる。なにやら良くない事が起きてるようだ。……別にコイツの家がどうなろうと知った事じゃないが、興味はある。更に深堀をしてみることにした。
「お前の親がなんかやってるのか?」
「そ、それは……」
「教えろよ。別に周りに言いふらさねえから」
「…………やだ」
「は?」
「やだ。言いたくない。海原くんにだけは言いたくない!!」
星宮はハッキリと、『俺にだけは』と名指しをした上で解答を拒否した。その瞬間に頭に熱が回る。
また俺だけ除け者だ。俺だけ悪い意味での特別扱いだ。ムカつく。コイツはここに来てまで、俺を見下そうって言うのかよ。
「ふざけんなよ、てめぇ。折角遊んでやったのに」
「だ、だから嫌なんだよ!!」
「はぁ?」
「海原くんはっ、こんなボクにも優しくしてくれた! 一時期嫌いだったけど、死んじゃえとかも思ったけど、でも、良い人だったから、だから言いたくない、バレたくないんだよ……っ」
言葉の途中で星宮の目から涙がボタボタ零れ、言葉に嗚咽が混じり始める。何故かそれを見て胸が苦しくなる思いをしながらも、『バレたくない』ってワードが頭の中に引っかかる。
なにか隠してるのか? 殺しでもしてんのか。この村の造園屋とか土建屋とか工場は暴力団との繋がりがあるって聞くもんな。それ系の話か? コイツの親も現場仕事の人間だったもんな。
「お前んちってもしかして、裏で悪いことでもしてんのか」
「!? あ、や、あの、それ、は」
分かりやすすぎるだろ。どう考えても図星じゃねえか。コイツんちって黒い繋がりがある家系だったんだ。村民の中では新しく村に来た人間だってのは聞いてたけど、暴力団繋がりか?
とりあえず、コイツに目の前で泣かれるとなんか嫌な気持ちになるから泣くのを止めさせるか。でも強い口調で物言ったら更に泣き出すよなぁ。逆に優しくしてみるか? さっきまで遊んでた手前、そっちの方が素直にこっちの言葉を聞いてくれるだろうし。
「あー……まぁ、俺あんましそういうのに偏見ないっつぅか。偏見ないのもおかしな話か? いやでも、お前自身の事はあんま何も思ってないっつーか、嫌な性格してるなとは思うけど純粋な悪人とは思ってないから。だから、気にしなくても」
「ひっく……うぅっ……」
「な、泣きやめようぜぇな。お前の事はあんまり悪く思ってないっつってるだろ。……嫌な性格はしてると思うけど、それはそれとして。悪人だとは思ってないから、ガチで」
「…………ほんと?」
「嘘つくかよ。お前と一緒にすんな」
「………………そうだね。ボク、嘘吐きだもんね」
「そーそー。元はと言えばお前が嘘吐くからいじめられたりするんだよ。まじでやめろよそういうの。あと陰口とかやめろよ、今は言う相手もいないから言ってないと思うけど」
「……そうだね。ごめんなさい」
星宮は何ヶ月越しか分からない謝罪を今更やってきた。ふん、最初からそう素直になってればよかったよ馬鹿が。ったく。
「で? 家でなにやってんのさ?」
再三同じ質問をするのもしつこいな〜とは思ったけど、ようやく星宮が嘘吐く事の悪さを認めて謝ってきたので最後に何が起きてるのか聞こうと思いこの質問を投げた。
「…………知っても、引いたりしないんだよね?」
「引かねえよ」
殺しとかしててもどーせ星宮は実行犯とかじゃないしな。こんな弱虫がそんな事できるわけがない。死体を埋めるとかも絶対無理。どうせコイツは話だけ又聞きしてる立場だ、コイツに引く道理はない。
「…………教えないと、怒る?」
「怒るだろ。てか今度こそちゃんと絶交だろ」
「えっ。絶交えんがちょ宣言は解除されてたの?」
「っ! ま、まぁ……曲がりなりにも一緒にゲームしたんだし。お前自体は、嫌な所を抜きにしたら面白い奴だし。また仲良くしてやっても、別に良いかなって思ってはいるな」
「! そ、そうなんだ」
「あぁ。でもここでまた隠し事したら今度は知らねえからな。今まで以上に酷い事するから。よく考えて口動かせよ」
強めに釘を刺して星宮が隠し事するのを辞めるよう忠告しておく。親が何をしていようと俺らには関係の無いことだし、何をそんなに言い淀んでるのか分からないがどうせしょうもない事だ。変なモヤモヤは早期に解消しておきたいからな。
「ほら、言えよ」
「…………す、してる」
「聴こえねえって。もごもご言うのやめろ、次やったら殴るぞ」
「……」
「殴るぞ?」
「セックスしてる!」
………………? セックス? 誰が? 親が?
「あー……親の性事情みたいな話か。そりゃ家にも帰りづらいわな」
「じゃなくてっ」
「じゃなくて?」
「……ボクが……犯されるの。色んな大人が。父さんの、知り合いとかがいて、それで……」
「はっ?」
星宮の言葉を聞いた瞬間、時が止まった。
瞳に闇を宿し、暗い表情になった星宮は言葉を続ける。
「ボクのせいで、家族が壊れたから……父さんがお酒に溺れて、それで……怖い知り合いの人を家に呼んで、遊んで、そうしてるうちにその人達からも乱暴されるようになって……この村で賢く生きてく為の、みたいな話されて……父さんの為に、みたいな……」
ぽつりぽつりと言葉を句切りながら言う星宮だったが、その内容は全然頭に入ってこなかった。
目の前にいるこの女は、賢く生きるため……つまり、金の為に村のおっさんどもに体を売ってるのか? そう考えると急に目の前の女が気持ち悪い、得体の知れない化け物のように見えて、俺の口が勝手に動きだした。
「この事は誰にも」「気持ち悪いな。お前」
俺の吐いた言葉が星宮の耳に届いた瞬間、彼女は破顔した後に少し寂しそうな表情を作り、止まりかけた涙を再び流して言う。
「やっぱり……そうなるんだね……」
逃げるようにして去っていった星宮の足跡を無言で見つめる。最後の表情は憎しみとかそういうのじゃなくて、何故か知らないけど星宮は苦し紛れに笑顔を作ろうとしていた。その真意は分からない。分からないけど、あれが縁を切る為の表情だっていうのはさすがの俺でも理解出来た。
星宮と遊んでいたゲーム機を片す。窓から入ってくる風がいつもより冷たく感じた。星宮への感情の燻りが、怒りなのか軽蔑なのか今の俺には理解できなかった。