2話『とにかく間が悪い』
ご飯よー、という号令と共に聴こえるノックを目覚ましにして起床。服を着替えて1階に降りて、母さんが用意してくれた朝ごはんを食べて歯を磨きランドセルを背負って家を出る。
「はよ! 星宮!」
「おはよー! 海原くん寝癖似合うね!」
「なに!? 今日俺寝癖ひどいか!?」
「ピョコッてなってるよ? 直してあげよう!」
「頼んだ!」
「駄目だ、この寝癖強敵すぎる」
「まじー? くっそー、お前通学帽持ってる?」
「家にあるー」
「だ、よ、なぁ〜! 諦めるかー」
待ち合わせ場所の水車小屋で海原くんと落ち合い一緒に学校まで歩く。途中で長尾くん、横井くんとも合流し、海原くんが長尾くんの尻を蹴ったりして遊びながら人の増えてきた通学路を歩く。
「あ、海原。おはよ」
「はよー」
教室に向かう途中の廊下で女子数人と共に歩く間山さんと遭遇する。周りの女子は明るく「おはよー!」とボクらに言ってくれたけど、唯一間山さんだけは海原くんに無愛想に挨拶をした。仲が悪いのなら挨拶自体しないだろうし、険悪ってわけじゃないんだろうけどよくわかんないや。二人の仲ってどういう感じなんだろ?
「……あっ」
「でさ、勅使河原くんが」
「星宮も、おはよ」
「それまじ!? 星宮にも嘘吐くのあいつ!? やっぱ心霊写真とか存在しねぇって、また見栄張っただけだろ!」
「どうだろうねー?」
「なんならアイツの後ろつけて家乗り込んでみる? どうせ家どこなのか訊いても答えないし」
「天才、それ貰ったわ横井! よし、本日の海原探検隊のミッションを伝える! 勅使河原家を探し出し呪いの心霊写真の真偽を確かめるぞ!」
「らじゃ!」
「ラジャー!」
「ブラジャー!」
「おい1人ブラジャー言ったな。星宮だろ!」
「バレた!」
「……」
お昼になり、みんなで机をくっつけて給食セットを机に広げる。おっ? 対面の女子が消しゴム落とした。
「はい」
「あ、ありがとう。星宮君」
「ううん。その消しゴム可愛いね! お花だ!」
「! でしょ! いい匂いするやつなんだ、嗅いでみる?」
「いいの? ありがと! ……わっ、花の香り!」
「えへへー。あと2個持ってるから星宮君にも1個あげる! どっちがいい?」
「くれるの!? じゃあ青い方ちょうだい!」
「いいよ! 大事に使ってね!」
「うん!」
「ほしみ」
「星宮! 今日の給食スペシャルメニューだぞ! って間山何突っ立ってんの、邪魔なんだけど」
「はあ!? あんたの方が邪魔だから! 死ね!」
「いやずっと立ってるほうが邪魔だろどう考えても! てめぇが死ねやブス!」
「人の後ろで喧嘩しないでよー! スペシャルメニュージャンケン、もちろんボクも参加するよ!」
「うぉー! ラッキーマン参戦!!!」
「「「ラッキーマン! ラッキーマン!」」」
「さあ今回も君達に奇跡というものを見せてしんぜよう! 上がったハードルは飛び越えるよー!」
「その天狗っ鼻へし折ってやるぞー!」
「今回は長尾も気合いに満ちてるな! デブの胆力見せてやれ!」
「任せろー!」
「……ちっ!」
給食を食べ終わり、食器を運んで机を放置したまま先にグラウンドに行った長尾くん達の元へ走る。今日の種目はブランコ靴飛ばし、誰が最も遠くへ靴を飛ばせるか勝負だ!
「あっ、星宮」
「うん? どうしたの? 間山さん」
「は? どうしたのって、昨日あたし言ったじゃん」
「星宮ー? 何してんだよ置いてくぞー!」
「あっ、待ってよ横井くん! ごめん間山さん、ボク用事あるから急がなきゃだ! 話はまた後で!」
「えっ、いや後でって……」
掃除時間。今回の掃除場所は待ちに待った教室である! 教室掃除と言えば恒例の掃除野球の開催現場! ボクは箒を持ちバッターボックスに立ちピッチャーとして対面に立つ海原くんに箒を向ける。
「でーでーでれっでーで、でーでーでれっでーで、でーでーでれっでーででー! 場外ホームランを予告する!」
「甘いな星宮! この日の為に消える魔球の研究をしてきた俺の球を果たして打てるかな!?」
「どうせナックルボールとかフォークボールとかでしょ! 丸めた紙で再現できるものなら見せて欲しいなぁ〜!」
「かぁー舐め腐りやがって! 絶対吠え面かかせてやる!」
「俺を信じろ、海原!」
「絶対取れよデブ! 俺の魔球は……凄まじいぜっ!!!」
海原くんの手から離れたボールが、彼の予告通りボクのバットに触れる瞬間にガクッと軌道を変える。
「な……に……?」
「はははっ、見たか! 俺の魔球の凄さを!」
「くっ、口だけじゃなかったか……でも! 次は打つ!」
「無理だね! 俺の魔球で三振させてやる! 食らえ、俺の魔球イベルタルブラッドドラッへ!!!」
「何語か分からんっ!」
なにやらかっこいい必殺技を唱える海原くんだったが、その気合いとは裏腹に今度は球の軌道が変わる事なく真っ直ぐストライクゾーンに球が吸い込まれて行った。
ボクのバットが球を捉える。濡れた雑巾を詰めた紙のボールは芯を捉えたバッティングによって開き戸の上のガラス窓を通過し教室の外の廊下の天井に思い切り衝突した。
「なにぃー!? 俺のデッドエンドヴァンパイアドラグーンが!!?」
「見たか! これがホームラン王、星宮憂の実力だァ! あとさっきと必殺技名違うから、ちゃんと覚えてから出直してこーい!」
高らかに勝利宣言を掲げながら教室を縦横無尽に駆け回る。
「ねえ! 星宮!」
「おっとっと。どうしたの? 間山さん」
「どうしたのじゃなくて! 昨日の」
「ねぇ男子! 真面目に掃除やってよ、先生にチクるよー!?」
「なんだようっせーなー! やってるだろー!」
「あんたらがしたのはテキトーに床を掃いただけ! それ掃除とは言わないから!」
「掃き掃除担当は星宮でーす。おーい星宮ー、怒られてっぞー」
「げぇ! 真面目にやるから怒んないでよー」
「嘘! 星宮くんいっつも海原くん達と遊ぶじゃん! 信用ないから!」
「ひどっ!?」
「海原くん達も窓拭きしてよ! トイレ掃除の時はカーリング、廊下掃除はボーリング、教室は野球っていつになったら真面目に掃除してくれるの!?」
「やるって! もーうるっせぇなー。行こうぜ、長尾」
「ちぇー」
「星宮くんもこっち来て! 一緒に掃除するよ!」
「はーい」
「あっ………………もう!」
全ての授業が終わり、体育で使った体操服と給食袋だけをランドセルに押し込む。教科書やノートは置き勉だ、ランドセル重いと嫌だからね。
「どーん!」
「痛っ!? え、なに!? 間山さん?」
さぁ帰ろうと言うタイミングで間山さんがボクの背負ったランドセルにタックルしてきた。無防備だったせいで転びかける。なんだなんだ? 暗殺か? ボクは誰かに命を狙われているのか。間山さんは誰の刺客なんだろう?
「ん!」
「ん? ……?」
何事かと思い間山さんの出方を伺ったらなんか手を出された。手のひらを上に向け、パーの状態で維持されている。なんだろ? 表情的にはちょっとイラついてる?
「ん!!!」
「…………ほい」
「っ!?」
よく分からなくて、差し出された間山さんの手のひらに優しくタッチしたら間山さんは驚いたように手を引いた。ボクって病原菌かなんかだと思われてる? 女子に嫌われてるのかな、傷つくなぁ。
「違った?」
「ち、ち、違うからっ! 馬鹿じゃないの!?」
「えーと、それじゃあ、なんだろう?」
「いやだからぁ!」
「星宮ー? 今日横井んち集合でしょー? 何してるのー?」
間山さんと話している最中にクラスメートの伊藤さんが話しかけてきた。今日は横井くんの家で映画鑑賞会するんだっけ。男子勢は速攻向かっちゃったって事は多分昔の映画特有のエロいシーンがあるのだろうに、伊藤さんもよく付き合ってくれるよなー。
「あれ、お取り込み中だった?」
伊藤さんがボクの隣に立っている間山さんを見てそう言う。なんか伊藤さんがニヤついている。伊藤さんと間山さんは結構仲良い友達だと記憶してるけど、何かあるのかな? ボクが知らない事情みたいなの。
「ち、違うから! なんも無いよ!」
「え〜? でも珍しくない? この組み合わせ」
「何も無いって!」
「何の話?」
「えーとね、間山と星宮がー」
「だーかーら! 偶然居たからちょっと話してただけ! 星宮とは全然話した事ないし!」
「そうなの? 意外〜、星宮って結構みんなと話してるイメージあったけどな」
「うーん。海原くんとか横井くんの友達あたりとは割と喋ってるけど、女子はそうだなー。あんまりかも?」
「そうなんだー。じゃあ何を話してたの?」
「うーん。何だろ? ボクも実はよく分かってないというか……」
「〜〜〜〜っ! もういい!」
? 間山さんは何故か怒った様子で自分のランドセルを持って教室から出ていった。
「……星宮、怒らせることでもした?」
「え……手を出されたからタッチしただけなんだけど」
「タッチ? なにそれ」
「んーとね。手を出して?」
「うん?」
伊藤さんがボクの言った通り手を出す。ただ手のひらが下に向いていたので、それを上に向かせて、ボクは先程間山さんにしたように手のひらに優しくタッチした。
「……うん? これだけ?」
「これだけ」
「なんでこれで怒るの?」
「なんでだろう……ボク、間山さんに嫌われてるのかな……」
「えー? そんな話聞いた事ないけどなー。力強かったんじゃない?」
「いやいや、本当に今と変わらない感じの力でタッチしたよ?」
「ウィルス鬼ごっこしてたとか? 今日」
「してないなー。てか間山さんと遊ぶような仲でもないし……」
「じゃあなんだろ?」
「分かんない……まあ、とりあえず横井くんち行こ!」
「おっけー!」
忘れてた……!!! そういえば今日、間山さんに交換プロフィール帳を渡すように言われてるんだった!!!
横井くんの家に着いて少しした後に頭の中に昨日の記憶が蘇ってきた。やばいな〜、今日やけに珍しく彼女から話しかけられるなって思ってたけどそういう事だったのか……!
「星宮ー? なにやってんだー?」
長尾くんがボクを呼んでいる。一緒に来た伊藤さんはもう靴を脱いで中に入ってるから、いつまで経っても入ってこないのを不思議がっているんだろう。
どうしよう……今日は金曜日。今日知らなかったフリして学校で渡すってなると土日を挟むことになるし、そんなに長く放置されたら間山さんの怒りをどんどん募っていくよなぁ……。
一旦靴を脱ぎ、みんなに「用事できた!」と断りを入れてから横井くんちを飛び出す。間山さんは間山商店って駄菓子屋の娘さんだから家は分かる。……間山さんと遊ぶ目的で行ったことはないからこういう形であのお店に行くのは初めてだけど。
「こんにちはー!」
「こんにちは。今日は憂君一人? 珍しいね」
とりあえずまず最初に間山さんのお母さんである駄菓子屋のおばちゃんに声を掛ける。上のお家部分は未開の地だからね、無断で階段を上るより声掛けしてからの方が良いだろう。どこにインターホンがあるのかよく知らないし。
「あの、今日は間山さんに用があって……」
「うちの子? 呼んでこよっか?」
「えっ、あ、いや、もしかしたら勉強の邪魔になるかもだし」
「ならないならない。いつも勉強勉強言ってるけど、どうせあの子友達と電話してるだけだと思うし!」
「それはそれで妨げるのは良くないんじゃ……」
「でも用があるんでしょ?」
「……はい」
「なら憂くんが直接上に行く? 外の階段上ってすぐの所にインターホンあるから」
「すぐの所にインターホン……分かりました!」
「行ってらっしゃーい」
おばちゃんのエールを背中に受けて駄菓子屋の外階段を上る。うわー、初めて目にする視点だ。わ、朝顔の鉢がある。生活感だ。
さて、インターホンの前に着いたぞ。いつもは駄菓子屋としてしか見てなかったから意識すること無かったけど、間山さんの家って結構大きいんだなあ。
「あっ」
考え事していたら何も考えずにインターホン押しちゃった。中から「はーい」という声が聴こえた、間山さんの声だ。作業中だったりしたら申し訳なかったな……。
ドアが開いて中から間山さんが出てきた。彼女はボクの顔を見た瞬間目をキッと鋭くする。
「……なに」
「ごめん間山さん! プロフィール帳の事忘れてた!」
「本当にね! まじむかつく! お前みんなから話しかけられすぎ!」
「ご、ごめん」
「ぜんっぜんまともに話せないしどうなってんの!? あんたの周り空気読めないやつ多すぎ!」
「あ、あはは」
「笑ってないでさっさとプロフィール帳出して!」
相当怒ってるや。当たり前だよね、思い返せば今日のやり取り、そんなつもりはなかったにせよ間山さんを無視してた感じになってたし。ここは速やかに物だけ渡して逃げるとしよう、あんまり長くここにいたらどんな暴言を言われるか分からないし、怖いし……。
「はい、これ。プロフィール帳」
「ん!」
「……そ、それじゃ。ボクはこの辺で」
「はあ!? いや待てし!」
「なになになに!?」
帰ろうと踵を返したらランドセルをガッチリ掴まれた。参ったな、ボクは海原くん達みたいに口が達者じゃないから暴言吐かれたら勝ち目無いぞ。小五にもなって女子に泣かされるなんて嫌だぞー……。
「え、えーと、なにかな? 間山さん」
「用件それだけ?」
「え?」
「あたしにプロフィール帳渡しに来ただけ? 違うよね?」
「え、えっ?」
「……」
「……?」
「……馬鹿! あたまわるっ! きも! すぐ忘れるじゃんお前! いっつも宿題忘れてきてんのってもしかしてまじで家に忘れてってんの!? やってないとかじゃなく!」
「それって今関係あるはな」
「関係あるから! もうっ、こっち来い!!」
「痛いって! 力強いよ!?」
間山さんに強引に手を引かれ、家の中に引きずり込まれてしまった。
ごめんなさい、母さん父さん。ボクの命はここまでのようです。来世また二人の子供として生まれ変われるような事があれば、今度は良い子になるからね。そう祈りながら、ボクは間山さんの部屋に生まれて初めて足を踏み入れるのであった。