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14話『少しずつ』

 次の日、学校に行く準備を整えて下に降りたら父さんがトイレで嘔吐している音を聞いた。最悪の目覚めだなぁ。



「起きたのか、憂」

「う、うん。大丈夫?」

「大丈夫だ……うっ!」

「大丈夫じゃないじゃん……お酒、控えなよ」



 父さんからの返事はなかった。朝何も食べてないけどあんな様子でご飯なんて用意出来るわけないもんね。行ってきますとだけトイレ越しに父さんに言って、ランドセルを背負って学校に向かう。



「今日もいないか。まあそりゃそうだよねー」



 今日も海原くんは待ち合わせ場所に来ない。1年も時間が経った事だし待ち合わせてた時間も忘れてるだろうしね。一緒に行こうとも言ってないし、居なくても不思議じゃないか。


 あ、ていうかスマホ探さないと。母さんが出ていってからすっかり存在忘れてたや、最近早めに寝るようにしてたからなぁ。もしかしたらそっちに連絡とか飛んできてるかもだし。



「おっ、星宮じゃん。奇遇〜」

「伊藤さんおはよー」



 学校の校門を通る直前で伊藤さんと鉢合わせた。伊藤さんは上靴に履き替えると、両手の指をワキワキしてボクの方ににじりよって来る。



「伊藤さん? その手はなに?」

「胸を揉むぞ〜」

「なんで!?」

「知ってる? 胸って揉むと大きくなるらしいよ。私の育乳の為に犠牲になってね星宮」

「それ揉まれてる側が大きくなるって話じゃなくて!?」

「なに! そうなの?」

「知らないけど多分そうでしょ。他人の胸を揉んで自分の胸が大きくなるって意味不明じゃん、なんの刺激もないのに変化するわけないでしょ」

「なるほど。よし、星宮、揉め!」

「揉まないよ!」

「なんでよー」

「揉むわけないでしょ!? 女の胸を揉む男は犯罪者って昨日言ってなかった!?」

「星宮、女子になったんじゃん?」

「体はね! 中身は男のままですから!」

「なにか問題ある?」

「問題しかないよ! とにかく揉みませんから!」

「え〜」

「そういう事は女子の友達に頼みなよ……」

「頼んでるじゃん今」

「ボク以外の! 最初から女の子だった子に揉んでもらってください!」

「それだと反応普通そうでつまんないもん」

「なんだよそれ……」



 ボクをからかってるだけじゃん結局。もう、勘弁してほしいよ。ただでさえ自分の裸すら直視できないくらい女体に耐性ないのに、他の女子の体でそんなこと出来るわけないでしょ……。


 ……伊藤さんと歩いていると昨日の色んな出来事を思い出す。すごかったなぁ昨日、思った通り全然眠れなかったもん。


 そろそろいい加減女の子の体とかそういうのに慣れていかないとダメだよね。自分自身が女の子の体なんだもん、慣れないと支障を来たしまくっちゃう。



「スカートやめたんだ」

「やめたよ。言ったでしょ、もう履かないって」

「足綺麗だったのに〜。もったいなーい」

「別に普通でしょ。それを言ったら伊藤さんの方が綺麗だし」

「えっ。口説こうとしてる? もう、星宮ったら!」

「足ね。足」

「昨日からグイグイ来るなぁ。付き合う?」

「足ね! 顔も可愛いけど、今のは足を褒めたんだからね!」

「うん。そこで顔も可愛いって言ってくれるんだよね」

「? そりゃまあ、事実だし」

「……もー、なんで女になんてなっちゃうんだーよっ!」

「いたっ!?」



 何故か肩パンされた。朝からテンション高くない? よく分からないよ伊藤さんのこと。付き合いの良い女子から純粋に怖い女子に印象変わりつつあるよ。



「そういえば星宮って結構髪長いよね。切らないの?」

「んー、最初は切るつもりだったんだけどなあなあで放置してたら父さんが長い方が似合うみたいなこと言い出して」

「へぇ。家庭内ではもう星宮は女として受け入れられてる感じなんだ?」

「どうだろ、よく分かんない。父さん、最近お酒ばっか飲んでるからあまり会話しないんだよね」

「え、大丈夫なの? それ」

「なにが?」

「危なくない?」

「なんで?」

「いや……」



 伊藤さんは気まずそうに口を噤む。言いづらい事を考えてるのかな? なんだろ、早死にしちゃうとかそういう話? それは確かにボクも心配している所ではある、最近の父さん体調ずっと悪そうだし、性格もなんか変わってきてるし。



「星宮」

「うん?」

「もし家で、家に限らずだけど、嫌な事とか悲しいことがあったら私に頼りなね。うち、結構広いから1人くらいなら匿えるし」

「え? 匿うってなんで? ボク誰かに命を狙われてるの?」

「狙われるかもしれない」

「誰に!? そんなに重要人物っぽい情報は持ってないよボク!?」

「男から女になってるし。なんか重要キャラっぽさない? コナンに出てきそうじゃん」

「小さくはなってないんだけどな……」

「まあでも何かはあるかもしれないじゃん。星宮のお父さんとお母さん、離婚したんでしょ? それもちょっと心配する要素あるし」

「っ、……なんでそんな事知ってるの?」

「噂で聞いた。田舎だからね、すぐみんなの耳に入るよ」

「そっか」



 母さんもそんな事言ってたなぁ。ここみたいな田舎はすぐに情報が伝わる、気をつけていても筒抜けになってるみたいな事。


 考えてみれば確かに過去にも、なんでそんな事知ってるんだろうって話を人伝に聞いた事が何回もあった気がする。誰々さんが上京するとか、子供が出来たとか、受験する学校の名前とか? 家族の人が他人に話すまでもない内容すら流れる事あるんだし、人が気になる話題が広まるのは当然かぁ。



「その……離婚して飲んだくれてるお父さんがいるって状況はさ。ちょっと怖い想像とか出来ちゃうわけじゃん?」

「怖い想像?」

「あんま言うと傷付くかもだから言わないけどさ」

「……気持ちは受け取っとくよ。ありがとね伊藤さん」

「惚れ直した?」

「えっ? うん、惚れ直した! 直したっていうか、別に一回も嫌いになった事ないけどね、伊藤さんの事は」

「惚れ直したって好きな人相手に使う言葉じゃない?」

「? うん、伊藤さんの事は好きだよ?」

「!?」



 む? 伊藤さんがビクってしてボクを見ながら立ち止まった。どうしたんだろ?



「へ、へぇ〜。好きなんだ、私の事」

「う、うん。変?」

「い、や、変っていうか、変っていうか……」



 なんかモジモジし始めた、珍しいなこんな伊藤さん。ボクの中では間違いなく伊藤さんも大好きな友達の1人ではあるんだけど、そう思われてなかった? そういう明るい気持ちはストレートに相手に伝えてたと思うんだけどな。



「教室、行かないの?」

「い、行くけど」

「? 体調悪い? 顔が赤いよ?」

「……わ、わるく、ないけど」

「そう? じゃあ行こ!」



 いつまで経っても歩き出さないから手を差し伸べると、伊藤さんは微かな声で「えぇ……っ」って言って控えめにボクの手のひらに手を重ねてきた。やっぱり体調悪そうに見えるけど、平気なのかな? とりあえず手を握って歩き出したら、少し遅れて伊藤さんも歩き出した。



「あの、星宮。間山はいいの?」

「間山さん? あの子がどうかした?」

「私なんかより仲良かったじゃん。間山と」

「伊藤さんとも仲良いよ?」

「そうだけどそうじゃなくてっ。それなのに私を好きっておかしくない……?」

「なんで? 伊藤さんすっごく頼れるし優しいし気を使ってくれるし、なんにもおかしくないと思うけど」

「あ、あはは。またまたー。冗談も程々にだよ星宮」

「冗談……?」



 別に冗談のつもりでは言ってないんだけど、ていうか人を褒めるのに冗談も何も無いのでは? ボク、ものすごく性格悪い皮肉屋かなんかだと思われてる?



「伊藤さん?」

「い、いきなりそんなっ、困るというか!」

「え?」

「わ、私もっ、星宮はすっごい良い奴だと思うし! 男子の中でも、結構……好きの部類だけど、でもっ!」

「やったぁ。嬉しい事言ってくれてる! ありがとう伊藤さん!」

「そうじゃなくてぇ!」

「そうじゃない? えっ、褒めてはない? 今の」

「褒めてるけど! 違くて!」

「……なぞなぞ?」

「違うっ!」

「熱でもあるの?」

「ひゃっ!?」



 伊藤さんの額に手を置いたら素っ頓狂な声を上げられた。伊藤さんはボクをジッと見た後、逃げるように教室へと走って行った。


 今日の伊藤さん、少し変だったな? 最初はからかってきたのに途中から様子が一変してた。最近何か嫌なことでもあったんだろうか。でもなんだかトータルして可愛いよなぁ伊藤さんって。



「いてっ!? なんだよ伊藤、前見ろよー!」

「長尾! とりあえず殴らせて!」

「なんで!? 朝から何言ってんのお前っ、いたたたっ!?」



 教室に着くと伊藤さんが長尾くんをポコポコ殴っている光景が見えた。可愛い人だなって思うけど、唯一長尾くんに対しては何故かバイオレンスだよね。長尾くんはそれを受け入れてるけど、見方によってはいじめとかにならないのか心配だ。


 自分の席に着く。間山さんは女子の友達とお話中なので隣の席は空いていた。ランドセルからノートとか出して机に仕舞っていたら、海原くんがボクの席の近くを歩いてきた。



「海原くん、おはよー!」

「……」



 アレ、無視された。1年ちょっと前にもあった感じだ。うーん、知らぬ間になにか悪いことしちゃったかな? どちらかと言うと昨日は明らかにボクが嫌な事をされた流れだと思うんだけど、離れて胸を押えて睨むのが良くなかったとか? 睨まれたら良い気はしないか……。



「海原くん!」

「っ! な、なんだよ」



 そのまま素通りしそうな海原くんの腕を掴むと、彼は驚いたようにボクの手を振りほどいた。気にせず昨日の事、嫌な気持ちにさせた事を謝って仲直りする為にボクは口を開く。



「昨日はごめんね」

「……っ、はぁ!? な、なん」

「睨まれて嫌な気持ちになったんでしょ? だからごめん。あんな風に人に胸を触られたことなんて無かったからつい警戒心がさ。汚物を触ったみたいな反応取ったのも良くなかったよね。すごく失礼な行動だった」

「い、いや、お前何言ってんの? 本気で言ってんの?」

「本気で言ってるよ! 本気で反省してる! 嫌な気持ちにさせるつもりはなかったんだ。だから許してほしい、ごめんっ!」



 ぺこりと頭を下げる。すると教室が少しの間静まり返り、所々からボソボソとして声が聞こえてきた。



「もし許してくれるのなら仲直りしよう? また前みたいに一緒に遊ぼうよ。友達に戻れたら嬉しいな」

「は、な……てめ、え……何のつもりだよ」

「何のつもりって、だから仲直りを」

「……ちっ!」



 海原くんは拳を握り、それを震わせた後ボクを睨んで舌打ちだけして自分の席へと戻って行った。


 許してくれなかった。相当怒ってるや、どうしよう。このままだとロクに会話出来ないかもしれない。こんなんじゃ仲直りできないよ……。



「ほしみ」

「星宮、大丈夫?」



 唖意気消沈していたら間山さんがこちらへ歩み寄ってきたけど、それより先に伊藤さんが駆け寄ってきてボクに声を掛けてくれた。



「伊藤さん。長尾くんへのパンチフィーバータイムは終わった?」

「終わった終わった。で、海原になにかされなかった?」

「何もされてないよ。ただ、仲直り失敗しちゃった〜……」

「……見てたけど、星宮は悪くないよ。アレは海原が悪かった、気にしなくていいよ」

「え!? そんなこと無くない!? 失礼な事しちゃって不快にさせちゃったんだしそこはボクが悪いよ!」

「悪くないって。アイツは子供だから先に素直に謝られたのがプライド的に許せなかっただけでしょ」

「プライドが高かったら相手に謝らせたくなるもんじゃないの……?」

「アイツの場合は逆なんでしょ。気にしない! どのみちアイツがへそ曲げてる間は何も出来ないんだし!」

「悠長にしてたら卒業式来ちゃうよ〜!」

「中学同じなんだしその内気にしなくなるでしょ! そうなったらまた話しに行けばいいじゃん」

「間が空いたら話しづらくならない?」

「私が背中押したげるから」

「本当?」

「うん。任せて」

「……それなら。でも約束だからね、中学行ってから疎遠になるとかやめてよ?」

「ならないよ。ずっと傍に居たげる」

「まじで良い人すぎる!? 伊藤さんと友達になれて本当に良かったなって思うよ! 聖母だ……!」

「ふふふ、讃えなさい崇めっ」

「おー星宮おはよー」

「タイミング!」

「なんだよ伊藤!? 痛いって!」



 伊藤さんに続いて長尾くんもこっちに来てくれた。何故かそこで伊藤さんにボディーブローを食らわせた。拳がお腹の肉に吸われたのが面白かったから「ボクにもパンチさせて!」と言ったら全力拒否された。伊藤さんだけずるい!


 あれ? ていうか長尾くん、海原くんに話にいくんじゃないんだ。6年生になってからはあまり絡んでる所見た事ないなぁ。話すグループが変わってる。長尾くんはクラス全体と仲良い愛されてるデブ君って感じだからみんなと分け隔てなく話してるけど、海原くんとは折り合いが良くないのかな?



「しっかし長尾くんすごいよね、伊藤さんに散々ボコされてたけどケロッとしてるし」

「してないんだよなぁ。2キロ痩せたわ」

「私のパンチそんなに強力なの?」

「全部腹に食らわせてくるじゃん。脂肪燃焼するって」

「良かったじゃん。感謝しなよ?」

「するかぁ。星宮、まだ海原と喧嘩してんの?」

「喧嘩というか、拒否られてる感じする……」

「なにやったんだよ。 昨日胸揉まれてるのは見てたけどさ」

「見てないで止めてよ……」

「うん俺の事蹴りまくったのお前ね。止めれるか? 死にかけだったんですけど」

「それは女の胸を触る長尾が悪いよ」

「そーだそーだ。ボクの肉体は女子だぞー。セクハラで訴えてやってもいいんだぞー」

「お前思ったより女子になった事エンジョイしてんのな!?」

「長尾くんも女子みたいなもんじゃない? 主に胸」

「ここでデブいじりまじか。喧嘩か? 買うぞっ、ちょおまっ、いきなっ、ぐううぅぅぅギブギブギブ!!」

「喧嘩上等〜」

「タップタップ!! じぬっ、じぬって! ぎゅうぅふぅぅっ!?」

「うわぁ。意外と男子だね、星宮って……」



 喧嘩を買ってくれるらしいので長尾くんを捕まえて存分にチョークスリーパーさせて頂いた。ガッチリと顎のラインに肘を固定し絞める。ふはは、ボクの絞め技はまだまだ衰えていないぜ。また一勝、長尾くんとの戦績に勝ち星を上げた。



「ぜぇ……はぁ……お前……まじ女の見た目すんのやめろよ……中身伴ってなさすぎ……」

「なりたくてなったわけじゃないもーん。見た目は変わっても長尾くんを絞め殺す事なんて容易なんだよ。侮るなかれ!」

「絞め殺すな。程々で止めて? 毎回毎回酸欠で頭クラクラするまで絞めて来るのまじやめろよ。一歩間違えたら死ぬだろ俺」

「ドラマで心臓マッサージの仕方を覚えたから安心さ!」

「心臓マッサージって肋骨折れるくらい力込めないと意味無いんだぞ。絶対心臓動かねえから。俺の脂肪が勝つだろ普通に」

「ミートテック分厚いもんねぇ」

「ねぇ? ぶっ殺すよ? なにがミートテックだよまじで。舐めすぎだろ」

「第二回戦かっ!?」

「うわあぁぁ来るな来るな!!」

「二人とも、もうそろそろ先生来るよー」



 まだ強気なセリフを吐く元気があるようなので長尾くんをとっ捕まえて絞め技をかけようとする。逃げ惑う長尾くん、呆れながらも笑う伊藤さん。メンツは少し変わったけどこれはこれで平和な日常感があっていいね。



「捕まえた!」

「待って星宮! あのあれっ、それやるとお前の胸がめっちゃ押し付けられるから! 嫌だろ!? なっ、なっ!?」

「んー割とどうでもいい!」

「なら昨日蹴ってきたのはなんだったの!? んぎゅううぅぅぅ!!!?」



 海原くんともこういう遊びをまたしたいけど、今はまだ怒りのほとぼりが冷めてないみたいだし待ち。早く機嫌直してくれるといいなぁ。




 *




 今の星宮の周りには長尾がいて、伊藤がいて、その他にも数人の男女がいる。


 伊藤は、星宮が困ってたりするとすぐに声を掛けに行く。元から仲が良いのは知ってたけど、再び学校に通い始めてからは男だった頃以上に親しくしているように思えた。


 伊藤も星宮も他愛もない話で盛り上がる。星宮は女の体になって、何か困った事や分からない事があったら自主的に伊藤に訊きに行くようになった。


 ……胸がモヤモヤする。なんだか自分の居場所を奪われたような気分になる。あたしは星宮にとってのただの友達で、それ以外の何者でもなかったのに。なんでこんなに嫌な気持ちになるんだろう。


 海原はいつまで経っても星宮と会話せず、仲も修復しなかった。星宮はその事を最初気にしてはいたけど、1週間、1ヶ月と時期を過ごす内に海原の事を気にしなくなっていった。


 星宮の傍にいるメンツは伊藤と長尾、ほぼその3人で固まってしまった。特に伊藤に関しては、星宮と居る時に妙に蕩けたというか、普段見ない顔をするようになった。


 多分、伊藤は星宮の事が好きなんだと思う。様子を見ていたら明らかにそうだ。一緒に居るとベタベタするし、なんでもかんでも星宮を巻き込もうとするし。それに対して星宮も笑いながら応じるし、相性が良いんだろうな。純粋に。


 きもちわる。馬鹿じゃないの? 星宮、女になったんだよ? 女同士じゃん。それなのに腕なんか組んじゃって、どういう感情でそんな事してるんだろ、伊藤は。レズじゃん。


 あたし、全然星宮と話せてないのに。どんどん二人が仲良くなっている。それを見ているのが辛かった。


 何か起こらないかな。二人の関係にヒビが入るような何か。そう願っていたある日、こんな噂を耳にした。



 星宮と伊藤は付き合っている。



 根も葉もない噂だと思った。だって、アイツら肉体的に同性だし。


 でも、それを"有り得ない"って言える材料は裏を返せばそれくらいしか無かった。たかだか性別が同じだけ。あの二人がもしそういう、性別とか気にしないタイプなのだとしたらこの唯一の否定材料すら使えなくなってしまう。


 あたしはどうしても星宮がそういうのを気にしないタイプなのか問い質したくなった。でも、直接話しかけようとすると毎回邪魔が入る。それが嫌だから、もう1年以上返信の来ていない星宮のLINEにメッセージを送った。



『おい星宮』



 送ったのはこれだけ。送信してから約二時間後。返信が返ってきた。



『久しぶり!! わー結構メッセージ送ってきてたんだ!』



 1年数ヶ月ぶりの星宮からのメッセージ。その文面を見ているだけで彼と……彼女と? 会話している実感が湧いてきて、表情で隠しきれないほどの嬉しさを覚えた。



『私のことおぼえてる?』

『覚えてるよ! てか席隣だよ間山さん!』

『ハズレ。私間山じゃないし』

『! 貴様何者だ!』

『影武者』

『殿様かな?』

『星宮にききたいことがある』

『なに?」

『星宮って誰かと付き合ってるの?』



 伊藤と、と個人名を指して訊く事は出来なかった。最初は伊藤って文字を入力していたけどあたしの指が勝手にその文字を消していた。少し間が空いてから返事が返ってくる。



『また長尾くんと付き合ってるって話?』

『長尾?』

『違うの? 女子によく訊かれるんだけど』

『そうなんだ』

『意味分からないよね、仲良い友達ってだけなのに。ていうか長尾くんって意外とモテるよね! 女子からの人気すごくない? 去年海原くん達と話してる時に1番無いって言われてたのにまるっきり真逆! その内彼女とか出来そうだもん!』

『あいつ誰に対しても対等だしね。そりゃモテるでしょ、男子連中で女子と対等に話してくれる奴なんてあんまいないし』

『だね! 僕が学校戻った時も1番話しかけてくれたし! もし僕が最初から女で生まれてたら好きになってたかもって思うもん!』



 そうなの? ……てか、星宮にもそういう感情あるんだ。人の事好き好き言う割に友達としてっていう一線を越えないからそういうのとは無縁だと思ってた。


 って事は、恋愛とかそういうものを認識してるって事は、やっぱり伊藤との噂も……有り得るってことじゃん。まさかまじで付き合ってんの? 怪しい。なんで話はぐらかすんだよ、長尾の話なんて興味ないっつーの。



『で、付き合ってる人はいるの?』

『いないよ!』

『嘘』

『嘘じゃないよ!? 僕なんかと付き合いたい人なんてまずいないでしょ! 海原君にオカマじゃんって言われたもん、気持ち悪く思われてるんじゃないの? みんなから』



 言ってたな、星宮が海原に話しかけに言ってた頃に。確かに気持ち悪がってる子達もいるけど、それは全員じゃない。だし、星宮は普通にモテるでしょ。現に男女複数人が星宮っていいよねって話してるの聞くし、伊藤とか、モロに好きなのバレてるし。本人がそれに気付いてないのが意味分からないレベルだよ、鈍感すぎ。



『私は気持ち悪いとは思わないけど』

『良かった。てっきり最近話してくれないから嫌われてるんだと思ってたよ』



 むしろあたしの方が避けられてるんだと思ってたけど。話しかけても伊藤とか長尾とか、他の連中に邪魔されるし星宮の方から話しかけてこないし。



『星宮、明日暇?』

『明日は暇じゃないや。どうしたの?』


「……っ」



 暇じゃないや、か。海原と絡んでた頃はこんな風に断られる事はなかったな。何かとあたしを優先してくれていた、なのに今は違うんだ。


 今も絵を描いてるんだよ、久しぶりに見てほしい。あとドラマとかアニメとか感想を語り合おう、そう言いたいのに指は全く別のメッセージをフリックする。あたしが言いたい事とは別の、性格の悪さが裏に隠れた文字列を画面に入力していく。



『なにするの。明日』

『伊藤さんと映画見に行く! 隣町まで行くから帰りは遅くなりそうなんだー』

『そう』



 たった二文字。それでもその短い返事を打てた自分に大したものだと思った。スマホを持つ手が震える、あたしはそこで会話を終了しLINEをタスクキルしてスマホをベッドに投げた。



「……伊藤、邪魔」



 枕に顔を埋めて呟く。自分が吐いた言葉に鳥肌が立った、今まで伊藤にそんな邪悪な感情抱いた事なかったのに、今はただただ伊藤が憎くて、邪魔者に思えて仕方なかった。


 邪魔者。それは海原があたしに対してよく使っていた言葉だった。星宮と話そうとすると決まってアイツが言う、星宮からあたしを引き剥がそうとして発した言葉。


 海原は、こんな気持ちだったんだ。星宮があたしに取られたと思って、心から憎かったんだなぁ。認めたくないけどあたしと海原は幼馴染で、幼い頃から長い間一緒に居たから根っこは同じなんだなって思った。自己嫌悪、自分が気持ち悪くてしょうがない。アイツの事をガキだって思ってたのに、あたしも同類なんじゃん。



「……いや、同じじゃないわ。アイツら男同士じゃん。きもっ」



 そういう、性別云々の話じゃないのは分かってるし海原が星宮の事を好きだったとかそういう話でもないのは分かってるけど、でもあたしはどうしても海原と自分の共通点を否定したくてアイツを貶す発言を口にした。


 ふと気付いた。伊藤との関係を否定する時も海原との関係を否定する時もやたらと性別の事を槍玉に上げていることに。


 あたしって、海原以上に性格が悪くてしょうもない事に拘るんだな。自分の事が嫌になる、ただ星宮と一緒にいたいだけなのに、なんでこんなに気持ち悪い事をポンポンと考えられるんだろう。



「……でも、伊藤だって分かっててああいう事してるし。あたしが話す機会を邪魔してくるし、見せつけてくるし。性格悪いのはアイツも一緒だよね」



 この期に及んであたしの口は伊藤の事を批判する。自分だけが性格の悪いクソ女だって認めたくなかった。



「あたしが星宮には不釣り合いだって言うなら、伊藤だって不釣り合いだし」



 あの二人を引き剥がす為にある事を思いついたあたしは、LINEを開いてもう何年もやり取りをしていない海原とのトークルームを開き文字を打った。


 この行為によって星宮が傷付いてしまうかもしれない。それでもあたしは指を止められなかった。震える指でメッセージを入力し送信した後、スマホの電源を落として充電器に繋ぐ。


 あたしの意思と反して口が勝手に笑みを作っていた。とにかく伊藤と星宮が離れ離れになればそれでいい。あたしは自分を正当化しながら、星宮が家に置いていったノートを抱きしめて目を閉じた。

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