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12話『すれ違いすぎてる』

 二時間目が終わって休憩時間が来ると周りの生徒が集まってきた。ボクの席の周りに出来た輪には長尾くんの姿もあった。



「本当に星宮くんなんだ〜。えー不思議」

「あはは、だよね〜。ボクも信じられないよ、こんな事があるんだねぇ」

「もうちんこついてないの?」

「男子〜!」

「んーついてないよー。だからトイレがちょっと大変なんだよね……」

「どういう風に大変なの?」

「ちょっ、そんな事聞くのやめなよ! 星宮くんも答えなくていいからね!」

「答えちゃ駄目なの?」

「「駄目!!」」

「わ、分かった」

「顔まで変わってるよな、別人みたい」

「男の頃の星宮くんと目元はあんまり変わってなくない?」

「人の目元とか見ねぇからわかんねーよ」

「体力とか落ちてたりすんの?」

「そこはあんまり変わってないかも? まあ元から運動神経そんなに良くないしね」

「走る速さとかは落ちてそうじゃね? 前はめっちゃ速かったし」

「確かに! 後で久しぶりに追いかけっこでもしよっか!」

「小6にもなって追いかけっこか〜」

「ボクはまるまる1年入院してたからからだなまってるんだよ。リハビリも兼ねて色鬼とかしよ!」

「色鬼は嫌だわ! お前高い所にばっか逃げるもん!」

「てか地味に胸でかくね?」

「長尾! デリカシー!!」

「手術終えて目を開けたらこんな胸になってて驚いたよー、お風呂の時とかめっちゃ緊張する……」

「! その話、もっと詳しく聞かせろ!」

「男子サイテー! 変態!」



 質問責めにされる。星宮憂本人だって納得してくれるのは嬉しいんだけど、あんまり色々聞かれても答えていいものと答えると女子から怒られるものがあるから捌くのが大変だ。ていうか胸関係の質問が多い気がする、そんなに気になるものなのかな……?



「ちょっと男子散って〜」



 離れた所で女子数名と談笑していた伊藤さんがこちらにやって来て男子を離れさせる。彼女はボクの前の席に勝手に座る。



「や。改めて久しぶり、星宮」

「久しぶり〜。元気にしてた?」

「こっちのセリフ〜。あれ、間山さんは?」

「ん?」

「隣の席っしょ? どこ行ったんだろ、話した?」

「席に着く時に少しだけ喋ったかな?」

「それだけ?」

「うん」

「ふーん……まあいいや。ねねっ、星宮」

「うん?」

「星宮ってもう生理きてる?」

「えっ。それ答えていいやつなの? さっきは止められたんだけど……」

「男子がいるから止めたんでしょ。私は女子なので大丈夫よ。で、きてるの?」

「う、うん。もう3回くらいきてる。血が出るやつだよね?」

「血が出るやつー。3回かぁ」



 伊藤さんはむむむ、と顎に指を当てて考える素振りを見せた。なんだろう? 伊藤さん以外の女子が「生理が来るって事は本当に女の子になったんだ」と言う。「生理ってなに?」と問う女子もいた。人によって来る来ないがあるのかな?



「生理用品とか買った?」

「生理用品?」

「やっぱり。絶対買ってないよね星宮、そういうの無頓着そうだし」

「なにか買わないといけないの? あ、でも母さんがなにか買ってた気する。よく分からないけど」

「生理が来てた日はどうしてたの?」

「え? んー、家に出ちゃダメって言われたからティッシュをパンツに詰めてた」

「そうなるかぁ……おっけ。じゃあ、ブラはしてる?」

「それはしてる! 駄菓子屋のおばちゃんに着けなきゃダメって言われたからね」

「偉い! なるほどなるほど。じゃあとりあえず生理用品か」

「?」

「今日の放課後、暇?」

「暇だよ! 久しぶりにゲームでもする? 横井くんち行く?」

「それもいいけどその前に。ちょっと買い物行くよ」

「買い物?」

「うん。星宮んちってどこら辺?」

「えっ。えーと、水車小屋の向こうの、山の麓の方」

「そっちか。ドラッグストアまでちょっと距離あるな……分かった。今日の放課後私んち行くよ」

「伊藤さんち? 初めてだ!」



 どういう流れか分からないけど伊藤さんの家にお呼ばれされた! やったぁ! 初めて行く女子の家かぁ、なんかドキドキするなー!



「てか海原と話した?」

「教室来た時にちょっと話してたよ?」

「じゃなくて。出血事件があってから星宮ってみんなと音信不通になってたじゃん? 一応、そこら辺のやり取りとかした方がいいんじゃないの? 仲直りとかさ」

「仲直り?」

「まあ、あの事件があって海原の事が苦手になってるのなら関わる必要も無いと思うけどさ。そうじゃないなら、仲良かったんだしキチンと話し合って精算した方がいいでしょ」

「精算? ってなに?」

「お互いに話し合って恨みとかそういうのナシにした方がいいでしょってこと」

「ボク別に恨んでないよ?」

「ならそれを海原に伝えたげて。結構アイツ気にしてたからさ。本人が言葉にして伝えてあげたら、海原も安心すると思うしさ」

「分かったー!」



 なるほど、確かにそういうモヤモヤは早めに晴らしておいた方がいいか! 早速話し合いをしようと考えてたち席を立った瞬間、授業の予鈴のチャイムが鳴った。



「あら、時間切れだ。お昼にでも言いに行きなよ。ゆっくり話し合った方がちゃんと話せるだろうしさ」

「そうする。ありがとう伊藤さん!」

「うむ。あと、生理の話とかはあまり人にしないようにね。ブラの話も、特に男子には話さないこと! 星宮は口軽いんだから、気をつけて」

「わ、わかったよ〜……」

「伊藤、良い女……」

「やめてよ〜。海原達と仲良くしてる星宮、めっちゃ面白いから早くそれに戻ってほしいってだけだよ〜」

「えー? あのグループが集まるとちょっと怖いから苦手〜」

「でもまた間山と海原の喧嘩が見られるかもって思ったら面白くなーい? そこを仲裁する星宮、また見てみたいけどな〜」



 隣に居た女子と話しながら自分の席に戻っていく伊藤さん。1番ボクらと直接交流があった女子は伊藤さんだったから気を利かせてくれたみたいだ。誰かが良い女って言ってたけど、本当に良い人だなぁ伊藤さん。




 *




 1年と数ヶ月ぶりに星宮憂が帰ってきた。でも、星宮憂を名乗るソイツはあたしと少し前に出会った少女で、あたしがそれを嘘だと断じて一方的にキレ散らかした挙句「二度と顔を見せるな!」みたいな事を言ってしまった相手だった。


 あの子は、本当に星宮なのだろうか? 隣の席に来た時に一応謝罪はしたけど、どうしても信じきれなくてあたしは職員室に居る担任の山田先生の元へと向かった。



「先生、聞きたい事があるんですけど」

「珍しいな間山。どうした?」

「あの……星宮の事」

「お前もか〜。でもこれで三人目だから、案外疑ってる奴も少ないんだな」

「三人目? 他にも聞きに来た人がいるんですか?」

「教室を出た直後に海原、職員室に着いてすぐに伊藤」

「海原は分かるけど伊藤も……?」

「仲良かったし気になるんだろ。その他は本人に質問責めでもしてるんだろうな。ほれ」



 山田先生は机に置かれていた教科書を退かして下にあったホッチキス留めの紙の束をあたしに手渡してきた。



「これは?」

「担任宛に提出された書類。ほれここ、押印されてあるだろ? ちゃんとした証明書類ですよーってのがこれで示されてるわけだ」

「……こういうのって、生徒にも見せていいんですか?」

「知らん。だが問題は無いだろう、見せた方が話は早いだろうし」

「テキトーだなぁ。……雄性変体症? 先天的な遺伝子異常、性決定遺伝子の変……へん……」

「変貌だな。まあ簡単に言うと、性別を決める遺伝子になんらかの異常があって、それによって幼い頃から肉体が不安定な状態だったんだと。今までの星宮はベースが男の身体だったが、思春期を経てから異常な遺伝子が活発化して肉体が女の子になっちゃったって書かれてる」

「……」

「二枚目に書かれてるのは女性化についての内容とかあまり関係ないぞ。健康状態について書かれてる。女性ホルモンがその遺伝子異常による肉体の負荷を軽くする、みたいな感じだな」

「つまり?」

「つまり現状の星宮は健康体って事だ。性転換手術をせず男のー……女子に説明するのか? これ」

「説明してください」

「下ネタ言うぞ? 訴えないと約束できるか?」

「訴えないからちゃんと教えてください」

「はいはい。まあ、なんだ。男のシンボルとかシンボルにぶら下がってるらっきょが残ってたりすると多大な負荷がかかるんだと。海原に蹴られた時に出血していたのは蹴り云々ではなく、病気の関係でシンボルから出血していたっぽいな」

「そう、なんだ」

「あ〜、この話するとイメージで力が抜けるわ。いてて……まあそんなわけだから、あの子は本物の星宮って事。医学的証拠もここにある、理解出来たか?」

「……」

「微妙か。まあそれなら、星宮しか知り得ない事をクイズでもして引き出してみればいいんじゃないか? 何個もクイズを飛ばしてやれば星宮のフリしてるかどうかも分かるだろ」

「……」

「戻るのか。あんまり高圧的に行くなよ、今の星宮は精神的に弱ってるだろうからな。泣かしたら反省文だぞー」

「泣かさないし! ……ありがとうございました!」

「うい」



 職員室を出て廊下を歩く。先生が見せてくれた書類はどこからどう見ても本物にしか見えないし、先生の態度にも嘘を吐いている様子はなかった。言っている事だって矛盾は無いと思うけど、でも……やっぱり信じられないよ。理解できないもん。


 ちゃんと理解するには医学の知識が必要なのかもしれない。今のあたしにはどれだけ考えても何も分からないだろうし、何を聞かされても正直意味なんてないと思う。


 でも、漠然とあの女の子が星宮だって信じたくない。なんでだろ。男じゃない星宮なんて……そんな風に考えてしまう。


 教室に着くと同時に予鈴が鳴った。星宮の席には伊藤と女子数人が居て、星宮と伊藤は親しそうに何かを話したすぐ後に離れ離れになった。



「あ、間山さん。おかえり!」

「ただいま。なに話してたの?」

「んー。秘密!」

「秘密?」

「秘密! 伊藤さんに言っちゃダメって言われたからね」

「へぇ」



 伊藤と星宮の秘密事か。そんなに仲良かったんだ? 意外ー。


 まあ別に、気にならないですけど。言わないならいいけどー、別に。てかあたしまだ女になったとか信じきれてないし、だから全然、なんでもいいし。


 ……いや、それだと男版の星宮と伊藤が秘密事してたら気になるって理屈になっちゃうな。そうじゃない、他人の秘密とか興味無いし。あたしに何の関係もないならなんでもいいや。




 *




「海原くん!」

「げっ、女星宮……」



 給食の時間になると、女になったとかいう星宮が俺に話しかけてきた。


 担任の話を聞くにコイツは本当に本物の星宮なんだってのはなんとなく分かったんだけど、あの星宮が女になってるって考えるとどことなく気持ち悪いからあまり話しかけてほしくは無かったんだけどな。


 まあ、言うても星宮だし、変なことは言ってこないだろうから一応会話はしてやってもいいけどさ。



「海原くん! 話したい事があるんだけと!」

「うわっ。ちょっと待って、正面来るなまじで」

「? なんで?」

「お前胸膨らみすぎ! キモいわ!」

「そんなに大きいかなぁ。前原(まえばら)さんとかもっと大きい人他にいるくない?」

「デカすぎる事も無いんだけど、にしても膨らんでんじゃん。きめぇって……」

「明日からなんか下に巻いてこよっかなぁ」

「何カップあんの?」

「あ、それ女子にも聞かれたー! カップってなに?」

「胸の単位」

「そんなのあるんだ!? 知らないけど、めちゃでかサイズだと大体何カップなの?」

「Fじゃね」

「じゃあ多分Bはあるね!」

「なんで誇らしげなんだよ。嬉しいの? 男の癖に胸がでかいとか恥ずいだろ普通」

「長尾くんも胸大きいし」

「そりゃデブだからな」

「聴こえてんぞ〜」



 友達と話していた長尾がこっちに体を向けてタックルしてきた。俺は躱せたが星宮に正面衝突していた。「なにすんだー!」と言いながら星宮が長尾にチョークスリーパーを極める。



「タップ! 星宮タップ!」

「くるしめ〜」

「ぐおぉ……っ」

「で? 話ってなんだよ」

「うん。仲直りをしよう!」

「仲直り? 何だ急に」

「や、ボクが入院する前にちょっとした喧嘩? いざこざ? があったじゃんか」



 そういう事か。よくも蹴りやがったなーと、現在進行形で首を絞めている長尾のように俺にも報復をしに来たと。……まぁ、仕方ないか。あの時は謝りに行っても絶対会ってくれないくらい怒ってたもんな。不満は溜まってて当然か。


 女の体になってるのが少し気味悪いけど、やり返しにきたってんなら友達としては受け止めてやるべきだ。でもコイツ、パンチとかキックはそんなに強くないけど絞める力めっちゃ強いんだよなー……。



「ちょ、ガチでギブ……ほしみ……」



 長尾の顔が青くなってる。相当怒ってるじゃん星宮の奴。こえー……。



「……まぁ、仕方ないか。よし、来いっ!」

「ん?」

「ムカついてたんだろ、俺の事。その怒り、甘んじて受けよう!」

「? 何の話?」

「は? いや、お前の事蹴って血出させたじゃん俺」

「うん。めっちゃ痛かった」

「だからやり返しに来たんだろ?」

「違うよ!? てかあんなの全然気にしてないし!」

「はぁ?」



 ようやく星宮は長尾を解放する。酸欠で頭が痛いのか、長尾はその場でうずくまって唸っていた。



「怒ってただろ、あんなに痛がってたじゃんお前」

「あれは病気で苦しがってただけだよ。海原くんに蹴られた痛みに関しては正直無視できる程度だったし」

「嘘つけ」

「嘘じゃないよ〜」

「……じゃあ、なんで俺からの連絡無視してたんだよ」

「スマホ、母さんに取られちゃってたんだよ〜」

「なんで」

「なんでだろ、そこはボクも正直分からないや」

「はぁ?」



 なんだよそれ、無理があるだろ。怒ってないって話ならなんで、わざわざ話に来たんだよ? 意味わかんねえ。


 てか、俺の蹴りを全然無視できる程度とか強がりにも程があるだろ。弱虫の癖に。てかてか、女になって気持ち悪いとか散々言ってんのにそこに関しては何もないのか? 文句とか言うだろ普通、以前だったらすぐ言い返してたじゃんかよ。なんで流してんだコイツ。



「ボクが伝えたかったのは蹴った事は気にしないでいいよ〜って事だけだよ。あんなの全然気にしてないし、また仲良くしようって言いに来たんだ! ボクに冷たくなってたのはなんでか分かってないけど、どうせそれもしょうもない事で冷たくしてたんでしょ? それもどうでもよし、因縁もないし仲直りしよ!」



 軽い口調で明るく言ったあと、星宮は俺と握手をしようと手を伸ばしてきた。


 ……しょうもない事ってなんだよ。気にしてなかったって言いたいのか? こっちはお前が、女なんかとつるみ始めて気持ち悪いから以前のお前に戻ってほしくてわざと怒らせるよう色んな嫌がらせをしたってのに、そんなの毛ほども気にしてないって言うのかよ。


 なんか俺、下に見られてないか? 馬鹿にされてるよな。星宮の言ってる事ってつまり、俺が何考えてるかはよく分からないし興味無いけどしょうもない事気にしてんなよ、って事だよな。


 ガキ扱いか? 馬鹿にしてんだろ、なんだコイツ。性格悪っ、女かよ。


 ……いや、考えすぎか? 相変わらず馬鹿みたいにニッコニッコしてるし。表情の作り方なんかは男の頃と同じなんだなー……。



「……っ」

「わぁっ!? 急に胸触んないでよきっしょいなあ!?」

「がふっ!? ちょっ、違うだろ星宮っ、今のは事故じゃん!?」



 長尾が立ち上がろうと机に手を伸ばした時に、その手の甲が星宮の胸を下から持ち上げる感じになって長尾に星宮の連続蹴りが降りかかった。長尾には容赦ないんだな。


 ……ふむ。理由はよく分からないけど、胸を触れば星宮も怒るのか。なるほど。



「星宮」

「うん、握手!」

「やべー手が滑ったー」



 俺は星宮の手を掴むフリをして、そのまま腕を伸ばして星宮の左胸を鷲掴みにした。……柔らか。女の胸とか初めて触ったわ。こんな柔らかいんだ、なんか変な気持ちになるなこれ。



「……」

「……えっと」

「うわー、女みてぇ。すげー」

「……えーっと」

「んだよ。殴れよ、ほら」

「いや殴るとかではなく。いつまで握ってるのさ」

「え?」

「え、じゃなくて。……あの、恥ずかしいから早く手を離してくれない?」



 そこで何故か星宮の顔が赤くなった。なんだそれ、違うだろ。そこは怒るだろ。殴るだろ普通。


 出会い立ての頃にイタズラでズボン越しにちんこ握ったらボコボコにしてきたじゃん。それをやれよ、何腑抜けた顔してんだ気持ち悪い。



「海原くん、手……」

「……」

「っ!? うわぁっ!?」



 いつまで経っても怒ってこないから少し揉んだら驚いたように腰を抜かして星宮がその場に尻餅を着く。床を這って離れてから立ち上がろうとしていた長尾が星宮の尻に突撃されて「ぐえー!」と悲鳴をあげた。そこで星宮はまたも「どこに顔当ててんだよいい加減にしろー!」と長尾を蹴飛ばす。長尾はヒィヒィ言いながら逃げていった。


 星宮は床に尻餅をついたまま顔を赤くし、なんか涙を滲ませながら俺を睨んできた。怒ったか? プロレス開始か? 俺の方も構え、るのは良くないな、ボコボコにされる気構えをする。



「なんで揉むんだよぉ……」

「は?」

「! ちょっと海原、お前なにやってんのよ!」

「ちっ! こんな時まででしゃばんなよ間山! あっち行けや!」

「ふざけんな変態! 星宮に何したんだよ、言えよ!! このっ!!」

「ちょっ、こっち来んなし! 触んな!!!」



 俺を睨む星宮を見て何故かそこで怒り散らしてきた間山が久しぶりに俺の所へ来て胸ぐらを掴んできた。


 お前じゃねぇっつの! 肩を押して退かそうと思ったが、思ったよりも力が入っていて上手く間山を突き放すことが出来ない。掴み合いの喧嘩に発展するしか無さそうだ。



「てめっ、離せ! ブス!!!」

「もうお前許さない、絶対殺してやる!!!」

「なんなんだよ!? お前に用は無いんだよっ、部外者はどっか行ってろって!!」

「このっ!!!」

「間山、落ち着けって!」



 間山が拳を握って思い切り俺を殴りつけようとした瞬間、伊藤が連れてきた男子が間山の腕を掴んで彼女を抑えた。喧嘩の仲裁を呼んだ伊藤は、胸を押えて顔を赤くしている星宮に駆け寄って「大丈夫?」等と声を掛けながら星宮の体を支えて立ち上がらせる。



「海原、流石にこれはやりすぎだよ」

「はぁ? なんの事だよ。てか伊藤まで首突っ込むの意味分かんねぇんだけど!」

「まだそんな事言ってんの!? お前まじでっ、このっ、離して! 離せよ!!」

「離したら喧嘩になるだろ! 落ち着けって間山!」

「ざっけんな!!! アイツもう死んだ方がいいじゃん!!! 今すぐ離さないとお前も一緒にぶっ殺すよ!?」

「い、伊藤ー!? 間山の暴れ具合がやばいっ、どうしたらいい!?」

「押さえててー! 星宮はこっちでケアするから!」

「もう無理だってコイツ一人で抑えるのっ、ちょっ、いだだだだ噛むなよっ!? ちょっ、まじで、長尾助けて!!」

「蹴られたのに助けに行けるかー!」

「痛いって! 誰でもいいから手ぇ貸せってまじで!!!」



 間山を押さえるために複数人の男子がこっちに来て、女子は星宮を囲みながら口々と励ますようなことを言う。その輪に入らない根暗な男子とか女子とかはこっちをチラチラ見ながら小声で何かを話していた。


 意味分かんねぇ、なんでお前ら部外者が俺と星宮の話に首突っ込んでくるんだよ。昔からそうだ、星宮と何かある度にこっちにだけ非があるみたいに扱いやがって。


 イラつくなぁ! なんで俺だけ悪いみたいになってんだよ、星宮が意味分かんないことばっか言って俺を見下すのがそもそも悪いだろ。


 てか、なんで長尾には手を出せて俺には手を出さないんだよ。長尾も俺も、星宮からすれば喧嘩の強さなんて変わらないだろ。なんでそこで扱いが変わるんだよ。


 ……俺は、友達じゃねえって事かよ。長尾とは仲良いもんな。知らなかったわ、二人の秘密基地があるとか。俺とはそういうの作った事がないのにな。


 何が親友だよ。何が男の絆だよ。馬鹿にしやがって。対等に殴っても来ない癖に友達も糞もないだろ。そのうえ俺にされた事は気にしてないって? 何を考えてるのかは興味ないってなんだよ。クソッ。間山と言ってる事同じじゃねえかよ。


 ……間山と関わるようになって、俺の事ガキとしか思えなくなったか? 俺を見下してんのか。上等だわ、そっちがそういう態度で関わってくるなら俺だってそういう態度で関わってやる。お前が見下すなら、見下されてる相手に敵わないって分からせて惨めな気持ちにさせてやる。



「あっ、こら間山!」

「死ねよこの変態野郎っ!!!」

「ぶっ!?」



 男子達の拘束を無理やり振りほどいた間山が俺の元へ駆け寄ってきて思い切り殴りつけてきやがった。そのまま馬乗りになり、間山は何度も俺へと拳を振り下ろす。女が相手だし、星宮の件もあるから1年前みたいに彼女を振り落として蹴る訳にもいかず、防御に徹していたら担任が来て間山を取り押さえてくれた。


 間山は担任に連れていかれながらもしきりに俺に対し暴言を吐き続けていた。アイツの言葉なんて何一つ届かないけど、それでも長い間ずっと「死ね!」だの「お前なんで生きてんだよ蛆虫!」だの言われ続けたら流石に気分も悪くなる。それもこれも星宮のせいだ、アイツが俺に何もしてこずに被害者ヅラばっかするから俺だけが責められる。


 結局その後俺まで担任に連行され、別室で給食を食べる派目になった。間山は泣きながら何かを担任に訴えたらしく、罪を許されて教室に戻ったらしい。俺だけが別室、理不尽だろこんなの。



「許さねぇ、星宮の奴……」

「おーい胸揉み変態魔人。なんでそこで星宮に憎しみが向くー」

「そのあだ名やめろよ!」

「辞めるわけないだろうが。お前な、元々男だったとはいえ今の星宮は女子なんだぞ?」

「キモッ! まじキモイわ! おぇー! クラスにオカマいるとかキモすぎ! だしオカマを庇う周りの奴らも全員おぇーだわ!」

「終わってんなーお前。教え子とはいえドン引きです。とりあえず今日居残りな」

「はぁ!?」

「お前な。時代が時代なら先生お前の事ボコ殴りにしてたからな。少しは反省してくれ」

「出来るもんならやってみろ!」

「怒りに燃えすぎだろ。20代ピッチピチの男は気性が荒いんだぞー。あんま舐めた事言ってると学校外でボコすかもしれんから気を付けろ〜」

「……ちっ!」

「ったく。まーた職員会議で怒られちゃうよー。お前らまじで先生の評価上げるために少しは頑張ってくれよ……」



 担任がため息を吐きながら呆れ返っていた。去年に引き続き同じメンツが問題を起こしたことで頭を悩ませているようだった。


 ……去年、問題が起きた後俺を庇う為に必死に色んな所に頭を下げたのは知ってるからざまあみろとは思わないけど、でもコイツもコイツで星宮の肩を持ちすぎなんだよな。ムカつく。片方の言い分しか信じないとか本当に教師かよ。



「で? なんで星宮の胸揉んだの? お前」

「……」

「黙ってるなよー。ここには俺ら二人だけだ、男の会話をしようぜ海原」

「別に何もないから」

「何もないのに胸を揉んだんだとしたらそっちの方が問題だが。変態極まってるだろお前」

「変態じゃねえし! そういうので触ったわけじゃないから!」

「そういうので触ったんじゃないならなんだ? そのうちレイプしそうな危うさがあるからちゃんとヒアリングさせてくれ」

「するかそんな事!」

「おー。レイプって単語知ってるんだなお前。意外と勤勉なのな」

「習うだろ! そんな事するゴミと同類扱いしないでくださいよセンセー!」

「そんな事をするゴミと同等な事やってるから問題なんだが?」

「胸触っただけだろ!」

「うん同じ事お巡りさんに対して言えるか?」

「けっ、警察呼ぶ程の事、なんすか……?」

「先生的には同じ事だと思うけどな〜。校長の方針的には多分そこまでの大事にはしないと思うけど。学校の評価下がるし」

「……そんな事、先生の立場で言っていいんすか」

「いいんじゃないか? 問題になったら思いっきりお前を生贄に差し出すし。ガス抜きだよ、ガス抜き」

「マジで最悪な事言ってる」

「最悪な事をしてるんだよお前が。自分がされて嫌な事は人にもするなって言うだろ? そこん所ちゃんと胸に刻んでくれよ」

「別に俺、胸触られてもなんとも思わないし」

「女子に痰吐かれたら嫌だろ?」

「嫌に決まってるでしょ」

「同じ事だわ。要は相手が嫌がるだろうな〜って想像出来る事はするなって言いたいワケ。別に胸がどうこうじゃないんだよ。女子ならみんな胸触られるの嫌がるってわかってるだろお前も」

「……でもアレには理由があるんすよ」

「おっ。そうそう、そういうのが聞きたいのよ俺は。言ってみなさいその理由とやらを」



 担任が姿勢を正して話を聞く態度を取る。不真面目な感じしか見せてこなかったのに、そんな真剣な顔も出来るのかよこの人。……普段からその顔で接していれば誰も変な行動起こさないだろ、あんたの監督不行届だろばーか。



「……怒らせようとしたんすよ。アイツを」

「ん? んー……なんで?」

「星宮の奴、俺にだけ怒ってこないから」

「へぇー、特別扱いなの?」

「知らんすよ。でもアイツ、長尾とか横井には手を出すのに小5から俺には手を出さなくなったんすよ。これ、なんらかの差別じゃないっすか」

「え、ムズいな。なんだそれ、特別仲良い友達だから手を出さないとかじゃなくて?」

「……逆でしょ。アイツの中で仲良いと思ってないから手を出してこないんでしょ」

「本人がそう言ってたのか?」

「言ってはないですけど」

「ならお前の思い込みじゃん。てか普通に怒らせるようなことするなよ、どんな友達やねん」

「いやだって! 明らか俺にだけ態度おかしいんすもん!」

「そうかぁ? 傍から見る分には普通だと思うけどなー」

「センセーには分かんないっすよ、部外者だし! 俺らの中には色々あんの!」

「そりゃ色々あるんだろうが、にしても胸を揉むのはやり過ぎだろ。てか仲良いかどうかの確認方法に相手をキレさせるって手段を選択するなよ。相手が嫌な気持ちになるの確定してるじゃねえの」

「だから嫌な気持ちにさせて手を出すかどうか試してるんでしょ!」

「お前コミュ障か?」

「は!? どこがだよ、友達沢山いるだろどう考えても!」

「いや、人との関わり方下手すぎるだろ。他人を嫌な気持ちにさせるのをコミュニケーションに取り入れるって、シンプルにウザがられるぞ」

「そ、そんな事」

「あるだろ。もうちょい仲間意識ちゃんとしろマジで。そのスタンスをこのまま続けてたらいつか孤立するぞ」

「なんでだよ!?」

「なんでか考えてみよう。ウザい絡み方してくる奴と仲良くやれるか? お前にとって言えば、そうだな……間山と仲良くやれるか?」

「仲良くない奴を例え話に持ってくるんすか!?」

「出すよ? だってお前のやってる事って、間山がお前に対して暴言言うのと変わらないからな。相手を嫌な気持ちさせて反応待ちしてるの、まんまじゃねえか」

「全然違うし!」

「形式は一緒なんだよなぁ。まあ、反省文書きながらそこら辺ゆっくり考えとけよ。その為の時間でもあるからな」

「まじで反省文書かせるんすか!? 意味分からん、あんな事で!?」

「あんな事でって言うがなぁ……あんま、軽率な事するなよな。カレー美味いだろ?」

「フツー」

「フツーか。そのフツーな味のカレーも少年院行ったら食えないんだぞー」

「少年院ってなんすか」

「そこは知らんのか。お前みたいなガキが入る刑務所みたいなもんだ」

「刑務所!? そ、そんな重い罪になるんすか!? 胸を触っただけで」

「今後の話だよ。お前が今日みたいな頭の悪い行動を繰り返してたらいつかそうなるぞって話」

「また脅しかよ」

「うむ。生徒思いの先生だからな、再発防止の為にガンガン脅迫して行くぞ」

「最悪!」



 担任はニコニコしながら最悪な事を言い放った。あんな事で卒業まで毎日反省文とか罪重すぎるだろ、教師による生徒いじめじゃないのコレ!? クソッ、星宮(アイツ)のせいで散々だ! まじ許せねえあのクソ男女(おとこおんな)、中学入ったら絶対今日の事後悔させてやる!!!

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