11話『登校再開』
「ご馳走様〜」
お昼ご飯を食べ終えて食器を重ねてシンクに持っていく。自分が使った食器を洗い、食器棚に直してから自分の部屋に向かう。
母さんが家を去って以降、父さんが家に居ることが増えた。仕事はどうしたんだろうって疑問が浮かぶけど、父さんは離婚してから見るからに元気が無くなっているのでそんな事聞けるはずもなかった。
父さん、大丈夫かなぁ。最近、目元のクマが酷くなってる。お酒の本数も増えてきたみたいだし……。
「憂」
ご飯をもそもそと食べる父さんの横を通ろうとしたら呼び止められた。
「なに?」
「……」
「……?」
箸を持ったまま、ボクの顔を見上げると父さんはジーッと視線をボクの顔に固定して黙った。どうしたんだろう? ボクの顔に何か着いてるのかな?
「……父さん?」
「あ、すまん。えーと、その。なんだ」
「?」
「……そろそろ、登校再開するか?」
「えっ」
父さんはボクから視線を逸らし、言葉を続ける。
「小学校卒業まで残り僅かだろ? 最後くらい何か、思い出というか、そういうのを作った方が後悔しないかなって思うんだが。どうだ」
「家から出ちゃ駄目って話じゃなかった?」
「それは母さんが言ってただけで、俺は別に」
「なんで外出ちゃ駄目って話になったの? 父さんもそれに納得したから、ボクの所まで行って出ちゃ駄目だよって言ってきたんだよね。理由を教えてほしいかな」
「……母さんと話してないのか。それ」
「うん。話されてない」
「そうか……」
うん。まあ知ってるんだけどね、ボクを家に閉じ込めていた理由。
身体がいきなり変貌した息子を、障がい者の枠組みに入れられちゃうかもしれない息子を他人に見せたくないって理由なんだっけか。全く、本人がその場に居ないからって酷すぎる言い草だ。
「……その話、今重要か?」
「重要じゃないけど、単に気になった。あんなに口うるさく出るな出るな言ってたのに、急にどうしたんだろうって」
「母さんが反対してただけなんだよ。……で、どうだ」
「……」
「病気と手術の件に関しては学校に説明済み、今更余計な手続きとかは一切ないぞ。先生達から余計な言及はされないし、お前に負担は」
「先生達はそうかもだけど、みんなは……」
「みんなって?」
「海原くんとか、長尾くんとか。今のボクを見ても分からないでしょ、反応に困らない?」
「大丈夫だろ。名前を変えたわけじゃあるまいし」
「ほ、本当にそうかな! 少し前に友達と再会したんだけど、その時はボク、星宮憂だって信じてもらえなかったよ?」
「勝手に抜け出した日の話だよな。それは……学校外で遭遇したらそうなるだろ。事前説明も無かったんだから」
「でっ、でも」
「毎日毎日家に居ても暇だろ。お前はまだ小学生なんだから、ちゃんと学校に行って勉強して友達と遊ぶべきだ」
「いきなりそんな事言われても! もっと前もって言ってくれないと、こっちだって、心の準備とかあるし……」
「何も明日から行けと言っているわけじゃない。来週から行けばいい」
「来週って、でもボクこんな見た目になっちゃったんだよ? いきなり男が女になるとか、変だよ。受け入れられるわけがない!」
「女の友達を作ればいいじゃないか。女物の服とか買ってやるから」
「そういう問題じゃなくてっ!!!」
伝えたい事は上手く伝えられなくて怒鳴ってしまった。なんて言えばいいんだろう、とにかくボクには自信が無いんだ。以前のように海原くん達に受け入れられる自信が。
間山さんと再会した時の一件で痛い程感じた。今のボクは星宮憂として受け入れられない。顔が全く違うし、性格とか喋り方なんて人を判断する材料にはなり得ない。どれだけボクが以前の『星宮憂』っぽい立ち振る舞いをしても、本人として受け入れられる事は無い。ちゃんと経験に基いているからそれは間違いない、それが怖かった。
「いくら先生がボクの事を星宮憂だって言っても、みんなの疑念は晴れないよ。男の服を着て黒いランドセルを背負ってる変な女の子、居なくなった星宮憂を名乗る謎の女の子って思われるだけ。……友達からそんな風に思われるのなんて嫌だ」
「ちゃんと説明すればいいだろ。病気にかかって仕方なくこうなったって」
「信じてもらえないって! 誰も聞いたことの無い、ネットで調べてもヒットしないような病気だし、嘘って言われる」
「あのなぁ……」
「とにかく嫌だ!」
「女として見られるのが嫌なのか? なら母さんの言っていたように、髪を短くして胸を目立たないように」
「そうじゃなくて! 考えてみてよ! 父さんがある日急に女になって、知り合いに会って自分だって必死に訴えても信じてもらえない気持ち! き、傷付くでしょ!」
「だから事前に説明はしてあるって」
「でも心の底から信じてはもらえないよ! そう言われたからそういう事になってるけど、常識的に考えればそれは有り得ないことってなるじゃん!」
「なるのか?」
「少なくともボクは、海原くんとかが急に女になったりしたらそう思うよ! だって現実にあるわけないじゃん、性別が変わるとか!」
「世の中にはそういう生き物もいるんだぞ……?」
「今までそういう人間居た!? 聞いた事ある!? ないでしょ!」
「あ、新しい病気なんだろう。ほら、人間の進化に伴って生まれた突然変異みたいな」
「そんなの漫画じゃん!? オバケとかUFOの方がまだ現実味があるよ! 見た目がちょっと変わるくらいなら分かるけど身体の構造がガラッと変わってるんだよ!? 骨の形が変わったりちんこが無くなったりちんこの代わりのやつが出来たり、意味分かんないじゃん!」
「落ち着け。憂」
「なんかこの身体になってから生理? とかいう意味分かんないのも来たし、匂いに敏感になった気がするし見てる世界もちょっと違和感あるし花に水を上げに行ったら塀の向こうからこっち見てくる人とかいるし! 男だった頃の感覚とかもう分からなくなってきてるし疑われたら自分でちゃんと説明できる自信ないよ! それなのに学校に行って、昔なじみの人達と会って何を話すのさ! ボクはっ」
「憂!!!」
突然大きな声を出されて息が詰まる。父さんは信じられないものを見たかのような目でボクを見つめる。
「どうしたんだ、以前のお前はそんな風に畳み掛けたりしなかっただろ。なんか変だぞ」
「……父さんだって、怒鳴る事なんて今まで一度も無かった。変だよ」
「俺の話は関係ないだろ」
「関係あるよ! そっちが先にそういう話をしてきたんじゃん! 最近イライラしてるみたいだし、ボクと目が合うとすぐ目を逸らすし! 言いたいことでもあるんでしょ、言ってよ!」
「……」
「お、お酒飲む量だって増えたし……アルコールでイライラしてるのなら、お酒、やめようよ」
「関係ないだろ、それも。子供が余計な心配をするな、お前は学校の事を考えなさい」
「……行かないって。中学になってから、女子生徒としてひっそり通うよ」
「駄目だ」
「なんで!? 性転換した奴とか絶対変な奴扱いされるじゃん!」
「決めつけるなよ。お前、そんなに性格の悪い友達しかいなかったのか?」
「性格は悪くないけど、でもっ」
「なら大丈夫だって。友達を信じろよ、母さんの言いつけを破るくらい大好きなんだろ?」
ここで何故か母さんの事を出してきた。父さんは少し、責めるようなニュアンスを含ませてボクに言葉を言い放った。その棘のある言い方にムッとして、ボクは何も言葉を返さずに部屋に戻ろうとする。
「学校行けよ。来週の月曜から」
「行かない」
「駄目だ。行きなさい」
「なんで!」
「言ってるだろ。子供が引きこもるのは不健全だ」
「馬鹿にされたり気持ち悪がられるくらいなら引きこもってた方がマシだよ!」
「そんな事されないから。行きなさい」
「分からないじゃん! てかなんでそんなに学校に行かせたがるの!? あんなに散々家を出るなって言っておいて!」
「だからそれは母さんが!」
「母さんがきっかけかもしれないけど父さんだって途中からそういうスタンスでボクを閉じ込めてたじゃん!」
「言っても聞かんやつだな……!!」
声を荒らげて父さんが立ち上がる。初めてそんな荒々しい姿を見たので怖くなり上の階に逃げようとするも、父さんはあっという間に階段に辿り着きボクの足を掴んできた。
「降りて来なさい!」
「離してよ!?」
「降りなさい!!!」
腰に腕を回され抵抗も出来なくなってリビングの方へ逆戻り。父さんは腕を引き剥がそうとするボクを投げるように床に降ろすと、そこで正座をしろと怒鳴ってきた。
背筋が凍った。豹変した父さんに逆らえず正座をする。
「あのな。お前が言うような事にはならない、考えすぎだ。最近のお前はなんだ? ナイーブになりすぎてるぞ。今までの前向きさはどうしたんだ?」
「……友達に会った時に、信じてもらえなかったんだもん」
「たった1回の出来事だろ」
「信じてもらえないどころか悪趣味って言われたんだよ? 居なくなったやつのフリをするとか最低、みたいな」
「お前の事だからどうせちゃんとした説明もしなかったんだろう。信じられる証言もなしに信じてと言う方が無茶な話だろうが」
「それは学校でも同じでしょ。友達に一人一人に診断書を見せるわけにもいかないよね!」
「そこは先生が説明してくれるだろってさっきから言ってるぞ」
「だからそんなので信じられるわけないじゃんって! なんで分からないの!? いい加減しつこいよ父さん!」
「ッ!」
バチンと音が鳴った。またビンタされた、今度は父さんがボクの頬を叩く。間山さんに叩かれた時よりも痛くて、ヒリヒリと頬が熱を伴う。
叩かれた瞬間に我に返り、心臓がドクンドクンと激しく鳴っているのに気付いた。今日のボクは父さんが言うように何か変だ。ちょっとした事で頭に血が上って言い返してしまう、前まではテキトーに流していたのにそれが出来なくなっている。
父さんも変だ。気性の荒い母さんとは正反対の温厚だったはずの父さんが、今日は何度も怒鳴ってくるし手まで上げてきた。今までの父さんとはまるで別人みたいで、身内に対して向けてこなかった類の嫌悪感というか、恐怖を抱いてしまう。
「す、すまん。大丈夫か憂!?」
謝られた。父さんはボクの傍により、頬をゴツゴツした親指で触って具合を確認して急いで冷蔵庫から氷を持ってくる。
「痛かっただろ。これを頬に当てて、押さえてろ」
……。
恐怖を抱いているのに、同時に叩かれた事や今日の会話、今までの酒に飲んだくれてる感じに対する不満が一気に頭に湧き上がってきて、口が勝手に言葉を紡いでしまう。
「暴力に頼るとか、母さんみたい」
「憂?」
「……前向きなフリをしてたのは、周りに馴染めないと母さんに叩かれるからだよ。ボクは別に前向きな性格じゃないし、嫌な事は嫌って思うし、心だって狭いよ。でも母さんが暗い子は嫌だって言うから、父さんも助けてくれないから、仕方なくそういう子のフリをしてたんじゃん」
「ゆ、憂? 何言ってるんだ?」
「正直に言ってよ。ボクのせいで、ボクが変な身体だったせいで母さんと別れたんでしょ? 父さんは別れたくなんてなかったのに」
「母さんに言われたのか!? 憂のせいなんかじゃない! あれは、意見がどうしても食い違うから仕方なく別れたんだ!」
「そうなんだ。けど別れたくなかったし、別れた悲しみを紛らわせる為にお酒を飲む量を増やしたんだよね」
「それは……」
「仕事も行かずにお酒ばっかり飲んでテレビ見て。でもボクが上にいるの分かってるからリラックス出来ないんでしょ? だから外に行ってほしいんだ、だから学校に行けって言うんだ!」
「……」
父さんは閉口した。言いたいことを言い切ったボクは逃げるようにその場を去った。階段を上っている時、初めて親と口喧嘩をしたせいか喉が震えて涙が出てきた。
ベッドに寝転び、涙を抑える為にうつ伏せになる。なんであんな事を言っちゃったんだろう、そんな後悔が何重にも重なってボクの頭の中をグルグルと巡った。
その日からボクは部屋の外に出なかった。ご飯が出来たという父さんの呼び声を無視し、ただひたすらに絵を描いたり、動画を見たりして時間を潰した。お腹が減ったら部屋にあったお菓子を食べて、飲み物は父さんが寝た後に外の自販機に買いに行って、お風呂には入らない。外に出ないんだから知ったことじゃなかった。
4日経つと父さんはボクを呼びに来なくなった。代わりに下の階から物音や父さんが何か言っている声が聴こえるようになった。『俺が悪かったのか』だの、『食わないのに料理して馬鹿みたいじゃないか』だの、『なんで何も話してくれないんだ』だの。断片的に聴こえる不満の声を繋ぎ合わせたらそんな感じの事を言っていたと思う。
胸が痛む。離婚したのは父さんのせいじゃないし、慣れない料理をしてるのに一口も食べてくれないってのは買い物中の父さんとか想像すると悔しくて仕方ないだろうなって思うし、今まで仲良くやってきたのに会話さえ出来ないのは悲しすぎるもんねって思う。
意地になって部屋から出ないって決め込んだのに、父さんの気持ちとか勝手に想像して涙が出てきた。
でも、ボクにだって思う所はある。親の操り人形じゃないんだから、そんな都合良く言う事ばっか聞けるわけが無いし父さんの意見にはボクの境遇を考えてる発言がなかったのは気に食わない。結局全部自分がそうしてほしいからって言う押しつけでしかないじゃないか。
でも、5日間も引きこもっていたらお菓子のストックも無くなってお腹が空いてくる。空腹には抗えなくて久しぶりに部屋の外に出て階段を降りると、リビングから大きなイビキが聴こえてきた。
リビングを覗くと、机の上には未開封のコンビニ弁当が置いてあった。ボクの席にそれが置かれている、ボクの分って事でいいのかな……?
……料理、やめたんだ。そこでまた少し心が傷んだ。
父さんを起こさないようにゆっくり椅子を引き、座る。そーっと蓋を開け、割り箸を割って冷めたコンビニ弁当に手をつけた。
「じゃあ、行ってくるね」
「あぁ」
話し合いをした翌々週の月曜日、ボクは久しぶりにランドセル背負って玄関に立った。
結局あの後久しぶりにお風呂に入って出たら父さんと話し合う事になり、学校に通い直す事になった。また喧嘩になるのは御免だったのでボクは思っていた不満を父さんにぶつけるようなことはしなかった。
まあ心の準備をする期間も貰えたし、中学に上がればどのみち同姓同名だって事で友達の誰かしらには声を掛けられそうだなって思ったのでそれなら早めに環境を元に戻した方がいいよねって感じだ。
……間山さんにまた会うのが怖い。海原くんにも。長尾くんとか横井くんはそこら辺割とすぐ受け入れてくれそうだけど、ここ二人は思い込むと中々曲げない人達だからなぁ。上手くコミュニケーションを取って、以前と同じ感じになれないとしてもそれなりにいい感じに付き合える仲にならないとだ。また二人と遊びたいし。
「あ、憂」
「? うん、どうしたの?」
「頑張れよ」
「ん?」
「もしかしたらお前の言う通り、心無い事を言う奴がいるかもしれないだろ? ……やっぱり休むか? 無理して行く事は」
「大丈夫だよ! 喧嘩した時は生理? の日で、まだ慣れてなくてイライラしてただけだから! もう元気だしなんとかなるでしょ!」
「そ、そうか? でもやっぱ、ランドセル色は変えた方が」
「高いでしょ! それに、小学校が終わるまで半年切ってるし今更買うのは勿体ないよ!」
「しかしだな……」
「父さん朝から酒臭いよ! 朝から酒飲んじゃ駄目でしょ?」
「い、いや、今朝は飲んでないんだが……昨日の夜飲んでたからそのせいかな」
「少しは控えてね! じゃ、行ってきます!」
「気を付けろよ!」
話が長くなりそうだったから半ば逃げるようにして玄関を飛び出し、久しぶりに家の門の向こう側へと立った。いつもの元気スイッチを入れる、切り替えていこう! 人前でしょんぼりな感じは見せないように!
う〜……女子の身体になったわけだし違和感のない格好をって事で勇気出してスカートってのを履いてはみたけど、これ風がスースーして心許ないな……。多分もう履かないかも、最初で最後だなこれは。
「まあ、誰も居ないよね……」
以前の待ち合わせ場所だった水車小屋で少しだけ立ち往生してみるものの、海原くんはここには来なかった。もっと早い時間に家を出てるか、まあ学校外で会ってもうまく説明出来る気がしないからそれでもいいけどさ。
とりあえず1人で学校まで向かってみる。段々と人が増えてきて、見知った顔もチラチラ見えてきた。
「なんかあの子可愛くない?」
「あんな子いたっけ?」
「上級生だよね。初めて見たかも」
む。なんか数人の生徒がこっちを見て小声で話してる。極力女子に擬態できるよう自然な服装を選んできたつもりだったんだけど、どこか変なのかな?
変か、だってランドセル黒いもんね。女の子の格好してるのに男のランドセル背負ってるのはやっぱり違和感かぁ、失敗したかな……。
「おう。久しぶりだな星宮!」
「山田先生! 6年のクラスも先生が担任なんですか?」
「そうだぞー。俺が担当しなきゃ円滑に話が進まないだろって事でな。まっ、残り僅かだが引き続きよろしく頼むな星宮」
「わー、知ってる先生でよかった……」
教室に行く前に職員室に寄ると、5年生の時の担任が職員室前で待機していた。個人的にこの先生は話しやすい側の先生だったから好きな方だ、不安が少しだけ解消される。
「てか女子になったのって本当だったんだな」
「はいー。びっくりですよね」
「本当にな。世の中不思議な事もあるもんだ、体調とかはどうなんだ? 普通に生活できてるのか?」
「普段は普通なんですけど、なんか時々股間から血を出す期間みたいのがあって、それがしんどいです……」
「あー……女の子の日ってやつだな」
「? や、生理ってやつです」
「それを女の子の日って言うんだ。オブラートに包んだ言い方ってやつよ」
「オブラート……」
「直接正式名を言うよりふわふわした呼び方した方が綺麗な印象になるだろ。トイレに行く事をお花を摘みに行くって言うようなもんだ」
「言ったことないなー。普通にトイレに行くって言ってました」
「これからはお上品な言い方しような。さっ、着いたぞ」
山田先生と話している内にボクが所属しているという教室に到着した。何気に6年生の教室に来るのは初めてだから少し緊張するなあ。
「あ、言い忘れてたんだが、海原も同じクラスだぞ」
「海原くんも?」
「あぁ。お前、休学する前に一悶着あっただろ? そこら辺大丈夫か?」
「大丈夫かというのは?」
「暴力沙汰で終わってるから関係性とかどうなんだろうって思ってな。もし気まずかったりしたら後々クラスをズラす事は出来るんだが、あの後連絡とかは取り合ったか?」
「親が海原くんの所と話に行ったのは知ってますけど、ボクは行ってないです。連絡も取り合ってないし」
「あそこで時が止まってると。うーむ……まあ、とりあえず今日は様子を見てやばそうならクラスを替えるか」
「面倒じゃないですか?」
「面倒ではあるが、生徒の関係が拗れる方が問題だからな。何かあればすぐに言えよ」
「分かりました!」
「相変わらず気持ちのいい返事。じゃ、俺の後に着いてきてくれ」
「はーい」
教室の戸を開けて中に入る先生に続く。ボクが教室に入った瞬間、それまで談笑で盛り上がっていた教室の中が少し遅れて静まり返った。まだ素性を知らない、見知らぬ少女の登場に全員が戸惑っている。
「おはよう諸君。委員長、号令」
「……えっ? ボク?」
「あ、違うわ。間違えた」
ほぼ全員がガックリと頷くようなリアクションを取る。息が合ってるな〜、普段からこういうおふざけが多い感じなのかな? 去年の山田先生にそういうおふざけキャラ的な印象はなかったと思うんだけど。
「センセー。その子誰ー? 転校生?」
「おーよくぞ聞いてくれたな鮫島〜。ご名答、転校生だぞ〜」
「おー!」
「前情報無いのかよー!」
「可愛いなぁ、どこから来たんだろ?」
転校生じゃありませんけど。山田先生、ここまでクラスを盛り上げちゃってどう収集をつけるつもりなんだろう? ボクからのツッコミを待ってるとか? だとしたら申し訳ないけどコメントを控えさせて頂くよ、こんなワチャワチャした空間で声を出すとか無理すぎるし。圧倒的アウェーだよ……。
「静まれ猿ども〜耳障りだぞ〜」
騒ぐクラスメート達に力の抜けた号令をかける山田先生。選ぶ言葉のチョイスが酷すぎる。猿て、耳障りて。
「ねーねーそこの子〜、どこから来たのー?」
「えっ。えーと……」
「先にネタバレするが、この子は転校生じゃないぞ。さっきのは嘘だ」
「「「はー!?」」」
「転校生じゃないんかい!」
「えっ、どういう事? うちのクラスに追加されるみたいな感じじゃないって事?」
「学校行事の報告みたいなのかな?」
「でもあんな子見た事なくない? 同学年でしょ?」
「てかさっきから気になってたけどなんでアイツ黒いランドセル背負ってんの?」
「ね! 思った!」
「兄貴のお下がりとかじゃねーの?」
「歳が離れてるタイプか。すっごい甘やかされてそー」
「あー違う違う。この子は一人っ子だぞ〜」
「え、まじ?」
「じゃあなんでランドセル黒いんだ? 男っぽいのが趣味とか?」
「それだったらスカートなんて履かなくない? 髪も短くするでしょ」
「確かに……」
情報を小出しにするからなんかすごいみんな考察してるんですけど!? やりづらいよー、説明するなら一気にやってよ先生!!
「静粛に〜!」
パンパンと手を叩きつつ大きな声で山田先生が言う。あ、やっばい教室入る時戸を閉めてなかったや。今の大号令、絶対廊下に漏れてたよね。やっばいやっばい、それとな〜く閉めておこう。
「この子はな、とある病気にかかってしまってしばらく学校をお休みしていた生徒なんだ。その病気っつーのが、性別が入れ替わっちゃうってやつなんだけど〜。まっ、信じられないと思うから詳しい事を知りたい人は俺の元に聞きに来なさい。お医者さんが書いたガチゴチの診断書と併せて、懇切丁寧に教えてやるからな〜」
「……まじ?」
「性別が入れ替わるって何? 整形ってこと?」
「ちなみに整形とかでは無いらしい。天然自然の姿だ。なぁ、星宮」
「あ、はい。一応」
「星宮?」
ポロッとボクの苗字を先生が口にし、それに何も考えずに返事をしたら一人の生徒がボクの苗字を繰り返した。その声に続き、ポツポツと周りの生徒もヒソヒソ声で話しながらボクの顔を見てきた。
「えーと。星宮憂でーす。久しぶり〜」
手を顔の横まで上げて、ひらひらひら〜と指を動かす。うん、絶対に最初の一歩ミスったねこれ。みんな唖然としてるもん。仕切り直そうか、自己紹介。
「去年の夏ぐらいから姿を消してた星宮憂です。……えっと、覚えてる人いますか?」
「お前……星宮なの?」
「うん、星宮だよ! 久しぶり、長尾くん!」
「おぉ、どことなく星宮っぽい感じの反応。……俺たち二人の秘密基地はどこに作った?」
「! 田中さんちの裏山の麓の削れてる所! 領土広げていったらいつの間にか田中さんちの畑に侵略してたからそこに近付かないようになったんだよね!」
「え、マジで星宮じゃんお前! なんで女になってんの!?」
「おい待て。なんだその話、先生聞いてて良いやつか? 真剣めに怒った方がいいやつじゃないのかこれ」
「小二の時の話なので!」
「悪ガキすぎるだろお前ら……」
いの一番に近くの席に座っていた長尾くんがボクの事を星宮憂だと認めてくれた。やったぁ!
「は? え、嘘だろ? お前、星宮なの……?」
「あ! 海原くん席そこなんだ! 久しぶり!」
「久しぶりってか……えぇ? その胸とか、本物なの?」
「本物だよ!」
「うげぇ!? まじかよ……」
「なんだようげぇって!」
「いや、いやいやいや。だって……まじで?」
「まじだよ! あの時よくも蹴ってくれたなー!」
長尾くんに続いて海原くんもボクに対して反応をしてくれた。膨らんだ胸を見てわざとらしく吐く真似をしたってことは、男だった頃のボクと今のボクを同一に見てるって事だよね? これは、海原くんもボクが星宮憂だって認めてくれたという認識でいいのだろうか! やったぁ!
「まあそんな感じだから。性別が変わっただけで中身は同じなんだし仲良くしてやってくれー」
「変わっただけって、そこが1番意味分からないんだけど……」
「だ、だよなぁ」
「そんな事あるかぁ……? 現実味無さすぎるし」
「知るかぁそんなもん。実際あったんだからこうして女の子になっちゃったんだろー。病気で性転換したっていう事情を汲んで接しろよ。デリカシーのない発言をして星宮を傷付けた生徒にはペナルティとして卒業するまで毎日反省文書かせるからな〜」
「毎日!? 重すぎでしょ!?」
「何ヶ月あると思ってんだー!」
「何ヶ月あってもいいだろうがー。ガッツリ脅しとかないとお前ら星宮の事いじめるかもしんないだろ〜? 星宮、嫌な事されたらすぐに言えよ。最終下校時間まで反省文書かせるから、報復も出来ないようにしてやるからな〜」
「わーいやったぁ無敵だぁ!」
「そこで素直に喜ぶのも星宮っぽい……」
「わ! 伊藤さんだ! 久しぶり!」
「う、うん。久しぶりー」
ふむふむ。男の頃に関わりが濃かったメンツで同じクラスなのは海原くん、長尾くん、伊藤さんか。それと、ボクの顔を見て驚いてるだけで何も言ってこない間山さんかな。後はあんまり関わりのない人ばかり、とりあえず三人からは星宮憂だって認められたっぽいし初日はいい感じだ!
「じゃあ、星宮は間山の隣の席座ってくれ」
「えっ」
「ん? 知ってるだろ間山。去年同じクラスだったし仲良かったじゃん」
「し、知ってますけど……」
「なに? 喧嘩中?」
「そういうわけじゃないんですけど……分かりました」
こ、ここでまさかの間山さんの隣か。運の巡り合わせがすごいなぁ、以前彼女とは関係が気まずくなるようなやり取りをしたのに、よりによって隣の席になるのか……。
とりあえず指定された席まで移動する。あー、間山さん見てる見てる……。
「ひ、久しぶりー。間山さん」
「……本当に星宮だったの?」
「本当に星宮です……」
「…………ごめん」
「だ、大丈夫だよっ。気にしてないし……」
嘘、めっちゃ気にした。なんならあの出来事のせいで学校行きたくないとすら思ってた。言わないけど。うーん、でもやっぱり気まずい。まだ半信半疑というか、信じられないとか信じたくないみたいな目線で見られてる気がするし……。
また仲良しに戻れたらいいんだけど、戻れるかなぁ。とりあえず荷物を仕舞って普通に授業を受けて、休憩時間中に交流してみよう。間山さんとまた色んな事語りたいし、折角学校に来たんだから今日は気合いを入れて会話しないとだ!