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感情の空白と神様

作者: 文屋 夜

心臓のあたりが重く、ぽっかりと穴が開いている。

私は最近よくこの感情に苛まれる。

この感情は自分が満たされていないからあるのではと、そう結論を出した。

この感情に支配される時というのは、誰かと誰かが付き合っているところを考えたり、周りに誰もいなかったり、誰とも連絡を取っていない時だ。

自分が誰かに必要とされている、思われている。

そう感じることがないのだ。

これこそが、この空白の感情を生み出すのだ。

証拠となるかわからないが、友人と一緒にいて、おしゃべりをしている間なんかはそう感じることはない。

むしろ、装甲を纏い、何者からも守られ、立ち向かえるような気になる。

 こんな話がある。

あるところに老夫婦が住んでいた。

妻は認知症を発症して夫が介護することになった。

そのことを二人の息子が知ったところ、老人ホームに二人で入るのはどうかと尋ねた。

だが、夫は先祖代々のこの土地を離れることなんて考えられないと、断った。

それから二年。夫は妻の介護をした。

初めのうちは、物の場所を何度も訪ねたり、食事がまだかなど、後に控える症状を見ればかわいいものだった。そうして、症状が進行し、遂に、妻は夫の名前を忘れてしまった。

夫は、少しずつ、妻が離れていくようなことを感じたと言っていた。

夫も年を取り、体力を無くし、これ以上の介護が難しくなった。

息子は半ば強引に妻を老人ホームへ入居させた。

息子は父に一緒に暮らさないかと提案したが、夫はこれを断った。

何度か同じように提案をしたが夫はすべて断り、息子は根負けして、これ以上は何も言わなくなった。

夫が一人暮らしとなって一年。

息子が夫を訪ねると、夫はこう言った。

「どちら様?」

息子は何かぞわっとする、悪寒に似た感覚になった。

目の前にいるのは、自分の父親だ。

昔から、嘘が嫌いな頑固な父だ。

「覚えて、ないのか?」

一言尋ねるが返答はない。

これは冗談でもなんでもなかった。

頭を強く殴られたような衝撃を受けた。

息子はひどく後悔した。

 人は一人では生きていけない。

誰かがいて、その誰かと互いに影響を及ぼしながら、日々を過ごし、自分を成長させ、満たしていく。

だが、人は死ぬときは一人だ。

何があろうと、どんなことがあろうと、一人なのだ。

死ぬときは、纏った装甲をすべて外し、穴の開いた状態となる。

つまり、空白の感情を感じるときというのは、感情的に死んでいるのだ。

 人は死を恐れる。

暗闇に進んで足を進める者なのたかが知れるほどしかいないだろう。

どのようにしてでも、逃れたいと思うのが普通なのだ。

死の先に何が待つのか、それすらわからず、普遍的な世界に神を見出し、依存し、死の先をゆだねる。

恐れる死というのは、人ひとりが抱えるには重く、切り分けようがないのだ。

今の十代から三十代、四十代に至るまで、さまざまな人がSNSを使い、空白の感情を抱かないようにと必死になっている。

俗にいうスマホ依存症というのはまっとうな人間的活動なのではないか。

古くから、自分たちに災害が襲い掛かれば、自然に棲む精霊の怒りの表れと言ってこれらを畏怖した。

中世に入り、ヨーロッパではキリスト教が市民を支配し、逆に市民はキリスト教の神、イエスを疑おうというそぶりさえ見せなかった。

ここまでならば、私たちは、まっとうに自分を満たし、空白の感情というのはなかったのではないだろうか。

近代に入り、先人たちは神を眺めるのではなく、自分の内面を見つめるようになった。

それ自体は素晴らしく、芸術の発展など、人類の進歩に多大なる影響を与えた。

だが、これには取り返しのつかない誤りがあった。

 それが空白の感情だ。

今まで、死を恐れ、それを依存の対象に託し、生物学的な死を迎えるまでおびえることを減らしてきたというのに、近代というリングに人類が入ったことで、死を託す対象がなくなり、不安を感じることで、感情的な死を感じ、空白の感情を生み出すのだ。

そして今、現代では、スマートフォンによるスマホ依存症が神となりつつある。

初のスマホが世に出され、早二十九年。

たった二十九年で人類は新たな神を見出し、すがり、依存した。

今、電車に乗り込むと、その車両の七割から八割はスマホに目を落とし、祈っている。

私たちが抱える空白の感情というのは、神によってでしか解消されないのかもしれない。


最後までお読みいただきありがとうございます。初投稿ですので至らぬ点もあると思います。

今後とも私の作品をよろしくお願いいたします。

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