黒歴史へのラブレター
黒歴史だって笑うには、あまりに愛したかつての作品。夢小説や乙女ゲーム、そして自分が黒歴史かもと見ないふりをしたかつての作品へのラブレターです。
存在しないゲームの夢小説。
ご都合主義でも幸せにしたい推しがいる、強めの幻覚を見れる方向け短編です。
年末に向けての大掃除。正直もう封印されてると言ってもいい実家の学習机。引き出しの中を覗くのは意外と勇気のいる行為だった。何を入れたかはぼんやり覚えているが、特に用事もなければ見ることすらない。断捨離するかぁと思い切って開ければ、意外と物は入っていなかった。友達と授業中に交換した折跡のついた小さなメモ達。イラストを果敢に挑戦していた頃の、交換日記。可愛いからと買って、結局使わなかったレターセット。など、など。あまりの懐かしさに写真を撮って、交換していた友人達に送りつける。グループトークで懐かしい悲鳴をあげているのに笑いながら片付けていれば、随分と懐かしいガラケーが出てきた。スマホに慣れた今ではこの厚みが懐かしい。充電できるかと試してみれば意外や意外、きちんと起動できた。指は操作を覚えている物で、何百何千と繰り返した仕草で、メールフォルダーを開く。あの頃夢中になって書いた夢小説の数々が膨大な量出てきた。懐かしいなぁ、懐かしい。
学生時代の執筆はこの青いガラケーと共にあった。さ行の文字を打つ時に通話終了ボタンを間違えて押したために、書きかけの小説が全て消えてしまい大泣きしたことも、あまりに執筆にのめり込みすぎてテスト中に親に携帯を取り上げていたことも。
あれだけのめり込んで書いたのだから何を書いていたかは流石に覚えてたが、細部までは記憶にない。読み返せば文章の拙さを押し流す程の熱量にこんな話を書けたのかと我がことながら感心した。感心、したのだが。
何を隠そうこの夢小説、今の私と致命的に解釈が違うのだ。仕方ない、仕方ない。あの頃の私は綺麗事を少し小馬鹿にしていて、守られるだけのヒロインを隠さず言えば軽蔑していたのだ。その内心の見下しが、びっくりするほど文章に滲み出ている。とても辛い。若かったなとか割り切るにしてはまあまあ距離が近い気持ちもあるから余計辛い。
そしてなにより最推しが、最推しの解釈が。移植で出て追加されたエピソードで、致命的に変わってしまっている。
コールムーンの聖夜
所謂乙女ゲーム。孤児院に暮らすヒロインが、異世界からやってきた高校生と出会ったことで、自分の出自を知って、恋を成就させることで世界をついでに救えるような、ヒロインがピンチに発光するようなよくあるやつ。ミニゲームも多いし、要求されるやることが多くて忙しい。ネットのレビューで見ても、ファン以外から酷評されることもあるけれど、それなりに人気作で、何度も移植をしている名作。何十周と繰り返してプレーして、なんなら書きかけのこの話がエタった後も新しく書いたりするくらい大好きな作品だから。この話に込めた熱量は疑いようもない。今ならこう書くのに、とスマホを取り出して書きかけの夢小説の続きというか改変を書き始めて、気付けば大掃除は途中辞めになっていた。
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パチンと目を覚まして、知らない天井を見上げて硬直した。学生時代から何度も何度も何度も夢見て書いたシチュエーションにいざ自分が遭遇すると、お約束のように頬をつねることしか出来なかった。普通に痛い。夢じゃないんだというにはあまりにも夢そのものだ。恐る恐る布団から抜け出し、カーテンの隙間から外を覗けば、思い描いた通りの景色が広がって目眩がする。
「嘘……」
独特の風合いの夜空に、見たこともないほど大きな月。ゲームのスタート画面で何度も見たものを現実に仕立て上げたようなそれに、驚いて漏らした息で硝子が曇る。慌てて離れれば曇っていた硝子が元に戻り、室内の灯りを受けて鏡のようになる。そこに写った自分が、どう考えても高校生ぐらいの時の自分の顔でギョッとする。思わず体をまじまじと見れば、着ているのは高校時代の制服だし、さらりと目の前に落ちた髪は染める前の色をしていた。別人になっているというよりは、ちょうど寝る前にリメイクした夢小説を書いていた頃の自分になっているような。
不意に聞こえたノックの音に思わずひゃ!と驚いた声を漏らせば、甘ったるい声が入室をしてもいいか問うてくる。掠れた声でどうぞ、と漏らせば信じれないくらいの美少女が現れた。
「よかった!目を覚まされたんですね」
ふわふわ柔らかそうな茶色の髪。はちみつを溶かした月色の瞳は声と同じく甘そうで、ニコニコ笑う顔は彼女をより幼く見せる。
コールムーンの聖夜のヒロイン、コメットがそこにいた。驚いて固まっていると、後ろから黒髪の少年がひょっこりと現れる。女性の部屋ですよ、とコメットに怒られて慌てて謝る彼にも、見覚えがある。この作品のメインヒーロー、イツキだ。真っ黒な短髪に、人なっこそうな笑顔。着ているのは学ランをベースにした服で、こんな制服現実にないであろうデザイン。
「いや、制服着てたし……そのおんなじ日本人っぽいと思ったら居ても立っても居られなくて……」
「ごめんなさい、イツキには悪気がないんですけど……!後でちゃあんと叱っておきますからね!」
「い、いえ。お気になさらず……」
「ほら、気にしないって!」
「気を遣われているんですよ!」
プン、と可愛らしく怒っているコメットを宥めて、自分の置かれた現状の説明を受ける。あーはい。はい。全てを察しました。先程のやりとりで薄々そうではないかと思いましたが、そうですね。これは、私がかつて書いた夢小説の流れです。異世界からトリップして、おそらく行き場がないであろう少女(夢主、つまり今は私)を保護してくれて、ようやく目覚めてからの出会い。何度も妄想したやりとり、そのものです。だって実際のゲームには私のような異物は存在しないのですからこのようなやり取りが存在している時点で、かなりの確率で夢小説です。寝落ちするまで書き続けていたから、こんな夢を見ているのでしょう。痛みを感じたような夢だって、おそらく人は見るのです。
――夢ならいいんじゃない?
これが私の夢ならば、好き勝手やってもバチは当たるまいと、ぎこちなく笑みを浮かべて声をかける。保護されている以上、この施設の責任者の方がいらっしゃるのでは?お忙しいとは思いますが直接お礼を言わせてほしい、とコメットやイツキへの感謝の言葉を添えて伝えれば、人の良さそうを体現した二人が、礼儀正しいんですね、と笑ってくれた。
「ドーン院長、コメットです」
「……こんな時間に何用だ」
「ええっと、保護した方が目を覚ましまして。先生に挨拶したいっておっしゃってるので連れてきました」
「……入りなさい」
ぎい、と重たい音を立てて開いた扉。執務机に向かい、書類を見ていた視線を一瞬だけこちらに向ける。興奮で気絶しそうだ。書類仕事をしているときだけ立ち絵に追加されるなんだが悪役そのものみたいな丸眼鏡と、メインキャラよりは幾分かシンプルで少し年齢が上に設定されたキャラクターデザイン。面倒くさそうさを鬱陶しそうさを隠しもしない不機嫌な声色。最推しのドーン院長がそこにいた。
「お忙しいところ申し訳ありません。一言お礼を言えればと思ったのですが。お邪魔なようならすぐ出て行きますね」
「コメットが判断して連れてきたのだろう。礼儀を払っている人間を責めはしない。責められるとしたら事前に許可を取る事もしなかったこの者だけだ」
「ごめんなさい、先生。つい」
ぺろ、と舌を出して謝るコメットの謝罪は軽い。うーん、これ書いてた時の私の作品理解解像度の低さが悔やまれるが、美少女はどんな顔をしてても美少女。私なら一瞬でこの顔で許してしまいそうだが、ドーン院長の深めのため息に混じるのは明らかに苛立ちだ。怒らせるのも本意ではないので、改めて礼を言って部屋から出ることにした。
「滞在の許可を下さり、ありがとうございます」
深々と下げた頭を上げれば鋭い視線がこちらに向かう。ちょお顔がいいな……と一瞬で脳みそが現実逃避をしたが、また大きなため息が聞こえて縮こまる。この孤児院は財政難で、子供一人ならともかく、すでに16以上の人間が一人増えるだけで食費や何やらが大変だろう。どうにかして稼ぐ手段を見つけねば、と決意をして部屋を立ち去れば、ギィ重たい扉の音が響いて閉じた。ドーン院長。乙女ゲームのこの作品で、特に攻略対象でもなければヘタをするとお邪魔キャラで、ほとんどのルートで魔王になって死んでしまう、私の最推し。これが夢なら、どうか彼の生存ルートでありますように、と握った手のひらは爪が食い込んで痛かった。
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もしかしたら夢ではないのでは、と何度も思う程度には覚めないまま時間は経過した。その間、私はそりゃもうがんばりに頑張った。ゲーム内でのミニゲームでの金策は私の想像力の限界なのか、なぜかそれをしようとするとゲームが始まり出す。やり込みプレイヤーの馬鹿力で、何度も釣りやクッキー作りを繰り返しては売り捌き、それなりに稼いでいた。乱獲して魚の価値が下がったり釣れなくなったりしないあたり、なんというかご都合っぽい。大変助かるので深くは考えないことにした。
「ドーン院長、こんにちは」
「ああ、君はまた釣りか」
「はい!今日も大物を釣って少しでもお金になればいいんですが」
「君がきて夕飯に魚の頻度が増えたな」
「院長はお魚嫌いでした……?」
嘘です、本当は大好物なのを知っています。ドーン院長の好物と明言されている種類のお魚は売る頻度を少し下げてなるべく食卓に並べるように画策しております。
「いや、魚は好きだよ」
「ならよかった!どのお魚が好きですか?院長が一番好きなやつを釣れるようにがんばります!」
「そのようなことは気にせずとも宜しい」
結局好きな魚は聞き出せなかったが、無理はしないようにと最近の働きすぎを心配されるなどをしたのでご機嫌だ。やっぱり優しいんだよなぁとホクホクしていたら、普通にヌシっぽい魚とのバトルになりかけて寿命が縮まりかけた。イツキのスチルイベントが発生してしまったが危機一髪でコメットも居たのでセーフなはず。
穏やかな日常の皮を被った本編の片鱗を垣間見ながら、私は慎重にことを観察していた。イツキルートだけなのだ。ドーン院長が生存できるルートは。だから、だからイツコメが最推しCPでもあるし、一番好きなルートでもあるのだ。難易度は高いが、今のところ全てのイベントフラグは踏ませている。ああ、せめてハッピーエンドを迎えれるまで、目覚めたくないなといつのまにか思うようになっていた。
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街中なのに、魔物が出て。イツキが退治してくれたけど怪我をして寝込んでしまった。甲斐甲斐しく看病するコメットに換えの水桶を手渡した後、大きく大きくため息をついた。エンディングが、近づいている。
どこかのスポーツ選手の言葉だったか。正直詳しくは覚えていないけど、今はその言葉の強さを拝借しよう。祈りのように口にしよう。
――運命よ、私に従え。
これが私の書いた物語なら、どうか最良の結末を迎えてほしい。
私はゲームのシナリオに書かれている以上のことを知る手段なんてない。だから移植でようやく追加されたエピソードで、大好きな推しが、その死の間際まで、死にたくないと、泣き喚きそうな気持ちを抑えていたことなんて。そんなの、私は読むまでは知らなかったの。魔王に体を乗っ取られて、世界を呪う呪詛を振り撒いて消えていく彼の魂を見送るしかできなかった無力なプレイヤーでしかなかったから。
だからこそ何度も、何度も願っていた。何度も何度も夢に見ていた。
何度だって、カッコよく助け出せる手段を妄想していたのに。夢主はどう動いていたかしら。私はどんなストーリーで、どんなご都合主義で彼を救おうと願ったかしら。そんな経験はなんの役にも立たなくて、それでもこの言葉こそが彼の足を止める理由に足ればいいと、祈るように声に出す。
「死なないでください、ドーン院長」
「なんだね、突然」
「明日もおはようを言えますよね?急に居なくなっちゃったりしませんよね?」
縋りつこうにも度胸が足りず、胸元のシャツを強く握る。上から降ってきたため息と、大きな手のひらが、ポンと頭を撫でた。大きく息を吸って、その手を掴む。びっくりするほど冷えたその手は氷のようだった。
「院長、ちゃんと食べてますか?寝てますか?手が氷みたいです」
「寝ているし食べている。冷たいのは体質だ」
「……本当に?」
「嘘だと思うなら勝手にすればいい」
突き放すような言葉にでもきちんと優しさがあった。こちらの手の熱がじんわりと伝わり、冷たさが多少マシになっていく。
「好きです、ドーン院長」
思わずこぼれた言葉に、居心地悪そうに手を振り払われる。子供をそういう目で見る趣味はないと返されて安堵の気持ちが広がった。
「そういう意味で言ってはいませんよ」
「……わかっている」
「院長には大好きな人と結婚してもらって、世界で一番の幸せものになってほしいってそういう意味の好きです。本当にわかっています?」
「父や母が願うようなことを君に言われる筋合いはないと思うが」
恋人にも、父にも母にも私はなれない。でも、たった一人の愛で魔王にならない可能性があるのなら、この愛をいくらでも注いで見せるから。
「はい、でも。本心です」
馬鹿なことを言ってないで、早く寝なさいと嗜められる。笑っておやすなさいを告げて立ち去る。――夢の終わりが近いことを、私はとっくに分かってしまっていた。
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大きすぎる満月の下。コメットとイツキが抱き合っている。イツキは魔王になりかけて、コメットの真実の愛とやらで、魔王は孵化できなかった。トゥルーエンドはもうすぐそこで、それを見届けて私はドーン院長の元へ駆けていく。孤児院の子供達はうまく避難誘導できていたから怪我人はいない。
「院長!」
「君か。怪我はないかね」
「はい、イツキ以下は誰も怪我してませんよ」
「そうか」
こめかみを抑えて視線が壊れた孤児院に向けられている。全焼とかしなくて本当に良かったとは思うが、この壊れ具合を見れば修理費を考えれば頭が痛いだろう。
「あのですね、院長。いえ、ドーンさん」
肌身離さず持ち歩いていた鞄からずるりと書類を何枚か取り出す。何を急にという顔をしているドーン院長にそれを押し付ければ、余計にすごい顔になった。そこには担保に出したはずの孤児院の土地と建物の権利書と、この孤児院の借金が返されたことの証明書と、あとはエリクサーの材料として高額買取される魚の鱗とその魚の釣れる場所を書いた地図だった。ゲーム知識と、ご都合主義の重ね技で、推しに貢げる現段階での最大限だ。
「絶対幸せになってほしいって言葉だけでは伝わらないかもと思いまして……」
「――――」
あ、絶句してる。そりゃそうだ。異世界からきた素性の知れない女が貢ぐにしては行きすぎている。それでも、私はやっぱり推しには幸せになってほしい。
「約束してくれるなら、全部あげちゃいます。だから嘘でもいいので幸せになるって聞かせてください」
「嘘で満足してしまうのか」
「はい、貴方の言葉ならたとえ嘘でも信じちゃうので」
胸を張ってそう笑えば、ほんの少し、ほんの少しだけ唇の端を歪むせるように持ち上げてドーン院長が笑う。ゲームの中では見れなかった、ずっと見てみたかったそれを見て、私の意識は遠のいていく。あなたの夜明けに私はいない。それでも、何も無くなるわけじゃないって、そう思うには十分すぎる笑みだった。
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号泣しながら目を覚まして、頬はカピカピになってるし、床で寝たから体は痛い。リメイクした夢小説は、勢いで書いたせいでリメイク前よりも拙いかも知れない。それでも、それでも。楽しかった。いい夢が見れた。黒歴史だって馬鹿にして、仕舞い込んでしまったら、こんな気持ちにはなれなかった。あの時私を突き動かした愛が、今の私を肯定してくれる。そんな力を間違いなくもらえたから。
「あ、おはよう。突然なんだけど久々に個人サイト作ろうと思っててさ、うんうん……えっ今もうHTML主流じゃない?まじかぁ、CSS?うん、うん」
書きかけの夢小説を完結させて、自己満足でサイトにあげて。いい夢が見れたと、胸を張って生きていこう。私の夜明けは、あなただったから。
黒歴史へのラブレター 完
夢小説や乙女ゲームを黒歴史とかというなどする風潮に少しムッとした勢いで書いた、存在しないゲームの夢小説です。モデル作品はありますが、気付いた人だけあーって顔をしてください。
以下蛇足キャラ紹介
コールムーンの聖夜
異世界ファンタジー乙女ゲーム。聖夜かいてせいなるよるとよみます。通称コルムン
ドーン(夜明け)
夜がテーマの作品で、彼の夜明けは決して来ない。
孤児院の院長。世間一般的には立ち絵も別にイケメンではない。
お人好しの両親の残した孤児院を若き身空でなんとか切り盛りしていたが、年々上がる税金や増える戦争孤児の量に世界そのものへ緩やかに絶望していっていた。
たった一人の愛で救えたはずのIF。ゲームに彼のルートがご準備されていない時点で全ては夢物語。あなたの夢は見れましたか?
イツキ
メインヒーロー
地球の日本からきた高校生。正義感の塊でやや無鉄砲。
誰にでも優しいが、自分の身を顧みないところがある。
優しい人は、実は他者に興味のない冷たい人、な訳がない。みんなのことが本当に好きで、だからこそ恋が恐ろしい男の子。
一番バッドエンドが多い。追加シナリオで唯一ドーン生存ルートは、イツキが魔王として目覚める。
コメット
この乙女ゲームのヒロイン。やや天然で鈍感。その割には結構肉食女子な部分もある。ルートごとに多少性格が変わるが、イツキルートの彼女が一番高潔で、最難関(後述)
通称はクッキー聖女。言われるほど聖女ではないが、戦う者ではあるのでそう言った意味では天使。
隠しパラメータ 通称裏好感度。自室のステータス画面で確認できる攻略対象からのヒロインへの好感度ではなく、コメットがどれだけ攻略対象を好きになったか、というパラメータ。ランダム発生のイベントをセーブロードで攻略対象のもの全て回収せねばならないが、コンプリートしないと真トゥルーエンディングを迎えれないのがイツキ。その上でとある選択肢を選んでいないとただのトゥルーエンドになってしまう。イツキはランダムイベントの数も最多で、このルートのコメットが一番攻略難易度が高いと言われる所以(そこまでしない本当の意味で恋に落ちない)