賢者の呪い
ここがどこなのか、全く分からない。
目の前に広がるのは、雪深い山々が連なる雪原。
吹雪の中を私達は歩く。
もう私に魔力は殆ど残されて無い。
やみくもに、転移魔法を繰り返し使ったから。
「アレックス大丈夫?」
「...ああ」
私の肩に掴まるアレックスは足を引き摺りながら歩く。
治癒魔法の使えない私にはどうする事も出来ない。
「カリーナ...あそこに洞窟が」
「そうね、ここにしましょう」
目についた洞窟へ入る。
少し奥へ行くと、広い空間が広がっていた。
「...ちょうど良い」
「入り口を塞げば誰にも見つからないでしょうね」
「そうだな」
最期を人目に晒したくない、それが私達の願いなのだ。
簡単な結界を張り、吹き込む雪をせき止めた。
「...よいしょ」
アレックスは近くの岩に腰を下ろす。
慣れた手つきで片足の金具を外すと、膝から下の義足が離れる。
アレックスは義足を傍らに置いた。
「この義足もお役御免ね』
隣に座り、三年間アレックスを支えてくれた義足をそっとなでる。
所々がひび割れ、限界を迎えていた。
「俺と同じだよ」
そう呟き、アレックスは荷物から薪を並べ、焚き火の準備をする。
どうして勇者の彼がこんな所で最期を迎える考え持つに至ったのか。
7年も戦い、遂に魔王を倒した世界の救世主なのに。
「...アイツら喜んでたな」
火に薪をくべながらアレックスが笑う。
アイツらとは、先日四年振りに会った元仲間の事。
「そりゃそうよ、さっさと離脱したんだから」
元聖女のマリアと元聖騎士のマンフ。
思い出すだけでも胸糞が悪くなる。
あの馬鹿達がずっと居てさえくれたなら、魔王討伐は楽に終わっていたのに。
「仕方ないさ...アイツらは幸せになりたくて離れたんだし」
「それは私達もよ!」
「...カリーナ」
怒りを我慢できない。
私だってアレックスと幸せになりたかったのに!
「ごめん」
「こっちの方こそ...」
分かってる、アレックスはそういう人だって事くらい。
自分を犠牲にするのを厭わない性格だって。
だけど、あの二人はそんなアレックスの性格につけこんだのだ。
教皇の娘マリアとハムラ帝国の皇太子マンフ。
幼馴染みで恋人の二人は魔王討伐の最中に隊を抜けた。
しかも、魔王軍の主力部隊との戦いを目前にしてだ。
理由は単純で、マンフがマリアに手を着け、純潔を失ったマリアが聖女の力を失い、その事によりマンフも聖剣士の力を失ってしまった。
[聖女が純潔を失うと聖なる力も消え失せる]
そんな事は子供でも知っている、分かっていながらマンフの奴は...
「マンフも責任は取ったから良いじゃないか」
「責任か...」
マンフはマリアを妻に迎えた。
そんなの責任でもなんでもない。
本当に馬鹿な人...言い訳にもならないのに。
マリアとマンフが抜けた事により、私も母国へ無理矢理帰国させられた。
賢者である私をむざむざ死なせては勿体無いと思われただけ、利用価値だけで、決して私の身を案じてでは無かった。
アレックスはたった一人となってしまったが、魔王討伐を止める事は許されなかった。
ハムラ帝国はお詫びとして、新たな兵士達と体力を極限まで増大する秘薬をアレックスに授けた。
しかし兵士達は役に立たず、皆死ぬか、逃げ出してしまった。
当たり前だ、そんな事で勝てるなら苦労はしない。
アレックスが片足を失ったと聞いた私は母国を飛び出した。
制止する奴に容赦はしなかった。
魔力回復の最上級ポーションを奪えるだけ奪い、アレックスの元に駆けつけたのだ。
結局二人で魔王討伐を果たした様な物。
アレックスは増強剤を使い過ぎ、身体を壊した。
私も顔半分を炎で焼かれ、酷い火傷を負ってしまった。
爛れてしまった私の左目は、もう物を捉える事は出来ない。
魔王軍の魔法による炎は治癒魔法が効かない。
アレックスの身体も。
それを治せるのは聖女の治癒魔法だけだが、マリアにその力は無い。
私は構わなかった、望んでアレックスに付いていった結果なのだから。
「...ウゥ」
「アレックス!!」
アレックスが前のめりに崩れ落ちた。
もう残された命は残り僅かか...
「...大丈夫だ...」
身体を起こそうとするアレックス。
踠き苦しむ姿に胸が押し潰されそうになる。
いよいよ最期の時を迎え様としていた。
「カリーナ...ごめんな」
「良いのよ...」
「俺が不甲斐ないばかりに...そんな怪我を」
身体を横たえたアレックスが私の火傷跡を見つめる。
気にしないでって何度も言ったのに。
「...本当ならお前は」
「後悔してないわ」
言いたい事は分かっている。
ようやく魔王を倒した私達は一年を掛け世界を凱旋した。
途中、私の母国にも寄ったが、私の火傷を見た王族達からアレックスと添い遂げるように命ぜられた。
なんの事は無い、利用する値打ちも無いと判断されたのだ。
だが、晴れてアレックスと歩めるのは嬉しかった。
行く先々で、化け物賢者と陰口を叩かれても全く気にならなかった程に。
「...なんだか薄暗いな」
「うん...」
アレックスの呼吸が浅くなり、目に光が失われていく。
...いよいよだ。
「アレックス...」
どうせ最期だ、せめて言いたかった事を言おう。
そっと、アレックスを抱き締めた。
「...ずっと好きだった、愛してるわ」
「...あ...ああ」
「これからもずっと一緒よ」
「お...俺...も」
アレックスは微笑みを浮かべ、やがて静かに目を閉じた。
全身の力が失われたアレックスの身体をしっかり抱き締め、口づける。
「...ごめんね」
アレックスに悪いが、私は世界を絶対に許す事は出来ない。
聖女の力を失うのを分かっていながら、マンフに抱かれたマリア。
アイツは世界より、将来の王妃に目が眩んだのだ。
それは教会も黙認していた。
破門され無かった事で明らかだ。
そんな糞聖女に尻尾を振ったマンフも許せない。
何が責任だ?
アレックスが死ぬのを分かっていながら増強剤を渡しやがって。
世界中の国々もだ!
魔王討伐を押し付けた報いを与えてやる。
「...厄災」
呪いの呪文を呟く。
これで世界は呪われる。
凱旋の為、アレックスと世界を周りながら、世界各地のあらゆる場所に呪いを仕掛けて来た。
絶対呪いを見抜かれない自信がある。
魔王討伐で極限まで魔法を極めた私だ、安穏と過ごして来た魔術師なんかには。
天変地異が世界を襲い、世界は大混乱に陥るが知った事では無い。
私達が魔王を倒して無かったら、人間は滅ぼされていただけ。
私達を厄介者扱い払いした世界の態度は絶対に許せない。
「...解除」
洞窟に張っていた結界を外す。
吹き込んで来た吹雪が私達を包んだ。
「さあ...解いてご覧なさい」
呪いの魔法を解除するにはマンフとマリアが私とアレックスの死体を焼く事。
そして凱旋中に私達を嘲笑った全ての奴等が行う、心からの謝罪。
アイツらに会った時、解除魔法を秘かに掛け、今頃この解除方法は行った先々の王族にも同時に伝わっている事だろう。
やってみろ、今度は逃げられないぞ。
世界から追われた私達を探し当てる事が出来るかやってみたら良いのだ。
「...アレックス」
遠退く意識。
私は愛するアレックスと死ねる幸せを噛みしめながら静かに目を瞑った。