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聖なる日の物語  作者: 遠野 時松
7/8

サンタはあわてん坊

 当の子供探偵は、待ちに待ったパパの到着と両手に持った雪玉みたいに真っ白な大福によりすっかりと目が覚めてしまったご様子で、指定席である夫の膝の上にさ元気よく飛び乗った。


 私はダイニングテーブル越しに見る二人が好きなので座ったままにしておく。気が向いたら動画を撮るつもり。


「美味しいかい?」

「うん」


 両者笑顔だけれど、片や満遍に笑みを讃え、此方口元に若干の歪みが見られる。

 娘は大福をもうひと齧りすると、そーっと旦那の口元に近付ける。夫は「ハハハ」と目を細めて、小さく首を振る。


 いつも隠れてお菓子を食べ合う仲だ。良い共同作戦だけれど、両手で頬杖をついて事の成り行きを見守っている監視員がいるから、それは上手くいかないんじゃないかな。


「僕は大丈夫だから、香織が食べちゃっていいよ」


 娘は小首を傾げる。その様子から二人の隠れ食いの頻度が伺える。


 夫はしばらく目の前から動かない大福に対して、口をパクッと動かして食べる素振りを見せた。娘はビクッと小さく驚いた後に、キャッキャと笑い出した。それがよほど面白かったのか、何度となくそれを繰り返した。

 パク、キャッキャ、パク、キャッキャと、夫と娘の間を行き来する大福。お陰で我が家は一足先に初雪を迎えた。もちろん私の口は諦め半分で小さくへの字に曲がっている。

 夫は食べ終えた娘を優しく横に座らせると、コロコロと自分のお腹の上とソファーを掃除した。出来る夫に私の口角も上がる。


「ねぇねぇ、ママに何をあげたの?」


 食欲を満たされた娘の興味は、テーブルの上に置かれているプレゼントへと移っていった。


「何だろうね。気になるね」


 夫が返事をする前に私が答える。


「うん」

「香織は何だと思う?」

「えー」


 そういうと娘は綺麗にラッピングされた箱を手に取った。クルッと回して観察してみたり、軽く箱を振って音を聞いてみたりしている。


「かわいいリボン」


 娘はそう言うとリボンボウを取り外してしまった。


 よしよし、私としてはそのまま包装紙も破いちゃって良いのよ。それに対して夫は気が気じゃないみたい。プレゼントに関して彼なりのプランがあったのかもね。


「大福は美味しかった?」

「うん」


 和菓子が大好きな娘であっても、食べてしまった後ではそんな言葉では興味をひけない。


「もしかしたらもっと良いものがあるかもよ」


 そういうことねと、私は娘が起きてきた時に咄嗟に夫のコートで隠した椅子の上をチラリと見る。


「ほんと!?」


 娘の目が輝く。夫はしたり顔で笑い返す。


 和菓子より洋菓子が好きな私への献上品として買ってきてくれたマカロンを使うつもりかもしれないけれど、ちょっとそれ危ないわよ。


「どうだろうね」


 意味深な夫の言葉に確証を得た娘は、辺りを見回す。寝る前と比べて違うのは、テーブルに置かれた二つの箱しか無い。


「ちょ、ちょっと待って」


 堰を切ったように近くの折れ戸を開け、家捜しをしている娘に慌てふためく夫。予想通りの展開に動画を撮る気にもなれない。

 プレゼントはその時が来るまで、マンションながら安全な所に隠してある。元々、家の中でかくれんぼでもしない限り見つかるようなところでもないのに、娘と遊ぶ可能性を優先した夫の自己満足で会社へ避難させた。その苦労を自らの手で水の泡にしようとしている。

 昔話の題材になりそうで一人笑った。


「あれー何かなー」


 そっとコートを背もたれに掛け直すと、白々しく声を上げる。夫は私の助け舟に大層感謝したらしく、泣きそうな顔でありがとうと娘に気付かれないように両手を合わせている。




 夫のお腹の上にはゼンマイの切れた娘がすやすやと寝息を立てている。

 せめて口を濯いでから布団に移動して欲しいけれど、この状況だと諦めるしか無いかな。それにしても随分お腹の上で寝させている。


「そろそろ寝ない?」


 私は娘のプニプニのほっぺを軽くつつく。


「うん、そうだね」


 夫はにこやかに娘の頭を優しく撫で続ける。

 笑顔の二人と娘の間にゆったりとした時間が流れる。

 その流れゆく時間を正確に刻むべく、手首には真新しいスマートウォッチが巻かれている。夫はどうにか阻止しようとしたが、紆余曲折あり結局娘に箱を開けられてしまった。悲壮感に満ち満ちた顔は、私のスマホに動画として収められている。


「こんな小さな体のどこにあんな力が秘められているんだろうね」


 眠くてイヤイヤをしている時に無理やり抱き抱えると、体をそり返して抵抗する時のことを思い出しているのだろう。


「そうね。あの時から比べたら大きくはなったけれど、まだまだ可愛い盛りよね」


 私が捻くれたり、人の道を外さずに来れたのも、親や姉のおかげだと感謝している。香織がもし『親の顔が見てみたい』なんて言われる事があったとしたらと、考えたら胸が張り裂けそうになってしまう。そうならないためにもしっかりと育て上げなければ。


「サンタの存在にはいつ気が付くかな」


 隣から独り言みたいな小さな声が聞こえてくる。


「当分は大丈夫じゃない?去年やった青年部の催しものが効いてるみたいよ」

「あーあれね」と夫は頷くと、「会社の組合からの補助は例年通りなのに、やけに手が込んでいたからね」

「何より沖縄生まれのダニエル君が効いたんじゃないかと思うの」

「うん。巨体にあの太鼓腹だと、本格的な衣装を着させたくなるのも分かる」

「そうそう、いつもはディスカウントショップで売ってるやつなのにね。雪深い道を颯爽とトナカイにソリを引かせていそうな見た目なのに、雪が積もっているところ見た事ないんだから流石は南国育ちよね」


 集まった子供達はダニエル君の登場と共に目を輝かせた。

 自発的にプレゼントのお礼にダニエル君宛に手紙を書いたので、娘としても思い出深い出来事になったのは間違いがない。


「それとさ、ダニエルが自分はシャイだから子供達と上手く話ができないって首を横に振っていたのを越中さんが、「それならお前はドイツ語で勝手に話して、それを部長が通訳してる風にすれば万事解決するじゃねえか」って無理やりやらせたら、あれだもん」


 夫はクスリと笑う。


「そうそう、ダニエル君たら通訳を通さずに子供の質問に返事しちゃってね。笑いを堪えるのに大変だったわね」

「日本語理解してるじゃんってね。大人達と子供達の笑顔の意味が全く違ってたのは笑えたね」


 寝ている娘の横だけれど、昔話に小さな笑い声が溢れる。


 それよりも、話の区切りもついてタイミング的には丁度良さそうなのに、まだ夫は動こうとしない。


「君の髪も随分と長くなったね」

「そうね、やっとここまで伸びたって感じかしら」

「その髪型だと本当にお姉さんとそっくりだね」

「そりゃそうよ、双子だもん」


 高校に入るまで姉妹揃ってロングヘアだったが、私は運動部に入部し髪を短くした。以来、姉と間違われる事が減ったこともあり、ずっとショートカットだった。娘が出来てから再び髪を伸ばしている。


「どうしたの急に?」

「いや、髪が伸びたなぁーって思っただけ」


 なんとも歯切れが悪い。


「ふーん、そうなんだ」


 まだ動く気がないみたいだけれど、寝ないつもりなのかしら。


「君のお陰でサンタさんの正体がバレずに済んだよ」

「プレゼント抱えながらリビングに入ってきた時は呆れちゃったわよ。それにプレゼントの捜索をさせようとするし。やめてよね」

「ごめん、ごめん」

「この子にもあなたと同様に、クリスマス事変を経験させるつもり?」

「君が近くに居てくれさえすれば、何事も上手くいくって思ってる」

「なにその他力本願」

「君に全幅の信頼を置いておるって話さ」


 お調子者が調子の良いことを言っている。


「それより娘が起きてて、二人の会話を聞いていたらどうする?」

「えっ?」


 夫の動きが止まる。


「ほら、今口元がピクリとしなかった?」

「嘘だろ?」


 夫は娘の顔を覗き込む。


「嘘よ」

「やめてくれよ」


 あら?娘が笑ったように見えたけれど気のせいかしら。


「君たちはいつも僕の予想を超えるよね」

「そうかしら?ダメだった?」

「知ってるくせに」夫の雰囲気が変わる「君のそういったところが好きだっていうことを」


 ダメダメ。思わず顔が綻んでしまう。

 夫は少し間を空けてから、すうっと息を吸い込んだ。


「いつもありがとう」


 不自然に両手をスマートウォッチの方に差し出す。

 中々寝ない訳が分かった。こういった事を言ってプレゼントを手渡す計画だっだのね。危なかった。ハプニング無しにこんな事されたら、顔が真っ赤になって何もできなくなるところだったわ。


「こちらこそ、こんな私をいつも愛してくれてありがとう」

「えっ!」


 大袈裟に言うと、夫は見た事が無いほどに驚いた。


「もう一度言って」


 何言ってるの?二度と言うわけないじゃ無い。


「明日もあるし、もう寝ましょ」

「いや、寝る前にもう一度だけ」

「しつこい」


 夜中なのに大きな声が出てしまった。

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