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異世界対魔戦記  作者: 長山宏隆
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第6話 双頭家

     第6話 双頭家


「館長様。スサノハンク、ただいま罷り越しました」


 スサノハンクは、右手を胸に当てると左足を軽く引き、少し前屈みになって挨拶した。


 館長と言うのは、母アマルリーニアの母親。スサノハンクからすると母方の祖母であるアマルレオナ=オーブ=プフェルトナァだった。


 彼らがいるのは、王都にあるプフェルトナァ公爵家別邸の敷地内にある、円空流武術の総本山『錬武舘』の館長室だった。アマルレオナは、細面の顔に細い眉。スーッと通った鼻筋に厚い唇。流石、美形のアマルリーニアの母親と思わせる造形だったが、館長という立場上、強面の男たちにも睨みを効かせなければならならず、人前では仏頂面を思わせる引き締まった顔付を崩さなかった。無論、それはそれで、格好よく女性ファンから多くの支持を得ていたが、スサノハンクは、自分たちに見せる相好を崩した祖母の笑顔の方が好きだった。


 そのアマルレオナが、仏頂面をしたまま、執務机の向こう側に座っていた。そのやや後ろの左右には、円空流武術の双翼家と称される二人の男が立っていた。


 ギルベルト=オーブ=シュヴェルト伯爵とヘルマン=オーブ=ファウスト伯爵の二人だった。両家ともプフェルトナァ家の分家筋にあたり、ギルベルトは、由井正雪を思わせる総髪で、細く鋭い目の見るからに融通の利かなそうな男だった。ヘルマンは、逆に、短く刈り込んだ頭髪に、ギョロッとした目で遺漏なく周辺に気を配っていそうな男だった。両者の役目は館長補佐。師範代のような立場の者たちだった。


「堅苦しい挨拶は抜きにして、状況を説明してもらいましょうか」


 アマルレオナが、スサノハンクを急かせるように言った。


「では、私から……」


 スサノハントの後ろに控えていたヴォルフが、一歩前に進み出た。


「待て」


 アマルレオナが、ヴォルフを止めた。


「今、公爵が、王宮に出向いて魔法使いが襲撃してきたことを報告に行っている。戦いが終わったこと伝える使者も王宮に送った。追って、王宮からハンクにも呼び出しがあうはず。ハンクが、報告しなさい」


 アマルレオナが、スサノハンクに言った。


 公爵というのは、スサノハンクの父系の祖父スサノカミル=オーブ=プフェルトナァ公爵だった。館長家と公爵家は、プフェルトナァ公爵家の双頭家と呼ばれ、スサノ系プフェルトナァとアマル系プフェルトナァ家が、交互に侯爵と館長を引き継いでいく慣わしになっていた。とはいえ、得て不得手があるのは、人間である以上仕方のないこと。スサノ系プフェルトナァ家は、どちらかといえば剣技を得意とし、アマル系プフェルトナァ家も同様に、どちらかといえば、体術を得意とすると言われていた。


 また、アマルレオナが、スサノハンクに報告するよう促したのは、王宮には、貴族しか入れないためだった。その従者、例え公爵家従士長の肩書を持つヴォルフでさえ、貴族の称号を持たぬ以上、控えの間で主が戻ってくるのを待っていなければならない。王宮内で、この度の襲撃の顛末を報告するのは、当然、年齢が若くとも貴族の子息スサノハンクの役目となる。その練習を兼ね、アマルレオナは、スサノハンクに報告させようとしたのだった。


「では、……」


 スサノハンクは、ロードワーク中にザンスダーク街道の真ん中に不審者が座り込み、ロードワークを邪魔してきたこと。その者が、何者かに憑依されていたこと。憑依していたのが膨大な魔力を持った魔法使いであってことなどを報告していった。


 ギークの腕が切り落とされる直前、スサノハンクが、見た三日月型の光は、スサノバルトが放った『飛斬』だった。スサノバルトが、振り下ろした剣にはスサノバルトのありったけの魔力が込められていたのだ。振り下ろされた剣からは、その斬撃をなぞる様に弓なりになった魔力塊が飛び出していった。それが、円空流武術に伝わる秘剣『飛斬』だった。


 『飛斬』は、見事にギートの右腕を切り落とすことに成功した。


 ギートを操っていた魔力の殆どは、それで失われた。魔力で強引に動かされていた心臓も、魔力の集中する右腕を失ったことにより、その鼓動を止めた。ギートは、その場に倒れた。

「まだ近付くな」

 皆にそう警告すると、スサノバルトもその場に倒れ込んでいった。魔力切れと疲労から、もはや立っていられなかったのだった。


「あなた」「父上」


 アマルリーニアとスサノハンクは、同時に、スサノバルトに駆け寄った。


「大事ない」


 スサノバルトは、気丈にそう言ったが、大事なくないのは誰の目にも明らかだった。


 石畳に倒れ込む寸前、スサノハンクが父の体を抱きとめるに成功していた。もし、失敗していれば、力なく倒れたスサノバルトは、石畳に頭を打ち付け大怪我をしていただろう。


 その周囲には、従士たちも駆け寄ってきていた。攻撃態勢を取っていながら、そのタイミングを失い、狼狽しながらもその場に立ち尽くしていたのだった。


「フィーネ。あの男の魔力がどうなったか確認してくれ」


 スサノバルトは、呆然と立ちすくんでいたアマルフィーネに力無く言った。駆け寄ってきた従士たちに混じり、アマルフィーネも、スサノバトルの傍らに来ていた。


 アマルフィーネには魔力が見えている。


 スサノバルトは、そう判断し、咄嗟に考え付いたのが、この作戦だった。


 ギートの神経を前方に集中させ、腕を『飛斬』で切り落とすという……。


 スサノハンクをアマルリーニアの横に来させたのも、その一環だった。背後にいるスサノハンクを気にして、片足でバランスを崩しフラフラされては、飛斬を飛ばす作戦自体にも支障をきたしかねなかった。


『飛斬』は、一撃で全ての魔力を使い尽くしてしまうため、威力は大きいものの失敗は許されない。もし、失敗すれば動けなくなったスサノバルトは、ギートの格好の餌食となってしまうだろう。


 魔力を見る能力が娘にあることなど知りもしなかったスサノバンクが、多分、自分でもそんな能力があるなんてアマルフィーネ自身も気付いていなかっただろうが、一世一代の賭けのように作戦に打って出たのはスサノバルトの英断といえた。


「あ、あな……」


 アマルリーニアは、何かを言いかけたが直ぐに口をつぐんだ。


『何で、九歳のアマルフィーネにそんな役を……』


 と抗議しようとしたのだが、スサノバルトが、日頃どんなにアマルフィーネを可愛がっているかは、アマルリーニアもよく知っていた。しかし、これはアマルフィーネにしかできない仕事。スサノバルト本人としては、こんな命令を娘にしたくなかっただろうが、指揮官としては、皆の安全を確認するためには、どうしてもしないわけにはいかない命令だった。娘に、凄惨な死体を確認するよう命じなければならない夫の心境を慮ると、アマルリーニアは、何も言えなくなってしまったのだった。

「は、はい」

 ハッとしたように答えると、その周囲を従士たちに護衛されるようにアマルフィーネは、恐々と、ギートの倒れたところに近付いて行った。


 初めて見る死体。アマルフィーネは、『見たくない』と、隣を歩くヴォルフに誘導を任せ、ギュッと硬く目を閉じた。


『私も、プフェルトナァ家の人間。こんなことで恐れてどうするんですか。今までも、訓練で怪我をしてきたものだって何人も見てきているじゃないですか。これは、私にしかできないことなんです。怖く何てありません』


 アマルフィーネは、自分にそう言い聞かせ、自分を鼓舞した。


 父、スサノバルトの言葉や母、アマルリーニアたちの態度から、魔力を明確に見れる『鑑定』を使えるのは、どうやら、自分だけらしいと悟ったからだった。


「目を開けられますか」


 立ち止まるとヴォルフが、小刻みにガタガタ震えるアマルフィーネに心配そうに聞いた。


「心配は無用です。私は、こう見えてもプフェルトナァ家の一員です」


 アマルフィーネは、両手を胸に当て、自分を落ち着かせるとパッと目を開いた。


『私のなすべきことは、死体を見ることでは無く、魔力が残っているかどうか確認することです』


 アマルフィーネは、そう自分に言い聞かせながら、ギートの死体を見聞した。


 先ほどまで、右手から黒い炎のように立ち上っていた魔力は、今は影を潜めたように消え去っていた。黒い血管か木の根の様にギートの体内に伸びていた、魔力の触手のようなものも今は見えなくなっていた。


「大丈夫です。体からも、腕からも、魔力は消えています」


 アマルフィーネが、そう言った瞬間、ヴォルフは、アマルフィーネの肩を抱いて、その現場を隠すようサッと後ろを向かせた。


「それで、その者はバルトの放った飛斬で腕を切られて、絶命したというわけ」


 アマルレオナは、スサノハンクに確認するように聞いた。


「そうです」


 スサノハンクは、緊張気味に答えた。


 本来であれば、その部屋にいる者たちは、皆身内同然の人間。いつもは、気さくに話をする間柄。それが、今日は、室内に妙な緊張感が漂い、このように改まった態度で皆接していた。それだけ、今回の事態が重く見られている証拠だった。


「魔力の供給が絶たれたことで、ギートとやらの体本体から生気が無くなったというのはいいとして、斬られた腕に憑いていた魔力というのは、どこに消えたのでしょう」


 アマルレオナが、疑問を口にした。


「それは、我々にも分かりません。戦闘のあった周辺は、現在、プフェルトナァ家の従士たちに封鎖され、王宮より宮廷魔術師が到着するのを待っている状態です。彼らが、到着し次第、調査が開始される手はずになってます」


 この疑問は、アマルレオナばかりでなく、ロードワークに参加していた者全員が抱く疑問でもあった。


「この件は、調査待ちということですね」


 アマルレオナは、天井の方視線を向け、ちょっと考え込む様に言った。


「ところで、……」


 アマルレオナは、視線をスサノハンクの方に戻しながら言った。


「でっ、バルトはどんな具合なのです」


 娘婿にして、次期当主がほぼ確定しているスサノバルト。アマルレオナとしては、立場上の制約が無ければ、最も先に聞きたい身内の情報だった。


「ギートに魔力の痕跡が無いことを確認すると、事後を、母上に託し深い眠りに落ちてしまいました」


 アマルハンクは、その時の様子を思い出すしながら言った。


「そうでしょうね。『飛斬」は、一発撃つだけで、撃った者の持てる魔力・気の全てを枯渇させるといいますからね」


 アマルレオナは、仕方なさそうに言った。


 『飛斬』それは、先ほども書いた通り、魔力を剣に込めて発動させる剣技の一つだったが、魔法と呼ぶべきなのか、体術と呼ぶべきなのか、首を傾げたくなるような技だった。


 どちらかと言えば、修行を重ね自らの気を練り上げて行く発頸や気功に近いものかも知れなかった。その鍛錬は、魔力コントロールに通ずるものがあった。魔法を発動できる程の魔力はなくとも、気をコントロールすることに長けてくると、自然と自分の持てる魔力もコントロールできるようになってくるのだ。元々、どちらも丹田にあり、どちらかをコントロールしようと思えば、もう片方にも何らかの影響を与えるのは必然的なことなのだろう。


 また、魔力を外に向け発するのだから、魔法の一種と見ることもできるが、身体機能の調節という観点からすると、攻撃魔法というより身体強化や身体加速のような補助魔法に近いものと言えるだろう。もう一つ攻撃魔法と異なる点は、術を使う者の魔力量の違いもあるだろうが、まさに一撃必殺。体中の気と魔力を剣に込めなければ『飛斬』は発動しない。そのため、当たれば相手に相当のダメージを与えられるが、外せば身動きができなくなった術者は、相手にとってただの格好の標的と化してしまう。


 『飛斬』を放てるのは、ここ一番という場面に一発だけ。代々当主一族は、この技を受け継ぐが、使う場面が限定されすぎて一生使わずに生涯を終えていく者が殆どだった。


 この技が、伝説化しその存在すら疑問視されてきたのはそのためであった、スサノハンク自身も、父が『飛斬』を使えることすら知らなかった。


「それで、リーニアとフィーネは、どうしているのです」


 アマルレオナが、スサノハントに聞いた。


「母上は、ザンスダーク街道の格闘現場で陣頭指揮を執っています。妹は、初めての実戦にショックを受けたようなので、父と共にプラムスに戻らせ館で休息させております」


 スサノハンクは、母と妹の状況を説明した。


「プフェルトナァ家の一族として、フィーネは不甲斐なさすぎるようにも思えますが、九歳の女の子。魔法使いの弱点を見つけたり、魔法使いの死体を確認したりできただけでも上出来です。今回のことは、よしとしましょうか」


 アマルレオナは、片頬を吊り上げ、アマルフィーネの行動をそう評価するように言った。


「それで、ハンクがここに報告にきたということですね」


 まだ成人前のスサノハンクが報告に来たことに、その優秀さは知っていたが、アマルレオナは、一抹の不安を抱いていた。王宮に報告に行かせられるだろうかと……。だから、敢て、ヴォルフでなくスサノハンク自身に報告させたという側面もあったのだが、スサノハンクも一緒に魔法使いと戦った当事者の一人でもあり、今の報告の仕方や質問への受け答えを聞く限り問題は無さそうだった。


 その頃、ザンスダーク街道の沿道、メタセコイアの巨木近く。プフェルトナァ家の従士たちが封鎖する現場付近の石畳と石畳の間から、黒いシミのようなものが漏れ出てきていた。黒いシミは、スーッと石畳表面を流れていくように、一本のメタセコイアの方に向って行った。その形は、人の腕、掌も指もある肩から先の人の腕のような形だった。


 その腕型の影こそ、ギートに憑依し魔法を使わせていたもの本体だった。ギートの右腕が切り落とされると同時に、流れ出る血液に混ざって、ギートの腕から石畳と石畳の間の隙間に移動したのだった。


 シミの向かうメタセコイアの根元には、薄っぺらの人型のシミのようなものが漂っていた。地面や木の表面に映る影ではなく、文字通り空気中を漂う黒いシミのように人型の影がヒラヒラと空中では、揺らめいたいた。その影には、ただ右手が無かった。


 石畳の上を伝わってきた腕の影は、人型の影の足元まで来ると、パッと飛び上がり、人型の影の右肩部分にはまり込んだ。


「やはり、腕だけでは無理だったか」


 人型の影は、戻った腕を確認するように、手を握ったり広げたりグーパーしながら言った。


「今度は、俺様全体が相手してやるか。ヒヒヒ……」


 空気のシミは、そう言うと、石畳と石畳の間の隙間に入り込んで消えていった。




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