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異世界対魔戦記  作者: 長山宏隆
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第5話 訪れし試練

      第5話 訪れし試練


「何度やっても、同じことよ。ヒヒヒ……」


 ギートは、また、突きを二人に向け放った。


 それを避けると、二人は、直ぐに、ギートへの突進を再開した。


「スサノバルト様でも、魔法使い相手では手も足も出ないのか」


 従士の一人が、不安そうに言った。


 スサノバルトとアマルリーニアは、ギースに攻撃を仕掛けようとするが、その度に阻止されている。二人は、従士を含めたプフェルトナァ公爵家全体でも、最強クラスの戦士。その二人が攻めあぐねているとなれば、ギースの戦闘能力はそうとうなもの。従士たちが、不安を抱いてもおかしくなかった。



「案ずるな。スサノバルト様たちが、何の考えも無く、あんな単調な攻撃を繰返すはずがない。きっと何かするおつもりなのだろう」


 従士長のヴォルフが、部下を安心させるように言った。


『そろそろ、何か仕掛ける頃かな』


 スサノハントは、両親の戦いぶりを見ながら、そう心の中で呟いた。


「ハッ」


 スサノハントの予想に違わず、スサノバルトは、新たな動きを見せた。


 シュッ、シュッ、シュッとギートに向かって何かを放ったのだ。


「ええい、小癪な」


 ギートが、サッと飛び退くと、細い金属製の棒のようなものが、キンキンキンと、石畳に音を立てて当たっては転がっていった。スサノバルトが、隠し持つ暗器、棒手裏剣だった。


 プフェルトナァ公爵家はただの騎士家ではなかった。裏で暗躍する影の部分にもかかわる家柄。色々な暗器の取り扱いにも精通していたのだ。


「暗器か、洒落たまね……」


 ギートは、吐き出すように言った。


「ウッ」


 ギートが、皆を言う前に、左肩を押さえて、うめき声を上げた。


 そこには、棒手裏剣が深々と突き刺さっていた。アマルリーニアが、スキを付いて放った暗器だった。


「クソッ。ふざけるなよ」


 ギートは、怒りで血走った眼をアマルリーニアに向けた。


「攻撃準備」


 ヴォルフが、従士たちに命令した。


 次に、ギートの方から仕掛けてくるとみて間違いないだろう。


『その時は、身を挺してお二方をお守りしなければ』


 ヴォルフは、そう決意を固めていた。


「な、何だ、これは……」


 ギートは、その時、信じられないものを見ていた。


 自分の胸から、剣が生えてきていたのだ。


その様子を、攻撃態勢を整えた従士たちも唖然とした表情で見詰めていた。


『やったか』


 スサノハントだった。スサノバルトとアマルリーニアの投げた棒手裏剣に気を取られている間に、ギートの背後に回り込んだスサノハントが攻撃を仕掛けたのだった。


『父上や母上を絶対に殺させてなるものか』


 そんな思いを込め、ギートの背後から食らわせた渾身の一撃だった。剣を頭の横で切っ先を相手に向け平行に構える霞、または、雄牛の構えのまま、スサノハントは。ギートに突進して行ったのだった。


 初めて人を刺すことに、全く躊躇いはなかったといえば?になるが、それ以上に、恐怖や義務感が勝った。ギートは、もはや人と呼べる存在ではなかったし、両親を失う方が、スサノハントにとってはるかに怖かった。また、騎士として敵を殺すことは当たり前の時代。躊躇いが、己の死を招くことがあるのは、両親初め色々な人から戦いでの心得として聞かされていた。スサノハントにとって、ギートを打ち取るのは当然の決断でしかなかった。


「ハント。早く逃げろ」


 スサノハントの耳に、そんなスサノバルトの声が聞こえた。


『何で?』


 ギートの心臓を貫き、とどめを刺したつもりでいたスサノハントは、父の声に疑問を抱いた。


『そ、そんな』


 スサノハントが、ギートの顔の方に視線を向けると、そこには、後ろを向き、スサノハン?を忌々し気に斜に見下ろすギートの眼が有った。その眼に、死相は現れていなかった。胸を貫かれても、それがギートにとって致命傷になることなどなさそうだった。


『し、信じられない。これで死なない人間がいるなんて……』


 スサノハンクは、驚愕の表情を浮かべた。


 初めて人を刺したことでやや興奮状態にあったスサノハントは、刺した相手がどうなっているか確認することさえ失念していたのだった。


『心臓を貫いたはずなのに何故……』


 スサノハントは、背筋にゾクゾク悪寒が走るのを感じた。生まれて初めての真の恐怖というものを味わった瞬間だった。


「ふざけた真似してくれるじゃないか。覚悟しろよ」


 ギートが、怒り心頭で言った。


「ワオ―ッ」


 スサノハントは、ギートの胸から剣を引き抜くと逃げるように後退した。


「グワァ―ッ」


 ギートが、剣を持った右手を天に向け伸ばすと、周囲に、怒りの声が轟いた。


「精々、俺様を刺したことを後悔するんだな」


 スサノハンクの方に向き直ると、剣を持つギートの右手が、巨大していった。


『こ、殺される』


 スサノハンクは、慌てて後退した。


『何だろ』


 その時、シュッと、スサノハンクは、何かが風を切るような音を聞いたような気がした。


「おのれ、五月蠅いゴミめらが……」


 今にも、スサノハンクに向かって振り下ろされそうだったギートの右手に、暗器が深々と突き刺さっていた。


「馬鹿者、落ち着かんか。戦闘に集中するんだ。死にたいのか」


 スサノハンクは、余程、情けない表情をうかべていたのだろう。


 そんなスサノバルトの叱責が、スサノハンクに飛んできた。


 ギートの手に突き刺さった暗器は、スサノハンクの身を案じてスサノバルトが投じたものだった。


『そうだ。逃げなきゃ』


 スサノハントは、スサノバルトの言葉でフッと我に返ったが、頭に浮かんだの逃げることだけだった。恐怖から、完全に戦意は喪失していた。


「貴様から、始末してやるわ」


 ギートは、自分の腕に突き刺さった暗器を抜きながら言った。


「き、傷口が……」


 スサノバルトは、目を見張った。ギートが右手に刺さった暗器を引き抜くそばから、傷は修復され始め、あっという間に、そこに傷が有ったのが分らないくらい奇麗に傷口は治っていた。


『や、やはり、こいつは化け物だ』


 スサノハントは、ジリジリと後退りしていった。背を向け一気に逃げ出したかったが、背後から襲われるのも怖かったからだ。


「こんなちんけな武器じゃ、俺様を仕留めることなどできんわ。ヒヒヒ……」


 ギートは、スサノバルトをあざ笑うかのように言った。


「今度は、こっちから行くぞ」


 ギートは、スサノバルトの方に向き直ると、剣を構え直した。


 恐怖で体の硬直したスサノハンクなど、いつでも仕留められる。ギートは、スサノハンクの現状からそう判断したのだった。


「今度は、避けきれるかな」


 ギートは、舌なめずりしながら言った。


『しまった』


 スサノバルトは、スサノハントを心配するあまり、ギートに不用意に近付きすぎていた。


 剣と剣の戦いであれば、どんな達人の繰り出す突きでも躱せる自信はあったが、ギートの繰り出す黒い影は、人知を超えたスピードで迫ってくる。今までは、動き回りながら、繰り出される気配を察知して何とか躱せてきたが、この距離で、しかもゼロ発進では躱せるかどうか紙一重と言うところだろう。


 スサノハンクに偉そうなことを言っておきながら、自分でもこの体たらく。子供に気を取られていたからなどという言い訳は通用しない。


『私も、まだまだ未熟者だな』


 そう反省はするも、いつまでもそんなことを考えているわけにもいかなかった。今はまだ戦闘中なのだ。


 スサノバルトは、気配を察知しようとギートの手元に神経を集中した。手が動き始めてからこちらが動いても遅い。動き出す前に、気配を察知しなければ負ける。ギリギリの勝負だった。


「……」


 突きを繰り出す前に、また、風切り音が聞こえると、ギートが、横っ飛びに飛んだ。そして、そのギートが去った位置には、何本かの暗器が石畳に突き刺さっていた。


「こっちにも、相手がいることをお忘れにならないことね」


 アマルリーニアが、スサノバルトの窮地に暗器を放ったのだった。


 スサノハンクとスサノバルトは、そのスキを付いて飛び退き、ギートから間合いを取った。といっても、スサノハンクは、転がるようにして逃げ出したという状況に近かった。


「チェッ。ちょこまかしやがって。三対一ってのは、思ったより面倒くせえもんだな」


 ギートは、舌打ちした。


 プフェルトナァ家最強の戦士二人にプラスしスサノハンクを相手にして、面倒くせえで済ましてしまうギートが、いかに人間離れしているかの証だった。スサノハンクは、ギートの人外性に改めて恐怖を感じた。


「お父様、お母様。腕です。魔力が集中するあの男の右腕を攻撃してください」


 その時、アマルフィーネの叫び声が聞こえた。


『『鑑定』できるのか』


 スサノバルトは、驚いたようにアマルフィーネの方にチラッと視線を向けた。


 アマルフィーネが『鑑定』を使えることなど、今の今まで、スサノバルトも知らなかった。いや、スサノバルトだけではなく、本人も含め、誰も知らないことかも知れなかった。何しろ、アマルフィーネは、生まれてこの方、魔法使いに会ったことなど無いはずだから……。


「あの小娘、余計なことを」


 ギートが、アマルフィーネをギョロッと睨みつけた。


「キャーッ」


 アマルフィーネは、従士長のヴォルフの後ろに隠れるようにした。


「隠れても無駄だ。余計なことを叫んだ自分を恨むんだな」


 ギートは、スサノバルトとアマルリーニアを牽制するよう、チラチラと視線を移動させながらアマルフィーネの方に向って、剣を振り上げた。


 ヴォルフが、アマルフィーネを守るようその前に立ちはだかったが、剣から伸びる黒い帯状の影が相手では、背後のアマルフィーネ諸共一刀両断にされるのがおちだろう。


「フィーネ逃げるのです」


 アマルリーニアが、金切り声を上げた。


 スサノバルトも、隙を見てギートを攻撃しようと駆け寄って行ったが、間に合いそうになかった。視界の中に入ったまま暗器を放っても、ギートには簡単に躱されて終わりだろう。


 攻撃が、あらぬ方、愛娘に向けられ、夫婦二人ともやや焦っていた。


「ギヤ―ッ」


 ギートの口から悲鳴が漏れると、剣を振り上げたまま、その場に膝から崩れ落ちた。


 スサノハンクだった。背後から低い姿勢で走り寄ったスサノハンクが、野球の滑り込みの要領で石畳の上を滑走しながらギートの左足のアキレス腱を剣で切り裂いたのだ。それでバランスを崩したギートが、その場に膝から崩れ落ちていったのだった。スサノハンクは、滑走の勢いそのままに、立ち上がると直ぐに走ってギートと合間を取るべく、その攻撃範囲外へと離脱していた。といっても、一般的な範囲でと言うことで、ギートの黒い帯が相手では、その攻撃範囲から逃れることなど不可能いだろう。


『アマルフィーネも戦おうとしいている。父上も母上も、僕らを守ろうと戦っている。だのに、僕は何なんだ』


 スサノハントは、妹の叫び声に自分の不甲斐なさを痛感した。スサノバルトに叱責され、気持ち的にはある程度、戻ってきてはいたが、ギートに恐怖を感じてから、逃げる事しか考えていなかった。気持ちの整理ができたつもりでも、まだ、若干体にこわばりが残り本来の動きができないでいた。先ほど、ギートから合間を取るのに、無様な姿をさらしたのはそのためだった。


『アマルフィーネを、父上を、母上を殺させてなるものか』


 スサノハントは、自分を鼓舞して決死の攻撃を敢行したのだ。


 下手に声を上げれば、自分が攻撃対象になるかも知れない。そう分かっていながら、重要な情報を伝えてきたアマルリーニア。その姿を見て、スサノハンクは、自分の不甲斐なさを呪った。アマルリーニアでさえ、ギートと戦おうとしているのだ。男として、兄として、それに答えられなくてどうする。スサノハンクは、その時、決意を新たにしたのだった。


「てめえ、まだ、戦えたのか……」


 ギートは、スサノハンクの心を完全に折ることに成功したと思っていた。


 スサノハンクが、戦いに中で見せた恐怖に引き攣る顔は本物だった。何度も経験してきたが、戦場や魔物との戦いの最中、そんな表情を浮かべた奴はほぼ百パーセント命を落としていた。恐怖で体が強張り戦えなくなってしまうのだ。


 スサノハンクも、それと同じような表情を浮かべていた。ならば、慌てて殺す必要は無い、他の者を倒した後ゆっくりなぶり殺しにしてやればいい。ギートは、そう考えていたのだが、その予想は裏切られたようだった。


「さっさと、とどめを刺しておくんだったな」


 ギートは、三人に同じようチラチラと視線を送りながら立ち上がろうとしていた。右手に持った剣を杖代わりに、右足一本で……。


「ハンク。リーニアの方に移動するんだ」


 スサノバルトが、手を大きく振りながら、スサノハントにそう指示した。


「怪我はありませんか」


 アマルリーニアが、近くに移動してきた息子に聞いた。


「僕は、大丈夫ですけど、母上は……」


 スサノハンクは、アマルリーニアに聞き返した。


 スサノハンクとは違い、ギートを牽制するために、攻撃と回避行動を繰り返していたアマルリーニア。一瞬でも気を抜けば、命を落としかねない緊張感の連続。それは、見た目以上に、アマルリーニアの体力を消耗させていたようだった。苦しそうに、ハーハーッと肩で息をしていた。


 多分、それは、一見まだ体力的に問題なさそうに見える父、スサノバルトも同じだろう。


『ヤバいじゃん。早く決着を付けなければ』


 スサノハントの頭に、そんな考えが浮かんだ。


「そんな無事の確認は後回しだ。今のうちに全員で、奴に掛かるんだ」


 スサノバルトが、二人の会話を遮るように言った。


「「はい」」


 二人同時に、返事すると、ギートに向かって走り寄っていった。


『これが、最後の攻撃になるかもしれない全力で行くぞ』


 スサノハンクは、そう決意した。


「足もじきに使えるようになるだろう。何回かかって来ても同じことだ」


 ギートには、まだまだ余裕がありそうだった。


『足が、回復する前に何としても決着をつけてやる』


 スサノハンクは、速力を上げた。


 プフェルトナァ家の親子三人は、気が付いていた。アマルフィーネが、魔力が集中していると指摘した右腕以外は、内在する魔力量に差があるせいか再生速度が遅かった。今は、それを利用して攻撃するしかなかった。


「片足だって、お前らに負けっかよ」


 ギートは、右足に全ての体重を掛け、左足を浮かせて一本の足で立ち上がると、右手で剣を横に構えた。剣を横に薙ぎ払い、三人を一度に屠る作戦のようだった。


『まずい』


 一本足でバランスが悪いのだろう、ギートの行動は先ほどより遅かったが、それでも、スサノハンクたちが、攻撃に移る前に、その剣は横に薙ぎ払われそうだった。


『間に合ってくれ』


 スサノハンクは、神に祈りながら、剣を振り上げた。その時……


「ヤ―ッ」


 スサノバルトの気合と共に、何かが光った。


 まだ、ギートとの間合いでは、剣が届くとは思えなかった。


『な、何が起こったんだ』


 スサノハンクが、チラッとスサノバルトの方に視線を向けると、サッと三日月形の光がスサノハンクの脇を通り抜けていった。父、スサノバルトは、剣を振り下ろしたままの格好でそこに立ち止まっていた。


「やったのね」


 アマルリーニアの弾むような声で、スサノハンクもその場に立ち止まると、ギートの方に視線を戻した。アマルリーニアも、攻撃を中止し立ち止まっていた。


 バタッと、ギートの右腕が剣を持ったまま石畳の上に落ちた。


『エッツ、何が起こったの』


 スサノハンクの頭の中は、クエッションマークが渦巻いていった。


「まだ近付くなよ」


 スサノバルトが、そう警告するように叫んだ。


 ギートの体が、バタッと倒れたのはその直後だった。


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