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異世界対魔戦記  作者: 長山宏隆
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第2話 ザンスダール街道

     第2話 ザンスダール街道


「お兄様。もっと早くしてくださいませ」


 アマルフィーネが、兄であるスサノハンクハントの手を引いて走りながら言った。


 目をクルっとさせリスを想わせる可愛らしい顔付。そんなアマルフィーネの髪と瞳の色も黒だった。これから早朝訓練に向かうこともあり。稽古着を着て、邪魔になりそうな髪の毛は後ろで束ねられていた。


 プフェルトナァ公爵家の血筋を引く者は、スサノハンクやアマルフィーネのように、代々黒髪に黒い瞳を持つ者が多かった。これは、プフェルトナァ公爵家の特性から、闇に紛れやすい色が好まれたからかも知れなかった。また、これも、同様の理由からか、人込みに紛れても目立ち過ぎない程度に日焼けしていることも、プフェルトナァ公爵家では、御家人を含めて家族に推奨されていた。そのため、あえて日焼け止めの処置を行わず稽古するスサノハンクやアマルフィーネの肌も、それなりに褐色を呈していた。


 だが、二人の顔付は、貴族は貴族。自然と育ちの良さと気品が漂っていた。見る者が見れば、労働で日焼けした平民の子供たちの中に紛れ込んでも、直ぐに、その素性の違いに気付くだろう。そんなスサノハンクの容姿だったが、家族や家人たちは一つ気に食わないことがあった。スサノハンクの顔に、覇気が感じられないことだった。幼少のころに比べれば、顔付だけはやや凛々しくはなってきたものの、全体としてはボーっとした印象を与える。それが、家族や家人たちがスサノハンクに対して抱く不満だった。将来の公爵家当主ともなれば、誰もが、もっと凛としていて欲しいと思うのは当然の事だろう。


「お兄様が来るのが遅いから、もう皆様は、外周ランニングに出発してしまいましたよ」


 アマルフィーネは、スサノハンクを急かせるように言った。


 そう、アマルフィーネは、なかなか姿を現さないスサノハンクを、父親たちに言われ部屋まで呼びに来たのだった。朝食前の早朝訓練は、プフェルトナァ公爵家の日課。これには、当主一家をはじめ手の空いた家人以外全員が参加するのがプフェルトナァ公爵家流。そこに遅れてくるなど言語道断だった。


 早朝訓練は、各個にストレッチなどのウォーミングアップをした後に、ロードワークから始まる。ロードワークは、プフェルトナァ公爵領の領都プラムスを取り囲む一周四キロメートルの城壁を一周することから始まる。スタートは、王都ザンスザールに向かう並木道、ザンスザール街道の起点にもなる昇り門前だった。ロードワークは、まず、そこからプラムス城壁外周を反時計回りに一周。昇り門に戻ってくると休憩なしに、ザンスザール街道を通って王都内のプフェルトナァ公爵家別邸に直行。それが、プフェルトナァ公爵家のロードワークだった。


 アマルフィーネは、まだ、九歳の女の子であったため、プラムス城壁外周のロードワークは免除されていた。そのため、スサノハンクの様子を見てくるよう命じられたのだった。

 スサノハンクの部屋に着くと、丁度、アンナに手伝ってもらい、スサノハンクは、稽古着に着替え終わったところだった。それで、アマルフィーネは、スサノハンクの手を引いて昇り門の方に走り出したのだった。


「そんなに引っ張るなよ。まだ、アップも終わってないんだから」


 スサノハンクは、アマルフィーネに頼むように言った。


「ダメです。そんなの後にして急いでください。王都にも置いて行かれてしまいます」


 プフェルトナァ公爵家のロードワークは、ハイペース。八分か九分ぐらいで、外壁を回って昇り門に戻ってくる。アマルフィーネが、急いで門の前まで行こうとするのは正しい判断だった。


「もう来ちゃいました」


 アマルフィーネは、門の近くまで来ると、門番の従士に聞いた。


「まだですけど、もう来るんじゃないでしょうかね」


 門番は、遠くを眺めるように手を目の上にかざした。


 このように、領都の治安維持や邸宅内の警護。同じく邸内の家事や事務関係の仕事に従事する者は職務を疎かにできないため、家人たちは、仕事の都合により、大体、三交代で早朝訓練に参加していた。


 ザッザッザッという地響きと土煙が、遠くの方から近付いて来るのが分かった。

 プフェルトナァ公爵家の者たちの姿が見えてくるのは、もう時間の問題だろう。

「早く、準備運動を済ませてくださいよ」


 アマルフィーネが、スサノハンクに言った。


「分かてるよ」


 スサノハンクは、そう言うとウォーミングアップを始めた。


「来たみたいですよ」


 門番が、ロードワークする者たちの姿を認めたようだった。


「もう」


 アマルフィーネは、彼らの早すぎる到着に驚きとも、不満とも分からぬ声を上げた。

 

「スタートの用意をしてください」


 アマルフィーネは、そう言うと、ザンスダール街道を睨むようにスクッと立った。次に、右足を一歩後退させると、腰を前方に曲げ、いつでも飛び出せる準備をした。


「ここですわ」


 アマルフィーネに指定された場所で、スサノハンクもスタートの姿勢をとった。


 ロードワークするプフェルトナァ公爵家の者たちが、凄まじい地響きと共にすぐそこまで迫ってきているのが見えた。アマルフィーネに手を引かれ部屋を出た時には、まだ、辺りは薄暗かったが、空も白みかけてきていた。戦闘を想定した訓練でもあるのだ。いつでも戦えるよう、皆、フル装備の戦闘体勢、革鎧の上にスチール製の鎧を着け、腰には剣を下げ、手には槍を持っていた。まるで、重戦車が向かって来ようだった。戦場で、こんな密集隊形で迫ってこられたら逃げ出したくなること請け合いだろう。さすが軍家フェルトナァ公爵家の者たちという迫力だった。


 フル装備で一体何キログラムあるのか知らなかったが、そうとう重いはず。それでいながら、この時間で領都を一周してしまうのだ。家人も、皆、そうとう鍛え上げられてると思っていいだろう。


「行きますよ」


 アマルフィーネは、タイミングを図ってスサノハンクに言った。


「さすが」


 スサノハンクは、感心したように言った。


 アマルフィーネのタイミングでスタートすると、カーブしてザンスダール街道に入ってきた領都外周組とドンピシャのタイミングで先頭を走る両親に合流できたのだ。


『いつもこうやって合流してたんだ』


 スサノハンクは、ロードワークに参加するようになった当初より、アマルフィーネのように、外周のロードワークを免除されるということは無かった。それで、アマルフィーネの経験の蓄積ともいえる、合流の仕方に面白さを感じたのだった。


 幼少のみぎり、三・四歳でこのロードワークに参加するようになった頃、スサノハンクはいきなり両親に両手を引かれ走らされていた。もう無理だろうと限界を迎えると、父におんぶしてもらっていたが、物心付いて最初の記憶は、両親に手を引かれながらあまりの苦しさに気を失いかけたことだった。それでも、六・七歳になると、両親に手を引かれながらも、コースを完走できるようになっていた。


 それが、軍の表裏に関与する軍家、プフェルトナァ公爵家の世継ぎに対する教育方針だったのだ。戦場では、最終的に頼れるのは自分だけ。諦めてしまえば、待つのは死のみ。それで、親たちも心を鬼にして子供を厳しく育てるのだ。

 

 そのかいあってか、スサノハンクは、九歳になると両親の手を借りず、自力でプフェルトナァ公爵家のハイペースなロードワークを完走できるようになっていた。

 

「領主の嫡男が遅刻するなど言語道断だぞ。後で、きっちり説明してもらうからな」


 スサノハンクの父にして現フェルトナァ公爵代行であるスサノバルトが、合流してきた息子を横目で睨むようにしながら言った。


 本来、プフェルトナァ公爵家の一族が、早朝訓練に遅れるなどあってはならないことだった。指揮官が、いなければどんなに優秀な軍隊でも戦闘行為を行えない。常日頃より、従士や家人にも絶対遅刻はするなと口を酸っぱくして言っているし、それに対しする厳しい罰則も設けられていた。家族に遅刻する者がいては領主代行としての威厳が保てない。プフェルトナァ公爵家では、遅刻は最も嫌われる行為の一つだった。


『本当よ』


 とでも言いたそうに、母アマルリーニアも、スサノハンクを横目で睨んでいた。


 フェルトナァ公爵家においては、ここフリードランス王国でも珍しく、親子で名前の一部が継承されていくのが常だった。


「ごめんなさい」


 スサノハンクは、素直に謝った。


 枕元に現れたカワウソモドキ。そいつは、間違いなくそこにいた。スサノハンクは、そう確信していたが、ハンナが部屋の中を確認してもそれらしいものは見つからず、彼女からは、夢を見ていたと決めつけられてしまった。

 

『きっと小さいから、アンナが見つけられなかっただけだ』


 スサノハンクの心の中には、そんな反抗的な考えも残っていた。が、他の人間が、自分の枕元にモーニングを着たカワウソモドキがいたといったら、スサノハンク自身は、『ああ、そうですか』とそれを受け入れられるだろうか。答えは否である。アンナが、スサノハンクの話を聞いて、初めから猜疑的な態度だったのも当然と言えば当然の話だろう。


 カワウソモドキがいたという確信とそんなものがいるわけないという常識。その両者が、スサノハンクの中でせめぎ合い、自分な中でも明確な答えが出せない、というのが今のスサノハンクの状況だった。そのような混乱を抱えた状況なので、父にいたずらに反発するでもなく、とりあえず素直に謝ったというのが本当のところだった。


 ザンスダール街道は、プフェルトナァ公爵領の領都プラムスの昇り門から王都の東門まで、僅か二キロメートルの街道でしかなかったが、石畳が敷き詰められ馬車四台が横に並んでも余裕で走れるぐらい広かった。その左右はメタセコイアの巨木で囲まれた並木道となり美しい景観を誇っていた。さすが王都の名を冠した街道である。その他にも、遠くには高い城壁に囲まれた王都の威容が、その左手には、巨大な古代フェアビンデントゥルムが見え、これから王都に赴こうという外国の要人でさえ、この光景に目を奪われようというものだった。


 フェアビンデントゥルムというのは、かつて天まで届く塔を建設しようと工事が始まったが、天は遠く、あまりに膨大な労力と資金が必要とされたため、志半ばで放置されたといわれるいわくつきの遺跡群だった。

 

 過分に政治的意図の見え隠れする街道だったが、元々は、プラムス自体を王都の入り口と考えての縄張りだった。


 フリードランス王国に攻め込もうと思えば、プラムスが、王都攻防の最前線、出城、要塞的な役割を果たす。また、不穏な目的を持って王都に侵入しようと画策する者も、ここで篩に掛けられるフィルターのような役目も負っていた。更に、プラムスには、副都心的な役割もあり、王都が、貴族街、平民居住区、商業地区、学園都市部と四地域に分けられるのに対し、プラムスは、領民居住区、職人街、繁華街などを抱え、王都の工業地帯、歓楽街の役割を担っていた。更には、宿泊施設の数も王都より多く、王都の門番的な役割も担っていた。

 プラムスに多くの警備兵が必要なのは、このような施設を抱えているためだった。


「お父様、今日は少しペースが速くありませんか」


 アマルフィーネが、ハーッハーッ息を切らせながらスサノバルトに言った。


「おう、御免、御免」


 スサノバルトは、ハッとしたようにアマルフィーネに謝ると、ロードワークのペースをアマルフィーネに合わせて落としていった。


 いつもであればアマルフィーネが合流した時点で、ロードワークのペースを落とすのだが、今日は、スサノハンクのことで、それを失念していたようだった。


『ヤバいな』


 スサノハンクは、そのやりとりを聞いて、いやな予感がした。


 プフェルトナァ公爵家といえども、後継者になるかどうか決まってない女の子に、それほどの厳しさは求めなかった。また、九歳の女の子に成人男子並みのペースで走ることを強要しても筋力的に無理な相談だろう。

 それを忘れて走っていたということは、スサノハンクに対する父スサノバルトの怒りがそれだけ強いということかも知れなかった。


『今日は、後で、こってりしごかれそうだな』


 スサノハンクは、心の中でそう嘆いた。


 父ばかりではなかったからだ。こういう場合、通常であれば、アマルフィーネが、ペースが速いと言い出す前に、父に真っ先にそう注意を喚起するはずの人間がいた。アマルリーニア、彼らの母親だ。母が、父に注意を喚起するのを忘れたということは、母も予想以上に遅刻してきたスサノハンクに腹を立てているということだろう。アマルリーニアも、生まれながらのプフェルトナァ公爵家内の人間。遅刻に厳しいのは当然の事だった。


 片親が怒っているだけなら、もう一方の親が、歯止めになってなってくれるかも知れないが、二親の怒りを買っていれば、そんな期待できない。


 スサノハンクにとって、今日の早朝訓練が、かなり厳しいものになるのは確定だった。


『あいつのせいだな』


 スサノハンクは、カワウソモドキのことを思い出しながら、心の中で呟いた。しかし、アンナの言うように、プフェルトナァ公家の警備を考えると、半分ねむっている微睡タイムに見た夢の可能性もゼロではなかった。


『まっ、殺されることはないだろうし、仕方ないか』


 スサノハンクは、そう腹を括った。

『何だ、あれ?』


 ザンスダール街道のロードワークを続けていると、その中間点付近で、街道中央に座り込む人の姿が見えてきた。


「もし、当家に仇なす者なら、ハンク。お前が相手しろ」


 スサノバルトが、スサノハンクに向かって言った。 


 家族内で親が名前を呼ぶときは、ファーストネームの前半部は被っているので、ファーストネームの後半部分で呼び合うのが常だった。


 スサノハンクは、口では「はい」と返事したものの、『エッ!いきなり』という驚きもあった。

 


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