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異世界対魔戦記  作者: 長山宏隆
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第10話 ライバル

    第10話 ライバル


「ハンクは、今まで何故、何を目標にして辛い訓練に耐えて来られたのです。


 アマルレオナが、スサノハンクにそう問い掛けた。


「な、何って、……」


 アマルハンクの脳裏には、ヘルマンの娘イリーネとの思い出が浮かび上がっていた。


「ダ―ッ」


 イリーネの気合と共に、スサノハンクは、弧を描き錬武館のフロアに叩きつけられていた。


 今から、数年前の思い出だった。


 同じ歳とはいえ、イリーネの方が半年以上お姉さんであることに加え、この年齢では、女の子の発育の方が早い。様々な訓練に参加するようになったのも、僅かだが、イリーネが先行していた。


『どお。私の方が強いでしょ』


 どや顔で、イリーネが、スサノハンクを見下ろしていた。


 練習とはいえ、スサノハンクはイリーネに一度も勝ったことが無かった。


 悔しそうに唇を噛み締めると、スサノハンクは、イリーネをカッと睨め付けた。


「そんな顔したって、私には勝てないんだからしょうがないでしょ」


 イリーネは、フンというように言った。


「もう一回だ」


 スサノハンクは、そう言うと、フロアから飛び起きた。


「何度やっても同じよ」


 イリーネは、スサノハンクを揶揄する様に言った。


「見てろよ、次こそ」


 幼いスサノハンクは、いきり立った。


「ば~か。そんなに熱くなってどうするんだ」


 アルフォンスが、そう言いながらスサノハンクの頭を小突いた。


 普段はおっとりした性格のスサノハンクだったが、流石にプフェルトナァ公爵家の血を引き継いでるだけあって、戦いに関係することには血をたぎらすきらいがあった。


 年長者のアルフォンスは、スサノハンクとイリーネの指導係をしてくれていたのだ。


「カッカしても、イリーネには、もっと勝てなくなるだけだ。落ち着いて、イリーネの動きをよく見ろ。今は、仕合じゃなく練習なんだから、闘気を高めるより、自分の技術を高めるんだ。いいな」


 多分、練習で自分がさんざん言われてきたことなのだろうが、アルフォンスは、さもどうだと、年長者の威厳をひけらかす様にスサノハンクに言った。


 スサノハンクが、そう勢いよく返答すると、アルフォンスは、満足そうに後退していった。


「フーッ」


 スサノハンクは、深呼吸して気を静めると、イリーネを見据えた。


「そんな怖い顔しても、結果は同じよ」


 イリーネは、余裕綽々でそう言った。


『見てろよ』


 スサノハンクは、理性を失わないようにしながら、静かに闘志を燃やしていった。


「始め」


 アルフォンスの開始の合図で、スサノハンクは、イリーネに飛び掛かっていったが、次の瞬間には、フロアに叩きつけられ天井を見上げる自分がいた。


「いくら泣いたって、強くなんてなれないんだからね。いい加減、泣き止みなさいよ」


 練習終了後、道場の壁に向き合って座り、めそめそと泣き止まぬスサノハンクに、イリーネが言った。


「……くん……」


 それに対して、スサノハンクは、時々、何かが込み上げてくるように鼻を鳴らすだけで、何も言わなかった。


 二人の周辺では、稽古後の道場の清掃が、従士や騎士たちによって行われていた。


「もう、男のく……」


 スサノハンクの態度に怒りが込み上げてきたのか、イリーネが、怒声を上げそうになった。


「それぐらいに、しとけよ」


 イリーネの肩に手を掛け、それを止めてくれたのはアルフォンスだった。


「だって……」


 イリーネは、不満そうにアルフォンスを睨みつけた。


「男だって、思いっきり泣きたい時はあるんだ。そっとしといてやれよ」


 アルフォンスは、そう言うと、スサノハンクの方に戻ろうともがくイリーネを、強引に引っ張って道場から出て行った。


 スサノハンクの悔し涙が止まらないのは、イリーネのせいだった。アルフォンスは、それを察して連れ出してくれたのだろう。原因となる人間が、心配してくれても、近くでわめきたてられても、今のスサノハンクにとっては邪魔な存在でしかなかった。


 泣くことで、自分の気持ちに整理付けようしようとしているスサノハンクにとっては……。


 道場の壁の天井近くには、明り取り用に格子窓が取り付けられていたが、そこから差し込む光は、既に、殆ど失われ、夜の訪れが近いことを告げていた。道場内も、訓練時とは異なり、徐々に闇に包まれ始めていた。道場を清掃していた者たちの姿も、もう引き上げてしまったようで見えなくなっていた。


 広い道場の暗闇の中、残されたのはスサノハンク一人だけだった


「ハンク。いいかな」


 一人だと思っていた道場の中で、そんな声が聞こえてきた。


 スサノハンクの気が付かぬうちに、誰かが、近付いてきていたようだった。


「父上」


 泣き腫らした眼を、声のした方に向けると、そこには中腰になって、スサノハンクに呼び掛ける父、スサノバルトの姿があった。その顔は、明らかにスサノハンクを心配しているように見えた。


「どうして、僕は、イリーネに勝てないのですか」


 スサノハンクは、縋りつくような思いで父に言った。


「はて、どうしてだと思う」


 スサノバルトは、いきなりの質問に一瞬戸ギクッとしたような表情を浮かべたが、直ぐに、真顔に戻ると、スサノハンクの近くに座り込んだ。


「イリーネの方が、大きくて力が強いからじゃないですか」


 スサノハンクは、いつも思っていることを口にした。


「それが原因で勝てないなら、いつまで経ってもイリーネには勝てないんじゃないかな」


 スサノバルトは、いつかは、背も力も、スサノハンクが、イリーネを追い越すであろうことは分かっていたが、そのことについては敢えて触れなかった。


「そんなの嫌です」


 スサノハンクは、頬を膨らませて言った。


「そんなにイリーネに勝ちたいのかな」


 スサノバルトは、笑顔を浮かべながら言った。


「当たり前じゃないですか」


 スサノハンクは、吐き出すように言った。


「では、ハンクは、私の言いつけが守れるかな。私の言いつけを守れれば、いつかきっとイリーネに勝てるはずだ」


 スサノバルトは、スサノハンクの頭を撫でながら言った。


「ほ、本当ですか」


 スサノハンクは、顔をパッと輝かせながら言った。


「勿論、本当だよ」


 スサノバルトは、ニコッと笑って、顔を傾げてみせた。


「絶対に守ってみせます。何をすればいいのですか」


 スサノハンクは、スサノバルトに飛びつかんばかりに言った。


「それでは命ずる。ハンク」


 スサノバルトは、真顔になってスサノハンクを見下ろした。


「はい」


 スサノハンクは、どんなことを命じられるのかと、やや緊張気味に座り直した。


「これから毎日、朝晩、道場の清掃、特に、雑巾掛けをしっかりするように」


 スサノハンクは、スサノバルトの言葉を聞きながら、エッとい表情を浮かべた。


「そ、それだけですか……」


 もっと途轍もない特訓をやらされると思っていたスサノハンクは戸惑い、直ぐに、スサノバルトに聞き返した。


 道場の清掃、雑巾掛けは、訓練に参加した従士や騎士たちの義務だった。騎士の中には貴族もいたが、その義務は、当番制で行われ例え貴族でも免れない責務だった。スサノバルトやイリーネたちにも、その義務は、課せられていたが、幼い彼らは、指導的立場の者たちの子息でもあり、殆ど手伝わされることも無く、他の者たちが、率先してやってくれていた。


 スサノバルトは、スサノハンクに、それを自分から積極的にやれと言っているのだった。


 今考えれば、自分より大きな者を倒すため、早朝の走り込みだけでなく、雑巾掛けをお行い更に足腰を鍛え下半身を安定させろという意味だと分かるが、その当時、訳が分からず、スサノハンクは頭の中を混乱させていた。


「そうだ。それを最低でも三年は続けるんだ」


 混乱するスサノハンクを諭すように、スサノバルトは、言った。


「そんなに長くやらないとダメなんですか」


 数年しか生きてないスサノハンクにとり、三年は、永遠にも思える長さだった。


「真面目に毎日コツコツと積み重ねていけば、三年なんて、あっという間だよ。後は、ハンクが、途中で投げ出さずに続けられるかどうかだが、くじけそうになった時は、イリーネに投げ飛ばされた時の悔しさや、苦行を重ねた先に待つ勝利を想像して、頑張るのがいいかもしれないな。自分に負けたら、勝利はない。そうよく肝に銘じておくんだぞ」


 スサノバルトは、スサノハンクをそう言い包めると去って行った。


 それから、スサノハンクは、当番関係なく道場の清掃、雑巾掛けに毎日参加するようになった。『自分に負けたら、勝利は無い』そんな父の言葉を胸に抱き、イリーネに勝ちたいという一心から、雑巾掛けを継続した。


「どうしちまったんだ。ハンク様」


 従士や騎士たちのそんな声が聞こえてくる中、スサノハンクは、雑巾掛けに勤しんだ。打倒イリーナを果たすためには、今は、父を信じるしかなかった。


 そして三年後。未だ、イリーネから一勝も上げられずにいた。


「ダ―ッ」


 いつもの様に、イリーナが、スサノハンクの襟首を掴み、投げの体勢に入った。


 以前に比べ、格段に粘れるようになってはいたが、最終的には、イリーネのパワーが勝り投げ飛ばされるのがいつものパターンだった。三年でスサノハンクの背も伸び、イリーネとの身長差は縮まりつつはあったが、まだ、身長体重共にイリーネの方が勝っていた。


 スサノハンクは、投げられないように腰を落として対抗した。


『今日は、いける』


 そんな予感が、スサノハンクの胸中に湧いてきた。


「うーん」


 イリーネのうめき声が、聞こえてきた。


 スサノハンクの予感通り、イリーネは、スサノハンクを投げ切れず投げの体制のまま膠着状態に入っていた。パワーで押し切ろうとしたイリーネの上げたうめき声は、スサノハンクを投げ切れずにいる、彼女の焦りを表していた。


「ディヤーッ」


 スサノハンクは、自分の足をイリーネの右足に絡めると、その足を後ろに引いた。


 ドテーンッと、イリーネの体は、スサノハンクの体を背に、前につんのめる様にフロアに倒れていった。


『よしっ』


 スサノハンクは、心の中で、ガッツポーズを決めていた。


 寝技に持ち込めば、体格のハンディはある程度相殺できる。


 自分がスサノハンクに倒され茫然自失に陥っているのか、イリーネの動きは止まっていた。そのチャンスを、スサノハンクは見逃さなかった。


 投げるためイリーネに捕まれていた腕を引き抜くと、背後から喉元に手を回しチョークスリーパー裸締めの体勢に入った。同時に両足を、イリーネの胴体に回した。


『やった』


 完全に決まっていた。もはや、イリーネが脱出することは不可能だろう。


「それまで」


 審判をしていたアルフォンスの声が聞こえた。


 子供同士の対戦では、危険を避けるため、占め技や関節が決まった場合、その時点で一本になる決まりだった。


「イリーネがいたから、イリーネに負けたくなかったからです」


 スサノハンクは、アマルレオナの視線を避けるように言った。


 その言葉に偽りは無かったが、ここ一・二年はスサノハンクがイリーネに勝ったことで、雑巾掛けをしたがる者が急増していた。それに加え、スサノハンクは成長期を迎え、今ではイリーネとの体格差を逆転していた。勝敗も、スサノハンクが、圧倒するようになっていた。


「最近では、訓練に以前のような必死さが無いようですがどうしてでしょう」


 アマルレオナが、静かに聞いた。


 確かに、雑巾掛けはじめ各種訓練に、以前ほどガムシャラに挑んでいく姿勢が薄れていた。自分でも、それに対する自覚があっただけに、胸を張ってアマルレオナの目をみられなかったのだ。


「……」


 スサノハンクは、答えあぐねていた。


「ここのところ、イリーネに負けることが少なくなったからではありませんか」


 アマルレオナが、スサノハンクに代わり、その原因と思われることを口にした。


「そ、そういうわけでは、……」


 スサノハンクは、ハッとしたおうに顔を上げると、アマルレオナの目に視線を向けた。


「図星のようだな」


 スサノカミルが、ボソッと言った。


 周囲を見渡すと、列席者は、皆、スサノカミルの言葉に相槌を打つなど、納得しているような態度だった。


『言葉には出さなくても、僕って、そんな目でみられてたんだ』


 スサノカミルは、自分の危うい状況に今更ながら気付かされた。


「お前、最近、いい気になってないか」


 アルフォンスから、そう何度か注意されていたのは、前奏だったのだろう。


 このまま改善が、見られなければ、ここにいる誰か、または、父や母から雷が落とされているところだったのだろう。


『危ねえ。危ねえ』


 スサノハンクは、額に滲む汗を手の甲で拭った。


「だが、今後は、そんな甘えは許されない」


 スサノカミルが、断言するように言った。


「これからは、さっき、公爵がおっしゃったとおり、過酷な訓練に訓練を重ね、自分の肉体を徹底的に鍛え上げなければなりません。そこに、妥協があってはなりません」


 アマルレオナは、スサノハンクを睨みつけるようにして言った。


「自分は、これだけやったんだ。だから、相手が魔法使いであろうと何であろうと負けるはずが無い。そう思えるようになるまで、自分を鍛えるんだ。よいな」


 スサノカミルが、そう続けた。



次は、カワウソモドキが、登場する予定。

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