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クローゼットトラベラー  作者: モノクロ◎ココナッツ
第二部、第三章
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古き良き楽園


 その卑猥な看板を曲がって暫し直進していると、少しばかり離れた所に一本の蝋燭の如く光が漏れ出している所を見つける。

 その場所は谷を超えて丘の上にあり、そこへ続く一本道も白線が淡く光り輝いている事もあってか、まさに見たままのキャンドルの様。


 そこで先程の"The Candle"の意味がこの風景なのだとわかり、不可抗力とはいえ、夜の時間帯に訪れる事ができて良かったと少しばかり思ってしまう。

 ……これから向かう先が、もしかしたらラブホテルの立ち並ぶ場所の可能性があるので、両手離しに喜べる訳ではないのが痛いところだが。


 そんな内に段々と灯りが大きくなり、徐々にその全貌が明らかになってくる。遠目で見ると明らかに娼館かラブホテルの集まりかの様に思えたのだが、近付いてみた所そんな事はないと思い知らされる。


 町? 集落? 村? 何と行ったらいいのだろうか。だだっ広い草原の中に突如現れたキャンドルという場所はどうも外界と内側とをきっちり分けられており、その敷地内に足を踏み入れた途端、まるで突然昼間にでもなってしまったのではないかと思ってしまう程の明るさに包まれる。


 その突然の変化に流石のファイスも朝と勘違いしたのか、のそりと起き上がって寝ぼけ眼のを引っ提げたまま辺りを見回しつつ「もう朝ですか……?」とぼそり呟いた。


 そんな珍しい彼女の姿に思わず笑いを一つ零しつつ「おはよう。まだ朝じゃないけどね」と一言告げる。だがそんな俺の言葉を聞いた彼女はというと、フリーズしたPCの様に暫し固まる。

 そしてコテンと小さく首を傾げた後、か細い声で「……ぅん?」と返事一つ。次いで少しキョロキョロと見回して「じゃあここって何処なんですか?」と疑問を投げ掛けてくる。


「どうも道の途中にあるキャンドルって場所みたい。……見た所普通の町っぽくて安心したけど」

「普通……? 何か異常でもあったんですか?」

「……いや、杞憂に終わったから気にしなくていいよ」


 俺の何気ない安堵の言葉に彼女が反応を示したものの、態々ラブホの事を説明する必要はないと考え、言葉を濁した。それに彼女は深く突っ込む事もなく助手席の窓から流れ行く町並みを眺めるのだが、どうも地球に来た時の様に目を輝かせていたので、そこに何かを告げる様な無粋な真似はしたくなかった。


 そんな彼女に倣い、俺もチラ見程度なのだが周囲を見渡す。……まぁ、これから宿泊先も探さなくてはならないので、彼女の様に手放しで楽しめないのが痛い所なのだが。


 ざっと周囲を見た所、どうも雰囲気としては大きな都心の繁華街……。まぁ具体的に言うのであれば、夜の歌舞伎町や深夜のニューヨークなどの夜景を、もっと柔らかな色で、かつ輝かしいまでの光量で埋め尽くしていた。その柔らかな光のせいもあってか、一般的な繁華街の様な猥雑さは感じられない。


 だがどうだろうか。

 メインストリートは眩い、まさに"表側"と言うに相応しい面々がこの町の"顔"を彩っていたのだが、その狭間の通りを少し覗き込んでみると、正反対と言わんばかりに陰鬱で卑猥……いや、言い方は悪いのだが、陰湿な雰囲気が漂っている。


 まぁ、その点については別にここだけでなく、地球の都心部でもよくある事なので、そこについては何も思わない。

 ただ、隣に座っている彼女には、知られて欲しくないなぁ……という、くだらない考え。……まぁ、彼女も歳を重ねるとそのうち知る事になるので、時間だけの問題だろう。


「……っとあぁ、ここら辺はホテルエリアなのかな?」


 そんなどうでもいい事を考えつつ運転をしていると、古き良きアメリカのモーテル……と言っていいのだろうか。ネオン管でデザインされたホテルの看板がビル横にぶら下がっていたり、高級ホテルの様に白を基調とし、入り口部分を全てガラス張りにして高級感を演出していたりなど、様々な志向のホテルが存在している。


 まぁ、そこは他の都市と何ら変わりないので、そこら辺は特段気にすることはないのだが、どうも歩道となる部分がガヤガヤと騒がしい事になっている。

 騒がしいと言っても、協定島の祭の様に乱痴気騒ぎをしている訳ではなく、至って大人しい……いや、大人しいのか?

 判断基準が協定島の"アレ"なので大人しいかどうかは定かではないのだが、ホテルの軒先に出されたビアガーデンよろしくなそれらは、宿泊客達だろう人々で大賑わいと見せている。


 ……となると軒先の人数はそのまま宿泊人数だとすると、やはり少ない方が一発で宿泊予約が取れる確率が上がるので、出来るだけ少ない方が……いや、あまりにも少なすぎるのも治安的な意味で少しばかり不安がありそうで怖いので、まぁまぁ人がいるだろう所を選ぼうと思う。


………………

……………

…………

………

……


「……さて、今日はここにしようか」


 その後ものの数分で宿泊するホテルを決め、地下駐車場に停車。そこそこ賑わっていて、そこそこ静かな雰囲気を感じたホテルを見つけたので、なんとなくなのだが選んで地下へと入ったのだが、中は予想以上に平和……もとい普通で少しばかりホッとした自分がいる。

 ……いや、何を言っているんだと思うかもしれないのだが、勝手な妄想で落書きだらけのゴミだらけだと勝手に思っていたのだ。

 ……ホント申し訳ない。


 とまぁ、思ったよりも普通で、何だか地球にいる時の様な感覚に浸りつつ車のロックを掛けた所、「コースケさん、行きますよ」と、一足先にキャリーケースをガラガラと引き連れながら、上階へ向かう為のエレベーターへの移動を始めていた。


 ……いやはや、何とも逞しくなったなぁ……と少しばかり沁み沁みしてしまう。

 少し前までは何かある度に恐る恐るとなっていたのが、一緒に居る事に慣れてくれたのか、今ではいい意味でズカズカと進んで行動してくれるのが嬉しく感じる。


 そのまま自身の荷物を持ってエレベーターへと乗り込み、2階のエントランスへと向かう。因みに1階はレストランとなっている。


 その間も彼女とどんな部屋やどんな食事なのか、何か見所はあるのかと、いつも通りといえばいつも通りな会話を交わす。


 まるでドアベルを鳴らしたかの様な鈴の音が鳴り響き、ドアがゆっくりと開く。そして眼の前に広がった光景はなんとも懐かしいというか、それっぽいというか、思ったとおりとも言える様な光景であった。

 ……まぁ、多分だが夜である事を意識していたのだろう。天井から部屋を照らす照明は全てカットされており、受付カウンターの上においてあるスタンドライトのみで落ち着いた雰囲気を演出している。

 また、エントランス自体も然程広くなく、まさに都内のビジネスホテルを連想するかの様な広さであった。


 だがあまり広くないと言ってもそんな不快感を感じる程に狭い訳でもなく、不必要な広さはないと言った印象を受ける程で、大家族などがレジャー等で使う想定ではないので、まぁこの位の広さがあれば十分だろうと思う。


「こんばんは。予約無しで宿泊したいのですが部屋は空いてますか?」


 そしてそんなシンプルな造りをした受付カウンターにて、当直をしていたであろう男性にそう訊ねた。多分だが、彼は更に内陸側……、強いて言えば日照時間の少ない場所の出身なのだろう。

 肌は病的とまではいかないものの、結構白めであり、目の色も明らかに明るいブラウンとなっていて、顔立ちも少しばかりアジア系っぽい目鼻立ちをしている。


 そんな彼は俺の問いかけに僅かながら笑みを浮かべ、「いらっしゃいませ。こんばんは」と答え、手元に置いてあるであろう宿泊の帳簿を開いて目を滑らせた。

 その待っている間も断られないかどうかを心配しているのだが、その心配は杞憂に終わる。ものの数秒で「あぁ、空いてますね。どうします? 別々の部屋にします? それとも同室にします?」とこちらと彼女とを交互に見つつ問いかけられる。

 まぁこの夜の時間で二人きり、双方キャリーバッグを持っているとなれば、二人でそういう仲と見られても仕方ない。まぁ、個人的には「別々でお願いします」と言おうとして、最初の一文字を口にした所、明らかに遮る様に「同室でお願いします」と被せられた。

 その返答に目を合わせていた受付の彼と俺の動作が、まさに時間が停止してしまったかの様に凍りつく。


「……らしいんですが、どうします?」

「……お願いします」

「……別々で?」

「……一緒で」


 その渋々というか、苦渋の決断を聞いた彼は心中を察してか、少しばかり苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべつつ、カウンター下から木板のキーホルダーの付いた鍵を取り出した。

 そのキーホルダーには思っていた通り部屋番号が掘られており、"101"の文字が。


 そのキーを受取り、彼女と共に部屋へと向かう。

 歩き始めはやっと部屋で休めるなぁ、となんでもない感想を抱いていたのだが、徐々に彼女と同じ部屋で寝泊まりをするという事実が、徐々に緊張感を誘い出していた。


「夕飯何食べます!?」


 だがところがどっこいそんな俺の心配は露知らず。彼女の頭の中は夕飯の事で頭一杯となっているようだ。

 まぁ、その方がこちらとしては気楽なので、少しばかり彼女の気楽さに安堵している。


 部屋の鍵を開けて中へと入ると、まさにビジネスホテルと言った感じの様相をしていた。シンプルにシングルベッドが2つに、その間にベッドサイドテーブルがある。

 その上には問い合わせ用の電話に、室内を照らす為のライトスタンド。

 夜間だからなのか、ホテル内部の照明が全体的に暗く設定されており、落ち着いた雰囲気を醸し出している。


 まぁ、そんな事はさて置き。

 早々と荷物を置いて街へと繰り出す俺とファイス。

 ホテルのフロントにてここら近辺の情報を聞いてみたのだが、どうもここキャンドルは街と街とを結ぶ中間辺りに作られ、主に仮眠や宿泊、飲食等をする為に作られた街で、とても小規模なものとなる。

 小規模なのと国と国との堺にある為、警察の目も届かずに常駐もないのだが、だからといって犯罪という犯罪は滅多に起きないらしく……いや、発生している可能性もあるのだが、揉み消されている可能性もあるので一概には言えない。


………………

……………

…………

………

……


「……さて、と。早速注文しようか」

「はいっ!」


 その後1階のレストランにて食事を摂る事になったのだが、どうもここはホテルの食事会場となっている様で、ホテルの宿泊者は一部のメニューを除いて無料となっている。

 その一部というのは、主にアルコールの類であったり、少し高額めなメニューではない限りだ。あとはまぁ、暴飲暴食していない限りは追加請求は無いらしい。


 そして各々料理を注文し、舌鼓を打った後に腹ごなしがてらに外出する。

 とは言っても車に乗る訳ではないので、本当に近場を散歩するだけなのだが。

 まぁ、目的としては夜景が有名だとレストランのウェイターの方より聞いたので、飲み物を買いつつ向かうとする。


 まぁ、街自体がとても小さいので、散歩と言ってもそんなに時間はかからないだろう。地図を見た所、どうもバチカン市国とほぼ大差ない……寧ろバチカン市国よりも小さい可能性もある。


 因みに先程ホテルに入るために通った道はメインの通りではなく、飽くまで幹線道路という扱いな様で、一本裏側に入った小道がメインの通りとなっている。


 その通りは丁度ホテルの裏側から出ると出られるらしいので、ホテルの周りを回って出ようかと思ったのだが、会計をしてくれたウェイターさんより「あぁ、めんどいんでレストランの中通って出でもいいっすよ」と、何ともラフで気さくな感じで提案してくれたので、喜んで中を通らせてもらう事に。


「んで、頂上は月に向かって真っ直ぐ行くと着きますよー」

「はい、ありがとうございます」

「じゃあまた御縁があればー。じゃっ」


 そんな事を言いつつ、ホテルの裏手から外へと出してくれた彼に見送られ、その目的の場所へと移動する。

 因みに隣を歩く彼女の手には、レストランの厨房にて貰ったクレープとパフェが握られていた。……いやまるで意味がわからないと思うだろうが、安心してほしい。俺もわからない。


 会計をしてくれたウェイターの彼の後を追いつつバックヤード……つまりは厨房へと足を踏み入れたのだが、そこで行われていたのがなんとデザートの勉強会。

 まぁ、勉強会というよりかは、研究会といった所だろうか。


 どうも、近年は男性だけでなく女性のお客も増えたという事で新しくデザートをメニューに加える事となったのだが、如何せん厨房の中は甘味なぞ知らんと言わんばかりな大男しかおらず、女性が気に入りそうな物がわからなかったそうなのだ。


 そこでうんうんと唸りつつ考えを巡らせていた所に現れたのが、ファイスと俺なのだ。

 まぁ、主にはファイスなのだが、そこで運悪く……いや、ファイスからしたら運良くだろうか。そこでものの見事に厨房のおっさん達に捕まり、あれもこれもどうだと提案されるがままでファイスは嬉しがっていたのだが、流石に2つ3つ目辺りから答えるのもキツくなり、暗に"助けて"と言わんばかりな目線を向けてきたので、とりあえず興奮気味なおっさん達に片手て食べられるクレープと、アイスクリームを使わないパフェの2つで妥協してもらった。


「……どっちも美味しいです……!」


 そんな一時おっさんずに悩まされかけた彼女であったが、今はそんな事どこへやら。満面の笑みを浮かべつつ嬉しそうにクレープを頬張っていた。

 ちらりとその彼女の頬張るクレープを見た所、断面に見えるのはマーマレードだろうか、レモンピールの様な黄色くなだらかな三日月。そしてそのマーマレードをまるで雲の様に包み込む白色のホイップクリーム。パッと見みえるのはその2つが混ざりあったものなのだが、まだ中に違う何かが入っていそうではある。


 ともあれそれは彼女だけの楽しみなので、俺はあまり関わらないようにしようと前を見た。

 因みにもう片方の手に持っている紙コップのパフェにはチョコチップ混じりの生クリームが乗っているのだがその中身は全くわからない。


 そしてふと前を見上げた所に映る、大きく丸い、闇夜を照らす銀色の太陽。

 その光は闇夜の赤みの滲んだ光を引き立てるかの様に、メイン通りと言う名の裏通りを優しく照らしていた。


 メインの通りは見た感じだけで話すのであれば、猥雑としていて、不衛生の様にも見えてしまう。だがそう見えるのも、道そのものを象っているかの様にも思えてしまう、ひしめき合う程に密着している所為もあるのだろう。

 そんな露店の過半数はどうも飲食の露店の様なのだが、その衛生概念というか、徹底ぶりに少しばかり驚いてしまう。


 店頭に立つ人は全てマスクを着用しており、頭には頭巾やバンダナを巻き、手は使い捨てのゴム手袋で完全防備という徹底ぶり。

 また、食材も後ろに見える冷蔵庫であろうそれの中に全て仕舞われており、作業台であったりコンロの近辺などは汚れ一つ無い程に清掃されている。

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