フォリス
その後特に何かハプニングがあった訳でもなく。船頭に立っていたガイドであろう好々爺なおじいさんは、真面目な説明の中にもユーモアを織り交ぜていた。
簡単に例えるのであれば、ディズニーにあるタートルトークが一番近いだろうと思う。……いや、流石にあんなにマシンガン地味たものではないのだが、それでもまるで陽気なピアノジャズを聞いているかの如く、心地良い旋律の様な嗄れた声に、ついつい聞き入ってしまう。
それはファイスや周りの乗客も同じ様で、誰も口を開かずに、尋ねられたら答えるという、まるで教室で授業をしている先生と生徒の様。
その後もまるでオーディオガイドのような説明を聞きつつ船旅を楽しんでいたのだが、途中で肩にポテっと重みを感じる。
横に座っていたのはファイスで、一体どうしたのだろうかと思ってその方へと視線を向けるも、そこにあるのは俺の方へと体を預け、安らかに寝息を立てている姿。
……粗方、実家を離れて海外へと渡航した上、タイムアタックにて記録更新したりと様々な事を体験した上、明日はどうなるのだろうか? という楽しみな面もあり、中々寝付けなかったのだろう。あくまで嫌な事を思い出しつつも寝ている訳ではないのか、その寝顔は何処か楽しそうにも見えてしまう。
……その嬉しそうな表情に、ついつい表情が崩れてゆくのが自分自身でもわかってしまう。
というのも、この異世界に来るまでの間の人生と言えば、毎日同じ仕事を同じルーティーンでこなすだけの日々で、モノクロ以上の無彩色だったのだが、ファイス達クラブル姉妹のお陰で色付き始めるどころか、カラフル過ぎて目が痛くなってしまう程だ。
いや、流石に目が痛くなるというのは比喩表現なのだが、そう感じてしまう程にここ最近の生活は潤っていると言える。
……とまぁ、そんな感慨深くなりつつも彼女の寝顔を眺めていると、段々と目の前から暖かでいて眩しい光が小さく差し込んでくる。
その光は徐々に大きさを増しつつある一方、そのバランスを調整するかの様に周りのマジックアワーが次第に色を失ってゆく。
そしてそのまま暗闇を超えた先に広がるのは、広大な渓谷。……というよりも、感覚としては標高の高い雪山にあるクレバスの中にいる様な感覚に近いだろう。
……いや、一番近いのはブラジルにあるイタイムベジーニョ渓谷の様な。だがそこ程は広くなく、畝り曲がってもいない為か、どこか人工物的なものなのかと思ってしまう。
だが船頭に立ってガイドをこなす彼曰く、この疑わしいまでの直線は、紛う事なく自然に出来たものらしく、何故これ程までに真っ直ぐなのかは解明されていない様だ。
一部では、もう解明するのが面倒だから妖精か精霊の仕業って事にしてしまえという声があり、それを聞いた両者から困惑の声が上がっているそうで、その反応からも察する事が出来るだろうが、両者とも何もしていないのがわかるだろう。
……よく妖怪の所為にする体操ソングがあったが、あれも案外冤罪に近いものなのかもしれない。
具体的に言うの出れば、なんとなしに外を出歩いていたらいきなり目の前で起きた交通事故の責任はお前にあると言われた様な感覚なのだろう。
……そう考えると、とても納得の行かないものになってしまい、少しばかり彼らに同情してしまう。
……まぁ、同情した所で何かが変化する訳ではないのでどうしようもないのだが。
……さて閑話休題。
かと言っても何か主題となる事柄を話している訳ではないので、閑話休題というのもひょっとしたら間違いなのかもしれない。
このまま船に揺られっぱなしというのも兎に角暇なもので、自身の隣りに座っている彼女はというと頭を俺の肩へと預けたまま、気持ち良さ気に夢の中。
では俺も同じく夢の中へ……。と言いたい所なのだが、そんな事をすると彼女共々川へと転落してしまうか、もしくは船体の硬い床との熱いキスをする事になってしまう。
それは勿論嫌なので、何が何でもこの状態を維持しなければならないので、少しでも気を逸らそうと辺りに目を向けた。
その左右に聳え立つ断崖絶壁な崖は段々と背を低くし、代わりに覗くのは正に密林という言葉がぴったりな森林が顔を覗かせた。
だが先程のディープダークとは違い、程々に間引きをされているのか明るく光が差し込んでおり、陰鬱な雰囲気などは一切感じられない。
風が通っている事による木の葉のざわめきと小鳥達の囀りがとても心地よく、先程のディープダークの先にあるとは微塵にも思わないだろう。
それ程までに先程の雰囲気とは打って変わって平穏そのもので、森林浴などをしても心地よさそうだなと思ってしまうが、この年齢にしてその様な経験は全く無く、飽くまで想像の域を出ていない。
そこでふと、森の中を歩く二人の男性の姿を目撃する。その装備は至って普通の私服で、ハイキングに行く様なスタイルでもないので、多分だがハイキングコース的な物があるのだろう。
友人同士で散歩しているのかなと思ったのだが、どうもその姿に見覚えがあってじっと目を凝らして見てみると、向こうもこちらに気づいたのか暫し目線を向けた後にブンブンと手を振り始めた。
……方や特徴的な燃える様な赤髪に、もう片方は金色の短髪。
……うん、アルテにて宿泊したホテルの主任であるバーンズと、俺の同僚であり、同じく異世界に来た事のある佐藤の二名なのは間違いないのだが、どうしてここにいるのかはわからない。
組み合わせ的にも不明で、関わりどころか接点すらあったのかすらも不明だ。だが現に二人共仲良さ気に散歩している所を見るに、何かしらの接点があった様だ。
だが兎に角返事をしなければと思って手を振るも、変な表情を浮かべたままだったのだろう。
岸に居た二人の表情が一気に破顔し、ゲラゲラと笑い転げるも、未だに状況が理解できないままの俺。
言うなれば、"あぁ、これは夢なんだな"と思ってしまう程に非現実的で居て、だがしかし、この香り、船の触感、森のざわめきが否が応でも現実だと教えてくれる。
そう思っている間にも彼らとの距離は離れてゆき、徐々に夢見心地が現実へと塗り替えられてゆく。
その後はタートルトークよろしくな彼のガイドは右から左へと流れるばかりで、道中にてどんな説明がされていたのかは全く記憶にない。
そして次に正気へと戻ったのは、なんと船着き場についた時の事。
隣に座っていた彼女に肩を叩かれつつ名前を呼ばれた事で辺りの景色がガラリと変わっている事に気付く。
ついたのは、最終目的地であるフォリスで、辺りには何ともチグハグな光景が広がっていた。
景色だけを見るのであれば北欧の様な緑豊かな土地なのだが、如何せん、そこに建てられた物達が何とも違和感を過剰なまでの演出をしていた。
……確かに、事前情報としてゴシック風味だとは聞いていたのだが、ここまでチグハグだとまでは流石に読めなかった。
具体的に言うのであれば、想像していた赤レンガとは違い、まるで動脈から飛び出た鮮血の如く赤く、その繋ぎ目に使われている黒いモルタルも光を全て吸い込んでいるかの様に黒く、一見するとハロウィンでもやってるのかな? と思ってしまう程。
兎に角船を降りた俺とファイスは町……いや、村と言った方が正しいだろうか。
だが疎らではなく、ある程度密集している為か、村といった感覚は感じられない。
気候も先程よりも内陸……強いて言うなれば赤道に近い位置に近付いたのだろう。
先日よりも暖かく、だが暑いという訳では無い、夏一歩手前といった感じの、心地よい陽気が体を撫で抜けてゆく。
他の手段もあるだろうが、メインの入口となっている連絡用の川がある為か、町の中心がここら近辺になっている様で、飲食店を始め、土産屋や宿やなどがここら近辺に集中していた。
だがその中でも一際目立つ大型の施設。
一見すると複合商業施設にも見える巨大な建物なのだが、その色合いがどうも赤黒なせいで怪しげなカルト集団の本拠地なのかと思ってしまう。
だが、その店舗前にディスプレイとして置かれている、パラソルと円形のハイテーブルにゆらゆらと揺れ動くロッキングチェア。
そしてその横に備えられている、大きさにして大体サイドテーブル程の大きさの冷蔵庫らしきもの。
多分、地球で言う所のスウェーデン発祥の家具屋であったり、日本発祥の名前三文字なあの企業であったりと、ほぼ同じ様な立ち位置なのだろうと考えてしまう。
そこでふと、この世界の道具でアウトドアをしたらどれほど快適なのだろうかと、ふと考えてしまう。
地球であれば動力源である電気であったリ、燃料であるガスなどが必須……とまでは行かないものの、それでも燃料の代替となる木々や枯れ葉などは必要となる。
そこでこの世界特有である魔法の出番である。
どうも魔力というものは生物全てに宿るものであり、魔力の貯蔵庫である器官がこの世界の生き物に備わっている様だ。
だがその有無や大小などは個々によって異なっており、俗に言う大魔法使いレベルから、一般人という、魔力が備わっていない者まで多岐に渡っている。
だがその二者間に於いての差別などは表立っては無く、至って平和とされている。
あえて表立ってと言ったのは、科学が発展するまでの間はやはり差別はあった様で、上位種と下位種、カラーズとバニラなど、様々な蔑称が存在していた。
だが現在はその言い方自体が差別用語とされ、公の場は愚か、他人に対して使う事自体が禁止されている。
地球でいうとFワードみたいな立ち位置と同じかと思ってしまうのだが、その扱いはそれよりも格段に厳しくなっており、事情を説明する以外に口にしてはならず、その言葉を悪意を込めて言った段階で訴訟をされてしまう程。
そのような事は"言ってない"といえば誤魔化せるだろうと考えてしまうのだが、人の記憶というのはそう簡単に消える事はない為、文字通り"嘘発見器"ならぬ、嘘発見魔法にかけてしまうとその真偽が一発で判断できてしまう。
「……そんな歴史があったんだね……」
「そうです。文明がある以上、明るい部分ばかりではないですからね」
そんなこの世界についての歴史を彼女から学びつつ、店内を一緒になって見回した。
店内のディスプレイは何というか、地球のそれとは大きく異なっており、アウトドア用品などのセットはイメージしやすい様にディスプレイされているのだが、その気合の入れ具合が違う。いや、店内自体が普通ではない。
というのも、フロアそのものが人工芝で、とても目に優しい配色と感触になっている。
また室内の家具のディスプレイも相当気合が入っており、正にゲームのUn Packingの画面を見ているかの様な錯覚に陥ってしまう。
更にそのディスプレイは円形のターンテーブルに設置されており、それぞれ壁を背に十字を象る形で4つの部屋が隣接している。
それぞれの部屋のコンセプトは似通う事無く、その色は四季の如く明らかな違いを見せている。春の芽吹きを模した、淡い桃色と白色を基調とした内装から始まり、夏の輝きを模した緑と赤色を基調としたそれ。そして秋の憂いを模した、焦げ茶色と黄色を基調としたそれに、冬を基調とした水色と白色のそれが、回りつつその姿を代わる代わる見せてくれる。
木工の家具が有名と聞いていたのだが全てが全て木製という訳ではなく、普通にステンレス等の金属も使われている為、異世界だという事を忘れてしまう。
そんなまるで地球にて普通にショッピングをしているかの様な感覚に陥りつつも、横にいるファイスと共にあーだこーだと会話を弾ませる。
そこで彼女にキャンピングしたいねー等と軽く言ってみた所で、予想外にも食付きがよく、今度一緒にキャンピングに出掛けるのが確定してしまった。
……因みにグランピングの方を提案してみたのだが、彼女曰く「それって普通に宿泊するのと大差ないですよね?」と結構な正論を突き付けられてしまい、思わず閉口してしまう。
だがそれでも隣にて腕を組みつつ並んで歩く彼女の笑顔がとても眩しい。
彼女は見るもの全てに対して「これいいですね~」や、「素敵~」などと言っているのだが、俺の内心としてはとても冷や汗ものである。
確かに売られているもの全て素晴らしく、天衣無縫……とまではいかないものの、見ているだけでもその高品質さが伺えるのだが、当然ながらそのお値段も素敵で、どうも直視できずに目線を逸らしてしまう。
やはり野外で使用される事を想定されているだけあり、その値段設定は幾ら物価の低い人間領だとしても割高である。
従業員の方々からすると十分冷やかしだと思われそうな程に内覧をした後に、店を出る。
出た所で澄んだ爽やかな緑の香りが乗った風が頬を撫でてゆき、心を爽やかにしてくれる。
「それで、今日は何処に宿泊する予定なんですか?」
そんな風を味わいつつ、町の中心地であろう、生鮮食材や銘品、雑貨など、様々な店舗が立ち並ぶ商店街を歩く。
ここは当然ながら協定島とは異なり、マルシェの様な露店などは見当たらないものの、店前で頻繁に客引きを行っており、中には大衆居酒屋と思われる店舗までもが存在している。
アルテにてバーンズの紹介で居酒屋は利用したことがあるものの、ここフォリスの居酒屋は無論初めてだ。アルテにて利用した居酒屋は、港町という事もあり海産の肴がメインとなっていたのだが、ここはディープフォレストを抜けた先にある山の麓のフォリス。
当然ながら海の幸などはなく。だがそれを補って余りある山と畜産の名産が肴となっている。
因みに、普通のレストランなどは無いのかというと、実際はある。だが何というか、子連れが多い事もあってか少しばかり入りづらい。
いや、今はファイスと一緒なので、一人ぼっちの時よりかは入りやすいと思うのだが、それでも習性というべきか、中々足が進みにくいのだ。
……別に毎回脂っこいものばかりを食べている訳でも、毎回酒を飲んでいる訳でもなく。しかもこの世界の居酒屋は定食を提供していたり、好きなおかずを数種まで組み合わせて一つの定食とする事も可能であってか、地球の居酒屋よりも汁物の種類がとても多いのだ。
……スープなどはいいとして、白湯や豚骨などの、本来であればラーメンに使われるであろうそれらもスープの一種として提供しているので、日本での感覚でメニューを開くとちょっとばかり驚いてしまう。
その豊富なメニューが故というのと、味付けが濃いめという事。そして何だか少しばかり暗い……というよりも落ち着いた雰囲気もあってか、どうも落ち着いて食事したいという気持ちもあって居酒屋を選んでいる。
その居酒屋も、チェーン店などはなく個人店のみとあってか、同じ料理であっても味付けであったり、使われている材料の差異があるため、そこで自分好みの味を見つけるのも楽しみと言えるだろう。
その好みに関してはファイスも同じ様で、やはり食事だと足が向かうのは俺と同じく居酒屋で、その後にデザートとしてバーへと向かう。
……いや、ファイスは既に仕事に従事しているので成人という扱いでお酒を嗜めるのだが、ちょっとばかり心配な気持ちとなる。
彼女は酔うとふにゃふにゃと柔らかくなってしまい、そうなってしまったら時既に遅し。ものの十分程で夢の向こう側へと旅立ってしまい、行動不能となってしまう。
当の本人としては消えて欲しい記憶に該当するらしいのだが、彼女も協定島の血を引いている為か記憶の一切が消える事なく残るので、翌日には起きた途端に後悔する事から一日が始まるのだそうだ。
流石に最近になって堪えたのか、酒を飲むこと自体控えているそうで、余程大きな祝い事であったり、親しい間柄の者のみがいる場合のみ飲むことにしているそうだ。
ここ最近で言うのであれば、彼女がフローギアにてニューレコードを叩き出した夜がそれに当たるだろう。
……いやぁ。酔っ払いの後処理ってあんな大変なんだなぁ……と思う反面、我ながら約得だなぁなんて思っていたりする。……こんな事を言うと彼女がプクッと頬を膨らませて拗ねるのだが、それがもう可愛すぎて困る。
そんな事を考えながら対面に座る彼女と共に少し遅い時間となる昼食を取っているのだが、この可愛くも幼気な彼女もお酒を嗜み酔っ払ってしまうのかと思うと、少しばかり背徳感が募る。
だがそれは勝手に募っているだけで、この世界の法律的には何の問題もない。
そんなこんなで、その後適当に足を踏み入れた居酒屋にて定食を注文した後、目の前で美味しそうにキノコとレタスのサラダを頬張っている彼女が、よもや幼子の如く甘えん坊になるとは、何だかそれを知っている事がまるで特別にでも思えてしまう。
するとそんな視線に気付いたのか、彼女はこちらに目線を向けて少し訝しんだ表情で小首を傾げた後、「そんな笑顔でどうしたんですか?」と訊ねてくるものの、酔った君の姿を思い出していただなんて言ったら、彼女は間違いなく頬を膨らませるだろう。
そんな彼女の姿もみたいなと思ったのだが、それは胸の奥に仕舞い込み、「いや、何でも無いよ」と言葉を吐き出す。
その何て事のない小さな幸せを噛み締めつつ辺りをチラと見回す。
周りは少しばかり昼時を跨いでしまった事もあってか席が疎らに埋まっており、観光客だろう人々や、少し遅めの昼休憩であろう、ここではない店の制服を身に纏いながらも昼食を摂っている者もしばしば見受けられる。
その表情はどこか闇というか、少しばかり疲れを感じている様に見え、咄嗟に心中にて「お疲れ様です」と呟いてしまう。
だがその呟きは音に乗らず泡沫となって消えてしまう。
………………
……………
…………
………
……
…
「食べましたねー」
「いやぁ、満腹満腹」
最早レストランと思い込みそうなバーを出てそろそろ夕方に差し掛かろうという時。俺とファイスは二人並んで長閑な大通りを歩いている。
歩きながら一体どこに行くのかなー、なんて考えながら彼女の横を並んで歩いていたのだが、次の瞬間に放たれた「コースケさん、どこに行く予定なんですか?」の言葉で、そのほんわかとした空気は一気に瓦解する。
当然俺としては「えっ?」と咄嗟反応したのだが、彼女もまた同じ反応をした為か、その場で互いにその場で立ち止まる。
そのまま互いに見合っていたのだが、どちらから何かを起こす訳でもなくブッとほぼ同時に笑いを噴出した。
そこで一頻り笑った後にまたテクテクと歩き始めた。
「はー……。笑った笑った。……そろそろ泊まる所探そっか」
「ですねー。……にしても、久々に笑いました」
まだ頭から離れないのか、クスクスと小さく笑いながらとことこと歩く彼女と共に、何処へと向かうのかすらもわからない道をひた進む。
それまでは疎らであった住居や店舗も徐々に肩を寄せ合い、代わりに緑が段々と後退してゆく。
そしてふと気づいた時には既に辺りはまるでベッドタウンのど真ん中……とでも言うのだろうか。まるで居住区がそのまま観光地となった様な感覚。
その感じたそれはきっと、車道というものが存在しない事もその一因となっている。
建物が密集するにつれて人の数も多くなり、他国からの旅行客も混ざり始めているのか、何というかカラーバリエーションが豊富になっている。
肌の色も様々で瞳も様々。瞳の色も様々。勿論、髪の色も様々で、どうもそれこそファンタジーの世界に足を踏み入れてしまったかの様な感覚に陥ってしまう。
そこでふと感じる違和感に小首を傾げてしまう。
それが目に入ったのか、隣の彼女が俺の顔を覗き込みつつ、「一体どうしたんですか?」と鈴を転がした様な声で尋ねかけてくる。
「いやね、まるでゲームの中の世界だなぁ……ってね。……あぁ、ゲームはアーケードのじゃないよ?」と説明すると、彼女は少し……いや、結構な勢いで食いついてくる。その内容を言うなれば「他にもゲームがあるんですか!?」というものだ。
……いや、実際の熱量はとんでもないものだったので、こんな軽いものではなかったのだが。
兎も角。最早ゲームジャンキーになりかけている様なファイスを宥めつつ宿への道を歩む。その征く宛はあるのか? と聞かれると、実はあったりする。
その隣を歩く彼女の手に握られているのは、少しばかりの皺が入ったメモ紙。
それに描かれているのは、簡単に書かれた地図とその宿屋の名前。
"真夏の木漏れ日"だなんて何ともお洒落な名前だなぁ……と思ってはみたものの、どうもラブホの様な雰囲気を、その名前から受けてしまう。
いや、今は彼女との楽しい旅行の最中でそんな邪な事を考えるべきではないと、その言葉を引っ込めた。
心中にて隣を歩く彼女へと謝りつつ、その姿を見る。
無意識なのだろうがその口元は僅かに弧を描き、クリクリとした可愛い目は一つでも多く情報を得ようと、キョロキョロと辺りを忙しなく見回している。
その姿はまるで初めて遊園地に来た小さい子の様。
……その気持ちがわかるのが少しばかり悔しい。
というのも、辺りはまるでハロウィンイベントでもやってるのかと思う程に装飾が施されており、ライトアップまでは施されていないものの、その光る為の配線は取り付けられている。
……見た感じ、どう見てもテープタイプのLEDに見えるのだが、可能であれば違うと思いたい。
兎も角常日頃から装飾を施している訳ではないので、何かしらのイベントが催されているのは確かなのだが、どうもその様な事は聞いていない。
まぁ、先程宿の位置を訪ねたバーのバーテンダーさんが伝え忘れていた可能性もあるのだが、今更思ったところでどうしようもない。……いや、別に怒っていないので、どうしようとも思っていない。
何かを思う訳でもなく周りの景色に見入っていると、「コースケさん! あれ! あれ見て下さい!」と興奮した声色でクイクイと俺の裾を引っ張るファイス。




