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クローゼットトラベラー  作者: モノクロ◎ココナッツ
第二部、第二章
39/46

海外旅行2日目


 その次の日の事。ファイスと同じベッドにてふと目が覚める。外と内とを妨げる純白のカーテンを潜り抜けた光が室内を柔らかく照らしており、皆からすると"昨晩はお楽しみでしたね"と言いたい所なのだろうが、その様な事は嬉しいやら悲しいやら、嘘偽りなく一切なかった。


 具体的には、ドキドキする様な事自体が無かったというべきか。

 普通にバーンズに案内してもらった、以前も利用した海鮮のレストランにて舌鼓を打った後、普通にホテルへと戻って普通にシャワーや歯磨きなどをし、極々普通に1つのベッドに潜り込んで"はい、おやすみ"と言葉を交わしてそのまま夢の中だ。


 昨夜は互いに寝巻きを着て寝ているのを確認しているので、間違ってもラッキースケベの様な自体は起きない筈。今腕の中でスヤスヤと安らかな寝息を立てている彼女の寝相が極端に悪くなければ、だが。


 そこで未だに纏わりつく眠気とまた遊ぼうかと思って目蓋を閉じつつ体を少し動かすと、それに連動するかの様にもぞもぞと動くのを感じる。


 だが互いに抱き合う様に寝ていた為か体温の差は混ざり合ってわからなくなり、まるで2人ではなく1人になってしまったかの様な感覚になる。

 そしてそこで1つ、手に感じるサラサラとした感覚にふと違和感を覚える。

 当然彼女を抱きしめる形で横たわっており、寝る直前にも寝巻きを着ていたのを確認しているし、「今日からは同室になる限りは絶対に服は脱がないでね」と少ししつこい位に釘を刺しているので、流石に癖とは言え脱がない筈だ。

 だが現在進行系でその手に感じているのは、間違いなく衣服ではなく素肌の感覚。


 しかもその手は彼女の肩甲骨辺りにある訳で、当然、服を脱いでいない限りは衣服に触れている場所。……少なくとも着ていたのはしっかりと露出の少ない、黒地に白色の縁取りがされたシンプルな、ミスティアさんの務めるフォーティアーズ製のパジャマ。


 ……取り敢えず別段急ぐ理由もないので、時計を見ないまま現実逃避を兼ねて二度寝と洒落込もうと、その重いままの(まぶた)をまた閉じた。



………………

……………

…………

………

……



 温もりを体全体に感じつつ、夢の奥底からふわりと浮かび上がった。

 昨夜は彼と同じベッドで眠りについたのだが、未だに起きていないのか頭上からは彼の規則正しい呼気を感じる。

 共にベッドに入ってあわよくば彼が手を出してくれる事を願ったのだが、どうもお互いに疲弊しきっていた様で、ベッドに包まった途端に胸のドキドキは一瞬にして消え失せ、塗り潰すかの様に強烈な睡魔が私の頭の中に覆い被さってきた。


 そんな人によっては味気ないと言われるだろう彼との一夜を越して突如目が覚めたのだが、睡魔は未だに私に纏わり付いたまま。そのまま少しばかり身を(よじ)った所で突如背中に違和感を感じると共に、少しばかり背が冷える感覚を覚える。

 ……と言うのも昨日はちゃんと寝巻きを着てベッドへと潜り込んだのだが、どうも肌に感じるのは寝間着のそれではなく、ベッドのシーツと彼の少しゴツゴツとした手の感触。

 ……おかしい。たしかに昨夜は彼と共に着込んでいるのを確認した筈で、夜中に目が覚めた記憶もない。……私は何時から露出狂になったのだろう。


 ……とにかくこのままでは彼にあられもない姿を見せる事になってしまうので、それだけは阻止しなくては。そう思って首だけをベッドから出してキョロキョロと辺りを見回すと、その着込んでいた上半身の寝間着はベッドのすぐ傍に落ちており、まるで生気を失ったかの様に温もりを失っていた。


 手に取ったそれをベッドの中に引き()り込み、彼が目覚めぬ様にとゆっくり慎重に着込んでゆく。流石に春の月になったとはいえ、まだまだ朝と夜に寒さを感じる今日この頃。肌に感じるその冷たい感触が、程よく火照った体の表面上を冷やしてくれる。


 そしてまた、彼の腕の中で暖まれた事で再び睡魔が"一緒に遊ぼう?"と誘ってきたので、彼等と共に夢の中へと潜ってゆく。



………………

……………

…………

………

……



 衝撃的な朝を経験して半ば夢だと思い込みつつ2度寝と洒落込んでどのくらい経ったのかがわからない頃。……多分、昼間までは経過していないだろうと思ってベッドの中から部屋の時計の様子を伺うと、その2つの腕はまるでお手上げと言わんばかりに左右の斜め上に掲げられており、時間にすると10時10分を示していた。


 久々にこんな遅い時間まで寝ていたなーなんて他愛もない事を考えていると、ふと先程発生していたファイス全裸事件がまた頭の中を過り、平和で暖かな朝の一時が一瞬で崩れ去った。

 ……いや、もしかしたら夢だったのかもしれないと思って彼女の背中に触れている手に感覚を集中させると、間違いなく衣服の触り心地を感じ、安堵する。


 どうやら自分でも気付かない程に疲れていたらしく、そんな夢を見てしまった自分に少しばかり嫌悪感を感じてしまった。

 さてそろそろ起きようかと思うも、体はこの温もりから離れたくないらしく、頭ではわかっていても体が動いてくれない。


 だがいつまでもグダグダしている訳にもいかない。

 確かホテルのチェックアウトは12時までとなっていた筈で、現在時刻は大体2時間程前。急いでとまではいかないものの、早めに準備しなければならない気もする。俺のみであれば準備にそれ程時間はかからないのでそれ程心配は無いのだが、問題は今横で寝ているファイスだ。

 彼女の事を考えるのであれば、早め早めに時間を取っておいても問題無いだろう。


 という訳で少し罪悪感を感じるが、彼女を優しく揺さぶって起こし、寝ぼけ(まなこ)のままの彼女と共にチェックアウトの準備を進める。

 あ、間違ってシャワーを覗いてしまっただとか、着替えをうっかり覗いてしまった等の、所謂(いわゆる)ラッキースケベ的な事はなかったので悪しからず。……いや、そんな人生って甘くないもんだよ? 間違っても某ラブコメ漫画(よろ)しく、息を吸う様にラッキースケベに遭遇できるものではない。

 一体何に期待してるんだって話だけども。


 ボケっとそんなとんでもなく下らない事を考えながら眠気半分のまま準備を済ませ、手持ち無沙汰(ぶさた)のままテレビを眺めていると、「コースケさん、準備完了しました!」と、元気溌剌(はつらつ)なファイスの声が聞こえた。


 そんな彼女は先程までの眠気を引き摺ったままぽやぽやとした状態で身支度を進めており、色々と危なっかしくて見ていられなかったのだが、無事終了した様だ。……具体的に言うのであれば、互いの約束として着替える時にはバスルームで着替えようと言う約束だったのだが、彼女は寝ぼけていたのか、ベッドにぼうっと座ったまま(おもむろ)に寝間着を脱ぎ始めたのだ。


 それからはもう、我ながら脊髄反射の如く素早かったと思う。彼女が上をたくし上げる直前にその両手を掴んで下へと引き摺り下ろしたのだが、その表情は"どうしたの?"と言わんばかりに不思議そうで、今から自分がどんな事をしそうになっているのかを理解出来ていない様に思える。

 そんな彼女の頬を両手で挟み、目を見て「ファイスちゃん? ここ、バスルームじゃないよ?」と

言い聞かせた所、徐々に頭の回転が追いつき始めて徐々に顔が赤みを帯び始めた。


 どうも現在の状況を理解できたと共に頭が恥ずかしさでフリーズしてしまった様で、顔を赤面させたままその場で固まってしまい、まるで置物の様になってしまう。

 だが申し訳ないのだがそんな事で固まっている暇はなく、とっとと身支度を始めなければあっという間にチェックアウトの時間をオーバーしてしまう。


 そうなればホテル側にも迷惑をかけてしまうのでそれだけは避けたい。

 少し荒業になってしまうが、固まる彼女の目の前で手を勢い良く、それこそ銃声なのではないかと思う程に響かせた所、彼女はビクンと一瞬体を震わせてやっと自分が今何をしようとしていたのかを自覚し始める。

 すると彼女はまるで弾かれた様にベッドから飛び降り、着替えを持ってバスルームへと向かった。


 そんな彼女を忙しないなぁ……と少し和みながら、出発の準備を進める。

 ……とは言っても、バスルームはファイスが現在使っている為、出来る事と言ったら今日着る服を出して、今し方着ている服を脱ぎ捨てて仕舞うだけ。


 着替えは彼女に見られないのか? と思った者もいるのだろうが、それは水音が聞こえた事で察して欲しい。……つまり彼女は現在シャワー中で、(しばら)くは出てくる事はない。

 なので次にシャワーを浴びる準備をしつつ、彼女が出てくるまでの間、テレビを見てボーっと時間を潰す。


 どうも時間帯としてはお昼のバラエティー番組が放映されている様なのだが、見る限り旧バージョンのトップギアのお馬鹿内容に似たものが流れていた。

 ただ違う点と言えば、車やバイクなどではなく、全てがフローギアだという事。

 しかも今回はメーカー対抗でテストを行っている様で、スピードや耐久度等のメジャーな項目から、どれだけガン積みしたままで走行出来るのか? や、はたまた内部のリミッターを外すとどれだけ馬力やトルクが上昇し、どれ位で壊れるのかという、何ともメーカー泣かせな企画を行っていた。


 ……とは思ったのだが、各メーカーの担当のメカニックが緊急時の対応要員として番組に出演しており、互いに友達の如く和気藹々と話を交えており、時たま他メーカーであったり、自メーカーであったりを貶す事を口にし、その度に笑いを巻き起こしていた。

 そんなブラックジョークを聞きながらも彼らは笑みを絶やさず、互いに貶したり、良い所を言い合ったりしていた。


「おっ、お待たせしました!」


 そんなあの3人が居た頃に似た雰囲気の懐かしさに浸っていると、シャワーを浴び終えたであろうファイスが、艷やかに濡れた髪のままで忙しなくバスルームから出てくる。

 その姿は先程の寝間着ではなく今日着るであろう服に着替えられていたのだが、それでも随分急いだのか服に所々髪から垂れたであろう水滴がついており、如何に急いでいたのかがよく分かる。

 だが、濡れっぱなしは良くないな……。そう思い、彼女に向かって手招きをする。


 当然彼女は一体何だろうかと思って首を傾げたものの、俺の言う通りにこちらへと来てちょこんと隣に腰掛けたので、入れ違う様にベッドを立ち上がり、「ちょっと待ってて」と言い残してバスルームへと向かう。


 バスルームの中は当然ながらお湯の湯気で満たされており、備え付けられていたであろうシャンプーやボディーソープの、石鹸の様なクリアで甘い香りが蒸気と共に鼻腔を(くすぐ)った。

 そのお目当てのものは何処にあるのかと思ってその白一色のバスルームの中を見回すと、それはすぐさま目についた。

 だがそれは地球にある物とは異なってコンセントに伸びるコードが見当たらず、冷風と温風の設定とそれの強弱を調整する部分がそれぞれ設定されており、形状も少しばかり大きいものの特段変わった装備もない。


 そう。ドライヤーを手に取って彼女の元へと向かうと、先程の俺の様にテレビをぼうっと眺めており、首には体を拭き上げる際に使用したと思われるバスタオルが掛けられたままで、まるで風呂上がりのおっさんそのもの。その表情はまるで真剣に講義を受けている大学生の表情そのもので、番組も俺の見ていたものではなく、もの凄く真剣なニュース番組。

 ……方やおっさんの域に片足を突っ込み始めている俺はバラエティを見ているので、どうも時々精神年齢の大小が逆になってしまうのだ。


 そんな彼女はバスルームから出た俺を確認すると、ニコリと笑みを浮かべて「どうしたんですか?」と尋ねてきたので、手に持ったドライヤーを胸元あたりで持ち上げて見せると、彼女はキョトンとした面持ちのままで首を傾げる。

 もしかしてドライヤーが存在しないのかな? と思い、「ドライヤーで髪乾かそうと思ったんだけど」と彼女に説明した所、「あぁ、それってドライヤーだったんですか」と、初めて見る様な反応を見せる。……いや、確かに協定島は魔法と科学の入り交じる国であり、人間領は科学、魔族領は魔法に特化するという特徴があり、それぞれ違う形をしているのは分かるのだが、そうなると協定島にて使われているものは一体どんな形状をしているのかが気になってしまう。


 なので好奇心がてら彼女にどんな形状のものが有るのかを尋ねてみた所、ここ人間領と協定島で使われている物は形状が全く違うらしく、その所為で気付かなかったらしい。

 具体的に言うのであれば、協定島で使われているものは羽のない扇風機を掌サイズまで小さくした様な形状をしており、だが小さいと言っても風量が少ないと言う訳でもないそうだ。

 因みに動力源としては人間領のものはバッテリーで充電するタイプで、協定島で使われているものは魔力の込められた魔鉱石(まこうせき)という物を使い、内部に刻まれた魔法陣を介して温風だったり冷風だったりが出る様になっているそうだ。


 そんな事はいいとして。

 今は彼女の背後に周り、手櫛(てぐし)で彼女のそのサラサラな髪を()かしながらドライヤーで乾かしている。

 そのドライヤーから出ている温風が心地いいのか、ファイスは成されるがまま、時折気持ち良さそうに声混じりの欠伸をもらしていた。


「そう言えば、今日ってどんな予定なんですか?」


 髪を乾かしている事もあってか振り向かないままそう尋ねてくるファイス。ベッドに腰掛けたままという事もあってか、本来の役割をこなさずに自由となった彼女の生足がまるで手持ち無沙汰だと言わんばかりにぷらぷらと空を切っている。そんな年相応な感じの様相を可愛いと思いつつも、明日以降の予定の事について考える。……一応考えているのは、ディープダークへと移動し、観光をした後にその奥のフォリスへと行く予定となっている。


 別段急ぐ訳でもないので数日間程連泊しても問題ないのだが、そこは観光の進捗状況によって変えても問題ないだろうと考えている。

 だがそのディープダーク経由でフォリスへと行く手段も未だに定かではないので、その方法を調べる為にも世界樹もとい、中央の広場へと向かう必要があるので、まずはそこへと行きつつ朝食を済ませようという算段でいる。


 その事を彼女へと話しつつ乾かし終えた頭をポンポンと撫でると、「ありがとうございます」という言葉が戻ってきたので、次は俺の番となる。


 彼女の話曰く、バスタオル等はバスルームの前に備え付けられているそうなので今日着る物を持って中へと入る。

 今しがたヘアドライヤーを取る為にも足を踏み入れたのだが、改めてその様相を見ると、その空と海をイメージしたであろう内装に、思わず溜息が溢れる。というのも浴室全体が正方形のタイルで覆われており、床と、接している一つ分は青いタイルが使われており、それより上と天井部分は白いタイルで覆われている。



 その後は特にハプニングなどが発生する訳でもなく、普通にシャワーを浴びて着替えてまたウトウトと船を漕いでいたファイスを起こしてチェックアウトの準備を進める。……途中彼女の腹の音が無音の中に響き渡り、互いに気まずい雰囲気になったのは内緒だ。


 そんなちょっとしたハプニングがあったものの、無事ホテルよりチェックアウト出来、空に(そび)える、世界樹の様な巨木を目指してプラプラと適当な道をひた進んでゆく。

 丁度他国からの玄関口という事と昼時も近い事から、協定島の商業地区にある大通り程ではないにしろ結構な人々が道を行き交っており、様々な肌の色の人々が談話に花を咲かせつつ、荷物を運びつつも先を急いでいた。

 だがそれだけでなく観光客もその中に混ざっており、時たまスマホであったりタブレットであったりを見つつ、次の目的地へと向かっていた。


 ……ふとスマホやタブレットが有る事に気付き、思わず目線が釘付けになる。

俺の視線に気付いた旅行中の女性グループの方々は、互いに何かを話しつつ笑い合いながら俺の方へと手を振ってくれる。どうもガン見していたのがバレてしまい、少し気まずい気持ちになりつつもぎこちないであろう笑顔を貼り付けて手を振り返した所、彼女達はクスクスと楽しげに笑いつつ手を振り返して先へと行く。


「……何鼻の下伸ばしてるんですか?」


 少しばかり気まずい気持ちになっていると、俺の隣を歩くファイスより少しばかり冷えた声をかけられる。

 ……いや、こればかりは仕方なくないか?


「……いやね、スマホやタブレットがここにも有るんだなって見てただけなんだけど……」


 と彼女に説明をすると、彼女は少し複雑な表情をしながらも「う~ん」と喉を唸らせた。何か判断に迷っていそうなので、どうしたの? と伺ってみた所、彼女は少しばかり苦笑いを浮かべる。


「……コースケさんって、よく人(たら)しって言われません?」


 ……いやいや。そんな事一度も言われた事ないんだけど……。と彼女に説明したのだが、何だか納得していない様子で「……でも皆に優しいじゃないですか……」と、少し不貞腐(ふてくさ)れた声色を零した。

 まぁ確かに自分が好いている異性が他の異性と楽しげに会話していたりしたら少し嫌な気持ちになるのかもしれない。……すまない、そういう経験が今まで無かったもので、飽くまで主観の話になってしまうのは勘弁して欲しい。


 そんな事を考えながら、彼女にごめんねと謝って、何でも一つ言う事を聞いてあげる旨を伝えると、彼女はごにょごにょと口籠りながら頬を赤らめていた。……流石にそんな彼女が何を言ったのかを追求するのは少し気が引けてしまう上に、何をお願いされるのかと思うと、少し尋ねるのが(はばか)られる。


 何故路線船を使わないのかというと、彼女曰く折角観光に来たのだから街並みをゆっくりと見てみたいとの事だ。

 自分も何だかんだ言ってこうやって話しながら歩くのは嫌いではなく、協定島に来て観光する様になってからは結構好きになったのだ。


「あっ、ここなんてどうですか?」


 街並みを眺めながら歩幅を合わせて歩いていると、彼女が突如そう言いつつ自分の袖をくいくいと引っ張ってきたので、返事をしつつ目線を彼女へと向けると、そこにあるのは、バーカウンターの様な店舗で、目の前に結構な数のラウンドテーブルが設置されていた。

 だがテーブルがある一方で椅子はないので、必然的に立ち食いとなるのだが、彼女はそれでも良いのだろうか?


 そんな事を考えながらもその店舗へと近付く。

 店舗は緑を基調としており、同じく緑地の看板に白色の文字という、看板の劣化具合からして老舗の様な、アットホームな雰囲気を漂わせていた。


 食事を取っている客層も、地元の方々を始めガイドブックやスマホを片手にあれこれと話し合っている観光客、はたまた高校生位の子達まで、幅広い世代の者達が料理に舌鼓(したづつみ)を打っていた。


 カウンターに近付きつつ彼等が食べている物にちらと視線を向けると、どれも惣菜パンと呼ばれる、サンドイッチやホットドックばかり。中にはカルツォーネのようなものを食べている姿もあり、バリエーションで言うのであれば結構な品数が提供されているのが分かる。


 そんな彼らを見つつカウンター前に辿り着いた所で、その横に立てかけてある小さめな黒板に目を惹かれる。

 そこにぎっしりと書かれているのは、このお店が提供できるであろう食事メニュー。

 普通のサンドイッチを始め、バゲットサンドやホットサンド、はたまたカルツォーネであったり、クロワッサンであったりと、上げれば本当にキリがない。

 その感想は隣に居るファイスも同じ様で、看板を見た途端にピタリとも動かなくなってしまう。


「……どれにする?」

「……どれにしようかと迷う前に迷います……」


 彼女は苦笑いの様な、苦虫を噛み潰したかの様な何とも言えない複雑な表情をしていた。

 まぁ、よくあるデザインの施された可愛くお洒落に色付けされた黒板ではなく、メニューの種類毎に色分けされているものの、その文章量は飾り気を入れる余地がない程にギチギチで、見ているだけで頭が痛くなってくるので、注視していたくないのが本当の所。

 あかん……マジで目が痛くなってきた……。


 それはファイスも同じ様で、同じく目頭に手を当てて凝りを揉み解す様にぐりぐりとする。そのポツリと呟いた「私の知ってるメニューじゃない……」という言葉には若干の恨みが籠もっている。


 するとどうだろうか。そのつぶやきが聞こえていたのか、その露店の店主である、(たくま)しい風貌(ふうぼう)顎髭(あごひげ)を蓄えた中年の男性がぐうの音も出ないといった感じに苦笑いを浮かべつつ、「そうだよなぁ……。俺もそう思うよ」という、予想外な返事が返ってきた。


 いや、そう思ってんならこの黒板を大きくするなり、2枚に増やしたりすればいいと思うんだが……と半ば呆れの感情になっていた所、どうもその感情を読み取られたのか、彼は頬をポリポリと気まずそうに掻きながら、「いや、それがな……」と事情を話し始めてくれる。


 だが語りだす前にしっかりと「あ、注文はどうする?」と尋ねてきたので、俺は(きのこ)とベーコンのカルツォーネとオニオンリング、そしてクラフトコーラを頼み、彼女はBLTベーコン・レタス・トマトサンドならぬ、|"O(オニオン)"LT(レタス・トマト)と、彼女にしては珍しく……、もとい、飲む人を極端に選んでしまう、ルート・ビアを頼んでいた。

 ……いや、ここにルートビアがあるのも驚きなのだが、それよりも、よりによって飲む湿布が好きだと言うのは意外だった……。と彼女にそれとなく伝えてみた所、少しばかり顔を歪めつつ、「え……そうなんですか?」と、正に冗談であって欲しいと言わんばかりな返事を返してくる。


 どうやら本当に適当に注文した様で今回初めて飲むのだそうだが、さてどうなる事やら。

 ……因みに俺は無理だったのだが、あのチャラい同僚の佐藤が無茶苦茶好きで、常に未開封のケースが1つ家に常備してある程だ。


 そんな風な事を彼女と話していたのだが、カウンターの奥にいる店長らしき彼はポツリと1つ口を零し始めた。

 曰く、最初はなんて事のない普通の軽食の露店だったのだが、アルテが発展して人間領の玄関口となった事で観光客や商いで訪れた物が多くなり、それに伴ってメニューが段々と増えていったのだ。

 一時期余りに増え過ぎて書ききれなくなったのでメニューを減らしたのだがそうした所で次々とメニューを減らさないでくれという要望が相次ぎ、やむおえずこの状態になってしまった様だ。


 そして何より凄いのが、ここまで増えた所で注文されない商品がないという所だ。頻度の差は流石にあれど必ず注文されるので、減らす事が出来ないのだそう。

 かと言って裏メニュー等の特別なものにするのかと言われると、そうなると逆にメニューの存在を忘れてしまう事になるので、もうどうしようもない状況であるそうだ。

 ただ、店主である彼もこの自体をなんとか改善しないとと考えているらしく。近々もう1枚黒板を増やす予定でいるそうだ。


 そして出来上がった料理と、キンキンに冷えた缶とグラスを受け取り、席に着く。

 とは言っても立ち食いなので、彼女はキャリーバッグに腰掛け、俺はと言うと、ボストンバッグに取っ手とキャスターがついたタイプのものなので、当然ながら腰を落ち着ける事ができない。

 ……いや、まぁだからといって別に不便を感じる訳でもないので、立ったままでそのまま食べる。


 そしてそのまま少し遅めの朝食を済ませ、露店の店主にディープダークへの行き方を教えてもらった後に中央の世界樹へと向かう事に。


 どうも彼の話曰く、世界樹の根本にあるランナバウトが各地へ向かったりする際の船着き場となっており、そこからフォリスを含めた奥地への直行便が発着している。

 だが他国である協定島や魔族領からの発着はアルテの貿易港が発着場となっており、言うなればここに来た時に利用した港が海外線。そして世界樹もとい、あの巨大なランナバウトが国内線といった扱いな様だ。

 ……国内線に関しては言われて初めて知ったというのが実際な所だ。……実際に水路を間近で覗き込んだ訳ではないので、そこで見逃してしまったのだろう。



 昼食を食べ終えて腹ごなしがてら世界樹への道を進む俺とファイス。

 家の間の路地をのらりくらりと喧騒に包まれながら進むと、金属の擦れる音や火に炙られる音が各家庭から聞こえてくる。

 どうももうすぐ昼食の時間となる様で、パンの香ばしい香りと共に各家庭の料理の香りが、まるで次々と声をかけられるように段々と鼻腔を擽り始めた。すると同じ事を考えていたのか、ファイスは苦笑いを浮かべながら「ついさっき食べたばかりなのにお腹が空きそうです」と、実際にはお腹いっぱいに近いのだが、今にも腹が減りそうな感覚に陥ってしまう。


 あそこの家はどうだとか、どんな風な料理を作っているのかを彼女と話しつつ路地を歩いていると、今更ながら異世界を旅行しているという実感が湧いてくる。

 ……何というか、観光客として探索しているという気持ちよりも、地元に住んでいる者の一部として移動しているという気持ちがどこか安心感を感じさせる。


 そしてそのまま住宅地を抜けてラウンドアバウトへと抜けると、そこには以前来た時と同じ、和やかな雰囲気の漂う光景が目の前に広がる。

 だが前回とは違い、人の数が多い……もとい、何やら長蛇の列が出来ており、何やら別れを惜しんでいたり、再開を喜んでいたりなど、どうやら国内線の発着場らしき場所が視界の端に移り、彼女と共にその場へと近付く。


 そこは確かに人で結構な混雑具合を見せていたのだが、そこは結構配慮されている様で、受付があるであろう、ラウンドアバウトの中へと降りる階段口はガラガラになっている。

 またその階段の入口には看板が立てられており、"内陸方面行き"との説明書きが書かれて居る所を降りると、結構深い所に掘られた所に作られた乗り場が姿を表した。

 には、まるでヴェネチアなどで使われている様な大きめのゴンドラが、その頭を陸へと紡がれたまま、プラプラと水面に揺れていた。


 水路の深さ的には10メートル位だろうか。結構深く掘られており、その中間辺りには道路標識ならぬ、水路標識が壁から生えており、四角の標識の右下には現在の制限速度と思われる数値が書かれ、中央辺りにはその先の行き先が描かれた標識と文字が描かれていた。


 もし水路に人が落ちた場合はどうなるのだろうかと思っていると、どうも転落を防止する為の機械が設置されているのか、スリットらしき物が水路標識の少し上に入っている。

 そのスリットはまるでモノレールか何かを走らせる為の如く連続的に続いており、その中に視線を向けると微かに鈍く光る金属の様な棒が備えられているのが伺えた。


 その水路は定期的に清掃されているのか、苔などの類は一切見当たらず、けれども水底や水面下にはまるで森林の如く水草が生えており、さながら風に(なび)く様にも見えてしまう。


 だが水草こそは生えているものの生活用水などの汚水が一切流れ出していない為か濁りやゴミなどは一切見当たらず、とんでもない程の透明度を叩き出していた。その光景は思わずタヒチのマティラビーチを彷彿とさせる程に透明で、水底には気持ち良さそうにふらふらと泳いでいるのがとても印象的である。


 そのまま階段を降りきって船への乗船をしようとした所、乗口の前に立っていた初老で女性の操舵士が黒いハンチング帽を脱ぎ、こちらへと柔らかな笑みを浮かべる。次いで「いらっしゃいませ。ご乗船いただきありがとうございます」とにこやかに言いつつ手を差し伸べてきたので、その手を取って「こちらこそ宜しくお願い致します」と返し、木で出来た簡素な桟橋を渡って船内へと足を踏み入れた所、入ってすぐ左の所に、まるで駅員の様な、白い制服を纏った若い男性……いや、青年といった方が近いだろうか。

 実年齢は分からないが、見た目で言うのであれば間違いなく自分よりも若いだろう、新鮮さが溢れる笑顔が俺とファイスを出迎えてくれる。

 彼は両目を伏せ、軽くこちらへと会釈をして「いらっしゃいませ。ご利用ありがとうございます。……料金は1区画12パラムとなりますが、目的地はどこですか?」と人懐っこい雰囲気を纏ったまま訪ねてくる。

 先程の露店の店主曰く、経路としては下流から上流へと登るルートとなっており、最初にディープダークの中へと突入する形で上流へと向かい、ディープダークにて一度停泊。乗降をした後、その森を抜けて更に上流へ位置しているフォリスへと向かう。


 その後は更に奥へと進み、上流の山へと登る手前にある巨大な湖まで行くそうだ。……まぁ、時間とがあるのであれば、また更に奥へと行き、観光してもいいかもしれない。


 まぁ、その事に関しては後々考えればいいので、今はとにかく眼の前の事を精一杯楽しもうと思いつつ、2区画分の料金を2人分、ブレスレットにて支払う。

 本日は快晴と言う事もあり、差し込む陽の光がとても暖かく真夏日とまではいかないものの暑めなのだが、水路という事と日陰が多い事もあってかひんやりと涼しい風が吹き抜けている。

 離岸するまでの間、その大きめのゴンドラの前側に座り、揺られながら出航時間を待つ。その間にも乗客は疎らにも乗り込んで各々談話しつつ、俺とファイスの様に出向するのを待っており、まるでアミューズメントパークのアトラクションに乗り込むかの様。


 そして暫しの待機時間を挟んだ後に青年とおばあさんが船に乗り込み、青年が後方にて舵輪を掴みつつ発動機であろうスイッチを入れる。

 すると甲高い機械音を辺りに響かせながら、ゆっくりと水面を切ってゆく。


 船は腹に響く低音の汽笛を鳴らしつつ、ランナバウトを抜けて入り組んだ住宅地の間を抜けてゆく。

 住宅地の中へと入った途端、先程のランナバウトの様相とは打って変わり壁面の至る所に広告が掲載されている。しかも広告の中には日本でも特定の場所でしか見ない様な動画形式の広告があり、壁にめり込む形でメカニカル部分が埋め込まれているのかどうかはわからないのだが、その突き出ている厚みは、最早紙と同じではないかと思う程に薄っぺらいのだ。

 しかもその広告もバリエーションに富んでおり、大手企業のものらしきそれから、地元の中小企業のものと思われるものすらも、ランダムに表示を入れ替えて視覚を楽しませてくれる。


 ……どうも広告の作り方がアメリカや海外のテレビコマーシャルの様な構成をしているのは、気の所為だろうか……。

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