セブルス地区の春祭り
「じゃあ行こっか」
「はいっ!」
食べ終えてずっと手持無沙汰にしていた所に手を差し出すと、彼女はまるで太陽の様に輝かしい笑みを浮かべてその手をふわりと取った。そして大衆居酒屋の店内の樣に犇めき合うテーブルを横切る様にすり抜けてゆくと、移動用の魔法陣のある噴水広場へと辿り着く。
そして目の前に広がる光景に思わず息を飲む。目の前に広がるのは、昨日、一昨日と見慣れている筈の噴水広場。だがその様相は跡形が分からない程に様変わりしていた。
噴水の広場を囲う様に聳え立っていた純白の建物は、その外周に沿う様に建てられた木製の足場によって覆われ、まるで大規模な修繕でも行うのかと思ってしまう程だった。けれどもその足場はどうやら臨時の客席となっている様で、その上には肩を並べて酒を飲みつつ肴を突いている者達の姿があり、噴水広場にて催される喜劇などの舞台を見るのに適していた。
その足場の下にもテーブルが設置されているのだが、広場の中央付近を避ける様に円形状で配置されているためか、大通りのあの混雑具合に比べると大分マシな状態になっている。
その彼らが見ているのは、噴水広場の中央付近で催されている舞台劇の様なもの。今日ばかりは目印となっている彫刻の聳え立つ噴水が隠され、その中央付近が簡易的な舞台となっている。
多分、魔法か何かで演者達の声が拡張されているのか、舞台から結構離れているにも関わらずその声がはっきりと聞こえる。
その舞台劇を見つつ、隣にて淡い桃色をした綿飴に齧り付いているファイスちゃんに「この舞台劇ってどんなストーリーなの?」と尋ねた所、彼女は咀嚼しつつじっとその舞台を暫し眺め、「多分、勇者達と魔王達の物語だと思います」と、少しばかり自信無さげに答えてくれる。
確かに舞台で演技している彼らを見ると、黒いマントを羽織っている魔王を模したと思われるガタイの良い悪魔の男性と、勇者を模したと思われている金髪碧眼のイケメンが、各々自前の剣で殺陣を繰り広げていた。
所々ド派手な攻撃用の魔法を放っているが、しっかりと舞台用として改造されているのか、観客席にはどうやっても届かない。その放たれた魔法自体はどうやら虚仮威しの様で、一番最前列で見ている観客達は驚きはするものの、暑がったり気分が悪くなっている様子もない。
この世もやはりファンタジーだなと再認識し、「これってやっぱり作り話だったりするの?」と歩きつつ尋ねると、彼女は「いいえ?」と何でもなさそうに首を傾げる。……という事は、この世界ではまるでファンタジー小説そのままの事が繰り広げられていたと言う事になる。その突然突き付けられた事実に興奮を隠せないままその舞台を歩きながら眺めていると、舞台の上に突如小さめの魔法陣が表れ、4人の人間と4人の魔族らしき出で立ちをした彼らが瞬時に出現する。
その8人の様相はそれぞれに異なっており、まるで友人の様に談話していたり、人間の女性が魔族の女性に説教されていたり、ギャン泣きしている人間の女性を魔族の男性が宥めていたりと、そのパターンは様々であった。
結構コミカルな感じに改変されているのだなと思って少し笑いを零していると、彼女は「因みに」と言って人差し指をびしっと俺へと向け、どや顔と言っても過言ではない表情を浮かべる。
「この場面は多少大小の誤差はあれど、そのままの場面を再現されているそうですよ?」
「マジで?」
彼女の説明に心から驚きを隠せない。こんな場面が本当にあったのだと思うと、小説は事実よりも奇なりと言う言葉が実際にあり得るのだなと感じる。
「あれ、そう言えば……」
ふととある事に気付いてあたりを見回すも、お目当てのものが見当たらない。するとファイスが疑問符を浮かべて「どうしたんですか?」と尋ねてくる。
「いやね、移動用の魔法陣はやっぱりあの舞台の下にあるのかな、って」
そう言って中央の舞台を指差した。いつも使っている移動用の魔法陣は噴水を中心に配置されていたので、そこに舞台が設置されている以上、移動用の魔法陣は使えない。
……あれぇ? もしかして居住地区へは徒歩でいかないとダメだったりする? 確か居住地区って北側で、ここ商業地区はド反対の南側だった筈。……あー、マジかー……。
「魔法陣ならこっちです」
そんな心配をよそに、ファイスがふいっと方向転換をして俺の手を引っ張る。彼女が向かうのは、島の中央である渡航管理局へとまっすぐに伸びる道。その道は大通りとは違い、テーブルの群れも人だかりもない、いつも通りの緩い様相を見せていた。
道に足を踏み入れた途端に、足元が何やら赤色で光っているのが目に入ったのでふと見下ろした。
そこに書かれているのはまっすぐと目の前を指す赤色の矢印と、"移動用魔方陣はこちら"という文字。……何で赤色でホラーテイストなんだろうかと考えていると、ふと、ここ商業地区の魔法陣が赤色であった事を思い出し、あぁ、この色って魔法陣の色に由来しているのかという結論に至った。
「あっ、あそこにありましたよ」
彼女にそのまま連れられた所は、大通りから1本裏側に入ったところにある、噴水広場を半分程に縮めた広さの広場である。
ちなみにこのままホテルの方角へと向かうと、そのまま目の前の十字路に出るみたいだ……多分。
訪れたその広場には先ほどの大きな噴水はないのだが、その代わりに4方に向かってちょろちょろと水が噴き出ている、小さなオベリスクのような噴水がちょこんと建っていた。
その噴水は人々に飲み水を提供する役割も果たしているのか、先ほどまでお酒を飲んでいたとされる者達が、まるで一休みをするかの様に、先程までビールの入っていたとされるジョッキでその噴水から出る水を飲んでいた。
いや、どこのかはわからんけど、店の備品をここまで持ってきていいのかよ……と、とんでもない場面を目の当たりにしたかと思ったのだが、「あ、そうだ」といきなりファイスがその光景を見てポツリと一言。
「この島の住人は必ず、1人1つはマイジョッキを持ってるんです。……成人した人だけですけどね」
そう言って彼女は噴水に腰かけて水を飲んでいる彼らに目を向けた。彼女はその後、「この島特有の文化かもしれないですが、成人すると親から証としてジョッキを1つ渡されるんですよ」とこの島特有の文化について説明をしてくれる。
……確か地球にも、成人祝いで"鍵"のプレゼントが送られる国もあった……筈。現在はどうかなのかはわからないけれども。
そんな彼女の説明を聞きながら噴水で水を飲んでいた彼らを見ていると、ふとその足元に小さめの魔法陣が淡く光を放っており、ここからでも渡航管理局の"白"、居住地区の"青"、工業地区の"黄"、生産地区の"緑"がそれぞれ光を放っているのが伺える。
その魔方陣も大通りのものに比べて半分以下まで縮小されているものの、その効果はしっかりと受け継がれているのか、ちょくちょく魔法陣へと出入りして島内の移動をしている人々の姿があった。
魔方陣を見つけて「あ、あったあった、そこでいいんだね?」尋ねると、彼女もワクワクを抑えきれないのか、凡そ初めてかと思われる「うん、そこそこっ」という、年相応に感じられる言葉を発した。そのワクワク感は俺も同じく感じるものであり、それに対して無粋な言葉をかける気もない。
共に子供の様にルンルン気分で歩みを進め、居住地区である青色の魔法陣へと足を踏み入れた所、目の前の景色が数秒のラグを挟んで切り替わってまたもや噴水広場に飛ばされる。
居住地区の噴水広場は当然ながら商業地区の様に乱痴気騒ぎが行われている訳はなく、かと言って人が全く居ない訳ではなかった。
というのもこの広場の周りには壁の如く住宅が立ち並び、その前には小さな露店が開かれており、レモネードやホットミルクやココア、はたまた焼き菓子などが主なメニューとして売られていた。
その為かここに移動した瞬間から甘い香りが辺りに漂っており、何だかその香りに違う意味で酔ってしまいそうになる。
その客層というか、ここにいる人々の大半が女性や子供となっており、中には男性も居るのだがその数は商業地区に比べると圧倒的に少ない。
すると彼女が笑みを浮かべつつ「あぁ、いい匂い……」と零す様に呟きながらすぅっと息を深く吸い込んだ。俺も結構甘味が好きな方なのだが、これだけ甘いと少しばかり胸焼けしそうではある。だが彼女は若い事もあってか俺とは少々違う様で、その笑みに曇りは一切ない。……まぁ、甘いものは別腹という言葉がある程なのだから、彼女もそれに例外なくあてはまるのだろう。
すると先程までの大人しい雰囲気はどこへやら。まるで水を得た魚の様に満面の笑みで俺の手を引きつつ、「早くいこっ!」と楽しげに1番近い屋台へと足を向けた。
居住地区の場合は子供達の教育も兼ねているのか、商業地区の立ち飲みスタイルとは異なり、露店の前には幾つかベンチの様な椅子が置かれている。その露店で商品を購入した子供達はその椅子に腰かけてお行儀よくお菓子や飲み物を口にしていた。
やはりここの子供達も大人達と同じ様にフレンドリーらしく、少し年齢が違っていても、種族が違っていたとしても、同じ"友達"として気軽に談笑している姿が伺える。それだけでなく、母親の開いている露店のお手伝いをしている子供もおり、時たま友達が来た時には母親に許可を取り、露店から出てその前で楽し気に会話していたりしている。
そんな姿を横目で見て、目の前の露店に目を向けてその値段に驚く。その大半が1ペイスや、高くても2ペイスで、利益が度外視されているかの様な値段設定となっている。
主な目的としては住民同士の交流、強いて言うのであれば子供達の教育を優先しているのか、その値段は多分、材料の原価をほんの少し上回れば良いかな、位で考えられているのだろう。
ふと他の露店を見ても同じな様で、一番高くてもドーナツの一部分が3ペイスとなっているのが最高額で、そのドーナツもチョコなどがかかっているために少し高めに設定されているのみで、原材料を考えるのであれば寧ろ安い方ではないか思う。
そんなまるで童心に戻ったかの様な彼女が注文したのは、まるでポッキーの様にチョコレートが掛けられた30センチ程の長さのチュロスとホットのブラックコーヒー。もう歩いている時からどれを注文しようかと決めていたのか、店頭に並んだ瞬間に考える間もなく口を開いた。
当然俺はそんな高度な事は出来ないので、メニューとにらめっこをしつつどれにしようかと考えていると、突如腰の後ろからポフンと軽やかな衝撃が加わったので、何かと思って振り返りつつ下を見下ろした。
そこにいたのは、腰辺り程の身長しかない、小さな吸血鬼……だろうか? 色白でまるで海外のお人形の様に整った顔立ちをしている、銀髪の可愛げな子供が抱きついていた。目が合うとその子はニコリと微笑みつつ、少しばかり開いた口の両端から少し尖った犬歯がチラリと伺える。
その子が「えへへ」と満面な笑みを浮かべて俺の顔を見上げたので、それにつられて思わず笑いかけつつ頭を撫で、「どうした?」と尋ねると、その子は嬉しそうに笑みを深くし、幼さの残る拙い口調で「オススメはねー!」と話し掛けてきた。
丁度良いと思ってその子を抱き上げ、左腕に腰掛けさせる形で「どれがオススメなのかな?」と尋ねてみる。
甘味が好きな自分からしてみるとどれも好きで欲を出すなら全て食べてみたい所なのだが、それをやると金銭的にも腹具合的にもとんでもない事になるのでどうしようかと悩ましい所だった。
「あのねー、えっとー、これとこれ!」
どれが良いのかの判断をソシャゲのガチャの如く委ねると、勢い良くビシっと指差して教えてくれる。その子が指差したのは、意外にもホットレモネードとシンプルなオールドファッションで、幼い子にしてはえらくシンプルだなと思ったのだが……。
「お兄さんだから、こっちの方が良いかなって!」
どうやら俺の事を考えてそうアドバイスしてくれたらしく、ニコニコと満面の笑みを浮かべてそう言ってくれる。小さいのに気遣いが出来て良い子だなと思って頭を撫でていると、露店の店主と思われる人間の女性から、「こら、キール。お客様の邪魔をしないの」という言葉がかかる。
ふとその女性を見ると、どうも俺の腕の男の子……だろうか? に対して言っている様に思えるのだが……。
「もう……。うちの子が本当にすみません」
すると露店の女性がそう謝ってくれるのだが、注文するものを決めかねていたので、俺自身としては寧ろ有り難いので、「いえいえ、大丈夫ですよ」と答えると、安堵した面持ちで「ありがとうございます」と胸を撫で下ろした。
抱えているキール君……。君? ちゃんかな? とにかくキール君に目を向けた所、ニコリと笑みを浮かべて「えへへ」と笑い出したので、それにつられてこちらも笑顔が零れてしまう。「キール君、ありがとうね」と笑いかけつつ頭を撫でると「にへへ」と嬉し笑顔をまた零した。
どうやら懐かれてしまったらしく、地面へと下ろした所でキール君は俺の上着の裾をキュッと可愛らしく掴んだまま、傍から離れてくれない。
その様子が気になり「どうしたのかな?」と尋ねると、彼はニコニコと笑みを浮かべたまま「おにーさん、優しい感じがするー」と言って腰にまた抱きついてくる。
そんな姿を見つつ傍で一足先にチョコのかかったチュロスを食べていたファイスちゃんはふふっと笑い、「子供って良いですよねー」と嬉しそうな声色で呟いた。
咄嗟に「そうだね、もし子供が出来たらこんな感じなのかな」と何気なく言葉を返すのだが、どうもその後の返答がなかったのでチラと彼女の方を伺うと、彼女はまるで誤魔化すかの様にコーヒーを口元に寄せ、表情を悟られまいとしているのか、頑なにこちらへと顔を向けようとしない。
一体どうしたのだろうかと思って今自身が発した言葉を振り返って気付く。
……もろに子供が欲しいと言っているのと同義な事を口にしており、若干の気不味さが流れた。だが当然足元にいるキール君はそれを理解できる筈が無いので、円な瞳で俺と彼女を交互に見つめ、何を思ったのか俺の上着の裾と彼女の服の裾を掴んで橋渡しをした。
すると突如投下される、「昔のパパとママみたーい」という無自覚な爆弾。その思わず2人とも固まってしまう。無自覚で無邪気なだけに余計質が悪く、どうしようもない。
「はい、おまたせしました。ホットレモネードとオールドファッションです」
「あっ、はい、ありがとうございます」
そこに奥さんから助け舟だと言わんばかりに商品を差し出されたので、現在進行系で外方向き続けている彼女の分も含めて会計をする。総額は5ペイスで日本円にして大体500円程なので、地球の物価と比べるととてもリーズナブルである。
その大きさも地球で見る大きさよりも一回り程大きい所を見ると、尚の事お手頃だなと感じつつ差し出された商品を手に取る。するとボソリと奥さんが「君達は恋人同士なのかしら?」と、ニヤニヤと笑みを浮かべて尋ねてくる。
「……まぁ、その手前というか何と言うか」
現時点で本格的な交際をしている訳ではなく、その一歩手前という感じだ。なのでやんわりとだがそう答えると、奥さんはふふふと意味を込めた笑いを零し、「応援してるから頑張りなさい」と、それこそ何を頑張ればいいのか分からない様な応援をされる。
「コースケさん、あっちで食べませんか?」
ファイスちゃんにそう尋ねられて振り向くと、そこにはキール君にこっちこっちと裾を引っ張られている彼女の姿があり、その先には中央の噴水がある。多分キール君が噴水の縁で座って食べようとファイスに言ったのだろう。その強請られている彼女の表情は満更でもない樣で、クラブル姉妹の仲で末っ子だった為にこうやって甘えられる経験がなかったのだろう。表情がもう緩みきってデレッデレである。
ふと噴水を見るとその中央には他の地区と同じく彫像が建っており、頭に2本の角が生えている、如何にも筋肉質な男性の魔族の姿がそこに飾られていた。どうやら彼がこの居住地区を担当した"セブルス"の様で、凛々しい表情を浮かべて荘厳な雰囲気を醸し出している。
はしゃいでいるキール君に引っ張られて噴水の縁に座ったファイスの後を追い、そのキール君を挟む形で腰を落ち着けると、やっと腰を落ち着けられた事に安心感を感じる。
「あのね、あのね!」
腰を落ち着けた所でキール君が意気揚々と嬉しそうに話しを始めた。内容としては年頃の男の子相応と言ったもので、学校でどんな事があった、こんな事があった、習った事などの話をしてくれる。
……いやね、大人の男同士の会話なんて、酒、煙草、ギャンブル、女位なもんよ? ほんと話しててくっそつまらんのよ。全く生産性も癒やしもないからね。
キール君が学校で習った内容は概ね日本でされている義務教育と同じな様で、語学、計算術、道徳、歴史、魔法が主となっている様で、保健体育や家庭科等は授業カリキュラムに組み込まれていない樣だ。
そこに補足する形でファイスちゃんが中等部辺りになると経済や国際情勢、技術工作などの教科も追加されるらしい。
何故かと思って彼女に尋ねてみると、どうやら保健体育は日本で言う中学高校辺りで履修するらしく、家庭科については各家庭で母親や父親から習うものらしい。
この島の学校の区分としては3つあり、日本で言う小学校の区分となる初等部、中学と高校が一緒になった中等部、そしてそれ以上の学問を突き詰めるための高等部と言った具合に、少し地球の基準とは異なる教育体系となっている。
因みに幼稚園や保育所と言ったシステムは無く、その部分に関しては家庭での個々人の教育に委ねられている。
また、この島の軍隊に入隊可能となるのは初等部の卒業と同時であり、そこで高等部までの教育を受ける事が出来る。当然だがそして入隊するタイミングとしては各部の区切り……、初等部は当然だが、中等部卒業や高等部卒業の後数年以内でのタイミングでのみで入隊が可能となる。入隊の年齢制限としては日本よりも厳しく、日本だと33歳未満という年齢制限があるのだが、ここの基準としてはそれよりも厳しい25歳に設定されている。
それに関しては成長可能な体力的問題もあるのだが、それよりも魔法の教育に関する問題がある為らしい。なんでも魔法の開発……容量と制御に関しての矯正は若ければ若い程良いとされ、大体30歳迄が開発可能な限界とされている。なのでその前に魔力容量の増大や魔法制御などを身に着けさせなければならないので、5年という期間を設けて最低限の基準に達する様にしているらしい。
因みに給料は毎月結構な額が振り込まれるそうなのだが、平和と言えど使う暇が無い為、絶対的な任期期間である10年を満了する頃にはとんでもない額の金額が預金口座に振り込まれているそうだ。
そして途中でのリタイアは出来ないのだが、その代わりに他部署への転属願いを出す事が出来る為、自分に合った部署を選んで進めるそうだ。
「って言う事は、友達や知り合いでも軍隊に入隊した人はいるの?」
甘さ控えめなオールドファッションとチョコレートのかかったチュロスを互いに食べ終えて歓談を交えていたのだが、キール君は話し疲れたのかお腹が一杯になったのか分からないがファイスちゃんの膝を枕にして眠っており、安らかな寝息を立てていた。
何故お腹一杯なのかと言うと、キール君が羨ましそうに俺のオールドファッションを見ていたので半分に割ってあげた所、喜んで食べ始めたのだがどうにもそのサイズは彼にとっては大きかった様で、食べ終えて少し話を交えているとうつらうつらと船を漕ぎ出したのだ。
それを見たファイスちゃんがまるで世話の焼ける弟を持ったかの様に「大丈夫? 少しお昼寝する?」と尋ねた所、キール君は素直にコクリと頷き、ぽてんと彼女の太腿を枕代わりにして寝てしまったのだ。
その素直さに彼女もびっくりしていたが、すぐさま優しい表情を浮かべて愛おしそうに横たわる彼の頭を撫で始めた。かく言う俺もその2人を見ていると和やかな気分となり、先程思った子供が出来たらこんな感じなんだろうな、と先程口にした言葉が脳裏に蘇った。
まだ2年後の事で、この先彼女の関係がどうなるのかも分からないが、多分彼女と結婚して奥さんになったのなら、毎日が楽しくて幸せなんだろうなー、なんて漠然とした事を考えつつ眺めていると、その視線に気付いた彼女がこちらを向きつつ軽く首を傾げ、「どうしたんですか?」と一言。
その真っ直ぐな視線に気恥ずかしさを覚えて視線を逸しつつ、「いや、なんでも無いよ」と誤魔化しながらホットレモネードを一口。そこでふと、周りに段々と子供達が増えて来ている事に気付く。
「……あれ? 今日って学校とかって休みじゃないの?」
ふと気になった事を尋ねると、彼女は「そうですね……」と思い出す様に上を仰ぎ見た。
「基本的に学校って休みや今日の様な祝日の休みがないんですよ。その代わり授業も午前中で終わりで、もっと勉強や復習をしたい子、はたまた成績のちょっと危ない子が先生や上級生達に勉強を教えて貰うんです」
彼女はそう言って「懐かしいなぁ」と懐古に浸る様にしみじみと呟いた。その場合昼食はどうなんだろうかと考えていると、彼女はそれを察したのか「昼食は学校側の負担で手配してくれるので、それを楽しみにしている子もいました」と事情を説明してくれる。
方針としては最低限の教養にプラスして希望があれば追加で教えるといった感じだろうか。午前中で終わるのも満腹になって注意散漫にならない為と、家族との時間を過ごす為だろう。……多分。飽くまで憶測の域を出ないので、どうとも言えないのだが。
「所でファイスちゃんって成績は――――」
成績はどうだったのかと聞こうとしたのだが、それは彼女の指によって塞がれる。その表情は不服そのもので、可愛げにもプクリと少しむくれている。
「今日はデートですよ? "ちゃん"付けはやめてください」
「……それならファイスも丁寧な言葉遣いをやめようか」
まさかカウンターをされるとは思っていなかったのか、言われた事でハッと気が付く。
「習慣って恐ろしいで……恐ろしいね」
「それは分かる。……まぁ今すぐ直せって言う訳じゃなく、冗談だから、ゆっくり無くしていけばいいよ」
そんな彼女の仕草が愛らしく思え、ふとポンと彼女の頭に手を置いてしまうも、それもまた不服だった様でムッと口を尖らせて「……また子供扱いする……」と不満を漏らした。
またもや彼女の機嫌を残ってしまうが、ふととあるアニメを思い出した。
頭を撫でて「子供扱いはやめてください」と言われ、それならこれはどうだとお尻を撫でて、「それは違うと思う」と冷静に突っ込まれた某生徒会のアニメ。
……あのアニメ、最高に下品で面白かったなぁ……。今度マンガ喫茶やインターネットカフェに行った時にでも見ようかな。それかDVDを大人買いして、部屋で酒でも飲みながら見るか。因みにファイスにやる予定は無い。……やったら間違いなくお縄な上に嫌われそうなので、それは勘弁願いたい。
「コースケさん、聞いてますか?」
「ん? ごめんごめん」
ふと彼女に呼ばれて返事をすると、ぷりぷりと怒っていた彼女は「もう……」とため息交じりに呟いた。そんな彼女の声で目が覚めたのか、その膝で寝ていたキール君が目を覚まし、ムクリと起き上がって背伸びを一つする。
「おはよう。よく眠れた?」
俺が顔を覗き込んで尋ねると、ニッコリと笑顔を浮かべて「うんっ! ありがとうお姉ちゃん!」と返事をして彼女を見て礼を述べた。この子を見ていると本当に純粋で可愛いなと思い、子供も良いもんだなと、結婚すらしていないのに思ってしまう。
目覚めた彼は何かに気付いた樣で、「あっ!」と反応しつつぴょんと噴水の縁から飛び跳ねるて駆け出してゆく。その先には残って勉強をしていたのだろうか、制服と思われる白いコートを羽織った、同世代と思われる子供達の姿があった。
その子達もキール君に気付いたのか、それぞれ満面の笑みを浮かべてブンブンと腕を振りつつ駆け寄り、ワイワイと楽しげに笑い合っている。
その光景を見ていると、自分がまだ幼かった頃の、今はもう再会する事すらないだろう友達を思い出す。だがその顔は色褪せて覚束なくなり、名前は疎か声色すらもよくわからなくなっている。
「さて、そろそろ行こっか」
お菓子を食べ終えてある程度飲み物も空になりつつある頃。この居住地区について色々聞いていたのだが、このままここで時間を潰すのはどうかと思い、どこかへ行こうかと提案してみる。
すると彼女は「じゃあ居住地区を見て回りましょうか」と少し考えた後に提案するのだが、本当にそれで良いのだろうかとふと思ってしまう。
こう言ってはどうかと思うが、デートをしている上に春祭り。色んな所に行って色んな事をしたいと思うのではないだろうか。……まぁ、深い女性付き合いが無かった俺の勝手な考えなのだが、どうなのだろうか。
「……こう言って難だけど、本当に見て回るだけでいいの? エリアリゼ通りとかに行っても良いんだよ?」
確かに居住地区を見て回るのも自分的には新鮮なので楽しいのだが、この島出身の彼女がそうだとは限らない。特にここは学校もある地区なので、彼女にとっては馴染み深い所でありつつも見慣れ過ぎた場所で、今更回った所で何の想いも抱かないだろう。
……いや、"懐かしいなぁ"位の感情は抱くだろうが、それでもそれ以上に何かを思う事はないだろうと思う。
「しつこい様だけど春祭りなんだよ?」
そう。今日を含めて3日間は春祭りの時期であり、年に4回ある内の1回。しかも明日には俺も帰って体を休める為に祭りには出ず、結構早い時間から地球へと帰る予定だ。……油断して渡航管理局が閉じてしまってはもうお手上げ状態で、次の日の出勤初っ端から大遅刻をブチかましてしまう事になってしまうので、それだけは勘弁したい。
連休明けで始末書処分は流石に嫌だなぁ……と考えていると、すっと彼女が肩と肩が触れ合う程に近くに腰を落ち着けた。
その態度もどこか余所余所しく何だか緊張している様にも見える。
「……私はコースケさんと居るだけで良いんです」
ボソリと呟いた彼女から漂う、柔らかな甘い香りが名残として鼻腔を擽った。ふと彼女を見ると恥ずかしそうに顔を赤らめ、手に持っている紙のコップを両手でさわさわと弄りながら、嬉しそうにはにかんだ笑みを浮かべている。
「じゃあ、行きましょうか。案内しますよ」
そんな彼女に見惚れて言葉を発せずに居ると、スッと彼女が立ち上がって俺に向き直り、ニコリと微笑んで歩き出した。ふといつもの様に我慢しているのかなと思ったのだが、彼女の表情に陰りが見えない所を見るとそんな事はない樣で、寧ろ今にもスキップしそうな程に浮かれている。
立ち上がって先を歩く彼女に追いついて横に並ぶと、その空いた腕を俺のそれに絡めてくる。彼女と共に居住地区の中心部である噴水から外れ、住宅街を彼女に連れられて歩くと、初日に見た、渡航管理局から眺めていた風景がそのまま目の前に広がった。
広がる純白の景色に伴う生活感に、まるでミニチュアの世界に入り込んだ様な感覚に陥る。人々の営みが疎らながらも垣間見える。
主婦達の井戸端会議や家の掃除をする音、この際に大掃除と洒落込んでいるのか、ドタバタと結構な音がする家など、多種多様な姿を見せていた。学校は移動距離の事も考えられてかそれ程離れておらず、ファイスに「ここが学校です」と言われて案内されたのだが……。
「……これが学校……?」
目の前に現れた"巨大で真っ白な城"に驚きを隠せずに居る。言うなれば某夢の国宜しくな城よりも大きな城が、立派に聳え立っていたのだ。俺の反応を見たファイスが不安げに顔を覗き込んで「そんなにおかしいですか?」と尋ねてくる。
「……いや、寧ろ凄い立派な建物だなと思ったんだよ。これって初等部だけの建物なの?」
「いえ、初等部から高等部までの全ての授業がここで行われています。……どうも建物を複数作る意味が無いと判断された樣で、それだったらこの島で一番広い敷地を持つこの建物を使えばいいんじゃないか? って事になったらしいです」
彼女曰くこの建物は元々魔族側の代表であったセブルスさんの邸宅兼、領事館の様な役割を果たしていた様だ。そして戦争と言う名の再開発が行われた際、新たに土地を開発するのも無駄だと判断した本人が学校として提供する事を決定を下した。
本人曰く、"こんなに広い土地を持っていてもただの無駄"との事。
そういう彼は今何処で仕事をしているのかと言うと、魔王城へと出向してそこで仕事をしつつ、連絡役としてこちらと魔王城を行き来しているらしい。ともかく全ての教育がここで完結されているお陰なのかは分からないが、子供達の学力が他の領地の同一学年の基準よりも高くなっているのは有名な話。
というのも、上の学年が下の学年の面倒を空いた時間で見る事で、解らない所を気軽に聞ける様になり、また教える側も生半可な事をすると後輩からの評価も下がってしまう為、しっかりと復習して理解した上で教える事になるので、結果的に自身の勉学にも繋がり、成績がアップすると言う仕組みだ。
また最初からその効果を狙ってか、各学部と各学年のテスト期間も故意にズラされており、そのズラされた期間を使って上の子達が付きっきりで下の子の勉強の面倒を見ている様だ。学校長の話曰く、"教える側の視点だけではどうしても気付かず足りない部分があり、それを補えるのが同じく授業を受けた者だけである"との事だ。
ファイスにそう説明され、ふと自分も同じ様な経験がある事を思い出す。いくら教師と言えど自分の専攻分野であるが故に理解しているのが前提としてあり、1から学ぶ者達の苦労が分からない事が多い。
その点、同じ立場を体験した者達は、どこかしら同じ所で躓く事が多くあり、それを同じく体験した事がある者が誰かしらいるのだ。だったら、その者達に聞いて理解する為のコツを掴める事が出来たなら、きっと難しい問題も理解できるだろう、との事。
だからこそ、同じ生徒同士で教え合うのを推奨しているらしい。
「へぇ……因みにファイスって勉強できた方なの?」
学校についての歴史や特色について説明を受けたのだが、ふとそこで彼女の成績がどの位なのかが気になって尋ねてみる。そういう自分の高校時代はどうなのかと言うと、これまたアベレージのド真ん中と言った具合で、担任からも「ん~……何だかコメントしにくい成績だなぁ……」と本気で困った反応をされたのを未だに覚えている。……絶対に許さない。その時は"器用貧乏なんです"と苦笑い気味に返事をした覚えがあるが、結構なショックを受けたのを覚えている。……本当に絶対許さない。
「成績ですか?……んー、可もなく不可もなく……ですね。特に特出した所がある訳でもなく、駄目な部分があった訳でもありませんでした」




