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クローゼットトラベラー  作者: モノクロ◎ココナッツ
第一部、第四章
21/46

幕間 − とある領主の一日 −


 本編とは殆ど関係無い物語で、いわゆる外伝的なものです。読み飛ばしても問題ありません。


 とある日、静かに目が覚める。温々(ぬくぬく)とした朝の日差しを白いカーテン越しに浴びていた様で、日向に晒されていた体の片側だけが温かい。

 そんな心地良い日差しに応援されながらゆるりと起き上がって背伸びと欠伸を1つ。


 外は相も変わらず平和な様で、ピーチクパーチクと忙しない小鳥達のフルコーラスが響き渡っている。今日もまた忙しない一日が始まると思うと如何(いかん)せん億劫になるのだが、来てしまったものはどうしようもない。

 ……このままもう一度寝てしまおうかと思って、柔らかなクッションが敷き詰められた寝床に体をもう一度横たえる。


「領主様ー、おはようございまーす」


 だがその願いは叶う事なく。部屋に入ってきた黒髪ロングヘアーの若い使用人のカオリにひょいと抱き抱えられ、足が地から離れてプランと垂れ下がる。……このまま思うがままにされてたまるかと手足をジタバタさせて無駄な抵抗を試みるも、やはり無駄なのには変わりなく。ポフンと彼女の腕に抱き抱えられ、その背中に感じる微かな柔らかさに少し安堵を覚えつつも、捕まって身動きが取れない為か成されるがままになってしまう。


 廊下を彼女に抱き抱えられたまま進んでいると、突如として頭を撫でられたので、どうしたんだろうかと思ってふと上を見上げた。そこにはフニャフニャとだらけきった笑顔を浮かべている表情があり、自身が男である手前、何だか嬉しい様な、嫌な様な複雑な気持ちになる。


「領主様、今日は"引き受け"の日となります。午後からリリィ様がいらっしゃいますので、それまでは書類の処理をお願い致します」


 彼女はそんなだらけ切った表情のままスタスタと私の書斎へと向かいながら今日の予定をざっと説明してくれる。この猫の姿になっている時は何も話せないので、口を開かずに黙っていたい気分の時はとても重宝する。


「さて、着きましたよ。そろそろ人間に戻って下さい、領主様」


 感じていた彼女の温もりにまた睡魔と遊びそうになっていた頃。上から声を掛けられて地面へと降ろされる。来てしまったものは仕方無いと心中で愚痴りながらも、自分自身に掛けていた魔法を解く。


 するとみるみるうちに視線が高くなり、見上げていた目線もまるで彼女の身長を追い掛ける様に高くなり、遂には見下ろすまでに高くなる。

 魔法が解けて人間の姿に戻ると、カオリは苦笑いを浮かべて「何で猫の姿に変化したり人間の姿に戻ったりするんですか?」と問い質してくる。


「いや、猫は猫で良いもんだぞ? 体は軽いし、寒さを感じにくいし」


 訳を説明すると彼女は羨ましそうに「私は魔法が使えないのでその感覚は分かりません」と口にしながら執務室のドアを開けた。

 カオリは元々地球に住んでいた者であり、あちらの忙しく窮屈な生活が嫌になってこちらに移住してきたのだ。だがこちらに移り住んだのは良いものの、働き出すのは容易な事ではなかった様で、職を探すのに困窮(こんきゅう)していた所を私が丁度いいと思って貰い受けたと言う所だ。

 魔族領である手前、どうしても魔族に対しても偏見の無い人間が必要で、尚且つ人間としての意見が必要だったのだ。その点カオリは魔族に対しても人間に対しても同じ様に接してくれる為、とても助かっている。


 執務室にあるのは使い古されて所々に味が出てきた執務机と、手元を照らす為の照明。そしてきっちりと揃えて置かれた、まるで待ち受けるかの様に机の上へと置かれた書類の山。

 そのまるで鎮座するかの様に置かれた書類達は(さなが)らバベルの塔の如く(そび)え立ち、私を嘲笑っているかの様にも思えてしまう。

 ……個人的には神の怒りの(いかずち)宜しく何らかの要因で是非とも消え去って欲しいのだが、そんなに現実は甘くない。


 ……とは言ったものの、ここに着任して戦争が終わった頃に比べればなんて事は無く、一番多かった時でこの書類の塔が地面にも置かれていた程で、それに比べればまだ少ない方ではあると思う。

 ……流石に地べたに置くのはよろしく無いだろうと思い、下に新聞紙を敷いていたのを思い出す。


「さて、今日も一日頑張りますか」

「はい、よろしくおねがいします。……朝食はどうしますか?」

「持ってきてくれると助かる」

「承知致しました」


 彼女と短く言の葉を交えると、私の朝食を取りに行く為、彼女は足早に部屋を出てゆく。

 その後ろ姿をその場で見送りながら、執務室に併設されたバスルーム兼洗面台のドアを開き、まだ名残雪の様に残っている睡魔と、顔の油っこさを拭い取るために顔を洗う。

 柔軟剤によってモフモフに柔らかくなったタオルで(しずく)を拭いながら朝食について考えつつ、自分の体に合わせてヘタり始めた革張りのリクライニングチェアに腰を落ち着けた。


 革張りの椅子と聞いて羨ましいと思うかも知れないが、夏場は蒸れて結構鬱陶しかったりする。だがその分座り心地は最高で、結構な長時間座っていても疲れを感じにくいのだ。


 とまぁそんな事はさて置いて、目の前に高く積まれた書類をある程度の高さで区切りつつ眼を通し始める。

 その内容は領内における嘆願書(たんがんしょ)の類で、生活する上でどうしても改善して欲しい事が記載されている。だがその程度と言うのは主観によって結構バラツキがあるため、実際に見てみないと判断を下せない場合がある。


 その場合、領主である私が出向いてどの程度なのかを見なければならないのだが、如何(いかん)せん忙しい身でそうはいかないのが現状だ。よってその場合は……。


「"シル"、居るか?」


 代わりとなる者に視察をお願いする事となる。私がそう呼ぶと突然背後に闇の魔法の気配を感じ、彼女が現れた事を告げてくれる。そして後ろから細く綺麗な両手が差し伸べられ、だらりと私の上半身にしなだれ掛かった。


「なぁに? ここにいるわよ?」


 そして甘ったるい声を掛けられるのだが、そんな事に付き合ってはいられないので早速本題を切り出す。


「ちょっとここを見てきて欲しいんだが、頼めるか?」

「全く、つれないわねぇ……」


 そんな彼女に構う事なく本題を告げると、不服そうに声を漏らしつつ「えっと……」と呟き肩越しに書類を覗き込んだ。

 その顔をちらりと横目で見ると、そこには相も変わらず美麗な顔立ちがあった。輝いて見える様な白銀の髪に雪の様な白い肌。そして宝石の様に澄んだ赤い瞳。そのどれもが美しく、まるで巨匠の描いた絵画の様にも思える。男性ならばお近付きとなり結婚しようと迫っているであろう容姿だが、彼女の本性を知っている私からするとそんな気は一切起きない。


「……あぁ、あそこの村ね。……あー、確かに、あれはちょっと危ないと思った」


  送られてきた内容と言うのは、地滑りしそうな山肌の補強をお願いしたい、との内容。彼女にもいつかそうなるのでは無いかと思っていた節があったのか、書類を見てすぐ答えを出した。

 そうすぐに気づいて察して理解してくれる所が、視察を安心して任せられる理由の一つでもあるのだが、如何(いかん)せん――――。


「あそこの村の若い子達は皆純粋で可愛いのよねぇ……。本当、楽しみだわぁ……」


 こうも男遊びが激しすぎる点が難点なのだ。なまじ仕事が出来る貴重な存在なので、本当に玉に(きず)という言葉がピッタリという存在である。


「領主様ー、おまたせしま……ちょっと! また闇魔法使ったんですか!?」


 カオリが器用にも足でドアを開けて室内へと入ってくる。多分、最初から足で開けることを想定してしっかりとドアを閉めずに行ったのだろう。

 最初はニコニコ笑顔を浮かべていたが"シル"ことシルヴィの姿を見て、顔を(しか)めて怒り出した。


「また闇魔法に汚染されたらどうするんですか!? 禁止だってあれ程言われてたじゃないですか!」


 いや、だからシルヴィは別なんだって何で理解してくれないのかなぁ? 彼女はまだ闇魔法を使い始めた時に師匠から教えてもらいながら召喚して契約した悪魔なので、既に召喚の際に必要な代償は払っている。なので、闇魔法による汚染はされず、何かを頼む際に魔力や品物でその代償を払う事になっている。


 ……シルヴィ(いわ)く、精気……つまり性交渉による精液の提供でも良いのだが、それは私が嫌なので却下。因みに私自身は同性愛者でもなく普通に女性が好きなのだが、どうもこのシルヴィだけはそんな気が沸かない。

 言い表しにくいが、端的に言うならば家族みたいな、片腕みたいな存在だろうか。そこに彼女への信頼や愛情はあったとしても、恋慕(れんぼ)の気持ちは無く、領主になる前からの付き合いだと言うこともあってか本当に家族みたいなものなのだ。


「ちょっと領主様! 聞いてるんですか!?」


 怒れる彼女ぼうっと眺めていると、また彼女から怒られるのだが……んー、どうしたら理解してくれるかなぁ?


「カオリちゃん、私は彼から魔力をもらってるだけで、闇魔法の汚染は無いのよ?」

「……本当ですか?」


 カオリが疑う様に顔を(ひそ)めると、シルヴィが「これは本当よ?」と答える。


「よく考えてみて? 彼が闇墜ちすると私も嫌な目に()うのよ? 確かに闇堕ちしたとしても魔力は貰えるわ。けれどもその魔力って吐き出したくなる位に不味いのよ。濁りに濁ってドロッドロで臭くて苦くて、飲めたもんじゃないの」


 シルヴィは後にそう続けて私を誘惑するように首に腕を回して抱き着いてくる。


「その点、今のカイトの魔力は良いわ。元が回復術師だった事もあって魔力が柔らかくて甘いのよ。それに一度闇堕ちしかけてるからちょっとだけ苦味があるのよねぇ。……例えるとチョコレートかしら」


 人をお菓子みたいに言わないでくれるかな?


「成程。領主様は甘くて食べやすいと……そういう事なんですね?」


 おいカオリ。人をまるで尻軽みたいに言うんじゃない。


「とにかく、シルヴィは視察、カオリは引き受けの準備をそれぞれ頼む」


 埒が明かなさそうなので手をパンパンと叩いて行動を促すと、カオリは私の朝食を書斎机に置いて「はぁい」と気怠げに言葉を零しつつ部屋を出て行き、シルヴィは特に何も言う事なく無言でその場から消えようとする。


「あぁそうだシル」

「うん?」


 一つ言い忘れていた事を思い出して咄嗟(とっさ)に彼女を呼び止める。彼女は突然呼ばれたので床から上半身だけをを生やしながら私の顔を見上げている。


「遊んでも構わないが、遊び過ぎて苦しめるなよ?」

「わかってるわよ。じゃあ行ってきます」

「頼んだ」


 私の忠告に彼女は笑みを零しながら地面へと消えてゆく。……ご丁寧に消える直前に片腕の親指を突き上げてぽつんと沈む様に消えていったのだが、これは一体何のメッセージなんだろうか……。

 最近のシルヴィは地球出身の人間に興味を持っており、ちょくちょく地球にも遊びにも行っているらしいので、もしかしたらそこで何かしらの影響を受けたのかもしれない。

 ……もしかしたらカオリの影響かもしれないのだが、真相はわからない。


 それに関しては私自身としてはどうでもいい……と言ったら言葉が悪いが、そこに関しては自由でいいと思っている。……と言うのも、私自身が"元"と言えど魔法使いの端くれで、物事を突き詰める楽しさをよく知っているからだ。


 因みに苦しめるなと言ったのは、何も争い事をする訳ではなく、この忠告は飽くまで彼女の男遊びに関しての事である。その……何と言うか、彼女の欲望のままに男遊びをさせると、もれなく死者を出してしまうので、程々によろしく頼む、と言う事なのだ。

 実際、過去に彼女との性行為によって男性が死にかけた事があるので、視察を頼む度に念を押している。……シルヴィって本当に悪魔だよな? サキュバスじゃないよな? ちょっと不安になってきたんだが大丈夫だろうか?


「全く……」


 朝っぱらからとんだ大嵐に見舞われたものの、何とか静けさを取り戻したので、早速次の書類に目を通す。送られてくる内容と言うと、あそこが壊れた、何処が壊れた、何が欲しい、どうして欲しいなど、多岐に渡る。そんな何てこともない、不穏な気配を感じさせない平和な書類に次々と目を通して許可を出す。

 基本的には、壊れたものの修繕に対してはすぐさま許可を出し、壊れそう、崩れそう、何かが欲しいと言う場合にはシルヴィを始め、他に契約している者達や、丁度その土地に赴く用事がある者についでとして視察を頼んでいる。

 基本断る事はないのだが、度が過ぎた要求であったり、修理せずに別の物を入れた方が良い場合などは断ったり、代替案を提案してどうかと伺い、相手方の反応によっては許可を出している。


 それから(しばら)くして突然ドアをノックされたので、ふと机に置いてある時計に目をやると、既に手はまっすぐ上を向いており昼時になったのを知らせてくれる。


「……どうぞ」


 書類とにらめっこして凝り固まった目を解す様に目頭を揉みつつ、中へと入るように促すと「昼食でーす」という、何処か間延びしたカオリの声が聞こえた後にガチャリと扉が開く。

 部屋に入ってきた彼女はトレーを右肩に担ぐ様に持ちつつ入ってきた。


 品がある持ち方じゃないから辞めろと何度か注意したのだが、彼女(いわ)く「出前はこのスタイルじゃないと駄目なんですよ。自転車があれば尚の事良いんですけど」と訳のわからない事をほざいて直そうとしなかったので、もうそのままで良いやと諦めたのだ。

 彼女がカタリと少しばかりの音を立てつつ机に置いたのは2つのサンドイッチなのだが、見るからにどうも分厚い。よく見ると具がぎっしりと詰まっている上にパンが3枚使われていて、バラバラになるのを防ぐ為か、一本の木串でものの見事に貫かれている。


「クラブハウスサンドイッチです」

「……そうか。ありがとう」


 聞いた事が無いので地球の料理なのだろうが、普通のサンドイッチと何が違うのだろうか? ……そう一瞬思ったのだが、口には出さず心の奥底へと引っ込めた。


「……集中しすぎです」


 彼女が持って来てくれたサンドイッチに(かぶ)り付こうとする(すんで)の所でそう言われる。その表情を見ると何やら不機嫌そうであり、一体何に対して怒っているのかがわからない。不思議に思って尋ねようとすると、「水分摂りました?」と低めの声で言いつつ指を向けられる。その先にはいつの間にやら置かれていたティーポットとカップがちょこんとそこに鎮座していた。

 ティーポットからは本来であれば湯気が出ている筈なのだが、冷めきっているのか出ていない。ふと何時から置かれているのか気になって恐る恐る触ってみると、人肌よりも冷たくなっていて、仄かに温かみを感じる程度になっていた。……一体何時からあったのだろう?


「真面目に仕事してくれているのはわかりますが、それで体調を崩したら元も子もないんですよ」


 彼女から割と本気の説教を食らってしまう。……気が付かなかったんだから仕方ないじゃないかと思っていると、「まぁ、私も物音一つ立てずに入ったので私の所為でもあるんですけどね」と自慢気に無い胸を張って突然暴露してくる。……いや、何で物音を消したんだよ。普通に入ってこいよ。




 すると彼女は「まぁ、冗談は良いとして」と言葉をポロリと零し、ニコニコと浮かべていた笑みを消して表情より笑みの一切を消した。どうやら食器を載せたトレーの裏側に書類を重ねていた様で、さっと私の目の前に差し出した。その書類にチラリと目を通しつつ、冷めたティーポットからカップへと紅茶を入れ、飲みつつ書類に目を通す。どうやら書類は午後に行われる予定の引き受けの関係書類のようだ。


「今月の人数は十人か。……ん?」


 その引き受けの書類に混じって一枚の入国審査書が入っていた。ざっと見た所どうやら地球の、しかもカオリと同じ日本の生まれの人間の様だ。同じ出身地の者と言う事で、ふとカオリに「君と同じ出身地の様だが、どう思う?」と尋ねてみると、彼女は考えるまでもなく「良いんじゃないですか?」と即答して見せた。


 彼女(いわ)く、日本人というのはあちらの世界でもマナーがいい方らしく、パスポートという、こちらの身分証明証の様なものの評価が非常に高いそうだ。つまり、様々な土地に旅行したとしてもトラブルを起こす可能性が限りなく低いという事、らしい。……皆が皆そう言う訳ではないので、過信は良くないとの事だが。

 こう言った際に現地の人間である彼女が居るととても心強いものだ。


「じゃあ承認で」


 私はそう言いつつ承認の判子をポンと押す。この押印された書類は魔族領を統括する魔王の元へと送られ、各領地の領主の押印を持って初めて有効となる。人間領の方でもこういう方法だと思うのだが、如何(いかん)せん、別の領地の事なのでよく分からない。

 私自身は人間領のフォリスの生まれと言えど、そういう詳しい事が分からぬままここに着任したので事情についてはさっぱり分からない。


 なので、こちらの世界に入ってきたものの身分証明証が発行されるまでの時間が長いのだ。


「……で、聞くまでもないですが引き受けの方はどうしますか?」

「全員引き受ける。いつもの様に頼む」

「畏まりました。ではその様に伝えてきます」


 彼女はそう言うと一礼して(きびす)を返して部屋から出てゆく。

 この引き受けというのは、簡単に言うと"身寄りの無い元奴隷"の就職先としての斡旋の事で、魔族領であるが故に主に人間が多い。


 戦争が終わって平和になったのだが、如何(いかん)せん遺物……と言ってはあれだが、名残の処理をしなければならなく、戦時中に奴隷となった者達の解放が必要となった。だがすぐに解放できるかと言うとそうでは無く、身寄りの無い者達をどうするかが課題となった。

 住む家も就職先も無い人間をポンと外に放り出す訳にもいかないので、企業や各地の領主が余裕の範囲内で身元の引き受けを行う事になっているのだ。それが毎月の終わり頃にあり、教育、育成を行い、そこで留まって働くか違う所に就職出来るようにしている。


 因みに引き取られるまでは元奴隷商の元でしっかりと健全な生活を営みながら時を過ごしており、国や企業、領主から莫大な資金援助を行われている為、結構不自由のない生活を送っている。


 そのせいもあってか我が領主の館にて働く者達は全て私が引き受けた者達で構成されていて、とても勤勉で真面目な者達である。自分が言うのも難だが少しは自分の為に休んで欲しいとまで思っている。だが、私が(しっか)りと休んでくれと彼ら彼女らに頼むと、"何言ってんだコイツ"と言わんばかりの怪訝(けげん)な表情で「それ本気で言ってます?」と一言で反論されるのだ。

 彼ら曰く、"領主である貴方が休まないのに私達が休める訳は無いでしょう?"との事だ。……仰る通りで何も言い返せなかったのを覚えている。


 食後の運動がてら気分転換に少し散歩でもしようと思って席を立って部屋を出た。いつもならば聞こえる皆の喧騒も昼休み時とあってか鳴りを潜めており、長閑(どこか)な空気が流れている。

 ふと目に入った窓から見える風景は、済んだ広大な空に街と漁港。ここ魔族領は年中を通して寒冷な気候で、冬は凍て付く樣に寒く、夏は肌寒いと感じる日がある程に低温な日々が続くのだ。

 そしてここは海岸沿いの一番協定島に近い場所にある"ニイル"という国で、主に海産物が主力の国となっている。


 その冷たい風で草臥(くたび)れた頭を冷やそうと、中庭へと通ずる等身よりも大きい観音開きのガラスを開けた。

 途端、春の月となったにも関わらず凍てつく風が頬を撫で、体を覆っていた温もりを奪い去ってゆく。その風を受けたまま深く息を吸い込んでゆっくりと吐き出すと、まるで(わだかま)りの様に渦巻いていた体内の空気がまるで全て新鮮な空気に入れ替わったかの様な感覚になる。

 暖房に当たって温もりを感じるのも良いが、如何(いかん)せん温まり過ぎると頭が鈍るものだ。


「……よし、戻るか」


 誰に告げる訳でも無く、一人呟く。

 ここに来てからもう二十年になろうとしていた今この頃。来た頃はまだ少年で、知識だけはあった状態だった。

 そこで領主になる前から召喚していたシルヴィや、新たに雇い入れたカオリ、そして年々増えていった仲間達と共に苦楽を共にしてきた。

 今思えば長い様で短い道のりで、これからもずっとこれが続いてゆくのだろうと思うと、とても長く感じる反面、過ごしてみると案外短く感じるものなのだろう……。と柄にも無く想い(ふけ)ってはみたのだが、これから始まる月一のイベントである引き受けが待っているので、安らいでいる場合ではない。


「領主様ー、っと、ここに居たんですか。準備できましたよー」


 すると横からカオリに声を掛けられ、準備が整った事を告げられる。その手には先程目を通した引き受けの書類が筒の様に丸めて握られており、まるで棍棒を持つ泥棒の様に自身の肩をポンポンと叩いて……いや、書類を丸めるなよ……。


 窓を閉めて施錠をし、「今行く」と短く告げて待ってくれている彼女の元へと歩み寄り、頭に軽く手刀を入れつつ「書類を丸めるんじゃない」と軽くお説教一つ。

 だが彼女は気にした様子もなく、「へへへぇ」と悪戯っ子の様な笑みを浮かべた。


 全く、困ったものだと思いつつも、何だかんだ楽しんでいる自分がそこには居た。

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