朝のドタバタ
次の日、ふと誰に起こされる訳でもなく眠りから浮き上がる。いつもであればスマホのアラームが喧しい程に鳴り響いて叩き起こしてくるので、何だか新鮮な感覚を覚える。昨夜は想定外の連続で頭がパンク気味となり、どうやって部屋に帰ってきたのかを殆ど覚えていない程なのだが、こうして自身の部屋で目が覚めている以上、どうやら無事部屋へと帰って来れた様だ。
ファイスとの約束の日は明後日。それ以外の用事は組んでいないので、丸々2日間は空っぽな筈。……なので何処かへ出かけようと起き上がって出かける支度をしようと思ったのだが、どうもベッドが熱烈なまでの熱い抱擁をしてきて俺の体を離してくれない。
そんな感じでベッドの中でもぞもぞと葛藤していたのだが、突如部屋のドアがコンコンとノックされて少しどきりとする。誰だろうかと思いつつベッドから起き上がってそのまま呆けていると、再度ドアがノックされる。ふと壁掛けの時計に目を向けても時刻はまだ8:30で、特にルームサービス等を頼んだ記憶もない。……何分昨晩の記憶も残っていないので、確証が持てないのが痛い所なのだが。
「ちょっと、コースケ君。今日デートしてくれるんでしょう?」
突如扉の向こうから聞き慣れたミスティアさんの声が聞こえ、その一言で一緒に遊びに行こうと彼女と約束したのを思い出した。その声の主は、ものの数時間前まで一緒にバーに居た筈の彼女のもので、その声色からは酒が残っていない風にも感じられた。
「ごめんなさい! 今起きました! エントランスで待っててもらえますか!? すぐに支度します!」
焦りからか少し声を張ってしまいつつも今起きた事を伝えた所、彼女は笑いを含んだ震える声で「待ってるわね」とだけ言い残してエントランスへと向かった。……にしても、昨日はアレだけ酔っ払っていたというのに、たった数時間程でケロッとしているのは正直凄いと思う。
まぁ、あのお手製のジンジャーエールを飲んだというのもあるのだろうが、それにしてもアルコールに対しての耐性が強いと感じてしまい、蟒蛇という言葉が本当に実在するのだと思ってしまう。……自分が弱いだけなのかもしれないが、若干頭が痛む程度なので特に問題はないだろう。
そんな事はいいとして、身に纏っていた衣服を脱ぎ捨てて生まれたままの状態でバスルームへと足を踏み入れた。中へと入るとゼブラマーブルの大理石によって少し冷たい印象を受けてしまうのだが、入った途端に温かな風を感じる。
どうやら部屋とは別に自動で冷暖房が入っており、未だに体に残り続ける凍て付く様な寒さをゆっくりと解き解してくれる。
洗面台の上から鮮やかな紫色のフェイスタオルを1枚取り、首に掛けてバスルームへと足を踏み入れた。フェイスタオルは最初見た時の感想通りフカフカで柔らかく、フワリとラベンダーの香りがした。
寝汗を綺麗サッパリに洗い流して身支度を済ませて部屋を出るが、まだホテルは寝静まっている時間なのか煩く感じる程の静寂に包まれていた。その雰囲気に若干の不気味さを感じつつもエントランスへの扉を開けて足を踏み入れた所、今日宿泊するであろう者達や朝食会場へと向かう者達で中々の混雑具合いを見せていた。
勿論種族は皆バラバラで、同じ種族同士であったり異種族同士であったりと多岐に渡る。中には人間と違う種族との組み合わせもある。
彼らを横目に1号棟であるスペード側に寄せられたソファーとローテーブルに目をやると、そこにはリーナさんとミスティアさんが向かい合う形で腰を落ち着け、何やら楽しげに会話をしていた。リーナさんは昨日とは打って変わってそのシニヨンヘアーを解き、長く鮮やかで艶のある金髪を首元あたりで一纏めに結って前へと流しており、昨日とは違って家庭的な印象を受ける。
……まぁ、既婚者だとは聞いていたので、その通りだと言えばその通りなのだが。
2人は今日の予定について話し合っているのか、何やらローテーブルに置かれた雑誌を見せ合ってあーでもないこーでもないと、これからの旅に想いを馳せていた。そんな2人に近付いた所、リーナさんががふと俺に気付いてニコりと微笑みかけた。
俺がそれに手を掲げて答えると、彼女は笑みを浮かべたまま頷いて何やらミスティアさんに耳打ちを1つ。共に嬉しそうな笑みを浮かべて笑い合うとリーナさんは立ち上がり、ミスティアさんにフリフリと手を小さく振りつつ席を立って自身の部屋へと向かって歩きだした。彼女はそれを目で見送ると、俺の方へとにこやかな笑みを向けてくれる。
そんな彼女へと「お待たせしました」と一つ詫びると、彼女は目を細めてクスりと笑いつつ「大丈夫よぉ」と相も変わらず間延びした声で許してくれる。そんな彼女の装いは真っ白なタートルネックのニット服に、人間で言う膝くらいの長さのある黒いサロペットを上に着ている。その下にはラミア族専用のズボンだと思われる、サロペットと同色のモコモコが、蛇の部分を覆っていた。
本来であれば鳩尾くらいの長さのある後ろ髪は項辺りで赤いリボンで結われており、いつもとは違う、落ち着いた雰囲気を感じさせる。また服に合わせてか小さめなレディース用のポーチが胸元を斜めに遮る様に掛けられており、ワンポイントを担っているかの様に鮮やかに赤く彩っていた。
「それよりも、朝食はまだ食べてないわよね? 一緒にどうかしら?」
彼女はそう言いつつ座ってと言わんばかりに向かい側へと手を伸ばしたのだが、残念な事に朝食の料金を支払っていないので、その要望には答えられないだろうなぁとふと考えてしまう。
するとどうやらその考えが筒抜けだった様で、「朝食の追加料金ならフロントで支払えば問題ないわよ?」と、案外融通が効く事が明らかになる。
「……じゃあご一緒しても良いですか? どうせこの後も一緒に居るんですし」
それならと思って彼女にそう提案した所、快く「良いわよ」と言いつつ立ち上がって手を差し伸べてきた。……どうやら私をエスコートしろ、とのご命令らしい。
まぁ、今日ばかりはお嬢様の様に接するのも良いかと思いつつ、立ち上がって彼女に寄り添って肘を突き出す。すると彼女は短く「ありがとう」と嬉しげに呟きつつスルリと腕を絡めてくる。
そのまま彼女をエスコートしつつ受付へと顔を出した所、昨夜お世話になったスケルトンのジャックさんと、ホテルの主任であるマリアが真剣な眼差しで何やら会話をしていた。
その真剣に話し合っている間に入るを躊躇ってしまうが、そんな事をしている間にも彼女との時間を浪費してしまうので、意を決して2人の目の前に立った。
「おはようございます。急な変更で申し訳ないんですが、朝食有りに変更できますか?」
2人にそう話しかけた所、マリアは条件反射の如く一瞬で笑顔になりつつ「はい、可能です」と対応してくれるのだが、俺の顔を確認した途端にその顔色がスンと消えて仏頂面になる。
「何だコースケか。はい、5ペイスねー」
「おい、その態度酷くね?」
彼女からの余りにもぞんざいな扱いについついツッコミを入れてしまうが、そんな温度差にも随分と慣れたもので、会話を交えつつも財布を取り出して白い1ペイス硬貨を5枚取り出して手渡していた。
その財布から取り出した硬貨達は純白という訳ではなく所々黒くくすんでいたり、傷ついて錆が見えていたりしており、まるで歩んできた歴史を傷で表しているかの様に見えた。
彼女は俺の反応に満足したのか、咄嗟に貼り付けていた仏頂面を崩して笑いを零した。……そういう所が憎めなくてホントにズルい。
まるで気心の知れた……そう。山村と話している様でとても楽しくて、同時に安心してしまう。
そんな事をふと考えていると、マリアが隣で腕を絡めているミスティアさんに気付いてニコリと微笑みを向ける。だが一方で向けられた彼女はと言うと、何故自分が微笑まれたのかを理解しておらず、"取り敢えず"と言った感じでニコリと微笑み返していた。だがその微笑みは若干疑問に染まっており、多少困惑しているのが見て取れる。
そしてマリアは今まで見た事もない、冷たさを感じる満面の笑みを俺へと向けつつ俺の名を口にする。……一体どうしたと言うのだろうか?
「ファイスが居るってのに……何? 浮気? 殺すよ?」
「待て待て待て、俺はファイスちゃんと付き合ってる訳でも、結婚してる訳でもないぞ」
「は? してる訳無いでしょ。頭腐ってんの?」
「もうやだこいつ言葉通じない」
この流れる様な漫才めいた会話に、どうも彼女とは笑いのツボが同じの様にも感じてしまう。すると隣のミスティアさんから小さくクスクスと零れる様な笑い声が聞こえ、俺とマリアがほぼ同時にミスティアさんへと目を向けた。
「あー……まるで夫婦漫才ね」
すると笑いの地獄から片足だけでも抜け出せたであろうミスティアさんが息を切らせながらも涙を浮かべてそう呟いた。……夫婦漫才、ねぇ……。俺からすると、元クラスメイトの"悪友"を彷彿とさせるだけで、そんな対象には絶対に見れないのだが。
「夫婦漫才……ねぇ……」
溜息混じりにそう呟くマリア。きっと俺と同じ様な事を考えたのだろうが、彼女にはクリスさんという優しい厳しさをしっかりと持った人が居るのだ。……まぁ、マリアの恋愛感情が果たして一方通行なのか、両方向なのかはわからない。とにかく俺はその2人をゆっくりと見守りたいと考えている。
「あら、案外とあっさりね? マリアちゃんはコースケの事が好きじゃないの?」
そんなぱっとしないマリアの反応に、まるで煽るかの様な事を言い出すミスティアさん。するとマリアは「ん~……」と呟きつつ口元に手を当てた。
「何だろ……コースケはどっちかと言うと仲の良い友達、って所かな?」
暫しの間考え込んで絞り出した言葉。……確かにそうだな。俺もそんな感じだ。可愛さにドキッとする事はあれど、それ以上の事は特に無い。
「そうですよ。マリアにはクリスと言う素晴ら――」
「ねぇチョット待って誰から聞いた」
俺が"意図的に"口を滑らせると同時に胸倉を掴まれて引っ張られる。しかも結構な勢いで。 いや待って待って苦しい苦しい。息が……!
「おい吐けよコラ。吐けっての……!」
いや、喋られねぇっての! 良いから早く解いてくれ!
「ねぇマリアちゃん。首締まってて喋れてないわよ? 離してあげて?」
般若の様な彼女の顔がドアップに映り込んで戦々恐々としていた所、ミスティアさんより呆れの混じった助言が届けられる。幸いにもクリスは他の宿泊客の対応をしており、その耳には届いていない。
彼女の助言もあってかマリアの胸倉を掴む手が外れて新鮮な空気が肺を満たしたのだが、表情は未だに般若のそれで何だか詰問をされているような気分になる。
「……一体誰から聞いたのよ?」
「貴女のお姉さんですが……」
その迫力に思わず敬語で答えてしまい、それを聞いた彼女は「ふぅ~ん……ねぇさんか……」と意味有り気に呟いた。その表情は笑顔そのものだが、何だか冷やかなものを感じる。
だがすぐさま表情をいつも通りの笑顔へと戻し、「まぁいいや。席は自由だから空いてる所に座って頂戴。会場は夕食会場と同じくここの裏だから」と後に続けたので、俺は短く「あいよ。……行きますか」と言ってミスティアさんの手を引いてエスコートする。
彼女を引き連れてカウンター裏へと移動したそこには、厳かでいて重厚な木の扉が夕食の時と同じく内側に向かって開け放たれていた。
だが外から見える内側の印象は昨夜みたそれとは異なっており、妖艶でいて煌びやかな雰囲気は一切感じられず、それとは間逆な"清廉潔白"とでも言える穏やかな雰囲気が漂っていた。
昨夜は暗くて見えなかった壁の上部には、光を取り込む為と思われる窓が設置されており、眩くも柔らかな光が差し込まれている。その陽の光に照らされた内装はとてもシンプルなもので、壁と天井が曇りのない白色。そして床には紫色の絨毯が敷き詰められている。
テーブルは昨夜の夕食の際に使用されていたものと同じだが、その配置は昨晩と異なっており、中央を大きく避ける様に配置されていた。
そしてポッカリとスペースの空いた中央には大きめな長方形のテーブルが、まるで海に浮かぶ大陸の様に奥へと向かう形で置かれており、所狭しと料理が並べられていた。
日本でもよく見る食パンを始め、ライ麦パンであったりクロワッサンなり……いや、何で白米があるの? しかもご丁寧にジャポニカ米、インディカ米、タイ米までもが揃っている。
テーブルでも一番入り口に近い所は主食となっており、その右側の奥には肉類と魚介類が使われた料理が並び、その反対側である左にはサラダや果物などが並んでいる。
そして入口側とは反対側の端にはデザートと思われる料理が並べられ、ここからでもショートケーキの様なデザートが並べられているのが伺えた。
会場は小さくも賑わいを見せており、様々な会話や音が行き交っている。
「へぇ~、ここってこんな感じになってるんですか……」
「何言ってるのよぉ、昨夜も来てるじゃない」
初めてしっかりと見た会場の広さに驚きつつも、空いている席が無いかを歩きながら見渡す。そうしつつ見回していると、その人達に昨夜何が起こったのかを容易に理解できるのが面白い所だ。
美味しそうに料理を頬張りつつ談笑していたり、苦痛に耐えるかの樣に頭を抱えて料理をゆっくりと口に運ぶ者。……多分、二日酔いだろう。昨夜カルムのカウンター席で飲んでいた気がする。……そんな彼の種族は狼人間……で良いのだろうか。まぁ、二足歩行をする大きな黒い狼だと思ってくれれば良い。 彼はラフにも真っ白なポロシャツと少しオーバーサイズ気味な黒いカーゴパンツを穿いており、一見すると"休日のパパ"という言葉がピッタリな装いをしていた。
すると俺の視線に気付いたのか、彼がその苦しみに覆われた表情を持ち上げてこちらを捉えた。一瞬「何見てんだこの野郎」みたいに絡まれてしまうかと身構えたがそんな事は無く、彼はちょっぴり苦笑いの様な笑みを浮かべて小さく手を振ってくれた。
その辛そうな様子が気の毒に思えてしまい、思わず「お大事に」と通り過ぎざまに声をかけると、彼は呻きを堪えるつつ「ありがとう。魚介類のスープが体に染みるよ」と言って手元にあるスープを掬って口に運んでいた。
「あの人は知り合いなのかしら?」
すると何を思ったのか、隣を歩く彼女がふわりと腕を抱きつつ興味津々に尋ねてくる。
「あぁ、いや、昨夜カルムに居た人ですよ。会話したかどうかって言えば覚えてないですけど……」
「ふ~ん……」
だが一緒にその場に居た筈のミスティアさんも覚えていないらしく、頭に疑問符を浮かべつつ理解したのかしていないのか分からない、微妙な反応を示した。
まぁ、彼女は俺よりも先に潰れてしまったらしいので、周りの事はよく覚えていないらしい。……いや、自分が潰れてしまった事を覚えてるだけでも良くて、俺は気付いたらいつの間にやら閉店時間で、貴女とマスターだけが居たっていう状況だったんだけど?
「ねぇ、あそこはどうかしら?」
昨夜の事を思い出して自身の酒の弱さに萎えていると、彼女がクイッと袖を引っ張り指を指した。その指定した席は入り口から一番遠く、日の差し込む壁に近い窓際の席。簡単に言うと一番奥の隅っこだ。指定した席は偶然にも陽の光に照らされており、まるで"ここに来てくれてありがとう"、と歓迎してくれている様にも感じられた。
「そうですね、そこにしましょうか」
その間にも彼女はシュルシュルと傍らを離れてテーブルに駆け寄……駆け寄る、でいいのかな? 這い寄る? まぁ良いや。楽しそうにパンパンとテーブルを楽しそうに叩いているのだが、埃が舞うからやめなさい。
……時々、こんな風に彼女の精神年齢がわからなくなる。いや、確かに体付きは大人のそれで、精神的にも大体大人なのだが、ふとした瞬間に子供の様にはしゃぎだすので、どちらが素の彼女なのかがわからなくなる。まぁ、どちらも素なのかも知れないしそうではないのかも知れない。……結論を言うとですね、その、どちらも良きだと思います。えぇ。
そんな可愛げな様子を少し離れて眺めていると、彼女はテーブルに手を置くのを止め、笑顔で俺の元へと這い寄ってきて腕を絡めて後ろ向きに引っ張り出した。それによって少しバランスを崩しつつも、何とか持ちこたえてルンルン気分な彼女の後ろを追った。そんな彼女と共に談笑しながら純白の皿と鈍く輝く黒色の四角いトレーを手に取り、料理を手に取ってゆく。
魚が食べたいなと思って魚料理の前に立ったのだが、そこには何やら真っ青な刺し身を始め、黒い身の色をした焼き魚の開きや、サーモン……なのかな? サーモンにしてはちょっと身の色が濃すぎるカルパッチョみたいなものであったりと、昨日までの安心感をゴリッゴリに削ぎ落とす樣な見た目をした料理が並んでいた。 だがそれだけではなく、あくまで地球で見るような普通の見た目をした料理も並んでいるのが凄いと感じるところでもある。
「あの、ミスティアさん、これってどんな――」
"どんな味なんですか?"と尋ねようとした所、既にその姿は近くになく、隣の肉料理エリアにいた。その目はまるで宝石の様に輝いており、どれにしようかとキョロキョロ見回している。……既に持っている皿に多量の料理が乗っているのは見ないフリをしよう。……案外大食らいなんですねミスティアさん。
咄嗟に彼女から目線を外して目の前の料理へと戻す。いくら見た目が、飽くまで自身の価値観の中だが悪いものだとしても味が必ずしもそうだとは限らない。先入観で決めつけるのは良くないと思って漆黒の焼き魚を手にとって皿へと乗せた。……決して焦げている訳でも無く、身の隙間をちらりと覗き込んでも黒いのが、決してこの料理が失敗している訳でもないのを再確認させてくれる。
その色に不安を覚える反面、どんな味なのだろうかという期待が同じくらいに高まっている。……何と言うか、おみくじを引いた後の、中身を見るまでのあのドキドキ感と言えば一番わかり易いだろうか。
そしてどちらかと言うと赤に近いピンク色の刺し身の入ったカルパッチョ……で良いんだろうか、少し大きめのココットに入った料理を手に取って次へと進んだ。
味噌汁が無いのが残念だが、文化が違う以上はただの無い物ねだりにしかならないのでそれは仕方なく我慢する。
とにかく反対側の野菜コーナーへと周り込み、野菜のコーナーを見て回る事にする。野菜のコーナーは菜食主義者が多いという事もあってか結構充実しており、普通のよくあるサラダからスティック、ポテサラと、サラダ自体の量も然る事ながら、そのパターンもとても充実している。
そこで俺はタラモサラダ……で良いんだよな? 大皿に乗ったそれを備え付けられているトングを使って自身の皿に取り分け、そのまま入口側にある主食の所へ。そこで3種類のお米から、一番日本人に馴染み深い、ジャポニカ米に似たお米をチョイス。……ったく誰だよこの世界に米を輸入したのは……素直に嬉しいので文句ありません本当にありがとうございます。
ご飯をこれまたあるとは思わなかった白いお椀に盛り、それらを手に取ってミスティアさんの待つ席へと行くと、そこには結構な量の肉料理とバゲット、そしてコーンスープを取って何やら楽しげに外を眺めている彼女の姿が。
……だが、手元の料理のその量と麗しげな表情のギャップが凄まじくて、ついつい笑ってしまう。
するとその視線に気付いたのか、彼女がふとこちらを見て微笑みつつ「どうしたの?」と首を傾げた。そのクリクリとした目が細まり、柔らかな笑みと相まって浮かべたその表情は、まるで先程パンパンとテーブルを叩いたり、肉料理に目を輝かせていた同一人物とは思えない程に艶やかで、本当に同一人物なのかと疑ってしまう。
だが昨夜までの行動を思い返してみると、この様な事が何度もあったので、今更かと考えてその言葉を頭の中から消し去った。
「いえ、何でもありません」
そう言いつつ彼女の対面へと腰を落ち着けてふと窓の外に目を向けると、彼女が微笑ましく眺めていた理由がわかった。
窓から見える中庭……だろうか?
そこには立派と言える噴水が備え付けられており、それを囲むかの様に日に照らされて鮮やかに色を放つアイリスが咲き誇っていた。その中心には、シルクハットを被ってスティックを持った陽気姿の二足歩行の兎が、可愛らしくデフォルメされた形でちょこんと建っていた。その兎の持つスティックの先端からも弧を描く様に水が流れ出ており、まるでショーのワンシーンを切り取ったかの様にも見えた。
「それじゃあ食べましょうか」
「えぇ、そうね」
その光景にほっこりとした気持ちになりつつ、朝食に手を付け始めた。
最初に黒い身の魚にフォークを入れると、何の抵抗もなくホロリと崩れて辺りに香ばしい芳香を漂わせた。……香りとしてはホッケが一番近く、その香りを更に濃厚にした感じで、嗅ぐだけで腹の音が鳴りそうになってしまう。いつもならば朝食を食べない俺でさえこの香りには勝てない。そんな高鳴る気持ちを抑えつつ、身を少し解して口へと運んだ。
噛み締めた途端、強烈な魚の旨味といい塩梅の塩気がじわりと口の中に広がった。その食感はまるで鶏肉の様にプリプリとしており、少しばかり振ってあるだろう塩気が強い魚の旨味が乗っている。かと言って臭みやエグみなどはなく、口に残る風味も力強さの中にどこか上品さを感じる。
あまりの旨さに白米をかきこむと、いつも食べている白米の甘さと香りが、その強すぎる旨味を和らげて上品にまとめてくれる。
"美味い"。
その言葉だけが頭の中を満たし、幸せな気持ちで一杯になる。そんな俺の様子がおかしかったのか、向かいに座る彼女が短く笑ったので顔を上げてその表情を見ると、微笑ましそうにこちらを見つつこんがりと狐色になったブレットを一口大に千切っていた。
彼女の様子が気になって「どうしたんですか?」と尋ねたのだが、彼女は「いいえ」と笑み混じりに答える。
「自分で作った訳ではないけど、それだけ嬉しそうに食べてる様子を見るとこっちまで嬉しくなっちゃうわ」
そう話す彼女の表情はまるで母親の様でいて、親しい間柄の者を見る目をしている。……いや、だって美味しんだから仕方ねぇじゃん! とその返答に若干の気恥ずかしさを覚えつつも「そうですか」と素っ気無い風を装ってしまうのだが、彼女はその態度にすらクスクスと笑い出し、「ねぇ、今日の予定だけどどうするのかしら?」と再度俺に尋ねてきた。
……一応今日の予定としては観光なんだけど、どうにもこの島の出身という訳ではないので細かい所まではわからない。飽くまで俺が知っているのはファイスちゃんやマリアに案内してもらった部分のみで、他の所は全くと言っていい程わからないのが正直な所だ。
かく言うミスティアさんもこの島の出身ではない為、俺と同じ様な感じなのかもしれないが、新しい事を一緒に楽しめると言う点では問題無いだろう。最悪、思いつかなければ適当にそこら辺をブラブラしているのも良いかもしれない。
「一応、予定としては島内を宛もなくブラブラするかなぁ、って感じですね。……ミスティアさんこそ、何かしたい事とか行きたい所とかってありますか?」
ココットに盛られたカルパッチョを食べつつ彼女の問いに答えた。観光名所自体がわからないので、こんなつまらない答えしか返すことが出来ない。寧ろ言い方を変えてしまえば今日一日は彼女に振り回される気満々だと言う事と、是非にも振り回してくれないと暇で暇で仕方ないのでこちらからお願いしたい。
「ん〜……じゃあ買い物に付き合ってくれないかしら? ちょっとお土産も兼ねてちょっと見て回りたいのよ」
朝だからか昨日までとは違って間延びした様な声ではなく、あっさりとした声色で話すミスティアさん。気を許しているのかそうなのかわからないが、彼女の素が見れた事が嬉しく感じる。
「構いませんよ。元より今日一日暇の予定だったんで、寧ろ嬉しい位です」
俺が答えると彼女は短く笑いを溢し、「そう言ってもらえると嬉しいわ」と笑みを浮かべた。
「具体的にはどこに行くんですか?」
咀嚼していた白米を飲み下し、ふと気になった事を尋ねた。聞いた所でそこが何処なのかはわからないが、どんな物を買うつもりなのかが気になったのだ。無言のままで食事するってのもちょっと寂しいしね。
彼女は肉料理をフォークで突きつつ、なんだか楽しそうに「そうねぇ……」と呟いて一口大にカットしたステーキを口へと運んだ。
いやー……、朝からステーキとはスゲーなー……。重たくて俺は無理だわ。そんな事を漠然と思いつつその光景を眺めていると、彼女は噛んでいたステーキを飲み下し、口を開く。
「主に服かしら……。この島の服飾品って結構有名なのよ。それをちょっと見てみたいわ。……お洒落したいし、同業者としても興味あるわ」
「ミスティアさんって服飾関係の仕事なんですか?」
俺が更に尋ねると、彼女は「えぇ、そうよ」と答えた後にポツポツと語り始めた。
彼女はどうやら"フォーティアーズ"という服飾関係の企業に努めているらしく、そこで衣服のデザイナーをしているらしい。
因みにフォーティアーズと言うのは言語統一の魔法を通しての名称なので、本来の名称はわからない。
そして彼女は現在、会社から研修旅行と言う名目で休暇をもらっており、学んだ事や流行となりそうな物を見つけてレポートにする様にと頼まれているそうだ。それを提出する事で旅行中の全ての費用を負担してもらえるらしいのだが、それは強制と言う訳ではなく、飽くまで"休暇中に暇があったらお願いねー"程度のものらしく、出さなくても良いらしい。
だがその場合の旅行費は支給されないので、ただの休暇となってしまう。
因みに、レポートを提出しなかったからと言って査定に響く事も、評価が上下する訳ではなく、そこは本人の意志に委ねている様で、本当に"ついで"で頼まれた事の様だ。
……何それ超ホワイトなんですけど……。
因みにフォーティアーズの由来は、"喜怒哀楽には全て涙が伴い、その感情をオーナーと共有できる様な服飾を作り上げる"と言うのが会社の目標や由来だとか。




