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メメント・モリ

作者: WATA

 東京新宿歌舞伎町の一角、朝が明けるまでギラギラとネオンが光り輝いているメインストリートも少し横道に入れば妖しい雰囲気漂うビルが立ち並んでいる。

 その店は所狭しと並んでいる雑居ビルの地下に存在していた。

「いらっしゃい、お客さん初めてだね。『dream ofresumption』へようこそ」˜

 店内に入るとバーのマスターらしき人物がレコードを聞いていた。

 大柄のスキンヘッドにシワ一つないスーツトいった装いをしているからか、立地もあってその道の人なんじゃないかと思ってしまう。

 店内にはショパンの別れの曲が流れている。

「アンダーグラウンドからここを知った。あのサイトに書いてある事は本当なのか?」

「ああ、そちらのお客様でしたか。どのような出会いをお求めで?」

「︙︙死んだ彼女に会いたい。ここなら誰にでも会えると聞いてここまでやってきた」

「なるほど、そういうことでしたか。それなら私にまかせてください。しかし、まずはカクテルを飲んでみてはいかがでしょうか? 不肖徐福めが一品振る舞いましょう。」

「そうだな、ならマスターのおすすめの一品をお願いするよ」

 マスターは棚から瓶をいくつか取って、シェーカーに入れていく。

 シャカシャカとシェーカー振ったと思うと、ササッとグラスに出来上がった一杯を注ぎテーブルに差し出す。

 出来上がったカクテルは真っ青で濁ってはいるもののとても美しい。

「どうぞ、メメント・モリでございます」

「それじゃいただこうかな」

 アルコールはそこまでキツくはなく、甘みが口いっぱいに広がっていく。

飲み干そうとした時、何か酸っぱいものを噛んでしまった。

「甘いカクテルの中に潜む一撃、それは意図せず舞い込んでくる死の衝撃を表しているのです。だからこそのメメント・モリ……」

「『死を思え』、か。なんともイカしているじゃないか」

 メメント・モリとはラテン語で『死を思え』という意味で、いずれ来る死を忘れるなということだ。

 小梅の種を吐き出すと、コースターの下にカードが挟まっていることに気がついた。

 めくってみる、狼が月に向かって吠えている絵が描かれている。

「それは大アルカナの月です。今の貴方はもしかしたら先が見えず、立ち止まっているのかもしれません」

「へぇマスタータロット占いなんてやるのか。いい趣味してるぜ」

「自分で言うのもですが、意外と人気なんですよ。特にアンダーグラウンド経由でここを知った方にはね」

「あいにく占いは信じないタチなんだが」

「参考程度でいいのですよ。占いは必ず当たるわけではありませんし、当たることよりも占う相手に道を示す事が重要なのです」

「それじゃあ俺はどうすればいい? こんなところまで来て占ってもらいに来たわけじゃない」

「まあ、そう焦らずに。これを逆にすれば疑念も晴れるはずです」

 マスターはカードを180度回転する。それが何の意味があるかなんてタロットの知識が微塵もない俺には分からない。

「こんばんわ、マスター。今日もいつものお願い︙︙ってあんたもしかして、京夜?」ˋ

「やあ、六華さん。こんばんわです。席は彼の座っているここ以外空いているので、お好きな所にどうぞ」

「ふーん、それじゃあ、せっかくだし京夜の隣にしようかな」´

 彼女は俺の隣に座り、「私はジンアイムで!」と注文する。

「︙︙︙︙︙六華、なのか?」

「私は私だよ? それ以外なんだっていうの?」

 石橋六華、元彼女。別れた理由、彼女が死んだから。

 それなのに目の前には死んだはずの彼女がいる。´

 俺がこの店を秘匿回線ブラウザを経由して更に潜ってようやく突き止めたのは確か。

 しかし、目の前の現象を受け入れることが出来なかった。

「あらら〜ひょっとしてもう出来上がっちゃった感じ? 京夜昔から酒弱かったもんね〜」

「あれから少しはマシになったさ、なにせ学生時代よりも飲み会が増えたからな」

「飲みニケーションってやつ? それともアルハラ?」

「付き合いだよ。会社員は飲みも仕事のうちなんだ」

「大変だね〜私だったどんどん来いって感じだけど」

「最近はウコンを一本は携帯してるよ」

「そうじゃなお持ち帰り出来ないもんね」

「もう大学生じゃないんだ、インカレの合同飲み会みたいなのなんて出来ない」

「でしょうね〜 でもそのお陰私達出会ったわけじゃん?」

 六華との出会いは世間一般とかでいうよくある合コンとか同じサークルだったりとかじない。

 大学生だった頃、俺はテニスのインカレサークル『グラッチェ』に所属していた。

 テニスサークルと言っても実際にテニスをする人は半数もいなくて、その実態は飲み会を定期的に開き、他の大学と交流するという名目で合コンしたり、国際交流の名目で留学生とコンパをしたりするのが主だったのだ。

 酒が強いわけでもない俺は正直言って酒はあまり好きではないが、ワインの薫りを楽しんだり、日本酒の旨味は理解してい。

あと、酒の席特有の賑やかさの中にいるのも好きだ。

 そして、六華と出会ったも他大学交流という名の飲み会だった。」

 と言っても飲み会の時はお互いを認識してなかったが。 

 実際に認識したと言えるのはその後の先輩のお泊りということで双方何人か集まった。

 そのあとは某大学のテニサのような酒池肉林の有様で、酒の精力もそこまで強くない俺は一番早く果て、そのまま落ちてしまった。

 そこで目が覚めたら俺の膝の上で寝ていたのが六華というわけだ。

 これほど最低な出会いはそうそうないだろう。

「今、彼女いるの?」

「いない。忙しくてそんな余裕なんかないさ」

「そっか〜大変だね」´

「学生だった頃に戻りたいよ。時間に追われる事なんてなかったからね」

「あの頃は良かったなんて言い出したら京夜もおっさんだね」

「年を取るごとに時間が早く過ぎていく気がする。あっという間に30になってしまうんだろうな」

「だろうね〜私のすぐにおばさんになっちゃうのかな〜」

「どうだろうね。六華はいつだって素敵だ」

 六華は最期に見た時と見た目は全く変わっていない。 

 と言っても死に装束というわけではなく、紺のショートスカートに縞Tにライダースといった故人とは思えないほどラフな格好をしているので幽霊とか地縛霊みたいな感じは全く感じない。

「そういう事が言えるならそのうち彼女も出来るよ」

「そうは言われるけど縁はなかなかないんだ。出来そうなんて言ってくる子に限って『じゃあ俺はどうよ』なんていうと『いや、他にい子いるじゃん』とか『うーん、ともだちのままでいいかなぁ』なんて言うんだ」

「あーあるあるそういうの。タイプじゃないだけだよ。手当たり次第アタックしてみれば誰か引っかかるでしょ。あとお見合いパーティとか」

「あれ高いんだよ。男女で金額が違うなんて差別もいい所だ」

「安いぶん私はまだ大丈夫って思っている行き遅れのおばさんとかが、理想を高くして何度もから儲かるんじゃない? このジンアイムみたいにね」

 そう言って六華はジンアイムを一気に飲み干した。

 コースターの下には案のタロットカードが挟まっている。

「マスターこれどういう意味?」

「ホイールオブフォーチュン、運命を司る車輪です。今、こうして京夜様と出会えたのも運命だということでしょう」

「確かに。もう会うことはないと思っていたからな。まさに運命だ」´

 墓参りにはお盆の時に行っているが、生前の姿で出会えるとは思わなかった。

 とはいえ、骨が出てくるよりかはマシだろう。

「じゃあ、俺ももう一杯いくか。ガルフストリームで」

「私も同じので」

 ガルフストリームとはピーチ、オレンジ、グレープフルーツにパイナップルといったフレーバーを混ぜた真っ青なカクテルだ。

 すっきりとした甘みの中にグレープフルーツの酸っぱさが混ざり、透き通った青さもあって南国の情緒を感じさせる。

「「乾杯」」

「ハワイに行った時を思い出すね」

「もう五年前か、早いな」

「京夜が私を海に投げた事、忘れてないよ」

 付き合ってから半月たった頃、何の前触れもなくハワイに行こうと六華は旅行の話を持ちかけてきた。

 俺は趣味であるサーフィンの聖地でもあったこともあり、本場の波に乗ってみたいと二つ返事で了解した。

 しかし飛行機の出発が一週間後だと知パスポートの更新やビザの取得などを急ピッチで進めることになり、それらのストレスからか、夕日の海岸で肩車してほしいと頼まれたときに、いたずら心が働いて海に放り込んだのだ。

 そのあと戻ってきた六華に右フックを喰らい、そのあと飛び蹴りされて俺も海にどっぷり浸かってしまったのだ

「あのときは悪かったよ。そのほうが面白そうだと思ってさ」

「服はベトベトだし、そのあと急に雨降るし。あんな事も二度としないでよ」

「しようとも思わないさ。と言ってもなんだかんだ楽しかったんじゃない」

「まあね。台風で日本に帰れなくなるわ、スパムが税関で止められてその場で食べたりとか、トラブルはあったけど、あんな楽しかったことはもうないと思う」

「タクシーの運転手にカモられたり、日曜日だっていうのにクラブに人が全然いなかったりしたけど、ボコボコ噴火するキラウエア火山やダイアモンドヘッドから見える限りない空と海。あれらは一生頭に残っているだろうよ」

「本当に楽しかった。もうこれ以上ないぐらいに」

「生きてれば予想の斜め上の事なんていくらでもある」´

「︙︙だから、京夜には前を向いて生きてもらいたいんだよ」

「︙︙それが出来ていたらこんな所に来てないよ」

「前を向いて。私は京夜の過去でしかないんだよ?」

「ならなんで俺を置いていなくなったんだ!」

「それが定めだったてことだよ。誰が悪とかじゃないんだよ」

 行き場のない感情が怒りとして溢れ出す。

「なんで俺をおいていくんだ︙︙! あれから三年間、ずっと六華のことが頭の中にこびり付いていた。実はどこかでは生きているんじゃないかって! が堅実で六華が死んだほうが幻なんじゃないかって思ってる︙︙ なあ、どうしてなんだよ︙︙」

 俺は感極まって泣き叫んでいた。葬儀のときだってここまで酷くなかったのに。

「今ここにいる私な何かの縁でここにいるだけで、本当の居場所はここじゃないんだよ。だから、私は京夜の隣にいることは出来ない。でも忘れないで、私は見えなくたって見守ってるよ」

「それじゃあだめなんだよ、俺は︙︙」

 六華は俺に抱きついて言葉を遮った。そして俺は肌を通してどうしようもない我儘が叶わないことを理解してしまう。

「目を覚ませってことか」

 生を感じさせない冷たさが嫌でも六華とこれからを歩むという幻を否定する。

「大丈夫。私がいなくても京夜は生きていける。新しい彼女を作っても嫉妬したりしない。自分のために生きて︙︙」

 認めたくはない、出来るならずっとこのまま朝までだけじゃなく、結婚して、子どもをを作って、大成出来ずとも、父親として家族の生活を支えていけるぐらい頑張って、子どもだ独立したら好きなことをお金の限り使って、体か言うことを聞かなたくなっ死ぬまで穏やかな日々をおくって、どちらかが死ぬ時にシワシワの顔で生きててよかったと言いながら最期を看取られるまで、共に生きたかった。

 冷たさ、そして優しさに包まれ、次第に眠くなってしまう。

「六︙︙華︙︙行かないで︙︙くれ︙︙俺はまだ︙︙」´

 そしてそのまま眠りに就いてしまった。


「うーん、冷めた!」

 何か冷たいものが頬に当たる感覚がして目を覚ますと、グラスやシェーカーを洗っているマスターと目が合った。

「大丈夫ですか、お客様。ずいぶんとうなされていたようですか。お水を用意しましたので、よかったらお飲みください。」

「ああ、マスターありがとう。。ひどい夢を見てしまったんだよ」

「と、いいますと?」

「3年前に死んだ彼女と酒を飲んで少し昔話をしたら、私のことは忘れて前を向いて生きてほしいなんて言ってきたんだ」

「なるほど。理性では割り切っていても感情は違う。思いが深いほど割り切るのは難しいものですね」

「ああ、そのとおりさ。でも一つだけ諦めがついたのは、どんなに後悔しようと、悲しもうと、叫ぼうと、俺の心は決して満たされないということは吹っ切れた気がする」

「それでいいのです、今はまだ。3年間、忘れられなかったのなら6年かかってでも少しづつ前に進んでいけばいい。忘れなくてもいいのです、それでも立ち上がる志こそがお客様の強さとなるでしょう。まずは水を飲んでスッキリしてみてはいかがでしょうか?」

 そこまで酒は飲んでいないのに、体が重く、のどが乾いている。

 乾きは満たされることはない。、しかし水源はどこかにあるかもしれない。

 アテもない旅に出ようカ枯れた井戸を掘り続けても出てくるのは潤っていた頃のしかない。

 俺は思い切って水を飲み干すと、コースターの下にタロットカードがあることに気がつく。

「マスター、このタロットってカクテルに付いてくるんじゃないのか?」

「おや。私としたことが。まあ、サービスということでいかがでしょうか?」´

 カードを捲ると、逆さの死神が描かれていた。


 DEATH 13 死神

 正位置 停止、強制終了、別れ、破局、終了

 逆位置 再生、新しい始まり、再起、起死回生






 あとがき

 文藝部の皆さんはお久しぶり、フォロア−の皆さん、いつもありがとう。それ以外の方ははじめまして、自由人ーWATAです。

 本作を作るきっかけになったのは、身も蓋もない話ではありますが、同期と一緒に作ろうとしていた卒業合作というものを書こうとしておりましたが、小説の方向性の違いや創作意欲が失せ、残念ながら完成させることができませんでした。

 しかし、自分が文文藝部の部員として4年間を過ごし、その集大成とも言える小説を一つ、作りたい、そういえば聞こえはいいのですが、実のところこの小説は合作への未練から生まれた産物です。

 忘れたい過去、置き忘れた何か、もう戻らない美しい日々。

 誰にだって1つや2つはあるでしょう。

 この小説はそういった想いを趣味や経験を織り交ぜて一つの作品として仕上げてみました。

もし読んでいいただけたら、ツイッターなどで意見を頂けたら嬉しいです

 



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