7.護衛依頼
何故こんなところに貴族が?
と疑問に思っていたら、ハイルさんが言うには遠方の国にまで外交に行っていたという。
外交って、国の名代ってことだよね?
それ、相当偉い人なんじゃ……
「本当にすみません。ですが、今頼れるのはあなたがたしか居ないのです……」
あなたがたとは言うけど、実質リトのことを言ってるのは分かってるからね?
昨日私が戦力にならないってこと、しっかり覚えてるんでしょ?
でも、ああ……そうか。
さっきあの服屋で、Dランク以上の冒険者が駆り出されてるって言ってたもんね。
だからこの村には今、Dランク以上の冒険者が居ないし、来ることもないってことになるわけか。
それで頼むにはEランク以下の冒険者に頼むしかないって状況になってるんだろうけど、確かに国の重鎮に対してEランク以下の冒険者に頼むには不安要素が大きいのかもしれない。
そこで白羽の矢が立ったのが、私達ってことなんだろう。
でもそんなお偉いさんが他国まで行って、護衛が居ないっておかしくない?
「ねえ、そんなに偉い人なのに、なんで帰りの護衛が居ないの?」
他国にまで行っていたなら、護衛の依頼も簡単に受けてくれそうなもんなんだけどな。
とか思っていたけど、そう簡単な話ではないらしい。
「確かに普通の人なら依頼を出すことは簡単です……が、ガイウス様は侯爵であり、王侯貴族です。いくらギルドは国家不干渉であるとはいえ、他国の国王の側近が自国以外で依頼を出すと、何かと面倒なんですよ」
ええ、そんなもんなのかなぁ。
てか、王侯貴族なの? なんか、ますます面倒な依頼に巻き込まれたような気がする。
それを聞いてしまったら、ちょっと断りづらいな……
ここで断って本人の怒りを買ったら、何をされるかも分からないし。
万が一のことがあればリトが居るから大丈夫なんだけどさ。
貴族、ねぇ……
ただの偏見かもしれないけど、貴族といったら傲慢で横柄なイメージがあるんだよね……
「その前に、一度本人と交渉してもいい? 出来るだけ、ハイルさんには迷惑をかけないようにするから」
出来るだけ、というのは、あくまでも私が依頼を断った場合に、貴族の人が怒ってハイルさんに当たるかもしれないと思ったからだ。
その貴族がハイルさんに対して「何故こんな無礼な冒険者を推薦したのか」なんて言ってくる可能性もないとは言いきれないからね。
むしろ、私のイメージ通りの貴族ならそれくらいは簡単にやっちゃいそうで怖い。
私の考えを察したのか、ハイルさんは微笑みながら、首を縦に振った。
「そのことなら、恐らく大丈夫です。彼はお優しく、懐も広いですから。ただ、お話しになるならしっかりと敬語でお願いします。口調を気にするようなお方ではないですが、それでも高位な貴族ですので」
「うん、それは私も分かってるよ。リト、貴方が喋るとややこしくなるから、喋らないでね」
「う、うむ。心得た」
ドラゴンだからか、リトの口調はやたらと偉そうだからね。
一応、リトは従魔と説明するつもりではあるけど、それでも気になるような性格だったらやたらとややこしくなるかもしれないし。
貴族の中にも、口調ひとつで態度を急変させる人が居ることくらいは私だって知っている。
ハイルさんが大丈夫だとは言っているから多分大丈夫だろうけど、仕事の話である以上は貴族じゃなくても敬語で話すつもりだった。
ハイルさんは一歩下がり、例の貴族が前に出てきた。
話を聞いてたのか、と思ったけどそもそもハイルさんの真後ろに居たんだから聴いてて当然だったね。
貴族の人は、私を見るにいきなりお辞儀を始めた。
いきなりで面食らった私も、慌てて続けてお辞儀を行う。
お辞儀は常識だとはいえ、まさか自分から進んでするとは思わなかった。
ちょっと、この人には偏見を持たない方がいいかもしれない。
「ご紹介に預かった、私はガイウス=ミレニア侯爵という。貴方みたいな若い冒険者が居るとは、驚きだな。しかも、その割には清廉としていて可愛らしい」
ファーストコンタクトからナンパしてくるとは、このガイウス様は女たらしの可能性があるな。
でも口調に棘は感じられないし、皮肉で言ってるわけではなさそうだ。
け、決してそんなこと言われて嬉しいと思ったわけじゃないからね?
私はそんな口説き文句を言われても、今のところ堕ちるつもりはないから!
「私はFランク冒険者のハルカです。こちらは従魔のリト。護衛依頼とのことですが、そのお話を詳しくお聞きしたいのですが」
あくまでFランク冒険者であることを強調して、またリトも従魔であることも釘を刺しておく。
なんだよ、実績もないただの小娘かよチクショー! なんて反応されても困るからね。
ただ、ガイウス様が反応したのは従魔の部分だった。
「ほう! 驚いた、まさか人型の従魔をタイムしているのかな? それとももしや、人に化けられる魔物かな? いずれにせよ、余程高名な従魔を、ハルカはお従えになられているようだ」
そりゃ高名でしょうね、だってドラゴンだもの。
一瞬、魔物と言われたことにリトが機嫌を悪くするんじゃないかとハラハラしたが、言われ慣れているのか、特に感情の変化はなかった。
私とリトは魂の契約で繋がってるから、相手の機嫌が悪かったり、逆に機嫌が良かったりとかがなんとなく分かるんだよね。
むしろ、高名なと言われて、逆に機嫌が良くなっているみたいで、竜の姿であれば尻尾を振っていたかもしれない。
「そこは訳ありでして。あまり詮索してもらえれば助かります」
「うむ、それくらいは私にも分かっている。それより、是非あなたにこの護衛を引き受けてもらいたいのだが……」
ちょっとちょっと、その前に依頼内容が抜けてるよ。
私、まだ護衛とだけしか聞いてないんだけど?
せめて目的地とか、報酬とかも教えて欲しいんだけど。
契約内容も詳しく知らずに依頼を受けてしまうと、後々取り返しのつかないことが起きるかもしれないしね。
ましてやここは異世界、私も何が起きるかは全く分からない場所なわけだし。
「おっと、忘れておったわ。いやはや、先走ってしまい申し訳ない。依頼内容はアクルータの街までの護衛。それだけだ」
「アクルータ? そこまででいいんですか?」
てっきり王都まで護衛をしてほしいとか、そんな感じだと思ってたんだけどな。
世界中を旅するのが目的な私達としてはむしろいい条件とは言えるんだけど。
でも、それからは護衛をどうするつもりなんだろう?
「うむ。アクルータには私の直属の護衛を置いてきているのでな、それ以降は問題ない。それに……」
「それに?」
「いや、これはハルカには関係のないことだ。忘れてくれ」
それなら、途中まで言うのはやめて欲しかった。
だって、そんな中途半端に焦らされたら余計に気になるじゃん。
様子を見るに、機密性の高そうなことだからこれ以上問い質すようなことはしないけども。
「言い忘れていたな。報酬は金貨30枚だ」
「さんじゅ……!?」
それ、Fランクに支払う金額じゃないでしょ!?
そんなに一気にもらっちゃったら大金持ちになっちゃうよ!
絶句している私を見て勘違いしたのか、ガイウス様は更に値を吊り上げた。
「足りないか? それなら40枚に……」
「いえ、30枚で大丈夫です。むしろ、Fランクの報酬としては多すぎると思っただけですから」
ただすぐ近くの街まで護衛するだけでこれ以上貰うのは、私としも何かもやもやが残っちゃうからね。
30枚ですら、他の冒険者達に申し訳ないと思うくらいなんだから。
「そうか? こういう場では、普通Bランク以上の冒険者に頼むことが多いが、その時は大体200枚そこらは出すぞ。むしろ、安い方だ」
流石貴族様……本当に、金銭感覚が狂ってらっしゃる。
それなら、私がこの依頼を受けちゃってもいいな。
金銭面ではリトに頼りきりになりたくないしね……あれ? でも、実質護衛するのはリトだから、これもリトのおかげのような……う、うん、気にしないことにしよう。
「分かりました。お受け致します」
実際、30枚でいいと言った時から、既に断れる状況じゃなかったんだよね。
私の方から金額を指定したってことは、実質受けると答えてしまってるようなものなのだから。
流石、外交として交渉術を仕事に使ってるだけあるよ。
「ああ、宜しく頼むぞ」
こうして私達の次の目的地は、アクルータに決まった。